| 大菩薩連稜の北部の丹波川流域の境を歩む ・・多摩水源の山々.丹波川源流Top 続.丹波川.柳沢川.峠沢流域の水源林巡視路. 落合で一泊し黒川鶏冠山から県界尾根.倉掛山の旧経路を越える 丸川峠の最北峰.黒川鶏冠山と柳沢川を隔てる笠取山. 境界尾根の両岸の支尾根を越える 柳沢峠から黒川鶏冠山と伝通院.墨川山への水源林巡視路の防火帯を綴り.倉掛山の西から峠沢中間尾根を下降 2015年09月21〜22日.松村 柳沢峠から黒川山南面の管理道にでて黒川鶏冠山肩・・柳沢峠のブナのみち.新横手峠.黄葉の回路 黒川山と鶏冠山..奥社から北面管理道を経てハンノキ尾根を下り落合 百年の森から伝通院を越え下大ダワ経て境界尾根の墨川鶏冠山 北上し倉掛山に立ち西側の峠沢中間尾根の旧々作業道から笛吹川峠沢橋 先々週は多摩川の支流.日原川流域の水源林巡視路を巡っている。後半はガス濃く湧き.周りの状況ががよく分からぬ状態になっていた。 その見返りを求めてではないが.今回は甲州側の最奥に当たる多摩川源流へ。柳沢川と高橋川に跨る甲州側の未知の流域に入る。 若い頃に一ノ瀬川大常木谷を梅雨期に遡行している。旧甲州街道脇で野宿し入渓したものの降り続く雨雫に勝てず. 更に1泊を余儀なくされ遡行を終えていた。そして小常木谷では遡行を終え.岩岳尾根.茅谷尾根を日没の真っ暗闇の渡渉から街道に下りていた。 メンバー3人で藻いるにも拘らず.使えるエレキは1つ.闇の渡渉をし.里道にでている。・・剣岳池ノ平遡行のトレーイング. 丹波山村西北部はそれ以来の入山。2008年04月.マイカーで両神山.西沢渓谷の帰路.「ほったらかし温泉」に寄り.沢峠を越え. 改修工事が始まったばかりの旧街道を青梅に抜けていた。 今回の入山は柳沢峠の「ブナのみち」を選び.黄葉に満ちあふれる六本木峠に乗り.黒木茂る立岩沢の経路から大菩薩連嶺北端の鶏冠山越え。 下りた落合では一晩の宿を取り.翌日は「百年の森」から明るい巡視路を辿り伝通院を経て墨川山へ。 笠取山の境界尾根からは再び広い防火帯に乗り.石保戸山へ。馬蹄形に周回し.再び高橋地区の落合へ戻る予定でいた。 山に登る補佐的な手段として.幾つもの経路を繋ぎ.防火帯を綴りながら長閑な山旅を味わう積りでいる。 まずは宿を取ろうと入山2日前の朝から宿「源水館」に連絡するが一向に取れず.連休の中場.夜半に宿との連絡が取れ. ホッとさせられている。実は本来の山行は鶏冠尾根から甲武信ケ岳に出向く積りでいた。だが公共機関を利用すると入山は10時近くなる。 焦る山行を諦め裾野に宿を探し.偶然にも近くに同じ山名の鶏冠山を見付け.何かの縁と山行を変更していた。 明日改めて決めようと思っていた折.連絡が取れている。更に下山は倉掛山西尾根の古い作業道に変えてもいる。 山行の前半は大菩薩連嶺の最北部.黒川山鶏冠山を越え柳沢川流域へ。 裏側の柳沢川側からの黒川山鶏冠山 明日登る伝通院・上大ダル峠付近より.9:11柳沢川を隔て南東方面から眺めた黒川山鶏冠山. 台形状の山頂。 左手の円錐形の頂は1700m圏峰.中央が1716m点の見晴らし台で.祠が祀られている。そこに鶏冠山の山梨百名山の標柱が立つ。 離れて.右手に聳える頂が三等三角点「黒川山」.標高1710.1mがある。 黒川・鶏冠山 奥秩父山塊.大菩薩連嶺に位置している山梨百名山の一つ。また多摩川の源流(水源)に位置しているため山林は東京都水道局の水源涵養林 (東京都水源林)となっている。 なお、同県の山梨市に漢字では同名の鶏冠山(読みは「とさかやま」.標高2.177m)がある。 黒川山は本来は大菩薩連嶺の北.柳沢川と泉水谷に挟まれた山域一帯をいい.固有名刺ではなかった。 ただ今では三角点峰の黒川山と鶏冠のよう尖がった岩峰を鶏冠山を呼ぶようなり.合わせて黒川鶏冠山と総称されることが多い。 鶏冠山は標高1700mを超え登山口を柳沢峠を近くに持ち.山頂までの実質標高差は200m強と 以外と大らかな山地を抱いている。この辺は近年林道が三木本木峠を横切り.深山の趣は失われつつある山々だが. まだまだ柳沢峠の東面を覆うブナの森は存分に魅了させていた。 そこを繋ぐよう決めた山行だが.残念なことに頂付近から間近に迫りながら大菩薩.奥秩父の山並は 好展望台に恵まれているにも係わらず.何処もガス濃く失われていた。 新大菩薩峠登山口 以前は裂石が旧登山口で.落合行路線バスの休憩所9月21日(月).晴後曇 jr御徒町¥1980. 5:31=5:35神田:43=6:49八王子:54=8:12塩山.山交バス@800. :30 =9:20柳沢峠bs.1476m. 大菩薩ライン 朝方からの強い日射しがここ塩山駅南口広場に降り注いでいる。列車が入線すると共に広場で. 西沢渓谷行バスを待つ.長い列ができていた。その脇のベンチに数人いるのが落合行バス乗場. 小型バスに13人が乗り込む。 それに対し西沢渓谷行は10倍以上の乗客を大型バス2台で捌いていた。 大菩薩登山口で時間待ち.5人が残り柳沢峠に向かう。全員が柳沢峠で降り.バスは峠越えの終点落合まで空身で下って行く。 数年前にjr甲斐大和駅発の大菩薩上日川峠線が開通して以来.昔からの大菩薩線は大分と云うより殆どのハイカーは新線に取られている。 昨年3月.赤岩御殿を訪れている。その時は峠手前の柳沢第2トンネル付近で.甲州街道の道路拡張工事が行われていた。 既に完了したと思っていたがトンネル口手前では大規模な橋桁工事が進められ.柳沢峠直下から分かれた道路がこの上を跨ぐ構想のようだ。 昨年秋には新松姫トンネルが開通し.甲州街道並の街道に国土省は改修を目論んでいる。甲州街道の避難路としての青梅街道の工事は更に進む。 柳沢峠ゾーン(ブナのみち)案内図 柳沢峠にて都水道管理事務所の案内板黒川鶏冠山は標高1700mを越えるが.登山口である柳沢峠の標高が高く.山頂までは実質200m強の高度差。 近年林道が三本木を横切り深山の趣は失われたが.山頂付近からの展望は霞みながらも素晴らしく. 間近に迫る大菩薩を始め.奥秩父主脈の好展望に恵まれる。アプローチは運よく柳沢峠経由.落合行の路線バスを見付け.利用する。 柳沢峠 シルバーウィークの4連休に係らず大菩薩山域の山々は不人気のようで.柳沢峠の公営駐車場はマイカー族に占められるも. 空きばかりが目に付く。柳沢峠では先を急ぐハイカーと別れ.私1人が残されていた。今回は一泊の旅. 六本木峠から黒川鶏冠山を越え.落合で宿る。行程はゆったりしたコース.余り早く下山すれば宿で長く寛ぐことになる。 ブナの森の柳沢峠口.9:31柳沢峠のブナのみちから鶏冠山へ 柳沢峠bs9:30一10:07見晴台一10:28六本木峠.管理道一10:40(1520m圏)尾根上一11:07新横手山峠 一11:50水呑沢12:00一黒川金山跡3.4km分岐.南側巡視路一12:24立花沢分岐一13:03鶏冠神社分岐. 黒川鶏冠山の登山口として柳沢峠を選び.まず散策路のブナの森を抜け.牛首谷とを隔てる六本木峠にでる。 六本木峠からは管理道を下り.南側の明るい山腹を巻き黒川山にでて.鶏冠山とそれぞれの頂に立つ。 下山は北側の管理道から薄暗い山腹を回り込み.黒川山を横断しハンノキ尾根を下り.落合にでて.旅館「源水館」に宿る。 丹波地区では水源巡視路(作業道)を管理道と呼んでいた。 柳沢峠ブナのみち 梅ノ木尾根へ.9:40柳沢峠 柳沢峠は丹波川柳沢川と笛吹川重川との分水嶺にあたり.何度か山へ.ドライブへと訪れている。常に静かな峠だった。 柳沢峠のバス停前に柳沢峠茶屋があり.西側は南北に延びる県界尾根にある三窪高原にでられる。又笛吹川左岸尾根の流域にもなっていた。 峠の青梅街道を渡った東側が六本木峠への登山口へ。又大菩薩連嶺に含まれ最北端に位置する山域でもある。 鶏冠山登山口には道標と各種の案内板に東京水道水源林の碑あり.念の為か,逆方向の道標「←三窪高原」も設けられいていた。 昨年の今頃は三窪高原から藤谷ノ頭市界尾根を越え,笛吹川三富へ下り.初雪を踏んでいる。今回は峠から右にコースを取っている。この峠からの 直接コースには道標「六本木峠から丸川峠」があり.「ブナの散策路」としてよく知られているものの「鶏冠山」を示すものは見当たらなかった。 柳沢峠の東側にはブナやミズナラなどの広葉樹の森が悠然たる深みを持ち.大らかな山腹に広がりを見せている。 70代半ばのハイカー2組が登山口で迷い.「黒川山」に出向くと云う。落合よりに200mほど下ると柳沢峠の登山口があると伝えている。 又この山道も間違いなく.ブナ坂で合わさり.私も黒川山に行きますと伝えたが不安だったようだ。その後.会うことはなかった。 殆どが水平歩道登山口から六本木峠を経て黒川鶏冠山へ。途中に幾つもの絵地図があり.一番南側のコース.峠からの遊歩道を選んでいる。 又柳沢峠口の北側にも柳沢口があり.ここからは幾つものコースに分かれ.1本はナラ坂で合わさり.もう1つはブナ坂を越えイモノキ尾根から展望台へ。 共に最後は梅ノ木尾根上で合流し.六本木峠にでている。私はナラ坂を目指し北側へ.整備された緩やかで歩き易い散策路を選んでいる。 二人が並んで歩けるほど径幅は広く,落葉の優しい土道が続き.太い巨樹のブナが点在し.左手にはウラジロモミの林が広がっていた。 東側に折れナラ坂を越え.緩やかにブナ坂を登って行くと花ノ木沢の涸れた苔むしる支流を過ぎ.イモノキ尾根に登り着く。 大ブナと程よい間隔に「ブナのみち案内絵地図」あり.9:52花ノ木沢源流の大らかな台地を横切り.標高1600mほどでブナの巨樹に出会い.周りはミヤコササの広がる大地にでる。 枯れササも多い中.梅ノ木尾根と表示がある分岐にでる。 地形図「柳沢峠」では六本木峠西側の三本木ノ頭1680m圏コブは旧陸測図では峠の東の隆起で東嶺と記され. 泉水谷支流の大沼沢の源頭に当たることから大沼沢ノ頭とも呼ばれていた。その北側に延びる尾根の遊歩道の尖っ突きに分岐があった。 右に折れ尾根伝いに登れば六本木峠へ。道標から読むと越えた間の左裏に管理道があり.左に折れ尾根伝いに下ると 直ぐ見晴台がある。更に下るとイモノキ尾根を経て.下る遊歩道は幾つかの回廊に分かれていた。 梅ノ木尾根の分岐を左に折れ.絵地図にあった「多摩川源流の眺望」を見届けにて見晴台に出向く。戻る先が六本木峠. 石保戸山と1582m峰 右景.梅ノ木尾根の見晴台1603mより.10:07多摩川源流部の眺望・・笠取山主稜と笠取山から南方に派生する尾根。丹波山町側で柳沢峠に突き上げる柳沢源流と 丹波川左岸沿いの稜と尾根。東仙波・竜喰山・大常木山. 丹波川源流の裾野から奥秩父連峰が見通せる展望台。雲多く垂れ込む勢いは増し.明るい空を望むことはできなかった。 1582m峰から右に尾根沿いに下れば犬切峠を隔てる藤尾山(天狗棚山)。石保戸山三角点峰と高橋川を隔てた手前が 明日登る伝通院1529m。明日周回する予定の山々は初山域で.確認できただけでもホッとしていた。 奥地に最初に計画した岳々も望まれた。奥秩父の頂稜は石保戸山の背が雁坂嶺.古礼山.水晶山.中央が笠取山.1582m峰の 背が唐松尾山。右の雲下は大常木山に飛龍山。若き学生時代に遡行した山々になる。 石保戸山と伝通院1529m 左上アップ.山梨市と丹波山町の市界尾根快晴に恵まれた翌10月18日の展望 手前が境界尾根墨川山からの東尾根. 伝通院を越えた尾根末端が一ノ瀬高橋地区.合になる。今晩は落合に宿り.明日墨川山を目指す。 梅ノ木尾根 谷間を覆う都笹.10:25登山口から足に優しい歩き易い山道が続いている。径幅は広く枯葉との程よい柔らかさがよい。ゴロ石もなく. 自然と足が先にでる味わいがある。大ブナ辺りから道脇にミヤコ笹が被いだし.梅ノ木尾根に至る谷間や尾根筋は一面の笹原に占められている。 幹茎に1本が立ち.冬葉は白く隅どりのミヤコ笹の分布は日本では太平洋側に分布し.確か大菩薩丸石峠に広がる笹原もミヤコ笹だった。 丸川峠から黒川山の尾根.六本木峠・・ 暫くして柳沢川と泉水谷を隔てる主尾根の六本木峠にでる。左右に横切る主尾根の登山道と左下からは管理道が登り合わさっていた。 道標には「←横手山峠・鶏冠山.→丸川峠・大菩薩嶺.↓柳沢峠」と「監視道路」。監視道を道伝いに真っ直ぐ下れば大木賊沢出合にでている。 右手に折れれば幾つも峠越えをし.丸川峠から大菩薩嶺に至る尾根。左に折れれば黒川尾根に入る。 山と高原地図「大菩薩連嶺」1987年版の松尾根は間違いで.1614m点が松尾根ノ頭で.そこから南西に派生するのが松尾根。 主尾根を忠実に北上 登山道から離れ頂稜を歩む.10:4160m近い倒木帯 縦走路の尾根筋から東脇を巻く分岐で.挨拶する間もなく単独行のハイカーと擦れ違っている。 私は通行止を示す2本並ぶ枝を跨ぎ.尾根伝いの踏み跡へ。巻き径はゴロ石もあり.登山道の単純さとは変わり変化に富む。 特に土壁が道脇を被う無愛想な風景に変わる山道に対し.私の周りは広葉樹が溢れる自然のオンパレードで満ちていた。 1590m圏大らかな小コブ付近の露岩帯.10:44松尾根ノ頭1614m付近 明るい小広い平頂.10:55 雑木の茂みにスズタケ帯.10:59距離は短いが足元から自然林が茂り覆われた尾根。切り開かれる展望はない。それが又森の中ににいるようでよい尾根だった。 雑木の茂る台地は尾根と云うよりは里の裏山の風景を忍ばしている。藪にならぬ藪が広がってもいる。 足元から土壌の柔らかさが伝わり.仄かな満足感に浸ってもいた。 新横手山峠に降りる北東の斜面.11:01新横手山峠 三本木とも呼ばれ.林道横手山泉水谷線が横切る.11:05新横手山峠 1614mコブから尾根筋をそのまま進み.藪を切り樹林を抜けると林道が横切る明るく開かれた新横手山峠にでている。 林道と登山道が交わる峠らしく.道標類は多い。ただ人の気配に触れる感じを抱かせるも.静かなものだった。私一人ただずんでいる。 横切る林道の手前に奥多摩分区萩原山の林班界標柱があり.向かい左端の掲示板は「丹波山村周辺の林道,河川図」が立つ。 又道標との間の薄暗い茂みに入ると山径は右に回り込み.先は横手山峠にでていた。 林道 泉水中段林道(林道横手山泉水谷線)は泉水谷林道終点と国道411号線を結ぶ林道。延長約7.6m.ダート約6.9km.幅員約3.0〜4.0m. 国道411号線側は柳沢峠から丹波山町村側に約2.5km下った地点(柳沢峠と御屋敷のほぼ中間点). 林道杭は「林道横手山泉水谷線」とある。又国道の直ぐ上流側には左手に大ダル林道の起点がある。 林道泉水谷線(林道横手山泉水谷線)は甲州市と丹波山村の境界となる泉水谷に沿いに.丹波川三條橋から林道泉水中段線へと抜ける林道。 又新横手峠.東山腹で横手峠へ北上する林道と分岐している。国道411号線を跨いでいる林道。延長約7.0km.幅員約4.0m。 丹波川三條橋口(国道411号線)は大菩薩嶺北尾根の取付き地点でもあり.河川名は柳沢川→一ノ瀬川→丹波川と変え奥多摩湖へ。 11:30直ぐ下の道標.1:27 更に下って横切る林道の道標 新横手山峠で林道横手山泉水谷線を横切り.緩やかな雑木の小径に入ると直ぐ.写真の左側にある道標にでる。「黒川金山跡」と指す先に. 下肩に見下ろせたのが右の道標。再び道標から左手へ.幅広い林道横手山泉水谷線を進むと数分で.横手山峠1558mの三差路にでた。 直進は落合へ.黒川山からの巡視路と合わさり.カネバ尾根から落合に下りている。私も後に黒川山.鶏冠山に登ってから.この尾根を下りている。 右折は黒川金鉱跡へ通ずる道。横手山峠の南寄りから植林帯と離れ.黒川山の南側へと立岩沢へ巻く.自然林の小径を選んでいた。 林道から巡視路に入ると直ぐ.泉水谷を隔てた大菩薩嶺の偉観が望め.霞むも懐かし山並だった。 数年前に久し振り大黒茂谷で野宿し.大菩薩嶺を直登している。この方向からの眺められた初めての展望。 大菩薩嶺北尾根とエンマ御殿尾根 管理道に入り直ぐ.11:33牛首地区は足元手前を横切るのが泉水谷.支流の大黒茂谷と牛首谷を隔てるのがエンマ御殿尾根。 エンマ御殿1574mと1637mコブ。その右手の高丸戸尾根(エンマ御殿尾根)越えの肩鞍部が泉水十文字。 右上の1744mコブは大菩薩嶺への尾根上の1850m圏コブと重なっている。その右裏が丸川峠になる。 改めて山に登り始めて10年が経ち,大菩薩嶺にやってきた。高校時代に初めて小金沢連嶺を南下.雪を蹴り初狩駅に下りている。 10代は春雪を蹴っていた。そして60代になり還暦を迎え牛寝通りを下り松姫鉱泉に宿り.異常な猛暑の冬至に百蔵山にでている。 その後北尾根を下り丹波にで.大菩薩連山を通うようなった。一昨年は北尾根の第一コブ. 写 真正面の北西尾根を大黒茂谷から詰めている。奥多摩で初めて野宿した山域でもある。 藪を漕ぎ暗くなり踏み跡が分からなくなり野宿している。2年前のことだが随分昔の話のように想いだしていた。 1696.9m峰と寺尾峠.天庭峠.1706m峰 右端陰が六本木峠になる牛首谷寺尾沢と天庭沢・・牛首谷左岸の稜 黒川山南面の管理道 横手山峠を右に折れ.11:36霞む中泉水谷や牛首谷を囲む山々の展望を梢越しに愉しんだ後.水源巡視路は道幅を狭く.やや蛇行する山径に変貌した。 単調な登山道と変わり経路は幾らか変化も生まれ.空はどんよりしているものの南面の明るさは心を和まさせている。 又荒れた護岸はよく整備され.歩き易い水平歩道に変わっている。それも最近のようだ。 水呑場沢 上流側に小滝あり1514m.11:50〜12:00水呑場尾根を横切り.ここで水の補給ができ.水500ccのみ持参。 立岩沢への管理道.11:53 真新しい石積みの径.12:01つい最近,2011年頃まで長く崩壊していた地点。醜く崩れた石積みは真新しく改修されていた。 管理道脇には改修された印の赤帽の木片が石積みに刺されていた。「2土砂片付工」とある。 ![]() 耕作場尾根の尖っ突きにある板形の馬頭観音.12:09 12:10再びアカッポイ尾根の尖っ突きにある「萩原山分区5/4」林班界標. 立岩沢分岐.12:24分岐 黒川山南面に沿う巡視路を巻き込むと立岩沢の分岐にでる。道標には長く.「←鶏冠山(黒川山)1.2km急な上り坂あり. ↓新横手山峠(林道)柳沢峠方面.林道まで2.8km. 黒川金山跡2.4km.急な下りあり」とあった。 黒川金山跡方面は寺屋敷尾根を越え黒川谷に入る。私は左に折れ.黒川山へと石積みのジグザグ径を詰めている。 私が初めて大菩薩山に夜行で登ったのが1964年の高校時代。当時使用した1/5万地図「丹波」.s34年3月30日発行には 現在の黒川山南面の管理道が東京都水道水源林の破線路として記されている。ただ分岐から上部.黒川岳に至る破線は示されていなかった。 黒川金山 黒川金山は「甲斐國志」によると丹波川の支流黒川谷の源にあることから山全体を黒川山と呼ばれている。 中腹には武田信玄により発掘された黒川金山跡があり.戦国時代から江戸時代前期に栄え.大量の金を産出して「黒川千軒丹波千軒」と称された。 砂金は下流の丹波でも採取され.現在でも「寺屋敷」や「女郎ゴー」など金山を示す地名が残されていた。 又三角点峰を黒川山と呼び.北側の山頂部は小岩峰が並び.鶏の鶏冠のようであるから鶏冠山と称し.鶏冠神社奥社の小祠が祀られている。 一ノ瀬川出合の「おいらん淵の伝説」は金鉱山を閉じる過程で起きた悲劇で物語。黒川金山跡循環歩道は現在崩壊激しく通行禁止。 石積みのジグザグ径が続く.12:29鶏冠山 頭がチョンと見えた.12:55取付きから続く石積みのジグザクの径. 途中で根に苔むしたるイタヤカエデの巨樹が聳え.左から支尾根を乗っ越し.鶏冠山を真近に見る。 黒川鶏冠山と一口に言われるが三角点標石のある黒川山と鶏冠神社を祀った鶏冠山と2つの山からなっていた。 その麓には武田の隠し金山があり.千軒.丹波千軒と呼ばれるほどの賑わいを見せた鉱山が広がっていた。今でも鉱山跡やその遺跡がある。 登る背の泉水谷側は全く眺望なくガスに包まれ.左斜面から回り込むと鶏冠神社の分岐にでた。 右に折れ左山腹を裏側に回り込むと小さな岩稜を持つ絶壁に赤い木祠が祀られている。分岐から左に折れれば黒川山. 鶏冠神社分岐.13:03鶏頭山と黒川山 右上は雲の消えつつある奥多摩三頭山鶏頭山1716mを隔てて左側が柳沢川.右側奥下が泉水谷になる。頂から正面に下りた広い台地が横手山峠. 左手にはハンノ木尾根が落合へ落ちている。主尾根沿いは手前の新横手峠(牛首谷からの林道が横断)を越え. 1614m点から下って六本木峠。尾根と分かれて柳沢峠.まだ踏まぬ頂になる。 HP「山からの眺望」氏より正確に書き直された地図昭和54年版のアルパイガイドでは1710m三角点峰が黒川鶏冠山。ここが東肩の鞍部になる。奥の院の分岐. 中央遠めに「萩原山分区8/10」林班界標が立つ。 柳沢峠から黒川山南面の管理道にでて黒川鶏冠山肩・・柳沢峠のブナのみち.新横手峠.黄葉の回路 黒川山と鶏冠山..奥社から北面管理道を経てハンノキ尾根を下り落合 百年の森から伝通院を越え下大ダワ経て境界尾根の墨川鶏冠山 北上し倉掛山に立ち西側の峠沢中間尾根の旧々作業道から笛吹川峠沢橋 |