奥高尾.相模湖北面の林道の開拓はこの数年の間に大変貌させられていた。子孫山ノ頭から新多摩線68号.67号鉄塔を繋ぐ・・陣馬山.高尾山々域Top

  子孫山ノ頭から北側の栃谷板沢林道を抜け.小仏峠と結ぶ5つの林道群を繋ぎ.2つの新多摩線鉄塔を結ぶ。
    師走に城山西尾根から下った66号鉄塔とも繋がれ.67号鉄塔から旧小仏口にでて.終わりは東海自然歩道から相模湖湖畔にでてjr相模湖駅。
                                                    2024年月01月31日.松村
   与瀬神社から大明神山を越え栃谷板沢林道・・林道開拓
   底沢川右俣.白沢川から景信山西側経路
   小仏峠にで点線県道から旧西街道口 
   坂沢林道から小原の郷にでて東海自然歩道.jr相模湖駅

     今回は栃谷板沢林道側の孫山東尾根の上部周辺が怒涛の如く.突然数年の間に巨大な林道網が築かれ.ここを横切っている。
   前回は西側の矢ノ音からイタドリノ頭への藪径路がを綴ったが2年にも係らずして.立派なハイキングコースに生まれ変わる成長をさせていた。

   jr相模湖駅広場から線路脇の細道へ入り東側の八社神社方面へ.9:37

     「矢ノ音」は相模湖北岸の中央部に位置し.向かって右は孫山・子孫山ノ頭. 左にはイタドリ沢ノ頭.大沢ノ頭をほぼ対称形に従えている。
    大正11年に矢ノ音に登った「一日二日の旅」河田骼≠ノよると.今とは違って枯れたカヤで身体が埋まるほどの藪山だったとか。

    開発されつつある「矢ノ音」東側の台地
     2019年の正月.景信山西側の水平歩道から矢ノ音・イタドリ沢ノ頭を越え奈良本林道から吉野へ出向いている。その翌年10月には小原宿を経て
   孫山東尾根から矢ノ音へ。イタドリ沢ノ頭から竹ノ沢右岸尾根を下り.中里の大日野原から小渕丘陵を越えた。その折.奈良本山稜で
   大規模な登山道の造成が作業道と共に並行して改善され.ている。1年ちょっとの間に見違えるほど立派な登山道が完成され.驚かされていた。

     それから2年経ち.逆沢ノ頭東面の作業道から貝沢川を下り.4年目の今回は子孫山ノ頭.大明神山から栃谷坂沢林道に降りている。
   そして予想もできぬほど「矢ノ音」の東側.孫山付近では規模な林業開発がもたらされていた。
   東尾根の上部.中部には大型車両が通行可能なルート網が造られつつある。

     以前の地形を想像しながら模索する林道歩きに始終した。予知していれば入山しなかっただろう。全く変わってしまっていた
   開かれたばかりの林道網に迷いながら模索し.栃谷坂沢林道へ下るのも面白かった。最後に木段の旧作業道を見付け.無事林道に降りている。

     行程のの半でば底沢川左俣の栃谷林道から底沢で右俣の坂沢林道に移り.小仏峠を挟む2つの送電線鉄塔を繋く為の林道を繋ぎ再び遡る。
   そして19年の台風19号による砥石沢の崩落は改修も進まないツメ跡が酷く醜い姿を露わした第2白沢林道もを見ることになった。

     今思えば19年1月に最後の大間伐が景信山西側の経路で行われていた。大勢の木こりにキャピタル用大型運搬車が動き回っていた。
   偶然の通り掛かりで遭遇した渓谷だが.ここでは河原を見るかげも失われていた。

     今回のコースは与瀬神社から貝沢左岸尾根を詰め.子孫山ノ頭.大明神山から栃谷板沢・板沢・第2白沢林道の右支線に入る。
   師走には城山西尾根から更に66号鉄塔尾根を下っている。その送電線の続きとして.671mP西尾根を綴る。

     景信山西側の.水平歩道からは小仏峠にでて.旧西街道の67号鉄塔にも立ち.板谷坂沢林道から国道.千木良と底沢の分岐に立った。.
   最後は過って.末っ子と親子3人で歩んだ東海自然歩道を辿り.相模湖駅に戻ることにした。

   与瀬元町方面
   相模湖駅西方の線路沿いから旧道に入る.8:46

      2月01日(水).快晴.気温は3月並みの14℃を記録.着過ぎで全てはザックへ。シャツとチョッキで通す。
   jr御徒町7:25=7:30神田:33=8:45高尾.甲府行き:46=8:54相模湖2.3m.

     2ケ月振りの山行は久し振りで.13℃と3月並みの予報がでていた。それでも朝方は一桁と厚着をし.体は動かなくなっていた。
   行動はチョッキに厚手のシャツだけで済ませる。朝方から風はなかった。通勤.通学区間を過ぎると車内はガラガラ。ハイカー5.6人が相模湖駅で下車.
   全員が駅前の乗合バスに乗り換えている。

     私は独り.逆側の線路沿いを与瀬神社への旧道へと歩む。山中の出会いは小仏峠で数人のハイカーと旧西小仏口で男性の単独行者と出会うのみ。
   静かな山旅と林道歩きを味わっている。風のなく.日差しは暖かい。ただとんでもない林道歩きを.先で考えさせられていた。

    与瀬神社
   中段の与瀬神社の鳥居を潜り長い階段を直上する.8:50
    駅から20分ほどで与瀬神社の鳥居を右見て中段鳥居から直進し.参道を登る。参道の末端は甲州街道.

    高速道歩道橋からの展望・・相模湖対岸の石老山
   滋眼寺供養塔の展望台の左景・・相模湖一望の絶景
    中央道を跨ぐ歩道橋より.8:54

    日連アルプス
   中景・・8:54

     日連アルプスは(ひづれあるぷす)と呼びます。藤野駅から日連大橋を渡り.左に見えてくるのが金剛山神社の赤い鳥居。
   ここが参道登山口で.低山だが周回すると全山で10kmほどの行程。
   又.手前の岬の聳える青田山まで加えると.辿った自分の軌跡が「あるもの」に見えることが.登山後のちょっとした楽しみらしい。

    ティラノサウルスの頭の部分
   ブログ「みや」さんの踏み跡を載せて頂きました。

     日連アルプス.駅から登れるお手軽のハイキング(ティラノサウルスのルート図
   左上が大室山.斜め右下に下ると峰山・正面が鉢岡山.右上に向ければ阿夫利山。手前の半島の部分が青田山.

   右景・・8:54

   中央高速道を跨ぎ.山門を潜り本殿へ.8:59

    与瀬神社本殿
   正面の左奥.墓地との間が子孫ノ山ノ頭南尾根の取付き.9:00

    改めて西側から眺める子孫山ノ頭南尾根の末端
   吉野の里より与瀬本町を囲む山々・・2019.01.11/14:50
    左半分は並行する子孫山ノ頭南尾根と東尾根. 右は嵐山北尾根と重なるよう眺められている。

      イタドリ沢ノ頭から相模湖湖畔に下りて.甲州古道の吉野宿から孫山南尾根の西面の展望。中央は遠く高尾山の山々.右奥は石老山.
   吉野地区は湖畔の北岸を綴る本陣一軒.福本陣一軒に旅籠3軒と小さな宿場だった。「吉野宿ふじや」の向かいには江戸時代に計画された
   五層楼が明治9年に完成されたが明治29年12月の吉野大火で宿場全てが焼失した。

   墓地との間にあった「保安林区域図」.9:02

   参道から山道へ急登と階段を上がる.9:04

   登山道から右に回り込んだ所にあった木祠.9:06
    丁寧に整備された登山道が綴られている.9:22

   展望台より相模湖.9:29

   神社近くの広場には展望を解説する看板があり.
    左前方が嵐山で手前が相模湖大橋.

   急斜面から緩やかな丘陵地帯を少し歩むと分岐にでる.9:38

   右手の「えんどう坂」からの510m圏分岐.9:48

     相模湖駅から東側の八坂神社を経て.2つの孫山桂北コースで本道と合流した。細道で北側の方が難.共に道標はない。
   駅から西側のコースは与瀬神社の参道か手の掛けた立派な登山道に入る。そして分岐から孫山への尾根道に上がる。

    @子孫山ノ頭
   立木に「孫山」とあるが「子孫山ノ頭」。一旦明王峠方面に下る

     山名については「郷土さがみこ地名編」によると「542.8m点を「孫山頭」(まごやまがしら)とあり.三等三角点がある。基準点は「孫山」.
   現地の立木には「孫山の頭」と書かれたものも.北方の孫山(548m)に比べ標高が低いので.「子」を付けたと地元の山人談。

     藤野町役場の回答は(2004年)を重んじ.また最近の登山地図に「子孫山ノ頭」と表記されていることかららしい。
   又立木に「孫山」と記されている山は「大明神山」とも。一度明王山方面に下る。

   子孫ノ頭542.8m.三等三角点で点名は「孫山」.

     その先の分岐で右の尾根上へ進めば547m三角点峰にでる。9:57 赤帽白柱「174-1」と赤帽黒杭大の「160」が立ち.
   この先は孫山まで老番が付けられていた。又今回の各尾根上には営林署の赤帽黒杭がメーンに付けられ.間には黄色いプラ杭も認められた。

    大明神山周辺の新たな林道帯を綴る
   2024.01.31.
    明王峠南西作業道―吉野矢ノ音から貝沢川・与瀬神社を経てjr相模湖2022.02.

     2年前は「矢ノ音」西側の作業道.登山道の整備に続く.今回は東側の林道群に移り.とんでもない風景に遭遇している。
   子孫ノ頭から栃谷坂沢林道へと旧径路を綴りながら横断した。・・ナンバーは山行中の写真の番号.

   一般道に入り.A沢沿いの分岐.9:50

     子孫山ノ頭から孫山に向かうポイントは一旦.道標「明王峠」に従い.木段を下ると一般道と合流。
   5.6段の塊りが4ケ所ほどあり.目立つよう木段毎に両側に赤帽杭が付けられていた。最初は何だと思うも理由はないようだ。
   左に折れ沢沿いに入る迂回路が正しい。頂から尾根伝いに直進すると東尾根に入る恐れあり。

   B山道から右上の尾根に取り付く孫山への分岐.10:12

     確りした山道の右脇から下りてきた尾根端に赤帽白柱「水源の森」に赤帽黒杭「74」が立つ。
   ここが孫山への取付きで.ここ巻道からの道標はなかった。直ぐ真新しい林道?.にでて横切ると「孫山」の頂に立つ。

   C以前見た気もするが脇に「林道の終点」の木片あり

   以前はなし.

     D 孫山548m
   大明神山の頂には「孫山」の表示あり.10:18

     現地の山名標では「孫山」と表示され地元では「大明神山」とも呼ばれている平頂の杉林の中。
   前回東尾根から訪れた時は小原の郷から孫山東尾根を登り.この薪のよう纏められた状態の山を見てもいた。
   ピークには赤帽白柱に赤.黄色のプラ杭が立つ。

    ほぼ平坦な小広い頂
   地形がガラっと変わり呑み込めなくなる.10:23

      ここからが本番だが以前の地形が全く失われ.呑み込めなくなっていた。頂から北北東の尾根伝いは踏み跡が薄く.あるかないかである?
   その左脇には新たな林の形跡が残され.浅く踏み硬められている。ただ道幅は広く.直ぐ先で.大平小屋方面とは別に.
   大明神沢の源頭から続く浅く窪み状の溝が.手前から右へ尾根を横切っているように思えた。

   E左谷沿いを回り込む矢ノ音に至る林道か?10:26

     林道縁? ・・この先で矢ノ音方面とは別に.右に巻き込み東尾根に入る林道の分岐があった。2020年10月に訪れた時はハッキリした踏み跡を
   見付けていたものの.今は定かではない。初めて訪れてから4年目になり.以前は林道らしき形を少しは示していたが.短い距離の作業道で
   気にもしていなかった。それが大変身した台地。信じられぬほどの大改革が進んでいた。

     以前訪れた時は極短い.見本のような幅広い作業道らしきものに見た覚えはあった。その角に「林道終点」の木片が付けられていた覚えはある。
   慎ましく何だろうと気にもしていなかった。それが大改革とも云えるような開発.改革が行われていた。植林した大地に広大な林道が
   蛇行を繰り返すが如く築かれ.一度見ただけでは合点の行く筈ない開発が行われていた。全て驚くばかり!

   F念の為.右手の荒地の平坦な尾根沿いを進む.10:30

   踏み跡ははっきりしてくるも? 10:32

     G波ある窪溝が林道で.直進する林道がU字状に横切り.横断していた。地形図だけを読みながら磁石を添え直進すると
   U字路を抜けている。更に進むと直ぐ.右手に孫山東尾根の分岐道標がある。

    小原方面へ私製指導標
   H東尾根の510m圏分岐点.石標があったが分からず.10:35

     折れる右が小原へ下る東尾根・・私製指導標「小原」510mの分岐は残されていた。前回はこの分岐から今回孫山を
   越えてきたルートを辿り.イタドリ沢ノ頭から竹ノ沢右岸尾根を下り.中里の大日野原・小渕丘陵へと越えjr藤野にでている。

     当時.矢ノ音からイタドリ沢ノ頭までは2度目の縦走で.作業道と云うよりも登山道として尾根上は完全に整備され.驚かされていた。
   完全と云ってよいほど登山道として成し遂げられていた。そして今回は反対側の東側山域が大々的な林道工事の造成に出会っている。

   I直進した林道の左脇.ここで林道を分けている。10:40

     東尾根を右に分け.横断する形でU字にUターンする林道の真中をを直進する。登山明細図「高尾山」の紫線の北北東
の×方向へ北上。
   そして幅広い平坦尾根の末端へ.450m圏の広い二又へ。結果的には手前から分れるも.北側の支尾根を下っている。

     ただ東尾根の分岐から直ぐ左脇に大きな2つの赤帽黒杭「29と60」がある地点で.林道を右に分けた。
   そして北側の谷間に入ると山腹道を見付け.この縁沿いに細いが確りした作業道を見付け.沢沿いに下っている。

    J細い山腹道
   左に折れると直ぐ右辺へ綴る細い山腹道にでる。10:43

   K歩くこと5分弱で最初の枝尾根を選び450m圏で下降。10:45

     林道と分かれ.直ぐ最初の枝尾根を下ることにした。すると直ぐJPS機能が動き.まだ有効に利いているに打たれ.
   更に1本先の枝尾根に移動した。この枝尾根は確りした踏み跡と木段が付けられていた。以前から残されていた作業道のようだった。

    L枝尾根を下降
   よいペースに赤帽白柱400m圏が現れ.確り下りだす.10:50

    右下の菅沢の支流へ
   M沢が近づくと支流の河原へ.丸太階段が現れる。10:57
   谷間に栃谷坂沢林道が見えてくる 

   Mほぼ伏流した管沢の支流に一度降りて菅沢を渡沙.11:02

   菅沢支流300m圏の対岸では土砂防止用の木堰を工事中.11:03

     降りた管沢の支流.河原の対岸が.先程の広い二又尾根の北北東に降りる支尾根だろう。支尾根の末端は林道のゲートになる。
   よく判らぬが下るルートを探れば.北東寄りに踏み跡があり.管沢は写真の鉄橋で渡れるのでは。

    N栃谷坂沢林道のガードレールを跨ぐ
   踏み跡あり渡渉して対岸の林道にでる.11:05

     階段を降りて直ぐ.「水源の森林71」の白いポールがあり.渡渉すると対岸に踏み跡が付けられていた。
   林道のバックミラー脇のガードレールを跨ぐ。逆にここから入山する場合は分りずらい。目安は白いポールになろう。

     林道左手.上流側はまだかなり遠いい。道路状況は悪くないが.180度曲がる綴ら折の登りは.場所に寄って12〜15%もある。
   明王峠からの南尾根を林道は横切る。以前.林道との出合で日向ぼっこしながら昼食を摂ったことがある。
   南尾根へと左に折れれば矢ノ音に立ち.明王イタドリ縦走コースにでられる。

     ここから勾配の緩い林道を約3.8km下ると栃谷側のゲートにでる。直ぐ前が集落.和田峠からの県道522号線にでて.下れば「陣馬の湯」にでる。

    栃谷板沢林道
   下りながら通過して振り返る.11:09
    上流側が底沢峠・山王峠に突き上げる沢が入り込む。.手前は1本東側の尾根に渡る菅沢のカーブ地点に架かる底板のない鉄橋

   O林道を下って一般車通行止のゲートを抜け振り返る.11:10
    「幅員4.0m.延長10.904m.神奈川県」と県地域県政総合センターの標柱が立つ。

   左側の坂道は明細図に描かれている地点

     左に分ける水道管繋がる台地にやや大きい家屋ありる。先.下流には底沢の二俣がある。
   白沢川と西入沢(上流は管沢)の出合にでて.出合からは右俣の上流へ.更に白沢第一林道へと綴ることになる。

   「照手姫」の伝説
     11:18
    「照手姫ものがたり」という説明板があり.お姫様が沢の流水で髪を洗っている姿を切り株に彫刻したオブジェ。「照手姫」の髪洗い像.

     相模湖町底沢には「照手姫」(てるて)の美女谷伝説が残されている。この先にあった「美女谷温泉」の名も由来するとか?
   脇に「「照手姫の水鏡「七ッ淵」まで80m」とある。林道のゲートを抜けると左側に祀られていた。
   照手姫は美女谷で生まれ.地名の由来にもなっている。ここから孫山へのコースがり.私の歩んだ逆側から辿っいた。

    与瀬神社から大明神山を越え栃谷坂沢林道・・林道開拓
    底沢川右俣.白沢川から景信山西側経路
    小仏峠にでて点線県道から旧西街道口 
    坂沢林道から小原の郷にでて東海自然歩道.jr相模湖駅