| 以前.藤倉分岐尾根から一本松に登り.尾根末端へと下りている。今回は929m点峰から逆方向に浅間尾根を北上し.奥多摩周遊道路.浅間尾根Pへ。 内台山.道奈良山.御林山.宮ノ沢ノ頭へと綴り.浅間尾根を分けオンバコ平にでる。 笹久保bsから一本松北東尾根 浅間尾根上半の終わりと周遊道路.間尾根P・・五つのオハヤシ山 オンバコ平白岩沢左岸尾根から入間白岩林道を横断 末端作業道から白岩沢沿いの倉掛〜藤原bs 浅間尾根の上半へ 浅間尾根の一本松に立ち.尾根の林層の境に乗る.10:35浅間尾根は町村界尾根の戸沢峯から尾根末端の笹平に没するまでの長大な尾根を指す。以前は一本松から今は山名の無くなった 「バケモン山」を越え笹平まで東半分を縦走していた。今朝は改めて一本松を目指して.浅間尾根に乗り.西側の上半を詰め. 白岩沢オハヤシ沢を取り囲む尾根を綴りながら.前回の出発点.藤倉を目指し.山を下りることにした。 藤倉バス停への分岐 分岐を越した向かいの小さな切通しから振り返る.10:40右は藤倉バス停への登山道を指し.藤倉分岐尾根を下る1本道。過って入山した折は積雪に覆われ.登山口はこれでもかと ロープが網の目の用に巻かれ封鎖されていた。淡い膝下のラッセルで浅間尾根に乗り.この日の最高点929mの右隣の無名峰に立ている。 縦走路は踏み固められていた。一本松からは朝方の寒さで.暫くは凍雪が強く氷付き滑ること滑った。 無雪期の全く異なる樹海に覆われた今朝は.むかし当時そのままの古道を歩む。 サルの石 又直ぐ先にサルの手形があるというサル石を通過.10:47ここは最高点929m点峰の南面の植林帯の裏から登っていが.ここからは未踏の山道に入る。 過っては樹林帯をラッセルし.この雪帽子の無名峰から浅間尾根を下端まで下りている。今日は上半の未踏の山道を歩む。 尾根筋の左.入間沢郡行造林地を過ぎる.10:49 10:58又登山道反対.北側の植林帯に入り.そのまま数馬分岐に下りている。直接下りたので分岐まで踏み跡なし。 数馬分岐908m・馬頭観音.11:00 ![]() 上手いぐわいにベンチのある分岐にでる。分岐からも山道なりに進むと.先月歩んだ檜原街道の浅間尾根登山口のバス停に下りている。 ここは右へ浅間尾根伝いを意識的にぐっと曲が込み.908m標高点の南面山腹の倒木帯を右に見上げながら辿る道。 道標には「風張峠」と記されていた。初めての山道で間が長く.先の読めぬ道標。風張峠は浅間尾根の終点.戸沢峯の先にある峠。 その前に入間白岩林道を横切ると直ぐ数馬峠にでて.その先で奥多摩周遊道路を横切っている。 入間白岩林道 林道を横断.11:19この後.標高893mの内台山に立ち寄るのを忘れ登山道で巻いている。そして入間白岩林道を横切り.数馬峠へと。 林道は左に折れると浅間尾根を乗り越え.都道206号線.檜原街道の真近まで結ばれ.林道の終点は又横倉林道の起点とも繋がりを持っている。 右の林道に入り.林道起点まで下ると倉掛林道の起点と合わさり.白岩沢沿いに倉掛を通り藤原へ。 沢又には藤倉バス停があり.都道の水根本宿線にでる。又下山ルートでは再び入間白岩林道を横切ることになる。 奥多摩周遊道路Pにでて.オンバコ平から白岩沢御林沢左岸尾根を下り.再び入間白岩林道に突き当たる。 擁壁下に降り.最後は林道沿いに回り込む予定でいたが..ここでも林道を横切り.尾根末端へと作業道を抜け白岩沢二俣から車道にでた。 古道らしき雰囲気の山腹道 林道を横切る。向いが浅間尾根の取付きは風張峠へ.11:21 尾根南面の古道を思わす山腹道を綴る.11:25 狭くともむかしの面影の残される山道.11:27数馬峠(藤原峠)870m 11:28900m圏のV字の尾根乗越点に立つ石仏。数馬峠を越え.尾根の左側に延びる道に入る。 尾根を直進する下り坂は尾根伝いでなく檜原街道.下平バス停にでる。小さな木片が落ちていた。「下平」とある。 昔から懐かしいリスのマーク.11:35右に回り込むと浅間尾根は900m圏を越え.広葉樹混ざりの杉の植林帯が続き.緩やかな登り下りが続く。 1078m点の御林山へと導かれた。 大羽根山? 左景・・急に南面が開かれた展望.11:45前回.笹タワノ峰北東尾根を下った折.大羽根山の頂に立っている。霞む展望に新旧の間伐林帯にでている。 先月は南沢と大樽沢に挟まれた大樽沢左岸尾根は笹尾根の上平峠(数馬峠)に突き上げる尾根。下端の尾根筋は 二又に分かれている。西支尾根は南沢右岸尾根に当り.尾根の末端は仲ノ平辺りになる。足元の手前を横切る谷間は南秋川. 2つの笹タワノ峰 右景・・笹尾根.尾根上部・右の谷間が南沢標高1018m点峰 狭い小さな頂で昼食.11:59〜12:26妻の手弁当とリンゴ. 1018m点峰からは寺ノ沢と中ノ窪に挟まれた南尾根は数馬上の集落を抜け檜原街道.森沢出合の仲ノ平バス停に下りられる。 200mほど下れば「数馬の湯」にでる。前途した西支尾根の末端向かい側になる。 先へのの登山道から振り返り 尾根筋は直ぐ南側の窪道に.12:32御林山 小広い開放的な明るい頂.12:39三等三角点標石があり.標高点は1.78.42m.基準点は「風張峠」. 風張峠は町村界尾根にあり.ここから背稜を綴ると長い距離. 何故選ばれたのか? 南面は昼下がりの陽差しを浴び.逆光で眺めずらいが.伐採された植林の樹冠越えに一線を引き笹尾根が眺められる。 北面の展望はない。ただオハヤシ沢が東西に延び.下山はオンバコ平から対岸の白岩沢左岸尾根を末端まで下ることになる。如何なる尾根だろうか? 御林山は巻道あり.御林山 「郷土史檜原村」によると「江戸時代の幕府管轄の山林として三頭山.熊倉山.白岩山(しらや).月夜見山.毛手山の五ケ所の 御林山があった」という。天保9年(1838年)に檜原村の名主.年寄.百姓代が連名で「右絵図に少しの相違ありません」と書き添え. 御林奉行に差し出した御林山の絵図が記載されている。絵図には「御林 三頭山」のように山名の上にはっきりと御林山と記されていた。 これで檜原村に五座の御林山があったことがわかる。三頭.月夜見.熊倉(笹尾根上の浅間と三国の間). 白岩山は絵図にある数馬の傍に記されてをり.現在の御林山である。尚.御林山は白岩沢の源頭にあるので間違いなく. 現在の御林山の本名は白岩山ということ。 毛手山は吉備人出版社地図の「モーテ山」。湯久保尾根の湯久保山より登山道を北へ1km登った左手)度と固定されている。 過って積雪期に寄ったが小さな小さな雪の塊りのような小コブだった。又これら五座は浅間尾根と南畝紀秋川の近くにある。 江戸幕府は城郭など建築資材の産出地として直轄地に御林山を設け.他方で治山.防風なども観点から御林山を置くこともあったらしい。 ・・HP「東京アルコウ会」氏の御林山(おはやしやま)何故「御」-岡本氏記より抜粋させて頂きました。 又屁理屈で語るとこの五ケ所の御林山を囲む中に.基準点の「風張峠」が入っている。? 森ノ沢ノ頭(宮ノ沢ノ頭)1120m圏 何もないが赤帽黒杭だけの殺風景な頂.12:54登山道は尾根の天辺を回り込み頂へ. 檜原街道へ下る場合は写真の背の南面の森ノ沢ノ頭右岸尾根を下る。途中で奥多摩周遊道路の擁壁の間から車道にでて. 更にUカーブ地点から再び尾根伝いに下り.九頭龍神社の脇.宮ノ沢橋にでる。 写真の右上の下部にはオハヤシ沢の中間尾根が延びている。奥多摩周遊道路の浅間尾根Pにでてからは源頭の車道へと北側から回り込み. オンバコ平にでて.オハヤシ沢左岸尾根を下っている。下部は入間白岩林道を横切り.尾根下端から倉掛へ下りて最後は藤倉にでる。 奥多摩周遊道路へ.12:57左に風張峠へ至る細い山道を分ける。周遊道路が浅間尾根で横切り.町村界尾根の戸沢峯に至れば浅間尾根は終える。 背稜にでてからは左に折れれば都民の森.右は風張峠へ至る。森ノ沢ノ頭から尾根道をそのまま北上すると 奥多摩周遊道路の擁壁に突き当たる。更に進めば戸沢ノ峯(砥山)に突き当たり.浅間尾根の頂点に立つ。又鞘口峠と風張峠を分けている。 周遊道路の擁壁 浅間尾根から擁壁に挟まる周遊道路を見下ろし下る.13:02 手前右手の細道から浅間尾根Pに下る浅間尾根P脇の周遊道路. 左に下れば数馬Pへ 周遊道路P側の下方の道標で.右隣りが浅間尾根P.13:04浅間尾根へ繋げるには左の周遊道路を70m入る 浅間尾根はここで一度.周遊道路のV字点に下りている。道標に従い道路沿いを左.「風張峠」方面に進むと左にカーブする地点にも道標がある。 改めて浅間尾根に登る切通しの鞍部にでる。手前の腕木は下半の浅間尾根。腕木のない右上は浅間尾根P。 左.浅間尾根下半と右.笹尾根 パーキング.休憩施設からの南東の展望奥多摩周遊道路は奥多摩湖の南西部の湖畔から背稜に回り込む尾根で.「都民の森」を起点とし.東京都の一番高い所を 周遊する道路で.浅間尾根をも横切っている。その休憩所となるのがオンバコ平・浅間尾根Pになり.そこからの展望。 綴ってきた浅間尾根も山波浅間尾根上半と槙寄山? ![]() 丹沢山稜・・左から城山.丹沢三峰.丹沢山.檜洞丸.大室山 手前は槙寄山笹尾根笹久保bsから一本松北東尾根 浅間尾根上半の終りと周遊道路.浅間尾根P・・五つのオハヤシ山 オンバコ平白岩沢左岸尾根から入間白岩林道を横断 末端作業道から白岩沢沿いの倉掛〜藤原bs |