| 酒匂川.鮎沢川流域・・丹沢山塊Top 2014年12月. 玄倉から日影山北西尾根を経て林道秦野峠―高松山北尾根から南西尾根と田代幹線356号鉄塔旧巡視路・・滝川林道 南西の河内川流域・・不老ノ活路 2017年12月. 塩沢ノ大滝から大久保山東尾根を経て不老ノ活路―不老山.番ケ平.日影山.六郎小屋山南東尾根から河内川右岸道・・平山集落 2018年01月. 芦沢の間伐林道から不老山線終点.径路を経て不老ノ活路―下半.谷ケ山を経て11号鉄塔を南下・・生土地区 2018年11月. 明神峠bsから水ノ木林道・大棚沢林道・バラジマ林道を経て鉄塔管理道分岐―高指山東尾根・西尾根から別荘地を経て平野bs 丹沢湖の南東にあたる山北町の低山.日影山と高松山. 師走の途切れぬ寒風の吹き付けた丹沢湖東岸から酒匂川.に至る 玄倉から日影山北西尾根を詰め林道秦野峠―境界尾根を綴り.高松山北尾根から南西尾根.鉄塔旧巡視路を綴りjr山北駅 2014年12月21日.松村 部分的に抹消してしまった所はその間々記載しています。 玄倉から日影山北西尾根を詰め゙プッシュ峠・886m点コブから幡野峠分岐・・落合線32号鉄塔 林道秦野峠から高松山北尾根に立ち.新秦野線29号鉄塔から西ノ尾 ヒゴネ沢乗越から高松山南西尾根からビリ堂.南西の経路から田代幹線357号鉄塔.旧巡視路を抜け滝沢林道へ・・jr山北駅 勘太郎山.太郎小屋山と不老山・富嶽 丹沢湖永歳橋の車窓から.7:27左脇は三俣ダム. 遡ってきた河内川右岸の山並みを振り返る。 12月21日(金).晴 jr御徒町¥170. 5:00=5:04神田:07=5:25小田急新宿.急行小田原行¥900. :31=6:51新松田.富士急湘南バス7:20=8:05玄倉bs. 山北町の低山 今年は春から泊りかけの遠征が続き.西丹沢の山行は途切れ気味になってしいる。改めて師走に西丹沢の南・山北町地区の山域に入る。 西丹沢に初めて入ったのが3年前になる。その時は丹沢湖北岸に連なる大杉山稜を北上している。その折.穴ノ平沢ノ頭から南方の玄倉川対岸に 1000mにも満たない2つの日影山が目立ち見返えされていた。その遠望した印象が今でも私の脳裏に残されていた。 春先には玄倉山神峠へ出向いたのを切っ掛けに.林道秦野峠線にも興味を示すようなり.山北町の低山に目を向けるようなった。 師走に再び玄倉こ湖畔からから入山する。玄倉バス停の裏側の日影山の尾根を詰め.林道秦野峠にでて市界尾根(秦野市・山北町)を南下し. 後半は高松山から旧鉄塔巡視路を通り.滝川林道からjr御殿場線の山北駅に下り.南丹沢の冬山低山に入る。 大垣と伊勢沢ノ頭 丹沢湖ビジターセンター角から林道に入り.8:07玄倉集落と落合林道 強い西高東低の気圧配置が関東地方に居座り.低温の烈風が連日吹き付けてる。外でのコンロの使用するのも間々ならぬ状況に陥っていた。 その反面.快晴の蒼空は烈風に飛ばさ展望は申し分なく.そこで選んだのが初めて訪れる西丹沢の南端に位置する山北町の山々。 下山は高松山南西尾根から田代幹線の旧巡視路を探索し滝沢林道を下り.低山の割に日の短さにもめげず.変化に富む山行を味わう。 ブッシェ峠と日影山 右手の北西尾根から取付く落合林道を横断.玄倉径路に入る塔ノ平付近から小菅沢を隔てて北西面を見上げ撮影・・2015.01.13/14:22 日影山北西尾根の取付 落合林道の取付から.8:17北東面のビジターセンター裏側の斜面を詰める 今回のコースは玄倉集落から日影山北西尾根を詰め.林道秦野峠から高松山を南北に横断して南尾根.ビリ堂下の旧登山道に入る。 南西尾根伝いに綴りjr山北駅に直接下るコースを選んでいる。それが途中で単調過ぎると旧巡視路に戻り.滝沢林道から県道に回っている。 日影北西尾根から秦野峠分岐 玄倉8:05一8:17北西尾根取付き一8:35尾根に乗る一10:00日影山:10一10:27ブッシュ峠 一10:56(886m点)一11:24秦野峠分岐. 満杯の路線バス.玄倉で下車した。まだ閉ざされるビジターセンターの脇を抜け.落合林道(林道秦野線)に入り込む。 右手に向川を見て日影山の支尾根に取り組む。小沢の堰堤の手前で右に折り返し.土留めの作業道から上へ上へと日影山北西尾根を 末端からジグザグに登り詰めることにした。途中で枝道の踏み跡が多く.少し直登し過ぎたようだ。 心細い踏み跡にマーキングを失い.尾根直下の鹿柵に行く手を遮られている。 大杉山南山陵と玄倉ノ野 日影山北西尾根の末端の登りより.8:25戸沢ノ頭723m.遠見山880m.大杉山861.1m三角点峰 足元の背にはもう少し待てば朝陽が降り明るい玄倉の集落に変わる。遠見山の尾根から陽光が次第に這うよう降りてきた。 この北西尾根の末端の取付きは玄倉川出合に架かる玄倉川橋で.右岸に渡り丹沢湖北岸を綴る林道に入ると取り付きがある。 手前が玄倉集落.中央左下のガードレールは北岸道を綴り中川と結ぶ中川林道。 尾根脇下の鹿柵にて.8:28尾根に乗る手前で鹿柵に行く手を遮られる。柵沿いに左右を探すと崩れ壊れた柵扉を見付けている。 ただ修理がなされているものの扉は開けられず。隙間は幾分あるが悠々と人が通れる広さではなかった。 その上.鹿が侵入せぬよう有刺鉄線が巻かれていた。古いが確り直され.どこも衣類が引掛けられそうだった。 地面との隙間から這い抜けるしかなかった。覚悟を決めるも鉄線を除き.衣類に引っ掛からぬよう丁寧に抜けている。 尾根末端の閑散とした冬木林 北西尾根に乗る.8:35鹿柵を抜け,ぬかるみ気味の所を直登.踏ん張れば目の前に赤帽白柱の境界表標柱と看板があり.冬木に覆われた尾根上に辿りつく。 朝方はまだ日影山の山陰に位置し.尾根沿いは冬木の世界一色に染められ.索莫とした色合いを示していた。 尾根に乗れば後は尾根筋を綴るのみ.頂を目指し冬色の寂の利く寂びしく沈む色合いに染まる斜面を一歩一歩進み明るみを目指した。 伊勢沢ノ頭と南尾根986m点コブ 次第に日差しが落ち広がる小菅川の流域.8:56 まだまだ山陰の山稜600m付近で.9:03丹沢湖と富士 樹間からの富嶽.9:11右手下が丹沢湖と中央を渡る永歳橋。 南岸に広がる山容が栗ノ木日影山867mと六郎小屋山843m。対岸奥が大平685mとミツバ岳834.5m三角点峰(大出山)。手前肩が世附権現山。 身近な処にも日が射しこむようなると変化のなかった一色の木肌も色合いを増し.ジッと固まっていた樹林は解放されたような色合いに変えている。 急登を詰め振り返ると樹間越えに鮮やかに蒼く沁みる丹沢湖の湖面が映し出され.頭上には対照的に純白の装いをこらした富嶽が望まれた。 このチャンスを生かせず少し登り過ぎ.見下ろす展望は樹林の枝木からに隠されていた。覗き込むよう狙った写真になる。 玄倉ノ野856mと丹沢主稜 小菅川右岸尾根.9:25背に広がる玄倉ノ野。この山腹下には山神峠に至る玄倉経路が綴られていた。 今は落合線の巡視路を兼ね.その脇に落合林道が並行している。玄倉ノ野に乗る背の中央が大室山. 左に加入道山へと続く甲相国境尾根。中央右手前が檜洞丸.更に綴れば金山谷乗越から臼ケ岳南尾根の主稜へと連なる。 岩っぽい細尾根を詰め.9:30 鹿柵の脚立を越え.9:35痩せた尾根上750mにでると鹿柵が横切る。フェンスは有刺鉄線.脚立と3点セットが備われているも古く三脚は疲れ気味。 鉄線に引っ掛けぬよう乗り越える。 伊勢沢ノ頭南尾根 左手.植林帯の切れ目より.9:49伊勢沢ノ頭南尾根から続く986m点コブ。鞍部に秦野峠がある866m点コブ。その手前下にはブッシュ峠がある。 鹿柵を越えると尾根幅はやや広がり.左前方の山々に肩を並べるようなった。小菅川源流の山並を見上げている。 まだ高い伊勢沢ノ頭に1086mコブ.手前が日影山越えの後に詰める866mコブ。手前によく見るとブッシュ峠には林道秦野峠線が横切っている。 その先に北山腹に入り込む踏み跡を左に分け.杉の植林帯に入る。 木陰に入り薄暗さが増し.足元には枝葉に覆われ.朝方のまだ凍り.コチコチの斜面を詰めている。やや滑り易い。 杉の植林帯を抜け頂に至るまで木洩れ日も届かぬ大地.それでもよい汗を掻いていた。 尾根筋がやや右側に傾くと急登になり.終えれば左手から鹿柵が現れ.幾つもの古い鹿柵に被われた日影山の頂に立つ。 日影山 ブッシュ平.三等三角点標石876.4m.1基準点は「玄倉村」.0:02平頂でだだ広い日影山,植林帯が西北から北側に掛けて広く埋められ.南面は明るい自然林に恵まれている。 広い平頂だが展望は東端の一角のみ。又植林を絡めての鹿柵は植林を囲むよう複雑にあり.古い鹿柵の絡みも多い。 ただ頂中央は樹林が途切れ広場の感がある。そこは遠目に茂る雑木林が風を遮り木洩れ日で暖かった。 伊勢沢ノ頭と1086m点峰 日影山東肩より.10:05広い平頂から秦野峠にでるため東側寄りにでるも.一見分かりずらい下りの取付き地点になる。 磁石を取りだし.下る北東方の尾根を確かめると直ぐ赤テープのマーキングを見付けている。 日影山から秦野峠への山稜 1086m点峰の頂から撮影日影山から登る逆側からの写真. 「日影山から秦野峠に至る山稜」は上写真中央の1086m点峰から・・2015.01.13/12:23 急斜面の冬木の山稜.10:17 下りて落ち着いた所が痩せた岩稜のガレ場.10:21直ぐ尾根らしくなった背稜を下ると次第に傾斜が増し.石コロ混ざりの痩せ斜面に変わり.右手がガレ落ちている馬の背を越えている。 このガレ場からは右手に秦野峠から続く町界尾根越しに遠く南面の聳える高松山が望まれた。目指すは山北町の低山. 高松山への山並 皆瀬川ヘイソ沢を隔てる高松山.10:22ガレた足元の谷間からこれから進むべき町界尾根(松田町と山北町)が延びている。 その先は鉄塔基部を抜けて.喘ぐ高松山への登りになる。左端のコブがダルマ沢ノ頭から高松山へ続く町界尾根。 離れて右端が大野山723.1m。真っ正面に人遠尾根が大きく皆瀬川へ落ち込んでいた。 中央右に目立つ鉄塔は送電線田代幹線の365号鉄塔だろう。皆瀬川左岸の柏山沢(オオダノ沢)南岸の高松山南東尾根に 建てられていた。右端の鉄塔は日影山の南尾根(687m点尾根)に乗る新秦野線25号鉄塔。 ブッシュ峠 林道秦野峠線.10:27馬の背の先に真新しい「水源林管理用径路」の標識が立てられてをり.更に下ると小菅沢と皆瀬川を隔てている 緩やかな鞍部820mにでる。登り返す間もなく一段上がったブッシュ峠には舗装された林道秦野峠線が横切っていた。 左先は田代沢から小菅川沿いに下り.右岸に渡って落合林道(兼ね)に入り.丹沢湖東岸の起点にでる。朝方の入山した落合林道の直ぐ上に当たる。 ブッシュ峠から正面の右奥へ進めば林道秦野峠にでて.町界尾根を横切り.杉ノ沢の左岸山腹沿いに下り.寄沢の寄大橋.林道終点にでている。 今回は峠を横切り.左の尾根筋に登り.868m点コブから林道秦野峠へ降りて.更に高松山に登り立つ積りでいる。 林道対岸の擁壁上からの展望・・大杉山稜と玄倉ノ野 背は丹沢山塊の主稜.10:28背の遥か彼方に長く延びるのは甲相尾根.石保土山か? 左中央にどっしり構えるのが大杉山山稜.左側の頂点が遠見山。 その右奥に突き上げるのが屏風岩山. 大杉山山稜の右手の植林の途切れが大杉山.その上奥に聳えるのが畦ケ丸。 右隣が箒沢権現山。中央から右上に延びるのが玄倉川と小菅川を分ける玄倉ノ野の尾根。 山神峠脇の大垣へ延びている。又玄倉ノ野の起き上がりが湖畔の玄倉になる。 下った尾根から振り返るブッシュ平・日影山 右肩に隠れた富嶽10:33HP「逍遥」氏によるとブッシュ平と云う奇妙な山名は随分と前に山名考証されていてた。不思議な山名は「武士平」のことだという。 南北朝時代にこの地に勢力を張って南朝に与した河村氏が足利氏の軍勢の前に敗れている。敗残の武士たちが この山域に隠れ住むようなり.そのことから呼ばれるようになったとか。 箱根連山 手前に見下ろされるのが新秦野線25号鉄塔.10:38南西方面の彼方な山並みは箱根連山(明神岳と神山.金時山は更なる右方になる)。 神山の右裾側に矢倉山かな。中央右端から斜めに落ちる尾根の頂は大野山。 886m点コブ 鹿柵の連なる長閑な尾根筋が続く.10:54ブッシュ峠から一気に急登を詰め886m点コブの台地にでる。ここからは起伏も少なく尾根幅も大らかに広がり. 鹿柵と共に綴るようなる。尾根縁とも云える自然林に覆われた台地.長閑と云うより気持ちよい尾根歩きが楽しめる。 次に現れた910m圏コブ.10:10 途切れた鹿柵.11:15鹿柵がここで途切れ.先に鹿柵は見られなかった。ただ柵の末端は真新しい鹿柵であり.オレンジ色に塗られた脚立は新しかった。 設置されたばかりの柵のようにも思える。脇に少し材料が残されていた。と云うことは更に柵作りは延伸するのだろう。 秦野峠分岐 11:24中央の立木の間に道標がある 920m圏,尾根の分岐でる。「秦野峠」を示す道標が立木に結ばれていた。再び現れた連なる鹿柵の先に 伊勢沢ノ頭から南に延びる尾根.1086m点コブが乗り.ここからは大らかに丸みを広げ望まれた。 左尾根は大豆畑沢右岸尾根.末端に落合線32号鉄塔が建ち.林道秦野峠線に下りている。 東側の支尾根はオンバク沢に没し.やはり秦野市側の林道秦野峠線を下っている。 後になるが杉ノ沢経路からこのルートを横断してもいた。道標に従い下り始めると穏やかだった尾根筋も次第に狭まり. 傾斜もきつくなると.前方には868m点の尖んがったピークが際立ち望まれた。 玄倉から日影山北西尾根を詰め゙プッシュ峠・886m点コブから幡野峠分岐・・落合線32号鉄塔 林道秦野峠から高松山北尾根に立ち.新秦野線29号鉄塔から西ノ尾 ヒゴネ沢乗越から高松山南西尾根からビリ堂.南西の経路から田代幹線357号鉄塔.旧巡視路を抜け滝沢林道へ・・jr山北駅 |