| ・・奥多摩湖畔道Top 三頭山Top 距離の短い尾根の割にアルバイトを強いられた尾根. 三頭山北面のヨンスキ沢中間尾根(三頭山中尾根)から都民の森へ 麦山浮橋からヨンスキ沢二俣末端の右枝尾根から主尾根に乗り.ヌカザス尾根から三頭山に立つ 主軸の右足を初めて痛める。トレーイング不足か? 疲労困憊の両足。浅間尾根先の山行を諦めて「都民の森」から旧登山道.上数馬へ 2020年03月26日.松村 ヨンスキ沢右岸尾根から中尾根末端の右枝尾根に取り付く・・対峙したカモシカとタヌキ 三頭山中尾根からヌカザス尾根を合わせ三頭山越えの檜原都民の森 三頭山中尾根は奥多摩湖の南岸に流れ込むヨンスキ沢の中間尾根に当たり.数年前に境ノ尾根(シンナシ尾根)を詰めた折. 下調べで中尾根の存在を知る。その後.Momada氏の旧HPから漠然とだが概要を知り.数年前には右岸並びの御堂尾根を下っている。 下った途中で見た左手に並行する中尾根は地形的にみて.逃げ場を含め登れる可能性が十分でてきた。 今回は中尾根の作業道が改修されたことを知り.慌てて入山したものの.三頭山の頂に立ち1本取ると両足の足首が可笑しくなる。 「新型コロナウイルス」の影響でトレーニング不足を諸に受けていた。筋トレ処か殆ど散歩すらせず室内に閉じこもっていた。 恐らく中尾根末端の取り付きをズルして.本来のルートから少し西寄りに離れた枝斜面から取り付いている。 ここはのっぺりした裸土の丸みを持つ激勾配から繋がる末端で.軽アイゼンを履いての行動だった。 足首が抉られ.もたれ掛かった感じが連続し.思いの外.足に負担を掛けさせていた。 この先.三頭山に立ってからの浅間尾根への続行は無謀.大事を取り.足首を庇うようよう都民の森の探索路に逃げている。 甲州街道の室沢トンネルを潜り峰谷バス停次の小河内バス停へ3月26日(金).曇後快晴 jr御徒町5:11=5:15神田.快速:19=6:05立川:10=7:30奥多摩:38=8:04小河内神社bs530m・・日の出5:36.高円寺付近. 中央線の運行システムが改正される。 2/14日.JR東日本のダイヤ改正に伴い.東京駅発中央線の各駅停車は廃止され.中央線快速と中央・総武線の各駅停車が完全に分離された。 立川付近では薄く雲が切れるもまだ曇天の中だった。青梅線に乗り換え.羽村付近で層雲が切れ.車内に朝陽が射し込み陰るも明るい陽光に。 車窓から眺める東中神駅前にある高等学校の校庭仁咲く桜は大木で7.8分咲き.沿線に点々と咲き誇りる桜も満開が 今か今かと溢れるばかりに待ち望んでいた。奥多摩駅ホーム端の何時もの桜はまだまだ疎らだった。 榧ノ木山.六ッ石山 岬から湖畔.側壁越の集落と背は榧ノ木山.8:10小菅の湯行バスの乗客は15名前後.ハイカーがほぼ半分を占め結構座席を埋めている。岬に入り河内神社バス停へ。 写真左方の青梅街道にある白い丸柱は「小河内神社」のバス停スタンドで下車。 右脇の麦山トンネルは今.峰谷橋バス停を過ぎ潜ってきた青梅街道。 岬から雍壁を下り.渡りながら振り反って見ている場所がドカンの麦山浮橋。土手下の左手の踊り場左側に小さな岩場がある。そこにカモシカがいた。 湖畔の壁で行き止まったカモシカ 湖畔下縁で.カモシカ 路線バスは奥多摩湖北岸を綴る青梅街道を西進し峰谷から隧道を潜り.岬に入ると直ぐ小河内神社バス停に着き下車した。 稀に見る気持のよい晴天に恵まれている。湖畔の岸壁からパイプの麦山浮橋を見渡しているのは一緒に降りた女子5名組. 男子壮年組はヌカザス尾根から三頭山へ登るようだ。彼女達も同じように奥多摩湖を対岸に渡り.これから目指す尾根筋を清々しい気持で眺めていた。 私はその2つのグループの間を抜け.対岸に渡るため浮橋の階段を降り.踊場先の側壁に囲まれた岩場の前にでる。 すると一頭のカモシカが私の方を見詰めていた。踊場に着くまでは全くカモシカがいることこと事態が分からずにいた。驚かされている。 道路真向いのバス停から百歩ほどの距離. まだ歩き始めたばかりだった。 何時もは大人しく直ぐ傍でも気儘な動きをしているカモシカが.行き場を失い.逃れる先の私をジッと見詰めている。 人は害を与えないと分かっている筈だが。何時もとは異にし,私を見詰める目は緊張した目を私から離さずにいる。 停まった間々の場所から一歩前に進むとカモシカは一歩後ざかり.行き場を失っていることを知る。 行き場所を失ったカモシカはジッと見詰めるまざなしは動かずにいる。カメラに収め.一歩退くとカモシカは一歩前進した。 過って熊と対峙し土俵に立ってしまった時と全く反対の立場に立っていた。あの時は私が絶望の中にいた。如何にかせねばと 思うも立つ瀬がなく.ただ目を離しては終わりと考えていた。今は私が強者になり.目を離さない弱もののカモシカが目の前にいる。 踊り場から浮橋に2歩.3歩移動し.声を出し「どうぞ!」と優しい言葉で譲るも.固まった間々動かぬカモシカ。 言葉の意味が分かったのか? 外さぬ侭のまざなしに私が目をチラッと反らした瞬間. 私の前を突風の如く風を起こし過ぎ去った。 私が降りてきた階段をハヤブサの如く駆け登り去る。ポカンとすると同時.私の隙を見て.去ったカモシカもホッとしたことだろう。 麦山浮橋 晴れ渡った湖面.8:04少し濁りがあり.コバルトブルーの透き通る湖面とは言えぬものの浮橋を対岸に渡り.南岸の三頭山の麓にでる。 そして北岸の周遊道路からヌカサズ尾根と御堂指尾根の間のヨンスキ沢を遡り.二俣の中間尾根を詰める。 山のふるさと村への遊歩道(いこいの路コース).8:14「山のふるさと村」から以前.湖畔の路を歩み浮橋から峰谷に出ているので.今回は奥多摩周遊道路から 三頭山中尾根の取付きまで回り込むことにした。右岸の小道を歩くこと数分.右後方から下ってきた踏み跡を見付け. マーキング類はないが奥多摩周遊道路にでている。 R441・奥多摩周遊道路.8:19周遊道路を右に折れれば彼女達のコースヌカザス尾根の取付きにでる。その先は三頭橋に至り. 小菅川沿いの旧青梅街道に入る。左に折れると直ぐ道標が立ち.湖畔からの遊歩道を迎えていた。 湖畔道路は直ぐ「2.3km」のポイントを過ぎている。南沢からは正面に以外と大きくイヨ山979.1mが望まれた。 道路は東面を回り込んでいる。この時間帯は作業車の往来はあるものの.まだマイカーは数えるほどだった。 湖畔への分岐点.8:26町村界尾根.北面 湖畔の右岸の入り江奥は「山のふるさと村」より.8:34中央は鞘口峠.その右脇下に斜めに斜上するのが御堂指尾根 入り江 入り江に入り込むと真正面に「山のふるさと村」が眺められ.その台地を囲むよう.背には町村界尾根の各北尾根が横たわっている。 風張峠の右ての肩山は砥山.そして抉り落ちるよう鞘口峠が望まられた。本来はこの裏側にある浅間尾根に踏み込み下山する積もりでいた。 それが思いもよらぬ足のアクシデントに襲われた。御堂峠にでてから行き先に悩むことになる。 天神山〜風張峠.砥山.鞘口峠 左景アップ・・左肩が月夜見山.8:45風張峠から月夜見山に至る境界尾根と風張尾根を分けている 「180m先信号」の標識が見て.山梨窪を渡りと「山のふるさと村」への道路を左に分けている。 ゲートは「新型コロナウイルス」の影響を受け閉鎖されていた。それ故マイカーの往来も少なく.道中は時折オートバイがうなり通り抜けるのみ。 糠指山1175m北東尾根の下端 トチヤベ沢.北蓑橋(きたみのはし)から望む.8:53イヨ山北東尾根の下端を刻む周遊道路を回り込み.トチヤベ沢に架かる北蓑橋を渡った所が糠指山北東尾根の取付き広場。 「ヤマドリ4km」のポイントがある直ぐ先.尾根の下端は雍壁が全面に覆うよう築かれ.取付く所がなく,尾根に乗るまでがポイントになる。 更なる下端にはトチヤベ沢と砥沢に挟まられた「山のふるさと村」があり.園内の下部にビジターセンターがある。 御堂指尾根の下端 右脇の抉れる谷間がヨンスキ沢.9:00右手が糠指山北東尾根の末端の雍壁 ヨンスキ沢(コシマキ沢)と小沢橋.9:03私が立つ脇には都水道局の石標があり.ドラム缶がる。周遊道路が左にカーブする雍壁の石階段口がヨンスキ沢を綴る作業道。 階段上の開かれた台地から左に延びる斜面は御堂指尾根。その取付きにもなっている。以前御堂指尾根を下った折は 直ぐ先にヨンスキ沢沿いに下る「山のふるさと村」口がこの周遊道の左脇から降りられ湖畔道に回っていた。 ヨンスキ沢左岸へ渡渉 手前は御堂指尾根側の斜面より.9:20山のふるさと村用の導水管に沿い進み.突き当りの踏み跡から赤テープに導かれヨンスキ沢を渡渉した。 まだ渇水期.流心も細く左岸の下流側にカツラと思われる高木が.根元を絡み合わせていた。 ヨンスキ沢(コシマキ沢) 手前を渡渉して左岸道から二俣へ.9:23 大らかに広がる左岸台地より.9:25左岸に移った山陰の北面でも大地は眩い朝陽を浴びていた。緩やかに起伏する平坦な台地を綴る作業道。 植林帯の縁を綴る作業道.9:27タヌキ 目の前の植林帯との境を綴る小広い作業道に小動物が横切る。鼻の周りの黒さ.大きさから見てタヌキのようだ。 カモシカとは異なり私と目が合っても無視し.のそりのそりと植林帯へ抜ける。今までは山で見ていたかったが.タヌキと分かったのは初めて。 過って千葉県鵜原の漁船に乗り.10年近く大陸棚釣りをしていた。船上での初竿は日の出の時刻で.日の出一時間前には港を出船していた。 夜半東京から千葉の丘陵を横切ることになり.暫しタヌキの交通事故の残骸を見ている。それ故か? 里山に棲む動物と思っていた。 又昨年は旧秋山村で子を咥えるハクビシンと出会う。目が会い.フラッシュを焚いても.ただ私が大人しいとことに 止っては進み.私の左脇スレスレを抜けている。この時はハクビシンの図々しさにも驚かされている。 作業道を塞ぐ朽れた木柵.9:31度のような理由で木柵に塞がれているのかは分らぬが.木柵の残骸が取り除かれず残されている。後に思ふも 作業道は中尾根のヨンスキ沢二俣までは続いていなかった。昔は左岸沿いに右俣まで綴られていたのではないだろうか? 先の渓谷の崩壊が激しくなり.作業道は潰され.通行止の柵として.そのまま残されたのかも知れない。 朽れる木柵を見るも.それも大分昔の話になる。 作業道の前方はゴルジュ帯で山道は失われていた.9:32 対岸の壁.9:33朽れた木柵の少し手前まで戻り.右岸へ渡渉する。対岸の土壁を捩りZ形に斜上する浅い踏み跡あり. ヨンスキ沢を右岸へ.9:40渡渉した土壁の上からはヨンスキ沢を見下ろされている。対岸と同様に古い木柵が斜めに崩れ残存されていた。 古いゴルジュ帯の巻道と思われる。ここ右岸からは確りした作業道が綴られていた。直ぐ先に赤い水道局の図根点があり. 真新しい林班界標板「164-3-1・2」.9:45新たに造られた作業道も今では既に確りした作業道の巻道になっている。林班界標板に赤帽白柱・コンクリート柱がある。 左岸道に戻る.9:52再び途切れた作業道 手前の立木の根元には「用地境界」の赤帽白柱に白帽黒杭と赤帽の禿げたコンクリート抗が並び立てられていた。 立木の赤・黄色のテープを見て.途切れた作業道からは崩壊した丸太橋が見下ろされる。2本の固定トラロープが沢底に垂れ.左岸へ渡渉する。 ヨンスキ沢773m圏から中間尾根(中尾根)を見上げる.9:55 左岸に続く植林帯へ.10:04緩やかに斜上する作業道は木橋から林班界標板を右に見て.知らずして.入り小沢側に回り込む 入り小沢 右俣,入り小沢の下降地点.10:10印の目立つ幾つもの赤テープ類がある地点からから河原に降りている。作業道は更に高みを直進していた。 高度的には先が分からぬが大きく高巻き.三頭山中尾根(左俣中間尾根)を巻き.左俣沿いに遡り下るのか? 中尾根は三頭山中央峰を源とする左俣のボウメキ沢と右俣の西峰北方のヌカザス尾根を源とする入り小沢とを分けるヨンスキ沢の中間尾根。 所謂.ヌカザス尾根と御堂指尾根が並行する北東に延びる三頭山中尾根で.ここで作業道と分かれ入り小沢に降りている。 入り小沢829m圏.10:12飛び石伝えに渡渉した。小沢の対岸は中尾根に入るも大分巻道したようだった。沢沿いに二俣へ下る。 入り小沢右岸の丘陵台地.10:16河原沿いは歩き難く.右岸の丘陵台地から二俣へ降りる 丘陵台地.10:20作業道にでて赤テープは途切れる。ここからは薄い右岸の踏み跡を下っている 右俣上の小沢・河原にて 右後方の小尾根に取り付く.10:25河原にでてあるかないかの踏み跡はここで失われていた。二俣右俣の右岸の小沢との出合. 尾根末端の二俣の出合まで後ひと下りだが.急下降で下り返す距離が勿体なく.出合右上の小沢から枝尾根を詰める。 主尾根に乗る考えが浮かびだす。小沢のツメが見上げられる左岸を登り.肩にでてツメを左に回り込んでから 中尾根に乗る枝尾根に乗る。この選択は結果的は難しい立場に置かれていた。 左岸・・出合左前方の小尾根を見上げる.10:25右俣.入り小沢の右岸の小沢との出合。中尾根末端の右から取り付く。 小沢から見上げるこの小コブの裏が中尾根の末端. 右岸・小沢の出合左岸の尾根を見上げる.10:37中尾根末端の右枝尾根 立木・這根の支えが乏しい枝尾根の末端は肝を冷やすほどの見た目以上に壁の急斜面。ザレ崩れる斜面は思いの外.アゴのでる強引な登りになる。 支える踏ん張る力に馬力がいた。時間的なロスも生んでいる。手を抜いた積りが選定ミスに。馬力のみを強いる尾根を詰めている。 一歩登れば半歩崩れ.直登は無理.横バイに進み.安全のために軽アイゼンを履く。ゆっくり足場を固めると爪はよく食い込んだ。 ただ楽だった反面. 長いフラットな踏み込みは足首に負担を多く掛けていた。初めての登りらしい登り.それもアゴの出る登り。 我慢のしどころで漸く枝尾根の肩にでる。 そして東京都水道局の用地境界の赤帽白柱が短い距離に連続すると主尾根(三頭山中尾根)の935m圏に乗る。 10:55870m圏.赤帽白柱の肩角 880m圏の傾く赤帽白柱 ヨンスキ沢右岸尾根から中尾根末端の右枝尾根に取り付く・・対峙したカモシカとタヌキ 三頭山中尾根からヌカザス尾根を合わせ三頭山越えの檜原都民の森 |