| 猛暑の探索. 城山北側の北東経路から延びる宝珠寺尾根から景信山西側の経路 ・・陣馬・高尾山山域Top 小仏城山北東尾根と異なり.北側の経路から小仏に落ちる北東尾根が宝珠寺尾根。奥高尾縦走路口は「通行止」と源頭は封鎖されている。 小仏城山の北側の経路から北東に派生する本来の小仏城山北東尾根(宝珠寺尾根)を詰め.小仏峠から景信山西側の水平古道へ。 奥高尾縦走路にでてからは72・73号鉄塔が建つ北尾根を下り.木下沢にでてからは木下沢林道で日影bsにでる 2022年08月27日.松村 小仏bsから宝珠寺尾根を越え小仏峠・・本来の城山北尾根と「小仏のカゴノキ」 景信山西側径路から奥高尾縦走路 72・73号鉄塔尾根から小下沢林道 6月の山行後は夏日が続き.私のぎっくり腰・妻の鎖骨々折に続き.工場の隣りでは新築ビル工事が始まる。 80日間もの間.何んだかんだでジッとしていたため.体を普通に動かすこと自体が億劫になり.その後初めての短い山行だった。 最初は底沢の461.5m峰北西尾根から城山西径路を経て.小仏峠水平古道から72号鉄塔北尾根を下り.小下沢林道へ。 日影bsに至る軽いコースを予定でいた。それも間々ならず無理と考え.前日に宝珠寺尾根から城山へのコースに短縮。 距離以前の問題は取付きの最初の一歩から足は重く厳しい山行になった。休めば更に足は重く.先に進まぬまどころしさ。 小仏bs.7:07明け方の湿気が80%を超え.スカイツリーが間近にありながら霞が強く見えなかったせいか.出掛けでは霧雨が舞っている。 山に入るのは久し振り.気持は素直に心地よかった。それでも日蔭の心地よさばかり感じるが.強い陽差しに蒸す暑さに一日中は照らされた。 正に山でトレーイングをさせられている気持を持つ。 8月27日(土).晴・32℃ jr御徒町5:48=5:50神田.中央快速6:05=7:00高尾7:12=7:33小仏bs.286m・・日の出5:08. jr高尾駅北口おターミナル発の始発の路線バスは少ないハイカーの割に増便され.ゆったりとした気持で小仏川上流の小仏へ遡る。 小仏バス停に下車した途端. 下車した途端.風はなく朝方からの強い陽射しに浴びせられている。 バス停前の中央自動車道の工事現場は電気設備補強工事に変わり.車線増設工事が大々的に行われていた。 仰げば.巨大なクレーン群が陽光に照り返えされ.煌めき輝く姿は一層暑さを感じさせている。 浅川神社の参道口 小仏bsから右.小仏川の上流側200mほど.7:38旧街道の浅川神社参道口. 小仏bsから南浅川(小仏川)の右岸に古い大きな獣獲りの檻がある。 その小橋の架かる直ぐ上流側にあるのがコンクリート橋の浅川神社口。木陰が森を創り.何となく伝わる涼しげな風が嬉しい。 浅川神社 入れの入れられた社.7:37宝珠寺の手前に位置する「浅川神社」は1784年6月に小仏峠山上に奉斎した浅間社と麓に鎮座した子之社を1912年3月に合祀し.浅川神社と改称す。 1968年中央自動車道建設のため現在地に奉遷。境内地を湧水が流れ浅川の地名の起源とされているところから. 浅川神社の名称が付けられている。水の神として祟敬されてる。 参道を回り込むと質素で下草の刈払れた境内へと繋がり.小陣りし壮厳さが伺える社殿にでる。綺麗に手入れされていた。 左後方脇から北尾根(浅川神社尾根)の踏み跡を登れば小仏城山北東尾根の日影乗鞍621mに立つ。2025年8月に訪れ.高尾山北東尾根を降っている。 小佛山宝珠寺 宝珠寺の参道口.8:39浅川神社から100mほど先上流奥に不動ノ滝が落ちる寺谷沢を渡ると本流の右岸に宝珠寺が建立されていた。 「小仏」の地名の由来となったのは小佛.寶珠寺.15世紀の開基と伝わる臨済宗南禅寺派の寺で室町末期までは景信山の麓にあったが 再三の野火により焼失し.現地点に移転されている。又関東随一の「断食道場」としても知られている。 「小仏のカゴノキ」 参道の脇から見上げる又本堂へ登る石段左手の斜面地には参道の脇に都都指定天然記念物のカゴノキがあり.主幹は涸れている。 幹周3.7m.高さ23m南北22m.東西17mの老樹.暖地性常緑樹で関東地方では大樹になるらしい。 宝珠寺本堂 本堂の右奥に回り込み墓地の上部から取付く.7:44本道の右手,山王神社前に「甲府三度飛脚中」と彫られた常夜燈があったことで知られている。 開基は行基.小さな大日如来仏を小仏峠に安置したと伝えられている。開山は道明上人. 後の永享元(1429年)に華爵天間(かおうてんげん)和尚によって臨済宗に改宗されていた。 宝珠寺尾根の下端 本堂脇から見上げる・・小佛霊園を前に宝珠寺尾根.7:46この尾根は小仏城山の北側を巻く経路と繋がる小さな北東尾根 墓地裏上部の中央角地から尾根に取付く.7:50墓地の最上部に武田家之墓あり.その脇から取付かさせて頂いた。 大久保山南尾根の末端の麓 左景.上流側・・墓地最上部から南浅川.小仏を見下ろす 右景.下流側・・参道を綴ってきた本殿を足元に見下ろす。 墓地裏から直ぐ取り付けた尾根に草付きの斜面.7:52宝珠寺尾根 雑木と植林の林相の境が繰り返され尾根を越える.8:02植林とコナラの尾根でもある。取っ付きから蜘蛛の巣が顔に掛かり.小ブヨが頭にまどわり付く。 それも1匹のブヨ.交代しているのかは分らぬが常に目の前をさまよい続けている。確りしている筈の足元は一抹の不安に掻き立てられていた。 こんなことは初めて味わう感触。まず目指すは宝珠ノ頭. 尾根に乗る.8:05最初から確り踏み固められた作業道が綴られている。褪せた赤・黄色のテープが立木に点々と付き.枝尾根もなく迷う心配はない尾根。 下草もなく杉林の境が尾根筋に.8:08 再び緩やかな雑木帯へ.8:16 初めて黄色いプラ杭を見て510m台地にでる.8:21尾根幅が狭まり登り詰める作業道はここで真新しい黄色いプラ抗を見て.一時台地は大らかな広い作業道に変わり.宝珠ノ頭に立つ。 宝珠ノ頭510m 広い杉林に囲まれた高台の立木.8:26頂までは雑木と植林が交互に入れ替わる作業道を綴ってきた。長閑な杉林に入るとアブが近寄ってきたのも久し振り.そして夏を感じる。 足元は常に確り固められていた.8:27下り返すと立木に白い2本線を見る。細い尾根に戻り.尾根筋は林相の境を進むようなる。 大らかな尾根の台地.8:37この先は「寺の谷戸市行造林地」の看板がある中木林帯を抜ける。 すると灌木の巨樹帯を抜け.左前方の樹林の切れ目から城山が仰がれた。 500m圏の平坦な台地に入り.灌木の巨樹を抜ける.8:41 雑木から再び植林帯へ城山の稜 今回初めての見上げられた展望.8:44 這根の広がる大地からは急斜面の登りへ.8:49 8:53 500m圏.傾斜が落ち平坦な森の台地に入る.8:57 高度差600mを越えれば再び傾斜は緩み杉林の森へ.9:00小仏城山の北側作業道(巻道)と交差 650m圏.小仏山北側作業道の十字路の分岐.9:01巻枝と倒木で閉鎖された北側経路にでる。左はNTT無線塔に至る舗装道路にでて.日影林道の起点と合わさる。 写真中央先の踏み跡は奥高尾縦走路と交わり.そのまま進めば.縦走路を横切り城山の西側の経路へと巻道が延びている。 城山の頂を回り込むよう西側経路を左に折れれば.城山から相模湖へ下る東海自然歩道に突き当たる。 私は横枝から右手の確りした小道に折れる。直ぐ縦走路と合わさった。確りした冊で.大分前からこの道は閉鎖されていた模様。 左の作業道は(過っての登山道)3分も歩めば小仏城山へ。ただ人.人.人で避けている。 590m圏.北側作業道ゲートと縦走路とが合わる.9:09右に折れた作業道の終点の確り閉ざされている冊を越え.右脇は小仏山・小仏峠の縦走路で.その分岐を振り返る。 作業道を分ける縦走路を小仏山へ向かえば更に平坦になった台地を進み.615m圏で右前方に小仏山西側作業道を合わせている。 ここは小仏山の巻道で相模湖に下る関東自然歩道と直接結ばれている。 直ぐ脇下に見えたのは前回のドラム缶が置かれていた所小仏峠手前の小仏富士見展望台 展望台のベンチと縦走路のは逆を向く石祠579m.9:15 休み場と明治天皇の巡幸碑があり.今日は静か.9:18過っては平屋建ての茶屋2軒.「峠の茶屋」と「青木小屋」が並び営業していた。 小仏峠 北側(景信山側)に立つお地蔵さま.9:20短い左の脇道から小仏峠にでる。峠の南側にでて.の底沢沿いから登ってき峠路と合わさる。 小仏bsから宝珠寺尾根を越え小仏峠・・本来の城山北尾根と「小仏のカゴノキ」 景信山西側径路から奥高尾縦走路 72・73号鉄塔尾根から小下沢林道 |