笠取山境界南尾根から倉掛山を横断し峠沢へ

  予想以上に古い旧作業道に難渋する。倉掛山西の頭鞍部から峠沢の末端へ.劇斜面の旧々道を綴る。へ
     県界尾根の防火帯を北上し.急遽藪絡む倉掛山西尾根のツメから峠沢中間尾根―頂の秘密の大地から峠沢の旧作業道を下る
                                 ・・秩父往還.峠峠沢橋から芦沢入口bs・天科
    柳沢峠から黒川山南面の管理道にでて黒川鶏冠山肩
    黒川山と鶏冠山.奥社から北面管理道を経てハンノキ尾根を下り落合

    百年の森から伝通院を越え下大ダワ経て境界尾根の墨川鶏冠山
    北上し倉掛山に立ち西側の峠沢中間尾根の旧々作業道から笛吹川峠沢橋・・荒れた旧経路と2つの同.天科バス停

   大らかなハチワリ尾根
   9.44
    境界尾根の防火帯にでて南面を望む.

     県界尾根の板橋峠から柳沢ノ頭までハチワリ尾根と称し.左背はハンゼノ頭と目立つのがドコモのパラボラアンテナ・・左側の斜面が三窪高原.
   手前が藤谷ノ頭・・昨年11月に鈴庫山.藤谷ノ頭市界尾根から赤岩御殿.棒抗.二ケ引ノ頭を経て笛吹川に横断し三富に下りている。

    市界尾根から倉掛山西尾根
     9:25墨川山一10:18倉掛山一(1600m強)11:25⇔起伏の起きた小コブ一10:53戻る.
     11:25西尾根一13:07二俣一13:52堰堤一14:06峠沢橋一14:11芦沢入口bs:20一14:40天科bs:57.

    振り返る墨川山東尾根
   左奥は黒川鶏冠山.10:12

    甲武信ケ岳と破風山
   墨川山の防火帯より
    墨川山の防火帯から右前方に奥秩父の頂稜を望む

    倉掛山
   境界尾根の防火帯より.10:00

    倉掛山への小径
   頂の右手.東面は防火帯の斜面

    倉掛山々頂
   奥の立木下に三角点標石があり.10:18

     倉掛山は笠取山に南方に位置し.多摩川水系と笛吹川水系の分水嶺上にある山々。
   一部を除き確りした踏み跡はあるが.現在はではアプローチに不便さゆえに訪れる人は疎らで.静かな山歩きが期待できる。

     地味な山頂にはピークと云うより通過点の感じさせ展望はない。三等三角点標が1776.5mに立ち,点名は手前の墨川山と同じ「墨川」。
   倉掛山の頂からは何故か.白沢峠への北側の斜面を見定めるでもなく.防火帯とは別に閉ざされた薄暗い西方の茂みの中に見付けている。
   防火帯とは異にする頂稜の西側の縁. 南西尾根と西尾根が合わさり広がる平坦な台地の東縁にあった山頂。

     境をなす白沢の谷間は樹林の茂みに隠れ臨めぬが.ガスの被う足元からはスパッと鋭く切れ落ちる壁で反対側は隔てられている。
   白沢峠へ出向く気は既に薄れ.足先の頂の奥にある.西方の鞍部周りを模索し始めていた。

     今朝は倉掛山を丹波川側から登っている。倉掛山からは藤尾山への防火帯へ入る道を選んでいたがここに立ち気が変わり変更する。
   倉掛山の頂大地の秘またる森を散策し.歩き回り.森に添う県境を越えての短いながら難渋する笛吹川側の峠沢の中間尾根を下ることにした。
   西尾根から境界尾根を隔てる2つの対照的な河川に踏み込み.峠沢の古い作業道を歩む。

   白沢左岸尾根と倉掛山
   満道尾根上部より・・2012.09.16/11:20
   中央右下は峠沢出合で対岸は芦沢・天科の集落

     遠方は奥秩父・・唐松尾山.大洞山方面。その間手前に石保戸山1672.8mが聳えている。
   左中央は花戸尾根と牛首南東尾根は1504m点下で尾根を2つに分けている。赤ノ浦川と青笹川を隔てる中央下の尾根。
   南東尾根をその間々下れば青笹川の沢底に下り.末端は円山と青笹の集落に至る。

    白沢左岸尾根と倉掛山右脇からの峠沢中間尾根
   笛吹川の右岸の青笹川源頭と近ずきアップ
     乾徳山から牛首ノタル南東尾根から青笹川への下りで笠取山県界尾根西面を撮影・・2012.09.16/15:55

     上流側の谷間は広瀬湖,隔てた奥が多摩川源流の山並み・・白沢峠と倉掛山西尾根から峠沢を隔てると右・倉掛山東尾根.
   正面の峠沢に照り付ける日差しを受けながら下って来たのが倉掛山の峠沢中間尾根。右は西尾根で.背は南西尾根.

     中央手前左が芦沢へ下る花戸尾根。その右の尾根は赤ノ浦川と青笹川の分水嶺尾根。
   過って乾徳山から牛首ノタル南東尾根に乗り.右手の南東尾根から青笹川へ下り.笛吹川天科に下りている。その折に撮影した倉掛山.
   今回は倉掛山西のツメから峠沢の中間尾根を綴り.最後は堰堤から峠沢の右岸尾根に乗り.国道の峠沢橋に降りている。橋向いの里は芦沢.

   頂の西側肩はほぼ平坦な頂稜台地.10:20
    西斜面より右上奥が倉掛山の頂になる

     山名標のある頂から奥の三角点標を跨ぎ.緩やかな傾斜で小さな尖っ突きの露岩を避けながら倉掛山西尾根とも分かれ薄い踏み跡を追う。
   そして木蔭の茂みから離れると左手一帯に.西尾根を境に南北に比対称山稜を築く.南面の広大な台地が開かれていた。

    訪れることの少ない森が開かれている
   笹原と自然林との調和帯.10:32

    頂の大地
     壮大に広がる西側の草付き台地. 比対称の南側はこれ又壮大なスズタケの笹原が開け.お伽の国のような世界が築かれ展開されていた。
   南西と云うよりは頂から二重山稜的な地形が広がり.緩やかな笹の大地が広がりを見せている。

     落葉松に混ざる広葉樹がこの笹原の大地に程よい疎らさで立木を創られている。その調和された山肌の緩く起伏する
   森の見応えは抜群だった。鼓動を棚引かせ.感動を呼び起こす世界が開かれ.一歩踏み込むにも悠著させられた。
   昨日から綴ってきた牧歌的な藪山とは異なり.山行の終止符を打つ場がここに創られていた。

     宿の主人には藤尾山へ回り込むと伝え.路線バスに乗り遅れた場合.助けて頂く手筈になっていた。
   それも無視する台地がここに広がりを見せている。我儘な自分の秘密の宝の山を見付けだしていた。

   緩やかに下りだした台地1700m付近.10:43

     西の稜を進み.1750m圏の肩を過ぎ.稜から離れだすと笹原の台地は傾斜を緩め.深い台地の斜面が広がりを見せ.ている。
   原は次第に大地を狭め.少し北側に寄ると更に傾斜は増し.歩む両側は次第に高みを創り.笹原も次第に苔むしるゴーロ状と倒木に塞がれた。
   峠沢のツメに当たるのだろう。あっちこっち散策し歩き回ったため.1710m圏コブとの間の窪溝に入ってしまったらしい。入ると窪底は更に狭ばりだしていた。

   小さく目立った1650m付近の小コブ.10:53

     1650m圏を過ぎ.傾斜は更に強まり,窪溝が狭まるも.まだ窪底に踏み跡を見ている。ただ急に落ち込む窪み.沢沿いに入りそうだ。
   足を停め周りを探ると,白沢の谷との境.右手に小尾根の小さな尖っきが起きる最初の小コブを見ている。
   尖っきに向かう踏み跡が付き.更にこの小尾根の裏縁には.北面にストレートに鋭く谷間へ抉り落ちる深い岩壁を抱いていた。

     これはと気負い尖っきを偵察する。尖っきの上には木材運搬用と思われる古く錆びた網ロープが太い幹の根元に固定されていた。
   数10mの間でもう1つも確認する。又踏み跡がこの狭い起伏の尾根を綴っていた。入ると藪絡みが強く.左側の河原状の斜面に逃げては又挑む。

   コブの中の藪径.11:04

     枝の藪絡みが酷く.2度試みるも.小尾根の下りは先への不安定さが募り諦めるしかなかった。
   尾根どころか峠沢の資料も,下調べするが全く分からなかった。又河原状の斜面も高度1400m台に落ち.
   谷筋に入り込む勢いを持っている。

     踏み跡は崩れているものの.確り残されている。この間々小尾根を下れば北側の白沢と隔てている倉掛山北西尾根に乗り.
   下れたかも知れない。冒険を諦め.ここは1650m付近まで登り返す。

   南面の斜面から.11:32

     先を諦め中央の苔むしる狭まる窪地のゴーロ帯から高度にして200mほど登ると再び河原状のゴーロ帯は扇状に開かれていた。
   そして1600m強付近からはその右手.南側の山腹斜面を探っている。

   浅い踏み跡.11:41

    下山
     山腹を横切る薄い斑な踏み跡を見付け偵察した。
   よく見ると古いが消え残されたと思われる点があり.確り刻まれた点とも云えるべき場所が暫し見付けている。
   ただ消え伏せる可能性は強く.消えずにあって欲しいと思う願望は強い。少し山腹を横切るルートを再び探ってもいる。

     踏み跡は更に薄くなり,又はっきり下れると思も消える始末。旧々作業道か? 薄いだけでなく.ひと昔前の主作業道にも思える。
   先程の谷沿いのルートと異なり.起伏上でもあり.尾根筋をトラバースしながら.なだらかに降りている。多分西尾根を下っているものと思われる。

     途切れる細い踏み跡も,途中までは判断材料になり.下れる価値はある。ただ肝心の下流の谷底の判断を掴めていなかった。
   地形図を読む限り.ガレ場は下流に少し臨め,尾根の迂回もできそうに思えるが? 時計の針は正午前を指している。
   未知の下るルートだが時間は十分あり.最悪3時間とみて.真面目に山腹のトラバースし始める。

   ルートは自ずと自分で探る.11:52

     長いトラバースの踏み跡. 小尾根に乗っては左岸をトラバースし.谷間とは離れ.変化に富んだ枝藪を縫っている。
   そして背負うストックが絡み.何度か交わしていもいた。前回は1本落としそうになったので.今回は2本を紐で束ねて背負うことにした。
   そして絡む都度.右手を背に乗せ.2本あることを確認しズリ降りている。

   猛烈な笹藪に入る.11:53

     トラバースから小尾根に乗ると背丈を越す猛烈な藪が待ち構えていた。先の見えぬ笹藪が尾根を被い.目指す先の足元を閉ざしている。
   見えなくなれば足元を見下ろし.茎の隙間の広い場所を見付けては.想像して考えながら下るしかなかった。
   ただ尾根筋でもあり.外れそうになると高みに戻り下ればよかった。

     以外に長い笹の藪も強引にドンドン進み.地形が分からぬ中でも.周りが少しでも分かりだすとボンボン下っている。今はそれに限る。
   まだまだ尾根の中盤には至っていないだろう。分からぬ谷底で悩むより.今は高度を落とすことだけを考える。
   馬鹿丁寧に下ると陽はドンドン傾き肝心な所で貴重な時間を失うことになる。

   下から望む露岩.12:05
    左側を巻き返している

     小尾根に露岩が現れ.右に左に迂回を繰り返し.最後に露岩下の尾根筋に乗って1本取った。
   今回は技術的な困難さがないだけ助かっている。又好天にも恵まれていた。この先は次第に谷間に近ずく筈だ。
   ザックからリンゴを取り出し.半分だけ皮を剥き食べた。今日は昼食用も兼ね水1000ccを持参しているので.こまめに水分を補給している。

   河原状の沢底に入る.12:12

     慣れてくると直ぐ分かる踏み跡が谷底へと導きだし下れるようなる。踏み跡は上手く工夫し.足に一番抵抗の少ないルートを選び刻まれていた。
   広い尾根を大らかに巻いたと思えば小刻みに回り込み.裏側の見えぬ難所を越え.深い切れ込みがあると思えば大分先で避けている。

     この旧作業道は沢底に細かな露岩帯はあるものの.全体的には大らかな斜面を上手く選び.ルートが造られていた。
   そして今度は沢底から.時には高巻きの繰り返しが続いていた。ただ大高巻きはなく.ルートを見失うと谷底を探せばよかった。
   踏み跡ではなく.見下ろして歩き易いような所を探すと以外と踏み跡は残されている。

   伏流が切れて直ぐ.12:24

   再び潜る流心.12:24

     割れた谷底から流心が現れ,流れとなり沢らしくなる。チョロチョロ流れていた音色も.下るにつれ勇ましい音色さを増している。
   すると谷底の土壌は岩混ざりになり.大らかだった斜面は渓谷へと変え.谷底は狭まり急斜面を増させていた。
   再び歩みは高台へと尾根の山腹を詰めるようになった。

   高巻きと沢底へと交互にルートを取る.12:38

   トラバースから一番高く高巻いた地点.12:55

     左俣の沢の傾斜が増し.この先で沢の流心は左に大きく回り込むと沢底からの轟く沢音が耳に付くようなった。
   中腹を高巻いていたルートは更に斜上し.小尾根のコブを裏側に越えている。ここが沢一番の大高巻きになった。

   高巻きの高台から12:56

     その高巻きの台地から対岸の北西尾根が望まれれる。北側に面する所からすると越えた先は白沢だろう。
   余裕が出てきたのか.中途半端な時間に里に降りられそうだった。

    峠沢二俣1020m圏
   高巻き.右俣の流域に入り込む二俣下降地点.13:02

    右俣の右岸沿い
   高巻きし左岸の右岸に降りる.13:06

     右俣の右岸に細い踏み跡らしきを見て.右岸の高み台地に登り返すと古い赤ペグを見付けている。
   色は異なるが7月に丹沢の山神峠の裏側尾根で見付けた鹿棚用の長ペグとそっくりだった。

     本流左岸の枝沢出合,直ぐ先に飲料水用の黒いケーブルが本流左岸沿いへと渡ってをり.倒木が2本引っ掛かっていた。
   続けて2つ人工的なものに巡り合う。このケーブルを見て.更に里が近いことを知る。ただ難所の問題が先に残されていた。

   本流右岸に入った二俣出合の河原1000m.13:13

   本流右岸の檜の植林帯の不確実なる作業道.13:20

    二俣から
     右俣からそのまま本谷右岸に渡る所で古い赤テープを足元の地面に見る。初めてのマーキング.谷底は深く切れ落ち荒れ始めている。
   もう沢底には下れそうもない。右岸の檜の樹林帯に逃げる。高巻き斜面は傾斜がきつく.尾根上にでるまではまだ高く遠いい。
   又下山地点である雁坂みちの峠沢橋は.まだここからは望められなかった。

     出合の地形が呑み込めず。又鉄橋への取付き地点までは谷底を進められないだろう。山腹のトラバースが続く。
   植林帯になり助かるがまだ先は想像できなかった。少しぬかるむ急斜面の植林帯を斜めに上下して.
   ジグザグに国道の橋までの距離を詰めて行く。

   高巻きが続く.13:20

   谷底から高い山腹を巻いている.13:31

    峠沢.峠沢橋
   カメラの望遠で峠沢橋を見下ろせた植林帯より.13:43

    右岸の植林帯
     今までに比べ時間ばかり食い,先に進めず。漸くしてカメラの遠望を使い赤い橋を見付け.見下ろすようなる。峡谷の上に建つ峠沢橋。
   見えた橋からは.まだかなり高い位置を保っている。少しずつ斜下しながら高度を落とし.下り過ぎないよう橋への距離を詰める。

     樹間を透しに見えていた橋も臨めなくなり.暫く距離が縮まるも,橋の袂までの間には右岸にガリー状の枝沢が1本落ちていた。
   この枝沢はガレ落ち.横断するには.まだかなり高度を稼がねばならなかった。

     谷底に降り橋桁の袂まで行けたとしても.橋桁の周りは岩盤の壁で固められている筈である。枝沢を登り.上から攻めるしかあるまい。
   眼前に橋があり.車が往来している。距離は狭まるも.先を考えるとまだ長かった。檜の根元の急斜面を回り込み這い上がる。
   息を整えては又登った。

   峠沢橋手前の右岸枝沢の堰堤.13:52
    白沢左岸尾根の1200m圏に突き上げている枝沢

     かなり高い所まで詰めると枝沢の中腹に堰堤を見付け.助けられている。なければ更に沢を詰め.殆ど尾根上まで登らなければならなかった。
   主尾根筋近くまで登らず済んでいる。枝沢の中心が見える所まで近づき.詰めると運よく中間に堰が築かれていた。
   高度は峠沢橋とほぼ同等.ホッとすると同時安堵する。もう焦ることもなく.気を抜かず堰に立てばよかった。

   足元に迫る峠沢橋を見下ろす.14:03

     堰堤脇で,ここでも落ちていた長い赤いペグを見付けている。ここからは対岸には確りした踏み跡が残されていた。
   堰堤からの踏み跡が峠沢橋の取っ付きまで綴られてをり.最後は驚くことに確りした石階段が設けられていた。

     階段からの踏み跡は堰堤の工事用だけでなく.更に確りと白沢左岸沿いの主尾根伝いに綺麗に付けられている。
   下山途中の高台から見上げた尾根に通じているのだろう。橋脇の車道にでると反対の笛吹川沿いに芦沢の集落が身近に見下ろされた。

    峠沢橋北詰
   下り着いた取付き東詰940m圏より.14:05
    秩父往還.雁坂みち・・対岸が芦沢地区で旧道が横切っている

    下ってきた峠沢
   峠沢橋より振り返る

     山を隔てた反対側と云うだけで.丹波川側の水道水源林巡視路と笛吹川側とでは渓相の違いをはっきり体験させられた。
   林層からして広葉樹溢れる山並に対して.下流の植林帯を除いては自然其のままの樹林に覆われてをり.そこに旧径路が綴られていた。

     下った北西側は急稜で花崗閃緑岩の露出したガレが口を開けている。このような地質・地形の所は伐採を契機に山肌は荒廃が進んでいる。
   歩んだルートも巡視路から古い焦た作業道へ。樹林の色彩も真近で見ると何か雑然たる色合いに見受けられた。
   遠方から望めば変わらぬ風景にも.山に入ろと異にした姿が浮かび上がっている。言葉で云う水源巡視路と古い作業道の違いかも。

    芦沢と花尾尾根
   芦沢出合と芦沢の集落.14:22

     黒金山から以前見下ろした花尾尾根は西沢渓谷に落ちる尾根上の2020m点から南東に派生し.
   1449.2m点を経て芦沢の集落に落ちる尾根。

    雁坂みち
     国道を遡れば直ぐ白沢橋にでて.下れば円川二之橋を渡り.芦沢入口バス停がある。
   残りのリンゴを齧りながら円川一之橋.円川橋を渡り.対岸下に青笹の集落を見下ろし.新細入川橋を渡れば天科の集落にでる。

     天科バス停でザックを降ろすとストック1本が抜け落ちていた。藪絡みで落としたらしい。万が一と2本を結んでおいた上部は残されていたが。
   残念だがまだ使い始めたばかりのストックだった。緊張が足りないのだろう。惰性が気持を落としていた。

    赤ノ浦川出合
   出合は三富上釜口.天科温泉

    乾徳山道満尾根と出合に聳える1135.3m三角点峰
   観音沢地蔵沢橋より.14:23

     笛吹川の右岸の青笹川出合にあるのが青笹の集落。
   丁度3年前に徳和から道満尾根を詰めて乾徳山から黒金山.牛首ノタルを経て.馬蹄形に青笹川出合に下りている。
   そして笛吹川を左岸に渡った旧道側の山梨市営のバス停.天科からタクシーを呼ぶことになってしまった。

    天科地区
   国道,雁坂みちからの階段
    足元の笛吹川左岸にあるのが天科の集落.下った旧道の左手に山梨市営のバス停「天科」がある。

      14:40天科bs甲州市営¥780 :57=15:40jr塩山:49=16:15大月:17=17:39三鷹.特快=18:03お茶ノ水.
    2つのバス停
     前回は左下の道に降りた旧道のバス停前からタクシーに乗車した。ここに判りずらい2ケ所にバス停がある。
   国道.雁坂みちにある天科のバス停と旧道にある天科バス停。共に別道路に同じ名のバス停があった。
   3年前には最終バスに一歩遅れたのは旧道のバス停だった。今回は路線バスが国道を通ると聞き.国道の「天科」から乗車した。

     旧道のバス停は山梨市営バス専用か? 国道は甲州市営バス・山梨交通バス。ただ円山バス停は山梨市営とあり.甲州市営はなかった。
   「笛吹ノ湯」のバス停には三社が共有して旧道を通っている。ただ山梨市営のバス停は何処にあるのか分からないでいる。

   国道の甲州市営.天科バス停
    前回歩いた時は左先に旧道への道があり.山梨市営のバス停に乾徳山から下りている

    3つの路線バス
     芦沢バス停の時刻表を見て先を考えようと残り半分のリンゴを齧りながら.円川を抜け天科バス停まででている。後数分でバスが来る。
   以前に乾徳山から牛首に回り下山したバス停。当時は数分の遅れが間に合わず.タクシーに車を変えていた。

     今日は敬老の日に続く国民の日,雁坂道と呼ばれる道路の往来はガラガラだが小型の甲州市営のバスは満員で立席の者も含んでいた。
   その直ぐ後に山梨交通の大型バスが付いていた。知らずして私は先車に乗車. 後続が付いているのは分からなかった。
   バス後部から覗くと空席が目立つ。運転手は無言で私を乗せている。

     昨年11月に藤谷ノ頭市界尾根を下った折は三之橋に下山.「笛吹の湯」からバスに乗車している。
   その折は甲州市営と山梨交通と2つのバス時刻表を確認している。そこに山梨市営バスが現れ.乗客0で.行先は山梨駅だが乗らないかと誘われた。
   この路線にはバススタントを見るど3つの会社名で運行されている。分かり易い時刻表に.重ならぬよう立っていればもっと便利になる筈だが。

     シルバーウィークの真中だと云うのに.山中で2日間.出会ったハイカーは初日の柳沢峠での2パーテイだけだった。
   それでいて帰りはバスも.列車も運良く座れたものの車内はラッシュ並の混雑に膨らんでいる。

     今回の山行は何か.全てが中途半端になってしまったようだ。計画を変更したためだろうか? それでも面白かった巡視路を辿る旅。
   そして宿.感謝してこそ.再び山に出向けるられると思っている。宿にも報告せねばと天科バス停とjr塩山駅で電話するが繋がらなかった。
   帰宅してから夜半.連絡が取れ.女将さんに感謝の礼を述べている。

   源水館¥8000・・清酒菊里.塩山市一ノ瀬高橋216.0553-34-2177
   地形図「柳沢峠」.zzz13ノーメダワ周辺.zzz16エンマ御殿.zzz115黒川鶏冠山.zzz116伝通院から倉掛山.zzz117石保戸山.zzz118伝通院
   皮登山靴9/21日・・・19.208歩./22日不記録

   9月18日.平成27年9月「関東・東北豪雨」と気象庁命名・・栃木県.茨城県.宮城県に特別警報を発表
   9月25日.ウルトラトレイ・マウントフジ(UTMF)UTMF男子
   9月27日.スーパームーン・・今年最短距離の満月.ヨーロッパ.アメリカでは兼ねて皆既月食. 29日北海道旭岳の初冠雪

    柳沢峠から黒川山南面の管理道にでて黒川鶏冠山肩
    黒川山と鶏冠山.奥社から北面管理道を経てハンノキ尾根を下り落合

    百年の森から伝通院を越え下大ダワ経て境界尾根の墨川鶏冠山
    北上し倉掛山に立ち西側の峠沢中間尾根の旧々作業道から笛吹川峠沢橋・・荒れた旧経路と2つの同.天科バス停