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初冬の乗鞍岳.雪上総合訓練


冬山初体験者多く参加者10人

今日でスカイライン封鎖.タクシーに荷と監視2人便乗
夜半より雪に埋まる.下山後.伊那谷へ

              
蝶ヶ岳より御嶽山と乗鞍岳 .
          大勢の後輩と初冬の乗鞍岳.s44年(1969年)11月07〜11日
                L松村進(43年卒)sL西沢隆雄m沼津久美子(3)中沢庚.中西久美子.遠藤美子(2)
                                       小池司誠.立松太郎.中川幸信.大橋和博(1)
          選んだ末の乗鞍岳
     乗鞍岳は北アルプスの最南端に位置する巨大な独立峰。
       1つの岳としては槍岳.穂高岳を超える裾野を持つ山塊で.飛騨と信州を分け.その南の御嶽山と対峙し構えている。

     現役から雪山の希望が我が家に届き.計画を立てるも更に参加者は増していた。
       西沢.中沢には増えるメンバーに.岳を変更せざえぬことを告げ.山行名は技術山行とした。又女子が多いことを含め沼津嬢を呼ぶ。

     今山行は冬山初めての者が半分を占め.個人山行と云うより.多く参加する学生のため冬山訓練として乗鞍岳を選ぶ。
       技術山行としては.2泊と云う時間と旅費に過大な負担が掛かるも諦めるものも居ず.遠いいだけに学生に取っては贅沢な山行となる。
       3000mの独立峰その頂を踏ませ.現役部員にとって雪山の憧れを更に抱くよう願い行われた。

     最初の予定より山行日数が短くなった分.下山後に現役と別れ私は辰野から伊那谷を訪れる。
       そして中央アルプスを背に2日間.稲刈りに追われた。

      畳平―剣ヶ峰―里見不動コル―平湯=辰野=伊那北

11月07日
8日
9日
10日
11日
12日

13日
新宿=
松本.松本電鉄バス=畳平一無人の肩ノ小屋hc⇔権現池
c1一剣ヶ峰一平避難小屋hc
c2一平湯峠.H=平湯..松本電鉄バス=新島々=松本=辰野(現役と別れ)=伊那谷へ
h3.伊那北上牧
h4  
 
h5.伊那北=新宿

     乗鞍山は飛騨山脈南部の長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる剣ヶ峰3.026mを主峰とする山々の総称。
       山頂部は朝日岳など8峰でカルデラを構成し.23の峰と7つの湖,8つの平原があり.その姿が馬の鞍に似ていることから「乗鞍」と呼ばれていた。
       路線アプローチは入山は松本駅から新島々経由畳平.下山は乗鞍スカイラインを徒歩で平湯へ下り.最終バスで松本駅にでる。


乗鞍山頂.赤線踏破ルート   
     
北側平湯へ下山









hc2.平ノ避難小屋





hc1.肩ノ小屋
   中央畳平より入山

乗鞍岳ウォッ地図

 四ッ岳(よつだけ).大丹生岳(おおにゅうがだけ).水分岳(みくまりだけ)
 蚕玉岳(こだまだけ)


            , まずアイゼンの講習から
  11月07日晴  新宿23:55=
     08日曇一時晴.4:40松本.乗鞍エコーライン.松本電鉄バ5:05=8:55畳平9:00一11:45肩ノ小屋hc1

   松本から今年最終の路線バスに乗る。
     高度を稼ぐにつれ車窓に乗鞍高原の広い台地が開け.雨上がりの樹葉は晩秋のしっとりした閑散さを漂わしていた。

      岩遊び
   権現池へ行く途中.宇宙線研究所の在る摩利支天峰を南側を回る車道の東面に.面白そうな岩壁を見付け攀じってみる。
     左へトラバース気味に登り始め.深い溝をバックアンドフットで直上すると.被り気味になり関所を造っている。

   根雪になったばかりの新雪が薄すら岩片に積り.待ち憧れていた僕の心を擽てる。
     冷たくふくよかな粉雪の感触が素手へと伝わり.僕の気持を掻き立てた。

   高さ10m程のちっぽけな岩肌は攀じってみれば面白い。僕の真似をして下級生もやり始めた。
     強引に登ろうとする者.行き止って往生し悩み疲れ落ちる者,両足が浮いてしまう者. 各々先天的な登り方で二度.三度と挑んでいる。

   そして遂に1年生が10mぼかりの台地に達した。すると2年の中沢が後輩に負けるものかと頑張る。
     それ故.3年の西沢は根性でも攀じらなければならなくなった。
     女子も登り易すそうな岩肌を見付け登り始めていた。たった7.8mたらずのたらずの岩肌が僕等を有頂天に楽します。


      畳平―肩ノ小屋h1
     右上.飛騨の山波を越した別山と白山
      11:45肩ノ小屋h1. 13:40⇔14:50権現池15:15一15:45

   陰になりがちな谷沿いはやはり雪が多く完全に積雪に埋まっている。
     新雪.溶解.凍結の繰り返しの谷間は早くも根雪で埋め尽くされていた。早速.ピッケルを取り出し.雪上歩行を兼ね権現池を訪れる。


         , 火口湖権現池

            現池.半ば凍った湖上



                                             朝日.蚕玉岳鞍部より北ア南部                 

鞍部で1本   .
      穂高群
   這松を被う新雪に足を取られ.蚕玉岳と朝日岳との鞍部にでる。
     色鮮やかな砂礫石帯と強い風に押し集められた風成岩とが.一線を引き足元に交わっていた。

   強風に身を屈め風下に目を向けるならば北アルプス南部の山々が扇状にパノラマを広げ開かれた。
     一段高くどっひり構えたアルプスの鋭峰群が清明に描かれよく望まれる。今だ薄い新雪に赤褐色の顕著な岩峰が穂高の岳々を被っている。

   吊り尾根を囲む穂高の岳々.大きく扇状に開かれた岳沢.そして蝶ヶ岳から笠ヶ岳に至るバァテイケーの背稜が延び.
     その頂点に槍の穂先が君臨していた。笠ケ岳の奥には更なる遠方であるにも係わらず.立山・薬師岳が手に取るようはっきり望まれた。


     肩ノ小屋―平ノ避難小屋h2
           剣ケ峰.蚕玉岳.朝日岳

   肩ノ小屋から朝日岳東側中腹を巻き稜線剣ケ峰へ

     剣ヶ峰本峰
   蚕玉岳(こだま)2980m直前より剣ヶ峰本峰3026mを見上げる
    11月09日晴. 肩ノ小屋h1. 10:45一11:52剣ケ峰12:25一13:50. 14:35一15:20里見不動コル一16:43平ノ避難小屋hc2.

      本峰
   剣ヶ峰ピストン.北側に回り込む.
     観測所の裏側を廻り.薄すら新雪の付いたゴーロ状の谷沿いから下り気味に摩利支天を巻いている。
     たやふかな丸みを帯びた南峰が柔らかい曲線を描き蒼空のキャンパスに突きだすよう広がりを見せていた。

   朝日岳.乗鞍南峰群

   五ノ池と里見岳

                室堂ヶ原と乗鞍南峰群
      乗鞍.頂稜群
   乗鞍の広い頂稜を歩み.まろやかな明るいさを持つ山々に囲まれたカルデラの頂点から四方を仰ぎ胸一杯にその風を感じている。
     伸び伸びした裾野が五ノ池の広い河原に注がれ.氷化した湖畔が何とも云えぬ尊厳たる雰囲気をかもち出している。

   高度2700mも越える台地に幾つもの顕著な起陵を築き.それらの峰々の総称が乗鞍岳と呼ばれていた。
     火山.褶曲.断層と数ある地形現象を背後に望み.この主峰山群ほど見応えのあるものはなかった。山の上に山が幾つもある。

   北側の夏径に以外なほど.積雪が見られたことも面白い。膝を越すと思えば靴底が岩肌に触れる足の感触が面白くもある。
     風の通り道も桁違いに大きく.大量の積雪をもが飛ばされている。

   ここから見ると大黒岳に平行して高山ハイウェーが走っている。ジープが力強いエンジンの音を立てて.のろのろ登ってきた。
     この車が山上で見る最初で最後の車だった。

   一本取る。もう時計の針は16時を指していた。天気予報の時間だ。中沢が慌てふためいてタッシュからラジオを取り出し天気図を書く。


          帳
             雪上訓練を終え
      残照と日没
   日が陰り始めた斜陽した陽差しは信州側のゆるやかな這松帯を照らし付けている。
     そして刻一刻と長い山陰が谷間へとゆっくり.それも見える流れで里へと降りて行く。

   裾野の高原では走るよう陰が広がり走っている筈だが.ここからジッと見詰めていると1分間に3〜4mの割合で緩やかに降るよう見えた。
     中沢が予報を書き終える頃.目の前の這松を照らしていた陽差も.すっかり後退してしまっていた。

   深い谷間はもう帳が忍び込んでいる。一部の山麓と僕等の間だけが残され少なくなった陽差しの斜面のもうなくなるだろう。
     後十数分後にはその陽当たりも一線を引き.闇に包まれる。

   真直ぐ北上するハイウェーの突き当たり,その先に今日も驚く程近くに穂高の岳々が眺められている。
     夕陽に映える穂高の凸凹が俄かに燃え.槍の穂先をオレンジ色に黒光りさせていた。

   尾根の袖には常念のピラミットが。又長い尾根が蝶ケ岳へと延び.背景を造っている。
     洛陽を待つ残照. 低い山脈は既に闇へと埋まり.次第に高みも闇へと埋めて行く。


    中沢君と

      平ノ避難小屋
   平ノ避難小屋はハイウェーから200mほど信州側に寄った所に在った。
     コンクリートのガッチリした建物で扉と西側の窓が壊れており.室内には薪が豊富に散らばっている。

   小屋に入ると割れた風上の窓から,息も詰る西風が吹き付けていた。ちょうど小屋自体が煙突の役目を果たしている。
     今日の泊り場と決め.各人が居心地好いように.手分けして整理し働きだす。

   重い鉄扉を直す者.床を少しでも居心地良くしようと板を積み重ねる者,茶の仕度する者.
     そして最大の難物である窓を塞ぐ者も居る。薄ぺらい板をフルに利用し積木のよう板を固定していた。

      飲水
   ストーブがあったので利用して水を作る。小さなコンクリートの小屋は湿った薪でよく煙を吐いている。
     止むことを知らない煙は見る見る小屋を充満させ.あまりの激しさに誰もが目を痛め開けられず.頭を垂れ下げていた。
     体を丸め少しでも楽になろうと息を忍む。

   10人分丸1日の水を作り出すのだから大変だ。
     窓を開けてもそれ程効き目もなく.とうとう我慢できなくなった仲間が1人.2人と外へ逃げ出した。
     私はストーブの傍で雪を溶かしている。薪は豊富でドンドン焚く薪に雪は直ぐ水に変わって行く。

   それをヤカンに入れるまでが僕の仕事.その後にヤカンの水をポリに注ぐ役目の者がいる。ストーブの脇に居るとそれ程煙の苦にはならなかった。
     火気が煙の充満をそこだけは助け.上へ々と気流が乗せて行く。それでも暫し苦しくはなるのだが。

      静寂な帳
   暖かい小屋から外へ出ると.一瞬にして冷気が体の隅々まで体温を奪う。
     寒さと同時に雪山の静寂さが心を侵す。まして今夜のよう満天の星が夜空を飾れば尚更だった。

   首を袖下に引っ込め.両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。
     身を引き締める強い寒気に晒されていると言葉に表せぬ心豊な気持が伝わってくる。
     冬が来た。この寒さを憶えていた体が懐かしむように。最近東京でも貨物列車の屋根に雪国の贈り物.残り雪をよく見るようなった。

   それでいて僕は.又寒いとばかり冴すような冷気を逃れ.煙の充満する小屋に飛び込んだ。
     人の気ほど分からぬものはない。又キジを打てば流れ星が谷へと落ちて行く。

      炊事
   駄々広い峠の小陣まりした冷たいコンクリートの小屋で.見慣れた10人の顔がコンロを囲んでいる。
     それぞれザックに腰を降ろし.煙の納まるのを待って一勢に食事の用意が始まった。
     包丁を振るい湯を沸かし.雑煮,焚き込みとコンロは休む暇もない。手際が良いが? 皆手は動き回っている。

   味付けも面白い。変わった味を作っては砂糖.醤油.塩とか調味料を加え.並にしようとする。
     そして如何しようもないと故郷の味ですと誤魔化し始めるのが常。

   実際,メンバーは九州.四国.山陰と西日本の勢力が強く.地方色華やかだった。
     特にその出身が一年生に集ってをり.団結が強く互いに庇い合っている。

   大橋はプリンを作るとハッスルしたものの.水の分量を倍入れてしまっていた。
     沸騰させたり砂糖を加え幾らかだけでも固めようと。その苦労も並太平のものではなかった。
     仕舞いには絶対作るぞと寒い外へ出掛けて行った。

   小屋に忍び込む寒気を圧するよう.ラジウスは「ゴーゴー」と勢いのよい音色を響かせ,青白い炎を上げている。
     激しかった今日一日の行動に.その燃え上がる炎も.快い疲労として僕の体に伝わっていた。

   ローソクの炎は踊るコンロの音色に合わせて.穂のかに揺れている。
     そして.その炎の穂先から幻想的な光照が広がり.仲間の賑やかな顔を照らし出していた。

   小屋が小さい故.寝所を作るのも大変だ。
     「テントと思えば」と云っても.どっこいの広さである。互に交互に頭と足を組み合わせ.肩を重ね合わしている。

   1人残ってしまった。焦る後輩にシュラフに入り込んだ仲間達。飽和でなかなか譲る動作が鈍い。
     一括し怒鳴る。強引さを押し込んで如何にか横になれた。


       避難小屋―平湯

                        桔梗ヶ原より穂高吊り尾根.遠望
     11月10日晴後雨・・平ノ避難小屋―平湯=伊那谷
        平ノ避難小屋h2. 9:10一11:25平湯峠11:40.(タに荷物.H=平湯)一12:20平湯14:30.松本電鉄バ=15:50新島々=松本
        =辰野.飯田線=伊那北.タ=上牧.
      平湯へ
   余儀ない泊場の変更が更に北上させ飛騨側の平湯へ降りることになった。
     這松の高山帯を走るハイウェーはやがて岳樺.シラベ.松の亜高山帯に入り.つづら道を下って行く。
     北側の故.積雪は多い.凍結した道に足が取られがちでチョコチョコ足で足を運んでもいた。

   急な斜面を縦横に走るハイウェーに積雪が被り.明るい路面の唸りが僕等の行程に変化を与え楽します。
     丁寧に道沿いに歩いていた私達はこのつづらが続く樹間を透し.下るべき道がはっきり分かれば,悠著はない。
     藪を乗り越え直下し林道を横切って行く。

   乗鞍の北面は広い樹林帯が広がり.3000mの異様なスケールの大きな大地に続く林道はテクテク歩くしかなかった。
     右手奥に以外と身近い所に焼岳が見下ろされている。焼岳から察すると峠まで.まだずっと右へ回り込むようだった。

      タクシー
   峠で汁粉を作っていると一昨日.松本駅前で会った松本タクシーの運ちゃんに運よく出隅わした。
     松本駅で散々誘われたがルートが違い断っていた。運転手は高山からの帰りだと云う。平湯まで乗せてもらう。

   最初はザックだけと頼み込み,10人分のザックをトランクとはいわず.後座席の白いシートにも,ガンガン詰め込んだ。
     その上.荷物の管理だと女の子.2人も乗せ強引に頼み込む。勿論無料でお願いした。

   交渉は上手い具わいに成立した。去った後の汁粉も美味かった。下り飽きたのか.コンロにナベ.ヤカンと各人が枝で叩いたりして国道を降りて行く。
     私も西沢が拾ってきた週刊誌に目を通しながら乗鞍スカイライン下って行く。柔らかいカラーのグラビヤに女の子が映されていた。


      平湯へ.スライライン閉鎖最終日
,
      トラック
   下りのツヅラ道でトヨエースを拾う。地元に馴れているとは云え.猛スピードで前方の車を追い越して行く。
     紅葉の散り掛けた晩秋に。もうこの街道付近は降雪に被われ.車の往来さえ絶え気味だった。
     それを追い越す車は凄い。言葉を挟む余裕もなく.荷台の縁を掴む。落とさんばかりに跳ね上げる車。。

      平湯の湯
   深い山合いの安雲峠と平湯峠に結ばれた平湯にでる。
     最近.観光ルートの拠点として開けてきたとは云え.静かな街並を作っている。

   僕の知る限りでは大きな建物はバスターミナルがあるだけだった。そこも今日限り.来年4月の雪解けまで閉ざされる。
     石鹸.タオル付き¥100でバスターミナル内の温泉の大きな湯舟に浸かる。シーズンを終えた広い湯殿にゆったりと浸かった。

   淡薄い乳白色の濁りに穂のかな硫黄の香り。町の銭湯より桁違いに広い湯場に男7人ではガラガラで今年最後の客となる。
     僕等だけの湯.高い天井から雫が落ち.会話はこだました。

   窓越しに平湯の外を見ていると.冷雨がポソポソと落ちてきた。
     ガラスの窓越しに時折激しく降った雨も治まり.谷間の枯木に雨の雫を落し.薄暗くなった街並は更に侘しさを注っていた。

   この分では山は雪に変わり冬篭りになるだろう。
     翌日伊那で聞いたテレビニースによると乗鞍山はこの日30cmの積雪があり.車は明春まで通行止となる。


    平湯=新島々=松本=辰野=伊那北
   総勢10名のメンバー

   今年の最終路線バスで新島々へ。松本で乗り換え辰野駅で学生達と別れる。
     そして一人.飯田線に乗り込み伊那へ。・・
晩秋の伊那谷上牧

    .    
   秋の笠より焼岳.乗鞍岳.御嶽山    .
   2005.08.現在の肩ノ小屋

   乗鞍岳には現在.日本最高所を走る山岳道路がある。
     マイカー規制でシャトルバス.乗鞍スカイライン平湯=山頂.県道三本滝=山頂.タクシーは通行可

   現在平湯のバスターミナルも改築され三階に各種温泉施設を増やし.新しい綺麗な施設になる。
     ナトリュウム・カルシュウム−炭酸水素塩泉.68.7℃.日帰り入浴料金¥600. 2000年03月

   飛騨側北西山麓に広がる五色原の広大な森林地帯は2001年(平成13年)度より自然の生態系を調査
     04年07月に入山は認定ガイト同伴を条件に海外のネイチャートレールをモデルとして公開される。五色原案内センター主催.
     5月より8時間.2人の場合1人¥2万.6人以上で1人¥8800.0577−79-2280. 2007年04月

     
旧hp,PhotoHighwayJapan,乗鞍岳
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