浅川峠から初めて東方の権現山稜を東進. 権現山と雨降山.要害山 ・・権現山陵と周辺の山々

   新雪積る権現山を軽くラッセルし.嬉しいことに誰とも会わぬ山中をのんびり独り越える。権現山から大展望を楽しみ.奥社を経て
      東方の権現山稜に入り.ナベワリ沢ノ頭.玄房乗越.雨降山.寺ノ入山.玄房乗越.十文字峠.瀬渕山.要害山から小倉を経て鶴川.鏡渡橋。
                                                2020年01月21日.松村
     浅川峠から雪白き権現山稜・・大展望から.二本杉
     十文字峠から要害山を越え鏡渡

    天候と積雪を見て現地で行先を考える
     正月早々に笹尾根の土俵岳を南北に横断している。その南尾根からは南方の背に聳える雨降山を振り返えつつ登っていた。
   その雨降山の山懐に入る。権現山を中心にした東西に延びる権現山稜は桂川の支流.鶴川と葛野川の分水嶺を成している。
   更に鶴川の支流の仲間川と葛野川の支流の浅川とで隔てられをり.更に扇山へと繋ぐ権現山南尾根(浅川峠)に構成される山域。

     西方の浅川流域の支尾根・中間尾根には何度か通っているが.東側の支尾根は今だ未踏。
   その為にも今回は浅川峠越えをし亀岩を経て大窪沢ノ頭南尾根から権現山陵へ登り返し.尾根伝いに末端まで下る予定でいた。

     それが沿岸低気圧の影響を受け.山梨県内は降雪に見舞われた。日本海側の沿岸では降雨が続き.一月一杯は暖冬が続くという。
   天候の回復を待ち.麻生山南尾根に変更するも積雪量が分からず.前日寝床で改めて浅川峠からの登山道へコースへと変更した。

     私的には登山道だけの山歩きは久しく.のんびり自宅をで.遅い入山になるも日当たりの南斜面を気儘に歩むことにした。
   明るい冬空を仰ぎながら木洩れ日の雪山を訪れた。最後は上野原丘陵の西側端に佇む.鶴川右岸の小さいながら目立つ峰・要害山へ回り込む。

   終点,浅川バス停.8:52

   1月21日(火).快晴.風は尾根に遮られている
     jr御徒町.¥1580. 5:59=6:04東京.快速6:16=7:24高尾.小淵沢行:28=8:08猿橋.浅川行:18=8:50浅川bs・・日の出6:49三鷹付近.
     権現山南尾根・・8:50浅川bs―11:25権現山―14:25十文字峠.

     jr御徒町駅.発車の2分違いが中央特快なら猿橋に32分早く着く。ただ駅からのバス待ちが長くなるだけで.ゆっくりした入山に変えている。
   浅川行.路線バスは奈良子入口付近から残雪に覆われ.家屋の屋根に積もる雪面を見て.周りは全て雪の世界に変わっていた。

     地元の老人が一緒に乗車. 居眠りで起こすと「いいんだ!」の声。既に過ぎてしまったので帰りに降りると。運転手も笑っているようだった。
   終点浅川では2人の夫婦と乗り替えている。「何処へ!」と云われ.「権現山!」と伝えると「気を付けて!」と返ってきた。病院へ通院するようだ。

   林道竜滝橋.9:04

     過って2013年の正月明けに浅川橋から浅川集落手前の墓地脇にバスが停まり.曽倉山西尾根伝いに扇山へ登っている。
   その折は乗客が私独りだったためか.浅川橋バス停で下車。路線路を歩み出すと私の上方に停ったバスに.再び拾われ.取付きまで乗せて頂いた。
   その年の5月にはバス停終点に流れる浅川川大入沢の二俣中間尾根を詰め麻生山に出向いている。

     それから7年の月日が経ち大入沢を渡り浅川峠へと林道を歩む。今回は浅川のバス停から非舗装林道を進んだ林道終点が登山口。
   今回は登山道を選び.雪道に期待を寄せていた。竜滝橋手前の右岸上流側には黄色(赤?)プラ杭が点々と付けられ.径路は尾根上にあるようだった。
   1240m圏コブにでる竜滝沢右岸尾根に乗る。

    麻生山南尾根と長尾根
   1020m点南東尾根.9:12
    1020m点から裏側に延びる南尾根が予定していた尾根。麓の取付きは春日神社.

    オクノ沢ノ頭1252mの784m点
   右奥が権現山

   小尾根に乗る林道終点広場.9:13

     以前春先の残雪期に曽倉尾根から地獄谷を周回した折は.この左先から浅川峠への山道を分けていた。浅川峠へ直接登るのは初めて。
   浅川バス停に降り.道標に従い浅川峠へ向かう。登山道は曽倉尾根の1本北側の竜滝橋を渡り.付近に没する中間尾根を登り.
   林道終点から左の尾根の山道を詰め.最後はトラバースしながら30分ほどで浅川峠にでている。

     トレースは幾つも踏み跡があるものの靴跡は皆下っている。登る踏み跡は下りが多く.潰されてしまっているのだろう。
   今朝は遅い入山に係わらず.まだ登るハイカーの足跡はなく入山していないようだ。それは扇山方面を含め下る踏み跡が続くのみ。

    浅川峠
   冬空に雪面煌めく浅川峠を下る。9:46
    扇山方面は北斜面に当たり壺足の踏み跡が続く.

     浅川峠867m点の道標から数m先の北側にも道標が立ち.その裏側から東方へイチザカ沢へ降りる小尾根が下りている。
   ルートは踏まれていず谷間へと下降し.再び権現尾根に登り返すには時間的に無理。

     下れば亀石から和見棚頭林道を経て大窪沢ノ頭南尾根を詰めることになる。降雪がなければ最初に登る予定ていた。
   今回は登山道を埋め尽くす残雪を踏むだけで充分。権現へのツメは融雪し裸土も現れるだろうが.頂稜にでれば雪面を踏むようなる。

   権強い陽射しに融雪が進む権現山西肩へ.10:47

     分岐上のノンダ沢ノ頭870mを1越え.北上し.10時.864m圏で植林帯を抜け.南尾根を詰める。
   まだ一面の残雪に満ちていたがここ権現山のツメを真近に迎えると融雪し裸土が多くなる。
   959m点を過ぎると尾根は全て雑木に被われ.赤プラに赤い見出し標柱を見て.黄色いプラ杭も見るようなった。

   西鞍部への分岐の山腹道.11:10

     点々とある残雪線は頂稜の分岐へと巻く径路。右手にも横切る細い径路あり.1280m圏にでて頂稜を詰めると
   右前方からの巻道に合わさる。恐らく同じ径路の山腹道だろう。

    1280m圏
   マーキングの賑やかな権現山の西肩にでる.11:12

    権現山を仰ぐ
   左・尾名手川側との雪背稜の接線.11:14

    権現山
   2つの三角点標石が立つ頂から笹尾根.11:22〜:50
    傾く石柱奥は熊倉山から三国山,生藤山. 尖がりが茅丸,膨らみが連行峰.道標の裏が陣馬山

     権現山の頂には大勢籠権現を祭る小祠があることから権現山と呼ばれ.北都留三山(権現山・扇山・百蔵山)の1つ。
   大勢籠権現の読み方には諸説あり.地元の上野原市和見地区では「おせろうごんげん」と読まれ.「おおむれごんげん」と呼ばれることもある。
   過去の文献で大勢籠を「おおむれ」とも呼び.権現山を大勢籠山(おおむれさん)と呼ばれていたという説もある。・・大室山.

     権現とはインド起源のほとけが仮の姿(権現)として本地垂迹思想において現れた言葉であるとともに徳川家康の神号(東照大権現)
   として用いられている。権現山という山名は山中に権現もしくは東照大権現としての家康が祀られたことに
   由来するものが多いと考えられている。権現山という地名も多くはそこから派生したものと考えられた。

    権現山,二等三角点標石1311m
     2011年1月の同じ頃.尾名手川を取り囲む尾根として.腰掛から権現山北尾根を詰めている。
   今回南尾根を登り.権現山を南北に横断したことになった。当時は残り雪もなく裸土の頂に立っていた。
   腰掛の番犬に飽きるほど吠え続かれ.尾名手川出合にある巨大な堰堤か登った覚えがある。

     今日は二日続いての快晴の空. 北側に三頭山の奥に雲取山が望まれ.笹尾根から続く奥多摩の山並が広く開かれた。
   又私を囲むよう南側には一段と高く聳える富嶽から道志・丹沢山塊まで大きく見渡せられられている。
   頂で単独行者が登ってきた。山で会ったのは彼が最初で最後。浅川峠からピストンし扇山を越えるとのこと。

    富嶽
   暖冬で失われた新雪

     冬空に冬富士がくっきりした輪郭を描き.西風を棚引かせている。
   手前には鹿留山の山並や猿焼山西尾根の山並がはっきり望められた。右脇に大きく構えるのは三っ峠山。

   桂川中流流域
    道志と御坂山地の境界線上でもあり.桂川沿いには中央高速道・富士急は「河口湖. 国道道志みち」に源流は山中湖になる。

    大岳山馬頭刈尾根と甲武国境尾根(笹尾根)
   左景・・左奥は大岳山
    左端は前回正月に笹尾根を南北に横断した土俵岳.

     笹尾根丸山を中心に南方へ延びる支尾根群と麓には初戸川沿いの西原古道が長く開かれている。
   手前右下端にキラッと無線電波塔が見えるのが雨降山は左下に延びるのは玄房尾根。初戸付近に下りている。

     暮れには目の前の笹尾根を登り返し西原古道を訪れている。中央が丸山南尾根.左肩からは南西尾根が延び.
   右手の笹尾根小棡峠からは並行して南尾根が延び,如何の方向も里は西原古道に突き当たる。

    一枚の写真
     暮れには檜原街道の森沢林道から森沢700m圏出合右岸尾根・丸山南尾根・西原古道・アッチ沢右岸尾根・南沢中間尾根を経て.
   再び街道に戻っている。そして年を明けて笹尾根の土俵山に立つ。その南尾根からは権現山を背に見つつ登っていた。
   又月を明けず.逆に土俵山を眺める頂に今立っている。この山々の巡る合わせが上の写真一枚に描かれた。

     笹尾根北面の馬頭刈尾根末端と戸倉山域
    中景・・左奥は笹尾根御前山

     笹尾根の中央は土俵山. 今年正月に鶴川から南尾根を詰め.北尾根の大伐採地を抜け南秋川・檜原街道に降りている。
   気温が上がり暖かくなった。今までは山陰に閉ざされた微風が寄り添い肌寒く.居心地のよい所を求め移動していた。

    笹尾根の土俵山〜高尾山
   これから綴る雨降山方面.

     遠く真近に望む権現山からの笹尾根南面の長い山並。初めての笹尾根は高尾山から生藤山・三国山でて諦めている。
   訃報を聞き井戸の軍刃利神社へ下りていた。写真の生藤山の左脇には小さな三国山があり.山頂から権現山を撮影した写真がは枚目下に乗せました。

    権現山の頂点から写真の右端下の鶴川まで縦走が始める・・権現山陵の東方尾根
   権現山稜南面
    左手前が扇山入尾根. 川沿いには旧甲州街道と中央高速道が横切っている。

     寺山東尾根から御前山東・南尾根を綴った時の寺山からの展望・・2017.01.29/10:00
   権現山稜の主峰.権現山から東側に目を進めると雨降山から南尾根に延びる高指山911mと甲東不老山839.4mが
   互い競い合うよう聳え.裾野には鶴川の支流仲間川が横切り.支流の扇山沢は萩野に落ちる扇山東尾根の北側に回り込み遡っている。

     左下端は扇山東尾根になり.末端は萩ノ丸794mで.南麓の広がりはサンメンバーズカントリークラブ。権現山稜に戻ると二本杉.
   三角点峰908.9mがあり.奥上は三頭山笹尾根で土俵山1005.2mから始まり浅間峠から生籐山へ。頂から見える不老山の右尾根の裾野には
   中央高速道が走り.談合坂ACがある。・・談合坂の下りSAより笹尾根を撮影.後半.三国山〜高尾山図の下段.

    雨降山と二本杉
   黒田川流域・・2011.02.19/8:56
    東方に延びる山並で権現山は雨降山の山蔭に隠れ見えず.二本杉から御林峠へと続く。和見沢を隔てる左手は不老三山の山域。

     山稜の東端は初戸川沿いの県道33号線・神戸に落ちている。左手の小コブは対岸に聳える聖武連山.542.4m三角点峰。
   熊倉山省武連指尾根(南西尾根)の末端コブに当たり.麓はレイク相模CC。
   ・・対岸に流れる左岸の黒田川上流の井戸から熊倉山南西尾根に取付きた折りに振り返った展望。

    権現山稜・・雨降山.権現山.三森北峰
   笹尾根.三国山の頂から権現山稜を望む.2008.02.29/15:09

    権現尾根の東方は初めて踏む
   権現山直下にある大勢籠権現を祭る小祠.11:51
    植林帯に突入.急下降し雨降山に至る

   奥社の大ムレ権現

     奥社から東方の和見峠を越え谷間の和見集落に入ると和見王大勢龍神社(おせろう)が1250mに建立されているた。
   その奥社に当たるのが権現山の肩の岩を削って造られた参道を持つ大きな木祠。和見まで結構な距離があるが
   昔の参拝道は雨降山を経てのようだ。その方向に向かい木祠は祀られている。

    大窪沢ノ頭南尾根の西面のツメ
   権現尾根の北面より見下ろす.12:05
    向かいの谷間の小コブは扇山沢越えの扇山東尾根・萩ノ丸794m辺り.

    ナベワリ沢ノ頭
   北側の冬木林を横切る.12:12

    玄房乗越(和見分岐)
   尾根筋は直ぐ「すみれの丘」へ.12:24

     右手は亀石からの和見棚頭林道が横切る和見峠越え.甲東地区(旧甲東村)にある甲東三山
   (ゴウド山.高指山.不老山(桑久保山)へ至る尾根。和見峠から東の集落に延びる旧道は荒廃化している。

     上野原市西部.中央高速道の下り団子坂SA周辺にあたる地区。甲東とは「北都留郡史」によるとこの地にあった幸燈神社の幸燈.
   (神仏の前にともす灯火)が転じたとされている。

    雨降山
   三基の無線中継塔と観測塔が建つ.12:29
    中央の建物は観測所とある

     雨降山(あぶりやま)の由来は松浦書によると「雨乞いを託した山」の他.雨は天が転じ.天とは
   「高所の崩壊」.降は「昔」を意味することから「大昔に崩壊した高所」というものや.古朝鮮語を当てはめられ.
   「降」は「火」を意味し.付近に花崗岩の地質があることから火山活動によるともあり。

     鉄塔手前の左へ入る分岐が玄房尾根. 初戸川との出合付近,鶴川沿いの腰掛林道起点付近に下りている。
   初めてのことで南側の鉄塔基部に回り込んでいる。中庭は雪原の如く射す陽光に煌き.檜に囲まれ風もない。日向ぼっ子には一番の所。
   昼食を考えるが展望はなく.周りはは人工もので諦めている。

   再び檜の植林帯に入る.12:35
    植林帯も木洩れ日に恵まれた風がない所だが昼食場所には森の中.今1つ.

    寺ノ入山
   木片に山名標が付けられていた平頂.13:03〜13:30
    寺ノ入山1026m←1024m

    昼食
     雑木の境.南面は植林が帯をなし続いている。融雪すれば長閑な草付きの灌木帯になっているのだろう。
   左前方の初戸川沿いの雑木の雪原に倒木を探しだし.前回のルートだった土俵山を裸木透しに見つつ昼食を摂ることにした。
   今回は10年振りに? カップヌードルを購入した。再び登山を始めた頃はよく中身だけを購入していたのを想いだす。
   
     当時は東丹沢の三峰・鍋嵐周辺の山々を歩き回っていた。同じ味だと感心するのも可笑しいが.少し実が多く.
   味が強くなった気がする。河原や藪の切れた遠望のできる所で食べていた気もするが。藪絡みの鹿柵にあっては作業道を進み.
   向かいの山に登れば更なり鹿柵のジャングルが続いている山域だった。

    笹尾根土俵山南尾根
   ニツクラ山を過ぎ928m圏より.13:44
    谷間の久野本から城山を越え南尾根を詰めている。北側は今年一番の寒さで渡渉して檜原村に降りていた。

     寺ノ入山.ここからは境界尾根から再び植林帯に入っている。山道は窪む抉れた溝状に変わり.
   残雪がこの窪んだ登山道のみを溶けだしていた。一度氷化した土壌は透明に凍り滑ることこの上もない。

     足元に気を取られている内にニツクラ山(二ノ倉山)960mの頂を通過。赤帽黒杭あり.気が付いた時は950m.
   少し登山道から北側に外れていているのに気が付かなかった。

    二本杉
   二本杉手前の芦瀬.三本木への分岐.13:57

     大らかに広がる尾根を綴っている。そして二本杉手前の分岐にでる。尾根を境に北側の登山道は雪面で.踏み跡は見られなかった。
   左上の疎らな雪面3mほどの高みに頂がある。山名標があるだけの所で.分岐の直ぐ先の用竹への分岐にも「.二本杉」と示されていた。

   二本杉の東方にある分岐.14:01

     朝方猿橋駅前でバスを待つ間に.見知らぬハイカーに要害山はここからは無理。
   勧められた用竹への分岐にでる。一面に積もる積雪で距離的に無理と告げているのか? 先に難路があってのことだか?

     私に何故か説明もなく.小言のよう言われていた。この分岐の道標に初めて「要害山・尾続山」の行き先を読む。
   又道標の直ぐ裏側に大杉があると聞くも.遠目で見渡しただけで諦めていた。

    大倉山を擁する尾根
   南尾根に入り十文字峠へ.14:22

     用竹を分けて右手の南尾根に入る。南面に入ると急に融雪が進み.残雪は失われ.古い赤プラを見付けている。
   土壌は幾らかソフトに感じられた。それだけハイカーは疎らな所なのか? 下るにつれ窪状に掘り起こされた山道に変わってきた。

    十文字峠(御林峠・傘松)
   十文字峠は706m点の直ぐ下になる.14:25

    十文字峠
     大倉山720m点の緩やかな小コブを下ると尾根を抉り取った感じの所にでて.小平地と思われる十文字峠にでる。
   道標には「←用竹.↑芦垣・大倉.和見→権現山↓」とある。ここは右手の和見集落とを結ぶ昔の道。
   和見林道終点に至る幅広い作業道の終点だった。

     尾根筋の芦垣尾根を真っ直ぐ下れば.ほぼ平坦ななだらかな尾根から和見川沿いに下り芦垣・瀬淵にでられる。
   更に沢沿いに下れば県道大月上野原線の路線バス.「和見入口」バス停にでる。
   和見川出合から浅川峠東側へと棚頭林道を遡り.亀石から周遊して和見棚頭林道に入れば和見を峠越え.最初の予定コースから和見にでられる筈。

     十文字峠を見下ろしそのまま左に折れたため.道標になる石碑を見逃している。「南芦垣.北大室山.東棡原.西和見」と示されているらしい。
   用竹方面が尾続山・要害山へ続く登山道になり.大倉山から延びる尾根に乗るため.左の細道をトラバースすることにした。

     峠の道標の左手は北側に深く回り込む細い巻き道で.大沢のツメから東寄りの尾根に乗り移る。トラバースは一時短いが藪絡みになった。
   2つの崩れた小さな沢を横切り.V字に並行する尾根の大らかな山腹にでると再び確りした登山道にでた。

     浅川峠から雪白き権現山稜・・大展望から.二本杉
     十文字峠から要害山を越え鏡渡