| ・・都民の森Top 三頭山南面の地形図 奥多摩.奥秩父東部概念図,山行表 三頭山町村界尾根北面 2011年02月. 新玉川橋から入小沢ノ峰シンナシ尾根を経て糖指尾根―三頭山牛飼尾根から前原へ・・大寺沢入口bs 2016年03月. 都民の森から蜂指沢ノ頭東尾根と三頭山御堂指尾根―「山のふるさと村」へ縦断し湖畔南岸道から浮橋へ・・峰谷橋bs 2018年09月. ハチザス沢と三頭沢との中間尾根から日陰三頭ノ沢を横断―大沢山東尾根を越え三頭山玉川メリイ沢を下降・・峰谷橋bs 2020年03月. 小河内神社bsから三頭山中尾根を経て都民の森・・各遊歩道を繋ぎ旧登山道から数馬bs 2021年10月. 前原.神楽入沢から神楽入尾根を詰め.三頭山西尾根の北側の山腹道からムロクボ尾根を下降・・旧三頭駅にでる・・深川橋bs 三頭山町村界尾根南面・・三頭沢.蜂指沢 2008年03月. 三頭山笹尾根を下ってから迷う。笹ヶタワ峰北東尾根から大羽根山―更に森沢から檜原街道へ・・森沢橋bsから出畑bs先 2016年02月. 数馬bsから都民の森.ムシカリ峠を経て三頭山笹尾根―槇寄山から西原峠を経て1001m点尾根を下り郷原・・阿寺沢入口bs 2016年09月. 数馬bsからハチザス沢と三頭沢との中間尾根.石原小屋窪右岸尾根を辿り.大沢山大茅尾根・ヨゴク尾根・・飯尾bs 2023年09月. 初戸bsから中群山東尾根.西原古道を綴り.田和.偏盃から槙寄山南尾根―西原峠から鉢指沢錫ケ窪右岸尾根を下る上数馬・・笛吹入口bs 三頭山と西尾根 2021年10月. 宮沢橋から長作沢に入渓し.中間尾根(長作尾根)を詰める―笹尾根1155m点コブから大星沢左岸尾根を下降,原bs 2022年06月. 飯尾bsから大沢ノ頭大茅南尾根・鉢指沢ノ頭東尾根・井戸入中間尾根から伐採地に入り.周遊道・旧道から数馬bs 2024年06月. 鶴峠からハイマゼ尾根.三頭山西尾根に立ち.大沢山東尾根から1210mコブ東尾根と六四郎沢越えの右岸尾根から三頭沢遊歩道・・数馬bs 三頭山笹尾根Top ・・三頭山〜高尾山 三頭山笹尾根縦走U. 頂点の三頭山からの峠路・・ムシカリ峠.クメタチタワ.西原峠(郡内峠).日和田峠.上平峠(数馬峠)から大羽根山北東尾根 都民の森.鞘口峠・「ブナの路」から笹尾根を東進し槇寄山.笹ヶタワ峰と上平峠―大羽根山から森沢林道・・桧原街道.出畑 2008年03月28日.単独 三頭山 三頭山は多摩三山の最高峰として三つのコブを持ち.三頭山の東麓一体は「桧原都民の森」として都民に開かれるブナの原生林が残されていた。 地形的には三頭山を中核にして.幾つもの長大な尾根を四方に延ばしていた。 奥多摩湖から多摩川沿いに派生し.奥多摩町と檜原村を隔てる町界尾根は奥多摩三山を擁し.更に青梅の長洲丘陵を越え没している。 山登りとは何十年も離れていたが昨年3月に東京近郊の山々に目を向け登り始めている。殆ど知らぬ日帰りの奥多摩を. 初めて川苔山に登り.頂から多摩三山を教えて頂いた。翌月には御前山に登り.大岳山には明年の忘年会山行で仲間達と出向いてもいた。 又南側に並行するよう南秋川と鶴川を隔てられる笹尾根は小仏城山で武相国境尾根を分け.尾根末端は高尾山から八王子.町田へ抜けている。 前回は高尾山から三頭山へと登り始め三国峠を目指し歩んでいたが訃報が入り.急遽生藤山から三国山字福尾根を下っている。 月末の29日は外房鵜原沖の大陸棚釣りが波浪高く中止になったため.急遽笹尾根を前回の続きとして綴ることにした。 生藤山から三頭山まで繋ぐには上野原からの交通の便が悪く.遅い入山になると考え,逆縦走を試みている。 やや長いが繋げる積りでいた。それが又新たなトラブルを生むことになった。 高曇. 私一人の珍道中 jr新宿.¥890.中央特快6:44=7:12青梅線立川:23=7:56武蔵五日市.¥910.西東京バス8:22=9:25桧原都民の森. JR 準備には十分気を付けた積もりだが早くもjr新宿駅ホームで慌てることになる。 6時45分発のホリデー号が入線せず。慌てて向かいの中央特快に乗り込む。 今回はjr時刻表の下調べもせず.都民の森ホームページのみを信じて入山した。直通でなく乗り継ぎで五日市にでている。 子供達と来たとき以来23年振りのjr武蔵五日市駅。国鉄からJRに変わり.奥多摩駅以上に全てが新しい駅ビルに建て替えられていた。 武蔵五日市 8時台の「都民の森」行路線バスはなかった。1時間半待ちか? 私と同じホームページを見て怒るハイカーがいた。タクシー運転手と交渉. 都民の森まで50分.¥9600.乗合5人で¥1900になる。聞き込みで2人を確保。私を含めると3人となり.後2人を必要とした。 バス停前の溢れるハイカーに尋ねるも.団体パーティが多い。30分経ち.別のハイカー2人を確保した。これでタクシーに乗れる。 その時.臨時バスが直ぐ出ると知らせが入る。伝言したバスの事務員は先程まで.今日は臨時のバスが出ないと説明していた職員だった。 場よく解決した。立ち乗客を含む満員の路線バスは漸く檜原街道を走る。 私も年を取ったのか怒る気も起きず.万事上手く済めば悪いことはない。その上料金は¥910と安く済んでいる。 数馬バス停前は通年運行. ここから先.都民の森行は12/31〜3/29日間運行し.冬期は運休. 三頭山一大羽根山 桧原都民の森bs一9:40鞘口峠一ブナの路1200m地点一10:15三頭山中央峰11:05一11:15大沢山一12:05西原峠 一12:35数馬峠・上平峠:50一13:00笹ヶタワ峰一13:15大羽根山・・猟師と出会う 鞘口峠から民の森.三頭山へ・・「ブナの道」.10:15入山 「左頭上に雪がある山が三頭山です!」とマイクから流れるバス運転手の声を聞き.「都民の森」に着く。 鞘口峠への檜林の径. 両脇にキツツキの幹を突っ付く音が「トゥ.トゥ・・・」と低く響き.周りの静けさを破っている。 前回の裏高尾のコゲラとは違うようだ。根気強く長く叩き続いている。今のはアカゲラかも知れない。 都民の森より町界尾根に乗る。右手は風張峠への登山道.御前山.大ダルミへと続く。左に折れ尾根に乗ると裸木の枝々が尾根筋を被さるよう覆う。 冬木の枝越えの「ブナの路」からは先月.雪が降ると幼馴染と登った雲取山が長い石尾根を手前に広げ.奥多摩湖の対岸に雪面を煌かせていた。 それでいて奥多摩湖を隔てる霞は強い。全体像が見えぬのが残念だったが.斑な蒼空に移る雪の白さはまだまだ多い。 私の足元にも残り雪を踏むようになった。雪の感触はやはり嬉しい。子供のようはじゃぎ.心は躍っている。 高度を稼ぐにつれ.斑な残り雪は大地を埋め尽くし.見渡す限りの雪面に変わり.「まだ春雪が残っている!」と勇み足になる。 周りに霞が掛かるも頭上は高く.仰げば蒼空が見渡せられ.袖を捲くり上げ一気に雪径の三頭山の頂へ。 三頭山.中央峰 春雪に覆われた長閑な山頂風景.10:59三頭山の西峰には宮内庁御料局が管理する御料林だったため境界としての宮標石が山名標柱の脇に設置されている。 又その直ぐ脇には東京府当時の境界石もある。 三頭山の中央峰について 三頭山の頂に立つ。現在はここが三頭山の中央峰になっている。本来は笹尾根と合わさる西峰1524.5mに当たる。 本来.中央峰は東方の1531mコブを指し.更に三角点が設けられた東峰1527.6mがあると考えがある。 それは三頭山の頂付近に3つの突起があることから「ミトウ」なのだということになったらしい。・・3つの頭と各々の標石 ただ方向によっては幾つにも見えるのでもない。それに昔.檜原.河内,西原の村人がそれぞれに祠をひとつずつ山に担ぎ上げ祀っている。 又御堂峠には過って御堂があったとか? それ故三堂山→御堂山(みどうさん)→三頭山になったのではないかという説もあり。 結局山頂付近は3つのピークから成すとするところから混乱を起こしていた。・・「奥多摩一それの纏る山と渓と」田島勝太郎著.s10年より. 国土地理院の1/25000地形図「猪丸」s8年版によると標高1527.5mの東峰に三角点付近に.測定点1531mと表示されている。 そこから最高点といわれた頂を中央峰とするガイド地図が現れた。「奥多摩.奥武蔵の山々」伊九三四郎著 現在の標示は西峰1524.5m.一番高い中央峰1531m.三角点標石のある東峰1527.5m。これに基ずくのが「奥多摩」宮内敏雄著.S19年. 中央峰より北面石尾根 10:56雲取山には先月と10月に入山.(芋ノ木ドッチ).七ッ石山.(日陰名乗山).鷹ノ巣山.(三ッドッチ天目山).右下は奥多摩湖 南面に広がる富士と大菩薩連稜 昨年暮れに幼馴染と入山した三つ峠山と黒岳.10:58三頭山 奥多摩湖を隔て写真では見え難い起伏の山々がよく望まれた。 今年になり何十年振りかで.初めて入山した奥多摩の山並が連なり望まれている。山を始めてからは中断はあるものの50年振りだろうか? 幾つかは子供達と登っていたが東京近郊の山々は殆ど入山したことがなかった。又日帰りは夜行が多く.殆どが上越方面.谷川岳周辺だった。 その間.三頭山どころかは雲取山も,一度も踏み込む機会を失っていた。先月.中学からの悪友と雲取山に立ち.この山域にも訪れるようなる。 長大な尾根が重なり綴られ.全体像は掴めず.幾つも擁するコブの山名は殆どが分からなかった。道志.御坂.大菩薩と自分の踏んだ山域の山程度。 それも高校生の時代になる。重なり合う山々から想像し.1つずつ刻まれた山並を見詰めているだけでも楽しい。 自分の考える山域と合わせては見詰めていた。 頂では風もなく肌寒さもなかった。弱い柔らかな陽差しを浴び.長閑に昼食を摂るグループが何パーティも集っている。 私は先への時間が気に掛かり.富士山を眺めながらタラコの握飯1個をほう張り笹尾根を目指した。 三頭山笹尾根を下る 三頭山避難小屋へ.11:04三頭山直下の木段状から急下降が始まり.下りきった所がムシカリ峠。踏み固められているが以外に積雪は多い。 木洩れ日の陽光がブナ林の枝々をを透し.笹藪の埋まる雪面を照り付け.煌き輝いている。思わぬ積雪に触れる喜びを味わっている。 三頭山三峰 三頭山の西峰.中央峰.東峰を振り返る.11:23雪径 少し登り返すと今流行のログハウス風の三頭山避難小屋が現れた。新しく立派な小屋.シュラフを持ち自炊したい気を起こさせている。 雲取山と言い.低山の冬山一泊山行に利用できれば素晴らしい山旅になろう。泊るだけでもよい。 入口端にソーラーが備えられていた。入山の人数を数えているのだろうか? 雪山の感触がよく.足元も軽やかに踏みしめ下って行く。雪白さを増す残雪を踏み.緩やかに下り返すと大沢山にでる。 南側の大茅尾根を下れば大茅からは飯尾の集落に直接でられる南尾根。又は大羽根峠を経て飯尾から街道にでられる。 低山だからこその尾根歩きが楽しめそうだな支尾根が幾つも延びている。まず登山道から藪尾根へ藪山へ向かう日が来るかもしれない。 大沢山から笹尾根の縦走路を分け.左前方の踏み跡を辿れば東尾根を下り.末端は三頭大滝に至る都民の森に戻っているようだった。 大沢山からは直ぐハチザス沢ノ頭(金山)の分岐にでた。ここは熊倉山を経て都民の森の境,「深山の路」を綴る道。 ただ道標には「ここより先は都民の森ではありません。」と断りの文字が付け加えられていた。 「石山の路」を経て三頭大滝にでる支尾根になる。ただ「深山の路」の先はガラ場の崩落があり.今は通行禁止になっていた。 分岐を過ぎ.笹尾根の岩混ざりの急坂を下るとブナ林から植林帯に林相を変えた。ここは雪線の境をなしていた。 雪線の如く綺麗になくなった笹尾根の縦走道の境.11:51笹尾根の雪線 雪解けの雪線ははっきりしていた。斑に残る雪も数mの違いでなくなり.枯葉満る落葉径に変わっている。 カサカサのちじむ枯葉で山全体が埋め尽くされていた。三頭山から高尾山へ綴る笹尾根.その頂点から残雪とも離れブナの斜面を綴ってきた。 今の足元は枯葉の絨毯で敷き占められている。尾根筋は浅く窪んだ溝を造る山径が綴られている。 槙寄山手前に卿原へ下る分岐があり.立派な熊笹帯を抜けている.11:53熊笹 都民の森の境を抜けると道巾も狭ばり.擦れ違う人もいず.確りした登山道だけが続き.静かな山並を抜けている。 そして卿原への分岐.槙寄山付近で漸く足元に熊笹を多く見るようなった。ただ見た目良く生い茂る熊笹帯はこの付近だけだった。 槙寄山の肩.西原峠(さいはら)にでると笹薮も途切れ.枯葉多き小径に変わっている。 西原峠は「郡内峠」.「数馬峠」の別名があり.笹尾根のいずれの峠も古くから利用され.奥多摩と甲斐郡内を結ぶ嫁取り.塩の道,生活道だった。 (数馬一峠一郷原). 又鶴川直ぐ下流の西原の集落を隔て.大菩薩牛寝通りから続く松姫峠の南方にも同名の「西原峠」がある。 対岸の向かい合わせの尾根に.同名の峠があるのも珍しい。二つの西原峠 又「数馬峠」と呼ぶとササノタワにも鶴川上平(わだいら)と呼ばれている「数馬峠」.別名「上平峠」の道標が立つ。 普通峠越えの先の名を呼ぶことが多い。檜原側にあった路線バスの道標では数馬峠と呼び.地元の人々は上平峠と呼んでいる。 次回の山行では南沢集落から入り.地元の人に繰り返し尋ねても.「上平峠」のことかと問い返されていた。 旧街道とも繋がりを多く色々重なる峠名は時として異なる峠名として持つ尾根も多い。まして峠路が多くある笹尾根ならば尚更だろう。 1157m(笹ヶダワ峰?)付近で.まだ細い熊笹の面がみられたものの.笹尾根の名に相応した本来の熊笹は見られなかった。 今の時期だけで.春には熊笹に覆われるのだろうか? 笹層が薄いのは確かだった。 それともハイカーの往来が激しく.衰退は避けられないだろうか? 熊笹は強い植物の筈が。 丹沢山でもこの数年.熊笹が衰退し枯立木が目立ってきたと聞く.汚染と温暖化が土壌を崩し.無毛の地へと変え始めてもいる。 振り返る三頭山 熊笹茂る槇寄山の頂からハチザス沢を隔て振り返る.12:05西峰鶴峠への山稜.三頭山本峰.東峰と右下の鞍部は鞘口峠 権現山稜に乗る朧に霞む富嶽 槇寄山の頂より重く霞む相模川水系の鶴川方面を望む.12:05右下は槇寄山南西尾根.又1001m点からは右に分ける支尾根に登山道が綴られて郷原へ下りている。 西原峠 手前が坪山の尾根と重なる間の大寺山尾名手尾根. 大寺山の奥.富嶽に重なり見えるのが麻生山と三ッ森三峰 雨降山から権現山.麻生山と西方へ延びる境界尾根.その先奥にもう1つのおぼろに見える佐野「西原峠」がある。その更に先が鶴峠 槇寄山を越え.笹尾根「西原峠」から鶴川へ尾根伝うに下ると郷原.西原小中学校にでて.対岸の坪山へ登り返せば佐野の「西原峠」にでる。 葛野川左岸尾根になり.尾根伝いに登れば松姫峠から牛ノ寝通りに通じ.更に峠越えをすれば大月市管内の七久保.中風呂に至る。 遠方に霞む道志・丹沢の山々 右端方をアップ.坪山東尾根と手前が鶴川の里.12:06薄日が差すも早くも高雲となり.霞は更に酷くなった。陽炎のよう望む岳.富嶽も如何にか見定められる程度に霞んでいる。 手前に構えるのは阿寺沢左岸尾根で坪山から阿寺沢出合に落ちる尾根の896m点峰と995m点峰を越え.山並は更に霞む。 間の谷間を隔てのが大寺山尾名手尾根上部。その又遠く霞に呑み込まれたのが道志山稜の天空の中になる。 遠望は権現山稜の麻生山.北峰.三ッ森。展望が利くと地図を出し.丁寧に1つづつ山名なり尾根を確認してゆく。 時間は掛かるが暫くは見て覚えるしかないだろう。分らなければハイカーを見付け聞きもしていた。 東肩の西原峠は鶴川卿原と南秋川数馬を結ぶ峠路. 峠路の道標脇に数馬発バス時刻表が掲げられていた。 笹ヶタワ峰 笹ヶタワ峰1157mを見上げる.12:08笹畑の面にでても乏しいが,伸び伸びとした丘陵のような明るく大らかな尾根に変わっている。そこに山道が綴れていた。 3月も下旬になるもまだ緑茂る若葉を見るには早い。後1.2週間が勝負だろう。そうなれば緑溢れる大地が一挙に降雨と共に変わりだす。 樹間より遠くなった三頭山.12:05町界尾根から重なる山並・・三頭山北側の奥多摩の背稜 ![]() 砥山(戸沢ノ峰).風張峠(白岩峠)倉掛尾根と昨年4月に鋸尾根から登った御前山. 更に大岳山.御岳山.右手端は馬頭刈山。12:18 風張峠手前で浅間尾根上部を分け.風張峠からは倉掛尾根伝いに風張林道が綴られ.白岩沢へ下ると藤倉から都道に入っている。 手前の分れた林道は「檜原都民の森」からの奥多摩周遊道路と結ばれている。 痩せた笹径がその場の変化を現している.12:20麻生山三峰と大寺山尾名手尾根 南側.田和と数馬.南集落を結ぶ田和峠.12:26左上が権現山陵で麻生三峰と大寺山尾名手尾根に隠れた三ッ森三峰 道標の腕木「田和バス停」の横が坪平東尾根。見えぬ端が佐野の西原峠になる。 鶴川側沿いには地形図に記されてい破線が多いように思われるが記されぬ峠路も多い。はっきりした道標類があるものの峠名の示されぬものも多い。 田和峠は西原峠と数馬峠の間に位置し.1178m点と南沢林道から登ってきた1157m点との鞍部にある峠路。 「タワ」そのものが鞍部を意味してをり.あえて峠と付けているのは「タワ」が鶴川沿いにある「田和」の地名を意味しているためだろうか? 田和峠から数馬に下る山道は地形図「猪丸」では破線路として記されているものの.尾根道から見た目では道形を確認にできなかった。 翌月に数馬.南沢林道から入山したが取付きは工事中。先は閉ざされ.地元の人に尋ねるも答えはなく.南沢対岸の948m点尾根を詰めている。 又南南西に延びる尾根沿いを田和に下ると麓の天上山868m点で2つの枝尾根に分けている。 左手.東方は和田尾根の登山道を下り田和の集落へ。右尾根に繋がる踏み跡は篇盃(へはい)の集落に下りている。 又田和峠の左後方から南秋川に下る山道は西原峠からの登山道と合わさり大平に下っていた。・・麓は共に下流を含めた西原古道. これから山と云っても旧道を1つずつ綴り登る山が大袈裟に云えば登山形式のになるのだろう。 高雲,薄日の木洩れ日の径.12:35左麓に南集落があり.笹尾根からは南沢中間尾根が落ちている 鞍部が笛吹峠(うずしき).大日峠.12:37中央奥が霞む土俵山.右手前が丸山 笹ケタワ峰・・南集落からの上平峠 数馬峠(上平峠・笹ケ峠)を見下ろす.12:38広い1121m峰から北東へ.縦走路と外れ大羽根山へ迷い込む。 2つの笹ケタワ峰?・・笹ケタワ峰1157mコブと帯にする地名が笹ケ峠。と別の笹ケ峠1121mコブとが分らず。 上平峠から御前山南面の湯久保尾根 上平峠より.12:51上平峠(ワダイラ)は南集落の呼び方で別名「数馬峠」と呼ばれ.鶴川上平と南秋川南集落を結び.上野原丹波山線の仲ノ平バス停にでている。 峠の南斜面(山梨県側)の杉.檜の伐採地からは遠く.丹沢連峰から富士山に至るまで展望が眺められている。 登山道に茂り始めた笹群 大羽根山への分岐.笹ケタワ峰1120m圏コブ? 12:57径を被う侘しい笹畑と枝木が足元を埋め.遠目で判る踏み跡が判りずらくなった。 大羽根山北東尾根一笛吹(うずしき) 13:15迷い大羽根山北東尾根へ一13:30南東枝尾根一13:45カラ沢一13:50森沢工事現場一14:15林道入口:25一14:35桧原街道.笛吹:45.
笹ケタワ峰 余りにも簡易な判断だった。道標を見落としたか? 笹尾根を外れ大羽根山に立つも.地図をも見ず笹尾根の一部と思い込んでしまっていた。 その上道しるべの赤布もと違い.先は営林署が立木に塗った白ペンキに行く手を委ねる。 1121mの笹ケタワ峰の先が大羽根山の分岐で.大羽根山に入った直後に「笹尾根」と板切れに書かれた道標を見ている。 この道標が間違いの元だった。登山口から登ってきた人の為の道標だろう。考えもせず.そこに入ってしまっている。 又ここには大羽根山を経て.浅間尾根登山口へ下る古い山道があり.北側の尾根に綴られていた。 最初は踏み跡が曖昧だが.赤テープを確認しながら下ると明瞭な径となり.浅間尾根登山口のバス停にでられる。 2007年版「山と高原地図」には黒破線で付けられ.又笹ケタワ峰が1150mと誤記されていた。笹ケ峠ノ峰は(1121m)が正しいらしいが? 山名は分からずにいる。大羽根山の「バネ」とは粘土質の土のことで.この付近では窯土として昔多く採取されていた。 笹ケタワ峰北東尾根 谷側が雑木の林相の境.13:11笹尾根1121m点コブの直ぐ東側の1120m圏コブから北東に延びる支尾根は大羽根山992mへの尾根筋で.ドン詰まりが頂になる。 後の調べでここからの素晴らしい展望は北側に御前山から大岳山。真中の小さな尖りが鋸山. 西奥には下ってきた三頭山の眺望が眺められるらしいが霞みおぼろ。 大羽根山 頂から大樽沢流域・・猟師と大楢沢.三頭山と月夜見山.13:17正面に下る尾根は上平峠に至る南集落.「蛇の湯」からの尾根。ただし南沢の吊橋は没し.末端南秋川から詰めている。 南側の枝尾根は仲ノ平に下り.又対岸は浅間尾根の登山口になる。 迷いと猟師 笹ヶタワ峰を過ぎると山道は益々狭くなる。ただ確りした平坦な山道で距離を稼いでいた。 程好いペースで歩んでいると猟犬の甲高く吠え声を聞き.何故ここ笹尾根に? いるのかが判らなかった。 尾根筋の登山道脇に突然.吠える猟犬と鉄砲を持つ2人連れが飛び出した。中年としてはやや若い.赤い派手な服装の猟師だった。 1人は鉄砲を脇に抱え.もう1人は私の見ている手前の立木に鉄砲を寄り掛ける。語る間は抑えている為か唸る猟犬は大人しくなる。 ただ脇に置いた鉄砲は弾は入っていないと思うが.私の方が近く.傍に置いてあるだけでも怖かった。 谷間で鹿を追い1頭仕留めたと。大楢沢の谷間である。それを聞き.反対側の森沢へ下ることにした。 羽根山は東方と北方に支尾根を延ばしている。東尾根.即ち笹ケタワノ峰北東尾根を下る。末端まで辿れば630m圏コブから檜原街道にでる。 大羽根山東尾根 羽根山東尾根の歩き易い藪絡み.13:18大失態 この先.大羽根山に立つ。私はまだ笹尾根から外れているとは知らずにいた。大羽根山は笹尾根上にあると勘違いし.猟師の行動から又変更していた。 億劫がらず地図を見れば何ともないことだった。何処でも下りられると云う安易な気持が自信過剰をもたらしたのだろう。 大羽根山より右寄りの尾根は急に径幅が細くなり.尾根筋は枝木が被り.よく見ぬと間違い易い踏み跡に変わっている。 緩やかに延びる東尾根は直ぐ960m圏で北東と東.南東に分かれ.営林署の印がある南東尾根を見ながら802mコブの手前にでる。 太い立木には白ペンキの帯が幹に目立つ印として塗られ.程よい間隔で点々と立木に付けられていた。 尾根上には太い立木は根元から高さ1m程.幅30cm程の輪で植林の印が10本近い数が一直線に印されている。 少し下ると緩やかな幅広い尾根伝いは急に傾斜を増さし.尾根伝いだが頂稜から外れているのが分かる。 可笑しいと気にはしていたが気が付いた時は既に藪山の中にいた。 コースを間違える。腰を降ろし地図と磁石を出し.四方を望むがもう藪絡む中にいた。 私の思いと磁石の針はまるっきり異なり.45度右回りに狂っている。右岸寄りの対岸は森沢右俣の左岸尾根だろうか? 見上げるほど高くなっていた。今まで歩んで来た藪はひたすら谷間へ落ちている。 笹ケ峠の北東尾根に乗り大羽根山から西尾根に移り大羽根沢の源頭を回り込む。 そしてナタ沢の右岸尾根から急下降し802m点コブの鞍部手前の平坦地.枯葉に腰を降し.進むべき先を探していた。 東尾根を末端までそのまま綴れば森沢の出合にでられる。ここから南東の枝尾根を選び.小沢にでて.下れば森沢林道に出られるだろう。 森沢の枝沢から森沢林道にでる.13:503人の私 正規の笹尾根まで再び登り返すには1時間半ほど掛かる。もう1人の私が現われ.笹尾根を綴らず下山するよう促しだした。 「今からでは三国峠まで前回の高尾からの径と結ぶのは無理かも? 遅い下山になってしまうだろう。 又来ればよい.降りろ!。手頃な藪山ではないか。」 すると「前回のコースに繋げられなくとも先へ進むべきだ。駄目ならそこで諦め浅間峠から下山すればよい。それが正統派の考えだ。」 一方.「下る方が楽である。暫く藪漕ぎもしていない。径なき径に好奇心を湧き立てろ!」。 又別の私が現われた。「焦らずザックを降ろし休め!」と第三者的に語りだす。 ここは視界を閉ざし.枯葉に埋まり煙草も吸えぬ藪の中だった。ザックを置くと枯葉が飛び散り.座ると体全てが枯葉藪の中に埋もられた。 藪漕ぎ もう1人の私が勝った。「又来なければならないなら下山しよう!」。切っ掛けがなければ滅多に歩けぬ藪山だ。 迷いの諦めより屁理屈が勝っている。何故か不思議なことに藪尾根に高揚し下山を決意した。猟をしている大樽沢とは反対側.森沢を降りる。 手袋を出し.袖を下げ飛び枝に足を引っ掛けぬよう靴紐を強く結び直す。大羽根山東尾根から南東の枝尾根へ.そして藪絡みの中に突進した。 急な傾斜を避け本尾根を進み.ガラ場とみて一気に小沢に下降する。手で支えながら枝木を掴むようなる。そして小さなカラ沢の底にでる。 程好い沢底歩きに瀬々らぎの音色を聞きだすと細い枝沢は岩と曲根・枝木に塞がれ.倒木が多く絡む沢底伝いの下りは困難になる。 運よく対岸.右岸に昔の踏み跡を見いだした。背を丸めての踏み跡・獣道に入り込む。枝が弓になり跳ねて体を叩く。 ただバラ科の枝が少ないだけ助かっている。目の前に獣用の仕掛けを見てびっくり。踏み跡脇ではあるが藪の真ん中で出くわすのは初めて。 綴るうち谷底脇にバラック小屋を見付けるが途中で又踏み跡は消えていた。もう何十年も使われず廃屋のようだ。 少し下流側で森沢本流の流心が聞こえだし..二俣下の660m付近で森沢林道にでる。 森沢林道 森沢左岸道.14:08森沢 藪絡みの壁で先が全く見えなくなり.藪を漕ぐこと200m.下流側に護岸改修工事現場? を見いだした。 少し上流側にトラバースし対岸に伐採地が広がる作業現場にでている。上流側は左から支沢を渡ると土道に変わっていた。 ピストン森沢林道.延長1.291m. 土道から右岸の踏み跡を210m進むと再び左から支沢が合わさり.森沢700m圏出合になる。起点から25分. 後日調べてみると森沢700m圏出合の両岸から突き上げて.笹尾根の甲武国境稜線にでる2つのルートがあった。 出合左岸尾根へは以外に明瞭な径が続き.820mで怪しくなり.斜上の高みで笹尾根1060m点の50m北東寄りにでる。 出合右岸尾根は露岩の尾根から続き.「緑の資源」の看板付近980mで登山道にでる。右に300mで笛吹峠(うずしき).共に1時間. 後の話として 2019年12月14日のブログ「奥多摩尾根歩き」氏の「土俵岳南尾根,笹ケタワノ峰北東尾根」の紀行文を拝読させて頂いた。 現在の802m点コブに至る尾根筋の変化がよく判る。東尾根の960m圏で尾根が分かれると「間伐帯の方から尾根にやってきた。」. 「尾根は間伐帯と未間伐帯の間が境界となり」.「離れると小ピークを下る」とある。又白ペンキ以外に赤テープが巻かれていたらしい。 森沢林道の右岸沿いにあった伐採地から大羽根山東尾根の尾根筋まで伐採は進んでいるようだった。 又このことは知らずして同年12月に偶然.森沢700m出合右岸尾根を訪れている。その折右岸の広い範囲でも丸坊主された斜面も見ている。 ある筈の生い茂る樹林が全く失われ.驚きの目を向けていた。林道の起点では今.チップ工場が建設中で更なる伐採が行われるのだろう。 ・・北秋川沿いの森沢・南沢と2つの不遇な林道から西原古道を繋ぐ.2019.12.20 森沢林道 右岸に渡ると森沢自治林道のゲートにでる.14:21作業現場は休日の為か人影もなく.森沢林道が森沢沿いに下っている。舗装から土道にに変わる辺りに降りたようだ。 そこから右岸の踏み跡を200強mほど進むと二俣にでる。森沢林道の起点までの距離はそれ程なかった。 出合近くで左手の高台に大きな老人福祉施設「桧原苑」を見ている。バス停を尋ね.そして桧原街道に下りる。 今回もそうだが下調べと云うより.現場の対処が余りにも悪い。地図を確り読めねばいが返す言葉もなかった。 間違っても元々と云う安易な気があり.迷えばそこからが本番だと云う考えが.頭の隅に常に潜んでいるよう思える。 コースに執着を持たず.脱線しても楽しめるのが悪い癖。登りたい尾根を見付けると如何に登るか考えるのが楽しく.間違い苦心して下るのも楽しい。 下山して山を振り返ると最後が一番よかったと思うのも不思議だった。続けられぬ残念より.藪道のよさに肩寄ってしまっているようだ。 ここから檜原街道を下る その後.どんどん変貌する森沢の出合付近.南秋川森沢橋から森沢林道に入り.笹尾根を湖へ西原古道に回り込み.右手の檜原街道に戻っている・・2019.12.20/8:10 森沢の700m圏出合右岸尾根から丸山南尾根を下り西原古道にでる折 森沢の右岸林道の起点.出合付近の直ぐ奥側ではやや大掛かりで開発が進み.上流側に改めて「起点0.0km」とマーク点が付けられた。 桧原街道 14:35桧原街道.笛吹:45一事貫一上川乗一下川乗一15:20ドライブイン山小屋¥750. :35 =16:16jr武蔵五日市.「快速ホリデー号」:47=17:50新宿. 檜原街道にでて森沢出合の直ぐ左脇に小人の国のような小さなバス停小屋がある。 陽当りのよい停留所小屋には既に若いカップルが陣取っていた。入るには気まずいような小さ過ぎる可愛らしい待合室だった。 次ぎの路線バスは15時25分.1時間の開きがある。時刻表を覗き込み.彼等の優しいまざなしに出会う。 彼等と伴に檜原街道を少し歩くことにした。言葉少なく「私達も!」と呟くような声を聞く。少し間隔を空け歩んだ。 街道は南秋川の左岸沿いを蛇行してゆっくり下って行く。森沢出合から街道を10分程歩くと笛吹バス停にでた。 ここは笹尾根笛吹峠や小棡(こゆすり)峠への登山口。里道は漸くここまで憶える。 南秋川右岸支流コカンパ沢流域の山々 街道の笛吹(うずしき)入口bs手前より笹尾根の土俵山.14:56写真の笹尾根右端が土俵山1005.2m. 左に長く土俵山北尾根が延び.870m点コブ・742m点コブと続き人里に落ちている。・・2020.01.06 右尾根が入沢山(小棡峠)北尾根の691m点コブで末端は笛吹に落ち.手前の右手から左に落ちる尾根が丸山北尾根で.森沢右岸尾根になる。 尾根の裏側に笛吹の集落がある。 檜原街道の右側沿いには常に今日歩むべきだった笹尾根が随分高くなり.街道に並行するよう連なり延びている。 尾根縦走の避難路として考えていた浅間峠を下ると上川乗の集落に入り.バス停を見付け酒屋もあるが.店は閉まり自動販売機もなかった。 約30分は伴に歩いている。人里休暇村を過ぎると後5分で数馬からのバスが来る。街道沿いを探すも近くにバス停は見当たらなかった。 地名「川乗」の由来 臼杵山と市道山ヨメトリ坂 街道,事貫より前方を仰ぐ.15:01笛吹の先の事貫(ことずら)は歩んだ街道中.街道の両側を挟み一番大きな集落。笹尾根日原(ひはら)峠への登山口がある。 人里(へんぼり)と難読地名が多い。集落は谷側の台地に密集し軒を並べているが見下ろされて.酒屋は分からなかった。 街道から南側の谷間に一段下りた家並みが連なる.14:58ほぼ同間隔で歩む彼等と私。街道の遥か前方には吊尾根から続く市道山に嫁取坂が望められた。 戸倉を境とする山並が空を塞ぎ高く聳えている。 T字路角にある人里バス停・・2019.12.20/15:22下和田と共に浅間尾根.人里峠への登山口がある 土俵岳の南尾根・北尾根(コカンバ沢右岸尾根と)から笹尾根を横切り.渡来人の地に破線路を追い.最後は渡渉して人里バス停にでている。 待ち時間を利用して.上流側から人里バス停に着き.改めて二又下流側にある河原沿いに行けなかった農道橋を確認しに出向いている 霞む大羽根山 桧原街道下和田付近より事貫振り返る.15:06正面手前が土俵山北尾根で末端は南秋川.檜原街道へ急勾配で落ちている。上部には巨大な伐採地が広がっている。 私は檜原街道を酒屋を見付けるまで歩く積りでいる。笛吹集落脇の酒屋は直ぐ見付けたが.早いと我慢している。 山を下りてから山とは違い地図を広げることが多くなる。和田で振り返ると大きくなった大羽根山が谷間を埋め尽くす全景が望められた。 山容は霞みよく分かりずらいが右コブが浅間尾根.一本松からの南尾根。手前が人里峠からの尾根になるのだろう。 霞掛かる醍醐丸吊り尾根と市道山の肩を結んでいる 上川乗.甲武トンネル手前のS筋で.15:22連行峰万六尾根は万六ノ頭からの尾根がで末端は2つに分けている。その直ぐ下で再び派生する2つの尾根と万六ノ頭北東尾根。 奥側の北東尾根は小坂志林道に架かる南秋川の笹平に没している。2012.08 南側に分ける尾根の680m圏からの北枝尾根を下れば柏木野バス停へ。南枝尾根は矢沢付近に没し.出畑バス停辺りになる。 前方に吊尾根に並ぶ秋川の右岸の北尾根群がが望められるようなると路線バスが都民の森から戻ってくる時間帯になっていた。 バス停なく 南秋川が大きくうねる甲武トンネルと繋がる上川乗の手前のS筋状にあるドライブイン「山小屋」前の駐車場で.彼等とバスを待つことにした。 真向かいには南秋を隔てた笹尾根浅間峠が望められる。今日の最終目標地点だった三国峠はその先の峠になる。 彼女も大きなバックを肩に掛け黙々と歩んできた。 「停めるから大丈夫!」と語り少し安心したようだ。歩いた距離を計算すると後4.5分で路線バスが来る。 歩いて来たカーフ先゙から路線バスの車体が現れ.バスは路肩に停った。車掌が「今日は休日!」と繰り返し扉を開けている。 最初は意味が判らなかったが.この時期は平日以外はバスを途中で停めない規則になっていたらしい。 「済みません!」の言葉で3人が乗り込む。車内は空いていた。バス停毎に1人は乗るも多寡が知れている。 小銭がなくバス賃を工夫してくれた彼と彼女。彼とは駅トイレで一緒になり.武蔵五日市駅ホームの端の喫煙所でも又一緒になった。 レール止めの構内脇の桜の木はは満開で枝々に溢れるほどの桜をを見ている。昨日は東京上野の山でも遅いが桜の花が開花した。 先に電車に乗車した彼等の最後の言葉. 「どちらへ!」と彼女の質問に「上野!」と答えると「まぁ〜!」と可愛いい笑い顔が返ってきた。 下山して今に至るまで三頭山笹尾根は繋がれぬ間々.中途半端なコースが残された。もう諦めようかとも考えでいた。 ただ帰宅してから一番よい山並みをを残し少し寂しい気を起こさせていた。今度は何時か挑むか? それなら早い時期に完結させねば。 ・・地形図「猪丸」・山と高原08「高尾.陣馬」 桧原の峠道 檜原街道地形図 三頭山笹尾根縦走V |