| 3弾.改めて中谷山尾根に挑む。高茶山.漆ケ谷ノ頭から案下.醍醐.笹平へと古道の道しるべを探る。・・陣馬.高尾山と戸倉三山 古道を下案下から椚沢を遡り.醍醐川の上流を隔てる5つの林道を繋ぐ・・椚沢林道.三ノ沢林道.醍醐林道・ニニク沢林道.からは小坂志林道 高茶山北西尾根から醍醐川へ跨ぎ.更に漆ケ谷ノ頭南東尾根を詰めて.小坂志林道の終点.笹平にでる。 2021年03月27日.松村 下案下・椚沢林道から中谷山尾根・・古道・崩落地・バラ系の藪 高茶山北西尾根から醍醐林道 ニニク沢出合から漆ケ谷ノ頭南東尾根 吊尾根から小坂志林道 過っては下案下と醍醐を結び要倉峠を越える古道があった。その後.椚沢沿いに林道が造られ.古道を分けている。 今回は案下の道しるべを起点に醍醐の道しるべを中継点にし.漆ケ谷ノ頭から小坂志川を下り檜原村の笹平にでる。 古道から椚沢を遡り藪絡みから高茶山にでて.北西尾根を下る。作業道は網の目の如く絡められ.目印も多く.地形図を見つつ下った方が無難だった。 醍醐林道の上流は工事で通行止だった。醍醐の道しるべから古道の繋がるニニク沢の左岸尾根(漆ケ谷ノ頭南東尾根)に取付いている。 登り返しに体にきつかったが.左岸尾根は1本通しの尾根で高度差も少なく頑張っていた。 吊尾根からズルして下ったものの.小坂志林道はどの地図にも記されていず.2本目の林道手前まではよかったが. ただ途中でマーキングが途切れ挫折する。先は何処を林道が通っているか概念も掴めず.危険と戻り.結局丁寧な林道歩きを余儀なくされてきる。 山行中はどの林道も各々の核心部は一昨年の台風19号の被害をもろに受けていた。多大なる崩壊・崩落を起こしている。 その現場に自ら遭遇していた。時期がら新芽が育ち新緑に覆われ始めた頃で.季節としはよい日和に訪れている。 陣馬街道.下案下バス停3月27日(土).快晴気温が18℃ jr御徒町=東京.快速5:35=6:31高尾:55=7:10下案下bs310m・・日の出.神田5:35 数日前にコロナ感染症の解除が出たこともあり.jr高尾駅北口からの陣馬高原下行の臨時急行バスが2便,増発された。普通の便が後に続く。 どのバスも立席が出る繁盛ぶり.私は後車へ。前回は平日の2便目に乗車し.小学生のスクールバスのようだった。それが今回は殆ど高校生に占められた。 体格のよい体に.クラブの大型バックを持ち.それだけでも飽和状態で通学のバスに入れ替わっている。 大久保で学生達が下車すると残されたのはハイカー4名。全員が座り.私一人が下案下で降りている。 残りは次の終点.陣馬高原下へ。下案下の古道から椚沢林道・椚沢の大ガレを抜け突き上げ高茶山へ詰める。 下案下にある古い石柱の道しるべ 7:30下案下バス停の手前. 案下街道と細道との右角に.四角柱の石標の古い「道しるべ」が付けられていた。前々回に通った街道. 街道表の石柱には右.「八王子」.左は「和田」と刻まれ.後ろの山側の細道には「醍醐・檜原」と刻字されている。 この「道しるべ」の細道から集落を抜け古道を綴り.椚沢林道に入り分かれ.要倉峠の峠路を登れば醍醐へ越えられる。 今日はこの古道から椚沢林道にでて椚沢を遡る。直接ではないが中谷山尾根の高茶山からは北西尾根を下り. 醍醐道の「道しるべ」に寄り.古道脇の尾根を再び檜原の笹平へと登り返すことにした。 双耳峰の要倉山と中谷山 下案下集落の高みから.7:32石柱裏側から要倉峠へと古道の細道に入る。下案下の集落に入ると徐々に登り.民家にぶつかり右折した。中谷山を正面に見ながら高台へ。 下案下の集落を流れる南側の枝沢.7:33立派な木橋にでる。渡り左に折れれば墓地にでる。真っ直ぐ進めば畑から集落を抜けている。振り返ると前回.川井野から詰めた 便楼沢左岸尾根から鞍骨沢左岸尾根の山並が重なり合い.末端419m点コブも朝陽の逆光におぼろに望まれた。 2本の北尾根と右奥が三本松山の北尾根群 下案下上部の集落から北高尾山稜.7:34前回は背の便楼沢左岸尾根から鞍骨沢左岸尾根を詰め.北高尾山稜に乗り.三本松山の裏側に当たる巡視路から 逆沢林道を経て景信山東尾根を下りている。小下沢林道・逆沢林道は今だ台風19号の大きなツメ跡を残し.通行止が続いていた。 これから訪れる幾つもの林道も.同じような悲惨な状況に陥っていた。 下案下2本目の北側の枝沢に架かる木橋.7:35正面の物置小屋から右に入り,左に折れるとケーブル・電柱が点々とあり.右下に椚沢とに挟まれる廃老人ホームを見下しながら. 窪状の鞍部を越えている。小尾根を越え更に進み.椚沢を木橋で渡れば椚沢林道にでられる。 この直ぐ先で要倉峠から醍醐・戸倉へと繋がる古道。今回はこの古道から林道にでて.椚沢を遡る積りでいる。 それが小屋の左脇から小沢左岸沿いに間違えて入り.コースを失い.尾根から鞍部に下り.左折して林道にでいた。 小沢の堰堤から少し戻り,尾根に乗り鞍部にでる.7:42少し荒れ気味の確りした山道から戻る途中で.左の薄い踏み跡から藪を漕ぎ.それもあっと言う間に573m点尾根に乗っている。 573m点尾根 尾根に乗り直ぐ下がの330m圏小コブとの鞍部.7:54尾根の鞍部と古道の十字路 尾根下端の330m圏小コブとの鞍部.7:58左上は573m点尾根を末端に進み.この窪地から末端の330m圏の小コブ330m圏を越えると案下川.椚沢橋に没している。 林道の起点にでる。鞍部から左右に横切るのが古道. 右の茂み裏側を通れば下案下へ下りている。先程の物置小屋の右奥に続く山道を綴れば この小さな鞍部にでる。鞍部から左下の椚沢沿いの植林帯を綴れば木橋を渡り椚沢林道に乗る。 左に折れ山腹道に入る.8:00鞍部から左に折れると再び古道に入る。右下に流れるのが椚沢で.左岸道の椚沢林道が植林を透し時折臨められた。 古道は右岸の緩やかに起伏する山腹をトラバースしている。 椚沢に架かる木橋.8:03苔むしる木橋を渡った上で椚沢林道にでる。出た所が林道のカーブ地点になり.バックミラーが立ち.よい目印になっていた。 椚沢林道 林道は真新しく改修.舗装された支線の分岐から振り返る.8:05林道にでて右後方に入る支線を詰めると舗装された作業道から山道に変り.戻るようトラバースして上へ上へと登り詰める。 そして要倉山双耳峰の東峰549.3m点峰寄りの稜にでる。要倉山には最短で登れ.冬季は日溜まりを背に受ける長閑なコース。 林道の中央に見られるバックミラーは.その裏側の木橋で渡ってきた案下からの古道との合流点。 要倉峠への古道 林道にでてから最初の左岸枝沢.8:08本流左岸の枝沢にある砂防ダム. 左脇には「山火事注意・東京都」の丸い看板があり.作業道が綴られていた。 この作業道は要倉峠まで綴られ.醍醐への峠越える古道。醍醐側の峠路は廃道.前回は尾根伝いに峠路を下り返して高茶山の本宮跡にでている。 椚沢と19号台風の災害現場 林道の側壁が崩壊.8:12歩くには差し支えないが.一昨年の台風19号による林道の崩落はそのまま残されている。 暫くの間.林道の両側が抉り落されていた.8:14 林道の最初の伐採地にでる.8:20前方は切り開かれた椚沢上流の伐採地 大嵐山北尾根の470m圏コブ 椚沢の谷間を振り返る.8:26北高尾山稜の三本松山北東尾根に建つ新多摩線76号鉄塔。手前が573m点尾根.谷間の日当たりに出ると 林道終点になり.保安林の白看板が立ち.河原沿いにでる。ここからは一段高いが背を並べる山道に変わっている。 奥の日当たりが林道の終点.8:29林道の終点からは沢沿いの河原にでて.山道は濁流と共に潰され.道形は失い.流水で削り取られた沢底を見るようなる。 山道は濁流と共に沢化されたのだろう。道形を失った路面は土砂を抉り.背丈もある穴が掘り起こされていた。大きな溝をも創っている。 左側が本流で右が経路.8:32ここも林道の両側ヘチが抉り落とされ.深いところは1m近くある穴. 高茶山と椚沢源流 要倉峠より・・2021.4.21/9:40高茶山東面の2つの大きなガラ沢。先月は下案下の古道から椚沢林道を遡り.右手の長いガラ場を詰め高茶山へ詰めている。 椚沢の源頭640m圏 椚沢の伐採化された源流.8:54突然開かれた展望. 横切る中谷山尾根の左手が高茶山.右が稜線から少し離れて聳える本郷山まで伐採地が続く。幼木が植林されていた。 上部の土砂混ざりのガラ場は以外と大きな膨らみを持ち.激斜面に登行は不可能に.ヘチ沿いを詰め.最後にはバラ系の猛烈な藪絡みが待ち構えていた。 杭に沿いは経路だった処だろう。倒木絡む斜面をガラ場まで進む.8:58 上部側の伐採地とガラ場.ここからが本番になる.9:02椚沢源流の土砂が壁を創るガラ場の脇を詰めている。右の方が登るのに楽に思われたが左側に進む踏み跡を見付け.綴ることにした。 登る一歩がズリ落ちる。樹林との境を目指すも.捗らぬ先を慎重に歩む。踏み跡は途中でなくなっていた。大分手前にトラバースする踏み跡を見ている。 戻ったのだろう。斜面に気を配り.焦らず登るしかなかった。 源頭から沢底 上部の劇ガラ場から沢底を見下ろす.9:23沢底の乾いた土壌のガレ石混ざりの激斜面は腕力にものを言わせ.ストックをフルに活用.その後は荒れる足場もガレ場の縁に上がりひと息付く。 ガレ場から滑落だけは逃れられたものの.このダートのガラ場は登れない。脇に逃れるも荒れた這根の段違いは薮絡みになっいる。 枝木の飛び出しが多く.中々進めず。 壁のような斜面の一部.9:27暫くして498m点尾根へトラバースする確りした作業道を横切っている。この山道は右に折れれば源頭の鞍部に乗るのかも知れない。 ただここを境に今度はバラ系の棘絡みの茂みが強く.素直には抜け出せず。トゲ系の絡む細い枝木の壁に突き当たる。面をなすトゲ枝の壁. 無理に強引に分ければ両手は軍手を嵌めても手首の先はトゲだらけに。前進すればズボン透し.上腿は何処も絡み.傷だらけにさせられた。 焦らねば前進できず。休むのは首筋と手の袖の中に.そのトゲの一片が忍び込んだ時. この時は探し当ててから行動している。 後は強引になる。故細かい傷だらけになっている。 椚沢への最低鞍部 640m・・細い枝々は全てバラ系の枝.9:28 左上奥が高茶山.2021.02.21/11:11中谷山尾根に乗り一息する。優れた展望台地にでる。 植林に囲まれた573m点コブ 左景・・本郷山と要倉峠のほぼ中間地点.右岸のツメより.9:41要倉峠と双耳峰の要倉山 左景の右・・西面は広い伐採地手前の中谷山と452m点コブ 左景右アップ・・小コブに建つ新多摩線78号鉄塔背は北浅間左岸の千手尾根 椚沢・案下川・北浅川流域 中景・・本谷底の上部伐採地より案下川の源は和田峠.陣馬街道(佐野川往還)が谷間を遠く北浅川流域沿いに下りている。 鞍部からは関東平野を一望.2021.02.21/11:13八王子.東京方面の展望 椚沢→案下川→北浅川→浅川→東京湾.椚沢の沢沿いは椚沢林道終点から450m圏まで破線路あり.伐採地にでる。 北高尾山稜の三本松山 右景・・中谷山尾根より.9:42背は三本松山の北東尾根に乗る新多摩線75号と499m圏に建つ74号鉄塔。 手前を横切るのは高茶山の肩から延びる753m点尾根. 破線路が長く延び.朝方この尾根の末端鞍部を下案下から古道越えしている。 末端は椚沢と案下川の出合で椚沢林道の起点。 中谷山尾根の稜にでる。この後は高茶山の頂までは植林帯の確りした山道に変わっている。左手に本宮跡の森に入る踏み跡を分ければ直ぐ頂にでる。 先月は高茶山から本宮跡を探索し.南東尾根から510m東尾根の枝尾根伝いに熊野神社で参拝して下川井野に下りている。 古道・椚沢林道から中谷山尾根・・古道・崩落地・トゲ藪 高茶山北西尾根から醍醐 ニニク沢出合から漆ケ谷ノ頭南東尾根 吊尾根から小坂志林道 |