回想の後立山連峰. 唐松岳から五龍岳.鹿島槍ケ岳.爺ケ岳・・後立山連峰Top ・・後立山連峰概略図

   後立山連峰の唐松岳から爺ケ岳へ南下・・初日は本降りの八方尾根に泣かせられ.翌日は後立の雲海満歩を満喫する。
     込み合った八峰キレットと爺ケ岳の小屋.最後も満杯の山小屋.慌ただしさを避け.柏原新道から一日早く下山する. 2014年07月26〜29日.松村

      風雨に荒れた白馬八方尾根・・沈痛と危険な職業ガイド
      好天に恵まれ五龍岳から八峰キレット
      快晴の鹿島槍だが爺ケ岳を越えて下山

     今年の夏山は体力的に同期鈴木が抜け.見城先輩の希望を含め.7月下旬に後立連峰.五龍岳を中心とした山を選んでいる。
   吾妻に続き彼女も参加したいとの希望を受け.遠見尾根から五龍岳を南下し.鹿島ケ岳.爺ケ岳の山稜を綴り.柏原新道を下る積りで企画した。
   それが何と! 先輩のトレーニング不足を理由に急に中止。折角企画した山行を無駄にしたくなく単独で歩む。

     コースは八方尾根から入り.唐松岳から南下するコースに延長し.下山は未定とした。背稜は過って1968年9月下旬に白馬雪渓から針ノ木雪渓まで
   縦走している。当時を想い.北アを北上せず.昔のコースをそのまま南下する。どれほど昔を想いだせるかがポイントになった。

     過って縦走したのは後立の雪山に備え.直接足で地形を呑み込むのが目的の山行だった。そして正月山行として餓鬼ケ岳に続き.爺ケ岳東尾根に.
   南尾根.岩小屋尾根に鳴沢尾根と年毎に挑んでいる。卒業後の正月毎の山行だった。今回はそのルートを足元から覗き込む積りでいる。
   小屋泊りになるが混雑せぬことだけを願い.山に入る。

     出発はK先輩の不参加から天候を見定めて入山。7/16日九州地方が梅雨明けし.20日には中国.四国地方.21日は東海と。
   そして22日甲信越が梅雨明けをした。更に台風10号が23日沖縄に接近.そのまま北上するか.本土に向かうか20日までは知することはできなかった。
   その後台湾を直撃すると米軍の進路予想がでたため.7月26日に入山を決め後立に入る。アプローチとしては夜行列車は完売.夜行バスに乗り換えていた。

    五龍岳〜唐松岳八方尾根
   栂池展望台より・・2015.05.14/9:14

     長野中条の新津邸で「終の棲家の古民家で囲炉裏を囲む会」を催した翌日.新津邸→奥裾花自然園から大町温泉郷「織花」へ。
   その折途中の栂池展望台からの遠望.

    爺ケ岳〜鹿島鑓ケ岳
   右手が鹿島鑓北峰.南峰
    3日目解散後は独り高瀬川左岸道を常念山脈を仰ぎながら歩み.大糸線の安雲追分駅にでている。

    7月26日(土).晴
      隅田川花火大会.秋葉原ロータリー21:55=竹橋毎日新聞社.毎日アルペン.¥6200. 22:25=
    7月27日.雨.稜線にでて風雨強くなる
      =5:44白馬八方一6:00八方尾根ゴンドラ兎平=リフト×黒菱平.八方池山荘7:17一第3ケルン.八方池:32一8:55小9:00
      一9:50雪渓末端10:00一10:20唐松岳頂上山荘(旧唐松小屋).

    第3ケルン八方池
   7:14
    池塘には残雪.大池は融雪するもガスが強く舞い、逆白馬の姿は見えず

    八方尾根
     八方山荘にはスキー等で何度か訪れているが八方尾根からの入山は初めてのこと。
   12年前,妻と福光で昔の家系を探った旅の帰路.白馬岳の夕日.朝日を妻に体験させるため.八方山荘に宿っている。
   又大分昔だが黒菱平からjr白馬駅前までスキーで滑った経験のある。当時の駅名は旧「国鉄信濃四谷駅」だった。

     八方ゴンドラも何度か改良.新台に変わっている筈。そのゴンドラには小さな空気口が天井に備えられていた。
   その穴から雨粒が1つ.2つ頭上に落ちる。麓では薄曇りだったが.兎平に着く頃には小雨になり.上のリフトではカッパを着る始末。

     乗場脇に置かれたテレビ雨雲レーダーは雨の到来を告げ.前線が幾つも並ぶのが映し出されていた。
   天候ばかり気にしていたのが仇となる。前日は日本各地で猛暑日を記録していた。富山38.8℃.

     それが大陸高気圧が張り出し.前線の南下が梅雨明け後のゲリラ豪雨に見舞われる。歩き始めて久し振り.雨らしい雨に打たれていた。
   山麓からの標高差1060mを30分ほどで詰め.歩き始めに上下雨具を着て傘を差す姿は久し振りだった。

     夏シーズンに入り八方尾根と遠見尾根を周回するハイカーは多い。又昨日.今日は信濃大町若一王子神社の例大祭が行われる。
   奥社は蓮華岳にある。祭日でゴンドラは早朝運転6時.普段7時.¥1550. 荷物代15kgから¥440.私の荷は13kgに留まる。

   上樺付近.8:18

     標高1830mまではゴンドラ.リフトと便乗した。降雨に見舞われた雨雲のガスが尾根にどっぷり覆っている。八方尾根に登っている実感が
   起きたのは八方池のみだった。ただ水面に映る白馬三山を眺めることも見ることもなかった。雨雲の中を歩んでいる。

     登るにつれガスは深まり.飛び散る雨粒は額を叩き.風もでてきて痛い。眺望を得るどころではなかった。
   下樺から灌木帯を登り.上樺の扇の雪渓末端で1本取っている。停まると見る見る体温は奪われ.手はかじかみだしていた。
   コース的には楽なのだが丸山のケルンに鎖場を抜けて.足元を見詰めているだけの登りが続く。

     避けることのできぬ頂稜は勢いに乗る暴風雨で荒れ狂っている。この梅雨末期の荒天は幾度となく経験していた。
   10時半前に唐松山荘に辿り着く。小屋の玄関.談話室はハイカーで溢れ.周りは蒸す湿っ気に満ち.動くことのできない状況に陥っていた。

     漸く着替え.濡れたものを乾かし.落ち付くと今度は動くのが面倒になる。眺望の利かぬ先を諦め山荘に寝床を求めることにした。
   午後一時.雨は小雨になるも.霧は更に濃さを増し.視界は閉ざされた間々。外は乳白色のガスを巻き上げ.再び雨足は早くなる。

    唐松山荘
   F2.蚕形の寝床にて.15:52

    唐松山荘
     赤く外壁が塗られた唐松山荘は五竜岳と白岳の鞍部.2490mに建つ。昔は全て幕営していた。
   当時は天狗小屋と白沢カールに宿っている。残雪に水を求め.晩秋だったため無ければ水を求め.得るまで沢を下っていた。

     昭和34年にボッカによる最後の建設工事が行われ.「唐松小屋」を「唐松岳頂上山荘」に改名した。その後改修と南館が完成.本館は
   ¥800割増で.棟は別々で南館からはその都度外から移動するスタイルだった。水500cc¥300. 4/26〜10/19間営業.

     一泊2食付き¥9500,移動ボイラーの乾燥室あり.収容300名.日祭には医師による診療所が開設されている。
   天気は黒部市より,今回はコンドラ乗場でも同様.テレビの雨雲レーダーが映しだされ.本人が直接確認できるよう.見え易い場所に置かれていた。
   山荘の玄間に置かれたテレビも朝から変わらず.前線を跨ぐ雨雲が幾つも斜線を描き映し出されいる。

     黒部側に面する中央玄間の左手が受付.その左奥に綺麗で広い食堂がある。休憩でも利用ができ荒天の場合に便利.¥300
   間の奥.外側に狭い炊事場(喫煙室)が並び.右奥が落とし込みの綺麗なトイレ。受付の右手に乾燥室があり.談話室があった。

     受付で寝床の記名されたカードを受け取る。本館2階5部屋の中の3号室。下段Dとあるが隔てるも壁はない。
   中央の階段を上がれば蚕形の2層の寝床が連なり.枡箱は普段3人に対し.混雑の酷い時は5人が我慢するよう組み込まれていた。

     偶然か私の寝床だけ4人で.殆ど平常心で寝ることができた。又今回は荒天で留まるハイカーが多く.八方.遠見と2つの尾根を利用して.
   唐松岳に登る人が多い。午前中の早い時間に山荘で雨宿りしている。午後になるも風雨強く視界は全くなった地図に線を引くだけの山行を諦め.
   宿ることにした。運よく小屋からはNTTの携帯だけが繋がり.妻に一泊延びることを告げ.復路のバスの解約をお願いした。

     夜行の疲れがでたのか昼寝が心地よい。うつらうつら眠っては目覚め.又夢の心地に入っている。
   夕飯と朝食は共に5時.横になれば幾らでも寝られるのも久し振り。アルプスだけに各地からのハイカーが集い.山小屋は賑やかなさを増す。


     7月27日. 爽快なアルプスの岩峰と呆れた職業ガイド・・一日中.ガスの切れ目から陽が射す岩稜帯を歩む
        唐松山荘5:15一5:45一6:10鞍部一7:21五竜山荘一7:40小:50一9:00五竜岳肩:41.
    夜明け前
     昨夜21時の時点で外はまだ小雨. 夜半3時には薄くガス湧く雲に覆われていた。頭上高くをよく見詰めると点々と星屑が仰がれた。
   まだ雨上がりになったばかりだった。トヨから雨雫が落ち.水溜りを造り.見えるところは何処もが濡れていた。

     夜半まで降雨に見舞われていた。それが明け方に小屋の扉を開けると飛び込んできたのは正面に開かれた立山連峰と剣岳だった。
   山に入り始めて拝む岳. 雲海の下の黒部渓谷を隔て.対等する立山連山のアルペン的なダイナミックな姿が朧に夜明け前の山容を現した。

     山小屋を囲むワイドな山並みの右手奥には唐松岳だろう。沈む暗闇に包まれ.真近に被さるよう控えている。
   左手はこれから進む牛首山稜. 先を閉ざす肩は雄大に構える五竜岳。まだまだ薄暗い闇の空だが悠然と突き上げていた。

   牛首山稜.5:20

    日の出
     夜明けを迎え.どんよりした雲海が信濃谷や黒部谷をも閉ざす大地を創りだし.岳々が雲海を切るよう突き上げる。
   隠されていた頂の山容をを覗かしている。4時40分.日の出の時を迎えている。

     周りは薄暗く.重い湿った大気が漂い.夜明けの朧な明るむ姿より.まだ雨上がりの闇夜の境の方が勝っていた。
   それでも次第に明るさを増している。信濃側の雲海を切り朝陽が昇る。そして雲海に頭をもたげている岳々は
   その微光の恵みを受け始めていた。

     一度陽光を体に受けると今までのゆっくりした朝陽の昇りを飛び越え.岳々の山肌は溢れる陽光に照り付けられた。
   向かう大黒岳の岩稜に信州側から霧が勢いよく流れ込み.乗り越えている。その流れも白さを増し.
   立体感溢れる幾つもの複雑な起伏の姿を現わしては岩稜に突き当り.気流を巻き上げ踊させられていた。

    雲海の切れた五竜岳
   牛首より.5:21
    雲海に沈む八峰キレットと餓鬼谷・・左下は大黒岳
    五龍岳の右肩奥が右奥が東谷山尾根.東谷山

    牛首の下り
   牛首から300mの下り.5:31
   ザイルパーティに行く先は閉ざされる。牛首左手の信州側は平川大黒沢.右手の黒部川餓鬼谷に挟まれた狭いガラ場で高度感ある鎖場。

    職業ザイルパーティ
     牛首の下りでザイルパーティ.4隊に出会う。それぞれ5.6人が1つのパーティを組み.稜を下りている。追い付き.1つのパーティは先にルートを
   開けてくれていた。3パーティ目の後に付く。馬鹿丁寧に言葉を掛け.足元なりホールドを間に居るメンバーに伝えていた。

     先を急ぐ私.余りにも細かく指図する姿は.見ていても少しうっとうしいが中高年の女性も多く我慢のしどころ。
   従う女性群は何か頼もしく思い見詰めてもいる。目を輝かせ下る彼女達。セフビレを付け.ザイルを結び.鎖場ではカラビナを付け下って行く。
   その姿は頼もしくも思えた。

     私の前のパーティが先に進むパーティに.安全に休む所がないか打診し.それに答えるパーティ。5人が熊笹のワイド気味の所に休みを取り.
   ルートが開かれる。当然私の為にルートを開けてくれたと思ったら.そのパーティのリーダーに「先に行くな!」と怒鳴られた。

     カッとなり一言.言葉を吐く。「君達は休んでいるが! その間,他のハイカー達は先に進めず.唯ずんでいるだけだ!」.「何を考えている!」。
   無言の言葉を聞き.休んでいた場所を通り過ぎる。この言葉は全パーティに.又追い越せず待ち疲れていたハイカーにも聞こえていた筈である。

     後ろのパーティのリーダーが頭を下げていた。「行くな!」と言葉を吐いた本人は憮然としていた。
   先の2パーティも何も言わず.安全な所でルートを開けてくれている。「ありがとうございます!」と私は先を取る。

    大黒岳と白岳.五竜岳
   牛首の下りで.5:36

     続く岩稜帯を下り.追い付かぬハイカーやザイルパーティとも離れ.独占場で岩場を攀じる。
   雲海に埋まる谷間を抜けた。飛び出した岩稜は朝陽を真横に受けるとアッと云う間に稜の高さを越え.頂稜をも照り付けている。

     長い下りを終えザレのピークを通過. 鞍部からは大黒岳の黒部側を巻く樹林帯に入り.這松の間を抜けて大黒岳の頂にでる。
   正面に聳える五竜岳を見上げる都度. 大きな山容は更に大きさを増し.私を迎えてくれた。

    唐松岳と大黒岳
   綴ってきた山稜.6:39

     ここから一旦下ると信州川はスパッと切れ落ちた尾根筋になる。後は緩やかな尾根を進み.
   白岳で遠見尾根との分岐を左に分けると昨日泊る筈だった五竜山荘が.鞍部にデンと見下ろされた。

    五竜山荘
   白岳を越えて.7:21

     予定では今日冷池山荘泊りだったが入山が荒れた為.早めに唐松山荘に宿っている。それ故今日はキレット小屋泊り。時間は充分ある。
   時間が経つと共に天空の層雲も切れ始め.蒼空が顔を覗かせた。下界の裾野は見下ろせぬが.展望は間々望めるようなる。

    朝方の遠見尾根上部
   五竜山荘前より信州川を望む.7:26
    ツメ下の小コブ2360m圏と大遠見山2268mと鹿島川大川沢上流の右俣シラタケ沢源流の雪田.

    南肩と五竜岳
   南肩の裏側を真南に下ればキレットへ.8:32
    北東から登り詰め正面が五龍岳の南肩.北西へ平坦地を横切ると頂に立つ.

   五竜岳の南ツメ.北面を覆う荒れた岩稜帯.8:43

     五竜山荘から直ぐザレの急登になる。岩混ざりの径を登るとG0の頭から延びる尾根とG2の頭から延びる尾根を乗り越す。
   後とは鎖と梯子に導かれ.大石の集まる岩稜を赤印に従い辿ると五竜岳の肩にでて.頂と結ばれていた。

    五竜岳
   肩より山頂.9:06

     黒部川流域の谷間を覆っていた雲海も消え.遠望は剣岳.立山の頂稜を見え隠れさせている。後立山に至ってはこれから登る
   先の鹿島槍ケ岳や.振り返って辿ってきた岳々が.吹き上げるガスで途切れ途切れに見渡せられる。それだけでも今日は幸せだった。
   荒れた後の展望は狭い範囲の眺望さえ望めなかっだが昨日の後でもあり.素晴らしく聳える山並を味わっている。

     五竜岳で昼食を兼ね40分ほど大休止した。食事は質素だが以外に美味しく感じられた。
   小さなフランスパンにコンビーフとマヨネーズを付け.ホタージュスープを飲む。又大きめの豆トマトを今回は1箱7個入を持参した。
   塩粒をまぶせば云うことなく美味い。

     綴ってきた北方の稜
   8:32
    唐松岳.大黒岳.白岳.中央の赤い屋根が五竜山荘.しして2653m峰
    右上は荒海の雲海に沈む上信越の山々になる。

     2730m圏と三角錐に見える台形の2658m点峰
   登ってきた右下アップ.9:01

    風雨に荒れた白馬八方尾根と雲海・・沈痛と危険な職業ガイド
    好天に恵まれ五龍岳から八峰キレット
    快晴の鹿島槍だが爺ケ岳を越えて下山