| 尊仏ノ土平を周回し.鍋割山南山陵を下り.栗ノ木洞の広大な植林尾根を横切る 鍋割山北尾根を越え南山陵から後沢乗越―栗ノ木洞南西尾根に回り込み.三廻部林道の起点へ・・宇津茂.寄沢 大倉から西川林道を抜け丸萱尾根から鍋割山稜 小丸北尾根から玄倉川最上流へ下り尊仏ノ土平 鍋割山北尾根から南山稜.栗ノ木洞南西尾根を下り林道三廻部線の起点から寄・・頂から蠅と真鶴の展望 鍋割山北尾根 鍋割山北尾根は旧鍋割峠を越えたオガラ沢ノ頭から2つのルートが綴られている。オガラ沢尾根ルートは南南東に延び鍋割越場沢とオガラ沢を隔てて. 玄倉川の広い河原に没している。尾根末端から広く自然林に覆われ.明るい新緑にブナの巨樹が上部に幾つも列柱する姿が目に付いている。 又オガラ沢ルートは南西に延びるオガラ沢と鉄砲沢を隔てる尾根筋を下り.中ッ峠からオガラ沢の左岸沿いを下っている。 沢沿いは難路.更に尾根伝いに下ると3つのコブを越し.玄倉林道の熊木ダム近くに没し.林道に降りる手前には手彫りのトンネルが築かれていた。 又この北尾根のルートは鍋割峠から旧峠越えで.ユーシンに至る古道は廃道化していた。 山の神南東のコルへ詰めるガラ沢 尊仏ノ土平から直ぐ西裏山にあたるガレたルンゼ.12:31鍋割山北尾根 11:54尊仏ノ土平.大12:30一12:48山ノ神のコル一13:27オガラ沢ノ頭一13:30旧鍋割峠一13:50茅ノ木棚山稜 一04:05鍋割山一05:07後沢乗越一15:29栗ノ木洞. コルへ直登 広い河原の西方一隅に尊仏ノ土平があり.その北側の直ぐ裏に北尾根末端の山ノ神のコルへと続く涸れたガラ沢が延びている。 初めてのことで玄倉林道を先端の山ノ神(デン平942m)を巻き.オガラ沢からコルへ回り込む積りでいたものの.目の前の小沢を見て直登した。 後から思うに初めての場所.周りの地形.状況を含め知って損はなかった。ただ単純に少しでも長く.尊仏ノ土平に留まっていたかった。 目の上のコルを見て.ワザワザ遠回りして逆側から登ることもないと考えた。ただ手彫りのトンネルは見学したかったころだが。 距離にして160mもない。ただガレ場の急斜面. 沢底に入り込むも岩盤に乗る枯葉で土砂は崩れるばかり.ない所はスラブ状だった。 ツメまで如何にか詰め.左前方の山腹に逃げると微かな踏み跡があり.強引に頭上に突き上げればコルにでた。 振り返り幅広い尾根.先端が小鞍部 右手の沢筋から登っている.12:48 ブナ林豊かな尾根に入る.12:53 淡く重なり合う若葉がくれのブナ林.13:00コルからは大らかな尾根を示している。ブナが列柱し若葉溢れる山域に入る。透ける陽射しと重なり合う木漏れ日を受けている。 森が発する気の力強さと温もりに周りは緑の鮮やかさを映し.先ほど下ってきた小丸北尾根の森林とは見るからに違った林層に出合っている。 薄暗い一色に塗られた植林帯と異なり.自然林に満ちる雑木の斜面は樹葉を透す陽光を踊らせ.神々しさをも見せつけている。 大地の隅々まで射し込む陽光の昼下がりの贅沢さ。愛でる姿に我を忘れ.足を停めては歩むことを繰り返す。 塔ケ岳,金冷し.大丸.小丸 13:01枝越しに開かれから鹿柵の向こうに.塔ケ岳からの鍋割山稜が望まれる。 ここから見上げる幾つもの北尾根の山肌はそれぞれ緑深い樹林に覆われ.若草色に満ち尽くされていた。 手前の雑木は新緑に覆い尽くされている瑞々しい小鍋沢と中鍋沢。分ける中間尾根も青葉に盛り上がる勢いを示していた。 その奥が植林された小丸北尾根になる。 青葉鮮やかなブナ林.13:09 立木に「←ユーシン」の赤ペンキ.13:25尾根の上部に立つと赤ペンキのマーキングが目立ち.勢いで所々には大木の幹に殴り塗られていた。目立つが古くともその姿は変わらない。 目印と云うより痛々しい姿に思われる。東京近郊では南大菩薩の日川尾根末端.徳並沢ノ頭周辺でも見られている。 東北や越後では以外と多い。猟を主としていた山々ではマタギの記録として木肌に細かく刻んだ大木も目に付く。 最近では自粛しているようだか。誉められたマーキングでないのは確かだった。 トウゴウミツバツツジ.13:25オガラ沢ノ頭 ここで沢ルートと尾根ルートが合わさる.13:27この前後もブナの巨樹が続く。木洩れ日までも閉ざす枝々が絡み合い.青葉のカーテンが四方に飾られている。 又トウゴウミツバツツジが漸くちらほら咲き始め.旬の美しさに存在感を現わしていた。 オガラ沢ノ頭に立つ。鍋割山北尾根.2つのルートの合流点。越えると古道の旧鍋割峠にでる 旧鍋割峠 鉄砲沢側より.13:30別名越場沢乗越 旧鍋割峠の古道 鍋割峠南側の経路は現在も使っている寄から寄越場沢を遡り.茅ノ木山稜の鍋割峠に至るルート。鍋割峠から鍋割山北尾根のコル. 旧鍋割峠に至る北側は薄ら踏み跡が残されているが鉄砲沢のツメは幾つかのガラ場が崩壊し.踏み跡は途ざえていた。 旧鍋割峠を峠越えし鍋割越場沢を下って.尊仏ノ土平に至る古道。関東大震災前まではユーシンには材木. 炭等商う集落があったと云われている。右宇津茂と結ぶ1つの古道になる。茅ノ木棚山稜の4つの古道 峠の鉄砲沢側 ザレ落ちる谷間鍋割峠への上流側にはやらしいガレ場が幾つかある 峠の鍋割越場沢側 ![]() 茅ノ木棚山稜の北側と南側には同名の越場沢があり.北側を鍋割越場沢.南側を寄越場沢と称し分けていた。 13:46 間近になった鍋割山近くの茅ノ木棚割山稜.13:53 取付きは直ぐ上部にある巨樹 1ケ月振りの訪問.13:58緑が多くなった茅ノ木棚山稜の南側ツメ 鍋割山荘.14:05鍋割山 前回と同じテーブルを占領する。と云っても頂にたむろうハイカーは私を含め5.6人.居ても一桁だった。休日とは差がはっきり分かれていた。 トレイルをしている息子夫婦が.ここの「鍋焼うどん」は美味いと勧めてくれていたが.持参はお茶漬けとは言え.空腹感はまだなかった。 自ら食事を予定して入山しなければ.この先も食べる機会はなさそうだ。 3回目の鍋割山に立つ。雨山峠からの茅ノ木山稜と共に.十文字に鍋割山の頂に横切ったことになる。 又漸く真鶴半島の海岸線が望められている。全面霞んでいる裾野の遥か先に又かと思い見詰めていた。 するとガスの中央一部分の流れが切れ.海岸線が縦に走り見下ろされた。伊豆半島の入口.手前が小田原だろう。 一瞬の霧の流れる切れ目から真鶴半島を覗き見る。その景色をお土産に腰を上げた。 鍋割山南山陵 アセビの樹海を抜け.14:30山行の後半は南山陵を黙々下り.後沢乗越を下り返し.栗ノ木洞から南西尾根を下る 山北町側の山並 ![]() 先月と同様な霞が掛かるも.如何にか撮ることができた.14:35 先に歩んだ檜岳山稜・雨山山稜・・と丸萱尾根から望んだ山北の山々. 雨山右肩は世附権現山. 檜岳の登りで撮った右方の拡大写真 後沢乗越 先は栗ノ木洞から櫟山(くぬぎさん).15:07栗ノ木洞 三等三角点標石908.3m境界点名は「栗之木道」.15:29南山稜 鍋割山からは休まず.後沢乗越を下り返し.前回下った後沢中間尾根(後沢左岸尾根)の取付き地点を右に分け.栗ノ木洞に立つ。 後沢乗越から左に折れて四十八瀬川の谷間に下れば西山林道から「表丹沢県民の森」の裾野を通り.大倉バス停にもでられる。 2008年の秋にはこの乗越しから甲相尾根バン木ノ頭西尾根へ抜けている。西側は先月.後沢中間(左岸)尾根を下り.寄bsに下りている。 後沢乗越を越えると.左手の四十八瀬川にかけては「表丹沢県民の森」上部に広がる植林帯.右手は自然林に覆われ.鹿柵が連ねる。 喘ぐ最後の登り.徐々に高度を上げ.緩やかな起伏の栗ノ木洞909.3m.3等三角点峰に立つ。 点名は「栗ノ木道」とあるが山名は「洞」。又栗の木の代わりに広く開かれた平頂は見渡す限りの杉林帯.木々に覆被い尽くされていた。 又点名は「道」は過っては山全体が栗ノ木に被われいたのか? それとも古くから山道があったのか? 地形図には破線路もない。 ここ栗ノ木洞から櫟山(きぬぎやま)にかけての尾根筋の左側は四十八瀬川まで「表丹沢県民の森」の領域になっている。 下山に3つのコースがある。更に南山陵を主尾根伝いに南下すす場合はカヤト状の檪山から三廻部林道を横断し.新秦野線38号鉄塔から鹿柵へ。 そして土佐原への道を分け.茶畑から寄バス停にでる 私は栗ノ木洞で南山稜を分け栗ノ木洞南西尾根を選び.三廻部林道の起点がある尾根末端を目指し.寄沢沿いに下ると寄バス停にでた。 鍋割山南山陵.栗ノ木洞南西尾根の南面 対岸の杉ノ沢堰堤上より・・2015.01.13/8:10栗ノ木洞908.3mと檪山810m.628m・・右手の下った鞍部には三廻部林道が横切っている。 正面は栗ノ木洞南東尾根. 尾根全体の林層は植林に覆われている。上部は鹿柵に囲まれ.中央部.下部は植林の区分けに変化を付けている。 南西尾根の東面 鍋割山より南山稜を見下ろす・・2014.04.27/15:40南西尾根 栗ノ木洞南西尾根は後沢と825mからの西尾根のアッチガオ沢とを繋ぐ.北側と尾根と南側の稲郷沢を隔てて寄沢に没している。 尾根は全体が植林され.上部は鹿柵のジャングルと広大な平坦な地形を築いている。 後沢左岸尾根とも呼ばれるが.本来私が歩んだのは稲郷沢右岸尾根になるのだろう。 後沢中間尾根は昨年の4月にやどりき水源林周遊歩道に下りている 中盤の台地で後沢に下る2本の作業道を分け.直進すれば庇ノ玉洞にでて.尾根は2つの枝尾根に分れれいた。 上部は鹿柵.中盤は広い平坦地.そこからは東尾根伝いに末端まで枝落ちに間伐の残骸が放置された斜面を下っている。 末端は三廻部林道の起点にでて.西尾根を下ると550m辺りから下は明瞭な周遊歩道にに変わり.やどぎり遊歩道にでた。 ・・南稜栗ノ木洞南西尾根地形図 ![]() 南西尾根取付きの鹿柵.15:38 栗ノ木洞南西尾根 15:29栗ノ木洞⇔15:38取付き地点, 一15:54平坦台地840m付近一16:16庇ノ玉洞.鹿柵一16:25末端二俣南西尾根 一16:42林道三廻部線の起点一16:54寄bs. 細長い台地のような平坦地の頂をピストンし.頂の手前北肩の鹿柵口に戻っている。取付きには境界見出標332.恩賜石標332があり. 立木には赤ペンキが殴り塗られ.そのペンキの帯に「ナベ会.○一左へ.行くと寄大橋.〜事可り」と記されているのが如何にか読める。 道中の道標はこれのみ。3時38分に主尾根から離れる。前回はこの時間はまだ鍋割山を出たところだった。 ツメは草付の抜かるんだツメの大斜面.15:40 鹿柵が何本も現れ.この柵下を潜る.15:47 赤い指示テープと鹿柵の穴.15:48鹿柵 ツメの壊れた柵口を潜ると扇状に広がり延びる尾根は西側を緩やかに下り.鹿柵がその中央に延び下っていた。 私は右に鹿柵を見ながら下っている。本来は左手に見て下るようだ。 ほどよく下ると左手から新たな鹿柵が狭まるよう現れ.左手前方はガレ始め行き止り気味。樹林で暗く谷に抉られ行き止まりになった。 戻ると丁度鹿柵の掘り上げられた柵穴を見付け.左手に這い上がる。そして下る右手から新たな鹿柵が現れた。 右手の3本目の鹿柵は縁を回り込み.先でも同じような穴が開けられていた。その口上には赤テープが張られ.「入る!」だったと思う。 指図が示されている。ここもザックを外し.再び這い上る。ここまでは幾らか抜かるんだ草付の斜面を下り歩き易かった。 840m付近.平然とした植林帯だが.15:5415分ほどで小さな黄色プラ68が広い台地の中央に目立つようあり.鹿柵のジャングルからも解放されている。 尾根筋はやや南西へ緩やかに下り.大らかな台地に変わっている。殆ど平坦になり歩き易くホッとした。 それも束の間.今度は間伐したばかりの植林帯が現れる。枝打ちに伐採された丸太がそのまま残然と転がり.歩き難し。 真新しく間伐された台地.15:57後沢へのルート 平坦台地の後半840m付近からは.750m圏コブを越える北西へ枝尾根を延びていた。 この踏み跡を辿ると末端は後沢の下の二俣.550mにでる。二俣脇には「作業経路」の標識あり.作業道は再び沢へ下りていた。 前回下りた後沢乗越からの中間尾根.二俣の下二俣にでる。登りの場合は一度沢から離れたなら再び下らず.そのまま四つん這いの急登。 緩やかに左へ尾根筋を変える本尾根の870m付近からは北西と真っ直ぐ南西に2つの枝尾根を分けていた。 北西側の踏み跡を尾根伝いに下れば寄沢の出合にでる。下り口は先月下った後沢中間(左岸)尾根の対岸になろう。 共に檜の樹林帯の中.踏み跡を見付けるには尾根の北側を十分探りながら下る必要があるようだった。 又南西の主尾根をその間々下れば庇ノ玉洞にでる。 一度急斜面を下り.再び緩やかな傾斜になるも.尾根幅広い主尾根は大きくジグザグを切りだしていた。 太い丸太や枝絡みの障害物が出くわせば適当に歩き易い場所を選び下ればよかった。 庇ノ玉洞の北側肩 コブの西側に鹿柵あり.16:16庇ノ玉洞 踏み跡らしくなり.別名庇ノ洞ドウ620m圏コブで.再び西と南へ分かれる尾根の分岐にでる。 左手に鹿柵が現れ.踏み跡はコブの北側を巻いていた。鹿柵口を潜ればコブ上に出るだろう。 ここで右(西)に延びる尾根に乗ると直ぐ.北西と南西に尾根が分かれる590m圏分岐にでている。 寄大橋にでるには北東尾根を取るが.この尾根は先程下る途中で右側に森林が切れ.右前方に尾根を見下ろしている。 私は下流側の南西尾根を下ることにした。 末端の南西尾根に入る.16:27末端の南西尾根 尾根上はズッーと間伐された台地。この尾根筋には横に間伐が放置され.見た目以上に歩き難いことこの上もない。 踏み跡はあるようでなくなっていた。尾根筋が南側へ下り始めると扇状に広がりだす。 尾根筋が分かりづらく.右手に大きく斜下しながらトラバースして.歩き易い所を見付けては下ることにした。 そして尾根の右端に足が届くと舗装された林道が明るい白さで見下ろされた。 県道神縄神山線と重複する秦野峠線の接線. 又踏み下りた道路は丁度林道三廻部線の起点.寄沢沿いのT字の三差路脇にでた。 尾根末端.林道三廻部線の起点.16:42標板の左角から尾根を下りている. 写真.左に折れた林道の直線先は左脇に寄大橋を見て.抜ければ林道秦野峠線から玄倉へ。直進すれば寄林道から雨山峠越えになる。 逆の左手前は宇津茂地区寄bsへ下っている。 三つ角にある「林道通行禁止」の立派な標識板に.青い標識には「林道三廻部線.幅員4.0m.延長6.630m.」とあった。 ここは林道三廻部線の起点でもあり.右に入ると南山陵を越え.四十八瀬川沿いに下り.三廻部に入線し.朝方の県民の森と繋がっている。 そして西山林道に入り下れば.出発点の大倉バス停にでる。 路線バス 時計を見ると針は4時42分を指していた。寄バス停発は4時55分.間に合わぬが走りに走る。遅れると1時間を越えた後になる。 稲郷沢出合を過ぎ.宇津茂の大寺橋が見えてからが長かった。一直線の道路.送電線を潜り.休まず走る。息絶え絶えにバス停へ。 間に合った。喘ぎ運転手の顔を覗くと一声は「発車します!」と。「お願いします!」と私一人が乗り込んだ。平日は16時55分発注意! 送電線は新秦野線36〜37号鉄塔間. 朝方西山林道で.この送電線を潜っている。直線距離にして2.5kmほど。 その間に南山稜が横切っている。又朝方西山林道のゲートで四十八瀬川右岸沿いの林道三廻部線のガードレールを見ている。 地図を見る限り.狭い出発点から周回してきたことになる。 16:54寄bs富士急湘南バス.\520. :55=17:19新松田.急行¥780. :25=18:42jr新宿¥165=18:55お茶ノ水. 「鍋割」 ヤマケイオンラインによると「鍋割山」の名はこの山の北側にある玄倉川の支流.鍋割沢から付けられたようだ。 「鍋割」とは岩の多い所をナベといい.歩きにくい悪い沢という意味から「鍋割」という名がつけられたと考えられている。 この山は南麓の寄集落の人たちからは三ノ萱と呼ばれ.昔からカヤ刈り場として利用され.麓から一ノ萱.二ノ萱があり.頂上が三ノ萱になる。 蠅 5月も半ばを過ぎ.念の為山ビル防止用ガムテープを持参するも.好天に恵まれ必要はなかった。 ヒルに変わったのが蠅。先月までは殆ど気にならなかった蠅が.5月になると以外に多く舞っている。 蠅の量を尾根順に比べてみると.やはり朝方とは言え.丸萱尾根では気に掛かりだし.多かったのが鍋割山北尾根.小丸北尾根の順で. 玄倉沢の河原で食事を摂った時は蠅を払い続けている。鍋割山でも同様だった。それに比べ栗ノ木洞南西尾根では見られぬほど少ない。 多いと云えば昨年の奥多摩タワ尾根も多かった。凄さでは時期にもよるが一昨年の御坂山塊.十二ケ岳から節刀ケ岳の河口湖側になる。 蚊柱の如く群れで襲われている。碌に落ち付いて食事も摂れなかった。それでいて北側の上芦川側は1匹の蠅も見られなかった。 東京では殆ど見られなくなった蠅が.郊外の山々では入山者数に合わせ増しているようだった。これも細かな残飯のせいかも? 先月の山行よりも厳しい条件が重なっていると思われたが全てが順調に進み.日の長さも加わって早く下山できた。 各尾根は樹相が異なり.水源巡視路に作業道.古道に登山道と特徴ある尾根を歩んできた。 特に自然林に覆われた鍋割山北尾根は青葉が冴えわたり.体にはサンプルとしてみなぎる癒しの力を頂いている。 山での探索なり.持参した略図を一番読んだのが南西尾根になる。全てが植林帯で覆われていた。倒木を何本.越えたことだろう。 ルートに変化をもたらすには後沢の二俣550mに.下るルートがよさそうだった。 地形図「大山」.山と高原08「丹沢」.マルガヤ尾根と北面zzz38.南西尾根zzz39. 新レザー登山靴スカパ・・34.605歩 丸萱尾根から鍋割山稜 小丸北尾根から玄倉川へ下り尊仏ノ土平 鍋割山北尾根から南山稜.栗ノ木洞南西尾根を下り林道三廻部線の起点から寄・・頂から蠅と真鶴の展望 |