| 送電線落合線の鉄塔巡視路(旧玄倉経路)を下い 落合林道を蕗平橋から塔ノ平へ・・落合線32号鉄塔から小菅沢の旧経路を歩み.落合線の若番鉄塔を追い玄倉 寄大橋から杉ノ沢経路を経て1086m峰 田代沢西斜面経路から1086m峰西尾根 小菅沢の旧経路・・落合線管理道と旧玄倉経路・・林道分岐.蕗平橋 小菅沢右岸・・蕗平橋寄り 林道小豆畑橋より.13:51上側の落合林道に並行する旧経路 小菅沢の旧経路 13:50小豆畑左岸尾根取付き地点一13:57蕗平橋一14:20塔ノ平一15:32(24号鉄塔)一15:47玄倉bs. 小菅沢右岸・・塔ノ平寄り 同左上の森が塔ノ平.中央下が小豆畑沢出合 上2枚の写真は小豆畑沢左岸尾根末端の幡野峠林道からの展望。小菅沢の谷間を見下ろすと蕗平橋から塔ノ平に掛けて 山腹を横断する林道と旧径路が昼下がりの日差しを浴び.共に深く大地に刻まれるよう望まれた。 旧径路は今は崩壊している所もあるが林道ができる前までは主道だった。 小菅沢の旧径路の林道分岐.蕗平橋 蕗平橋脚下は旧径路の石積み.13:57小菅沢の旧径路の警告板 蕗平橋で小菅川の右岸に渡ると直ぐ右手に山神峠への登山口がある。 昨年4月に訪れた時は「玄倉径路への登山禁止」の警告板があったが新たに「蕗平橋から山神峠まで禁止」する警告板が掲げられていた。 2013年11月発行の「西丹沢登山詳細図」には記載されず。2014年版「山と高原」地図にはこのルートは末梢されている。 旧径路.13:59この登山口と落合林道を挟んだ向かいが旧径路口。荒地を抜け河原に降りて.末端の橋桁まで進んでみる。 旧径路の爪跡は土台とも云うべき確りした石垣が築かれ残されていた。戻り旧径路を少し歩む。 杉ノ沢右岸沿いの立派な旧径路.14:05左は小豆畑沢,中央は大豆畑沢,小尾根を越した先が田代沢。この先の崩壊場所は一度林道に逃げている。 崩壊地を避け戻るには沢底を回り込んだ方が楽らしい。その後,旧道は折り返すよう高度を上げ. 少し低い所を登りつつ.直進すれば踏跡が現れる。 1086m峰西尾根 塔ノ平より.14:13伊勢沢ノ頭と1086m峰.右上が田代沢ノ頭鞍部 中央上に32号鉄塔と林道が見上げられる。小豆畑沢と大豆畑沢.右奥が田代沢 もう1つの送電線 塔ノ平に至り.32号鉄塔から綴られた31号鉄塔基部に立ち.再び巡視路を歩む旅が始まる。落合線は第一発電所からの玄倉線と結ばれ. 今の落合変電所と結ばれている送電線。昔.この送電線の南側に並行するもう1つの送電線があった。 湖底の発電所からはもう1本の送電線は旧径路(落合線)に並行し.ここ塔ノ平に至り.北東に延びる落合線と別れ.南東へ延びていた。 1985年版,山と高原地図「丹沢」には2本の送電線が記載されていた。送電線は玄倉集落でぶっち切れている。 今はない送電線が秦野径路沿いに小菅沢を渡り,.支流の田代沢を遡り.秦野峠を越えていたと云う。 径路の途中には今でもカイシの残骸や基部の原型が残されている所もあるようだ。 又ブログ「イガイガの丹沢放浪記」氏によると幻の送電線と秦野峠が鉄塔基部であったと云う説は道理にかない面白い。 頭上に先程のヘリが伊勢沢ノ頭南尾根を越え戻ってきた。短時間の折り返し.何があったのだろうか? 小菅沢の旧経路及び管理道・・ブッシェ峠と日影山 林道を横断.径路取付きより先月22日.この日影山北西尾根から峠越えをし.高松山南西尾根を下っている. 落合線31号鉄塔基部より.14:2030号.29号.28号鉄塔.手前がイタドリ沢 石積み台.14:30林道から塔ノ平に入り直ぐ石垣の組まれた台地の小平地脇を抜けている。何か建物・鉄塔ががあった名残か? 周辺にはガイシが散乱し.近くにはお墓からしき仏石も見られた。 塔ノ平沢を横断 31号〜30号鉄塔間.14:31崩壊地・・改修された鉄橋と古い丸太橋。沢底が昔の径路だろう。 30号鉄塔基部から望む.14:3529号.28号.27号鉄塔 イタドリ沢 29号〜28号鉄塔間.14:38水源赤帽白柱222が立ち再び自然林の明るい径路に入る. 右上の立木に古い道標「玄倉」とあった.14:40 29号鉄塔脇.14:43径路脇に立つ「29.火の用心」の四角い巡視路標柱。山北町地区の巡視路標柱は暮れに高松山南西尾根を歩んでいる。 新秦野線も田代幹線.酒匂線も四角い巡視路標柱で示されていた。更に古い柱だけの標に柱は柱だけに示され. 田代幹線の標識には滝沢林道にある。 古い道標「玄倉」がある.14:45尾根が扇状に広がる張り出しと旧径路を守る木留めの棚 補強された古い石積み.14:47 背のコブは28号鉄塔基部.14:48径路脇に立つ巡視路標柱 「←27.29→.右上は28」 28号〜27号鉄塔間.14:49土砂崩れ激しい斜面が続く. 14:52崩れ落ちる土砂の沢沿いを鉄製通路で横切ると27号鉄塔手前分岐を過ぎ.いっ時送電線と別れ.切り通しを抜けていた。 枝沢に抉られた残骸.14:55一度改修されたが鉄製の通路が流された崩壊地。土台の石積みは崩れ.傍に木製の朽ちた桟橋も残されていた。 真新しい鉄製の通路を渡り.崩れ落ちた残骸を頼りに沢底に降りて.残置トラロープを頼りに攀じり登る。管理道として保守はなされているが。 分岐路.14:58 極端に枝打ちが放置されている径路.15:06 径路脇に標柱「←25.落合線.26→」が立つ.15:08峠ノ沢 堰堤に溢れ零れる土砂.15:09 堰堤から下流の林道と崩壊地を見下ろす 残置ロープのザレ場.15:19堰堤を渡り.高巻きして.ロープ地点にでる. バスに間に合わせようと左方の林道に降りている.15:24 林道から下山口.15:30鉄塔24号鉄塔 秦野峠線ゲート.15:32径路 塔ノ平から林道ゲートまでの小菅沢の旧径路は林道落合線ができる前の道。 今は荒れたルートだが落合線鉄塔巡視路の管理道として利用され.改修が各箇所でよくなされていた。 それでも崩壊が進み改修が度々なされた経緯が見られる。林道に余りにも近過ぎ.並行して綴られている為.今は歩む人は殆どいないようだ。 体力の衰退が全てを中途半端な山行にさせていた。最後まで旧道を進まず尾根にでている。又秦野峠ではバテて戻る気力を失っている。 それでいて西側の経路を少しでも味わいたいと。又蕗平橋にでても同様だった。バスに乗り遅れると林道ゲートで旧道を分けている。 目的全部のよい所を少しずつ味わった。距離の短い割に不思議なルートの山行を味わっている。 秦野峠林道は寄大橋ゲートから起点4km付近.小菅沢蕗平橋付近.大倉ゲートを歩み.登山道は1086m峰南尾根のみになる。 もう少し周りの予備知識があってもよかったかも。ただ歩んで分かる旧径路の面白さも味わっていた。 日影山北西尾根 ビジターセンター脇より昨年師走には北西尾根から高松山南西尾根を経て田代幹線巡視路を下りていた。 人影もない玄倉バス停.15:58玄倉川方面からの丹沢主稜はまだ根雪にならず新雪は見られなかった。 15:47玄倉bs16:07=16:50小田急新松田.快速急行¥772. 16:53=18:10jr新宿.. 1つの山 登った頂は低山とは云え寂峰と云うべき山でもなく.1086m峰と数字だけが並ぶ平頂。 伊勢沢ノ頭の南肩にある山になる。ただアプローチとしての山径は登山道を避けての径路.又名もない作業道を綴っている。 予定のコースからズレ.探り求める先にも.人との擦れ違うこともない山。 何故か? わくわくして山を下りてきた。今日は久し振り.日の射すうちにバスに揺られている。 車窓から流れゆく風景を見る余裕はまだ残されていた。 1/12日.象印ステンレスボトル.タフィキッズSC-MB型.600cc購入 1/15日.南岸低気圧の東進により.丹沢は全山根雪になる。 1/2万5千地形図「大山」「秦野」「中川」「山北」・・4つの地形図の図幅の合わせ目にある為.距離の割に地形図の数は多い。 山と高原08「丹沢」.又28「丹沢」の東北部には西斜面径路を除く3ルートが赤点で記されている。 zzz71.72.76伊勢沢西斜面径路.73杉ノ沢径路.z74小菅沢の旧径路.78秦野峠周辺. 皮登山靴・・21.513歩 寄大橋から杉ノ沢経路を経て1086m峰 田代沢ノ頭西斜面経路から1086m峰西尾根 小菅沢の旧経路・・落合線管理道と玄倉経路・・林道分岐.蕗平橋 Vibram Hongkong 100Uitra Trail Race 続.2016年1月23及24日. 24日(日)は曇.気温低く風強く.午後3時冷雨・・黄河24年以来の凍結 香港も二十数年振りの大寒波が襲来,路面は凍結し.道路の通行止が続き.大会は途中中止になる。 記録的には9ポイント通過で中止になる。 ![]() ![]() Google map 2015年版網上地圖 ![]() Checku Poinnt1(Ham Tim) 起點(北潭涌) ![]() Finnish(Rotary Club Park)- 終點 (大帽山扶輪公園) ![]() 2015年1月17及18日. トータル順位1.230位. 女子219位・・完走者1.273名 ![]() ユーチューブ レースが始まり最初の頃はポイントの記録が速報されたのは1時間半ほど過ぎてからだった。遅い発表に焼きもちするも 夜半を迎えると次第に早くなる。ポイント毎に私に伝達する妻。初めの心配もよそに快調に確実に記録を残していた。 3ポイントを過ぎた辺りで安心感を高め.順調に先へ延びているのが分り.ホッとすると同時.応援の気持ちも高ぶりだしていた。 妻の伝言は忠実に現実味を覚え.想像し共に走っているようだった。奇声を上げる妻.女子6人を抜いたと叫ぶ。 又抜かれても順位が変わらぬのは男子に抜かれたと。妻の解説は様になっていた。 後半は山に入り起伏が激しく苦労したことだろう。一喜一憂する私達に.その厳しいコースも乗り越えフニッシュした。 サポートした息子と今祝杯を挙げている筈だ。ご苦労さん.本当にお疲れさまでした。・・1月18日17:00. 昨年10月の日本山岳耐久レースハセツネ(長谷川恒男)CUPに続き. 香港海外遠征のVibram Hongkong 100Uitra Trail Raceで見事完走。夫婦共々揃い凄いの一言に尽きる。 トレイルランナー記録 |