秋霖前線下の一日 只見線開通と最終列車の競争 秋の実に溢れる白沢林道 赤谷沢の樹間を抜い |
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| 日帰りでは時間の足りぬ山・・冷雨の会津朝日岳 日帰り2泊の夜行山行,.s47年(1972年)09月.m松村進.大川崇夫 会津朝日岳 東京からマイカーで大広瀬五味沢から浅草岳に登り・・1979年08月.右奥の会津朝日岳 越後三山,中岳から北に連なる背稜は丸山岳から更に未丈ヶ岳を経て浅草岳.守門岳へと連なる深い越後山脈の山並み。 丸山岳から北に延びる頂稜上に会津朝日岳がある。尾根末端は伊南川出合となり,この尾根上が伊南川と只見川上流との分水嶺になっている。 又会津朝日岳から会津駒ヶ岳までは峰続きで¥の山域は朝日駒ケ岳山塊と呼ばれる。 「新編会津風土記」のよるとに朝日岳の名は朝日が最初に照らす頂という意味を持つ。見所は山腹に広がるブナ原生林。 林道は東面の黒谷川沿いのみで東京からは遠いい深い山だった。 1969年05月には守門山スキーで登るため只見線入広瀬から入山し.終着駅の大白川駅に下りている。 その後3年経ち只見線は会津線と結ばれ開通した。その列車に乗るべく,同期大川と会津朝日岳に出向く。 上野駅を最終列車で発ち,小出で只見線の始発を待って目指した岳。只見駅では一台しかなかったタクシーに飛び乗る,遠いい山だった。 当然,頂に立つ為の計算は掴んでいたが秋たけなわの山懐に入り,時間を計算しながら登るスタイルになった。 故.頂を前に時間切れで諦めざる得なかった。 以外と早い最終列車と黒谷までの距離, 路線バスとの配分もあり考えると朝日の肩で諦めるのも早かった。 それでも秋霖の包容力ある山里に入り,山麓の味覚ある秋をも大いに味わっていた。 上野,上越線=小出,只見線=只見タ=赤倉沢出合⇔朝日岳肩, ―白沢林道―沖bs=只見, 白沢林道 只見川を伊南川に抜け沼田街道を遡る。まだ雨雫の闇が間々ならぬ黒谷川から白沢林道を南下した。 国道沿いの集落から外れると黒谷川沿いの里道は田圃とも離れ,林道だけが山懐奥へと続いている。 モヤに湧く薄白く被われた林道を車のライトに映し出された水溜まりを跳ね上げての凸凹道を。 野兎が車の前を横切ったと思ったら,車の前を逃げて行き,ライトの照らされた兎を追うよう走る。 秋霖の雨 朝方から降り始めた雨雫は憂鬱げに重く垂れ込み.薄暗い雨雲の中から落ちてきた。 冬雨でもなく.青臭い腕白が踊り騒ぐような大粒を浴びせた昨日までの夕立とも違っていた。 ひっそり錆びを利かしたような雫の雨がしとしとと黄昏じみた中秋に朝明けと共に落ちていきた。 雨粒の1つ々が侘しさを含み,何かを伝えるかのようだった。昨日天気図を読んだ太平洋南岸にあった台風は何処に消えたのだろうか? 肌寒い山裾に秋霖の長雨に変わり.ひっそり降り注いでいた。山の肩.1点を染めた紅葉はこの長雨と共に斑な樹葉に赤らめている。 後と1週間もすると点々とした紅色のカエデは山肌を艶やかに飾り立て.どっと一気に山を駈け降りる。 そして日一日と.ここ会津の懐は秋色美に塗り変えて行く。 , , 霧雨の中.朝食を摂る白沢林道 何時の間にか止んだ雨に樹々は洗われ.ひっそりした山気が程好い湿り気を帯びさせていた。 遠くから見ると一見刈り取られたよう見えるススキの原が.広河原状の赤倉沢出合に広がりを見せている。 高さ2m半は越すススキを潜っていると再び音もなく.雨が降り始めていた。 赤倉沢出合.白沢左岸に走る林道からは樹木に被われた白沢の河原は眺められなかった。 その小径を抜け.林道の向かいに1本の胡桃の木があった。目標になる大きな木だ。 ここが会津朝日岳の登山口だった。雑木と藪が絡み合ったような山径が奥へと続いている。 遡った下流の山並み |
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| 山葡萄 赤倉沢二俣は葡萄の木で被われていた。まだ硬く酸っぱい山葡萄が幾らか甘味を付けだしている。 自分の手で葡萄を摘まむ味わいは格別だった。早塾で早くも黒褐色に実った葡萄を選び々登る。 朝食を兼ね休憩した所も.葡萄のつるが絡み合っている。 ここも登り下りで口に運ぶこととなる。渋甘味のある香りが口の中に広がった。 時間 朝日岳肩.時間切れになる。 数時間前.兎を追々車で入ってもらった白沢林道奥只見.田子倉湖の裏に当たり.交通の便は至極悪い。 夜半入山.朝10時には下山と腰の暖まる暇もなく.日帰りの短く又長い旅にけじめの時が来た。何か変だが省がなかった。 戻る山径からの林道も長い。帰路は黒谷川出合の沢口まで歩くことになる。 最終の上越線に始発の只見線.一台しかないタクシーに乗り込むも.時間に追われている。 只見線の最終列車に乗り込むには,逆算して10時には下りねばならなかった。 朝日岳肩である。後30分の登り。沢口まで走り下るか? のんびり下るか? 肩で諦め下ることにした。里径を楽しもうと。 アケビ 厚く生い茂るススキが林道に壁を築き里へと導いている。ナラの林を抜けた所で珍しくアケビが茂っていた。 見るのは初めてだが.まだ実の熟し切ってない中.ちょうど水芭蕉の如く瓜のような実が幾つ歩く道中にある。 実は割れ.ゼリー状のねばり強い棒状の筒に包まれた黒い種が点々と見留められた。 一見.さなだ虫のようで取っ付き憎いが.恐る々口に運ぶと何とも云えぬ甘味が伝わってくる。 知らぬことは恐ろしいとことで.一度口に入れると今度は2.3個アケビの実を採っては林道を歩きながら食べた。 自然に造られたアケビの棚.まだほんの一握りならぬ大きさから大きく実を結んだものもある。 まだ白味おびた実に混じっ.褐色かかった丁度.適ほどに熟した実った実がある。 林道を歩きながら食べているとアケビに慣れ,意外な程適ほどの実を拾えた。 20分は続いただろうか.手に摘んだ実が口に消えると又アケビ棚から実が運ばれた。枝付きの実を2.3土産に背負い込む。 山栗 アケビに飽きた頃.道一杯に覆い被さる山栗に出偶わす。 春の新緑を思わす色合いで.大木にそぐわぬ可愛げある大きさだった。 山靴でトゲの殻を取り除き.薄い膜を剥ぐと黄味掛かった実が現れる。初めての栗は2対だった。 里栗とは違った旨みがある。これも外殻だけは取り除いては歩きだす。 栗の実の白膜を取り除く作業は余程丁寧にしないと強烈な渋みを受ける。 実も味もあったものではない。舌が枯れるような勢よいに落ちいるだろう。 それ故,丁寧に取れば普段味わうことの出来ぬ.生の栗を食べられた。 甘味があり一口で入る栗..旨いが手を抜くと又強烈な渋みが返ってくる。それが欠点だが褒美は美味い。 里径 小さな最初の水田が現れると白沢の部落が見え始めた。まだ目測では随分距離があるが里の匂いが漂っている。 道中ずっとそうだったが稲刈りに忙しい農夫は雨の中.皆蓑を被っていた。 又.足に慣れ切った村人は私達との距離感が違い.道を尋ねるも倍以上の短い道のりが返ってきた。 里の活気はもう1つ違った感じを抱かせていた。 秋の長雨のせいか.それとも冬6mを越すと云う積雪に重い影を映しているせいか。 信州のような伸び伸びした明るさはない? また霧雨が下りてきた。 沢口 黒谷川沿いでは土産用に里栗を採り.沢口では雑貨屋に入り込む。 食堂を兼ねているがお品書きはうどんのみ。一品である。それが以外と温かく旨かった。 当然通う人も居ない筈だが.外はまだ重く雲が垂れ込んでいる。雑貨屋から出るとまだ霧雨が舞っている。 頂を踏まずとも.彼も僕も心は満たされていた。只見の山を踏んだことで。 学生の時とは違った何か1つの山がある。何かつ云えぬが。東京からは遠いい山だ。 檜田島からガラガラのバスが来た。これで只見発の最終列車に間に合うだろう。
白沢林道はその後道幅を広げ改良工事が行われたが度重なる豪雨災害により,通行止と補修を繰り返している。 赤倉沢→白沢→黒谷川→伊南川→只見川→阿賀川→阿賀野川 |