| 続々.豪雪後の少なくなった残雪と硬く締まる硬雪の鷹ノ巣山越えW・・石尾根鷹ノ巣山Top 東日原から鷹ノ巣山稲村岩尾根を直登―榧ノ木尾根・倉戸山南西尾根の西側の支尾根から奥多摩湖.女ノ湯へ 2014年03月23日.松村 東日原から残雪の鷹ノ巣山稲村岩尾根・・電車トラブルでコースの変更 榧ノ木尾根から変化に富む倉戸山南西尾根 コースの変更 前回は檜原村と八王子市との市界尾根にあたる戸倉山地.市道山・臼杵山に初めて入山し.旧醍醐峠の周辺流域に興味を持ち始めていた。 数年前に再び山を歩きだした折.林道は延伸工事中だった醍醐峠北側の林道との係り合いも知りたいところ。 新多摩変電所付近から刈寄山を越え.入山峠・醍醐峠を抜けるルートを考えていた。ただ雪解けも激しく.残雪の少なさに諦めている。 残雪多き山々に心は惹かれるばかりだった。季節的に東京近郊では今年.最後のチャンスになる。残雪を求め.鷹ノ巣山石尾根を南北に横断する。 一昨年はアイゼン持参せず稲村岩尾根を下りえず.そのリベンジとして昨年2月.榧ノ木山ノボリ尾根から稲村岩尾根を下りていた。 前回.前々回の山行から考え.峰谷から浅間尾根を登り.鷹ノ巣山にでて稲村岩尾根を下ることにした。 過って偶然歩むことになった榧ノ木尾根はまず今回の残雪は乏しいだろう。ほどほどの残雪があれば愉しめるルートになるのだが。 昨年の春の榧ノ木山ノボリ尾根山行は麓から残雪に覆われ楽しく詰めている。今回は上流の「奥」集落から浅間尾根を詰める。 3連休の休日か.平日かで悩み.荒れるトレースを踏むか? 静かな山旅を味わうか? 贅沢な悩みは尽きず.早々の平日を選んでいた。 ここまでコースを決めたにも係わらず.電車トラブルは丹波行の始発路線バスに乗り遅れている。御嶽駅ホームで悩みコースを変更した。 鷹ノ巣山からは前回の逆コースで榧ノ木尾根に乗って倉戸山へ下り.南西尾根から奥多摩湖「女の湯」にでることにした。 今年の奥多摩でも残雪が多く見られたが倉戸山付近からの南斜面の雪解けは進んでいる。 高水山と手前は青梅丘陵 jr青梅線御岳駅ホームより軍畑方面を望む.7:533月23日(日)快晴 jr御徒町¥1210. 5:21=5:25神田:32=6:29立川.御岳行¥450 :39=7:38嶽岳 御嶽8:04=8:21奥多摩.西東京バス:35=9:00東日原bs. 変更された終着駅 東京からの電車のアプローチは全て昨年と同じ行程を通っていた。違いは「雨降り」バス停で下車せず.終点「峰谷」まで乗車するだけだった。 jr奥多摩駅発バスも同じ時刻に発っている。その間々神田からの乗り換えを含め時刻をメモし.朝5時21分発の電車に乗車した。 立川駅6時37分発まではよかった。ただ車両の行先を見ると時刻表は「御嶽行」と運行距離は短縮されていた。 終点の行先は「奥多摩」ではなく.「御嶽」止まり。慌ててこの電車の運転手に尋ねるも.「21分発に乗らねば無理!」.「天気も良いし. 御嶽まで行って考えては!」とのんびりした話。帰る訳にはゆかず.終点御嶽に昨年の時刻表と同じ時刻.7時38分に着く。 暖かい日射しを受け御嶽駅ホームに立っている。紺碧の澄んだ大気が渓谷の隅々までまで行き渡り.天空を広く埋め尽くしている。 アプローチの確認を怠っていた。如何したものか? 逆コースで日原側から榧ノ木尾根を下ることにした。 浅間尾根は奥多摩湖峰谷橋まで.下りのアプローチは舗装され長過ぎる。それなら倉戸山から南西尾根を下れば又別の変化が生まれるだろう。 稲村岩尾根 中日原より.9:10ヒルメシクイノタワと奇峰を突き上げているのが稲村岩. その右上奥が巳ノ戸尾根になる。谷間は巳ノ戸谷. 手前は鷹ノ巣谷, 右岸の日原川に没するのがネズミサス右岸尾根。その末端は檜に植林された巳ノ戸橋を渡った所が取付き地点に。 9:00東日原bs一9:02巳ノ戸谷雪渓一10:10稲村岩コル一10:25小:30一12:14ヒルメシクイノタル一12:40鷹ノ巣山.大13:40 東日原行バスは全員が坐れる程度. 川乗橋で半分以上が降り.東日原に降りたハイカーは3連休に係らず12.13人.その殆どが鷹ノ巣山に入る。 倉沢橋の車窓から倉沢谷の谷間を覗き込むと長沢脊稜は眩いばかりの雪稜に埋まり.煌めき輝いている。 豪雪から4週間経ち.残雪期に入っていた。 入山すればカンジキからアイゼンの世界になる。 奥多摩ビジターセンターの雪情報・・20日10時現在 当日雲取山.奥多摩は雨。奥多摩町内の遊歩道は全て.残雪や倒木により通行止。 日原方面へのバスは東日原までの折り返し運転. 日原から鷹ノ巣山へ向かう巳ノ戸谷付近も残雪によりルートが不明瞭。 急斜面も多く危険性が高いため.一般向けではありません。なお標高1000m以上は日当たりのよい場所を除き.雪に覆われている。 奥多摩周遊道路:山のふるさと村〜九頭龍橋通行止. 三頭橋〜山のふるさと村の区間は本日3月20日に規制が解除されていた。 裸林と藍色 稲村岩西壁と横篶尾根末端 巳ノ戸橋を渡ると直ぐ残雪の巳ノ戸谷に.9:40中日原の道標裏. 巳ノ戸尾根への踏み跡を右手に分け,巳ノ戸川の河原に入ると一面に残雪で埋め尽くされていた。 取付きの谷間は時折陽が漏れ.雪面を反射させては明るい谷間を創っている。それも束の間.山陰に入ると薄暗く肌寒くなった。 凍雪の浅いトレースが続いている。その間には間を空けず.抜け落ちた壺穴を幾つも見る。 昨年2月に滑落事故を起こした現場を下.9:53沢沿いに昨年2月に滑落事故を起こした現場で.その様子を当時は見下ろしていた。その下を横切る。 ここは既に地肌を現わし始めていた。この上は更に傾斜は増しているが何の変哲もない所. 凍雪に足を滑らせ不注意が事故をもたらしていた。大勢の救助隊員に囲まれ.一人は実力で降ろされていた。 谷間とは云え山陰に入り.雪質は硬い。残雪期に入っている。それでもスノーシュにカンジキを持参するハイカーが多くいた。 使用する所があるだろうか? 私はアイゼンのみの持参になる。 稲村岩コル. 今回は麓から積もるも浅い積雪.10:11稲村岩尾根に乗る ヨコスズ尾根滝入ノ峰1310.0m コルから暫くは雪解けの裸土稲村岩尾根 稲村岩尾根稲村岩コルから稲村岩尾根に乗り.尾根伝いに登ると20分ほどで融雪し裸土を現わしていた。 ホッとするのか.残念なのか.気落ちするも再び春雪を踏むようなる。 これからが本番.踏み締める雪面を切る靴先が心地よい。足元の雪面は見る見る白さを増してきた。 この歳になり.雪山を踏む機会が少なくなっている。雪と戯れるこの無邪気な感動は歓喜となり.体の隅々まで沁み渡らしている。 鷹ノ巣山へのコース.11:00タル沢尾根.カラ沢尾根.ネズミサス尾根 鷹ノ巣谷を隔て.11:17遠く狩倉山山の神尾根 落葉を落とした裸林の風景はこの時期.何処でも同じような感じを受けるが.冬木の梢越えに見える山肌は素朴で美しい。 清々しいまでに透き通す残雪の白さ.樹林の枝々も.朝の陽光を浴び輝き満ちている。 陽の当たり具合や陽の傾き.雲量の違いなど.この先条件は様々だろうが前回と又異なる聡明な光を感じさせられていた。 況して手前の尾根は昨年の春先に登った尾根。サングラスを掛けても眩い光.残雪は抜けるよう煌めいている。 ヒルメシクイノタワ 正面が稲村岩尾根.12:14植林帯が切れ.尾根筋の灌木を抜けると左側はブナの茂る急斜面になる。 向かいの巳ノ戸尾根は背丈ほどの笹の下草が積雪に埋まり.山肌は雪壁を築き.八丁山1280mの鞍部へと尾根先を落としていた。 右方の一段低い雪面は八丁山へ下る鷹ノ巣尾根。その下に繋がる尾根が日原川に落ちる先程分かれた巳ノ戸尾根になる。 正面右側から登ってきたのが稲村岩尾根. 三頭山石尾根 頂のツメ直前で.12:14六ッ石山1478.9mと城山1523m 石尾根鷹ノ巣山・・長沢脊稜 別名は入奥山.稲村岩の峰.1736.6m今年も道標に「アイゼン使用」の注意書が掲げられていた. 鷹ノ巣山からの展望・2014年03月.W 奥秩父の脊稜 頂右裏側からの冬木越え岳樺が絡み見ずらい先に奥秩父の頂稜が望まれる。飛龍山と三ッ石.右へ綴って石尾根の小雲取山が重なり.右端が雲取山になる。 手前は雲取山からの石尾根・・飛龍山下の頂が七ッ石山で.右手前に綴り高丸山.手前に横たわるのが日陰名栗峰ヤケト尾根。 大岳山と御前山 榧ノ木山取付き付近.12:51手前が水根山1620m. 左手は六ッ石山からのトオノクボ 榧ノ木山ノボリ尾根 峰谷川入奥沢左岸流域峰谷川奥沢流域. ノボリ尾根の裏側は奥多摩湖・・下れば「雨降り」バス停へ 展望 思いのほか時間を費やし鷹ノ巣山に立つ。春霞強く遠方はおぼろで更に霞み.山並は足元から視野がはみ出すスケールで開かれた。 今回で4度目の登頂. 天気が良過ぎて霞みがきつい。それでも何時も愉しましてくれる展望に飽きることなく開かれる。 山行を続ける都度.新たなコースが増え.頂にでて前回歩んだ山並を目で追うことができる素晴らしさ。 山との新たな出会いを生み.同じ景色でも更なる深まる展望は好奇心に満ちていた。 富士を背に重なり合う山並 左下が峰の集落浅間尾根1330m圏と1474m峰・・2013年02月の鷹ノ巣山々頂の展望写真 「峰」と「奥」2つの集落 5,年前の9月.茅野に住む池田先輩から雲取山下見山行に誘われ.三峰から入り赤指尾根を下っている。 その折作業道を横断し.「峰」の集落から峰谷林道を抜けている。「峰」は険しい急稜の崖ぷちに出合っていた。 狭い山腹斜面には急斜面に石垣を組んだ民家が点々と綴られていた。棚田さえ強いることのできない簡素な家屋と小さな庭先。 猪避けの棚で小さな畑を囲み.廃家も多かった。ただ人々は住んでいる。 庭先の狭い畑には蕎麦が植えられていた。丁度白と珍しい桃色の花を咲かせていたのを今想い出している。 深く落ち込んだ渓谷を隔て.手前対岸の山上にも孤高の「奥」の集落が望まれている。 壁肌にへばり付きしがみ付く姿は遠くから望むと.ここ「峰」も同じように壁に張り付いた形で描かれていた。 共に素朴な1文字の地名が名付けられている。「峰」も「奥」も集落は険しい急稜の崖フチにあることを意味している。 その「奥」の集落は浅間尾根の末端の同じよう大地にへばり付き.共に都下最高所の山上集落になっている。 「奥」は鷹ノ巣山の登山口に位置している。峰谷バス停から延々林道を歩み登山道に至る。今回の計画していたコースだった。 今は反対に頂に立ち.「奥」の集落を見下ろしている。 浅間尾根 背は赤指尾根入奥沢と坊主谷を隔てている。尾根末端の「奥」の山上集落が登山口 富士講の路 浅間尾根は過って富士浅間信仰の路 旧暦の6月から7月が富士山の開山期.その季節になると先達に率いられた信者の群が.その昔の平安時代頃に列をなすのが見られたと云う。 江戸時代には黄金期を迎え.北関東あたりから秩父を経て奥多摩に入る権現の路は大きく2つの尾根径が知られている。 その1つは三峰神社を詣で.三峰三山を越え.更に石尾根の浅間尾根を小河内原の湯之権現に下りている。 もう1つは秩父側の浦山川俣にある浦山大日堂を詣でた後に.一行は仙元尾根を登り詰め初めで富士山の全貌を遥拝していた。 三ケドッチから横篶尾根を下り.鷹ノ巣尾根を越えて雲取山からの道と合流して.浅間尾根を下っている。 浅間尾根の末端裾には「奥」の集落があり.その上部の尾根筋には浅間神社が祀られ.道中は長く湯場でゆっくり疲れを癒している。 大菩薩嶺から塩山へ。或いは松姫峠から大月へと富士吉田を目指していた。そして明治になるとともに富士講の路は衰退し. 奥多摩の山々には今も浅間の名残が多く残され.浅間神社も至るところに祀られている。 頂で久し振りの昼食昼食はオデンとビール.12:40〜03:40 十分頂の展望を愉しみ.水根山との鞍部に降りて.雪解けの草地で昼食を摂る。 抜かるむ大地の足元を固め.コンロの土台には平石を拾い集めた。献立はオデン.ビールを呑みながら温まるのを待てば直ぐできあがる。 ボンベの量が少々足りなくなり不安はあったが炎は快調な音色を響かせ.蓋を踊りださせている。 コンロの使用も久し振り.今は歯の治療中でさし歯が合わず.食べずらいが美味かった。アッと云う間にナベは空になる。 残雪の鷹ノ巣山稲村岩尾根・・電車トラブルでコースの変更 榧ノ木尾根から変化に富む倉戸山南西尾根 |