・・西丹沢南端の山々Top
    年初めの第8弾. 世附川流域の支流.芦沢から「西丹沢の西」の山域に一歩踏み込む。続としては不老林道から回り込み.南方の谷ケ山へ

     次の山行の為.山神の吊橋まで偵察後.世附川の支流芦沢の間伐林道を縫い.鮎沢川北岸の県界尾根へ。上半は悪沢峠に立ち.
   老山線林道終点からは経路と駿相境界尾根(不老ノ活路)を綴り.下半の谷ケ山から明神線11号鉄塔の脇道から生土地区へ抜ける。
                                              2018年01月16日.松村
   偵察後.芦沢の林道から都県界尾根.悪沢峠・・jr東京駅発
   世附峠から番ケ平を経て林道終点と経路
   不老ノ活路から谷ケ山へ南下し明神線11号鉄塔脇から直接.生土へ

    一歩踏み込んだ西丹沢の西
     本格的とは云えぬものの丹沢山域に登り始めたのは再び山を始めてから数年目に.東丹沢の東端の鍋嵐・三峰から歩き始めていた。
   そして東丹沢から中津川を越え西丹沢と山域を広め.遂に丹沢湖の西端の世附川に辿り着く。ここからの山域がが私にとっての西丹沢の西。
   数年前に山越えして屏風岩山西側の流域に入ったものの.改めて今回はその第一歩として丹沢湖の西奥.浅瀬から世附川流域に入る。

     今回は年末に一度は諦めた駿相国境尾根の悪沢峠に至るために.世附川流域に込んでいる。
   芦沢の悪沢径路から不老山の北山腹に回り込み.不老林道を経て不老ノ活路の南端に当たる駿河の里.駿河小山に下りていた。
   又続となる次回のため世附山ノ神峠から水ノ木周辺を探索し. 奥に入る下準備として悪沢出合脇の吊橋まで偵察した。

     2010年9月の記録的な集中豪雨は世附川流域に甚大な被害をもたらし.土砂崩れや土石流で.水ノ木幹線林道は各所で
   無残に寸断されていた。その新たな林道を歩む。

     東海自然歩道(浅瀬から切通峠)及び世附不老山線(山市場と世附峠)の区間は通行止の規制は今だだ続いている。
   12年10月に世附不老山線は番ケ平までの通行止は解除されたが.不老山林道及び東海自然歩道は改修工事は進められているものの
   今だ通行止になっている。

     不老林道は世附峠から番ケ平までの北側は大分改修されている。ただ番ケ平からは殆ど手付かずの状態が続き.不老沢流域の崩壊は今だ甚だしく.
   まずは現状の林道を探索し.踏み跡化した林道から駿相尾根を南下.谷ケ山・生土山を経て.11号鉄塔から最南端の生土地区に直接下りる。

   ゲートから直ぐ現れた改修工事現場.7:34

    1月16日(火).快晴護岸
      jr御徒町5:11=5:17東京.東海道線¥1940. :20=6:32国府津.jr東海.御殿場線:35
      =7:04谷峨.山北合同タクシ-\4270=浅瀬ゲート.

     今年一番の冬将軍に襲われ.東京でも最低気温が0℃を割り.日中は一桁の日々が続き.ここに来て漸く猛烈な寒気団が抜けている。
   北海道へ低気圧が東進.長く延びた前線が本州を通過して.関東以西では天候が回復し.沢湖では3月並みに気温に急上昇し.15時に13.3℃を記録した。

     今回のアプローチは御殿場線.谷峨駅から7時発のタクシーを予約. それに間に合わせるため.始発の東海道線を利用することにした。
   jr御徒町駅から何時ものルートで新松田発の路線バスに乗り.谷峨駅で乗り換えるのも不憫。ならば御殿場線に乗り直接東京駅始発の方が早く着く。

    東海道線
     東京駅から山登りは昔.新穂高のアプローチとして平湯峠〜新穂高間の道路が未開通で.名古屋経由で高山本線に回り込んでいる。
   或いは豊橋から飯田線に乗り換えている。最近では山に利用するのは箱根周辺や3年前のOB親睦ハイク.伊豆天城山へ出掛けて以来になる。

     今回は小田急より早く着くことが出来るように.jr東日本.山手線・東海道線・jr東海の御殿場線と乗り継いでいる。
   一昨年8月.駒田.山崎両氏と真鶴港へ五目釣に出掛けている。その折先頭2両がボックス車だったのを思い出し.その車両に飛び込む。

     暖かくなったとは云え.まだまだ明け方の外気は冷たい。列車がホームに入線する都度.扉から忍び込む冷気が気に掛かり.
   今回はボックス車で助かっている。シート下から這い上がる暖房は心地よく体を包ん込む。
   ただ贅沢を云うと通勤列車用の車両で足元の隙間がやや狭い。

     東海道線は上大井のホームで.乗り換えた山手線を抜き.湘南に入ると次第にラッシュになる。海原を見て国府津で6両編成の静岡行.
   通勤列車に乗り換えている。箱根の山.前衛の緩やかな山並はまだ日の出前の薄暗さ.山蔭として車窓から仰がれ描かれていた。
   朧な台地は日の出を前に雄大な裾野の広がりを見せ始めていた。

     もう5.6年前になるか? 学生時代の仲間達と箱根湯坂路コースを湯元を経て.一夜城から小田原に降りている。
   確か小田原港では御祭礼とぶつかり.運悪く店の閉店が多く山を下りても凱歌を祝える店を探せず諦めたことがあった。

     車窓からはその懐かしい尾根が.未明の裾野と海岸線を浮き出させ.乗り換えた御殿場線の車窓からは東海道線の列車が.
   まだ灯りを長く連ね。相模川河口へと海岸線を綴る夜明け前の姿を綺麗に映し出していた。

     淡いピンクの朝モヤが消えだすと東空はオレンジ色の濃さを増し.輝きだす陽光が放され.未明の灯りから夜明けを迎えていた。
   時計は6時43分を指している。走る御殿場線の車窓正面には富嶽が額外れる大きさで望まれた。日の出の陽光が煌めきだし.
   見る見る富士の山裾にも照り広がりだしていた。雪白き山腹は既に鏡のよう煌き.明るさを増す大地に変えた。日の出は6時52分.

   浅瀬橋手前で林道ゲートを振り返る.7:35

    浅瀬ゲート一7:41浅瀬橋一8:05芦沢橋⇔8:25悪沢出合.吊橋.
    8:27芦沢橋一8:02林道分岐一9:24林道.間伐材一9:37県界尾根.悪沢峠一9:52サンショウバラの丘10:25一10:31世附峠.

     10分遅れの連絡を受けたタクシーは無人の谷峨駅で迎えられた。谷峨停車場線から清水橋を渡り.もう通い慣れた山北藤野線に入っている。
   昨年は丹沢湖の手前でも下車している。塩沢集落から不老山へと県境尾根を詰めることで世附に近づき.今回に続く山行を導きだしている。
   永歳橋を渡り丹沢湖を横断.左折して県道729号線から湖畔道に入ると擦れ違う車は殆どなくなっていた。

     浅瀬ゲートでは2台の作業車と丁度一緒になった。目が合えば気軽に挨拶する作業員,途中の現場でも声を掛けて頂いている。当たり前のことだが
   何かホッとさせられていた。それができないのが東側の玄倉林道に係る人々。何度も通っているが車を避けても常に無視されていた。

    浅瀬橋
   世附川本流と大又沢の二俣.7:41

     大又沢浅瀬橋を渡った正面が既に熊沢ノ頭.椿丸からの南尾根の末端になる。
   直ぐ左側が世附川との出合いで.渡った所が林道の二俣になる。右手の大又沢林道に入れば.丹沢湖湖畔にある落合発電所への
   貯水池にでて.林道の終点は地蔵平へ至る。

     昨年後半は大又沢左岸沿いの山並に幾度か訪れ.セキノ沢をも遡っている。これから歩む左俣は世附川沿いの水ノ木林道のほんの一部を歩む。
   今年はこの山行を切っ掛けに浅瀬地区を中心とした世附川上流に.幾度となく通うことになろう。

     昭和9年(1966年)〜41年に掛けて世附川沿いに造られた世附森林鉄道(軌道)は.水ノ木線と世附川支流の大又沢沿いに
   大又線の2路線が造られた。いずれも丹沢湖々畔の浅瀬を基点とし.官行斫伐事業の最盛期を迎え.大正初期から昭和中期に掛け.
   山林に従事する人々の集落が形成されていた。

     その後.大又線と共に34年に軌道での運材は全面的に廃止され.自動車道への改良工事が進み.森林鉄道の時代を終えている。
   2路線とも.41年までに構造物が撤去され.路線跡は現在の幹線林道に変貌された。それが2010年9月の台風で.この流域に大災害をもたらした。
   今回初めて世附川本流に初めて足を踏み入れている。

    浅瀬橋南詰
   南詰にある色々な標柱.道標類.
    左の白い看板は世附川を遡る「水の木林道」の起点を示している

     神奈川県道729号線は丹沢湖と山中湖を結びと山梨県道729号と結ぶ一般県道の山北山中湖線。ただ途中の県境区間は点線県道で.
   起点の山北藤野線.中川(信号なし)から丹沢湖の北岸を通り.世附川沿いに(世附林道.水ノ木林道.大棚沢林道とその支線)遡っている。

     大棚沢と合流する辺りから切通峠の西側半分に至る間は点線県道に変わり.山中湖々畔の国道138号.山中交点が終点になる。
   切通峠には道標「←三国峠.↑浅瀬入口.高指山→」が立ち.今だ自転車の通行も禁止されていた。

    水の木林道
   椿丸の突き出した南尾根末端.7:56
    世附川の流心が左に回り込んだ所にあったが崩壊現場.改修られた側壁を振り返る.

    吊橋
     浅瀬橋を渡って左に折れ.林道が大きく右側に回り込んだ所に.過って吊橋があった。その橋桁のコンクリート跡だけが残され.
   本線は改修されている。世附峠北面に繋がる林道の取り付き地点で.地図「山北」.h14年8月14日発行には吊橋が記されていた。
   又地図「駿河小山」.h27年6月発行はそのまま破線で記されていた。現実的には吊橋は流され今は長い河原を渡渉するしかない。

     吊橋があったのがスナップ写真の林道右端奥. その林道反対側.山側に踏み跡が登っている。
   赤テープは気が付かなかったが「保安林」の看板があった。椿丸に至る径路. 最初519m点コブまでは急登.尾根で,越せば快適な樹林帯で.
   上法行沢左岸尾根と合わさると椿丸に立つ。大分前から憧れの山だった。これから目指す世附川の山の1つにもなっている。

   2018.01.16/7:59・・芦沢橋手前の小沢崩壊部の工事

   2018.04.01/7:54・・ほぼ出来上がった堰堤脇.

     次の窪溝状の山腹奥に2台の大型シャベルカーが入っていた。その1台に作業員がただ一人.一日中作業をするらしい。
   ゲートから送られ作業員の片手に持っているのは弁当だろう。顔が会い彼の方から先に挨拶されている。

  

    駿相境界尾根・・西方奥は三国峠から山中湖方面
   芦沢橋北詰より.8:05

     芦沢橋を渡ると直ぐ左手に新しい林道の起点が分かれている。正面がサルウツ沢右岸尾根で.水ノ木林道は橋から直進する本流左岸道になる。
   この直ぐ先の大崩壊地帯は改修工事を終えたと聞き.見分に出向く。又その先の目指すことになる悪沢出合と突端の吊橋を確認しに出向いてもいる。

   芦沢橋を渡った左脇に林道起点の看板標柱が見える

     芦沢の林道は正面の手前の小尾根を越え.その裏側に重なる背が主尾根になる。今回は世附川上流を少し探索してから戻っている。
   故少し上流側の旧径路から新道に入った。又左端が水沢になり.世附峠へと径路が綴られている。

    右岸の大崩壊地
   右側がサルウツ沢出合422m点.8:09

     旧本州製紙の吊橋まで偵察. そのまま右岸の林道に入り.直ぐ大崩壊地にでる。ガードレールの新旧から2期に分け行われていたと
   思われる工事現場。サルウツ沢出合からは対岸.左岸に悪沢出合があり.悪沢右岸尾根の末端に立つ.地図の519m点が目に入る。
   更に進む峰坂沢出合手前では林道脇に「山神悪沢取水口入口」の看板があった。本州製紙の吊橋を渡れば旧三俣山荘(廃屋)にでる。

     悪沢と世附川に挟まれた尾根を詰め.701m点コブ.山神山を越えれば山神峠にでて.その先に椿丸が立つ。
   又悪沢二俣には発電用取水施設があり.廃屋からそこに繋ぐ管理道が綴られ.左俣を詰めれば山神峠に出られる。
   椿丸に繋げられればと考えていた。

   左上は世附権現山とミツバ岳(大出山).8:23
    ほぼ改修を終えた崩壊地・・帰路の右岸道.河原に工事用の仮道路が残されている。

   ヤマレコ.old-diver氏の山行記録より・・2015.04.24

     2010年の9号台風で破壊された林道。「芦沢橋を渡ると前方の林道は崩落土砂で埋まり.通れそうもないので
   河原の巻き道を横切る」とある。少なくとも1年半前まではそのまま放置されていたことになる。

   芦沢旧道に建つ作業小屋.8:27

     世附川の少し上流側の吊橋まで偵察し戻ると右手の高みに朽ちた作業小屋を見付け.旧道から入山した。
   外見はまだ大きく立派に見えるが室内は朽ちされ荒れ果てている。

     又取り付きには左脇に「白旗社」の祠が祀られている筈と聞くも,戻り手前から造林小屋にでたため分からなかった。
   祠の直ぐ脇には古道の踏み跡が残され世附川の対岸に渡渉すれば悪沢の左岸に全く同じような「天獏魔王社」の祠が祀られている。
   繋がる先は二俣.山神沢から山神峠越をする悪沢径路へと続く。

     丁度新道に合わさる所で営林署の車が林道左下に駐車した。林道が何処まで続いているか尋ねたが判らぬとのこと。
   「これから伐採する前の下調べに来た!」と云われ部署が違うようだった。

   左端が芦沢の最初の堰堤林道.8:31

     林道に取付く。新道は芦沢沿いに造られた堰堤を右岸から大きく回り込み.右尾根の主尾根へとジグザグに登る切り開く。
   取り付き周辺の林道は既に間伐され.間伐材はまとめられ綺麗に積み上げられていた。
   私は左岸沿いの旧道から尾根に乗り.作業道を繋ぎ合わせる形で新道を登り詰める積りでいる。

   林道と離れ旧径路から直接尾根沿いに入る.8:37
   堰堤の右斜面にルートを取ると幅広い新道が見下ろさた。既に路面は間伐の車両で踏み固められ.整った植林で整理されていた。

   林道がある尾根に乗る.8:46

     芦沢左岸の高みから山腹をトラバースし.小道の径路を巻き込むと鹿柵に突き当たる。そこから林相の境を鹿柵沿いに登り主尾根でている。
   ミツマタがもう芽を膨らまし.疎林の歩き難きぬかるむ斜面を突き上げる。新道工事で潰され隔てられた経路の土壁を越えれば.新道の尾根に乗る。

   林道分岐.9:02

     新道に再び出た所で右手に支線を分けていた。路面を見る限り.右手のサルウツ沢の支流に入る林道の方がわだちが
   確り踏み固められていた。間伐の作業中なのかも知れない。1本取り.左の林道から主尾根を詰める。

     暫く新道沿いに進むと左手の芦沢側へ支線を分けていた。その分岐先で野鼠か? 横切るのが目に留まる。
   動物との対面はこの後.足元から山バトが飛び出しただけで.大物との出会いもなかった。
   この辺までは間伐は終え.綺麗に切り落とされ尾根筋は.足元の間伐や枝木も整理され美林の姿を現している。

   旧径路を歩む.9:18

     再び傾斜の落ちると主尾根の旧道に入る。
   地形図「駿河小山」に記されている630m圏の南北に延びる細長い平坦地.尾根幅も広がり南上する。

   サンショウバラの丘南面を回り込む.9:22

     サンショウバラの丘.北面に位置する山腹をトラバース, 左肩が高みになり.日差しが閉ざされた薄暗い新道を歩む。
   林道が右に大きくカーブする地点では間伐材がなぎ倒された間伐の最前線に入る。勇ましい倒し方.確りした林道が完成してできる技でもある。
   ここを抜ければ県界尾根も真近。林相の境.踏み跡から悪沢峠にでている。

   林道を塞ぐ間伐材.9:24

   林道の先が見えぬほど伐採林に覆われる

   赤プラ「ウ8」が最後の残る径路に入る.9:36
    県界尾根直下.肩スレスレまで延びる林道

     芦沢の林道・・芦沢の林道に関してはFutaro氏のHP「昨年2月の山行」を拝読させて頂いている。
   新しい林道の整備で崩壊個所は通らずに済むとあった。ただ新旧の林道が何ケ所かで交差し分かり難く.又丹沢登山詳細図では
   林道は所々で崩落し危険と記されていた。

     この2つのルートを考慮に入れ登るも.林道はほぼ完成し.旧道を主に新道の絡む交差を直上している。
   取付きから危険な個所はなく.ただ林道の分岐が多く.道幅も同じで注意を要しただけだった。高みを選べはよい。
   殆ど巻き道を通らず直進した。悪沢峠手前で塞ぐ間伐は.林道ができ運搬が楽になり.改めて間伐されたものと思われる。

     新道通り登れば問題ないが旧径路を結べは変化が取れ.遠周りの交差は高みを選べはよかった。
   完成度の高い伐採樹木搬出用の林道になる。又最後の県境尾根北側の林道は豪雨災害復興用に造られた新道らしい。
   峰坂峠寄りの径路は新道に重なり潰されているがその先の径路は廃道気味,

     そう言えば一昨年7月.奥多摩の「指」を指す山を求め.狩倉山日陰指尾根に入り.三ノ木戸山見通し尾根で.
   真新しいく出来たばかりの林道を下りている。東京農大が造ったほやほやの林道.積もる枝木を整理.排除していた。
   その後は峰畑沢に入り廃道から日原街道に下りている。

    悪沢峠
   サンショウバラの丘方面を望む.9:39

    悪沢峠.芦沢峠
     古道から経路になり,林道は更に今.真新しい新道に変わり綴られていた。林道の先は確認していないが県界尾根手前で切れている模様。
   峰坂峠とサンショウバラの丘を越えた世附峠との間の鞍部. 大らかに開かれた境界尾根(相州と駿河)にでる。

     境界尾根の北面は一面に植林帯で覆われている。その窪み状の浅い鞍部の脇に.道標と少し離れ「水源かん養保安林」の標柱を見ている。
   「駿河小山駅への最短路」2時間5分の道標がある。・・峰坂林道コース.

     不老山の西側に位置るる悪沢峠(あしでわとうげ).標高710m圏は小山町側の柳島から古道を辿り.この峠越から悪沢へと下り,
   悪沢の左岸から対岸へと移りながら山神沢へと続き.山北町の世附に至る山神峠(世附)を越えの峠路の1つとして使われていた。悪沢径路.
   又悪沢峠を越え世附川を下れば.玄倉からもう1つの山神峠(玄倉)越えて寄沢沿いの中津川へ出ていた。

     悪沢径路・・「山と渓谷64号」に記載された「丹澤・菰釣山附近」の案内文の中から一部を引用すると「昔は小山から
   今のアシ澤峠(悪沢峠)を越え.ワラ沢(悪沢)に入り.現在は荒れて峠附近以外は全く無くなっていた。

     .祠には新しい旗が幾つも奉納されてあるからことから参拝者は割合にあるらしい。」「山神峠からは椿丸〜大栂〜菰釣山を越えて.
   道志村にぬける物資の闇ルートになっていた。」と述べ.山神峠は古くは世附山の主要道の一部になっていた。

     明治21年に大日本帝国陸地測量部により測量され.2万分地形図には.前期の道が記載されている。
   水ノ木に行くのに.わざわざ山神沢から峠に登ったのは世附川沿いの道は危険な個所が多く,殆ど通っていなかったようだ。

     世附川流域は相模,甲斐,駿河三国に山並が囲まれているため.甲相国境紛争と山神の繋がりでもその因果を含め争われていた。
   江戸末期の天保飢饉」のころ,世附山で甲斐と相模が国境を争った紛争が発生.話し合いでは解決できず幕府評定所に提訴され,
   この紛争は8年の歳月と膨大な費用を費やしっ決着し現在の県境が確定している。・・HP「山の子」より記載させて頂きました。

    遠望されたサンショウバラの丘
   丹沢湖.浅瀬ゲート先で・・2018.04.22/14:13
    見上げる水沢と国境境界尾根に乗るサンショウバラの丘. 椿丸南尾根を詰め大又沢林道から浅瀬へ下りた折。

    サンショウバラの丘
   蘇峰台.9:52

     印としては道標の裏側に石抗が少しだけ地面から頭を出しているだけの丘。
   植林も雑木も隔てるよう頂にはサンショウバラの低木が群がっている。世界に1つしかない一属一種らしい。
   まだ蕾もない裸のサンショウバラだが周りの展望はすこぶる良い.更に紺碧さを増す空になってきた。

     頭上は余りにも蒼く,一番乗りの丘になる。「樹下の二人」とも呼ばれ.名高いらしい丘に10時と早過ぎる時間い立っている。
   ここだけでなく最近.山行中にハイカーとの出会う機会は殆どなくなっていた。妻に電話する。余りにも早く.キョトンとした声が戻ってきた。

   サンショウバラの丘,樹下の二人の会話道標・・岩田澗泉氏作10:23

     山椒薔薇は富士・箱根を中心とした地域の山地に生える日本特産のバラ科の落葉低木。枝には偏平な強いトゲを多く持っている。
   枝は太く高さは5mほど枝がよく分枝し.花期は6月。花は単生し.小枝の先端に径5-6cmになる淡紅色の5弁花をつけている。
   箱根薔薇とも呼ばれ.葉が山椒に似ていて.花が薔薇に似ていることからこの名が付けられたとのこと。

    サンショウバラの丘からの素晴らしい展望・・足柄.箱根山地
   南廻りの大展望
    南面の展望・・左の独立峰は明神ケ岳

   足柄山地をアップ
    足柄山地の奥に聳えるのが箱根の山.間の谷間の湯けむりは大涌谷.
    手前の鉄塔尾根は500KV新秦野線の9号と8号環境調和鉄塔。

   右景のアップした8号鉄塔から里を下ろす
    不老山から南に下る県界尾根と西側山腹の各支尾根・・支尾根末端に広がる鮎沢川の支流野沢川流域

     金時公園コースのある尾根に乗る新秦野線8号.その背の三差路手前に建つのが田代幹線338号鉄塔だろう。
   三角点峰415mと重なる奥が城山410mになり.生土地区と落合.藤曲地区を分けている。

     9号鉄塔の基部から「不老の活路」沿いに聳える生土山から西方に延びるのが送電線明神線の鉄塔尾根。尾根末端の
   8号鉄塔右上の2つの白い所は富士紡績の工場.その奥隣りにjr駿河小山駅がある。見た目そのままの場所から直接下山している。

     11号鉄塔の基部から直接.富士紡績の工場を目指し降りている。里まで踏み跡はない。国道.県道を横切り鮎沢川へ降り渡れば
   JRの駅にでた。スナップ右上端は三菱マテリアル工場.その奥に接するよう東電須川発電所の取水池.阿多野貯水池がる。放流は鮎沢川.

    愛鷹山・・位牌岳と御前岳
   御殿場市を隔て

     手前の尾根は峰坂峠と悪沢峠の間の県界尾根から南へ延びる尾根。尾根上のコブは天神山690m.
   尾根筋の手前(東側)の山腹を巻いているのが峰坂林道。又下流の峰坂沢二俣で左手から合わさるのが湯船林道。藤曲地区に下りている。

    湯船山と白クラノ頭の緩やかな山容
   西面の展望・・右上が鉄砲木ノ頭
    芦沢橋から手前の植林帯の尾根を先程綴ってきた。

     右上は甲相尾根.鉄砲木ノ頭の右手が1110m圏コブ(裏側が切通峠)で東方に延びる1068m点コブと丸尾山1007.4m。
   1110m圏コブから降りた所に送電線西群馬幹線と佐久間幹線が並行する鉄塔が建つ。

    富嶽と湯船山
  

   世附川流域の山並・・背稜を綴る石割尾根と甲相尾根
   左景・・丸尾山〜菰釣山
    丸尾山の遥か奥に石割山が聳え.山伏峠で御正体山への尾根を分ければ.甲相尾根と繋がっている。

     水ノ木の上流の三角錐は大棚ノ頭から南東に延びる尾根に乗る西丸1227m。この辺から写真では望めぬが幾つも送電線が架かり.
   裏側が山伏峠になる。更に甲相尾根を三国峠へと大棚ノ頭から綴られば.高指山から切通峠を下り返し.鉄砲木ノ頭から三国山にでる。
   逆に甲相尾根を東進すればブナノ丸.菰釣山から大室山に至る。

     三角錐の西丸の重なる奥並びが大棚ノ頭..更に右中央には石保土山へ。西沢ノ頭の間に大きな頭を突き出しているのが御坂の御正体山。
   その右端に聳えるのが菰釣山.左肩にブナノ丸. 手前に構えるのが大栂から南方(手前)に派生する長い尾根で織戸峠越えをして椿丸へ。

    甲相尾根の左方・・丸尾山〜西丸・石保土山
   左景の左アップ・・水ノ木周辺流域

     甲相尾根・・高指山.山伏峠からの大棚ノ頭・石保土山と右に下って西沢ノ頭・樅ノ木沢ノ頭・油沢ノ頭・ブナノ丸.手前に延びて菰釣山。
   右手前中央に落ちる尾根は椿丸南西尾根で世附川と本谷との間に没している。その手前で土沢を分け.左手の谷間は過って下っている。

     土沢と本流の左俣.大棚沢に挟まれた尾根は切通峠の南コブから延びる丸尾山を雍する尾根. 橡ノ丸を経て大棚沢出合に没している。
   又右俣.金山沢は菰釣山に突き上げている。右手から中央に落ちる尾根は菰釣山から延びる尾根の左支尾根末端になり.
   850m圏コブから本谷に没する尾根。・・水ノ木林道.大棚林道.菰釣山林道.富士見林道

    甲相尾根の右方・・石保土山・菰釣山〜(畔ケ丸)・大室山
   中景・・菰釣山〜大室山.畦ケ丸
    大又沢と水ノ木沢に挟まれた長大な尾根。大室山の手前に重なるのが畔ケ丸と屏風岩山.

     菰釣山と重なる大栂から織戸峠.椿丸と南下する支尾根は又数多くの枝尾根を派生させ.織戸峠からは富士見峠へと古道が綴られていた。
   この山域は甲斐道志と結ぶ交易の古道が綴られ.山神径路等の旧径路も多く.以前に世附川沿いにあった森林軌道は
   今の幹線林道として綴られている。又椿丸の頂からは2つの尾根を分け.南西尾根(中央)は世附山神峠を越え悪沢の出合に落ちている。

     重なる手前は山神峠越えの後の山神山で.椿丸を頂点とする悪沢流域を囲む山々。もう1つの南東尾根は世附川と大又沢出合に没している。
   この後3月から訪れることになる椿丸(熊ノ沢ノ頭)南尾根から富士見峠に至る風景にもなっていた。写真は椿丸から扇状に開かれた裾野へ
   2つの支尾根を延ばし.間の流域.悪沢は山神沢とクマ沢を分けている。・・アップは不老山林道で11時に撮影している。

    甲相尾根3・・(畔ケ丸).大室山〜不動ノ峰   世附権現山とミツバ岳
   右景・・大室山〜板小屋沢ノ頭?

     手前左斜面は椿丸780m峰から南東が延び.浅瀬橋出合に没する末端尾根で大又沢出合に没していた。浅瀬橋.
   そして裏側の谷間は右俣の大又沢の左岸側の流域。

     又左尾根の背は水晶沢ノ頭から窪んだ鞍部が白沢峠。加入道山と大室山.右が手前に聳える畦ケ丸.手前に重なるのが屏風岩山.
   その右奥が箒沢権現山。箒沢権現山戸の間の鞍部が2本杉峠.権現からの右肩が奥が檜洞丸.その右手の三角錐が板小屋沢ノ頭? だろう。

    不老山西面と南尾根
   足元は三国山からの駿相境界尾根

     途切れた左手前が世附峠. 不老ノ活路と南峰から右斜め下に延びる尾根が金時公園へ下る尾根コース。
   又北方の右尾根へとほぼ直角に折れると尾根沿いの駿相境界線を綴り.谷ケ山を経て駿河小山へ下りている。
   今回はこの不老山の裏側を林道で回り込み.10号鉄塔の南側で再び駿相境界尾根に乗り.そのまま駿河小山へ直進し.最後は丘陵を下りている。

     偵察後.芦沢の林道から県界.根.悪沢峠・・jr東京駅発
     世附峠から番ケ平を経て不老山線終点と経路
     不老ノ活路から谷ケ山を経て明神線11号鉄塔の脇道から生土へ