| 夏合宿V.立山〜穂高.その3 太郎平―三俣蓮華岳―槍ヶ岳⇔中岳.―新穂高 夏合宿V1.阿弥陀一立山一蔵之助平一南沢出合 夏合宿V2.南沢出合一雲ノ平一太郎平.⇔薬師岳 夏合宿V3.太郎平一三俣蓮華岳一槍ヶ岳⇔中岳.一新穂高 太郎小屋―黒部五郎岳―三俣蓮華―双六池c11 ![]() 三俣蓮華 三俣蓮華より北鎌尾根と穂高山群 三俣蓮華.双六への頂稜8月26日曇. 起床2:30. 太郎小屋Ts10. 4:13一5:55北ノ俣岳一6:18小6:26一7:25小7:40一8:40黒部五郎岳9:10一10:07小屋.大10:50 一12:20三俣蓮華岳12:40一13:55双六池c11:12 太郎小屋c一双六池c何時ものようローソクの炎を頼りにパッキングを済まし.ファイト満万で太郎平を発つ。 尾根伝いに雲ノ平を大きく左から廻るようにして.一昨日通ってきた雲ノ平を上から眺めながらの縦走になった。 7月中ならさぞかしお花畑で山々は飾られていたことだろう。 朝方月に笠の掛かる異常な朝焼けは不気味な色合いに染めていた。 まだ天気は持っている。崩れ気味の天気に追われるよう.英気を養った我がパーティは調子に乗りペースを上げた。 |
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双六から三俣蓮華.遠く薬師岳 双六の大地 . |
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三俣を越え 上ノ岳までの幅広い草原は斎藤君の尻からでるガス噴射.悩まさせるだけの長閑な山稜だった。 起伏の少ない大きな山波にパーティの歩調は快調そのものにる。 黒部五郎岳山頂では静けさを破るよう.今合宿.最初の「ガンバレ節」をがなる。 立山では新崎君が不調を訴え.それを乗り越えるも南沢岳では帳との競争になった。 空身で登った薬師岳では風雨強く.立っているのもきつい状態になっていた。そして今回.槍ケ岳に向かい.ここ黒部五郎岳からガナる。 黒部カールは庭園的存在で今だ雪を残し.明るい沢を五郎平へ延ばしている。 なだらかな頂稜を幾つも越え.走るよう南下する。「立教ファイト!」と掛け声が響き.呆気なく三俣蓮華岳にでる。 加賀.飛騨.信州.三国を境にするこの頂は高原川.黒部川.高瀬川に派出する大河の源流でもあり.眺望はすこぶるよい。 目指す槍穂高の山塊が見る見る近ずき.岳の大きさを誇示し始めていた。 今日は稼げるぞと.皆頑張り歩調も乱れない。山容は次第に変っ行く。そして湯俣側を捲くように双六岳にでた。 幕営地六池に天張る。 入山以来.初めて10時間以上のコースを歩いた割に.雲ノ平周辺の参考にすべきコースタイムが甘いかも。 . 双六池.荒れる停滞 |
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荒れる西鎌尾根 , |
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| 8月27日暴風雨.停滞c12 双六の嵐 前線が真上を走っている為.暴風雨に襲われ.テント底に溜まった水汲みに一日を費やした。 荒れ狂う叫びは我々を夜明け前に起こすも.停滞を余儀なくさせていた。 双六池の水面に月を映していた昨夜のが静けさは何処へやら。 明け方には周りに幕営していたテント群の殆どが姿を消し.小屋へと避難していた。 荒れるに荒れる。明け方から降りだした雨足は時折勢いを付け怒涛となり襲ってくる。 風は納まるどころか日中.吹き荒れ続けていた。うねりは雨と共にテントを叩き僕等を襲う。 張り綱を幾度も直した。雨漏りは防制しようもなく諦めせざる得なかった。 叩く風と雨.テントは悲鳴を上げていた。 最後の山場で穂高を前に皆しょげている。集中地まで後2日.明日の回復を祈る。 雲ノ平で女子パーティからの差し入れの貴重なビスケットを大事に頂き.明日への回復に期待を繋げていた。 この停滞は先を考えると厳しかった。時間だけが過ぎ食糧は確実に減っていく。 日数より食糧の計算が立たなくなり底が見え出していた。30日まで持つまい。水のみ飲むわけも逝かず。 食糧の残量から逆算すると集中地.新穂高入りは29日に決定せざる得なかった。 食糧の限界が残る停滞日も縮めていた。残念ながら最終地点の穂高には.未踏になるかは明日.明後日の天候に掛かっている。 奥穂断念 集中地まで後2日.天気回復の場合は北穂まで進みたいが悪くても飛騨乗越までと。 涸沢下降は丸っきり諦める。・・消燈18:00 1004ミリバールの低気圧が東北南部を通過したため.一日中暴風雨になる。 午後一時納まったものの前線は繋がり.明日も荒天が予想された。 双六池―槍ヶ岳⇔大喰岳手前c13 ![]() Cパーティと槍の穂に立つ 8月28日霧雨後曇.風強し.起床2:00. 双六池Ts12. 4:45一6:20右硫黄乗越を越え.6:35一8:22槍ノ肩8:30一8:45槍ヶ岳9:00.一9:15槍ヶ岳山荘10:00 一10:20大喰岳北面峰c13. 夜明けの稜 午前中の凪を利用して縦沢岳を越える。合宿も終わりに近ずき黙々と歩く仲間の顔に.どこかラスト.ラストと叫びが聞こえる。 北鎌と対照的に如何にも脆い地肌を現している硫黄尾根の合流点を過ぎた。険しい痩せ尾根にペースを上げる。 槍一族を囲むよう穂高から北鎌の峰々が夜明けの黴光を受け.夜が明け始める。 岳を映し明るさを増し陽は大地に広がり.歩むにつれ次第に岳の大きさを現わしている。 刻一刻と刻み込まれる岳の姿が印象的だった。黙々と岳は生命を与えられたよう朝の明るさに煌めきだしていた。 槍ヶ岳 双六岳から一本取って槍の肩に着く。 小槍.孫槍が列び壮観な気分だ。肩で槍沢に停滞していたCパーティと出会い.一緒に頂に立ち.「ガンバレ節」をガナる。 山の中で仲間と会う事は暫し愉しい。まして同一行動を取り.ガナる声は山をも動かしているようだった。 皆腹の底からガナっていた。頂は.ここでもガスの中。視界もなく.雨が降り出すかのよう更に濃さを増していた。 Cパーティは2日間の予備日を残し.今日中に集中地に入ってしまうそうだ。再会による食糧増大は早速肩ノ小屋で昼食にした。 ふりかけを貰い贅沢な食事にあり付く。塩だけよりダントツに旨い。 槍ヶ岳Top 北アルプス南部地形図と山行表 北鎌尾根周辺地形図 穂高への頂稜 |
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穂高に雲の流れが被る , |
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![]() 最後の穂高へ 水頭.斎藤の調子が悪い。天候も悪化を辿っている。ガスに包まれた飛騨乗越はCs分からず。 天候の不安定とメンバーの状態をみて.大喰岳横に絶好のCsを見出し天張った。 岩のブロックで強風に備え.水は槍沢側の残雪を利用した。 最後の一夜.少しアルコールに漬かり集中地に思いを寄せる。 明日は予定通り早朝を狙い穂高に入り.集中地に入る予定。 最悪の場合は南岳から右俣を下降.キレットは度外視する。 大喰岳手前―槍ヶ岳肩―新穂高c14 |
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, 治まらぬ荒天 |
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| 8月29日起床2:30.風雨強し. 大喰岳北面峰⇔中岳.―飛騨乗越―新穂高 夏嵐 昨夜より明け方まで.もろに荒れた。 テントを押さえる石のブロックが飛ぶように思え.強風が吹き付ける。 雨より風が強い。大きな石が動いているよう思える。張り綱が2本切られた。 二年生がよく働く。切れたと聞き私も動く。凄い風が外は唸り舞っている。 0時頃,グランシーが持ち上げられ.寝ている床に体が浮く。風雨強い起床となった。 出発できる姿勢でテントに留まっている。夜明けに風が治まるように。 斎藤と新崎は荒れる山に一年生の緊張が甚だしい。最後の詰め集中地を目前にキレットの壁があった。 夜が明けテントをでる。まだ烈風は治まらず.「前にぴったり付け!」.「後は自信を持て!」と促す。 大喰岳北面峰Ts13. 5:40⇔中岳.一6:20.引き返す. 一7:20飛騨乗越一8:40槍平小屋9:45一11:10白出沢分岐一11:48新穂高穂高平.c14 風雨強し 予想を裏切り明け方も荒れ狂う。昼頃弱まる事を計算に入れテントをでた。 頬を叩く暴風は足をすくい.思うように距離が捗らない。 稜線の風雨に慣れない一年を励まし進むが.遅れ気味で大喰岳の下りでペースを崩した。 動けるのに動かなくなる。体より気が負けていた。 経験のため南岳小屋までと思うが結局.中岳で諦めざる得なかった。 精神的に弱い一年生.終える気持ちの方が勝り.全てが自分に負けていた。昨夜はもっと食事だけでも十分与えれば良かった。 ただ食物がない今.与える事も出来ず.その時点で気が落ち込んでいた。 |
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大々乗越より仰ぐ南岳と裏穂高 |
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| 幻の穂高 行けるも無謀と云えぬ先に.先を諦める。 引き返すと決断した為か気が落ち付き.一年生のペースがボンボン上る。3時間ぶっ通しで槍平に戻った。 諦めと先へ進める落胆の差がすこぶるある。天候は回復し始めていた。 言葉では吐けぬ憤慨があるも.何処が良いとも.悪いとも云えぬ,耐える気が心を抑えていた。 今日.昨日だけではない。よく頑張った。もう一泊し南岳から下山する気も失われている。それこそ快晴でも歩くだけのルートになろう。 一年を誉め.二年生に感謝を。先輩の西村さんは最後まで無言で支えてくれていた。 掛け声の一番大きいのも先輩だった。 後半日.天候なり彼等が頑張ってくれたら.穂高まで踏む事が出来た筈である。 ただ戻る事にした今.全員に槍平まで戻る事を告げる。 穂高を目の前に.ツエルトを握り締め.無言で頷く仲間達。僕は各々の顔を覗き込みツエルトの外にでる。 再び槍ノ肩 最後の侘しい昼食を摂る。 生まれて初めて味噌飯.塩飯を食べたが.今日は味噌.塩さえなく.残り少ない砂糖を飯に掛け.口に運ぶ。 やはり味がなければ飯だけでは食べられない。集中地を目の前にして侘しい昼食を摂る。 今思えば昨日女子パーティから調味料だけでも.もう少し多めに援助してもらえばよかった。後の祭だった。 そして穂高を断念してよかったと。 最後の決断 |
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蒲田川右股沿い下流から見た滝谷 , |
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| 下山 運悪く最後の最後が荒天の上.食糧に底を付いた。奥穂まで.もう一日の食糧がない。 ザックを逆さにしても何も出てこず.ピンチ食を含め全て食い尽くす。 二週間の山行で最後の最後に底を付く。飴一つなくなった。 一日.否や2食,我慢すれば完走出来るが,諦めざるいない。よくここまで遂行出来たと思う。 新穂高にルートを取る。後.半日で食糧豊富な集中地に入る。 右俣谷→蒲田川→高原川→片路峡→神通川 集中地,穂高平 ![]() 新穂高から蒲田川右股.中岳〜南岳の頂稜 穂高平 集中地.下山となると後輩達の気持も落ち着いた。はやる気がよく判る。今日前半の行動が嘘のよう動く。 人心の思い込みが如何に大きく恐ろしいものだと感じるのは僕だけではないだろう。下山する悦びが体を奮い起こさせていた。 軽やかな下り.穂高平の蒲田川右俣.穂高牧場右岸の台地.穂高平にCパーティに続き入る。 午後より現地連絡本部の中今氏に挨拶がてら新穂高温泉で.ひと風呂浴た。夢のような湯殿.最初は全く石鹸の泡も立たなかった。 湯煙の湧き上がる大きな湯船に浸かる心地よさ。ひと皮も.ふた皮も剥けたように肌はつるつるになる。 ほほに当たる風の感触が全く違っていた。強い陽射しも風はそよ風を呼び.爽快な清々しさに満ちていた。 バスで集中地入りした女子パーティと合流し.共に穂高平へ。 彼女等は集中地用食料を買い出し.背負っている。我がパティーの歓びはこの上のない。 皆.機嫌がすこぶるよい。何時もは嫌がる荷を手伝い笑いながら背負っている。 現金であるが私を含め.皆心から喜んでいる。この実感は他のパーティには判からないだろう。 兎も角.風呂にも入り.我がパーティの喜びはこの上もなくよかった。再び集中地に戻る。 Bパーティは17時現在現われず。この天候では意外と時間を食っていると思われる。 17:30. 待望の食事に有りついく。上手い一言に尽きる。 20:30. 3年役員会. 1.2年学別 22:00. 消燈. 1970年(s45年)07月. 穴毛谷断念→上高地⇔岳沢.明神主稜 2009年08月.新穂高より赤牛岳,読売新道 8月30日. 起床6:00.朝食8:00. 穂高平.河原での運動会![]() 穂高平Bc14.15集中地に入り疲れの為か起床がルーズになる。全パーティを起こさせる。 残るBパーティは昼まで様子をみる事とし大川.山田を新穂高バス停に詰めさせた。 昼食前11時半.Bパーティが集中地入り.全パーティが集結する。道を間違え遅れたらしい。在京連絡場所.田中さんへ電報 昨日,涸沢から白出乗越を越え.4年生が集中地入りした。 その中で保坂さんは額に傷を負い.その間々病院から今日.一足早く帰京したとのこと。 最後の最後に怪我人が出てしまったことは残念だった。L日吉.竹永.滝島.狐崎.保坂 午後.運動会.ファイヤー.c三田.他二年全員19:30.・・消燈22:30 8月31日. 起床4:00.朝食5:30.現地解散7:00, 新穂高8:00.濃飛バス=高山.列車の待ち時間を利用し.昼食を兼ね街を散策する。 高山本線(JR西日本)高山.急.「加越」11:15=14:17名古屋16:40.「東海4号」=21:57東京 最後の未踏破コース 大喰岳―北穂高―涸沢―白出コル⇔奥穂高. ―新穂高. 素晴らしいAパーティ この苦しい山行の中.斎藤.新崎.共に一年生はよく頑張った。特に新崎は強い自信を持ったと思う。 今回の山行を続行するには二年生の水頭.工藤の力が強く影響していた。 僕に付いてこなければ下山していたかも知れない。立山と云う地域が下山を悠著させ.皆で一つの事を成し遂げた。 先輩,西村前主将の心ずかいも嬉しかった。 初日からアクシデントが続き.最後まで苦労したが一人の後輩を潰すわけにはいかなかった。 集中地に入り彼等の笑い声が聞えてきた。 振り返ってみるに蒸し暑い中.汗を振り絞っての登行は少なかったが.苦しみを乗り越えての団結力.和の力を掴み. 今では良き思い出の1ページを刻んだことだろう。 14日間の汗を落とし.既に笑いの種になった合宿中の数々の珍事を大事に抱いてもらいたい。 30日には全員.大した怪我もなく集中した。集中地での「ご苦労さん!」と云う言葉に何か胸に熱いものが甦ってくるようだった。 |
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![]() 新穂高.下山を前に参加者全員 |
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| 気象 2年気象チーフ.工藤則明 本年度の夏合宿は,8月15日より8月31日まで.北アルプス全域にわたり行われた。 前期試験の関係上.例年より半月以上も遅い合宿であり.山においては盛夏といい難く.夏から秋への移行期であった。 出発にあたり気象庁の天気相談所に問い合わせたところ.「山ではすでに秋の兆がみえはじめ.全期間を通じて変化しやすい天気が続く。 そして台風は1.2度の来襲の可能性があり.又雷の発生も充分に考えられるので, 8月初旬の西穂高の雷大惨事のようにならないよう気をつけて下さい。」とのことだった。 これをもとにして気象係(2年担当)が天気図を慎重に描き.的確な判断を下す努力することを申し合わせた。 又.今年の気象の研究の目標を同時間(原則として12時)における各地域の気象状況の比較とし. 気象記録表(天気.雲形.雲の動き.風向.気温.視界)を作成し.資料を集めることを試みた。 残念ながら集中地での女子パーティ分の資料紛失により.最初の目的を完全には果てしいなかったが.それでも男子3パーティの資料が揃い. 各地域の天気比較の研究の成果はあがった。「参考」として.最後に8月16日の資料を示しました。 さて今合宿において.台風の来襲は8月23日.東海地方西部に上陸した18号のみであった。 この台風は速度がきわめて遅く.気象係を大いに悩ましたが.幸いにも勢力がたいして強くなく. また上陸して直ぐ急速に衰えたため.中部山岳への影響はあまりなかった。 雷雨があったのは26日の夜から27日にかけてであった。これはかなり発達した低気圧2個(関東沖とウツリョウ島附近) を結ぶ前線の通過に伴ったもので.かなり大きく強い雷であり.驚いた部員も少なくなかった。 全般に通じていえることは最初の予想通りぐずついた日が多く.汗の噴き出す夏晴れは数えるほどしかなかったのが. 今夏合宿の特徴であるといえる。 8月16日.12時 概況・・秋田沖に1006ミリバールの低気圧があり.前線が東北及び日本海に伸びている。九州西方に1014ミリバールの高気圧がある。
夏合宿.反省 夏合宿は日数も長いだけあり.毎日がバライティーに富んだ有意義な山行になった。 前半.アクシデントが重なった上.入山行程だったので.烏帽子岳までに予備日を使い尽くし.後半が苦しくなる。 稜線に出てしまえばとハッスルしたが.後半も前半の影響で特に食糧不足が著しく.無理する事は出来なった。 後で響くと分かっていても停滞を取らざる得ず.後半の悪天候に続ている。 穂高はもう一日.我慢すれば半分でも踏破出来たと思う。早い集中地到着に挙句事のない。皆.初日から頑張ってきた。 穂高は又登れる。早く下山させたかった。僕はこのリーダーだ。自分の欲望を押えられるようなった。誉める人はいないが。 技術研究としては内蔵ノ助カールで2時間程しか雪上訓練ができなかった。残雪の関係と涸沢が念頭にあった為である。 又藪漕ぎは内蔵ノ助でできなかった為.南沢岳から北に伸びる尾根を選び.ビバークは後の山行に譲って.改めて9月下旬行う事にした。 食糧に関しては最初のアクシデントがかなり損害を受け.特に間食は1日アメ2つ.カンパン4つなどと云う日が続き, 結局女子とCパーティの援助を得なければならなかった。 アクシデントは入山日でもあり.買出しも考慮に入れたものの.仲間の落ち度でもあり, 如何に続けられるか可能性があった。故.続行を決め初日より献立の立て直しから行った。 それ故.愚痴らしい愚痴も出ず.皆最後まで食魔と戦い.頑張り通してくれていた。 乞食気味でも頼もしい後輩達であり.穂高に踏めなかったとは云え.今となっては.充実した合宿を味わうことができた。 それも良い仲間に恵まれた為と思っている。 気候に関しては合宿中.蒸し暑い中.汗を振り絞っての登行は少なく.却って行動し易かった。ただ後半の荒天が響いている。 最後に今山行で一番の失敗は連絡の不十分さにある。山から一度も降りない事が盲点となり.在京との連絡が不徹底になる。 8月中旬からの入山は静かな山旅をも味わった。実働日12.行動日11.半日停滞1.停滞日2.集中地2 北アルプス中継地.水晶小屋 在京連絡本部. 田中正幸.目黒区中根 現地連絡本部. 中今博.岐阜県吉城郡上宝村新穂高 女子連絡本部. 東照宮.高山市西之一色町3 合宿費.食糧.米代別\3000.装備\200.医療\100.写真代\150.米代\150.バス代\550.雑費\300.計\4450.男子 夏合宿V1.阿弥陀一立山一蔵之助平一南沢出合 夏合宿V2.南沢出合一雲ノ平一太郎平.⇔薬師岳 夏合宿V3.太郎平一三俣蓮華岳一槍ヶ岳⇔中岳.一新穂高 夏合宿Top 山の経歴.経過Top |
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