奥多摩.三頭山笹尾根周辺

         桧原の峠道図
         下半.三国山〜陣馬山〜高尾山ルート略図
         地名「川乗」の由来
         奥多摩大岳山からの全笹尾根.北面からの写真
         三頭山笹尾根古地図 

桂川鶴川流域

     三頭山笹尾根陣馬山と高尾山

     奈良倉山東尾根経路と旧佐野峠道
     権現山北尾根.権現尾根.大寺山尾名手尾根  

 

   三頭山笹尾根上半・・三頭山〜三国山
      三頭山入小沢ノ峰北西尾根                           奥多摩.奥秩父東部概念図
  
   権現山北尾根〜尾名手尾根略図                             熊倉山.三国山南面の略図
              鶴川左岸地形図                         熊倉山周辺.陣馬山〜高尾山・・古地図
                                             下半三国山〜高尾山
    大岳山から望む北面の三頭山笹尾根.上半全景

    笹尾根北面.南秋川→秋川→多摩川
    笹尾根南面.鶴川→桂川→相模湖→相模川


    笹尾根(三頭山〜田和峠)
   都県界尾根の西原峠
    大沢山大茅尾根と三頭沢とハチザス沢との中間尾根

  

  三頭山〜大羽根山
   2008年03月. 桧原都民の森一三頭山一大羽根山森沢一桧原街道笛吹一出畑先
  上平峠〜三国山
   2008年04月. 温泉センターbs一上平峠一土俵岳一熊倉山一三国山一石楯尾神社bs

   2011年02月. 玉川から三頭山入小沢ノ峰北西尾根一牛飼尾根から阿寺沢入口bs
   2011年02月. 井戸bsから熊倉山南西尾根一トヤド浅間から檜原街道京岳bs
   2016年02月. 数馬bsから都民の森. 三頭ノ大滝,ムツカリ峠を経て三頭山―笹尾根西原峠から1001m点南東尾根から郷原・・阿寺沢入口bs
   2016年04月. 都民の森bs「深山の路」から三頭山御堂指尾根を下り.「山のふるさと村」を縦断し.湖畔「いこいの路」から麦山浮橋・・峰谷橋bs
   2016年09月. 数馬bsからハチザス沢と三頭沢との中間尾根.石原小屋窪右岸尾根―ハチザス沢ノ頭から大沢山大茅尾根を直接.飯尾へ・・飯尾bs

    桧原の峠道
  

     桧原の峠道
  西多摩郡桧原村は東京都下の西はずれ.山の1つ向うは山梨県だが.新宿駅から1時間半.武蔵五日市駅からバスで秋川渓谷沿いを
    約30分.村役場のある本宿まで行ける。だがここは村を縦割り真っ2つにする浅間尾根の鼻の先.南秋川と北秋川が合流する・・桧原谷の入口である。

  「桧原は山と谷,どこへ行くにも山坂ばかり」と甲野勇氏は唄い.40数年前の「岳人」に桧原の峠.その歴史と民俗と題し寄稿していた。
    昔の桧原谷の交通を考えると木村から谷沿いの道が南谷は出野まで.北谷は大沢へ通じるだけで.そんな時代が長く続いていた。

     浅間尾根道
  桧原谷はV字の両端を強くしばりあげた形で谷奥からは浅間尾根道が両側の谷道よりも近道になる。
    桧原は尾根交通の時代が古く.笛吹から数馬までの谷沿いの檜原街道は近年のもので.昔は笛吹峠の枝尾根に取り付いていた。
    そこから数馬まで下っている。

  浅間尾根は「古甲州道」と呼ばれ甲斐と武蔵を結ぶ街道で桧原のメンストリートでもある。
    尾根の中心が浅間嶺で.昔は「富士峰」と呼ばれ富士浅間神社が祭られている。

  だが数馬から人里(へんぽり)へ行くには山越えをして.まず笛吹(うずしき)へ。そしてそこの谷底に下って人里まで登るより.
    一気に浅間尾根に取り付いて人里へ下ったほうが楽だった。(古甲州道).

  小河内谷の川野からとりつく風張(かざっぱり)峠は炭荷をつけた人馬が登ってをり.五日市で穀物や雑貨を積んで帰っている。
    亨保17年(1732年)のことである。

     笹尾根
  小坂志沢から恩方への市道越えは江戸期には八王子市場へ通じ.大正末期まで八王子への近道として利用されている。
    ただ柏木野から武甲境の生籐山(きっとう→しょうとう)の肩を越え相州佐野川へ出る三国峠越えは早くから廃れていた。

  小坂志沢には千匹猿と呼ばれる野猿群が見られ.上流には縄文土器が出土している。
    源平合戦の子孫が隠れ住んでいたなど伝説化されたものも多い。

  縄文土器と言えば北谷奥の沢又から御前山の肩を越える小河内峠に約7千年前の早期縄文住居遺跡が発見された。
    信州方面の山地文化と武蔵野の平地文化.双方の縄文土器が混ざり.ここでは2つの縄文文化が交流していたようだ。

  江戸初期に始まる五日市場の賑わいのずっと以前は,南谷の奥の下流よりも甲州への窓口が多かったかも知れない。
    五日市より上野原の方が近かった。笹尾根には南谷の集落より幾つもの峠道が横切っている。

  笛吹の「塩の道」や「嫁とり坂」と呼ばれていたことを考え.兎も角南桧原谷奥と甲州とは密接な関係にあるようだ。
  多くの峠道が今でも残されている。2007年04月に小河内峠大平尾根に。08年03月と04月には三頭山笹尾根と桧原街道を歩む。
  甲州街道塩山への道 新.旧青梅街道


     大ダワのダワとは
  尾根筋の低く弛んだ地形の事で峠を指す。タワ.タオ.ダルミも同義語である。奥多摩や秩父でよく呼ばれ峠の代名詞となっている。

     地名「川乗」の由来
  浅間峠を南に下れば上野原.北に下れば南秋川沿いの「上川乗」の集落にでる。その僅か下流には「下川乗」の集落がある。
    この「川乗」の地名は国土地理院1/2万5千図.「猪丸」も「川苔」と記してある。その記実は地図やガイドブックに多い。

  ただ1/2万5千図,「武蔵日原」では川乗山.川乗谷となっている。過って近くの谷のみで採れた川苔に由来すると伝えているが有力な異説もある。
    江戸後期,文化文政時代(1804〜18年)に伐採した材木を谷の流れを利用して運び出す方法がが盛んになっていた。

  材木の多くは管(くだ)流しで下流の開けた水場の多い場所に集められ.イカダや水を塞き止め.一気に流し運んでいた。
    この時イカダに乗ってこれを操る人を「イカダ師」「川乗師」と呼んでいた。上川乗周辺が材木の中継地で多くの川乗師が見られたとも聞いている。
    桧原村の古い絵図.江戸幕府直轄の御林山巡検路(1829年)にも集落名は上川乗.下川乗と記載されていて川苔は見当たらず。

  奥多摩の「川苔山」は又は「川乗山」とも呼ばれている。この山は比較的山奥まで沢が流れ.その為か山奥まで造林用の林道や小屋の礎がある。
    由来から察すると自ずと考えられる山名でもありそうだった。

     上野原丹波山線・バス路線.阿寺沢入口・・・道路肩補強.擁壁工事.H618A043

   2011年01月18日. 初戸bsから甲東権現山北尾根―権現尾根.尾名手尾根から阿寺沢と阿寺沢入口bs
            コンクリート吹き付け工事。吹き付ける為.その前に路面に沿い長い溝を掘り.防禦壁を造る工事が行われていた。
   2011年02月02日. 小菅川から都県境界尾根伝いに三頭山を南北に横断し.鶴川長作観音堂から阿寺沢入口bsへ街道を下
            コンクリートの拭き付けが終われば撤去すると云う。工事が終わる前に「もう1度.ここに訪れるよう!」.別れの言葉を頂いた。
   2016年02月02日. 数馬から都民の森.三頭ノ大滝を経て三頭山―笹尾根西原峠から南面の里.郷原と阿寺沢入口bs
            そして忘れていた言葉の再会を満たすことになった。それから5年経ち.偶然訪れている。


    三頭山笹尾根下半・・三国山〜陣馬山〜高尾山
        笹尾根上半.三頭山〜三国山                                  奥多摩,奥秩父東部概念図
  
    桂川.相模川南面前道志山地

    権現尾根の東端と右奥が笹尾根の浅間峠と熊倉山
   2014.09.30
    手前中央を横切るのが大倉山芦垣尾根。見ずらいが間に乗る尾根にコヤシロ山に要害山が連なる。
    ・・西湖根場へ行く途中で談合坂下りSAより.

    笹尾根を背に要害山
   左景アップ・・右端が八重山
   ・・コヤシロ山から談合坂SAを見下ろす。
     麓に広がるのが桑久保東区で下流の仲間川沿いには旧甲州街道が綴られている。
   又.桑久保からは金毘羅宮を過ぎて不老山・高指山を経ての登山道がある。

   裏高尾側
   高尾側
   南.東高尾側
   笹尾根北側


   笹尾根南側

小仏川→城山川→北浅川→浅川
日影沢.案内川→南浅川→浅川→多摩川
相模川.大地沢→相模川
滝沢川,醍醐川→北浅川 
小坂志川→南秋川→秋川→多摩川
軍刃利沢→矢沢→南秋川
西入川→相模川
栃谷川.沢井川→相模湖→相模川
境川→相模湖
黒田川→鶴川→桂川→相模湖

   高尾山周辺
    1956年頃.  従兄弟と登る高尾山
    1984年04月.高尾山口ヶ一高尾山一森と水コース
    1988年05月.高尾山口ヶ一高尾山一小仏城山一相模湖
    2005年02月.高尾山口ヶ一高尾山稲荷山尾根
    2014年02月.豪雪の裏高尾.小仏峠から南高尾山稜.草戸東尾根・・相原大戸


   陣馬山周辺
    1985年04月.陣馬高原下一陣馬山一底沢峠一美女谷温泉一相模湖
    1987年05月.陣馬高原下一陣馬山一奈良子峠一板谷川.陣渓園一落合

   高尾山〜生籐山
    2008年02月.鶏冠尾根
    2012年08月.佐野川から連行峰鎌沢尾根―笹尾根連行山から万六ノ頭南東尾根,笹平
    2014年03月.和田から草木尾根―醍醐吊尾根から臼杵山グミ尾根.荷田子峠

    奈良倉山東尾根経路と旧佐野峠道→葛野川,鶴川に挟まれた流域地形図

               至鶴峠                   三頭山
  
   牛寝通り.長峰からの下山ルート                    下図・・大寺山尾名手尾根



三頭山笹尾根上半


牛飼尾根末端拡大略図







上野原丹波山線
  至阿寺沢入口バス停










市界尾根にある西原峠

至阿寺沢の集落
  
下図・・大寺山と阿寺沢

   境界尾根から鶴川に落ちる奈良倉山東尾根.坪山の東尾根.尾名手尾根.権現山から望む南面写真
   鶴川→桂川→相模湖→相模川
   葛野川→桂川

   松姫峠.鶴峠から奈良倉山の径は登山道
   奈良倉山東尾根の赤線には経路が綴られている
   背稜尾根上の林道は作業道
   破線は左尾根で県道佐野山登山口少し手前にでる。右尾根は赤線で飯尾橋(ヘチ橋)手前で渡渉
   佐野往還道は奈良倉沢より奈良倉山西尾根へ。佐野峠から佐野山南尾根を中風呂へ。後に迂回するよう西原峠から中風呂へ回っている
   佐野山登山口は判らず
   西原峠一1170m峰一坪山から飯尾.西原への径は登山道. 西原から笹尾根西原峠一檜原数馬への登山道あり

    2009年11月. 奈良倉山東尾根から葛野川左岸尾根一佐野の古道
    2011年02月. 入小沢ノ峰北西尾根から三頭山―牛飼尾根から阿寺沢入口
    2011年01月. 権現山北尾根から権現尾根.尾名手尾根

   桂川葛野川東面
    2008年12月. 大菩薩嶺牛ノ寝尾根を下山後.松姫鉱泉に宿り翌日百蔵山へ
    2010年11月. 大菩薩長峰を下山.深城より街道を中風呂を抜け矢坪まで下る・・シッチハイク

  権現山北尾根.権現尾根.大寺山尾名手尾根→葛野川.鶴川に挟まれた流域地形図

   上図・・佐野の古道
     飯尾の集落                    西原.県道バス停阿寺川入口
  
    バス停阿寺沢入口には尾名手尾根を下った終着点.又2週間後再び牛飼尾根からの帰路訪れる。



三頭山笹尾根

    上半南面





初戸
 鶴川初戸川出合
林道腰掛線と県道




尾名手沢拡大略下図



2011.01.18

    桂川鶴川流域
     2008年03月. 三頭山笹尾根U. 笹尾根西原峠抜け迷い大羽根山へ
     2008年04月. 三頭山笹尾根V. 南集落から上平峠へ。三国山で笹尾根を完結
     2009年10月. 奈良倉山径路と古道を歩む. 路線バスは上野原=飯尾間. 季節バスとして春と秋に飯尾=小菅=松姫峠間運行
     2025年05月. 鶴峠から奈良倉山.佐野峠.坪山分岐.西原峠で林道と分かれ.小寺山.大寺山から三ッ森北峰鋸尾根を下り.カワツバタ窪ノ頭から小姓へ.H=jr猿橋
     2011年01月. 権現山北尾根から大寺山尾名手尾根を下り.西原の阿寺沢入口バス停にでる。
     2011年02月. 入小沢ノ峰北西尾根から牛飼尾根を下り.県道を西原の阿寺沢入口バス停にでる
     2011年02月. 笹尾根を南北に縦断,熊倉山南西尾根からトヤド浅間
     2014年06月. 初戸bsから腰掛集落に入り尾名手川左岸道で難渋し.尾名手尾根1098mコブ南尾根へ回避し下山・・阿寺沢集落bs
      奈良倉南尾根から葛野川左岸尾根.佐野峠の古道へ全景
・・2014.06.02