| 三頭山東峰.都民の森・・三頭山周辺Top 2008年03月. 都民の森から鞘口峠を経て三頭山笹尾根を下り.迷い笹ヶタワ峰・大羽根山東尾根―森沢林道から檜原街道.出畑・・ブナの森と深山の路 2016年04月. 都民の森から「カヤトの路」入口に戻り.蜂指沢ノ頭東尾根.三頭山御堂指尾根.湖畔南岸道から浮橋・・ブナの路 2016年02月. 数馬から都民の森.ムシカリ峠を経て三頭山笹尾根―西原峠を経て1001m点尾根を下り郷原・・大滝の路とブナの路 2020年03月. 小河内神社bsから三頭山中尾根を経て都民の森・・各遊歩道を繋ぎ旧登山道から数馬bs・・コマドリの路とケヤキの路・旧道 2016年09月. ハチザス沢から石原小屋窪右岸尾根・ハチザス沢ノ頭東尾根・大沢山大茅尾根・ヨコク尾根から飯尾・・「深山の路」 2018年09月. ハチザス沢から石原小屋窪左岸尾根から日陰三頭ノ沢を横断―大沢山東尾根から三頭山玉川を下降・・深山の路と石山の路 2020年03月. 小河内神社bsから三頭山中尾根に立ち都民の森・・各遊歩道を繋ぎ旧登山道から数馬bs・・コマゴリの路 嬉しいことに凍る湿雪に覆われた三頭山. 三頭沢の遊歩道から処女雪に恵まれ.第一歩の浅い雪面に踏み跡を残すことから始まっている。 8cm前後から次第に深まり.笹尾根では膝下まで潜り.積雪状態を見ながら旅人として我儘しながらその都度.ルートの変更を余議された山。 数馬bsから旧登山道.都民の森「けやきの路」へ。ムシカリ峠krの三頭山ピストンは蒼い空と積もる新雪の杉の世界。 西原へは処女雪らしきラッセルの世界。西原峠からは槙寄山南尾根の西側の支尾根をボップスレーの如く滑る下り道。 郷原からは里道に入り.更に県道へ。郷原から路面は除雪されているが脇は雪が積もり阿寺沢入口bsへ 2016年02月02日.松村 数馬bsからムシクリ峠を経て三頭山.西峰・・取付きからトレースを付け.紺碧の空 槙寄山南西尾根の1001m点尾根を下降 2014年の「平成26年豪雪」以来2年振りに.東京近郊の山々は豪雪に見舞われた。この一週間ほどで奥多摩一帯は大雪に覆われ. 積雪は40〜50cmを越え.吹き溜りは大方1mに及んでいた。東京近郊の雪山へ出向きたい気持ちを膨らませていたが.東京では連日降雨が続き. 一昼夜降り続く日もあり.山行へ入る切っ掛けを失っていた。それが好天の予報を得て.足の向くまま雪積もる三頭山へ.誕生日山行へと出向く。 数馬バス停から都民の森へ。三頭沢の踏み跡のない旧登山道を選び.「けやきの路」から入山する。 遊歩道は既に全く失われ.た積雪に高く埋め尽くされていた。「けやきの路」に入ると狭く.更に雪深く先を探る谷間へ。 ラッセルまではいかないがトレースが綺麗に描かれた。三頭ノ大滝から笹尾根のムシカリ峠にでて三頭山をピストン。 蒼い空と雪被る杉林の世界。復路は笹尾根に戻り.膝下の雪面をラッセルしながら西原峠にでている。西原へは処女雪らしいラッセルの世界になる。 槙寄山南尾根.1120m圏からは右又の1001m点を擁する南西に延びる支尾根をボップスレーの如く.半ば滑るよう郷原へ降りる。 路肩にはまだ残雪が溜まる里道から街道を東進し.阿寺沢入口bsまで歩む。路面は除雪されていた。 戸倉山山塊 日の出を迎えたjr武蔵五日市駅前バスターミナル.7:17左手側に五日市街道が横切る 2月02日(火).曇後快晴 jr御徒町5:11=5:16東京:23=6:19立川:25=6:38(拝島)=7:01武蔵五日市¥940. :19=8:17数馬bs. 電車が武蔵引田駅に近ずくと秋川の天空も白みだし.夜明けの明るさを迎えている。秋川左岸の河岸段丘を綴るjr五日市線. 車窓からjr進行方向を望むと斜め右前方には金毘羅尾根の山肌が迫り.左手前方には戸倉の山並が雪白く積り望まれる。 五日市線からの入山は久し振り.高架に変わり甲高い轟音を撒き散らかせ.煩さが増すと共に終点.武蔵五日市駅に着く。 貸切りで終点690.0m数馬bsに着く.8:20路線バス・・檜原街道 駅前広場から乗り込んだ数馬行.路線バスに12人ほどが乗車した。一種の通勤バス. ハイカーは出発間際に飛び込んできた壮年と私.2人。 駅舎から遠去かるにつれ.1人.2人と乗客は減り.十里木バス停前では彼と私2人だけになる。 前回乗車した十里木バス停と荷田子では共に一人ずつ.子供が乗車していた。そこを過ぎると畔荷田地区から檜原村に入る。 すると今度は子供達の元気な声が響き渡る通学バスに変わる。車内は知らずして小学生が10名ほどに増え.バス停にしては幾つもないが 払沢の滝入口まで走ると路線バスはハイカー2人を残し折り返している。 中本宿の交差点を右折し谷間が狭まるとバスはうなり.周りは一面見渡す限りの新雪に覆われた。 樹林の枝々には昨夜からの新雪を重ね.雪粒を踏みつぶす路面だけが少し土色に滲ませ,他全てを雪白い大地に変えさせている。 柏木野の南斜面は樹氷が煌めきを増し.頭上は雪雲が切れ蒼空が望められる。うねり高度を上げるにつれ車内にも漸く陽光が射しだした。 檜原街道.上川乗バス停で彼は降りている。ここには笹尾根浅間峠への登山口がある。車内は明るさを増し. 陽の射し込む明暗をはっきりさせていた。すっきりした大寒の空.暖房の利き過ぎた車内に私独りがいる。何か贅沢に思えた。 下和田バス停を過ぎる。気にもしていなかったが和田の地名は以外と多いと気付く。陣馬街道沿いの和田は陣馬高原の登山口。 特に猿橋の桂川葛野川流域には頭に上・中・下に和田を付けた地区があり.流域全体にこの和田の名が印されている。 帰路通った笹尾根南面には逆の名の「田和」があった。ここは人里峠からは土俵山や浅間嶺への登山口があるようだ。 森沢口から数馬に入れば路面は薄ら白さを増し.除雪車と擦れ違う。「数馬の湯」に南集落と抜ける。仲田平を過ぎると 終点.数馬バス停にでた。都道206号線.この先は名を変えて奥多摩周遊道路となり.都民の森と繋がれている。ただし冬期は運休. 九頭龍神社 檜原街道より.8:26九頭龍神社(くずりゅう)は天文十四年(1545年に長野県戸隠村の九頭龍神社からの分社で.檜原村の最も西にある社。 数馬bsから都民の森を経て三頭山 8:17数馬bs一9:30奥多摩周遊道路一10:00「大滝の道」にでる一10:21滝見橋一11:35ムシカリ峠一11:50三頭山西峰. 数馬からの路線バスはその間々.無料で都民の森まで運行されている。12/1〜2/29日の間は冬期運休のためマイカーか. 数馬からの徒歩になる。外の日当たりは上々.路面に薄ら積る除雪された粉雪に斜陽する朝陽が照り付け.明るい暖かみを感じさせていた。 檜原街道を更に遡る。数馬バス停から直ぐ九頭龍神社を右手に見上げ.500mほど進むと南秋川の二俣にでる。 九頭龍神社は天文14年(1546年)に長野県戸隠村から分社・創建されたとある。 過って晩秋の冷雨に打たれ戸隠神社奥社を参拝し戸隠山を目指したが先厳しく諦めている。戸隠高原に登り返し高妻山に登っていた。 随神門奥の杉並木の参道が厳かだったこと。翌日は好天に恵まれ.頂での展望と昼寝. 真新しく開かれた尾根と落葉径をよく覚えている。 ハチザス沢(スズ川)を左手に見送って.右俣の三頭沢右岸沿いの宿街.旧道に入る。 左手の本線に入れば九頭龍橋を渡り.奥多摩周遊道路を綴ることになる。奥多摩周遊道路の起点は小菅川出合に架かる三頭橋. 終点はここ九頭龍橋. 舗装道・延長19.7km.1973年04月に開通。 都民の森への旧登山道 宿街から登山道へ.8:43都道206号線は旧道との分岐で奥多摩周遊道路と名を変え.立派な2車線の道路が綴られていた。旧道に入ると道幅は狭く1車線の道に。 今は民宿.旅館が軒を連ね.日帰り風呂を勧める旧道に入る。玄関前で立ち話をしている女将さんから「気を付けて!」と声を掛けられた。 山陰に入り.路面は乾いているよう見えるも氷が張り.ブラックアイスバーンのようだ。昨夜の新雪に乗らぬと凍り付いた大地は即滑る. 気を遣わさせている。登り詰めると先程の周遊道路とぶつかる地点に「周遊道路の入口」バス停とある。 周遊道路と再び合わさり横断した。昔の料金所からゲードはないが道標があり.都民の森入口の旧道.雪道に入る。 三頭沢沿いの路 一瞬の雪山へ.8:521m幅の作業道だが次第にやや荒れている。三頭沢(三龍沢)右岸の枝沢.六四郎沢を渡り.雪道の細いトレースは浅く雪深くなる。 再び木橋で三頭沢本流を渡ればルートは本流沿いを遡ることになった。 三頭沢右岸道.9:15三頭沢を木橋で左岸に移ると残雪が谷間に被りだし.雪の踏み跡しか臨めぬコースになった。 それもトレースとして続いている踏み跡ではなかった。前回の壺足はその後の冷長雨で崩れ.冷却が進むにつれ固く凍っている。 その上に薄ら新雪が乗り.雪表は見た目以上に下層の雪質を醜く塊りを隠していた。 所謂,私が入るまでは2.3日間はここから入山した者はいなかったのだろう。途中から沢沿いを左右に渡りながら遡っている。 赤テープが程よい間隔にあり.初めて入る私は助けられている。ただ歩む時間は思いのほか費やしていた。 扇山と権現山の北面 一度.奥多摩周遊道路に突き当たった所で.9:30扇山.不老山.高指山.雨降山と重なる権現山. 手前中央が要害山 9時35分,再び奥多摩周遊道路に突き当たる。ガードレールを跨ぎ.除雪された路上に立つ。ここで初めて権現山稜東面の展望が開かれる。 ここからは何時も陰になりがちの山々が以外にも大きく堂々とした風格を持ち望まれている。被る新雪が山を大きくしてもいた。 「けやきの路」 新雪に埋まる左岸の石積み.9:50遊歩道らしき恨跡.当時は空地と思い込んでいた。 9時35分,再び奥多摩周遊道路に突き当たる。ガードレールを跨ぎ左に折れ.道路沿いに500mほど進むと 西側端のヘヤピンカーブにでる。道標と自主看板があり.「深山の路」は閉鎖されていた。 ここから遊歩道「けやきの道」から「大滝の道」にぶち当たる所まで詰めている。距離の割りに積雪多くで荒れている模様。 三頭沢左岸の山腹を回り込む道. 1m幅の遊歩道があると想像できぬ山道になり.道の造形は失われていた。 雪の重みで折れた右岸の竹林.9:54先を見渡し探るより.雪塊りに埋もれ足元が分からない。後で遊歩道だと聞くも連想できず. 石積みもチラット認められただけで.気が付かなかった。丸っきり踏み跡は失われてた竹藪で埋まる斜面にでる。 ここはマーキングで助かっている。そして知らずして詰めると「大滝の道」にでた。 「大滝の路」 都民の森散策路でて.10:07サングラス 「大滝の道」にでたのが10時.遊歩道には道標に幾つもの看板.地図が立てられている。 「モミの木」は十字に「ヤケキの道」の石段があり.そこへ続くようだ。整備された散策路の雪径を歩むのも乙なもの. 雪を掻きわけ.ラッセルして登り着いた遊歩道は別世界のようだった。 透す日が眩く.メガネケースからサングラスを取りだした折.耳に掛けたところでブリッジの根元が外れ.足元に落ち雪に埋り分からなくなった。 踏み付けてはと這うよう探し.見付けるも根元が折れていた。長い間.ケース内で繰り返された振動がネジ元を弱めたようだ。 前々回の師走山行でも同じような状況で普通のメガネを壊している。共に山に登り始めてから初めてのこと。 前回は古いメガネでホッとしていたが.乱雑に扱った訳でもなく.連鎖を不思議に思っていたる寿命とは思いたくないが? 蒼い空と凍る樹氷 「大滝の道」より.10:16三頭ノ大滝 滝見橋より落差33m.10:21秋川水系で一番上流に掛かり.かつ高さも35mと最大の滝でもある。ここまでの「大滝の路」遊歩道にはチップが敷かれている。 凍り付いた枝々の煌めき.10:21大滝休憩小屋で小休止. 大きな館のような小屋で.誰も居ず.閑散としガラんとしていた。小屋自体が冷え込み. .寒いどころかジッとしているの震えが来る。もう少し先.暖かくなれば大勢のハイカーで賑わいを見せるのだろう。 ・・2016年03月.春の三頭ノ大滝 「けやきの路」「深山の路」から御堂指尾根を降り麦山浮橋へ。 「ブナの路」 三頭沢滝上.右俣からムシカリ峠へ.10:58樹氷? 大滝休憩小屋の直ぐ先が三頭沢二俣. 没する東尾根が大沢ノ頭から派生するヒカゲ三頭ノ沢左岸尾根。 右俣に入いるとムシカリ峠に至る「ブナの路」に入る。ここはトレースが確り綴られていた。軽アイゼンを付け.三頭沢の源流を最後まで遡る。 三頭山は奥多摩最大の支流.秋川の源流の沢。 又この三頭沢は1991年の台風12号では土石流が発生し地表が削り取られ.岩石の明るい沢に変わったとのこと。 遠くから見詰めると樹氷のように見える枝々は枝の1本ずつに細い氷の結晶を乗せ.繊細な輝きを見せていた。 又私の肩に触れたとしても凍結し間々折れ.肩から落ちることはなかった。それ程冷え込む寒波に包まれていた。 丁度半ば辺りのベンチのある広い河原では右手から御前窪が入り込み.最後まで本流を詰めてムシカリ峠にでる。 笹尾根ムシカリ峠 峠は大沢山の北側鞍部.11:35新雪が40〜50cm積り.その後夜雨に叩かれクラストした雪面は更に昨夜薄ら粉雪を乗せている。見た目は眩き煌めく純白の世界. その下は凸凹の起伏が隠され硬く凍っている。又大気は更なる寒波に襲われた。笹尾根の尾根筋にもトレースが綴られている。 その為か荒くトレースされても崩れぬ残雪。枝々に乗る氷の結晶と共に硬く凍っている。 三頭山 落葉松林に囲まれた西峰1524.5mの頂に独り立つ.12:00風強い富嶽 三頭山西峰から南面を望む.11:57富嶽の正面裾野が富士吉田市街. 三ッ峠山.御坂山.黒岳と右端手前の鋭い頂は滝子山は半ば雲の中. 西峰の落葉松林 仰ぐ霧氷 不思議に雪の結晶に包まれている.12:02数馬bsからムシクイ峠を経て三頭山.西峰・・トレースを付け紺碧の空 槙寄山南西尾根の1001m点尾根を下降 |