| 伊豆ケ岳と「ウノタワ」・・奥武蔵山地Top 高校に入学し初めて企画した同級生山行. 奥武蔵のまだ冬枯れた懐かしい地名の台地.正丸峠. 伊豆ケ岳と武川岳を訪れている。 高麗川.西吾野駅から入山し.伊豆ケ岳から武川岳を経て妻坂峠から入間川(名栗川)沿いの名郷に下りていた。 今回は2度目の山行を取る。一度目は高麗川の西武西吾野駅から森坂峠を越え伊豆ケ岳東尾根に立ち.後はむかし歩んだ山道を丁寧に綴っている。 記憶の浅くなった昔の記憶を掘り起こし.山伏峠を越え.前武川岳東尾根から武川岳へと何とも云えぬ一人旅。そして妻坂峠を越える。 下山は山中入へと下る。山中林道を経て向河原の名郷へと。2019年の台風19号による林道の崩壊は今年度中に開通する見込み.。 続は「ウノタワ」の存在を途中で知り.話しを聞くだけで魅了され.行かねばと。大持山の山行を兼ねて.裏山の川俣に下りている。 2023年03/11日と4/01日松村 西吾郷駅から森坂峠と伊豆ケ岳東尾根750m圏峰 伊豆ケ岳から山伏峠・武川岳・妻坂峠 妻坂峠から山中林道.名郷 1963年(s38年)4月28日に高校の同級生.道広と木原と3名で伊豆ケ岳に西武電車.乗合バスと繋ぎ登っている。書き留めてあったメモによると 「西武池袋.池袋線の終点.東吾野駅下車.駅からは西武バスで正丸峠へと繋いでいた。歩き初めは正丸峠から長岩峠―大蔵山720m ―五輪山770m.男坂―伊豆ヶ岳(虚空蔵山)―山伏峠―前武川岳1003m―武川岳1051.7m―妻坂峠(地蔵峠)―山中林道.山中入 ―名郷bs.(青梅秩父線=名栗.飯能名栗線)=西武飯能=国鉄池袋で解散とある。 当時は登山ブームの時代で夜行登山列車や山バスが.名の知れた山であれば何処でも繋がれ広く運行していた。 想い出としてはスナップ写真から登山靴を購入,チロリアンハット被り.それなりの服装をしてようだ。 山小屋で山バッチとペナンと購入している。何となく記憶に残る正丸峠。凄い岩場は男坂だったのだろう。 その後は緩やかな起伏の雑木林を抜けている。何とも言えぬ地名に憶えていた記憶が後から追ってくる山行だった。虚ろな山名に想像を膨らませ登っている。 何か懐かしさに加えられる風景と云うよりは.記憶が朧すぎ.確かに来たことがあるという確信が得られたのが.何故か嬉しかった。 妻坂峠では当時.対岸に聳える武甲山に強い印象を受けていた。翌月に単独で再び登っている。その景色も.今日は霞み強い中の頂を見ていた。 西武秩父線.西吾郷駅244.0m.7:06所沢駅発の特急「秩父61号」が通過.3月17日までで時刻表は改正される。駅前広場の坂を下り売店あり. 3月11日(土).快晴後高曇 jr御徒町5:07=5:27西武池袋.準急:39=6:32飯能.秩父線:34=西吾郷244m・・日の出5:58.練馬. 初めて自ら望んだ岳に再び出向く。伊豆ケ岳の頂まではコースを変更し.直接西武西吾野駅から歩くことにした。 中盤の山伏峠から先は同じコースを歩む。又妻坂峠は6年前にRHCの仲間達と一ノ鳥居から武甲山表参道.小持山.大持山.妻坂峠と周回した。 更に3年前には大場戸橋から鳥首峠にでて蕨山金毘羅尾根を下っていた。今回は崩落後の山中林道に入るのも1つのポイントとして名郷にでる。 明け方出掛ける折.大通りにでて初めてすれ違ったのは野球の日本のユニホームを着た青年だった。WBCの第一ランドが始まり.昨夜は韓国戦.連勝 祝杯を挙げ.始発で戻ってきたのだろう。私は逆転したところまで観戦し.今日の為休んでいる。 土曜日にも拘らず下車したのは5.6人. 森坂峠を越え東尾根から登るハイカーは一人か.二人はいると思っていたが私独り. 山頂で大勢のハイカーと出会いながら越えれば又独り.その後不思議なパーティと出会うことになる。 本陣山 駅前広場より.7:08聳える本陣山の山陰に伊豆ケ岳は隠れている。裏側へは左に並び聳えるイモリ山との鞍部.森坂峠を峠越える。 伐採中の小床林道から杉の植林帯のを登り.一面に間伐された斜面から久通の集落に下り.伊豆ケ岳東尾根を改めて詰める。 イモリ山方面 国道299号線沿い.7:13駅改札から右側のヘアピンカーブを下り西吾郷橋を渡って.山崎地区の天満宮の鳥居を右に見ると国道299号線に突き当りる。 西吾野駅入口交差点をを横断. 向いに流れる高麗川に並行する国道299号線を下流側のイモリ山方面へと左折した。 先程の支流が合わさる北川橋を渡り.ガソリンスタンドを過ぎると右前方に高麗川に架かる白い橋が登山口222mになる。 渡った先が小床林道のゲート.そこから取付いた。 小床林道の起点 高麗川に架かる小床橋を渡れば小床林道へ.7:16林道に入って直ぐ左の高みにシャベルカーが置かれ.開かれた伐採しの草原に入る。 笹原は仮舗装に変わっている.7:21 伐採資材置場.7:24林道が小沢右岸の左奥へと延びている。「伐採作業中」の看板があり.小沢の右岸斜面には 一目瞭然の広さで伐採が行われていた。今日は休みだが林道が延び.奥へと段々畑のような伐採地が続く。 左岸の峠路の山道に入る.7:27左岸沿いは今まで通り薄の原から狭まりった形で峠路は残され.森坂峠へと続いている。 林道から峠路へ.7:31ここから左手は真新しく幅広い林道が造られていた。本陣山とイモリ山の登りは峠にでてから分かれている。 峠へと登ってきた東側は整然と立つ杉の植林帯.7:40森坂峠 右は本陣山,左はイモリ山への分岐鞍部353m.7:40旧森坂峠は少し南側に位置していた。下りは墓地から久通にでている。 西側の久通,日用林道までは奇麗に間伐されている.7:44峰ノ山? 久通手前で視界が開かれる.7:47足元は久通地区. 左の尾根が伊豆ケ岳東尾根の末端. 右下に久通川に架かる日用橋がある。 左に折れ里道の集落を綴る。木橋・墓地から民家の裏に出ると舗装道路手前で「東尾根.久通川」の道標が立つ。 森坂峠から下る入口で右に折れると日用林道から日用橋にでた。 歩いてきた手前が日用林道の起点.7:52左直ぐ上流で赤越川と久通川が合わさり.渡って右に折れ久通川沿いに下れば東尾根に登る久通川コースがあり. 西吾野駅にでる。左に折れる久通川の上流側は直ぐ東尾根の取付きがある。里道からはよく見ると琴平神社は眺められる。 電柱に取付き地点を示した道標あり。 伊豆ケ岳東尾根 日用橋を渡り左折し上流側の里道へ.7:55左に折れて直ぐ右手の高みに馬頭観音を見上げていた。短い梯子が参道を作っている。 久通川東尾根と南側に並行する殿入谷右岸尾根に挟まれた谷間で観音堂のある二俣からは殿入ヤツ(戸ノ入)と名を変え. 大桜林道がが延びている。東尾根の取付きは歩いて6.7分の距離。 琴平神社の参道入口 下久通(しょもくずう)の民家横を綴る参道に入る.7:59右側の電柱に木製の道標「伊豆ケ岳(東尾根)がある。 久通琴平神社 8:02東尾根の中腹か.琴平神社は狭い場所に築くよう祭られいた。木祠前の空地は狭く.壁のような足元の. 目一杯の所に立ち撮っている。右脇は細道で下部の尾根に乗っているようだ。左の広い踏み跡を拾い歩む。 古御岳 祠前より.8:03右下は久通川右岸の参道口. 殿入ヤツを隔て伊豆ケ岳の南隣りに聳える。 高畑山 久通の集落久通川殿入谷右岸尾根に乗る 琴平神社の奥社 直ぐ東尾根に乗って.8:09登ット410m圏コブ 小広い小さなコブで尾根筋を左に折れている.8:24 振り返って.8:31400m圏の小コブは左右に尾根を延ばしている。地図では左は細長く平坦に延びる尾根.右も茂みで同じ感じで眺めていた。 一度入りかけたが可笑しいと右を選んでいる。浅い鞍部からの登りで北側にちらっと花桐林道が見下ろされている。 登って430m圏で右後方から尾根を合わせている。緩やかに下りる尾根で.花桐林道からムジナ入を遡る右岸の尾根だろう。 地形図には1軒の小屋が高度370m付近に記されていた。踏み跡はありそうだが分からない。 「狢入山」 8:51やや急登になる520m圏尾根の肩. 柱にドラえもんが巻かれ.柱には「狢入山」と書かれていた。 又尾根の二又で.右後方の尾根に通行止めの横枝ある。 越えて右奥の北東側に入ると菱型の「県営林」の標柱の鉄棒が転がり.そこ先は確りした踏み跡が綴れていた。 先程のムジナ入左岸沿いの尾根でもあり.小沢右岸尾根でもある。林道の支線が入り.起点には花桐地区の諏訪神社が祭られている。 9:13物見台 手前の肩・コブ.9:15尾根の合流点で緩やかになると赤テープに「542m」とある。展望はなく小コブを抜ける。 遠く武甲山と手前が蔦岩山と995m峰・・左端先が前武川岳 直ぐ標高542mピークだが過ぎての展望.9:19左が小御岳(小御岳・古御岳).右が伊豆ケ岳 9:48伊豆ケ岳 標高点.670m峰から待望の伊豆ケ岳を眺める.9:59手前の小コフには赤プラが立ち「オヤマ」と記されていた。5:52 ほぼ直角に左に折れると「670m」峰にでる。 右手が開かれ明るい台地. ただ思いの外狭く.山名標は単純に「670m」とあり.背には初めて伊豆ケ岳が眺められていた。 660m圏・・尾根筋の様相が変わる.10:07 アセビの茂み濃く潜る.10:08細かい岩がちな尾根はすぐ終わる 登ってきた右斜面だが高度感は映るらず.10:17 720m圏の二又.左の傾斜は分かる・・10:18 岩混ざりのの痩せ尾根へ.10:19 地質の変貌する姿.10:22間近になった伊豆ケ岳 10:26 10:26 770m圏峰手前・・鞍部740m圏からの展望.10:27西吾郷駅から森坂峠・伊豆ケ岳東尾根.750m圏峰 伊豆ケ岳から山伏峠・武川岳・妻坂峠 妻坂峠から山中林道.名郷 |