・・奥武蔵山地南部Top
  長久保山の境界線に立ち.長久保山北東尾根(長久保山北東尾根)を下り.和泉入中間尾根の末端から名栗川.上名栗諏訪神社
    2019年の19号台風の被害をもろに受けた和泉入右俣中流は崩壊し林道の道形を失っている。「峰」バス停から東武飯能駅へ

     上日向bsから逆川ノ丸南西尾根を詰め常磐尾根の伐採地
     逆川ノ丸東尾根から磐林道を綴り都県界尾根.柳川丸から大クラ尾根ノ頭
     和泉入中間尾根(長久保山北東尾根)から崩落した和泉入林道・・上名栗諏訪神社と庚申の湧水

   境界尾根の660m圏コブ
   和泉入中間尾根に乗り境界尾根の突端を見上げる.13:32

    「尾根名」の勘違い
     長久保山690mから西側に少し戻り.立木の山名標と青梅の「二等基準点.1がある裏側の689mのコブらしき所が
   和泉入の取付きになる。又山腹を右に少しトラバースすると尾根荷突き当たる。これが長久保山北東尾根。
   尾根から見上げる頂は660m圏コブの肩.大らかな円びを帯びた小さなコブが見上げられた。勘違いから和泉入中間尾根と思い続けていた。

     肩から下った方が何も考えず楽に下れると思われたが長久保山に係る何かが.昔からの山道として繋がりがあるのだろうか?
   旧道を辿ったため理解に苦しむが.鞍部の直ぐ北側脇下に古い「←諏訪神社」が道標あり.見て不思議に思えた。

    間違った和泉入中間尾根 (長久保山北東尾根)
   トラバースを終えた支尾根にでて.
   長久保山北東尾根を見下ろす。撮り方が悪いのか.下る尾根はどれらい斜面だが穏やかに見えるのも不思議.

   604m圏.12:37

     右手から植林帯が尾根筋まで押し上げられ.林相の境がそのまま痩せ尾根を形づくっている。
   細かい起伏を起こす急斜面の尾根筋は大樹・露岩が塞ぎ.その都度右手を巻いている。
   又右手の一段低い所を綴る長い巻き道は時に歩み難く.何方ともいえぬ厄介な尾根の踏み跡になっていた。

   痩せた尾根上は巨樹・露岩と歩けぬ障害物が続く.12:40
    幾つのの小さなコブを越えて

   尾根筋の左手は和泉入へと急角度で抉り落ちている.12:42

   細かな巻道と樹林帯.12:44

   上部の痩せ尾根と林相の境を見上げる.12:51

   下部の小コブ.12:51

   539m小コブ
   猛列なアケビの群生からは尾根幅は広がり傾斜は緩む.12:58

    509m点コブ
   尾根の分岐.13:04

     509m点コブの直ぐ先496m圏肩で.尾根筋は大きく左右に2つに分かれている。
   左手は自然林の中へ.右の尾根筋は植林帯との林相の境を創る。

   右尾根へ.13:05
    右手の下り口には赤いプラ境界杭があり.その尾根を選び下っている。

    448m圏
   再び尾根が2つに分かれる.13:09
    今度は左前方の尾根へ。右尾根は直角に曲がる尾根.

   今度は左前方の尾根へ.13:10
    右尾根はここでも直角に折れていた。

   408m圏.更に尾根を分け右方へ.13:12
    倒木あり左尾根は直角に折れ.右前方の林相の境から雑木林へ。立木の根元が苔むしる所を通過。

   灌木で先の見えぬ斜面に入る.13:20

   13:24

     道形が分からず傾斜も一辺倒の斜面に突進した。不安が募りだすも直進すればよかった。
   前方に赤テープを見付けている。この尾根で初めてのテープ.不安を抱いたのはここだけだった。それも一瞬の不安。

   幹に結ばれ頼れる赤テープ.13:27

   尾根末端に林道和泉入線が見下ろされた.13:31

     346m圏.尾根の下端にでると赤テープと赤ペグ7があり.更になだらかになり306m圏にペグ3が立つ。
   先が側壁になった所では林道の見える左前方に降りている。

    林道和泉入線
   和泉入右俣の林道.13:39

     尾根下端から左手へ降りた林道は涸沢のような荒れた沢底の状況の所にでている。最初は荒れすぎる林道に意味が分からず.
   上流側へ少し登ってみる。すると黄色い標識があり.その先で林道の支線分岐を合わせている。

   林道の分岐点から上流を覗く.13:43

     和泉入右俣の上流側には地形図「原市場」に記された破線路が延びている。支線が分かれ.右手の和泉入に橋が架かっていた模様。
   ただ橋は見当たらなかった。倒木が山積みされた残骸が脇に山積された形で無残な光景を見せている。

   和泉入の左岸に渡る支線.13:43

    濁流跡
     林道和泉入線の支線の合流点. 左岸に渡る分岐地点には唖然とする荒れ果てた残骸が築いていた。
   下山してから地元の人の話では台風19号の豪雨は凄かったらしい。その時の豪雨の勢いがこの谷間に洪水をもたらしていた。
   今は流心だけは改修されていた。

     和泉入は濁流となり.橋に溢れ絡んだ倒木類が堰になり.積み重なれ倒木類は川の流心を一段高い右岸の林道に変えている。
   それ故路面は根こそぎ抉られ.人の高さほど穴が掘られた所があれば.林道幅一杯に大きく抉られた所も創られていた。
   山を下りて涸沢のよう思えた林道はそのせいだろう。下流側の石造りの永久橋だけが残され.そこで流心が元の沢に戻されていた。

   無残に崩壊した林道
    穴の深さは人の背丈ほど.入ると台地は見えぬほど深い。

   ここは林道幅一杯に抉られ.沢でなく林道.

    和泉入中間尾根の末端
   二俣末端に残された石橋は無事.13:58

     この荒れた状況は右岸に渡る石橋まで続いている。林道を崩落させた豪雨の水流はここで右手の和泉入に戻っている。
   当時は石橋をも越えただろうが林道の道形はここから残されていた。下流の枝沢を右後方から合わさている。

     無名の左俣は境界尾根の760m圏コブと641m点コブとの鞍部に突き上げている。北東尾根の右側の谷間.
   右俣を地図で改めて読むと奥二俣にでて.奥右俣は柳沢右岸尾根の詰めを源とし.奥二俣の中間尾根が和泉入北尾根。

   やや沢沿いから高みになった右岸の林道にでる.13:59

     永久橋の石橋から下流側は少し高みの林道になり.健全に残されていた。
   左側の和泉入は平常でも結構流れのある清流で.又林道の右後方から合わる林道は左俣沿いの支線林道だろう。

   林道の起点は下名栗諏訪神社脇
    参道の左側斜面では伐採工事が行われていた。

    不可思議な和泉入?
     神社の右手(西方)の境内は一段高みは平坦に広がる明るい台地。日当たりのよい.奥側には柳沢右岸尾根の下端が落ちている。
   下ってきた小さな沢とも云えぬ小沢には細い流心が見られた。ここが和泉入。二俣辺りのあれだけ流れの強い清流は何処に。
   濁流に呑まれた沢は?

     地形図では和泉入出合から沢沿いに破線路が320m圏付近まで記され.その周辺では平穏時でも長靴を履かなければ
   ならぬ水深があるらしい。何処かで伏流してしまったのか? 兎も角.この不思議な現象は帰宅してからも分からなかった。

     右岸道にでると短い橋の欄干には「いずみいりされ」と刻まれ.国土地理院の地図には「泉入」と記されていた。
   又入間漁業協同組合では「和泉入沢川」と呼んでいる。

   下ってきた林道の右手に建つ屋根葺き替え工事中の神社.14:02

     明け方のJRの線路切替工事。山懐に入ってからは奥多摩町の議員選挙。崩壊した林道と。今回の山行では珍しい3つの出来事に遭遇した。
   逆川ノ丸南西尾根・東尾根からイタドリクボの上流を横切り..コンロは使えなかったが都県尾根から長久保山北東尾根を経て下名栗に下りている。

     3つの尾根の登り下りは短い尾根の割には変化に富み.それぞれのポイントを持つ尾根だった。奥武蔵側の尾根は思っていたほど
   ハイカーの踏み込みが少なく.痩せ尾根の下りもよかった。これも「奥多摩・尾根歩き」氏の資料協力を得たことが多い。
   結果的には1つの山行の全ルート活用させて頂いた。ありがとうございます。

    下名栗諏訪神社から名栗川右岸車道を通り名栗川橋・「庚申の水」の湧水
     名栗川の下流方面
   下名栗諏訪神社前の県道53号線より.14:05

     県道.青梅秩父線にでて.眺める下流側には楢抜山に至る名栗川左岸の論地山(ろんじやま)340mと三本松南尾根を眺め.
   論地山の裾には小沢交差点があり.右端に大きく切れ落ちる谷間を県道で遡れば小沢峠へ至る。越えれば県境を越えての北成木にでる。

     遠方は右岸の成木尾根に乗る大仁田山と大峰山。その手前が成木尾根.独標493mからの北尾根。
   独標から460m圏コブを経て下ると久方峠にでる。鞍部から名栗川側に折れれば細入沿いの踏み跡を辿ると久林(くばやし)の集落にでる。

    名栗村
     旧入間郡名栗村は秩父山地の南脊稜を村域として.山地と通称.名栗川沿いに分布する僅かな平坦地がある地区。
   地質は秩父古生層のチャート.砂岩.粘板岩.或いはこれらの互層から成っている。私の知っている限りでは維新を境として.
   2つの忘れられぬ事件が起きている。農民騒動の「武州一揆」と軍隊まで出動し鎮圧された「秩父事件」。

     個人的には初めに山登りを始めたのが正丸峠から奥武蔵伊豆ケ岳を越え.下山に名栗をアプローチとして取っていた。
   又白谷沢から入り棒ノ嶺から惣岳山神塚尾根を下ったのが10年前。今年になり間野黒指周辺から名栗の山々.境界尾根を綴るようなった。

    名栗川上流方面
   名栗川右岸の県道より上流側の展望.14:09

     西高東低の気圧配置に係わらず.一日中穏やかな天気に恵まれる。下山してからも日向の河原歩き。
   名栗川(入間川)右岸の車道を歩む。左端の観光トイレの裏側.左奥に柳ノ沢右岸尾根が落ちている。その手前に流れる小沢が和泉入。
   左端上の陰の黒い尾根が柳ノ沢左岸尾根の末端。中央のコブは柳ノ沢左岸尾根464m点から扇状に広がる支尾根に乗る320m圏コブ。

     その背に大きく横切り眺められるのが滝ノ平尾根の左支尾根。手前の谷間には湯基入が流れ.出合付近には名栗川橋が架かっている。
   岩茸石.滝ノ平尾根の奥.見えぬ名栗湖を越え聳えるのは金毘羅山だろうか?

    柳沢左岸尾根の末端
   320m圏コブ.14:14

     左端のガードレールが小さな小さな柳沢橋(やなさわはし)で.この流域でも伐採作業が行われていた。
   柳沢左岸尾根の取付きで.急激で登る林道が見上げられた。

    320m圏コブ
   湯基入出合付近が名栗川橋.14:16

     湯基の集落と湯基入沿いに綴る林道大名栗線の起点があり.権次入峠からは湯基入コースの登山道が通っている。
   496m点コブの裏側には河又に落ちる滝ノ平尾根がある。

    名栗川橋
   南詰より.14:22

     名栗川橋は明治43年の大洪水で橋が流されため.「どんな洪水にも流されない橋」を願い大正13年(1924)に建造された。
   当時の姿をとどめた鉄筋コンクリートのアーチ橋としては県内最古の橋で.「埼玉県指定有形文化財」として指定されている。
   又「土木学会選奨土木遺産」として右脇の石碑に示されていた。

   馬頭観音と庚申の水(こうしんのみず)の湧水.

     名栗川橋を渡ると里道の町道に突き当たり.右に下流へ5分ほど歩むとで峯バス停にでる。
   その裏側には立派に祀られた馬頭観音があった。ここに立つと次から次へと湧水を求めるマイカーとオートバイで.
   路面バスが来るまで途切れることはなかった。水割りにとポリに湧水を入れ替える。ただ残念なのが妻が勘違いし間違え流してしまった。

   バス停「峯」.行き先は東武飯能駅.14:30
    バス名の由来はスタンドの下に「峯とは頂が目の前に続く地」とある。・・都県界尾根.

      14:30峯bs.¥597. :55=15:40東武飯能.¥503.準急:54=16:19所沢.西武急行16:20=16:59新宿.
      =大江戸線・日没16:36.田無付近.
    jr工事
     「jr高輪ゲートウェイ駅」の路線切り替え工事のため.山手線は初電より全線運休.(後に大崎駅〜上野駅間)。
   京浜東北線は品川駅〜田町駅間が運休。それでも往路は京浜東北線で東京駅から中央線に乗り換えている。
   電車は当然「田町駅行」になる。初めて見る行先.復路は念のため飯能の東武線から所沢駅で西武線に乗り換え.大江戸線で帰宅した。

   11/17日. 見城先輩は越後飯士山に出向き.激しい雨に打たれ退散.上州子持山へ。西高東低の冬の気象を忘れた模様.
   11/21日. 白山・浅間山・吾妻山で初冠雪.

   今回の概念図
   地形図「原市場」.「武蔵日原」.zzz191106逆川ノ丸周辺・長久保山北面.登山道明細図西編・・シリオブーツ.20712歩.13.5km
   麦茶500ccにコーヒー150cc・オデン.妻のカツ・タマゴサンド.蜜柑2.バナナ.大福は車内で.コンロ・アイゼン

     上日向bsから逆川ノ丸南西尾根を詰め常磐尾根の伐採地
     逆川ノ丸東尾根から磐林道を綴り都県界尾根.柳川丸から大クラ尾根ノ頭
     和泉入中間尾根(長久保山北東尾根)から崩落した和泉入林道・・上名栗諏訪神社と庚申の湧水