西丹沢.杉ノ沢経路から玄倉経路へ.伊勢沢ノ頭南尾根と1086m点峰・・丹沢山塊Top

   寄大橋から経路.作業道.管理道と繋り山越えして.小菅沢蕗平橋を経て玄倉川.玄倉へでる
     寄沢右岸経路から杉ノ沢・秦野峠経路.1086m峰南東尾根.田代沢源頭北側経路 そして小豆畑沢左岸尾根山林管理道から玄倉経路
                                                  2015年01月13日.松村
    杉ノ沢経路から1086m峰・・おんぱく沢二俣と堰堤群
    田代沢ノ頭西斜面経路から1086m峰西尾根
    小菅川の玄倉経路(落合線管理道路)を下る

     前回は昨年師走に玄倉に入り.日影山から南方の高松山を越えている。その道中.林道秦野峠から眺め見下ろしたのが
   杉ノ沢源流を取り囲む山々。そこを綴るため年初めに連続して.中津川寄大橋のゲートから杉ノ沢経路に入る。

     杉ノ沢経路からは旧秦野道にでる積りだったが分岐で早くも快晴の尾根伝いを登りたい誘惑に負け.1086m峰南東尾根を詰めてしまっている。
   その後.急に衰えた体力の消耗は目的の旧秦野峠を目の前にして.遠回りで息切れ激しく.正月の呑み疲れが出てしまったのか? 諦める。
   西尾根から送電線管理道を横切り.玄倉径路を経て玄倉へ下りることにした。

     所謂.1086m峰を東西に横断し.落合線管理道に入っている。師走には山北町南部の山々を綴り.秦野峠の直ぐ南分岐まで迫っていた。
   今回は秦野峠を目指し.北側の田代沢ノ頭西斜面径路の分岐まで入るも.再び手の届かなぬ幻の旧秦野峠になっている。
   ちょっとしたルートのズレが山行を変更させ.正月早々の気の緩んだ山行が仇となり.諦めれば早く.気侭に作業道・玄倉経路と歩み下山した。

    旧秦野峠
     秦野峠は丹沢湖東岸に流れ込む小菅沢の支流.田代沢の右岸尾根の頭辺りにある旧峠。西方に延びる尾根の先には日影山.
   北方に延びては伊勢沢ノ頭があり.その上部にはユーシンへ続く旧径路が山神峠へと綴られている。
   南方に下ると直ぐ.林道秦野峠線の林道秦野峠が横切っている。越えて聳えるのがダルマ沢ノ頭に続くジダンゴ山。

     その三方のほぼ中間にあるのが旧秦野峠で.送電線の旧落合線の鉄塔基部があったと云われている。今は送電線どころか鉄塔の残骸も
   見当たらぬ小さな峠。この鉄塔巡視路と山神峠と結ぶ田代沢ノ頭西斜面経路は共に今は崩壊の一途を辿っている。

   林道秦野峠線.寄大橋ゲート.7:22

   1月13日(火)快晴
     jr御徒町¥170. 4:49=4:52神田5:00=5:18小田急新宿.急行¥670. :31=6:41渋沢.秦野交通タ=7:10寄大橋.

     日は師走に比べ大分早くなった。本厚木の鉄橋を電車が過ぎる頃. 車窓から広く開かれた裾野の丘陵に聡明な朝焼けが描かれる。
   秦野駅手前車窓からは地平線を示すよう浮き出され紺碧な空を背に冬富士が荘厳たるゆゆしい姿で望まれていた。

     正月に入ると冬型の気圧配置が続き.関東は快晴の蒼空に恵まれる。大寒波の烈風が吹き付け.前2日間は大荒れだった。
   前回の師走山行は北風が治まらず.コンロが使えなかった。それを考慮し冬型が緩むのを待ち.弱風を受けての入山。秦野駅を過ぎると沿線沿いは
   登り坂になり.度計は見る見る上昇した。渋沢駅は小田急電鉄線で.もっとも標高の高い所のある駅のようだ。高度163m.

     今回は旧経路を綴る旅, 行動時間を考え.渋沢駅北口からタクシーを予約し寄沢寄大橋まで入っている。
   車は太平洋クラブ相模コースの北側を回り込み.鍋割山南尾根にある中山峠を越え寄へ。早朝の割に山仕事や通勤のマイカーと擦れ違いが以外と多い。

     寄沢にでて左岸沿いの県道を遡る。以前2度ばかり下山で歩んだ道。左岸から吊橋を渡り.杉ノ沢出合にでる方法もあるが運転手は古く危険だと。
   私は林道秦野峠線の起点.寄大橋から歩む。その為車は寄大橋までお願いした。¥3.430

    寄大橋
     寄大橋で散歩していた地元の老人によると.寄大橋までは少し道幅が狭いがものの最も近い道が通っていると云う。
   タクシーの運転手が車と擦れ違うと時間ばかり掛かると云っていた道だろう。四十八瀬川から綴られる三廻部林道のことらしい。
   又駐車場で1組の年配ご夫婦と出会っている。鍋割山を回ってくると私を見送って下さった。今日の山行では最初で最後に出会った人々。

     林道秦野峠線の起点,玄倉から蕗平橋.ブッシェ峠.林道秦野峠.寄大橋等を結ぶ広域林道の秦野峠林道は25年の歳月を費やし.昭和45年に開通した。
   その後は一般車の通行止が続いている。昨年4月に玄倉から蕗平橋.更に先月はブッシェ峠と。

     林道秦野峠を横断し.高松山を越えjr山北駅にも下りている。今回は林道終点の寄大橋から杉ノ沢経路を経て.旧経路を繋ぎ.
   最終的には玄倉経路からこの林道の起点.丹沢湖の玄倉に下りることにした。

    秦野峠線,寄より
   寄沢右岸の旧経路の取付き地点.7:27

    寄沢右岸経路.杉ノ沢経路.秦野峠経路.086m峰西南尾根一1086m峰.
       寄大橋7:25一7:27寄沢右岸旧経路取付き一7:31杉ノ沢出合一8:10杉ノ沢堰堤一9:05第5鋼製堰堤
       一9:45第2.第1おんぱく橋一10:22南東尾根に乗る一11:40(1086m峰).大12:10.

    寄沢右岸経路
     秦野峠線の閉ざされたゲートを抜けると直ぐ右カーブする所に「起点1km」のポンイトがあり.
   左脇に黄色い菱型の「カーブ」の標識を見て.手前を左の植林帯に入る。踏み跡は浅くあるようでない。

     右下へ斜めに寄沢の右岸沿いを適当に下れば茂みの中に浅い窪溝の踏み跡が見付けられた。旧経路に入る。
   粗雑な踏み跡だが右岸沿いを綴り.背後に寄大橋が眺められた。杉ノ沢出合の手前にある本流の巨大な堰堤に導きられている。

    杉ノ沢出合付近の3つの堰
   寄沢右岸に掛かる堰堤の下降地点.7:38
    中津川二俣.寄沢に掛かる1つ目の堰堤で.踏み跡は右岸を巻いている

    杉ノ沢経路取付き
   杉ノ沢出合の対岸広場に放置されたマイクロバス

    杉ノ沢出合
     堰堤先の河原に下りられる踏み跡があり.途中に古い固定,トラロープが付けられ.助かっている。降りた所が杉ノ沢出合.
   確りした石積があり.対岸に渡る橋の基部だったのか? 右上の高みには露岩に馬頭観音の石碑が祀られていた。

     対岸には朽ち果てたマイクロバスが.何故か置き去りにされている。
   昔おろりん村「ミロク山荘」があり.広場はキャンプ場だったらしい。杉ノ沢右岸沿いに奥へと幅広い作業道が綴られていた。

     杉ノ沢経路は杉ノ沢出合から林道秦野峠に至る径路で.出合から沢沿いに大曲を過ぎると杉ノ沢の右岸沿いを綴っている。
   今は左岸山腹に林道が綴られ.林道は林道秦野峠を越え.ブッシュ峠から小菅沢沿いに玄倉の起点と結ばれていた。・・ほぼ前回の高松山コース.
   古い国土地理院の地形図には破線が付けられていたが最近の地形図ではこの破線路は削除され.登山地図からも消えている。

   長閑な杉ノ沢は直ぐ上流で.側壁の二俣にでられる.7:42

     杉ノ沢出合の100mほどの河原には3本の沢の合流点にもなっていた。少し入り.2つの沢の出合う堰堤へ回り込んでみた。
   奥の二俣出合は10数m奥に要塞の如く桁違いに高く見上げる2つ目の巨大な堰堤があり.中ノ沢にも3つ目の堰で共に塞がれていた。
   流れる流心は乏しいが共にアゴを突きだす高さを誇っている。

     正面に杉ノ沢の堰堤が見るからに高く聳え.右手の中央奥からは檜岳山稜に突き上げる中ノ沢が落ち込む堰がある。
   出合になっていた。更に降りてきた堰堤の寄沢と落合う下で中津川と川名を変え.地形的には丹沢を西・東2つの山域に分けている。
   この河川は下流は酒匂川になり相模湾に流れている。

   本流の100mほど河原.奥に2つの堰がある

     杉ノ沢出合から沢沿いに左に折れ初めて見る本流出合の3つ目の堰堤。右手の茂み脇が中ノ沢の出合堰.
   戻り杉ノ沢を右岸に飛び石伝いに渡ると立派な幅広い作業道が堰堤の右岸に付けられていた。

   右岸から見る平畑堰堤.7:58

    平畑堰堤
   左岸より杉ノ沢の堰堤と堰上.8:10

    杉ノ沢経路
     戻り.第一堰堤の左手.杉ノ沢右岸の幅広い作業道を辿る。「ガリガリ!」と霜柱を踏み付け.緩やかに高巻き作業道を進む。
   すると右手に2つ目の平畑堰堤が現れる。堰堤に留められた残土が上流側を埋め.穏やかな岸辺の小道を創っている。

     最初に河原に降り堰堤を確認しているせいか.樹木の隙間から第一堰堤があるのが分かり.ちらっと覗き込めている。
   そして右斜め先に平畑堰堤を臨む。幅広い道が河原縁に近ずくとく.水流でくびれた広い河原が帯のよう広がり.その上を歩むようなる。

     平坦でその流心は緩く.ゴロ石はなく.歩き易い所を求めての河原歩き。
   杉ノ沢堰堤は対岸に移り左岸から越えている。堰堤上は細かいガレに埋め尽くされていた。再び広い平坦な河原になる。

    鍋割山南山陵.栗ノ木洞
   左岸からの杉ノ澤堰堤上より
 
     栗ノ木洞908.3mと檪山810m(くぬぎさん).628m・・右手の下った鞍部には三廻部林道が横切っている。
    正面は栗ノ木洞南東尾根.尾根全体の林層は植林に覆われている。上部は鹿柵に囲まれ.中央部.下部は植林の区分けに変化を付けている。

   堰堤の河原か狭まる谷間へ.8:12
    正面は伊勢沢ノ頭南東尾根.690m圏峰の南側末端になる。 山腹に刻まれた林道のガードレールが見上げられた。

   右岸の檜の植林帯を綴る径路.8:16
    広い河原の先から谷間が急に狭まると右岸に移り.薄暗い植林帯に入る。緩やかな登りにはっきりした窪溝の旧径路が綴られていた。

    右岸稗畑沢出合
   少し沢底に入り対岸へ.8:24
    ここ枝沢で稗畑沢右岸の山腹に入り過ぎる時間をロスする

    稗畑沢・・ロス
     稗畑沢(ひえばたけざわ)を横切る手前まで来て.ここで何を勘違いしたのか沢底に降りず.踏み跡に導かれ.
   稗畑沢右岸の尾根を登りだしていた。可笑しいと思うも.薄い踏み跡の山腹径は直ぐ終えると考え強引に入ってしまった。

     少し木枝が絡みだしている。煩い灌木が途切れた所で.硬く芽を付けたミツマタの枝に肩が触れている。
   芽は確り枝に付き.膨らみを持ち.もう春の到来を待っているようだった。

     沢筋を見下ろすと大分高度を取り過ぎていた。稗畑沢を足元に迎え.小尾根越しに本流が望まれる。
   慌てて稗畑沢を下降し.出合手前の少し左手の高みに径路を見付け戻っている。大きなロスを生む。
   出合から撮った写真を見ても.沢を少し遡ればルートは歴然と分かる場所だった。

   本流対岸の菰吊沢の菰吊橋(こもつり).9:04

     漸く稗畑沢を渡切ると打って変わり.再び広い緩やかな植林の中に入る。
   樹間の空地に点々とミツマタが茂り.藪後のルートのせいか.樹間に透す日差しが心地よく気をも休めてくれていた。
   窪みの径路を綴ると再び堰堤のため高度を上げ.沢筋から離れ山腹を高巻くようなった。距離の割に高度を上げ.谷間を見下ろすようなる。

    菰吊橋
     杉ノ沢の対岸を見上げると.左岸支流.白水沢に架かるのは林道の赤く冴える白水橋. 枝木越えに望められている。
   又真近な所で更に上流側の菰吊沢に架かる菰吊橋も赤く塗られはっきり見定められていた。この橋が見えれば大曲りも近い。

   径脇に転がる木材作業用のエンジンにガイシ?

     真横に菰吊橋を見るようなると足元にはエンジンの一部か.変電器か.ガイシらしきものを付けたものが台地に転がっていた。
   又大きな鉄製の櫓か.運搬用のロープウェの残骸か.骨組があり作業用跡地のようだった。放置されたまま残されている。

   見下ろす第5鋼製堰堤.9:05

     高さの余りない第5鋼製堰堤を見下ろし.堰堤を越して直ぐ脇から堰堤上の河原に降りた。堰上は狭い間隔では伏流していた。
   対岸は林道と沢筋が真近に迫る大曲. 雑木茂る斜面で.ここからはどこからでも林道に上がることができる。

     左岸沿いに経路が通っている筈だがよく分からなかった。少し上流側に進み.斜上して同じような次の鋼製の堰堤を見下ろしてから
   林道を登っている。もう少し先から林道に詰めれば傾斜は弱い。更に先の支流にある堰堤寄りからも楽に林道へ登られるだろう。

    林道秦野峠線
   林道にでて.「起点から4.0m」ポスト.9:25

    ヘヤピンカーブ
   S字林道のショートカット地点を下る.9:42

     林道に出てから右に少し下り.見分してから,遠くに菰吊橋を見届けて戻っている。
   起点4kmポストを過ぎ.左に緩くカーブする所から林道沿いの左縁に水路が現れた。この先の堰堤から流れる込む水路,

     そして左に折れるとS字のヘヤピンカーブが始まっている。この地点から堰堤の左端を登り詰め.林道をショ-トカットした。
   取付きにはテープ類が幾つもあり.小尾根を乗り越えると.下る起伏の斜面に「笹の植生」の四方囲んだ鹿柵がある。

    中央が第2.右端下が第1おんぱく橋
   背は1086m峰南東尾根末端.9:45
     林道を綴るとそれ程間を開けず.第1.第2おんぱく橋の分岐にでる

    第2おんぱく沢上流の堰堤群
   左俣左岸の径路に入る
     第4,5,6の堰堤

    1086m峰南東尾根へ
     おんぱく沢は下流側の直ぐ下が二俣で両沢が合流している。第2・第1おんぱく橋の間. 中央のカードレールの切れ目が秦野峠林道を分けている。
   旧秦野道の取付きで.脇に区分看板と「水源の森林5」赤頭白柱が立つ。再び林道を分け.取付きの経路さえ分かれば踏み跡に導かれた。

     最初はやらしい所.ここに来てバラ系の枯れたトゲ類が多くなった。擦れば体に触着し.素手で幾度も刺され痛々さを増す。
   私は左の旧峠路を分け.左岸の中腹を辿る踏み跡を綴り続け鹿柵にでている。

     旧峠路の正規ルートは恐らく左岸沿い縁に踏み跡が続き.第6堰堤を越えて沢筋から離れ.枯れ沢を渡り.鹿柵にでるのだろう。
   その後は沢沿いから右手に回り込み.第9堰堤で左俣を右岸に渡り秦野峠へでている。

   シタンド山とダルマ沢ノ頭
   第2おんぱく橋より杉ノ沢対岸を仰ぐ
    右上の大きな窪みが道標三叉.
    ダルマ沢ノ頭から左下に延びる尾根の下に虫沢林道が見上げられる。

   大きく横切る鹿柵帯.10:16

   柵穴を潜る.10:19

     左岸山腹を忠実にトラバースし続けると鹿柵に突き当たった。柵扉は見当たらなかった。延々と尾根筋まで設けられていると思われる。
   すると右少し脇に柵下から潜れる所があり.やはり薄い踏み跡でも抜け道ができていた。この上が尾根筋になる。
   本来の秦野径路は更なる左下にあるのだろう。

    1086m峰南西尾根
   尾根に乗ると先程と同じ鹿柵を潜る.10:22

    分岐
     尾根伝いの境が又林相の境をなし.同じ鹿柵が尾根上まで連なっていると思われた。右後方から径路が登り付き.
   この尾根で合わさっている。今日は風もなく穏やかな日和.日差しに快さを感じるも.進むべき径路は見定められず。
   前方遠方に白柱「水源の森林」の標柱を見付け.柵穴を潜っている。

   オンバク沢よりの作業道分岐.10:34

    分岐
     840m地点で,踏み跡の確りした分れ道にでる。尾根上と谷間へトラバースする踏み跡。高度はほぼ秦野峠と類するが先が分からず。
   ここで谷沿いを諦め.尾根伝いに伊勢沢ノ頭南尾根にでることにした。所謂.1086m峰に立つ。

    鍋割山南山陵・・檪山〜559m峰
   1086m峰南東尾根より.10:58
    手前が伊勢沢ノ頭南東尾根

    中津川を隔てて鍋割山南山陵・・間の鞍部には三廻部林道が乗り越している。鉄塔は新秦野線の39号.38号鉄塔。
    中央左の三角錐が相州大山.表参道を下る裾野は浅間山から高取山.長く延び弘法山.権現山へ。右肩は秦野市の街並になる。

  

   作業道分岐.11:08

    再び分岐
     尾根筋の右先方に確りした踏み跡が綴られていた。初めは1177m峰との鞍部に向かうと思われたが中ノ沢流域に下っている。
   この分岐には枯れたブナの巨樹の幹に幅広いテープが巻かれ.「水源の森林」の白い標柱が立てられていた。
   又この尾根筋の標柱は古い赤頭が落ちているものもあるが.全て白柱で統一されている。

   切り開かれたツメと鹿柵.11:33

     分岐を過ぎると露岩混ざりの痩せ尾根になり.その隙間に焦た色というより濃く焼けた色合いのアセビが目に付く。
   アセビの群れを抜けると尾根幅が広がり.低いブナの小木林に入いる。低く疎らさが空を大きく見せ.再び鹿柵が現れると頂まで続いていた。

    1086m峰・・鍋割山南山稜の086m峰南尾根
   大らかで平坦な山頂.11:48
    道標には「←林道秦野峠・雨山峠→」とある

    食事
     1086m峰の山頂に立つ.風が弱く眺望のよい窪みを見付け.風を避け昼食を摂る。前回.コンロが使えなかったことを受け.
   テルモスだけを持参した。又今まで使っていたテルモスは内側の劣化で漏れだし.新しく象印の同型600ccを購入し持参する。
   芝のような枯草に腰を降ろし.スッキリした熱いカリン湯をスープ代わりにし.カツサンドに卵とチーズサンドを摂っている。

     一人ぼっちの慎ましい食事は直ぐ終えた。間々風がある中.温まった大地は以外に冷たくなかった。寝転び煙草をも吸える暖かさ。
   これから先を考える。秦野峠へは往復する訳にもいかず。これから山神峠を越え.玄倉まで巡視路を綴るには日が暮れ少し遅すぎる。

     このまま西尾根を下るだけでは能がない。迂回して少しでも西斜面経路を齧り.西尾根を下るこを思い付く。
   そうすれば小菅沢の旧経路にも踏み込めるだろう。

     杉ノ沢経路から1086m峰・・・・おんぱく沢二俣と堰堤群
     田代沢ノ頭西斜面経路から1086m峰西尾根
     小菅川の旧経路(落合線管理道路)を下る