| ・・蕎麦粒山鳥屋戸尾根Top 鳥屋戸尾根を下ると東側に派生する支尾根で.松岩ノ頭松岩尾根を綴る。 棒杭ノ頭から蕎麦粒山南山腹道に入り.鳥屋戸尾根を南下.松岩ノ岩松岩尾根から山伏沢を下降.仮川苔山登山口から川乗谷沿いの小道から細倉橋へ。 倉沢林道終点とシオジ窪・・直接.棒杭ノ頭へ突き上げる尾根から目指す 右俣長尾谷から棒杭ノ頭浅間前窪右岸尾根 蕎麦粒山に立ち鳥屋戸尾根.松岩尾根を下り.山伏沢から川苔山仮登山口から下山・・猛烈な小ブヨと細倉橋 長沢脊稜 仙元峠へ.12:03鳥屋戸尾根.松岩ノ頭松岩尾根 11:34棒杭ノ頭一12:31蕎麦粒山南側山腹道分岐一13:13松岩ノ頭一14:19第一小屋一14:50川乗谷林道.山伏沢出合 一14:59迂回.川苔山登山口一15:28細倉橋一16:00川乗橋bs16:29. 鳥屋戸尾根には笙ノ岩山・塩地ノ頭・松岩ノ頭のピークが並び.それぞれから支尾根を派生させている。 松岩ノ頭からほぼ東方に延びるのが今回下る松岩尾根。塩地ノ頭の手前の小ピークの登りで右に登山道を分け.左の細道に入る。 1220m圏のコブを過ぎると道形は明瞭になった。ポイントは標高1150m圏で.その間々尾根を下らず.右後方の作業道に入ること。 12:13左又窪左岸尾根・・棒杭ノ頭南尾根 棒杭ノ頭南尾根上部・・山腹道に入り.12:21左又窪左岸尾根本体は単純な一本筋で.一度植林帯に入ってから脊稜まで自然林に覆われていた。 痩せ尾根はほんの一部分.尾根の取付きまでは変化に富み愉しめる行程だが.尾根に乗ってからは一度登れば気の済む尾根になる。 ススタケは殆ど見定められず.下降路として選べるが変化に乏しく少々がっかりさせられた。 倉沢谷右俣の長尾谷流域 棒杭ノ頭南尾根下部.12:22長尾谷対岸は鳥屋戸尾根笙ノ岩山1254.8m 正面の谷間が浅間前窪で右の尾根が出合から登り詰めた棒杭ノ頭南尾根。 左側から落ちる尾根は浅間前窪右岸尾根になる。上部脊稜の取付きは下の写真.仙元峠の気持ち東寄りの山腹道にでいる。 浅間前ノ窪中間尾根を見下ろす 脊稜の浅間前より支尾根を見下ろす.12:24背は仙元峠で縦走路は南側の山腹を回り込んでいる。立木に赤と黄色いテープが目に付いた。 蕎麦粒山の南山腹道に入る 山腹道の分岐に立つ林班界標柱「奥多摩11/10」.12:31この林班界標柱「奥多摩11/10」はシオジ窪出合・長尾谷右岸歩道の終点と繋がる同じ区分標. 仙元峠の東脇分岐点.鼓ケタワ 脊稜の鼓ケタワから頂稜を綴る登山道を左に分け.右に蕎麦粒山南側の山腹道に入る。 昨年歩んだ脊稜を更に西側に進んだ所にある三ッドッケの南山腹道とは地質的にも異なり.厳しいガラ場を刻む狭い山腹道になっている。 確りした山腹道だが足場は小石混ざりで硬く.足元から落ちる急斜面に危険はないが気を使うトラバースになっていた。 蕎麦粒山鳥屋戸尾根 右俣長尾谷源流より.12:38松岩ノ頭.塩地ノ頭.笙ノ岩山 南山腹道.鳥屋戸尾根との分岐 「奥多摩区分10/7」林班界標が立つ.12:53地形図「武蔵日原」の幅員ではこの蕎麦粒山鳥屋戸尾根との乗っ越しの十字路地点は1370m圏に記されているが実際は1410m圏になる。 以前頂から或いは登りで年越しに2度.分岐にでている。その折は四方.背丈を越すススタケに覆われ.今とは全く異なり視界は閉ざされていた。 鳥屋戸尾根を南下 長尾山1339m手前で.13:03主に川乗谷側の尾根筋を巻いている 松岩ノ頭1260m 縦走路は右下を横切っている.13:132010年01月.登り尾尾根.鳥屋戸尾根から仙元尾根へ都境した折も頂には寄っている。 その時は小枝に枯ススタケが絡み.膝近くまでは藪密で.スズタケも高く.幹5cmほどの立木は体に触れればボリボリ折れていた。 そして頂を離れれば踏み跡も疎らな土壌はクッション深く歩き難し。尾根筋は通うハイカーは右脇の縦走路を通っていた。 瘤高山,大仁田山(高指山)と平岩尾根 先月訪れた「指」の山域.13:22左下の窪地は鋸尾根の下部に大ダワがある 左奥に霞み延びる松岩尾根 縦走路に戻り.川乗谷側の斜面.13:32シオジ窪右岸尾根を見下ろす 長尾谷側の尾根.13:32尾根末端の取付きは長尾谷右岸山腹道の起点で.下りは松岩ノ頭南肩。 松岩尾根取付き 松岩ノ頭北側肩.13:46松岩ノ頭1268mから仄かに南に下った八丁山1260m圏の登りに掛かる所で.左に延びる松岩尾根の北面沿いに細い径を見付け,下ることにした。 確りした踏み跡がストックが立つ脇から綴られている。私が立つ脇の立木には赤.黄色のテープ.マーキングがあり.鳥屋戸尾根とここで分かれた。 薄暗い樹林帯から松岩尾根に乗ると低い灌木林に変わり.越えれば再び明かすさが戻されていた。 松岩尾根を下る 振り返る煩い灌木帯.それでも足場は確りしていた.13:51川乗谷を隔てた向かいが本仁田山 アセビのジャングルを東進.13:54 幹の白ペンキが目立つようなる.13:57ほぼ北東から東北東へ一直線に緩く登り.アケビの生い茂る煩い尾根筋を進み,東南東に向きを若干変えて. 1260m圏の大らかなコブを越える。そして尾根筋の灌木林を避け.綴ると急な斜面を下るようなった。 冬木でも見定めぬ痩せ気味の所もあり.立木の白ペンキが目印になっている。見下ろせば点々と立木に塗られ綴られていた。 ほど短い痩せ尾根の急下降もある.14:061150m地点 Uターンする古い作業道を振り返る.14:10尾根の1150m地点. 左正面の檜の幹に白いペンキが塗られ.右手の足元をよく見ると露岩混ざりに踏み跡が薄く横切っている。 ここがポイントになる。右後方へのあるようでない踏み跡は10数mも進めば植林帯に入り.はっきりした山腹を巻く作業作業道を見るようなる。 作業道は細かな枝の張り出しもなく.すっきりした斜面を右回りに斜下している。 第一の作業小屋への作業道で.その下に続くのが松岩への尾根筋。尾根が2つに分かれ左を選べばぽっこりした松岩にでる。1107m. 展望が開け.正面に川苔山ウスバ尾根が大きく望まれる。私はこの展望を知ることができず.直接作業小屋へ降りている。 山伏沢左岸の台地にある第一の作業小屋1110m.14:19その先の河原状に広がる明るい斜面に現れたのが第一の小屋。植林の切れ目に当り.屋根.壁のトタンは崩壊し. 谷底に飛ばされていた。ここまでは順調な滑り出し.1本取り先を考える。 第一の小屋前の左岸のザラ場その間々西へ斜上すると山伏谷の源頭へ。松浦著の「バリエイションハイキング」では「ここは小屋に約10m手前で左後方に折れて下ること。 作業道は杉.檜林の樹林帯に入りジグザクに切り.山伏谷の脇にある第2の小屋に着く。」とある。 このルートを辿った記録によると急斜面は見えず.ザレた部分は大分厳しいと続けて何人かが訴えていた。正確な第2の小屋の位置は 分からなかったが沢底に下りれば分かるだろうと考え.逆に見える上流側にルートを取ることにした。ザラ場正面右手の植林帯に入り.斜下して. ほぼ一直線に下りる。手で支える程の急斜面もなく河原に下り立つと200m程下に第二の小屋があった。 山伏沢下流 第二の作業小屋1000m.14:37この第二の作業小屋も崩壊は甚だしく見るも無残な姿に変わっていた。倒木に潰されたのか? 倒木に支えられているのか? 分からぬような状態で近年林業関係者業者の入山はないようだ。松伏谷沿いは見渡す限り伏流し.沢底は乾き切っている。 ルートとしての難点は0。ただ径がないだけだった。それより小ブヨの猛烈な襲来を受けている。ブヨ柱があるのか.水気のない場所だが 祓い除けても切れぬ群.飛び散って集まっては襲ってくる。振り払う傍から襲ってきた。それは第1小屋でも同じこと。 第3小屋でも襲われそうで遠目に見詰め捲いていた。故.第3は降雨は防げるが.その場にならぬと賛否は分からない。 骨格を残すも小ブヨの湧く第三の作業小屋900m.14:46川乗林道 林道前の第四の作業小屋.14:50山伏谷の左岸を下り.歩きずらい河原底のガラ場を下って沢沿いに入り.次第に径らしくなると右岸沿いに第3の作業小屋が現れた。 川乗林道の松伏谷出合へは右岸に移り.「オリンピック記念事業山伏谷都行造成地」の看板にコンクリートの建物を見ると正面に林道が見下ろせた。 林道脇にも見た目は如何にか建つ作業小屋がある。 小屋のの手前で湧水を見付け.最後の一滴を飲みほし.500ccポリに補給する。チョロチョロ流れ落ちる湧水. 沢底の段2cmの高さから湧いている。沢底は硬く指先では掘れ切れず。乱暴にすれば汚れるのみ。 ポリを横にして半分ほど潜るよう掘り.ポリの口と揃えれば間々溜ると計算した。下山してからの勲章としては少し侘しい.無味の水。 臨時の川苔山登山口 カーブに2つのバックミラーが立つ仮の登山道口.14:59仮川苔山登山口 林道にでてからは川乗林道を直接下るのを見合わせ.臨時の川苔山登山道から川乗谷歩道を細倉橋まで下り.林道に入る。 山伏沢を出てた林道から左に登り,最初に林道が右に大きく回り込み.谷側に突き出すカーブ地点が仮登山口。歩いて3分ほどの距離に造られていた。 細倉橋から沢沿いの歩道は崩壊が暫く続き.改修されるまで川乗林道を迂回させている。この小尾根から直接谷底に降りるのが仮の川苔山登山口。 登山道の桟橋等が崩落したため平成27年10月02日まで.舗装の川乗林道を迂回路とする処置が取られていた。 川乗谷730m付近(川苔山南西尾根1102m点から北西に落ちる谷間出合付近で.「百壽ノ滝」の手前の尾根道から本登山道に合わさっている。 詳細は忘れたが数年前一度崩壊し.再び起きた記憶があるが定かではない。今は改修され.使うハイカーもいず放置されている。 上流側から下りてきた場合は飽きる林道歩きには丁度良い迂回コースにもなっている。 下流側.崩壊した川乗谷に架かる木橋 本登山道と合流.15:08林道口から東側の尾根末端まで緩やかに下ると沢沿いの本登山道とぶつかり呆気なく合流した。 右へ南側に折れれば川苔山ウスバ尾根1102m点から北西に落ちる沢沿いに架かる木橋にでる。 新たに架け替えられたらしいがもう大分年季が入っていた。 後は立派な登山道を何度も渡り返し下ると26分ほどで細倉橋にでた。又反対の北側に回り込めば直ぐ.百壽ノ滝に至る。 改装された細倉登山口.15:289年前に,川乗橋からこの登山道を歩んでいる。再び山登りを始めた最初の山行が川苔山だった。中学から登り始めた割に 東京近郊の山を訪れたのは稀で.日帰りは上越国境が多く.ダブル夜行をよくしていた。近郊の山々に登り始めて10年目. その間にはこの登山道も更に綺麗に歩き易く整備され驚かされている。当時は道標だけで何もなかったと思う。 三木戸山 川乗谷林道.細倉橋からの下りで.15:37日原川右岸に没する見通尾根.日陰指尾根.山の神尾根 手前が平岩尾根に乗る末端の840m圏コブ 川乗谷出合近くになると右岸の河原沿いに大事業が行われるような馬鹿広い広場が造られていた。 谷沿いを下るにつれ.右岸沿いの縁には柵が設けられ.散策路に変わり.その又下流には水道用ダムが造られている。 土曜日に係らず工事用の車が6.7台通っていた。聞くところによると大きな施設を造る計画はないと云うが? 途中にあった林道脇の石仏.15:3816:00川乗橋bs(¥258IC):23=16:40jr奥多摩.ホリデー快速奥多摩6号16:51=18:31お茶ノ水. 川乗橋バス停 16時23分.川乗橋発路線バスに乗車したのは私を含めて4パーティ.6人。 山中では長沢脊稜で2パーティ.3人と鳥屋戸尾根.長尾山で15名の大部隊と擦れ違っている。 バス停前では今まで気が付かなかったことだがバス会社の職員が交通整理を行っていた。 狭い日原街道では日原と川乗橋との間で路線バスと他の車との交差ができず.土.日曜日は常に交通整理をしているとのこと。 今回も日原からバスが出車すると川乗橋上で下りの車は通行止の処置がなされていた。その上この路線では車掌が常に同乗している。 今回の倉沢谷山行は思惑していたより少し期待外れの山行になってしまった。 右俣の右又窪出合まで続く倉沢林道・長尾谷右岸歩道は昨年歩んでいるにも拘らず,変化に富み.興味は薄らぐことなく楽しく遡っている。 それが未登とはいえ棒杭ノ頭南尾根は踏み跡もないが一本調子で.期待していた尾根とは程と遠く.単調過ぎる尾根だった。 考えを変えれば長沢脊稜から最短の下山ルートになる。 又鳥屋戸尾根の支尾根の松岩尾根は忠実に作用道を綴るのでなければ下り易いルートは直ぐ傍にあり.探求心が薄れる可能性がある。 ・・バスの車内からは蕎麦粒山の山頂の北側は日陰になり.疎らながら残雪を見たと聞く。 平成28年(2016年)熊本地震 4月15日21時26分頃熊本地方を震源とするマグクニチュード6.5. 最大震度7の地震が発生した。更にその28時間後.4月16日1時25分頃. 同じ熊本地方を震源とするマグクニチュード7.3.最大震度7と2度重なる地震が発生した。震源は深さ12km 気象庁は後者の地震が本震で.前者の地震は前震と見解を発表し.今までの地震学に対する考えを変える現実が起きている。 今までにない活断層の活発な動きに気象庁は今後の地震の予知が立てられずにいる。 震災から6日経つも余震は治まらず.地盤の弱いこともあり震度5は途切れず.甚大な被害は更に拡大し九州全土に及んでいる。 地形図「奥多摩湖」.「武蔵日原」.山と高原「奥多摩」・・スカパ登山靴.25.795歩 倉沢林道終点とシオジ窪・・直接.棒杭ノ頭へ突き上げる尾根から目指す 右俣長尾谷から棒杭ノ頭浅間前窪右岸尾根 蕎麦粒山に立ち鳥屋戸尾根.松岩尾根を下り.山伏沢から川苔山仮登山口から下山・・猛烈な小ブヨと細倉橋 |