夏合宿Ⅲ.立山~穂高岳.その2 南沢出合から薮漕ぎし後立山へ―雲ノ平に回り込み太郎平から薬師岳ピストン 夏合宿Ⅲ1.阿弥陀一立山一蔵之助平一南沢出合 夏合宿Ⅲ2.南沢出合一雲ノ平一太郎平⇔薬師岳 夏合宿Ⅲ3.太郎平一三俣蓮華岳一槍ヶ岳⇔中岳手前.一新穂高 針ノ木谷南沢出合停滞c6 . ![]() 針ノ木岳尾根末端の元サワボ川と針ノ木谷 平の渡し.対岸奥が南沢出合 8月21日曇.南沢出合.完全停滞 熱低が台風に発達し.今日正午には本州に上陸の恐れあり。 烏帽子岳へ登る前に停滞を取るのは惜しかったが中盤に備え鋭気を養うこととした。 のんびりホットケーキを焼きながら一日を過ごす。天気は崩れるどころか晴れ間を見せ.一日中やきもちさせられた。 それにしても気侭な台風だ。米国ではよく女性の名が付けられているが? テントに寝転んでの会話は.もっぱら飯と彼女の話題に尽きている。 台風 21時の天気図によると台風18号は四国沖.300k付近.988ミリバールに発達した。 中心付近.最大風速20m.北東300k以内.北西200k以内は15m以上の暴風雨で.遅くとも明日正午には上陸する可能性が濃厚となる。 又東海沖には銚子沖より前線が流れ.末端が台風の前に延びている。 既に大阪は雨に叩かれてをり,進路は北と北西の間を通ると予報され,我々の真上が通り易くなった。 明日は最終案として烏帽子岳まで詰める予定でいる。・・消燈18:00 南沢出合―南沢林道―南沢岳南面c7 南沢乗越.ツメの崩壊南沢略図 |
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南沢のガラ沢をツメ |
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| 8月22日.曇一時晴.午後濃霧 藪の針ノ木谷南沢遡行 起床3:30.南沢出合Ts5.6. 4:58一5:35南沢出合一6:03小6:12一7:03小7:13一8:20小8:35一10:10枝沢ノ頭10:45.ヤブ 一11:55小12:00一13:15小13:25一14:40大15:10一16:20南沢岳手前16:35一16:50南沢岳 一17:10南沢岳.鳥帽子岳鞍部c7. 藪の針ノ木谷.南沢遡行 |
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, 藪での大休止 |
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| 藪漕ぎルート 起床が遅れた為.出発が5時になってしまった。前日の休養で全員すこぶる元気。 南沢に入り一本取った後.高度1800m地点より南沢岳北尾根のガラ沢を詰める。 台風は以前とその兆候を現わせず.ブッシュにルートを取った。 出合からは不快な歩き難いゴーロを進む。続くツメは脆くボロボロの為.左へ捲き気味に詰め藪径に入いる。 潅木帯を左右に泳ぐよう漕ぎ.南沢岳南沢尾根上へ。岳樺の林中に今日2本目の大休止を取る。 昼食 山男の潜在的食魔性は食べるとなると全員が猛ハッスルし.アッと言う間に飯盒を空にした。 御数が少ない中.皆よく食べる。飯盒の底は一年生の特権になっているが.多めに炊くこともできず競争するよう食べている。 よく田中先輩がRHCの部員たるものはブルジョワの精神がなければならないと.酒を呑むとよく説教されていた。 その弟子達である。よく云われていた言葉であるが.今は誰も論ずる者はいない世界に入っている。 沢を遡り残雪を抜けるとガラ場が続く。 ツメはかなり傾斜が増し浮き石が多い。足元から落石が続き.左寄りに巻き気味に藪に潜り込む。 重荷を背負ってバテ気味に浮石は如何しようもないが。ラストの僕は升窪地の登りで落石を避ける事もできず,怖い一言に尽きる。 獣径 北の枝尾根には藪の中.よく見ると斑な道筋が如何にか慎ましく付いていた。 丁寧に探った獣径は南沢尾根上に続いていた。 藪を漕ぎ尾根上に出て.かすかな踏み跡を頼りに稜線にでる。 枝尾根の小径は1時間半程で.沢からのよく踏み固められた南沢新道の肩に合わさった。 再び頂稜に出て 南沢乗越と南沢岳.左が烏帽子岩.2010.08烏帽子の稜 露岩に腰を下し.ガスに包まれつつある立山連峰を仰ぐ。合宿ももう後半になる。望む眺望にファイトを掻きたてられた。 ガスは這い始めて天気は崩れそうだった。 陽も陰掛かり濃霧の被る頂は一汗掻き終えた後で.この上もなく心地よい。 先を急ぎ南沢岳南面鞍部の庭園的な小平地.烏帽子田圃に宿を求める。幕営には幾らでも適地あった。 ただ水の便が悪く腐った池の水を沸騰して利用した。今日ばかりは全員が正露丸の世話になる。 烏帽子岳と烏帽子田圃c7 南沢岳南肩より.2010.08前日停滞した事だし台風は10時になっても.その兆候を現さなかった。 故藪漕ぎルートを取った。これでビバークを残すのみとなる.最後の藪漕ぎで疲労は甚だしい。・・消燈22:00 五色ヶ原 右上が立山三山鷲岳と鳶岳に挟まれた五色ヶ原南東面. 手前は越中沢岳から派生する尾根上の木梚山2301.1m 五色ヶ原岳 目標にしてきた五色ヶ原を黒部川を挟み右手対岸から望むようなる。入山の折.初めて立った草原の頂が五色ヶ原。 次の目標は対岸の薬師岳.どんよりした雲が頂に掛かり.ここから目指す薬師岳は望めなかった。 これから雲ノ平を抜ける頂稜の縦走が待っている。 明日は台風の影響如何に関らず雲ノ平まで行く予定でいる。 食糧確保を含めC.D.Eパーティに会える事を願い.希望を持ち山稜の旅を味わった。 南沢岳南面―槍ヶ岳縦走図 追分~平.横断図
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8月23日曇.烏帽子田圃―三ッ岳―野口五郎岳―岩苔乗越c8![]() 曇天で霞む朝方の烏帽子岳.南沢岳.不動岳.後方が立山.針ノ木岳 雲ノ平横断 烏帽子田圃c7.―野口五郎岳―岩苔乗越c8―雲ノ平三ッ岳 ![]() 砂礫帯を行く8月23日.曇後霧雨 南沢岳南面―烏帽子岳―野口五郎岳―岩苔乗越 起床5:30.南沢岳.鳥帽子岳鞍部Ts7.7:37一7:53鳥帽子岳一8:15鳥帽子小屋9:43一10:35三ッ岳一10:40小10:55 一12:00野口五郎小屋12:55一13:55小14:10一15:15小15:25一15:30水晶小屋一16:15岩苔乗越c8 裏銀へ 1本目.烏帽子小屋,水場が遠いのでかなり時間をロス.又D.E女子パーティからの伝文を受け取る。 それによると田沼を含め全員元気。一昨日12時頃既に烏帽子小屋に着き.その日の内にピストンしてしまったそうだ。 今日は雲ノ平へ向かっている。 野口五郎岳 ![]() 裏銀パノラマコースは曇天にもめげず.素晴らしい眺望を現わした。 ツラビソの林を抜けてしなく続く平坦で意外と近い稜線を三ッ岳に向かう。 雄大に見える山容は以外に近い。通り過ぎる大パノラマを舞台に.移り行く縦走の満足感を味わう。 高瀬川を隔て燕岳の稜が真近に迫り望まれた。一昨年中央アルプスに続き.登った初めての北アルプスだった。 残雪の尾根を槍ヶ岳へと歩んでいる。 東沢を隔てた赤牛岳の奥に薬師岳の大きな山容が屏風のよう広がっていた。重なり合う北アルプスの核心部.明後日にはあの頂に立つ。 Bパーティ(三浦)は今頃.急稜の突き上げる読売新道を水晶岳に向かい喘いでいる筈だ。皆頑張っている。 我々は漸く後立の頂稜に立った。花崗の砂礫径に距離を稼ぐ。三ッ岳の広大な山容を越え.巾広くなった稜線を歩んでいる。 濃いガスの中.1本野口五郎小屋岳は風化した白砂屑と這松に被われ.馬鹿広い稜線上で昼食にした。 意外にも行き通う登山者は少ない。8月の中旬過ぎると裏銀のメーンコースも静かな山旅を味わえそうだ。 水晶小屋にBパーティに添え書きをお願いし.野口五郎岳からガラ径を東沢乗越へ。 赤褐色の小岩峰を越えての痩尾根は単調そのものだった。歩む前方に北鎌尾根がアルプスのアルペンを強調するかのよう身を構えていた。 痩せ尾根になるにつれ飽き疲れか? ペースはガタッと落ちる。濃霧が湧き.ただひたすら岩苔乗越へ。 水晶より黒部川を囲む山々.遠く大日岳 スゴ乗る越からスゴノ頭と越中沢岳遥か遠方は大日岳.立山三山 水晶小屋跡に女子パーティがBパーティの為に置いた通信文と一緒に.こちらの状況などを手紙に残す。 2009年08月に弓折岳より双六池を抜け.三俣蓮華岳より水晶小屋に泊り.読売新道を尋ねている。 真新しい水晶小屋から裏銀座から後立山へ.薬師岳より五色原へと上廊下と東沢に挟まれた尾根を下った。 還暦を迎え見城先輩.同期鈴木と懐かしく愉しい珍道中を歩む。 水晶小屋よりBパーティが望む読売新道![]() 水晶(黒岳)より硫黄尾根明日はどんな事があっても太郎平まで行かなくてはならない。 殆どのパーティがもう集中地真近と云うのに.我がパーティは漸く半分終った感じで,奥穂高までかなり長いコースが残されている。 半日停滞とは云え疲労甚だしい。 食欲はあるが食糧が乏しいのが難点だった。食料に関する愚痴は二年生に任し.常に口を閉ざす以外なかった。 如何にか望める星屑に明日の好天を祈り.シュラフに潜り込む。・・岩苔乗越.消燈19:30 岩苔乗越雲の平―太郎小屋c9 高天原.水晶岳直下8月24日濃霧一時晴後曇. 起床5:00 岩苔乗越Ts8. 5:32一6:23(女子パーティTs)6:47一7:03雲ノ平小屋一7:37小7:47一(Cパーティ)一9:20薬師沢小屋9:35 一10:35左俣沢11:15一12:23小12:30一12:50太郎小屋一13:02. 2282m地点c9. 祖父岳 |
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. 雲ノ平より黒部五郎岳![]() 雲ノ平より鷲羽岳から三俣蓮華岳.双六岳・・尖突きは槍の穂 . |
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雲ノ平・・女子パーティと再会食糧差し入れ 出発して間もなく祖父沢鞍部で女子パーティと再会.近況と我がパーティの実情を語る。 テントから仲間の黄色い声がが聞えてくる。テントから覗く彼女達.笑い顔が元気である事を示していた。 長閑な停滞.二年生に混ざり.元気な一年生も顔もだしてきた。 早速.水頭,工藤は食糧確保の為.各テントを回って頭を下げている。 差入れの都度.丁寧に挨拶し.笑い顔を振り撒いている。 水頭は食糧係として権限は絶対だった。横暴と思える一日の間食配当に文句言うものなら,怒鳴り声が返ってくる。 そして返す言葉は常に1つ.無いものは無いと。 丸一週間.間食はカンパン3つ.アメ2つの日が続き.苦労しただけに貰った食料を見て笑いが止まらないようだ。 彼は菓小袋を幾つも持ち.僕の所に持って来て.本当に貰って良いのか問った。 もっと貰って来いと茶化す。 |
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雲ノ平より薬師岳金作谷カールと中央カール |
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| 雲ノ平を抜ける 奥日本庭園.アラスカ庭園を経て薬師沢を下る。 途中Cパーティに擦れ違った。伴創膏だらけの和田の顔.大川の怒声が響き渡っていた。 一年生も元気だし.ラストから割田さんの顔も臨まれた。 ここでも一番の収穫は.勿論食糧の差し入れにある。 我がパーティは全ての食糧が不足している。間食でも油でも何でもよい。感謝するのみ。 女子パーティにも会い.差し入れの食糧を確保したせいか.皆現金なものである。今までに見られなかった程.ハイペースになる。 蹴るよう薬師沢を渡り太郎平へ。 太郎平 設営後,薬師ピストンはできたが昨日.一昨日と設営の遅れが目立っていた。 満足な食糧もなく.楽しい筈の食事不足も疲労回復には.とてつもなく遠かった。 少しでもスケジュールをこなし進むべきだが.無理をすると最後まで完走出来ず.体が持たない恐れがある。 西村先輩と相談の上.体を少しでも癒しつつ縦走する事にした。 西村さんのベタ褒めの薬師の水. 合宿中.何度も聞かされた為か.美味しく水量も多い。 洗濯した後の清々しさ。雲ノ平を見ながらのんびりトカゲし.午後の一時を過ごす。 まだ一週間近い行程が残っている。今日だけは食糧を少し贅沢に。ただ明日から押えるよう水頭に促す。 明日は薬師岳をピストン.半停滞とし一気に南下することにした。・・消燈19:30 太郎小屋⇔薬師岳. 1967年08月.烏帽子岳一太郎兵衛平キャンプ場⇔薬師岳.一双六岳 2012年08月.室堂から浄土山―五色ケ原.越中沢岳.薬師岳を経て折立 |
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太郎兵衛平キャンプ場の草原 . |
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| 8月25日.濃霧後曇一時晴 起床2:30 太郎小屋Ts9.7:05⇔8:18薬師岳8:45一9:25c10 薬師岳 朝方よりテント場は雲の中 テントから顔を出すと昨日とは打って変わり.霧雨混ざりの凄い濃霧。改めて天気図を覗き込むはめになる。 濃霧と霧雨で天候待ち.仕方なく一度パッキングしたザックを解き.薬師岳を睨みつつ待っている。 なかなか天候回復が定まらず.重い雲の中にいる。何も見えぬ間々強引に薬師岳をピストンした。 視界は足元のみ.前の者に離れぬよう馬車馬の往復で走りに走る。 ムチに打たれた早馬の如く雨の滴る稜線を駈け上がり.幾つも偽ピークを越え.1時間ばかりで頂に立つ。 期待してはいかなったが頂からの立山連峰は望めず.一週間前北側の五色ケ原から仰いだ岳も.全てが暗い乳白色に包まれていた。 ツエルトを被り.女子パーティより差し入れの乾パンを食べる。味はないが一年生の新崎.斎藤はがむしゃらに食べた。 一息入れ.縦走してきた山並の眺望を想像しながらCsへ戻った。 今回の合宿には入山の折.寄った五色ケ原をここから望むことが1つのポイントとなっていた。 ただ残念だが.スケジュールを消化しただけのピストンになる。 太郎平.Ts 午後,雲が切れ晴れ間が望まれた。明日は飛ばすぞと全員が息込んでいる。 ここ太郎平の草原は雲ノ平とも異なり.大きな薬師の岳を従え.清々しい草原が何処までも続いていた。 午後.斎藤と太郎小屋まで散策した。 アルプスの西面には草原の大地が幾つもある。五色ケ原にここ.そして明日臨む双六の大地。 時折.射しだす陽が草原を輝かし.柔らかに煌めく下草が居心地よさをかもち出している。 長閑だ。裾野の山波も開け.贅沢なテントサイドとなった。 午後.ラジウスの調子悪く石油1リッター弱を使用.修理に精をだす。 薬師岳と金作谷カール |
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北薬師から ,遠方は槍.穂高連峰 . |
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水晶岳(中)と鷲羽岳 薬師岳より黒部.上廊下を隔てて夏合宿Ⅲ1.阿弥陀一立山一蔵之助平一南沢出合 夏合宿Ⅲ2 南沢出合一雲ノ平一太郎平⇔薬師岳. 夏合宿Ⅲ3.太郎平一三俣蓮華岳一槍ヶ岳⇔中岳手前.一新穂高 |