秋川流域周辺案内図 陣馬,高尾山と戸倉三山
      戸倉三山流域
   2014年03月. 醍醐丸から待望の雪原を踏み.醍醐川源流吊尾根からウルシガヤノ頭.市道山.臼杵山グミ尾根から荷田子峠
   2016年11月. 盆堀道.林道を経て石津窪山大萱尾根をピストン―入山峠から入山尾根に乗り.菱光石灰工業を経て美山町
   2016年12月. 関場から醍醐路.林道を散索し.冥加沢右岸尾根から通り尾根―オリゾクナイ沢右岸尾根を詰め.鉄塔尾根を下り周回
   2019年09月. 払沢ノ峰北東尾根を詰め出野沢左岸尾根―笹平から嫁取坂を経て市道山・旧醍醐峠え・・古道を綴り醍醐の集落へ
   2021年12月. 篠八窪尾根から日陰本田山―石立ノ頭南尾根から採石場跡にでて刈寄山に立ち.舟子尾根・古愛宕山北東尾根を経て新多摩変電所.今熊

  北浅川右俣.醍醐川上流々域の山々
    醍醐丸からは待望の残雪豊富な雪原を踏む・・醍醐川源流の雪原化した伐採地の吊尾根からウルシガヤノ頭.市道山.臼杵山

   和田から草木尾根を詰め鶏冠尾根に乗る
   醍醐丸から少し荒れたウルシガヤノ頭―旧醍醐峠と峰見通り分岐から市道山・・大伐採地と破線コース・誤記
   ぬかるんだ残雪の臼杵山グミ尾根から荷田子峠を下り荷田子の里

    戸倉三山
     「日本山岳案内」鉄道省山岳部編.昭和15年によると「戸倉三山とは刈寄山.臼杵山.市道山の三山を指すもので五日市町の南西に位置し.
   盆堀沢を中心に〈コの字〉に秋川岸に面している」とある。

     〈コの字〉の内側は刈寄山南面より発する金掘沢.市道山北東寄り発する千ケ沢.臼杵山東面から発する伝名沢が合わさり盆堀沢になり.
   盆堀集落を経て城山東面で秋川に合流している。〈コの字〉形の主稜の支尾根上にある日陰本田山には「みんなと区民の森」がある。
   まずは春雪に覆われた北面の台地の主稜へ北上した。

     醍醐丸吊尾根
   鶏冠尾根の山ノ神分岐より.10:00

    醍醐丸吊尾根
      10:24醍醐丸:40一12:03ウルシガヤノ頭東側⇔12:48北東尾根610m地点一13:03峰見通し分岐一13:11市道山.

     醍醐丸からの吊尾根は左側に南秋川の支流小坂志川.右側は市道山に至る浅川案下川の支流.醍醐川の源流部分を巻き込むよう隔てている。
   更に市道山へと吊尾根を北上し旧醍醐峠にでると.右手に峰見通りが東西に横切り.北側にはここを源となす北秋川の支流.盆掘川が深く入り込む。
   この複雑に絡み合う流域の低山に初めて足を踏み込む。・・戸倉三山

    吊尾根
     五日市鉄道が大正14年に開通以前は檜原村から八王子へ行くにはこの吊尾根に跨る古道を利用していた。
   旧恩方村は養蚕が盛んで製糸工場が多く.信州の野麦峠の如く.雇われた娘たちはこの山を往来している。そこで男たちは嫁にと。
   やがてこの市道山の坂をあやかって「ヨメトリ坂」と名付けられている。

     醍醐丸から北面に広がる吊尾根の大雪面を目の前にし.オーバーズボンにスパッツを付け身支度を整える。
   ワクワクする瞬間がきた。これから吊尾根を下り.臼杵山まで雪面を切る雪山を愉しむ。雪面を見る限り.この数日,入山者は殆どいないようだった。
   もしトレースがグミ尾根まで綴られていれば他人本願だが更に距離を延ばす予定でいる。明るい日射しが雪斜面を照らし.眩いまでに輝く大地。

     幅広い尾根上を覆う雪原には数日前の浅くなったスノーシュの跡が残されていた。ここから拡大する雪斜面がゆるりと孤を描き.広がりを見せている。
   鞍部には「←醍醐を経て関場6.0km.市歩地・市道山2.4km↑.水場(危険)→」とあった。市道山へ向かう。

     1つ目のコブまでは雪稜を形取った尾根. 大地の茂みは全て春雪に埋められ.疎ら過ぎる立木の下は伐採地だろう。
   直ぐ想像できる雪面が広がりを見せている。短いが見ているだけでも.ゲレンデのような雪斜面が続きすこぶる気分は爽快。
   仰げば雲1つない紺碧の天空が構え.大地は開かれていた。

     ズブッと浅く潜る感触も心地よい。ただ大気の暖さかと日射しの強さに.残雪は何時まで持つだろうか?
   気温が高くなり.潜りだせば踏み抜きがきつくなる。これから先.長い労力を強いられるだろう。

   一変して春雪の世界へ.10:44

    雪斜原
     南側の850m圏の後,北850m圏小コブで地形図を読み.直角に雪面を切り.北へ延びる吊尾根に乗る。
   足元から北側に延びる吊尾根は尾根筋を緩やかに北東に延ばしてから東に向きを変え.大きく回り込んでいる。
   この山並の光景は周り全てが雪山の雪白き状況に変え.周りの地形と少し異なる雰囲気をかもちだしていた。

     その中央の広く伐採されたカール状の源流を下る。雪がなければハゲ山だが雪原化され斜面の踏み跡は先程の浅いトレース以外.何も見られない。
   ここから傾斜は更に増し.三方に雪面が覆う大斜面が見下ろされた。スキーの滑降が始まるような風景だ。河原のような雪原の足元を切る。
   その間々中央から大きく弧を描き.左側に巻き込み雪原を横切り.再び主尾根に戻っている。

     時たま,膝まで潜る下る斜面に気を張ることもなかった。ちょっとよそ見してバランスを崩すと重みで右足が膝まで潜る。
   真近で見る雪粒の白き眩さ。それを見れば.更なる煌めきが新鮮みを生み.気張る気を起こさせている。

     雪原を下り終え.尾根幅がしぼむと灌木帯の狭い尾根に変わり.薄くベールの被るトレースとも重なる灌木帯の中を綴るようなった。
   ・・うかつにも調子に乗り雪原の写真を撮り忘れている。

    連行峰万六尾根のコウタイ坂
   左が鶏冠尾根(笹尾根).10:49
    小坂志川トウノ木沢

    万六尾根
     小坂志川を隔てる左手に大きな山容で構え聳えているのが連行峰。並行するよう北側に万六尾根が延びている。
   連行峰万六尾根は藤野町上岩.下岩地区と檜原村の南郷あたりを結ぶ笹尾根の峠路にあり.過っては生活道.交易路として栄えていた。

     又御嶽への信仰の路としても栄え.連行峰から湯場ノ頭手前鞍部に至る辺りに「コウタイ坂」があり.上のスナップの鞍部に当る。
   昔は「コウタイ坂」と呼ばれ.「交替」.「交替」を意味する場所であり.その言葉のようだ。
   万六尾根末端の柏木野.笹平は又これから訪れる市道山も深い結びつきがあり.「ヨメトリ坂」を通し.檜原と八王子を結ぶ峠路にもなっていた。

    振り返る醍醐丸
   10:49

    樹間から望む陣馬山一ノ尾根
   和田峠とその手前に醍醐峠があり.10:50

     山頂の茶屋が小さく望まれる。
   陣馬山の手前鞍部が和田峠.その手前醍醐峠との間に左下に延びる植林帯にあるのが要倉尾根。
   高茶山732m.要倉山573mを経て.新奥多摩線78号鉄塔の小コブを越え.案下川と醍醐川出合にでる。開場bsから高尾駅北口にでられる。

     一ノ尾根を下れば沢井川と陣谷川の支流西沢とを隔てる出合に没し.陣馬登山口bsに下りられる。朝方の路線バス.途中にあった。
   又和田峠の右手.沢井川沿いの陣馬街道を下れば朝方歩き始めた陣馬山の登山口。和田バス停のある陣馬自然公園センターにでる。
   峠から反対に八王子方面に陣馬街道(案下街道)を下れば要倉尾根南面の谷間.案下川沿いに下り.オキナツルシ沢出合で.陣馬高原下バス停がある。

    景信山727.1mと堂所山731m?
   10:51
    手前の醍醐川を隔て.斜めに落ちる要倉尾根

    吊尾根の北面を下る大斜面
   樹林帯に入り目立つようなったスノーシュのトレース跡.11:02

    万六尾根の万六ノ頭883m北東尾根
   右手の樹林を透しての浅間尾根.松生山.11:03

    小坂志川源流
   先は連行峰.11:13

    鶏冠尾根と連行峰
   奥が万六尾根.11:21
    北秋川小坂志川流域

   日溜まりの木影.11:21

   現れだした木の屋号.民有地か?

    綴ってきた笹尾根.鶏冠尾根
   小坂志川源流

    万六ノ頭883m北東尾根763m
   右上が浅間尾根.11:45
    湯場ノ沢・・オキ.ナカ.トバ(万六ノ沢).

    小坂志川左岸下流の尾根
     左側が小坂志川に落ちる湯場ノ尾根. 中央が万六ノ頭北東尾根の763m圏峰から東南東に入り込む尾根で.南秋川小坂志川出合に没している。
   中央の小コブは北東尾根の763m圏峰になり東南東に枝尾根を延ばしている。荒れた踏み跡あり.間が湯場ノ沢流域になる。
   右手前が小坂志川ウルシガヤ沢。私が下ったのは2年前の猛暑で万六ノ頭北東尾根を末端まで下り.檜原街道の笹平にでていた。

    2つの717m圏コブ
   左側がウルシガヤノ頭.11:46
    地形図「五日市」では間違って表示されている。南方から右のコブを越えている

     ウルシガヤノ頭(漆ケ谷ノ頭)周辺の道標と踏み跡径
        連行峰万六尾根と湯場ノ頭
   背は小坂志川流域.11:56
    吊尾根の接点近くを綴り.すっきり雪解けした小坂志林道を間近に見る・・右肩がウルシガヤノ頭になる

     漆ケ谷ノ頭(ウルシガヤノ頭)周辺の道標.目印
     12:03
    ウルシガヤノ頭717m南側にある道標.11:57            ウルシガヤノ頭北側のタルミ670mにある道標

    ウルシガヤノ頭周辺
     小沢志川林道は手前の640m圏コブ付近で吊尾根と最接近し.ウルシガヤノ頭717m圏峰を左に回り込む形で北上し綴られていた。
   そして北側の670m圏鞍部では更に近ずいてから離れている。

     登山道は吊尾根の頂稜を綴り.ウルシガヤノ頭の手前から林道の上部を並走するよう回り込み.頂稜に戻っている。
   その先の鞍部辺りから植林帯に入り.(旧)「醍醐峠」に当たるのだろう。道標には「篠窪峠」とあった。

    東側のコブ717m
   ウルシガヤノ頭の東コブ717mに立つ目印.12:36
    ここから2本の尾根が東方に分れ派生している。

    2つの717m圏峰と間違った地形図の破線コース・・
     地形図の破線は都県界線と同様に吊尾根沿いを通って表示されているが破線コースは表示の間違いがある。
   本来のコースは西側に飛び出したウルシガヤノ頭を回り込んでいる。1/2.5万の地形図「五日市」では東717m圏点を通っている。
   ただ実際は西側の717m圏コブ.ウルシガヤノ頭を巻き下っていた。所謂.登山道から少し離れた東側にウルシガヤノ頭は位置している。

    東717m圏肩
     私は登山道が左の谷間に水平に回り込むのを見て.ウルシガヤノ頭の東側の717m圏肩へ。
   露岩混ざりの根曲の急斜面を直登している。コブには立木には幾つものテープ類が巻かれ.ウルシガヤノ頭であることを示していた。

     又東コブ717m圏からは2つの尾根を醍醐川の本流と枝沢.ニニク沢(奥多摩ではニタコロバシ沢)に分け没している。
   短い北東枝尾根ははっきりした踏み跡あり.一度610m辺りまで下り.伐採帯の眺望を見定めてから戻った。
   再び東717m圏肩に戻り越え.ウルシガヤノ頭にでて.縦走路を(旧)醍醐峠に向かっている。

     地形図にはここ610m地点に破線路の表示はない。ここからは昔の古道.醍醐峠と尾根沿いにニニク沢へ下る踏み跡が薄くあった。
   ニニク沢左岸沿いの踏み跡は藪又藪.左岸山腹にはニニク沢林道が醍醐峠のツメ近くまで延びている。

     醍醐峠からは植林の中を九十九折で下るが余り歩かれていないようだ。470m圏二俣直後の適当な踏む跡からニニク沢林道へ。
   踏み跡は地形図「五日市」の破線の北側を綴っている模様。林道を詰めるルートの方が幾らか利用されているようだった。
   林道ニニク沢線から醍醐線を経て.陣馬街道に合流すれば関場(昔番屋があった)バス停にでる。

     ニニク沢とコヤノ沢に挟まれた南東に延びる尾根は踏み跡が続く醍醐川361m点に至っている。ニニク沢に橋あり.
   左岸の醍醐林道と合流した分岐点には天保時代の道しるべが置かれ.竜神淵や魔涯仏跡があるようだ。又醍醐峠からは
   沢沿いではなく北東尾根寄りにトラバースし.下る薄い踏み跡もあるようだ。ただ道形は不明とか? 何時か通うルートになるのだろう。

     私が入った610m点まで辿ればそこからトラバースし.(旧)醍醐峠にでられ.又そのまま尾根をニニク沢へ下ることができる。
   山と高原地図「奥多摩」2007年版には谷沿いのルートが赤線で表示されていた。

    峰見通り・・730m圏コブ冥加沢右岸尾根
   12:48

     ウルシガヤノ頭南東尾根のツメ610m点コブから醍醐川左岸の支流.ニニク沢を隔て.開かれた峰見通りの展望。
   730m圏コブの左肩からの展望は左の枠外に欠けるのが市道山。奥に重なるのが石津窪山高萱尾根。

     左,盆堀川を隔てた遠望は刈寄山になる。間の谷間の更なる奥が日陰本田山629mと石立ノ峰。
   コブ裏は金場沢源流に当たり.入山峠から盆堀林道を下れば730m圏コブ右手の醍醐川下流流域に入る。

    ウルシガヤノ頭のニニク沢沿い
     足元にはニニク沢が落ちている。沢沿いには旧醍醐峠から醍醐に下る古道が綴られていた。
   隔てる峰見通り730m圏コブから南東(右奥を下る尾根)に延びるのが冥加沢右岸尾根。

     正面の尾根はニニク沢林道450mから右後方の踏み跡に入いると700mで.冥加沢右岸尾根と合わさり.峰見通りの730m圏コブにでる。
   私はその後.醍醐の集落から冥加沢右岸尾根を末端から詰めている。又浅間尾根から登り返し.嫁取坂から旧醍醐峠にでて古道を下ってもた。

     足元の右脇のコブからはウルシガヤノ頭南東尾根(ニニク沢右岸尾根)が延びて.醍醐川とニニク沢出合との合流点に没している。
   醍醐川流域の山並は全体に東京都花粉対策事業による伐採が加速していた。

     2019年09月には払沢ノ峰北東尾根を詰め出野沢左岸尾根―檜原街道から嫁取坂を詰め旧醍醐峠・・古道のニニク沢林道から醍醐の集落へ。
   2021年03月には高茶山北東尾根を下り.三ノ沢・醍醐林道にでて.漆ケ谷ノ頭南東尾根を詰めて.吊尾根から小坂志林道を下りている。

    刈寄山と刈寄林道
   左景・・右上で入山尾根に入る

     ウルシガヤノ頭南東尾根のツメより730m圏コブ冥加沢右岸尾根の頭西側肩越えの遠望。
   少し左にズレた峰見通りの市道山側最低鞍部には盆堀川千ケ沢市道沢と醍醐川ニニク沢が突き上げている。

     中央の600m点尾根は刈寄山から南西に延びる尾根で.末端は扇状に広がり,盆堀川金堀沢の右岸(北面)を大きく回り込んでいた。
   右上に建つのは新多摩線85号鉄塔だろう。すぐ右寄りに盆堀林道が横切る入山峠にでる。

    旧醍醐峠を過ぎて林道は一歩地の先まで続いている。
   峰見通りの分岐から振り返る.13:03
    左手が市道山.正面の痩せ尾根が峰見通りへの分岐で.右手に戻れば直ぐ旧醍醐峠.

    残雪
     ウルシガヤノ頭から市道山に掛けての尾根筋は日溜りの尾根に当たり融雪が進んでいる。残雪が全くないと云うことではないが
   日当たりの所々で裸土が見られ.大地は乾き始めていた。山中で一番残雪の少なかった所になった。

     ここばかりは日差しを浴び.融雪が進み.植林帯の尾根筋は逆V字状に開け.思いの外明るく.風がないのがこれ又よい。
   市道山を越すと低山の山並が続き.ここからは薄暗い杉の樹林帯の中に入る。既に薄日は陰りだし.腐りかけた残雪に覆われる。

    幾つもの分岐
     717m点の右に「関場バス停5.5km」の道標を過ぎ.780m圏コブは南西を巻いている。小尾根を横切れば
   支歩地(いっぽち)の三方分岐にでるウルシガヤノ頭から市道山の間には短い距離の割に.5つのルートが東側に分け延びている。
   「山と高原」の地図だけでも3つのルートがあった。ウルシガヤノ頭から直ぐ北側のタルミにあるのが(旧)醍醐峠。

     「醍醐峠」の道標には「篠窪峠」とある。「醍醐峠」は南秋川の笹平からヨメトリ坂を登り詰め.峠からニニク沢林道を経て醍醐に至る峠路。
   八王子の宿場から恩方を通り.案内道を高留で分ければ,醍醐川沿いに登り.市道山を越え檜原村に抜けられる峠路になっている。
   更に繋げば浅間尾根を通って.小河内峠から青梅街道へ抜けられた。

     又この旧醍醐峠には醍醐方面の表示がなく.地形図「五日市」の破線路より.やや北側を綴ってをり.荒れている。
   450m圏二俣の直後から適当な踏み跡を探せばニニク林道にでられた。

     今朝,草木尾根から抜けてきた醍醐丸の東隣にあるタルミは和田峠の補助的な感じのする峠で.現在は(新)「醍醐峠」と呼ばれている。
   市の道標もそれに習い示されていた。古い山の文献では(旧)「醍醐峠」と区別するため.(新)醍醐峠は「篠窪峠」.或いは和田側の白澤上部に
   あるため「白澤峠」とし長く定めていた。

     先程の610m地点から望められた山々を綴る峰見通りへの分岐.一歩地山はその直ぐ北側に位置している。
   このルートはトッキリ場から入山峠を経て刈寄山687.0mに至り.戸倉三山の一角にあたる小津林道・他。
   又南東へ一直線に谷間を綴る踏み跡はニニク沢林道と繋がれている。

     更に市道山々頂から直接北東へ千ケ沢沿いに下りルートは盆堀川にでて盆堀林道に入るルート。
   「山と高原」の地図では点線で記されていた。欲を言うと市道山の直ぐ北側からは北西に延びる尾根.
   嫁取坂「笹平60分」を下れば小沢志林道を経て檜原街道の笹平に下りられる。

    刈寄山687mと峰見通り
   市道山手前肩より.13:09
    霞んで見えるが正面を横切る舟子尾根の先が八王子市街地

    千ケ沢.金堀沢流域
     市道山の右肩は伐採され見晴らし抜群の展望が得られていた。右手に重なる連山が綴ってきた醍醐丸吊尾根。
   正面が高岩山から派生する要倉尾根. その先遠方が笹尾根で.陣馬山から景信山方面に至る。

     千ケ沢から市道山へのルートでもあり.伝名沢分岐から1km上流の勝負口から千ケ沢林道に入る。
   現地では「勝負口」ではなく「菖蒲口」と記されている。この付近には戸倉財産区の表示が幾つも見られた。

    峰見通り方面
   この辺は雪解けが進む

     吊尾根からの尾根筋の東面はズッーと檜.杉の植林帯が続き.市歩地からの峰見通りも最初は植林帯のコブから抜けられるようなった。
   峰見通しから盆堀川の金堀川側に突き出す尾根は手前から727m点峰の通り尾根。奥に重なるのが栗ノ木沢ノ頭北尾根。

     更に奥がオリゾクナイ沢右岸尾根で峰見通りに乗り.左手(東)に向かえば直ぐ弾左衛門ノ峰669mにでる。
   その脇が新多摩線の82号鉄塔. どれもが短い尾根だが個性を持つ尾根で.繋げて訪れるのも面白いだろう。

    市道山々頂
   小陣まりしたまろやかな山頂.13:11

    市道山(いちみちさん)
     右側に植林帯が続き.左は自然林の痩せ尾根。その境を登り詰めると.伐採帯から切り開かれた小さな突起の台地にでる。
   可愛いらしい頂のわりには立派過ぎる山名標に日本山岳耐久レースを記念した大きな道標が立てられている。朝方は積雪で.
   埋まっていたと思われる頂大地. 雪解けで半ば乾き始めていた。土に触れると大地のぬくごもりが感じられるほど日差しは暖かい。

     山岳耐久レースは都山岳連盟が主催し.全長71.5km.24時間以内走破の過酷なレース。
   我が息子はトレッキングをしていると思っていたらマラソンを始め.その間もなく今は夫婦で山岳トレイルに励んでいる。

     市道山は檜原村とあきる野市の境界線上にあり.奥多摩山域の秋川渓谷南側に位置し.
   標高795.1mの3等三角点標を持つ山。展望はない。別名では「兎平」.「一歩地山(いっぽち)?」と呼ばれている。
   東隣のコブを一歩地山とする説もあるが地権者の関係で昭和時代の初めから揉めているらしい。

     市道山とは「五日市への道」を意味し.「市道」とは「醍醐」の集落から市(五日市)を目指し.越えるという意味から付けられた説がある。
   ここから五日市に出るには「盆掘」を経由していた。この古道の今は登山道としても荒れ果てていた。

     ・・又臼杵山842m.市道山(いちみちやま)795m.刈寄山(かりよせやま)687mの三山の総称を戸倉三山と称し.
   その三山の由来は昭和の初期に中村謙氏.自身がつけた名であることが短文「奥多摩と私」の中に述べられている。
   地形的には五日市の南西部にあって.秋川の南面に位置している。

     草木尾根から鶏冠尾根
     醍醐丸から少し荒れたウルシガヤノ頭―旧醍醐峠と市道山・・大伐採地とと破線コース・誤記
     ぬかるんだ残雪の臼杵山グミ尾根.荷田子峠