| 材木小屋尾根の下段.上段歩道を横切り.雄大に広がる穏やかな起伏の尾根を綴り.裸林に被われたタワ尾根の篶坂ノ丸に立つ。 東日原から鍾乳洞を経て小川谷林道の吊り橋 篶坂ノ丸材木小屋尾根から篶坂ノ丸を望む 篶坂ノ丸からタワ尾根を南東進・・金袋山.人形山.一石山・・金袋山のミズナラ 一石山から旧道にでて一石山神社 篶坂ノ丸材木尾根の上部曲り角 1330m圏.12:08尾根筋が南西から大きく南南南西に回り込む浅い窪地角 尾根の枯葉群材木小屋尾根は末端からタワ尾根の天辺に至るまで枯葉の深いクッションで覆われていた。勾配は思いの外高まると 風道までもが枯葉で積もり.尾根上の痩せ尾根の少なさを痛感させられている。以前は訪れた時は.新緑に飾られた世界だった。 12:094枚の枝葉 1350m圏.最後の左に回り込む辺り.12:12ほぼ枯葉はちぎれ落ち,その残された細かな枯葉の残骸だけが枝に残されていた。その中.4枚の大き目な枯葉だけが 原型の間々残されていた。それが日差しに照らされ.輝き眺められていた。何を伝えているのだろうか? 登るにつれ頂稜が真近に迫る.12:21空だけでなく周りは明るい台地. 尾根筋は南側に傾き.傾斜の増した最後の1000mを一気に詰める。 後一歩でタワ尾根に乗る 12:23ウトウの頭1587m 右手にウトウの頭が大きく描かれ.タワ尾根にでる.12:24 1400m圏.登り終えた材木小屋尾根を振り返る.2:25篶坂ノ丸 二又の幹に倒木が重なる山頂の立木.12:26タワ尾根の細長く広い1456m台地に東端 緩やかで大らかで平坦な台地は裸林に被われ.その連鎖の見応えのあるタワ尾根にでる。穏やかに起伏する台地に急に出て. 1450m圏の細長い頂の西側の台地から東手へ.1本の頂の立木を見付けながら歩む。それが以外と難しかった。 増して同じような立木の裸林が乱立し並ぶ小広い平頂. 幹の二又に倒木が挟まる目立つ立木を見付ければよいが,言葉ほど簡単ではない。 又手製の山名標は尾根の末端側の裏側に付けられていた。まずはそれを目印に反対側に回り込み山名標と見合わせている。 このイメージで登り詰めた篶坂ノ丸は2013年5月のタワ尾根を登って以来4度目の頂になる。 山頂付近は落葉広葉樹に覆われ.広大に開かれた起伏に枯葉を積もらせ.平頂の東端に見付けている。南側に延びるのがオロセ尾根. 山頂の一番高いテッペンと蒼空 山名標のある樹冠を見上げる先客が一人いた。彼女と少し離れた倒木を選び昼食を摂る。 妻のカツサンドと日清のカップヌードル小はテルモスから。ゼザートはオレンジ.今回は途中で飲まなかったマウントレニ-ア.コーヒーとチョコ。 間食は大福で.バナナは口にしなかった。飲物はOS-1.煙草も箱で持参した割に1本に抑え.天を仰ぎながら吸う贅沢さ。 昼食を摂り.不思議な繋がりの仲間達 ここで単独の女性と出会っている。オロセ尾根を登り,ウトウの頭をピストンすると云う。次回は上段径路に入りたい願望があるようだ。 単独は無理かも? 如何してもなら新緑から後の暖かい季節を勧めている。入れ違いに2人組の青年と出会い.一度すれ違って戻ってきた。 読図の仕方を教えているようだ。山行回数が減り.バテバテだった私には山の回数を増やせばまだ大丈夫とお墨付けを頂いたが 彼等は私が登ったルートを下り.今日は三又に天張るらしい。それを聞くだけでも贅沢な話。 笑い顔が素敵な2人だった。どんな理由を付けても独りで登れる姿は素敵だと褒美を頂き.調子に乗る私がいた。 不思議なことがある。今回彼女を除けば下山前に3組の男性軍が2度出会ったことになる。 そして擦違った全パーティが材木小屋尾根に関わったことになる。山に入るハイカーは少なかっただけでなく.思えば不思議な話の繋がりになる。 ましてもう少しのんびりしていれば彼女との再会しただろう。最悪の場合は東日原バス停で。ただ私はその後.ヒッチハイクに誘われている。 蒼空と裸林 タワ尾根筋は既に何処も裸林の世界.13:29足元は材木小屋尾根に入ってからは足元は常に落葉に靴が埋まる枯葉の世界が広がりを見せていた。 背に望めるのは長沢脊稜の三ッドッケ〜蕎麦粒山辺りだろう。ここでは尚更.尾根伝いに枯葉を蹴り,回りを眺めつつ下る。 石尾根 1430m圏.タワ尾根を横切るロープ.13:35タワ尾根の二又にでる。東から北東に回り込む支尾根に入り込まぬようロープで長く閉ざされていた。 ロープからは右前方に延びる南東を下り.緩やかになると尾根幅は広がり人形山1176mにでる。 又ロープから75m程手前には右手(南)のオロセ尾根と合わさり.孫惣谷林道の作業道入口から八丁橋にでる分岐がある。樹幹に矢印あり. ここは何度か行っているが緩やかな斜面が続き.南面に向かい下れば自然とオロセ尾根に乗っている。ただカメラを落としたことがある。 てんぐ巣病? 1330m圏.今だ続く珍しいてんぐ巣病の木? 13:43最初にタワ尾根を登って以来.珍しく何度も見上げているのが1325m点の手前の立木・・ヤドリギの巣のような大木. 初めて見たのが10年ほど前.見たイメージとしては今でも殆ど変わらぬ姿。この立木1本だけが何故か今も元気に君臨するが如く立つ。 幾つもの穏やかな起伏のタワ尾根を下る.13:44 尾根筋を左に回り込み振り返る金袋山1325m 13:48ここも又篶坂ノ丸と似たような雰囲気を持つ頂で.ブナの裸林が延々と続き.擂鉢型の地形に入り込み. ここだと目星を付け振り返ると南側を向き.見事までの山名標をズバリ当てている。雑木に囲まれた大地の金袋山(きんたいさん) 不思議なこともあるようだ。 石尾根 1310m圏.人形山分岐手前で.13:51斜陽しだした陽射しに山陰が入ると更に薄暗さは増している。 細長い平坦な尾根筋から南側の遠望・・日原川を隔てての石尾根の鷹ノ巣山・日陰名栗山・高丸山・千本ツツジと七ッ石山。 撮る足元の水ノ窪付近は待つ間もなく日が差し込んだ。 すると痩せ尾根は更に明るさを増している.13:53一転して痩せ尾根から露岩帯.抜ければ再びブナの裸林が幅を利かす広い尾根にでる。 1270m圏・・13:56 13:59人形山 14:10再びブナ林にでて人形山を右側に大きく巻く石柱から登山道は人形山を通過せず.右に大きく回り込んでいる。 ミズナラが倒壊してかららしい。又尾根筋の右迂回路には赤テープが点々と付けられていた。 「金袋山のミズナラ」を探索するため.まず人形山への踏み跡を探す。 石柱の分岐点から左手に分かれている。そして浅い高みに入り.小コブの人形山1176m点に立つ。 現在ミズナラ」に至る登山道は尋ねる人が居ないのか.荒れ崩れてをり.倒木から更に荒れた古い木材の塊化の姿に変わり果てていた。 此処にも金袋山と同様に私製の変わった山名標が掲げられ.雑木林に囲まれ展望はない。 人形山東尾根 少し降り見上げている.14:14頂からタワ尾根とは別に裏側の東尾根に乗ること数分.タワ尾根とに挟まれたのワインドに入り込む。 枯葉が全て落ち.ワインドの全体像が見下ろされるが大きな倒木の残骸が点々と広がり.どれが「金袋山のミズナラ」か? 判断できなかった。 過っては「大樹の探勝路」から東尾根を横切り下段歩道に降りている。薄い踏み跡らしきものはここ足元のみ。 全て消えているが歩き易い硬い大地.訪れた時を想い出すよう頂からの距離と探勝路の林相の境を逆算し.後はワイドに降りて探すことにした。 「金袋山のミズナラ」 降りて3本目の倒木で見付ける.14:17二重山稜的なワイドに転がる倒木を探すこと3本目,高度1133.0m地点で「金袋山のミズナラ」に出会う。 立ち折れた姿でも特徴があるのは何度か見てをり直ぐ分かった。又ウッドサークルは最初からなかったように完全に保護の輪は失われていた。 2015年頃,横に延びていた幹が落下。1本の大枝を残し折れてしまった。痛々しいがそれでも存在感は十分あった。 その枝は生きていたのだが2018年頃にその枝も折損。つに枯死してしまった。2019年には幹が折損. ほぼ日本最大であったと思われるミズナラが失われてしまった。現在ミズナラに至る登山道も荒れてしまっている。環境庁調査から. 巨樹の樹齢は約800年.鎌倉時代頃. 2019年6月上旬には折れれた時は残ってをり.同年7月中旬には既に倒壊してしまった模様。 ・・ブログ「Salon気流」氏の「金袋山.力尽きた巨樹」より. ![]() 14:20残された唯一の標識を地面に見付けている 健全だった頃のミズナラ ウッドサークルのあった2015.05.26/10:10に訪れ撮影所在地は小川1053.タワ尾根23林班. 幹周7.51m.樹高20m.樹齢不明.樹勢等枯死 タワ尾根の人形山.東尾根とに挟まれたワインドにあるるにもかかわらず「金袋山のミズナラ」と呼ばれていた。 この老樹は倒れたため山地図から抹消されつつあり.山レコでは「?」のマークが付く。又コースも失われつつあり。 東日原から鍾乳洞を経て小川谷林道 篶坂ノ丸材木小屋尾根から篶坂ノ丸を望む地点 篶坂ノ丸からタワ尾根を南東進し金袋山.人形山.一石山・・金袋山のミズナラ 一石山から旧道で一石山神社 |