| 続.雪山低山の戸倉二山. コの字形の主稜と支尾根上に乗る日陰本田山の珍しい形の地形・・笹尾根鶏冠尾根Top 沢井川.和田から草木尾根を詰め大蔵里山.醍醐丸.市道山.臼杵山と吊尾根から戸倉山の残雪を南北に縦断する 和田から鶏冠尾根に乗り醍醐丸から雪原に覆われた吊り尾根を綴り.市道山から臼杵山グミ尾根。荷田子峠から荷田子の里にでる 2014年03月12日.松村 和田から草木尾根を詰め鶏冠尾根に乗る・・柚子と取り付きの獣仕掛け 醍醐丸からウルシガヤノ頭と旧醍醐峠.峰見通り分岐から市道山 ぬかるんだ残雪の臼杵山グミ尾根から荷田子峠 前回は東京近郊の低山にも拘らず積雪1mの豪雪.高尾山に入り城山から南高尾山稜へと武相尾根を一日中ラッセルし.強い日差しを浴びていた。 それから2週間経ち更なる残雪を求め.北高尾山稜の北側に面する醍醐.戸倉山区に初めて入山した。残雪低山の山歩きを味わう。 今回は北側に面する八王子市とあきる野市の市界尾根の吊尾根を綴り.戸倉二山を目指すことにした。 前半は草木尾根から醍醐丸にでて.吊尾根に踏み込むと伐採帯を覆う広大な雪原が開.れた。後半は植林帯の雪道を最後まで綴っている。 この山域に入るのは初めて。豪雪から2週間経ち積雪量が掴めぬ間々.雪原化した吊尾根からの未知の山並に好奇心を抱いていた。 南面に当たる陣馬街道.和田から最短のルートを取り.草木尾根の木洩れ日を浴びながら.鶏冠尾根へとまず醍醐丸を目指す。そして吊尾根を北上した。 豪雪から2週間が経ち.積雪の具合を見計らいながら雪粒を蹴り.戸倉の山々をのんびり歩む。 北側の斜面には踏み固められたトレースが築かれている筈である。又コースを外すことも考え輪カンジキを持参するか? 最後まで悩む。 流域としては相模湖北岸の沢井川から入り.北秋川の支流盆堀川の流域の低山を抜けている。 草木尾根から鶏冠尾根 和田bsから草木尾根を目指す.7:42左端に並行する連行峰の鎌沢尾根は先程バスで通過した鎌沢バス停で下車すれば尾根末端に取付ける。 又バス停から右に折れれば栃本林道に入り.草木尾根を横切り.栃本川を渡って古橋から踏み跡を南下すると鎌沢尾根に乗れるルートが取れる。 右奥が大蔵里尾根になる。和田bsからの取付きは手前になり.草木尾根末端の560m圏で尾根を2つに分けている。 その右尾根の杉の樹林帯からまず取付く。 jr御徒町¥1.110. 5:36=5:40神田:45=6:24高尾6:46=7:18藤野.津久井神奈川交バス.¥240. 7:23=7:37終点和田bs jr藤野駅発7時23分の始発の路線バスに合わせ.ゆっくり自宅をでる。 高尾に入ると残雪と云うより残り雪が路肩や北側の日陰に見られる程度。列車内は久し振りのラッシュで.立席をも見ている。 初めてjr藤野駅に降りたのは一昨年.猛暑トレーイングで草木尾根の左隣りに当たる連行峰鎌川尾根を詰め.笹尾根から横切る形で万六尾根に乗り. 万六ノ頭北東尾根を下っている。猛暑が続き.人影は少なく始発路線バスは平日でも土.日の休日便に変更されていた。 それを知らず.駅舎前広場で8時半まで待つ.罰の悪さを体験している。今回は私を含め3人の単独行者がバスを待っていた。 和田までの路線沿いの残り雪は谷間が深まれば増すのの南面の山麓。除雪され.雪塊は路肩の日陰にほんの少し見られる程度だった。 それに比べ日当たりのよい街道沿いの杉林は花粉を黒赤色に染め.今にも飛び散ちらせそうな構えを林全体が見せていた。 気象庁によると急に気温が高まり.東京など南関東ではスギ花粉の飛散がピークを迎え.今週末には多く飛ぶだろうと発表されている。 陣馬街道と和田の集落.7:48直ぐ上流側の登山口は一ノ尾ノ尾根620m点コブに突き上げる和田第二尾根コース. 草木尾根から鶏冠尾根 7:37和田bs一7:53草木尾根末端取付き一8:07作業道取付き一8:13尾根に乗る一9:34笹尾根に乗る一10:24醍醐丸 終点の和田バス停は和田の集落の一番下流に位置し.陣馬自然公園センター前にある。乗客3人が降り.それぞれの道を歩む。 出発間際.「陣馬から高尾山に抜けますか?」と尋ねられ.「五日市」に降りる積りです!」とお先に失礼した。 20年ほど前.子供達と何度か陣馬高原に遊びに来てをり.和田の里にも降りていた。ただ殆ど記憶は薄れている。 底沢峠から美女谷温泉.奈良子峠からは板谷川の陣渓園と湯舟を尋ねたのは覚えているものの.道中の風景は記憶から飛んでいる。 一ノ尾ノ尾根の登山口のもう1つのコース.7:49和田バス停から180mほど上流に進むと地図看板があり.沢井川を渡ると程なく林道標識のあるT字路にでる。 看板から更に180mほど歩むと右手に陣馬山一ノ尾ノ尾根中程の620mコブに上がるナシノキ尾根(和田第2尾根)の登山口を右に見る。 左に回り込めば和田尾根コースとも合わさっていた。 草木尾根末端の沢井川.木橋が取付き地点.7:53草木尾根末端 街道を和田峠に向かい集落の中を歩む。左手対岸に和田八坂神社を見ると街道は急に細くなり.沢井川を何度も渡り返して. 「やさか橋」.「下和田橋」と渡りと陣馬山一ノ尾ノ尾根への登山口を右手に分けている。 更に細かく蛇行する沢井川に架かる「中和田橋」.「上和田橋」と渡り返すと.左岸下に小さな木橋が見下ろされた。 場所は街道右脇の今朝はまだ店が閉ざされている小沢酒屋の看板が目印になる。 簡素なやや幅広い木橋を渡ると草木尾根の末端に乗り.幅2mほどの作業道が杉の植林帯に延びている。 ジグザグに道伝いに尾根の南側を巻くよう高度を上げた。 高度を上げると樹間の切れ目からは和田の集落が見下ろされ.背には大きく一ノ尾ノ尾根が被さっるよう広がりを見せている。 陣馬山一ノ尾ノ尾根と和田の集落 沢井川右岸の高みから.8:01和田街道沿いの下流沿いの高台に見えるのが陣馬自然公園センター.その前口が和田バス停。 柚の木の隙間より.7:57柚子 沢井川の流れが分からぬほど集落は家屋を密集させ.遠方の集落の外れには,先程下車した陣馬自然公園センターが望められる。 綴れば集落を抜けてきた道筋がはっきり見下ろされていた。 足元のガレ縁に4本の柚の木が谷に被るよう茂り.手の届かぬ枝々には中ほどの柚が実をなしている。長く放置されていた。 このままでは腐るのみと失礼して.足場を固め5.6個もぎ取り.ザックにそっと納めた。柚風呂にと入山早々だが潰さぬよう大事に納めている。 作業道から山道へ 取付きにある旧炭焼き釜跡.8:07緩やかな坂道から小尾根を越える。西側に大らかに開かれた尾根末端の谷縁を綴り.その支尾根から分かれる。 手前で右手の本尾根に取付いた。丁度取付く地点に目印のテープがあり.古い炭釜跡の石積みがあった。 又その直ぐ斜め上には獣獲りの仕掛けが掛けられている。 細長い枝が2本V字に開かれ茂みの中にセットされていた。枝には5.6ケ所づつ.誰でも分かる目印のテープが短く結ばれていた。 小道に入ると喘ぐ間もなく本尾根に乗り着いている。 山ノ神 草木尾根に乗る.8:13草木尾根に乗ると周りとは不似合いに思える大きなナラの木があった。神木だろう。 根元に祀られていた木祠はバラバラに崩れ壊れている。余りにも手付かずに散乱する無残な姿を.遠巻きに後にしている。 右手柏木沢沿いに落ちる斜面.8:37草木尾根 尾根上は雑木が覆い.尾根筋の東面の境からは杉.檜の植林帯が広がりを見せ.笹尾根に出るまでは 右手は枝越えの眺望さえ得られなかった。綴る作業道はくたびれ気味.古いテープが多く,暫くして左手から枝道が入り込む。 少し枝払いするも踏み跡は確りしていた。下草に雪粒が被れば却って歩き易い。 東面.柏木沢の沢合の斜面は雪面に白く覆われるものの.尾根筋は殆ど木漏れの長閑なルートを創っている。 恐らく笹尾根直下まで残雪を踏むことはあるまいと思っていたが以外と早くから残雪の斜面を踏み込むようなった。 最短ルートで笹尾根にでて.残雪を踏み醍醐丸を抜ければ北面は見渡す限りの銀世界に導かれることだろう。 2008年2月.初めて三頭山笹尾根を縦走するため高尾山から入山している。 そして陣馬山裏側の和田峠から醍醐峠間に入り.吹き溜まりのような深い春雪に出遇していた。 その時より北側の山域は断然と残雪は多い筈だ。カンジキは出掛けるまで持参するか.如何か,出発直前まで悩み置いてきた。 ゆったりと雪径を歩み.グミ尾根に入って.時間が足りなくなれば何処か南斜面を下る積りでいる。 大佐野峠の尾根と鎌沢尾根 8:40草木尾根上部 鎌川尾根に重なるよう近ずく.8:55北側から左に回り込む 左側に大佐野峠の大らかな尾根と鎌川尾根が並走するよう並び延びている。その上に乗る富嶽の雄姿は早朝から霞み強く望めず。 赤帽白柱「水源の森林.285」の標柱を見て.尾根筋は北側から北西に移り.傾斜は緩みだす。 そして赤帽白柱「水源の森林.406」と赤帽黒杭とがある地点にでると北西から北へ尾根筋が曲がり込み残雪を踏むようなる。 雪面に頭を出す赤い標柱が目立つ尾根.更に回り込む所にも標柱が立てられていた。 標柱87の最後のツメからは80mほどの急登。檜の中木林から雑木に変わると頂稜の笹尾根・鶏冠尾根に乗る。 杉の中木林帯.9:21草木尾根のツメ 笹尾根から見下ろす草木尾根の取付き.9:34自然林に辿り着くと空を仰げる裸林は高曇の明るい笹尾根にでて.武相境界尾根に立つ。 前回はラッセルしながらこの境界尾根の末端近くまで歩んでいる。南高尾山稜に入れば深雪はなくなるも一面に覆われた雪尾根だった。 ここは鎌川尾根の源頭とも近く.連行峰と山の神とを結ぶ鶏冠尾根のほぼ中間地点.890m圏にあたっている。 目印としては取付きの立木に結ばれたテープと奥にもう1つ赤テープがあるだけの殺風景な所。 高度の割には灌木は低く感じられる。ただ好天の予報は裾野とは異なり以外と肌寒い。 鶏冠尾根(さか) 笹尾根の稜生籐山,連行峰から醍醐丸へ続く尾根は鶏冠尾根と呼ばれていた。 鶏冠尾根 笹尾根立ち.右に折れ醍醐丸に向かう。この辺は鶏冠尾根とも呼ばれ.鋸歯状の小突起が幾つも続く。 鶏冠尾根は南北に相模川沢井川と北秋川彦太沢を隔て.谷間の斜面は共に残雪に広く覆われていた。 特に北側の斜面は見渡す限り続く純白の淡い深みを持つ。山陰の谷間全体が残雪で埋め尽くされている。 反面.南斜面の谷間は朝陽を命一杯受けているにも拘らず.植林に閉ざされ.雪塊りが以外に多くあるのにも驚かされている。 大蔵里山 「一本ヌクギ」とも呼ばれる山ノ神分岐837m圏コブ.9:47四角い平石には「山の神」と薄く刻まれた石碑と道標「←和田バス停1.8km」の立つ大蔵里山(おおぞうり)のコブにでた。 ここから南側の尾根を辿り.醍醐峠への巻き道を進めば柏木沢に下り.上和田の集落に戻れる。 大蔵里山尾根 振り返って.10:09大蔵里山は分岐先の837m圏峰とされていた。又周辺一帯の総称でもあり.「大ゾウリ山」.「大草里山」.「大蔵里山」との別称を持つ。 又尾根を綴る作業道は現在.灌木やスズタケが自由奔放に茂げり.壊滅状態で取付き地点は鹿柵に囲まれ入山には注意を要す。 灰平ノ峰?10:23醍醐丸 標識.看板.ベンチと賑やかなコブ.10:24鶏冠尾根は三国峠から5回ほどのの登り下りがある尾根で.遠くから見ると鶏の鶏冠のようなギザギザになっていることから呼ばれている。 醍醐丸は尾根の南側端に当たり.醍醐丸から北へ延びる吊尾根伝いに戸倉三山へでる。 南方へ下ると新醍醐峠の十字路にでる。左手は吊尾根から市道山へ.と。右は上野原の和田.真っ直ぐ進めば和田峠に至る。 鶏冠尾根は疎らで残り雪が被う程度。醍醐丸でもベンチの脇からも裸土が被っていた。その裸土に立つと.北面に開かれた 雪白き広大な大斜面が眺められた。 醍醐丸867mは西多摩郡檜原村.八王子市と相模市緑区との境をなす武相境界尾根上にある八王子の最高峰. 北面は伐採され開かれている。恩方では別名に「篠窪ノ峰」.「灰平ノ峰」とも呼ばれ.又鶏冠尾根と呼ばれていた時代は西側に連なる2つの突起の 名をも示していた。又檜原では「灰焼平ノ峰」と称す。 醍醐丸の由来は伝説によると平将門と上恩方の旧家.草木家の娘が恋に落ち,生まれた男子に醍醐丸と名を付けたが940年.朝廷軍に敗れ. 生涯を閉じ.醍醐丸も小さな命を絶っている。里の者は2人の死を悼み.八王子で一番高い恩方の奥の峰を醍醐丸と名付け.檜原からは現在に至っている。 醍醐丸の「丸」と云うのは古語の「山」や「丘」を示す言葉。八王子近辺だと「杉ノ丸」.「茅丸」.「萩ノ丸」などがある。 醍醐林道 醍醐に通じる集落は東の高留から森久保.振宿.醍醐と続き.現在は醍醐林道の開通で.(新)醍醐峠から和田峠を経て.上野原の和田集落へ。 (新)醍醐峠には大蔵里山(おおそうりさん)への標識はない。中流ではニニク沢林道・三ッ沢林道を分けている。 ニニク沢は吊尾根先の旧醍醐峠に突き上げる古道が昔あり.檜原へと交易の峠路をなしていた。 醍醐川の下流.関場は二俣になり.案下川沿いには和田峠越える陣馬街道が通っている。 又関場からは森久保盆堀林道が北側に入り.入山峠を越え盆堀に抜ける林道がごく最近開通されている。 2008年02月に高尾山から三国峠へ抜けた折.和田峠から(新)醍醐峠にでて.北側の目の届く範囲で新たな林道工事が行われていた。 降雪後で当日は醍醐峠で膝を越す積雪があった。醍醐林道とは別の林道か. 支線か? その右脇を抜け.笹尾根の真際をを更に詰めていた。 鷹岩山を過ぎ醍醐峠(篠窪峠)にでたのが13時.斑な雪径を綴り.急に積りだした積雪に足を重くさせていた。 (新)醍醐峠は道標も山径も積雪に埋まり.踏む雪白さをも増している。その脇でこの積雪の中.雪積もるも林道の延伸工事が行われていた。 笹尾根直下で重機による工事が行われていた。 市道山に向かうに当たり.吊尾根を下りだすと右下の醍醐沢沿いの谷間に.醍醐林道が雪白き帯を付け延びているのが見下ろされた。 新たな林道は如何になったのだろうか? 支線として途切れていないのか? ただ峠手近の林道はできている。 初めての山域で下調べも間々ならず.飛び込んだ山。私には何もが分からぬ所が多過ぎていた。 和田から草木尾根を詰め鶏冠尾根に乗る・・柚子と取り付きの獣仕掛け 醍醐丸からウスシガヤノ頭と旧醍醐峠.峰見通り分岐から市道山 ぬかるんだ残雪の臼杵山グミ尾根から荷田子峠 |