| 底沢の白川左岸尾根から堂所山に立ち.東側の作業道.古道を抜けて北高尾山稜を横断し旧案下道を探索する・・陣馬.高尾山と戸倉三山 新多摩線の鉄塔尾根を綴り.白沢川左岸尾根から堂所山越え.北高尾山稜の便楼沢左岸尾根と鞍骨沢左岸尾根に入る。 案下から石しるべから古道の案下道を綴り.難渋しながら再び鞍骨沢左岸尾根の末端を登り返し川井野にでる 2021年05月09日.松村 白沢川左岸の新多摩線鉄塔尾根から入山・・美女谷温泉跡 堂所山から回り込み.便楼沢左岸尾根から鞍骨沢左岸尾根を下る 旧案下道を綴り難渋し.再び鞍骨沢左岸尾根を乗り越え末端へ 底沢は子供達がまだ幼い.国鉄からJRに変わった頃. 陣馬山の底沢峠から南面の流域にある旧美女谷温泉に2度ほど訪れていた。 今回改めて白沢川左岸の69号鉄塔尾根から入山し.裏高尾から北高尾山稜に回り込み.便楼沢左岸尾根の支尾根から鞍骨沢ノ滝沿い沿いに案下へ下る。 古道の案下道からは再び鞍骨沢左岸尾根の末端を横ぎり.旧案下道を歩み.川井野にでることにした。 その場主義の珍道中. 藪山の面白さを味わいながら.元の方の話にも耳を傾け.枠山神社を参拝し難しい古道を迂回しながら山越えしていた。 藤野丘陵 北相中学校前の国道の標高点208.4mで高度計を合わせる.6:48甲州街道で大垂水峠を越え小仏城山と右に嵐山を見ながら下ると北相中学校前にでる。相模湖越えの藤野丘陵. その背は前道志.柄山周辺が望まれる。 このすぐ先が相模湖駅前通りの交差点にでる。一駅先の藤野駅を背に取り囲む藤野丘陵を望む。 相模湖と中央東線の沿線沿いの間を綴るのか山梨古道.右の相模湖北面の高み陣馬高尾縦走路を分けた裏高尾の山々。 国道.古道を綴り.左手に桂川の日連大橋を見て.対岸に渡れば.前道志の山々が連なる。 又右側から流れ込む沢井川を渡れば.jr藤野駅の駅前通りの交差点にでて.少し高みの藤野駅に着く。駅構内を長く囲んでいるのが藤野丘陵で. 駅前のバスターミナルは道志主稜の裏側.丹沢甲相尾根へのアプローチがある。 過って相模湖駅と小仏バス停の2つのコースを綴り矢ノ音.イタドリ沢ノ頭と綴って藤野駅に下りている。3年前の正月.には景信山水平古道を経て 白沢峠―明王峠を経て奥高尾へ。矢ノ音・イタドリ沢ノ頭を越え奈良本林道から甲州古道にでて吉野からjr藤野にでていた。 昨年10月にはjjr相模湖から小原宿を経て孫山東尾根を詰め矢ノ音.イタドリ沢ノ頭へと綴り竹ノ沢右岸尾根を下り.中里の大日野原へ。 更に小渕丘陵を越え第六天.j小渕山.岩戸山と抜け駅の藤野駅ホームの裏側から直接山から下りている。その時はホームを前にして小休止している。 そこが葦場だったため気を付けず手を離したのが悪かった。3m四方の葦の中が分らなくなりストック1本を紛失した。情けないやら馬鹿らしいがないものはない。 何ともなく葦の原所.間違いなく葦の中にあるが諦めるしかなかった。 5月9日(日)快晴.朝方やや風あるも猛暑に jr御徒町.¥1166. 5:11=5:15神田.中央特快:20=6:11豊田.月行快速:38=6:38相模湖・・日の出4:41. コロナ緊急事態宣言の延長が決定される前に再び北高尾山稜に入る。今年初めての真夏日を迎え.八王子では最高29℃.最低15℃を記録した。 日の出と共に自宅をでる。朝方の都道は西風に少々あおられ.最寄りのjr御徒町駅までが肌寒かった。 小原宿の本陣.7:00相模湖駅に下車すると早朝のせいか.車の往来はまだ少ない甲州街道を底沢へ向かい歩む。「小原の郷」までは昨年10月に奥高尾から 小渕丘陵へと綴り通っている。左手に「甲州街道小原宿」の標柱を見て.まだ閉ざされた小原宿の本陣を過ぎている。 「小原の郷」との間の車道を左に入れば.林道から孫山東尾根に取り付ける。この時は矢ノ音にでてイタドリ沢ノ頭から竹ノ沢右岸尾根を下り. 大日野原にでいた。遺跡が発見された台地で.広々とした「藤野の北海道」の風景を眺めてもいた。 そして小渕丘陵から直接.jr藤野駅に降りていた。この時は矢ノ音にでて点々と緩やかな丘陵を登り下りしていた。 678m点の西尾根と67号鉄塔尾根 底沢バス停.7:05甲州街道に架かる底沢橋. その手前から左に折れ底沢の作業道を遡る。 底沢橋手前の旧美女谷温泉の入口過って子供達が小学生の頃.陣馬高原下から陣馬山を越え.予約した美女谷温泉で昼食を摂り.下山した道を遡る。 その折は総檜風呂の古さに惹かれたが.その後は期待して泊りがけで出掛けたものの.タイルで中途半端に改修されガッカリさせられた思いがある。 赤レンガで築かれた古い時代のガードを潜る.7:10JRのガードと高架の中央自動車道は記憶に残されていたものの.その先々の記憶は薄く.美女谷温泉まで飛んでいた。 中央自動車道の高架下は底沢地区.7:15底沢を隔て68号鉄塔尾根と裏高尾山稜. 中央に朧に望めるのが72号鉄塔.あの基部を目指し山に入山した。 美女谷橋を渡り右岸へ.7:19 林道分岐・・直進の栃谷坂沢林道を分け.右に白沢林道へ.7:23美女谷橋の直ぐ上で二俣になり.左俣の西入沢沿いに直進するのが栃谷坂沢林道。 右俣の白沢川沿いには白沢林道が綴られ.右折すると左脇に「林道坂沢線起点.幅員4.0m・延長1.045m」と林道標柱が立てられていた。 右へ坂沢(白沢)林道を行くと直ぐ.左上の尾根は底沢峠に向かい北西に突き上げる尾根の下端で.左脇に登山口と道標がある。 子供達と来た時は尾根上部から赤倉林道にでて.路面の水溜まりにカエルの産卵を見ては奇声を上げていた。 美女谷温泉に予約した昼食は山菜のフルコース。テーブルには乗せられぬほどの皿が並び.子供との違いは鹿肉があるか.ないかだけだった。 贅沢な食事に総檜風呂. ガラガラだったせいか子供達は宿を探検し.あっちこっちを歩き回っていた。 ゆったりと流れの時間が過ぎていた。その当時のことが昨日のように蘇っている。 又西入沢沿いの栃谷沢林道は以前明王峠から奥高尾に入り.小渕丘陵へ抜けた折.古道の峠路として栃谷沢林道を横切ったことがある。 相模湖.与野神社と陣馬とを結ぶ古道を下りている。古来から確り踏み込まれた風情のあるコースだった。 玉簾川橋.7:25底沢峠への底沢登山口を左脇に分けると。右手の台地には旧美女谷温泉がそのままの館で残されていた。2度ほど訪れている。 帰宅は宿から回り込むよう林道に降り.相模湖駅まで子供と並び歩んだことを今更ながら想い出しだしていた。 白沢橋.7:29狭い距離で玉簾川橋を渡り左岸沿いにでて.再び白沢橋から右岸に回り込む。ほぼ直線の道なりに.左手に桂林寺の道を分けている。 本堂の裏側には半僧坊があり.明治中期の半僧坊祭には露店で賑わい.特に深大寺のある調布方面からの参詣者が多かったという。 半僧坊とは「半ば僧に似て.僧にあらず」の簡略語らしい。 直進して放置された廃車を見る新多摩線の69号鉄塔 林道の正面を向くと目指す69号鉄塔が尾根肩に見上げられた。300mほど進むと日蔭橋があり.白沢第一林道に入る。廃車に出くわすと直ぐ頭上に送電線新多摩線の69号鉄塔が樹冠を切り見上げられた。 日本有数の巨大な鉄塔で.新多摩変電所から新秦野変電所までを鉄塔91基で結ぶ.500KVの超高圧の首都圏ネットワークの送電線。 直ぐ先で右手に砥石沢からのコンクリートの板床の鉄橋は日陰橋その先で閉ざされた林道のゲート.二又にでる。 白沢林道の二又ゲート 第2白沢林道白沢川の右俣流域 左上から坂沢林道を登ってきた。直進する白沢第一林道は底沢浄水所を過ぎ北上する。右側の閉ざされ簡易ゲートは第二林道。290m. 直進する林道は直ぐ先の白沢浄水場付近で改修工事が行われ.仮のゲートが林道の分岐に作られていた。 奥が白沢林道の二又ゲート 69号鉄塔尾根の取付きと右奥の林道の分岐を見下ろす.7:39日陰橋を渡り砥石沢が右手から入り込み林道の二俣ゲートにでる。 この分岐から右に折れると直ぐ黄色い.L字の巡視路標柱が立ち.69号鉄塔尾根の取付き石段があった。 途中まで登り振り返えると右俣の白沢第二林道のゲートが見下ろされた。ゲートの右手が前の写真ゲート。 白沢第二林道は写真の左後方へ300mほどで砥石沢の三俣(左俣)を綴り.790mほど遡った奥の左俣奥が林道の終点.400m圏。 右俣もほぼ同位置. 後は沢沿いに経路が開かれ景信山北側の西水平路にでる。 三俣を渡り右に大きくカーブし.直ぐ左のヘヤピンカーブする所の林道口を右に入ると新しく整備された林道にでる。終点からは右俣左岸の尾根を直登。 直ぐ西水平径路にでて.景信山南側の671m点コブにでられる。背稜を越え.ヤゴ沢右岸尾根を下ればヤゴ沢作業道にもでられた。 以前水平径路訪れた時は大型の木材運搬車が入り.広範囲で大々的に間伐が行われ.抜けるのにアッちこっちで電動鋸の音が響き渡っていた。 今回はゲートから見える北側の黄色いL字の鉄塔プラ標柱から69号鉄塔尾根を指し.右手に墓地を見て巡視路から白沢峠を目指す。 白沢川左岸尾根 左脇に炭焼き窯を見て急斜面の巡視路をジグザグに切る新多摩線69号鉄塔 420m基部・・急登で陣馬縦走路の肩に乗ると71号鉄塔にでる.8:06 68号鉄塔尾根を振り返る68号鉄塔は492m点コブ西肩に建つ. 背は671m点小ブから南西に延びる492m点尾根で.途中に68号鉄塔が建つ。又尾根の上部は景信山西面を巻く. 小仏峠水平径路が横切っている。基部から左方の高みは小仏峠に至る峠路の古道が通じている尾根。 小仏峠の峠路を下り.茶店ノコブから西に延びる尾根には67号鉄塔が建ち.末端は西小仏口にでて.2つの方法でjr相模湖駅にでる。 380m・・緩やかな尾根筋に.8:13登山者の赤テープなどマーキングは奇麗に落とされていた。ここには古く欠けた赤プラに色褪せた杭には「界」とあり. 黄色いプラ杭は21が目立ち立つ。正番で綴られ.他にも赤帽黒杭に赤帽白柱と各種の境界杭が立てられ.赤・蒼のテープ類もある 賑やかな尾根筋で数も多い。後半は赤帽白柱に赤帽黒杭・ピンクのヘラプラが目出ち.銀色の神奈川県の水源分収林杭も幾つかあった。 ![]() 500m・・尾根筋を右へ.8:31 綺麗に枝打ちされた長閑な木洩れ日の台地.8:24 520m・・鉄塔標柱から振り返る尾根筋.8:42 上部は森のよう開かれた台地.8:46 550m・・左への作業道分岐.8:51白看板に「立入禁止・登山道ではありません」とある。この道は70号鉄塔へ続く踏み跡で. 写真を撮りながら忘れ.尾根伝いに登ってしまった。情けない.注意が散漫の山行になっている。 水平径路の十字路・・赤帽を失った標柱.8:57間を開けず.ここで左の細い踏み跡を下れば70号鉄塔を左に見て通過するのを忘れ.白沢川左岸尾根を直進し. 景信山の西側の969m点コブの巻道にでている。 景信山西側の969m点コブの巻道 680m・・裏高尾尾根の696m点コブの巻道端にでる.9:07登って来た左角の立木にはテープに「新多摩線の送電線尾根に入る」とある。 巻道を150mも歩けば陣馬山への縦走路.水平道との分岐にでて.左の巻道に入ると100mで72号鉄塔基部にでる。 裏高尾山稜 巻道と武甲尾根.高尾陣馬縦走路と合わさる 基部650m・・主尾根の右.北枝尾根の72号鉄塔より.9:19小下沢林道へ下りる北尾根のツメに建つ72号鉄塔の基部に立つ。向かえは尾根の先端に建つ73号鉄塔。 先々月には対岸の小下沢で隔てた北高尾山稜に建つ74号鉄塔基部から小下沢林道へ降り.逆沢林道へと繋ぎ.景信山の東尾根へ。 今回は小下沢へ下り返し北高尾山稜に乗ることも考えたが.先の名指すポイントが見付からず.「堂所山」周辺を歩むことで.西方を選んでいる。 左手の展望・・市道山峰見通りと中谷山尾根の山並 右景・・72号鉄塔基部から手前は北高尾山稜北高尾山稜の三本松山に被るよう突き出すのは下る積もりでいた便楼沢左岸尾根の末端の419m点コブ。その背が中谷山尾根. 419m点コブの左肩に乗る伐採された尾根は一度下案下に下りてから再び登るはめになった鞍骨沢左岸尾根。 中谷山尾根・・椚沢の源頭から右へ573m点峰・要倉峠・要倉山 左景・・案下川と手前が鞍骨沢左岸 堂所山中央分岐・・北高尾山稜の派生点.裏高尾の主尾根を西方へ進み.直ぐ白沢峠にでて.巻いては尾根上を歩み堂所山の分岐726mにでる。 正面の左に折れれば底沢峠から明王峠へ。右に折れれば直ぐ100mで堂所山に立つ。 初めは巡視路から小下沢へ下りる積りでいたが.ここから鞍骨沢左岸尾根の一つ先.便楼沢左岸尾根のツメから分れる支尾根を下ることにした。 縦走路は日曜日でもあり.ハイカー・トレイヤーとの出会いが以外と多く.尾根のツメにでるまでに2桁のハイカーと出会っている。 久し振りと思うも.縦走路から外れると再び私一人だけの山を味わうことになる。 白沢川左岸の新多摩線鉄塔尾根・・美女谷温泉跡 堂所山から回り込み便楼沢左岸尾根から鞍骨沢左岸尾根を下る 旧案下道を綴り難渋し.再び鞍骨沢左岸尾根を越え末端へ |