| ・・奥信越の山々Top 長野中条の新津邸・・新津先輩の終の棲家の古民家で囲炉裏を囲む会 庭先から始終.後立山連峰の展望を仰ぐ・・2015年05月13〜15日 富山夫婦.青木.新津夫婦.中山夫婦.田中.池田.松村 新津邸と奥裾花自然園・・新津邸 大町山岳博物館と高瀬川左岸道 「春風の心地よい季節になりましたが皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。昨年のRHC55周年のをり. 中条の新津君の古民家で一杯やる会を提案してから大分日が経ってしまいましたが.この計画に賛同して下さって感謝致します。」と ファックスに改めて富山先輩から手紙を頂いた。 記念行事の誘いを受け.久しく楽しみにしていた私。誘われた最初のパンフレットの表紙には白沢峠の隧道を抜けると 飛び出す形で鹿島槍岳に五龍岳が現れ.雪被る山稜が広く展望されていた。迫力満点の風景は又裾を新葉で満たしている。 そこに信州中条と記されていた。この残雪多い時期に誘って頂いたのも嬉しかった。 棚田に建つ新津邸.16:325月13日快晴 jr上野.「あさま609号」.車内で青木.田中両氏と合流11:29=13:10長野駅で池田氏と合流.迎い車は新津氏. 長野駅=大町街道=新津邸.中条住良木(すめらぎ)上奈良井.h1 ⇔15:15古民家を移築した信州むしくらの湯「やきもち屋」入浴16:00. 虫食山 新津氏の棚田と左下が新津邸.16:23![]() 長野中条の山村風景 新津邸から北東側.寒沢源流付近.8:091360m圏コブと右が虫食山.小虫倉 深い谷に刻まれた寒沢周辺の丘陵は日本棚田百選に選ばれた平地の少ない山地。正面は外小手屋の集落. この虫食山の裏側が鬼無里.左手が小川村の境界になる。 緑と伝説の里.中条は長野市の西に位置し.自然豊かで起伏の多い箱庭のような美しい地区。この北側に聳えるのが虫食山1376.0m. 360度の展望が得られ.伝説と棚田を持つ魅力から信州百名山の1つに数えられている。西上州の里山から見下ろす 山村風景を知りった時.驚きを超える深い棚田の山村風景が開かれた。 虫食山西の2つの1360m圏コブから南西の延びる尾根上に900.4m三角点峰がある。その東コブの小広い920m圏コブ. 小川村と長野市の境界点があり.コブから南南東へ延びて寒川と薬師沢の支流を隔て.土尻川に没している。 その痩せ尾根の上部に「新津邸」があった。 土尻川沿いは大町街道.通称オリンピック道路が綴られ.昨年訪れた折は「山村の風景では日本一」と謳う看板を見ている。 「やきもち屋」へ行く県道小川長野線間では2ケ所の虫食山登山口を通っていた。徒歩各2時間. 虫食山の山姥伝説・・1 山姥って言うと一般的には旅人に宿を貸して悪事を働く妖怪だと思われているが虫食山の山姥は多いに違う。 子供をおおいに可愛がる神様で.昔の男の子は刈り込んだ頭の後ろに毛を少し残していた。ここらじゃ「ととっ毛」と呼んでいる。 昔の子は皆.聞かん坊で毎日川で泳いだり.木登りをしっとって.溺れたり.落っこったりが日常茶飯事だった。 だけどそんな時は山姥さまが「ととっ毛」を掴んで引っ張り上げてくれるので.命だけは助かるとさ。 ほんとありがたい山姥さまなんだけど.今の子は川や山で遊ばなくなり寂しい。 総勢10名が集う.宴に並ぶ海の幸と山の幸 囲炉裏を囲み.食後の一服.21:47集う山仲間 過ってアラスカ遠征した3人組が揃う。焼津の富山さんを頭に今回の音頭を取って頂いている。郡上八幡からは中山さんが共に夫婦で参加。 お邪魔した主の新津さんは私がRHCに入部した時の4年生。当時は近隣のカッパ橋に住み.共に岳へ.山岳ドライブへと誘って頂いた先輩だった。 又小金井からは青木さん。新人養成の折.初めて声を掛けてくれたOBで.強い印象をもっている。 その時の主将が目黒から参加した田中さん。田中さんの同期で.八ケ岳の山岳ガイドで活躍していた池田さんは茅野から駆けつけた。 そして最年少の私.68歳が集う。 食堂で酒宴が催された。贅沢な海の幸と山の幸が膳に並び.酒もよく呑んだ。 途切れぬ会話に酒も進み.よい年齢に係らず皆知らずしてグイグイ呑んでいる。 女性群と交るわうのも久し振り.自然と溶け込む会話は尽きることなく.夜が更けまで続いている。 宴後の囲炉裏を囲み一服とカメラを向けると撮る度に.笑い顔と真面目な顔が並んでいた。 5月14日朝方.快晴 新津邸庭先の西側.6:42薬師沢左岸の最初の大きな枝沢で.沢底が長野市と小川村の境界線をなしている。小川村越えに遠望するのが北アルプス後立連峰。 後立山連峰 左上七倉岳.北葛岳から蓮華岳.針ノ木岳.赤沢岳.鳴沢岳に爺ケ岳.鹿島槍ケ岳。手前が小川村の746mコブ。 共に登った岳々が顔をだし,互いに指さす先に若き日を想いだす。募る岳は以外にも.忘れていた昔のエピソードまで湧きだしていた。 この数年.再び歩み出した山並がパノラマの如く姿を現している。小さなピントのコブを見詰めては老輩の姿を思い浮かべてもいた。 5月14日.奥裾花自然園から大町へ 新津邸8:50=県道36号=9:10樽池展望台=R406.鬼無里街道=奥裾花渓谷=10:20奥裾花キャンプ場 12:30⇔シャトルバス=自然園入口.林道道2km一休憩舎.奥裾花自然園の湿原帯. 奥裾花自然園=R406=13:00奥裾花温泉「鬼無里の湯」昼食=白沢峠=大町街道.小糸街道,安曇野アートライン. 樽池展望台 村界尾根県道36号.9:14 長大な後立山連峰 爺ケ岳三峰〜鹿島槍ケ岳 後立山T・・南部から綴る昨年の7月に遠見尾根から入山する予定が中止になり.単独で唐松岳から爺ケ岳を訪れている。強雨に見舞われ小屋は満杯.先を諦め下っている。 ジャンクション.爺ケ岳三峰・・中央峰はジャンクションから東尾根と天狗尾根に分け.中央峰の山陰が南峰になる。爺ケ岳北峰.中央峰の頂は藪に中だった。 北峰冷尾根.布引山.鎌尾根.鹿島槍ケ岳(南峰と北峰の東尾根と天狗尾根) 鹿島槍ケ岳〜五龍岳 後立山U鹿島槍ケ岳(正面が天狗尾根).キレット.北尾根ノ頭.G5とG4ノ頭.五龍岳遠見尾根は手前扇状に延びている.G2ノ頭 五龍岳〜唐松岳 後立山V五龍岳(遠見尾根.大遠見山2037m).白岳.大黒岳.牛首.唐松岳.八方尾根.不帰ノ峰.天狗ノ頭.白馬鑓ケ岳。 ここから近い距離では高妻山から町界尾根越しに後立山連山を望んでいる。 不帰剣〜白馬三山 後立山W不帰剣.天狗ノ頭.白馬鑓ケ岳.杓子岳.白馬岳 何十年振りに田中先輩の誘いで2008年8月.立教学院八ヶ岳環境ボランティア登山に参加。赤岳山頂を清掃. 翌年同期大川と大雪渓から栂海新道を親不知に北上し.日本海で登山靴を脱いでいる。 高妻山・・奥裾花渓谷.奥裾花自然園・・ミズバショウとブナ林 奥裾花キャンプ場より.10:24奥裾花渓谷,奥裾花自然園 奥裾花渓谷は新潟県境に近い裾花川の源流部にあり.昭和39年に水芭蕉の大群落を発見。一帯は林野庁の「水源の森百選」に 選ばれている。源流には81万本の水芭蕉が咲き乱れ.湿原は雪解け水で息吹き.蘇らされた若葉に萌えていた。 今年は4月の降雨を受け.雪解けが一斉に始まり.思いもせぬ水芭蕉の群落に恵まれ. 周辺には広くブナ.トチの原生林に覆われ.樹齢300〜400の巨木群が生い茂る。 散策路の足下は時として残雪の埋まれる所も多く.皮靴を履きおぼつかない足取りで散策した。 窪地では6月上旬まで残雪があると云う。昭和41年には林道使用料として普通車¥300を徴収. 現 在は入園料変わり5月まで¥510で.6月以降は¥200。シャトルバス片道¥200 季節的には今の若葉の時期と華麗で艶やかに色ずく紅葉期になる。 2009年10月.幼馴染と高妻山に登り.谷間に広がる埋め尽くされた華麗たる紅葉の渓谷美を見下ろしていた。 その時を切っ掛けに奥裾花渓谷に入渓したい願望は海谷渓谷と共に持っていた。 奥裾花渓谷及び奥裾花自然園に通じる林道大川線は平成26年3月に奥裾花ダム手前で発生した土砂崩壊の影響で. 前年度は休園している。渓谷は高さ100mの絶壁が連続する奇岩や怪岩が多い。 2000万年ほど前に海底に棲んだいた貝類の化石が多く発掘されている。ダムより上流は硬い砂岩礫石帯のため. 深い峡谷を形成し.それ以前にも暫し通行止めの処置がなされていた。 戸隠連山西面 園内林道より.裾花川濁川を隔て2009年10月.幼馴染の長塩と久し振りの山行。雨天になり戸隠山を諦め高妻山へ。一不動の避難小屋では冷え込みが強く.寒い一夜を明かしている。 鬼無里と鬼女紅葉伝説・・2 今から約千年の昔.会津に生まれた美しい娘.「呉葉」は京にのぼり.「紅葉」と名付けられ.源経基の個室として寵愛された。 源経基の病死後.悪い噂がたち紅葉は配流されている。なにかと京を懐かしむ紅葉はやがて悪者達に担がれ盗賊の首領になり. 戸隠の荒倉山に移り住み.旅人を襲い.人々は紅葉を悪女と呼びようなり.噂は京の都にも知れ渡りました。 朝廷は平維茂に鬼女征伐を命じ.苦戦の末.紅葉狩りを果たしたと云われている。 それまで「水無里」と称していたこの地は以降,鬼の無い里.すなわち「鬼無里」と呼ばれるようなった。 戸隠口.鬼無里T字路脇の松厳寺には鬼女紅葉を供養して五輪塔があり.又戸隠「鬼の塚」に墓がある。 奥裾花自然園休憩舎.10:56丁度今日は地元のSBC放送局の実況中継が行われていた。一番手前の湿原までケーブルが長く曳かれ. これから始まる段取りを組んでいる。地元では名の知れた記者のようだ。見頃になったミズバショウに就いて語るのだろう。 ミズバショウは尾瀬より形も大きく思われ.群生の規模も大きい。 瀬々らぎ轟く小川地形 裾花川の二股は右俣が本流で.奥の二俣で左俣の地獄谷は乙妻山.高妻山を源に持つ。右俣の中間尾根は 避難小屋のある一不動に至る。左俣は濁川となり.右岸に入る元池沢を詰める台地が奥裾花キャンプ場に位置していた。 更なる上流は廊下となり.高度1300m弱の右岸には広大な平坦過ぎるブナの丘陵台地で構成されている。 その西南部分に湿原が広がり.整備され「奥裾花湿原」と呼ばれていた。北側から吉池.こうみ平湿原.今池湿原(弁天島) 今池湿原コースのミズバショウ 奥裾花自然歩道 空が開けた森隅 まだ残雪多し 咲き始めのミズバショウ ゆっくり流れる池畔のカケアガリで見詰めているのは川魚. 魚体はイワナに近く.紋状はヤマメで昆棲だろう。20cm弱に成長し.怖いもの知らずで人影にも逃げず遊泳していた。 雪解けの残雪の割れ目を狙い顔をだしていた。ここでは浅瀬で日向ぼっこと云うところだろう。 長竿を出せば2.3匹はアッと云う間に釣れる筈だ。ただ後は遠のく筈。雪代が落ち付く前までが狙いめになる。 生き餌はここではミミズがよい。釣場の対象は奥裾花ダムから鬼無里間。上流は広葉樹の原生林が広がるが好くて濁川出合までになる。 今池湿原のミズバショウ遠くの頭は高妻山.池畔の右手からブナの原生林が広がる ![]() ![]() 高妻山 園内林道より.12:04シャトルバス乗場まで.右岸沿いの林道を戻る。振り返ると高妻山が大きく頭をもたげ.自然豊かな長閑な風景を形取っていた。 若葉に萌え.春の日差しを浴び.残雪は煌めいている。奥裾花川上流は途中の渓谷とは又違った優しい緑深い森に包まれている。 谷側の擁壁に1本の山桜があった。既に葉桜になった枝々は曲線を描き.若草色の色合いが既に強い。 ふと見ると下枝の1本はまだピンクの花桜を咲かしていた。よくよく見ると.この枝だけ葉桜の部分はなかった。 ゴンさんと目が会い.互いに不思議がる。 新津邸・・奥裾花自然園・・新津停 大町山岳博物館と高瀬川左岸道 |