西丹沢.玄倉川小川谷・・丹沢山塊Top
     同角山稜の仲沢乗越(檜洞乗越)まで届かず.仲ノ沢経路から小川谷1200圏二俣.右俣の中ノ沢まで
                             苔岩床で先に不安を持ち.ピストンする。 2017年07月03日.松村
    玄倉.仲ノ沢林道から小川谷.仲ノ沢経路を経て欅平を過ぎ新山沢出合へ
    小川谷.1200m圏二俣右俣中ノ沢・・退却

     今年の後半からは翌年正月に掛け.8月の白馬岳山行を除くと丹沢山域に集中して入山する。西丹沢から西丹沢の西へ.
   国境の甲相尾根にも手が届くようなる。小川谷から仲川川へ。大杉連嶺から笹子沢大滝沢.西沢.白石川流域へと。世附川と大又沢に入る。

    玄倉川右岸流域
     蛭ケ岳に連なる岳を源流とする箒杉沢に熊木沢が合わさり南下して.檜洞丸からの檜洞.ユーシン沢を併せ.小川谷を合わせるのが玄倉沢。
   丹沢湖に入る全長約14km.丹沢山塊の最奥部を流域とし酒匂川に流れる源流の1つ。その右岸支流の1つの小川谷に入渓する。

     丹沢山塊には大分ご無沙汰している。4年前につつじ新道から同角山稜を綴り.雨山峠を越えている。
   今回も前回に続いて玄倉林道に入り.仲ノ沢経路を経てユーシン経路を綴り.玄倉林道で戻る形で周回する積りで企画したが挫折した。

     又判断の難しい梅雨前線の影響で奥秩父.鶏冠尾根山行は再び延期している。暑さが治まる秋口になるだろうか?
   前線の北上に伴う強い太平洋高気圧の影響で.山梨県内は晴れれば35℃を超す猛暑。それを嫌い.前線の北上する合間を縫い.西丹沢に入る。

    玄倉林道ゲート
   林道に入って80mほどに作られたゲート.8:17

    7月02日(月).曇
      jr御徒町.山手線5:07=5:37新宿.小田急:46=7:03新松田,富士急湘南バス.¥900. :15=8:07玄倉bs.

     2年振りの西丹沢.小田急新宿駅の乗り換えに焦ってはと.これ又久しく山手線内回りに乗り継いでいる。新松田は疎らに厚みを抱く曇天の空だった。
   強い太平洋高気圧の影響で寒冷前線を押し上げ.関東地方は梅雨の中休みの如く好天が続いている。
   況して明日は九州に台風2号が上陸.梅雨前線上を通過する見込み。都議員選挙結果が夜半でて寝不足気味だが.山行が又延びてはと気だけは焦る。

     新松田駅からJRのガードを潜り国道にでた路線バスは周りを霞む山並を抜け.富嶽の秀麗たる大きな山容をフロントガラス一杯に映し出されていた。
   富士の窪み状を埋め尽くす残雪が何本も扇状に広がりを見せ.季節それぞれの姿を映し現している。
   昨日は富士山の開山日.天候は余りよくないが残雪は例年より多い。

     松田警察署前で通勤の署員がドッと降りると私を含め.車内はハイカー7人だけになる。平日の何時もの風景だった。
   酒匂川の河川段丘が広がる台地にバスが入り込むと.曇天でも一段と明るさを増させ.箱根の山々を従える冨嶽が再び広大な裾野を広げている。
   路線バスの終点は「西丹沢ビジターセンター」と今年4月に改名された。ただ車内放送ではまだ改名されず.「西丹沢教室」と報じている。

     次のバス停は「山北中学校入口」と伝え.耳に入る。昨年師走の高松山南西尾根から巡視路を綴り滝川林道に降りている。
   日没と競争し林道を下り.この校舎を見付けホッとした覚えがある。そして街灯のない街道から真暗闇の駅前通りを綴り.御殿場線.山北駅にでた。

     嵐発電所から峰発電所の正門前を通り.河内川左岸沿いを遡り.神縄からは丹波湖東岸の玄倉にでている。私ともう1人のハイカーが降りる。
   替わってたのは通学する小学生5.6人が乗る。「行ってらっしゃい!」の言葉に.元気よく全員が「行ってきます!」と声を張り上げていた。

    玄倉川第一発電所
   林道を挟み掛かる発電所改造工事.15:15
    右手.モノレールの裏側には鉄管取替用の大型クレーンを乗せる軌道が敷かれている

       玄倉・仲ノ沢林道.仲ノ沢経路から欅平
    8:07玄倉bs一8:15玄倉林道ゲート一8:45中ノ沢林道一9:37仲ノ沢経路取付一9:42仲ノ沢一10:28デッチ沢一10:45新山沢出合.

     秦野峠林道を右に分け.玄倉橋を渡と十字路にでる。左脇は玄倉川の河口.玄倉川橋を渡れば丹沢湖の北岸へ。右折すれば高みの玄倉集落に入る。
   正面は玄倉林道へ.この左角には幾つもの標柱.警告板が立てられていた。2年前に歩んだ頃に比べ.更に多い標柱類が1つの壁のよう立てられていた。
   第一発電所の全面改造工事に関するものも多い。

     80mほど先が林道ゲート.丁度軽トラの運転手がゲートを開ける。すると続けさまにバンにジャリトラの3台が抜け去った。
   歩く間もなく発電所にでて.改修.建屋工事のため.林道の両側は狭く工事壁で囲まれ.目隠しされている。

     又鉄管脇には補強工事のためだろう運搬用のモノレール軌道が造られ.その組んだポールが公園のジャングルの如く見上げられた。
   沢沿い奥には採石場があり.平日だが交通整理の守衛が立ち指図している。

    玄倉第一発電所
     神奈川県企画庁は玄倉発電所の維持管理にかなりに金額を次ぎこんでいる。新青崩隧道327.0mの貫通工事で約5億円.第二発電所の改修工事.
   変電設備,発電機の点検に3億円。玄倉ダムから当発電所に至る導水トンネル調査に1.200万.そして当発電所の出力増強調査費として.711万が計上されている。
   第一発電所は2016年度は発電を中止し.改造工事を進めていた。

     水圧鉄管路.落差258.2mの取替工事」は.林道の山側の看板に平成30年2月28日までとあり.谷側の看板には「水力発電設備の改造」として.
   30年3月15日までとあった。「EAの丹沢山行記」氏のブログによると.4月3日に大型クレーンを使い水圧鉄管路の取替工事が行われいた。
   玄倉の発電所は運転開始以来57年になる。改造後は4200KWから概ね5%の増強になる。総事業費は22億413万円.

     又送電線落合線.峰線は送電容量が現在ぎりぎりであり.電力の増強には電力設備の改造工事が行われなければ繋げられぬとの見解がでている。
   又峰発電所からの酒匂川線の容量は十分備わっているとのこと。・・・発電所と前尊仏様・・2015.07.03

   白井平ノ沢右岸沿いの台地・・玄倉沢沿いの間伐地.8:37

    白井平の伐採地
     この奥の河原にはジャリの採石所があり.そこへダンプが通う。道路脇に避け.車が通り去るのを待つも.避ける私と目を合わす運転手は1人も居なかった。
   このでは他の場所と異なり.大型車だけでなく.歩行者が車を除けて待つのが当たり前で.待つ人とは目を合わせぬ車優先の林道だった。
   それほどスピードを落とさず抜けている。発電所改修工事に採石場.檜の間伐材処理と.20台を超す車が狭い林道脇や空き地に朝早くから駐車している。

     白井平のジャリ採石場前にある玄倉ノ野へ登る経路の坂道口は..間伐材伐採のため通告禁止」の警告板が掲げていた。
   そこから白井沢右岸沿いの間は間伐材の処理が行われている。小型のシャベルカーが立木間を縫い.間伐された伐採帯に入っている。

     樵がほぼ等間隔に切った倒木を整理し.運搬用のキャラピラ車に積まれ.太い間伐材が程よく纏めるられ積み重ねられている。
   枝打ちした小枝の絡む残材も処理され.大分機械化が進み.林床は綺麗に整理されていた。

     この経路坂からは一昨年07月に.白井平から玄倉ノ野.862m点コブにでて.大垣954mを回り.山神峠から鉄塔管理道へと周回している。
   古い銅鉱山の経路があり.裏側が落合林道.玄倉経路と云うべきか.旧玄倉経路には鉄塔巡視路が綴られている。

    玄倉林道と支線仲ノ沢林道の起点
   右手が玄倉林道本線.8:43
    玄黒川の谷間を隔て同角ノ頭

     この経路口を過ぎ.玄倉林道伝いに右に大きく回り込むと.裏側は小川谷の出合が合わさり.支線仲ノ沢林道を分けている。
   仲ノ沢林道の分岐にでる。共に直ぐ先にゲートがあり.直進する右手の本線は玄倉川沿いに進み.境隧道からユーシンに至る。
   左手は仲ノ沢林道. ゲートを抜けて玄倉川に架かる立間大橋を渡り.登り詰めれば西丹沢県民の森へ。橋の直ぐ上流側で小川谷の出合にでる。

     立間大橋を渡ると直ぐ左手の橋の手摺りの隣りに.窪んだガードレールがあった。その裏に鹿棚の尾根が延びている。
   獣道のようでもあり.ここが大杉岳860.8m東尾根の取付き地点。急登から始まり.特に危険な場所もなく詰めることができる。途中にも鹿柵穴あり.

     又その直ぐ先の標高440mで.1.5mほどの擁壁は備えられたトラロープを利用して.東尾根に取付ける。
   ここは上部にもロープやマーキング多い急斜面.540mで尾根に乗り.地図通り何本もの支尾根を合わせ.最後は壊れた鹿柵沿いになり頂へ。1時間.

     6年ほど前に遠見山から大杉山へ杉の植林帯を抜け,晩秋の哀愁帯びた紅葉の北山稜を詰めている。
   上部は既に落葉した裸林に占められ.何処もが閑散とする中. 箒沢へ下り.再び黄葉に目を奪われていた。

     林道を進むと右手には小川谷へ下るはっきりした踏み跡を見付けている。看板が目立ち.下って渡渉.突き上げれば敷地山ノ頭から東沢乗越へ。
   ここは難ルート。林道を更に進むと今度は左側の側壁に.湧水が菅から脇溝に流れ落ちていた。冷たく味のある美味い水。下山時にも寄ることになる。

    中ノ沢林道
   道幅広い林道が小川谷の右岸山復を綴っている.9:02
    林道沿いは土石流防止林と共に水源資源林にもなっている

     路線バスから共に降りた青年と再び出会う。彼はビジターセンターの長とのこと。私の姿を見てか? この先.道がないと散々説かれている。
   終わりには登山届を出したかと問われた。彼は林道終点手前で小川谷へ下り沢登をするようだ。ここで別れている。
   気を使い心配して下さったことに感謝するが.こちらがポイントとしている行先の質問には答えてもらえなかった。それにしても木洩れ日の林道は清々しい。

   石棚山稜への登山口.9:19

     小川谷右岸の支流.藪沢に架かる穴ノ平橋を渡ると左手に道標が立ち.石棚山.棚山の登山道口にでる。向かいに立派なトイレがあった。
   石棚山稜はテシロノ頭を経て同角山稜分岐から檜洞丸に至る。・・穴ノ平沢はヤブ沢の支流になる。

     10年ほど前だが先輩が退職し地元に帰郷する理由で.丹沢の主尾根を4日間掛け歩んでいた。
   展望は午後早めに濃いガスに被われたが,日没の最後に富嶽の周りだけ雲が切れ.檜洞丸からのダイヤモンド富士を眺めている。
   この山行が切っ掛けとなり.鉄塔尾根から藪尾根を目指すようなった。短い尾根でも楽しめる少しずつ昔を想い出し.再び山に出向き.今に至っている。

     石棚山からヤブ沢ノ頭を越え.1210m点コブに立ち.大杉山北山稜に入り.950mからヤブ沢右岸尾根を下れば穴ノ平沢にでて.この登山口に周回できる。
   2011年には湖畔の中川橋から遠見山西尾根を経て.大杉山の南・北山稜を詰め,ヤブ沢ノ頭にでている。
   前半は杉林につきるが.後半は晩秋の哀愁ある紅葉美に酔わされていた。

     石棚山稜への登山道は以前は実線ルートだったが,山と高原地図.2010「丹沢」版では破線ルートに変わったようだ。
   だが登りに利用するに限り迷うことはない。避難ルートとしては同角から石棚山稜に回れば.ここに下ることもできよう。

    玄倉ノ野と敷地山ノ頭
   中ノ沢林道終点Pより.右上が大野山か? 9:21

     背は玄倉ノ野862m点を頭とする尾根で.末端は小菅沢出合.丹沢湖ビジターセンター脇に没している。
   先ほどの林道本線の分岐手前で.ここで見る北側の取付き口を見付けていた。峠越えをした秦野峠林道からは駿河.山北の山々が綴られ眺められた。

     手前が小川谷出合.先程の林道分岐あたりから突き上げる687m点コブは敷地山ノ頭。突き上げは東沢乗越を経て同角ノ頭に至る難ルート。
   立間大橋を渡ると右手に警告看板あり.確りした踏み跡が小川谷へ下りている。渡渉して西側末端が取付きになる。

    小川谷
   仲ノ沢経路取付き地点より.9:37

     林道終点の駐車場から望むと.右手に遡ってきた谷間を隔て.芋ノ沢ノ頭からの北側の尾根筋がのびやかに右肩から降りていた。
   上々の写真.それぞれの尾根末端の出合を絡みで林道を歩んできた。

     ここから舗装は途切れ.ゲートを抜けて.荒れた雑草茂る「西丹沢県民の森」への裸土の林道を歩む。
   5分ほどで仲ノ沢経路取付きにでた。取付き地点から見た上の風景。谷間前上部に見えるのは同角山稜の中ノ沢ノ頭辺りだろう。

     「西丹沢県民の森」は小川谷の支流.藪沢と仲ノ沢とを隔てた広い台地に位置している。
   大正4年に植樹され杉をはじめ.ヒノキやイヌブナなどが生い茂り.別名「大正の森」と呼ばれ.「かながわの美林百選」にも選ばれている。

     この森は木材の生産のためではなく.土砂の流失防止.下流ある丹沢湖の水源確保のためのもので.昭和61年4月に「森林浴日本百選」に選ばれた。
   ただ玄倉林道は2号隧道(青崩隧道)について.落盤の恐れがあった為,平成19年2月より仲ノ沢林道を含め.通行止の措置が取られている。
   そのためユーシンロッジと共に.西丹沢県民の森の「丹沢森林館・薬草園」は現在も閉鎖されている。

    仲ノ沢経路
   仲ノ沢の右岸枝沢の桟橋.9:40

     仲ノ沢経路の取付き地点にはガードレールの手前端のポールにオレンジ色の古いテープが巻かれていた。以前は「小川谷終了点」と書かれていたらしい。
   経路は右下へ仲ノ沢右岸沿いの山腹に入いる。緩やかな勾配で踏み跡は明瞭。枝沢の桟橋を渡って.道すがら綴ると15分ほどで仲ノ沢にでる。
   沢沿いに入り広い河原にでると.「土砂崩れのため通行困難」と白い看板があり.右上へと仲ノ沢の迂回路が示しめられていた。

   見下ろす仲ノ沢の河原状の沢筋.9:45

    仲ノ沢
   眩い朝方からの蒸す暑さ.流水を見て洗顔した.9:46

     仲ノ沢を渡った所に「山林管理道」の標柱があり.右上に高巻き終えた反対側にも同じ標柱が立てられていた。
   本流沿いの支尾根に乗る。右後方から登ってくる小尾根にもはっきりした経路が綴られ.「山林経路に付き立入禁止」の標柱が立てられ.
   左に折れた枝尾根を乗り越えている。足元は右下からストレートに谷底に落ちていた。

    前デッチ沢
   深山らしくなる.9:59

    大コバ沢本流
   右斜面を巻き小尾根を越える仲ノ沢経路.10:00

   固定ロープと涸沢.10:08

    大デッチ沢左岸枝沢
   堰堤の上部で支沢を渡り812m鞍部へ.10:11

     812m鞍部に突き上げる枝沢の堰を右前方に見下ろし.その後も山腹をトラバースする山側にロープが張られていた。
   そして枝沢の右岸から左岸に大きく回り込み.山腹を綴れば852m点コブとの北寄りの鞍部にでる。

    812mの鞍部
   右方に852m点コブへ確りした踏み跡あり.10:18

    踏み跡
     又右コブに登る踏み跡とは別に.852m点コブの北側(裏側)の枝沢を下り.女郎小屋ノ頭から東沢乗越に至る尾根に乗る難路。
   小川谷から対岸に移り.向かいの枝尾根を詰めて.小沢を横切って白ザレノP.920m圏へと綴られている。

     ここ大ダギリからは大タル丸1030mへ綴る踏み跡があるようだ。大タルからは南東のコルへ極端に抉れ.真近になった女郎小屋ノ頭へ突き上げている。
   長居い固定ロープがあるがザイル等の必要な難ルートになる。大タル丸からの踏み跡は尾根でなく.北側を向き東沢から欅平へ下っているようだった。
   ザイル1本に仲間が1人いれば十分.ただその若さも失いつつあるのが私。

    大デッチ沢
   ツメに上がり本流左岸枝沢を見下ろす.10:19
    デッチ沢左俣
   横切るトラロープあり.10:27
    上流部は二俣に分かれ.左沢の奥に小滝が掛かっている。

    デッチ沢右俣とケルン
   開かれた河原.この右山腹が崩壊地.10:28

     広く明るい石ゴロの河原状のデッチ沢右俣に入るとケルンに迎えられた。奥右先には古い道標「欅平・東沢乗越方面」がある筈だが.
   崩れ分からなくなっている。その先は2本の檜に渡したロープで塞がれていた。

     本来のルートだが先の山腹が崩壊している。以前は左上に高巻くルートを通っていたがが.今は踏み跡さえ判らなくなっている。
   赤テープがあり.それに従い右下へ河原を少し下ると.左側に深く涸れ落ちたザレ沢に突き当たる。そこが白ザレ下からの迂回路になる。

   ザレた窪溝.上部左奥が先程の塞がれたロープ地点.1:34
    ケルンから右山腹の崩壊地を詰める枝沢の最下部より

     踏み跡らしきものはあるが崩れて分かりずらい。右の草付きを少し巻いて.白ザレの沢底に降りている。
   途中で分かったことだが.上段で1本のロープが大きくガレ沢を横切るり渡っている。そして中程から沢溝の中心に沿い別1本のロープが垂らされている。
   所謂,T字に結ばれたロープ。ここではストックを畳み背に納めている。

     取付きの白ザレの足場は崩れ易い急斜面。ロープに頼り.強引に力任せに競り上がっていた。
   そして右上に黄色いリボンを確認して.分かれた窪溝沿いに横切るロープを伝い.更に右上へ這い上がる。足場が安定し.その先にも短いロープがあった。

   涸れ沢白ザレ上部をアップ.10:38

   崩壊地に登り着き振り返る.10:41

     振り返り崩壊部分の様子を伺うと涸沢に一旦降り.改めて登るようロープが張られていた。途中でこのロープを張った人の考えが分かる。
   左右に横切る窪んだ大地は以前のトラバースして利用していたルートだろう。取り付いてみると高度感はない。手順よく進めば問題のある場所ではなかった。

     予備知識でT字の残置ロープを知っていれば.アッけなく越えられただろう。
   登った左岸の小尾根にも明瞭な踏み跡がある。最初の白ザレの上部を高巻く方法と含め.3つの迂回路があるようだ。

    河原直ぐ目の前の鹿柵帯
   3囲みほど並ぶ鹿柵.10:46

     崩壊地を巻き終えて後方に少し戻るよう回り込むと直ぐ.右手の立木に白赤のテープが巻かれていた。
   東沢出合への分岐を示す.明瞭な踏み跡が下りている。ここ分岐の表示から10分ほどで東沢出合の沢底に降りられる。

     石積みの堰堤をを見ながら小川谷を渡渉すれば東沢に入る。出合小川谷上部にはワサビ田跡があり.欅平が広がりを見せていた。
   東沢の上流では金山沢と沢名を変え鉱山がある。沢を詰めれば東沢乗越の同角尾根に至る。越した裏側が遺言棚・・同角沢最奥部の秘滝に至る。

    西丹沢の鉱山
     西丹沢は武田信玄に関する言い伝えが多く.その中に「信玄の隠し金山」の伝承があり.その夢とロマンを求め.伝説と共に多くの鉱山が掘られていた。
   東沢の「丹沢鉱山」。東沢の上流部は金山沢と呼ばれ.同角の檜洞側には水晶や輝水鉛鉱が取れる場所がある。

     ヤモチコシ沢源頭部の鉱山跡。玄倉林道の境隧道の玄倉川沿いの赤棚。玄倉ノ野の銅山跡。
   又玄倉は「信玄の隠し道」と結ばれている。道中の中ノ沢休憩所跡(ゴガイ平)があり.境隧道からくる経路は箒沢まで通じていた。

    「西丹沢.東沢の鉱山跡にでて」・・HP「人生 沢あり谷あり」氏によると.
     東沢では武田信玄が発見したと云う金鉱山があり.明治,大正時代には坑夫や女郎など200人が住み.賭博場もあり.一種の町が形成されていた。
   丹沢を震源地とする関東大震災が起き.東沢は土砂の下に埋まり.200人いた筈の鉱山関係者は戻ってきたのを見た者はいなかったといわつきの場所。
   今でもトロッコの車輪が沢に浸かり.錆び朽ちている車輪や軸が.岩の間に突き立っている。又東沢.モチコシ沢の源頭に鉱山跡がある。

     「東京付近山の旅」朋文社s18年.改稿版によると檜洞丸の項目では.「小川谷源頭部より下降〜 累々と石塊を堆積し.
   倒木の散乱する広谷な河原を降りると左岸の長ザレ谷を入れ.右岸にも新山沢を合わせ.右岸から林道が河原へ降りて来るのを眺める。

     この径は「信玄の隠し道」と称され.武田信玄が軍事用の目的で開いた間道であると伝えられている」
   この頃はまだ採掘が行われていなかったのだろう。

     東沢下流部には今も所何処とに台地状の整地? 跡が見られる。東沢出合にあったと云われる坂口鉱山跡.昭和30年代のガイドブックを読むと,
   鉱石採取のため小川谷は濁っていたとのこと。東沢乗越手前に鉱山跡の記録があり.今でも車輪や軸など.その痕跡が残されている。

    欅平
   河川段丘・・苔の林床に癒しの植林帯.10:48

     更に経路を直進すると新山沢出合に至る作業道を右手に分けている。右前方の檜の植林帯に入り樹林を縫い.直ぐ白く望めるのが小川谷の河原。
   緩い傾斜を斜め上流側に綴るようなり鹿柵が現れ.ブロック毎に辿れば河原沿いの平坦地.欅平にでた。

     欅平. 昭和初期にはワサビ田があり.河岸段丘には集落があったかも? 炭焼き小屋がある。
   更に河原に降りず.鹿柵上部に並行する作業道を歩めば.檜の木々の中から河原に降り立つと直ぐ新山沢出合にでている。

    新山沢出合
   欅平を抜けた本流より.10:54
   河原に降り十数mで樹間を抜け.ゴーロが広がる新山沢(にいやまざわ)の出合にでた。

     正面右の尾根は石棚山1401mから延びる新山沢左岸尾根。檜の植林帯に入ると薄ら作業道があり.ジグザグに登れば半ばで作業道は消えている。
   傾斜の変わらぬ急登が続き.浮石多く.露岩にザレと変化に富む尾根。標高1250mを越えるとブナの森.1つの宝物を見付けた気分になるらしい。

     尾根筋は周辺の展望もよい。ただ1本通しで登る尾根。
   石棚山稜を下ってきた場合は1401m点コブ.登山道が右手にL字に折れる道標.その裏側の鹿柵の右脇が取付きになっている。

     玄倉.仲ノ沢林道から小川谷.仲ノ沢経路を経て欅平を過ぎ新山沢出合へ
     小川谷.1200m圏二俣右俣中ノ沢・・退却