東北の山々
東北地方中部山域を周回
  1965年07月.秋田駒ケ岳〜岩手山.焼石岳.禿岳・・夏合宿T
鳥海山
  1967年04月.矢島から鳥海山.下山は野宿し冬師
飯豊連峰
  2008年08月.飯豊山石転び沢から北股岳.梅花皮岳,大日岳.御西岳.飯豊本山.御前山・・川入
朝日連峰Top
吾妻連峰Top

     夏合宿
   夏合宿T.1965年07月.秋田駒〜岩手山.焼石岳.禿岳・・梅雨末期と猛暑

   夏合宿U.1966年07月.盛夏の妙高山〜白馬岳三山・・女子パーティ
   夏合宿V.1967年08月.北ア.立山〜南沢岳〜大喰岳・・食糧不足の旅
   夏合宿W.1968年07月.日高北部.カムイエクウチカウシ〜幌尻岳,十勝岳
・・本土から初めての遠征

夏合宿T.東北の山々

上越線.羽越線.生保内線.東北本線.栗駒線

秋田駒〜岩手山.南下して焼石岳.禿岳

後半・・夏油.鬼首.吹上.鳴子温泉

灯油使用量.調査
   
秋田駒ヶ岳とアミダ池. 本多.竹永両先輩と渥美.割田先輩と私                              ,                ,

       八幡平横断.秋田駒ケ岳から岩手山・焼石岳より集中地,禿岳へ
               s40年07月25日〜8月11日. cL田中.sL保坂.他23名
       東北の山
    比較的合宿等の組織力.行動力を持たなければ行き難い所.即ち合宿でなければ登り難い山々であること。
      人多い所を避け.未だ自然の雰囲気が包んでいる所を選んだ。

    更に年間研究題目は「山と気象」と定められており.机上の理論に終わらせることなく広い山域を選んだ。
      しかも春期は慣例的に吾妻連峰で行われている。その広範な山域に東北地方を求めた。

    その結果.分散縦走形式とし全5隊.4コースとした。
      B隊は内部中央部を行うべく.八幡平.裏岩手.焼石山を踏破する。・・田中記
 
秋田駒〜岩手山概念図



















Ap. L田中.sL上坂.m狐崎.三浦.和田  飯豊山一鳥海山
Bp. L保坂.sL本多.m竹永.松村.渥美   秋田駒ヶ岳一岩手山一焼石岳
Cp. L長谷川.sL西村.m滝島.鈴木,新津  森吉山一岩手山一早池峰山一栗駒山
Dp. L見城.sL根岸..m松浦.保坂.野中  吾妻山一蔵王山
Ep. L池田.sL藤田.m燐.中村.松本

   奥羽山脈を秋田駒より山形.宮城県,県境まで南下する
     秋田駒ヶ岳〜岩手山―夏油温泉〜牛形山〜焼石岳―花山ダム〜国見峠〜吹上温泉〜集中地.禿高原⇔禿岳.

       Bパーティ行程表・・07月25日〜8月11日
  7月25日
7月26日
7月27日
7月28日
7月29日
7月30日
7月31日
8月01日
8月02日
8月03日
8月04日
8月05日
8月06日
8月07日
8月08日
8月09日
8月10日
8月11日


c1
c2
c3
c4
c5
c6
c7
c8
c9
c10
c11
c12
c13
c14
c15
=上野.奥羽本線=
=大曲.生保内線=生保内=秋田駒八合目―駒ヶ岳.高地鞍部
―大白森山荘c
―谷地小屋hc
―三ッ石山荘hc
―柳沢.岩手神社hc=盛岡.東北本線=北上
―北上.景勝地c
P見温泉―夏油温泉bc1.2.3.
停滞
⇔牛形山c
―焼石岳金明水c
0―ツブ沼c
=尿前=水沢.東北本線=石越.栗駒鉄道=細倉=花山ダムc
―荒湯c
―禿高原一本松bc1.2.
⇔禿岳
=鬼首=田野原.鬼首ロッジ=鳴子.陸羽東線=小牛田.東北本線
=上野

      東北の山々
   東北地方には高山は少ない。2000mを越す山としては岩手山.鳥海山,飯豊山があるだけで高山の多くは火山。
     その殆どは第三紀層からなる山脈の高まりの上に生じている。火山以外の高山は飯豊山.朝日岳.早池峰山くらいにすぎない。

   活火山も多く秋田駒.岩手山などは溶岩流や火山砂礫原.噴火口など荒々しい噴火の痕跡を見ることができる。
     ここは噴火の影響を受けた特殊な植物群落が成立をもしている。

   秋田駒の噴火口から裏八幡平の背稜へ.東北の山々の縦断が始まる。広大な落葉広葉樹林の帯がブナの森を被っていた。
     背丈ほどに被い茂った熊笹帯を潜り抜け.裏岩手山へ巻き込めば再び砂礫火山の頂.岩手山に立つ。
     奥羽山脈最高峰.別名南部富士.長かった雨が切れ.雄大な裾野を里宮へと延々と駆け下りた。山小屋は全て無人である。

   買出しを済ますと典型的な東北の山を思わす山容の焼石の火山帯に入山した。
     良好の温泉があり.又穏やかな頂には池塘やお花畑がある。広い裾野と長いアプローチを越えた。

   後半は集中地.神室山地の裾野まで歩む。道中は3日間の里の道.温泉通いとなる。幾つも峠を越えた。
     川底を掘り.名湯に浸かり.時のには暑くダム湖に飛び込む。そして合宿のしめっくりは禿岳の頂にあった。

   頂稜は東西不対称の草原と「ミニ谷川」と称する山岳地帯特有の岩壁と複雑な地形の山波に遮られた。
     草原を抜けると頂の空の向うに.夢にも思わぬ神室の深い山々が秘そめいていた。

     秋田駒より裏八幡平.岩手山へ
    最初の頂.秋田駒ヶ岳へ

  7月25日.    上野集合16:00.上野19:02臨時急行「第1男鹿」\1025+300.奥羽本線
      26日.快晴 =5:15大曲=6:45生保内7:00.羽後交通バス\125=9:15秋田駒八合目朝食9:55―10:50アミダ池
           ⇔男岳.女目岳12:15―13:00.1583m高地鞍部c1.

   羽越本線大曲で八幡平へ向かうCパーティと別れ.ローカル線に乗り換え生保内へ。
     生保内線の終着駅であった生保内駅は翌41年10月01日に田沢湖駅に改名された。

   又同年10月20日の田沢湖線全線開通(大曲=盛岡間)に伴い同駅の中間駅になっている。
     1997年03月には秋田新幹線が開業。新駅舎での営業を開始.

      オンボロバス
   生保内駅前のターミナルにはデトロ調の小型バスが停まっていた。新しいターミナルと対照的にバスはボロボロで古い。
     定員を遥かにオーバーする登山客を詰め込み.バスは大きく揺れ動きながら次第に街並を抜け.山道をと登って行く。

   途中でオンボロバスは動かなくなると2度.3度.降ろされた。
     誰が見ても馬力のない古いバス。こんなポンコツ車は関東では見たことがない。

   文句を云う人も居ず.少し急坂になると道を何度も歩かされた。
     何時エンコするか分からぬ車.八合目まで登れるのだろうか? のどかな入山日となった。
     乗物酔いで青白い顔をしている僕には都合が良い。道路も似たようなデコボコ道.何度も歩かされた。

      乗物酔い
   山慣れか? 乗物酔いか? 何時も入山には悩まさせられている。
     多分半々と思うも飯を食えない方が先にある。今回は列車内で軽い食事を摂っていた。
     だが大曲まで長い道中.その後秋田駒への大きな乗合バスの試練があった。

   列車は如何にかなるが路線バスは辛しかった。
     気を使ってくれる先輩も如何することも出来ず.やはり駄目かと変に納得する先輩がいた。

      秋田駒ヶ岳
   小1時間の登り.明るいアシダ池の辺だった。早速.女目岳.男岳をピストンする。
     駒ヶ岳から晴れ渡った青空の下.男岳.女岳の左下に陣取る森に埋まる田沢湖を足元に望み.
     又遠く鳥海山の雄峰が右肩から長く延び仰げ.高原のような頂でバスのアクシデントも忘れ.のんびり寛ぐいた。
 
   暑い陽差しを受け.1583m高地を通過.鞍部の水場に天張った。
     軽装備の登山者が国見温泉へと下山を急ぐ頃.我々も夕飯の仕度に精をだす。

   本州は移動性Hに被われ.ゆっくり盛夏に向っている。
     大陸からの移動性Hが日本海を東進.発達しながら被ている。Hの下.暑い陽差しに風弱く穏やかな天気に。

      コンロ. 14:20〜14:45.米2合

         14:47〜15:05.米4合
         15:07〜15:33.米4合
         15:55〜16:05.湯
         16:06〜16:30.米4合
         16:50〜17:15.米2合


     秋田駒一大白森山荘,c2
    笊森山と三角山鞍部.干沼ヶ原
大白森山荘脇.森のTs ,      ,
    7月27日曇. 起床2:20
      秋田駒ヶ岳.高地4:50一6:35干沼ヶ原:50一7:40乳頭山一8:05田代山荘.昼食10:40
      一12:45小白森12:55一14:00大白森山荘c2

   曇天の中.広々とした稜線を全員快調なペースで湯の森と進む。
     穏やかな起伏に開かれた径.それは山径というより丘状の径が続いている。

   笊森山より尾根を外れ.干沼ヶ原に立ち寄る。
     静かな湿原には池塘が点在し.黒々した岩手山を背景に.これから臨む山々が素晴らしく望まれた。

   乳頭山を越し田代山荘で昼食.小白森へは余りにも立派な径で逆に道を間違える。
     再度.小屋よりなだらかな草原を下り.急な樹林帯を抜けた。ペースはよく.流れる汗が快い。

   山頂の草原で一本.広々とした静けさに自然と心も晴れ晴れとしていた。
     その後.全員のペースが乱れる。列車の長旅が僕を含め疲れが出て来たようだ。

   ブナの原生林に囲まれた山小屋は満員でそれ程.快適ではなかった。
     山荘の脇に天張るが.夜遅くまで人声がうるさかった。

   日本海のHは三陸沖に抜け小笠原Hと融合.梅雨前線の消滅して長靴型の夏型気圧配置となる。
     西日本はすっかり天候も安定したが.東北地方は太平洋岸が晴れるも.山は一日中.曇天で肌寒かった。

     コンロ  2:36〜3:00.米4合
         3:00〜3:28.米4合
         3:28〜3:33.焼き魚
         3:34〜3:55.茶
              0.6リッター入れる
15:32〜37.点火
15:37〜16:02..米4合
16:03〜16:27.米4合
16:30〜17:00.米4合
17:00〜17:10.湯
17:45〜18:10.米4合

           大白森山荘一谷地山荘hc3

          北の白雲. 今日最後の積雲で.後は雨雲に被われる
     7月28日.曇後雨
       大白森山荘c2. 5:35一6:45大沢森6:55一8:00曲崎山8:15一10:10谷地山荘hc3

   深く生い茂る背丈以上もある熊笹の穴径を掻き分け.大沢森に立つ。
     濃いガスが湧き出し.今にも雨が降りそうだ。
     暗くじめじめした樹林帯に名ばかりの.みすぼらしい岩谷山荘があり.脇を素通りした。

   曲崎山を過ぎる。実に静かだ。
     岩手山に続くこの径は雨の日こそ味わいがあるかも知れない。蒸す暑さに小雨が心地良い。
     擦れ違う人と出会うこともなく.深い稜線の森が続いていた。

   突然.視界が開け.ニッコウキスゲの群落が一面に咲き乱れていた。
     そこを見下ろす谷地の山荘へ。今日は半停滞となる。

      谷地山荘
   早いせいか.まだ誰も居ない。静り返った山荘を僕等は主のよう振り舞わせる。
     手の届く所に必要な物を置き手足を伸ばす。山小屋の木の香りに森の湿った風が流れ込んでくる。
     アルプスとは違う.深い森の声も雫と共に伝わってきた。

   午後今日は訪れる登山者も少なかった。彼等に気を配り.我々だけの気侭な宿となる。
     我がパーティは2階に陣取り優雅な時を過ごした。

   小笠原Hが確り腰を降ろし真夏になる。
     満州方面からは気圧の谷が延び出した。又台風13が北東進し前線を刺激する恐れがあり。
     東北.北海道は前線が通り.曇ないし霧雨.俄雨のくつずく天気となる。

5:40
8:00
11:00
15:30
曇.モヤが立ち込める(山荘)
霧.風強い(曲崎山)
霧.(谷地山荘)
曇.風強し(谷地山荘)
断続的に風雨強くなる

コンロ, 2:50〜2:55.点火
2:55〜3:28.米2合
3:29〜3:53.米4合
3:53〜4:24.かぼちゃの味噌汁
4:24〜4:44.湯
  0.4リッター入れる
11:45〜12:00.湯
13:30〜13:55.米4合
13:55〜14:16.米4合

14:17〜14:45.湯
        谷地山荘一三ツ石山荘hc4
       竹永先輩が靴擦れ治療.沁みる

     7月29日雨. 起床2:10
        谷地山荘c3. 4:50一6:10湿原:20一7:30大深山との分岐:45一9:40三ツ石山荘hc4.

   昨夜より断続的に風雨は続き.ポンチョに身を固め今日も出発する。
     山径は正に水の通り径になり.樹林帯を綴っている。その中.ボジャボジャ足を突っ込んだ。

   時折湿原に出ては又水の径に入り込む。皆.黙々と歩んだ。
     二本目で大深山への分岐に立つ。Cpからの連絡メモはなし。

   ここから立派な径となるが.密林を抜けると横殴りの雨が益々強くなる。
     小喬山.三ツ石山を越す。やがてガスの中.三ツ石山荘が現れた。
     トド松に囲まれた明るい無人小屋だった。

      三ツ石山荘
   降り続く雨は時折.激しく小屋を叩く.薪を足し僕等は小屋いっぱいに衣類を乾かした。
     泥だらけの靴をはじめ古着が.小屋の壁に隙間なく吊るされた。

   今日も長閑な昼間の小屋を楽しむ。静かで友しか居ない山小屋. 友の声と小屋の温もりが気をも休めている。
     午後雨の中.続々登山者が押し寄せる。夕食を終える頃には.何時の間にか小屋も満杯になっていた。

   今夏初めて南高北低の気圧配置になる。
     東北地方にも峰状に張り出すが.まだ盛夏は訪れず。山は一日中.乱層雲に包まれ風雨強い。
     台風13は熱低に衰弱したが.ここ東北地方はまだまだ梅雨模様が続きそうだった。

                       
コンロ, 2:17.点火
2:27〜2:51.米4合
2:51〜3:05.芋.玉葱.味噌汁
3:05〜3:07、メザシ10匹
13:49、点火
13:49〜14:15.米4合
ニューギリアは薪
14:15〜14:41.米4合
14:41〜15:05.米4合.30日朝用
10:00、点火
10:02〜10:15.湯
10:15〜10:17.メザシ
10:25〜10:36.湯  0.45リッター入れる
15:05〜15:27.米4合
15:38〜16:02.米4合,30日昼用
16:03〜16:24.米4合

                三ツ石山荘一柳沢部落hc5 
                     晴れた時の岩手山.秋田駒遠望
     7月30日霧雨後曇. 岩手駒ヶ岳を越え
       三ツ石山荘c4. 4:45一6:00綱張温泉への分岐6:10一8:50地獄谷,昼食9:35一11:15不動平小屋h⇔薬師岳12:55.
       一15:35馬返し15:50一16:15柳沢部落.岩手神社hc5

   2時起床.残念ながらCパーティに会えず.我々の通過を記し明るくなるのを待った。
     雨は相変わらず止むことを知らず.今日もポンチョを被りスパッツの世話になる。

   犬倉山.姥倉山と快調に通過.
     岩手山は全く展望が利かず地獄谷へ下るも.吹きさらしの稜線は雨も強まり風も巻き上げだしていた。

      秋田駒ヶ岳
   ガスと強風の中を薬師ピストン。風に負けんじと外輪山を走り.頂でガンバレ節をガナる。
     ここでもガスの渦巻く中.視界は全く利かなかった。

   見るべき山容はここ数日望めず.里へと下る。八幡平の大きな森の屋根を抜けた。
     秋田駒より綴って来た森.山々を降りる。馬返しも越え.ただ黙々下るのみ。
     山麓.柳沢部落まで行動時間は実に12時間にも及んだ。

       コンロ. 2:09〜2:46,オジヤ. 2:46〜2:56.湯. 2:56〜3:00.シャケ


   稲穂に浮ぶ岩手山

      柳沢.岩手神社hc5
   静かな岩手神社で一晩の宿をお願いし.壊れかけた本殿に上がり込む。
     床の軋みが大きく.今のも床が抜けそうだった。宮司が居るわりには手が付けられていないようだ。

   床の埃は少ない。掃除はしているようだが.造りもの全てが壊れ掛かっている。
     この古びた造りが何故か.如何にも東北を思わせ僕を引き付けていた。

   境内では子供達が集まり缶蹴りを始める。
     村を守る鎮守の森.その本殿に腰を降ろし.無邪気な子供の遊びを見詰めていた。
     山を下りると裾野はやはり蒸す。時折.撫でるような風に当れば恋しく清々しくも思えた。

   夜.説教するからとビールを差し入れしてくれた宮司は結局現れれなかった。
     夜空には星が輝き.夜遅く屋根から落ちる雨雫の音を聞きながらシュラフに潜り込む。

   台風崩れのの低気圧は,所により大雨を降らせ通り過ぎた。
     山は午前中.強風を伴う霧雨も.前線の通過によって層積雲の曇に変わっている。

     8月31日.曇後快晴・・北上
        岩手神社c5. 6:35.ト=柳沢.岩手中央バス\90=8:10盛岡.買出し.東北本線10:07\130=11:15北上
        北上買出し16:50一17:05北上景勝地c6.

   山を降り久振りに夏らしい天気となる。だが岩手山は今日も雲に隠れ悪そうだった。
     頼んで措いたトラックが我々を乗せずして出てしまった。改めてトラックを頼み.バスを乗り継ぎ盛岡にでる。

   出勤時の駅前をザックを振い全員懸命にダッシュした。残念にも列車に遅れること3分。
     それ故.次ぎの鈍行に乗る嵌めになる。車中.集団旅行帰りの女学生に「ベトコンだ」の声に.皆がっくり。

   北上では後半一週間分の食料を買出し.展勝地に向かった。
     雑貨屋で灯油を買うも年寄りの東北弁は全く分からない。
     1から10まで分からず.その上早口で同輩渥美と頷いているだけだった。

    街は猛暑で蒸し暑さを増し.柔らかくなったアスファルトの強い照り返しを真ともに受ける。

    何しても暑い。目も眩む陽差しに,溢れるばかりの汗は止まることを知らなかった。

   夕暮れの北上.景勝地.
     美しい北上川のれを見下ろす静かな右岸の台地にある。芝の寝心地が素晴らしい。

   夕食後.街灯を見降ろしながら散策した。昼とは打って変わり.清々しい風が頬を撫で掛けていた。
     隣のテントから西瓜の差し入れ有り.

   Hが南から張り出し各地とも蒸し暑い盛夏となる。
     日中.積雲が青空に浮かんでいた。我がパーティは下山してからの猛暑.尚更暑さを感ずる。

      
焼石連峰
   焼石連峰は栗駒国定公園の北部に位置し駒ヶ岳.牛形山,経塚山の夏油三山や天笠山.横岳など1000mを越える。
     十数座の山々を抱えている。岩手県南西部にあり水沢や北上付近の国道からも望む事ができる。
     ただし牛が寝そべってるようなとりとめの無い山容は印象に残らないかも。地元でも山名の知名度は薄い。

   最高峰は焼石岳。ただ登山者には花の山とも云われ.その花の多さは東北随一とも言われていた。
     山上に広がる池塘とお花畑.裾野にはブナの森が被っている。


   8月01日晴. 北上景勝地c6. 7:25.岩手県交通バス\95=9:40瀬美温泉9:50一10:45夏油橋.昼食11:30
           一12:30森林帯入り.一16:05夏油温泉.天狗岩c7.8.9.
      夏油温泉
   清々しい朝.夏油温泉は東北の山奥にあり.農閑期には賑わう温泉で.今日は日曜日,バスは少々びっくりする程の乗客を乗せている。
     瀬美温泉から徒歩.だらだら登りの車道を歩む。蒸す暑さと単調な道のせいかペースはぐっと落ちている。

   車道は渋とく続いていた。又.道路は工事中の為.迂回をも強いられ.捲き道は更に暑い山道となる。
     足はぬかるみ樹林帯の泥道に6時間費している。

   姨捨て山の何か異様な雰囲気のある山の湯. 人気を避け天狗岩下に天張った。
     すぐ脇に露天風呂のある静かな沢筋である。全員で一週間振り湯に漬かり汗を流した。

   低気圧も本州遥か東方に去り.各地は快晴,風もわずかで夏本番になる。
     東北地方に弱い前線が掛かるもHの支配下.午前中は高雲が全天を被い蒸し暑くなる。

   8月02日.曇後晴. 夏油温泉c7.8.停滞

      赤痢?
   朝食はゆっくり9時に摂り.我々は風呂に洗濯にと忙しい。
     保坂リイダーが体を壊す。抗生物質を与えるも体は重く力なく動けずにいる。

   竹永先輩が本で調べている。そして症状は赤痢そっくりだと言い出した。赤痢だと。
     まさかと思うも食器.テントを別にした。木蔭に移し水を充分与える以外ない。
     午後,時間が過ぎると共に熱は増し.衰弱の色を濃くしてきた。

   更に本田先輩も似た症状を示してきた。 
     明日は下山か? リーダーの決定がでた。僕等は一日中.木陰に身を委ね先輩の表情を見守っていた。

   陽が落ちても2人の状況は変らなかった。高熱に凄い汗.何する事も嫌な動作でシュラフにうずまっている。
     返事をするのも辛そうだ。明日は下山する。


    前線が停滞しているが朝から快晴。青空に浮かぶ積雲がすっかり小笠原hに被われていることを示している。
     しかし根室.松輪島の気圧の上昇がオホーツク海Hの発達を教え.先への崩ずきをも示している。
     夏油川→和賀川→北上川

  牛形山.経塚山.焼石岳概念図

8月01日.夏油温泉.天狗岩c7.8.9.
   2日.c8停滞.赤痢?
   3日.bc9⇔牛形山.

      現在の
牛形山ウォッ地図


8月04日.bc9一経塚山一金明水c10
      現在の
経塚山ウォッ地図


8月05日.c10一焼石岳一ツブ沼c11

      現在の焼石岳ウォッ地図


8月06日.c11一尿前より花山ダムへ

     夏油⇔牛形山.ピストン                       .
          夏油温泉からの牛形山
  
惚けた顔の竹永先輩 ,    
       8月03日.曇一時晴 牛形山ピストン
         夏油温泉天狗岩c8. 7:30⇔9:20牛形山10:50. 一11:40夏油温泉c9.
      体は回復へ
   一晩で先輩2人平熱に戻る。凄い汗と動かぬ休息が良い方に導いたらしい。
     下山を中止する。元気になった保坂先輩は食欲もでた。
     後日.分かったが北上で買出し中に2人で内緒に食べた冷やし中華.それが当ったらしい。

   牛形山ピストンする。
     空一面に高雲が被っている。今日も暑くなりそうだ。
     樹林帯をバンバン飛ばし.灌木帯を抜けると赤トンボが飛び交う頂にでる。

   層雲の上に山々が続き経塚山から焼石岳の稜線が直ぐ真近に見えた。 
     明日はあの頂に。まだ本田さんの体の具合が気がかりだが。

   オホーック海Hが関東付近まで南下し朝から曇天となる。
     それに伴い前線付近の気温差が広がり.強まる見込み。
コンロ, 4:32〜5:00.米4合
5:00〜5:30.米4合
  0.6リッター入れる
5:30〜5:50.味噌汁
5:50〜6:05.湯

6:05〜6:08.干ダラ
11:50〜12:06.お粥二人分
12:06〜12:19.湯
14:03〜14:20.湯
15:13〜15:34.米4合
15:34〜15:58.米4合
15:58〜16:13.ビーフシチュ

16:13〜16:24.お粥二人分
16:24〜16:37.湯
16:37〜17:02.米4合
17:02〜17:31.米4合. 0.6リッター入れる
      夏油温泉一経塚山一金明水c10

    8月04日晴後一時曇. 経塚山を越え.
      天狗岩c7.8.9. 5:30一7:55樹林帯.水場8:15一9:20経塚山9:45一10:10ピーク下の草原.昼食11:40一13:00金明水c10


               油温泉より経塚山

    経塚山.を越え

     
経塚山
   夏油川を遡る。沢沿いの径は次第に山懐へ入ってゆく。
     湯疲れか? 3日も居た休憩疲れか? ピッチが上がらない。2時間程で森林限界へ。
     高山植物の咲き乱れる経塚山も間近くなる。

   明日登る焼石岳がぼんやりとその懐に雪渓を抱いて横たわっていた。
     200m程下った草原で昼食. 草原を渡ってくる風に.何時しか一時の眠りに入り込んでいた。

   2年前に開かれたばかりの歩きずらい潅木帯の径. 根が這い倒木も多い。そして熊笹のトンネルへ。
     正味1時間で静かな草原.金明水に天張った。名のとうり水は美味い。
     広い空が大地を被っている。僕等はその上にテントを張った。

   鳥海.早池峰.焼石山.吾妻の山々は前線の北上に伴い層状雲に包まれた。
     しかし太平洋Hは日増しに強まっており.雨の心配はなかった。台風15が九州に接近し.又鳥島沖に台風16が発生する。

コンロ,
 
2:40〜3:00.米4合
3:00〜3:20.米4合
3:20〜3:42.ラーメンオジヤ
3:42〜3:55.湯
3:55〜4:00.干魚
14:30〜14:43.湯
15:40〜16:03.米4合
16:03〜16:28.米4合
16:28〜17:04.ハヤシ
17:04〜17:23.湯
17:23〜    米4合. 0.4リッター入れる
18:13〜18:37.米4合


      金明水c10一焼石岳一ツブ沼c11
     焼石岳
     8月05日.曇後晴 焼石岳は独特の花と草原,残雪の山
          13:00金明水6:20一9:10焼石岳9:45一10:25銀明水.昼食11:15一13:20ツブ沼c11


   
                                              頂稜の湿原に現われた金明水                   
      湿原多い焼石岳
   ガスの掛かった荒れ模様の中.焼石山に向かう。縦走路は真横から烈風を受け歩き難い。
     幸い雨は降りそうもなかった。

   熊笹と潅木帯のコブを4つほど越えて広い草原を歩む。次第に視界は途切れ.這松のピークもガスの中になる。
     我がパーティ最後の頂で「ガンバレ節」をがなる。

   思うに秋田駒と牛形山以外で頂での晴天はあっただろうか? 恵まれぬ眺望の頂が続いていた。
     北に岩手山.北東に早池峰山.南に栗駒山.西方遥かに鳥海山が望まれ楽しめる筈だった。


    姥石平のアヤメ群落と焼石岳                                         .
                     だらだらの裾野径.姥石平を経て銀明水へ。広々した丘にお花畑.時折残雪を見る。

           銀明水付近の残雪
     窪道
   上沼を過ぎ中沼のヘチを巻き込む径は,至る所水が流れ.ぬかるんでいた。
     雨でもないのに根元に溜まる水.何処からか流れ山径に込んでくる。
     雨が降れば川になる否やな下りが続いていた。

   雪渓から流れる水は金明水に劣らず美味く.冷たい水が喉をうろおす。
     ここから樹林帯に入り.快適に飛ばすと2時間程で広々としたツブ沼にでた。嘘のよう晴れ渡った空。
     涼しい風の吹きぬける芝地に天張った。

   台風16は東方海上にそれた為.陽差しの強い夏型になる。
     しかし太平洋Hが東から張り出し.午前中は山雲や霧に包まれた。


                        銀明水からツブ沼への径への下り
      走り下る
   径は悪い。時折視界が広がるも.残雪の融解によるものか.ここも雨になると川に変る径。
     土壌が多い割に根張り強く.下るには歩き難い径が続いている。

   走り下るタイミングが合わないとバランスを崩す。それで居て先輩の「走れ!走れ!」の声が掛かる。
     止まらぬスピードで強引に下りるも.下りは同じような径が永遠の如くに続いていた。
     そして森の脇を抜けると.小さな沼が森を切るよう現われた。

     
ツブ沼
   夕方,沼で水漏れるボートに乗り.エサらしきエサのない.釣れない釣りを楽しむ。
     テントで眠りかかった頃.隣のテントから冷えたスイカの差し入れがあり。

コンロ, 3:55〜4:21.米4合
4:21〜4:39.米4合
4:39〜5:04.味噌汁
5:04〜5:17.サケ
14:37〜14:47.湯
15:35〜16:00.米4合
16:00〜16:22.米4合
16:22〜16:57.カレー
16:57〜17:05.湯
17:05〜17:27.米4合
17:27〜17:57.米4合
          ツブ沼一花山ダムc12
      ,      尿前へ.心地良い尿前川沿いの林道
     8月06日快晴. 乗物の旅.花山ダムへ
       ツブ沼c11. 7:55一8:20尿前(ヒトマエ)バス停.宮城交通バス8:55\110=9:55水沢.買出し東北本線.12:051.\130=
       石越.栗駒電鉄(くりはら田園鉄道)\120=4:45細倉(細倉マインバーク前)15:00.宮城中央交通(宮交栗原バス)\50
       =15:30花山ダム湖畔c12

   蚊の大群に悩ませられた朝.皆血をたっぷり吸われていた。
     里へ出る道.夏の太陽がギラギラ照りつける。樹間から木漏れるも陽も眩い。
     留まることなく溢れる汗に.尿前のバス停まで30分がきつかった。 胆沢川→北上川.

      水沢の燃料屋
   渥美と灯油を買出しにでた。高い陽差しに蒸す暑さ。商店街の路面は輻射熱が強く陽炎が濛々と湧いている。
     燃料店を探すには尋ねれば分かるが.その後不思議な世界へ入ったよう錯覚を憶えた。

   燃料店の店主は僕らを客と見て無言で椅子を勧めてくれた。軒を潜ると日陰が心地よい。店主は強い東北弁の老人である。
     会話が噛み合わず.ズウズウ弁と分かるも.その意味を聞き取ることはできなかった。

   渥美と顔を会わせては顔を横に振る彼。その上.老人は体の動きに不似合いと思える程の早口である。
     空のポリタンを渡し,臭いをかいで漸く灯油を買い求めた。

      水沢の食堂
   水沢で列車待ち.駅前.食堂の席を借り飯盒を空けた。常に水漬けとなる。
     メニューに比べ質素過ぎる昼食に無言で抵抗する。1年では注文できない。先輩のおごりがあってもよかった。
     この時ばかりは2年生.竹永先輩も頷いていた。

   七夕祭を控え.町は飾り付けを終え活気に満ちていた。
     小さな町には豪華過ぎる飾り付け.道を塞ぎ地表にまで垂れ下がっている。
     それにしても暑い炎天下.アスファルトも緩む蒸す暑さの中.買出しを済ませる。

     花山ダム
   東北本線から栗駒バスと次々と乗り継ぎ.陽も傾きかけた頃.花山ダム湖畔にでる。
     今日は一日.列車にバスと乗り継ぎ.山とは違った疲れを受けていた。

   キャンプ場に着き早速.初泳ぎを楽しむ.又夜にはキャンプファイヤーの招待を集団キャンプの中学生に拍手で迎えられた。
     山とは違い山麓を綴る生活で.人と触れる機会も多くなっている。

   地図を見詰めているだけでは分からない低山の懐の深さ.裾野の広がりが新たに身に沁みていた。
     飯豊を登っているパーティもある。僕はそのコースに憧れていた。
     ただ違った東北の良さを知り始めたのかも知れない。明日からは最後の峠越えとなる。

   台風15が九州に上陸。西日本では風雨強く犠牲者21名を出した。
     日本海に入いり北陸ではフェーン現象を起こしている。
     だが東北各地ではその影響を受けず.炎天下の午後積雲が湧きだした。

コンロ, 5:02〜5:25.米4合
5:25〜5:59.米4合
5:59〜6:31.味噌汁
6:31〜6:41.湯
灯油1リッター買出し
16:23〜16:30.湯. 0.4リッター入れる
17:30〜17:55.米4合  
17:55〜18:15.米4合
18:15〜18:45.スパゲティ
18:45〜19:00.湯
19:23〜      米4合
      「くりはら田園鉄道」への改称
   「栗原軌道」. 1918年(大正7年)設立.21年蒸気軽便鉄道として開通
   「栗原鉄道」. 1940年(s15年)細倉鉱山めで免許収得.鉄道線となる
   「栗原電気鉄道」. 1955年(s30年)全線電化から5年後.国鉄との貨物輸送を直通運転化の為,軌幅1067mmに改軌
   「宮城中央交通」. 1964年(s39年)陸前バスと合併.この時期バス会社との合併している鉄道は少ない。
   「栗原電鉄」. 1969年(s44年)電鉄専業として改称。s62年細倉鉱山閉山.貨物線廃止
   「くりはら田園鉄道」. 1995年(h7年)5町で第三セクター化し観光に0.2k延長.細倉駅は移設.乗客減の為に電車から気動車へ

      
国見峠より集中地.禿高原へ

       8月07日.曇後晴 国見峠を越え荒湯へ
          起床5:00. 花山ダムc12. 10:35一11:15越戸橋.昼食12:15一15:45国見峠16:00一17:40荒湯c13
      西への峠道
   湖畔を後に炎天下の車道を黙々歩む。追う車がなければ.擦れ違う車もない。
     分かりずらい里道を遠廻り。偶然会った小型トラックに道を尋ね.結果は親切にも拾われた。

   国見峠まで予想以上に遠く.広いジャリ道の一本道が延びている。
     まして昨日湖畔で泳いだせいか.朝から体が重い上.茹だる暑さを迎えている。
     延々と続く凸凹道. 人とも擦れ違うこともない.長い長いダラダラの登りが続いていた。


   漸く峠を越え.穏やかな下りが続くもペースは落ちる。
     人ッ子1人通らぬ静かな道。ただ西日に照らされ.進む我々の靴の音だけが響いていた。

   幾ら歩いても終わりのないような静けさ。
     夕暮れの近づく頃.岩間を伝って熱湯の流れ落ちる荒湯に.テントサイドを見出した。
     今日は一日中.強い陽差しを受け里道を歩んできた。ただ擦れ違う人もいず.黙々歩くのみだった。

      風呂を造る
   昔あったという旅館の面影は全くなく.月明かりの下.苦心して改修し露天風呂に漬かる。
     川底を掘り脇を固め.温度調整には沢の真水を敷き込んだ。

   硬い床を掘り石コロ除き.漸く二人が寝転べる湯船が帳と共に出来上がる。
     暮れると真暗闇が待っていた。エレキを頼りに浸かるが.もう2.3cm深ければ申し分ないが。

   寝そばなくては腹がで.胸がでる。浅くとも満足度はあるが。
     否や贅沢だ。又途中の農家で分けて頂いたヤギ乳で乾杯をしている。

   オホーックHの発達.南下の為.2つの台風は向きを変えLに衰退した。
     そして小笠原気団との間に弱い前線が生じ.東北各地は高積雲の多い蒸し暑い天気になる。

      鬼首地熱発電所
   鳴子町より北約20kmの平均直径10kmの卵形の鬼首カルデア内南部の標高約530mにある片山地獄。
     かって.ここには明治18年から昭和28年まで硫黄鉱山があり最盛時には800名の人々が硫黄の精錬を行っていた。

   昭和50年3月.電源開発は日本で4番目の地熱発電所の運転を開始する。
     地球のマグマによって熱せられた蒸気を地上に取り出す蒸気発電方式の発電所。蒸気井12本で発電機容量28000KVA.電圧11KV.

   東北電力に供給し.この出力で地域の5000〜6000戸に電力を供給しているとのこと。
     2010年2月,.電源開発は井戸の本数を増やし営業運転を始めたと発表。出力は12.5kVと従来より2割増える。

コンロ, 5:02〜5;29、米4合
  0.4ルッター入れる
5:29〜5:45、米4合
5:45〜6:15、中華スープ
6:15〜6:25、湯
6:25〜6:47、米4合
18:16〜18:20、湯
18:30〜18:53、米4合
18:52〜19:14、米4合
19:14〜19:53、ニュギリヤ
19:53〜20:50、米4合×2
20:50〜21:06、ミルク
      岩手宮城内陸地震
   2008年06月14日08時43分.岩手県内陸南部.栗駒山南部で発生した。震源の深さ8kmと浅くM7.2,
     この地震により岩手県奥州市と宮城県栗原市で震度6強を観測し両市を中心に被害が発生した。

   被害の特徴としては同じ規模の地震と比較して建物の被害が少なく.土石災害の多いことが挙げられ,
     栗駒山周辺をはじめとした山体崩壊や土砂崩れ.河道閉塞が多かったことが指摘されている。

   宮城県大崎市で震度6弱を観測したほか.北海道から関東・中部地方にかけて震度5強から震度1を観測した。
     発震機構は西北西−東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型であり.
     この地震を発生させた断層のメカニズムは岩手県南部から宮城県北部にまたがって存在する活断層と見られる。

   1965年(s40年)8月.夏合宿集中地として禿岳へと細倉から花山ダムに入り.暑くて泳ぎ.上流を遡った場所である。
     今その花山ダム上流は土石流に埋まり.幾つもの地震ダムの恐怖と多くの死者.行方不明者をだし膨大な被害をもたらした。

   2009年.RHC50周年記念行事の一環としてT先輩と同期Sが.この夏合宿を想い栗駒山に出向く。
     側は山道どころかまだ里道の工事が行き止っていると報告を受ける。


                       荒湯一集中地.禿高原c14.15.16
禿高原
    8月08日.曇後晴 集中地.禿高原へ
       荒場c131. 7:30一水神峠一8:45片山地獄9:15一片山峠一10:20吹上温泉.昼食11:35
       一12:10原:40一13:40禿高原一本松bc14.15

      廃墟
   荒湯から片山地獄の道はキャタピラのはっきり残る立派な道が続いている。
     このあたり地熱開発の為.相当調査されたらしい。

   しかし片山地獄,そこは廃墟のよう寂れ,赤錆びた鉄管から吹き出る蒸気が不気味に響く鉱山跡だった。
     軒を連ねた廃家を横切り.20分程の樹林帯の登りで片山峠にでる。

   そして赤沢を越すと明るい尾根から禿の高原が見え出した。
     禿岳を右に見て.一気に吹上温泉へ駆け下りる。

      吹上温泉
   禿高原集中地,これからお世話になる。挨拶がてら旅館の好意で風呂に浸かかり昼食を摂った。
     澄んだ湯に広い贅沢な露天風呂.湯殿は良く磨かれ手入れされ宿の品が伝わっくる。
     観光協会会長の経営する宿.僕らには手の届かぬ高価過ぎる宿だった。そこで水を足し干物のお茶漬けを摂る。

   後半は東北らしく良く風呂や湖に浸かっている。人里離れた旅を味わい.又人に会っては親切さに甘えていた。
     地元しか知らぬ低山を縫い.僕等Bパーティは歩いて集中地に入る。
     全員.さっぱりと中沢の高原径を遡り.仲間の集まる禿の高原へ向かった。中沢→江合川(荒雄川)→石巻港.

   太平洋に延びる前線が曲者.朝方涼しく初秋の気配あるものの.午後からはHが張り出す。
     強い陽差に明日も猛暑が続きそう。

         コンロ, 5:07〜5:27、米4合
            5;27〜5:53、米4合,0.4リッター入れる
            5;53〜6:20、味噌汁
            6:20〜6:27、湯

        集中地.禿高原.禿岳

                                禿岳山頂より北方.神室山地の山々
   集中地鬼首.禿高原Bc
     2時半.東京を発った全パーティが日焼けした顔を現した。

   土砂崩れで予定していた幕営地が使えず.禿高原の30〜40cmの雑草を全員で整地する。
     草原は漂う蒸す夏草の匂い.風もなく一層暑さがを増していた。鬼首高原.

    8月09日,晴 全員起床.6;00. 禿高原bc14⇔禿岳.標高差800m全員でピストン.帰路は花立峠経由.
      花立峠は現在林道が抜けている。200
  禿高原一本松bc14.15









西面の沢
  東沢→水無沢川→絹出川→黒沢川→小国川→最上川
東面の沢
  火の沢→大沢川→江合川(苛瀬川)→江合川→北上川

現在の禿岳(小鏑山)ウォッ地図

      禿岳
   禿岳は栗駒国定公園の南端に位置し奥羽山脈のほぼ中間にあたる神室山地に位置する。
     禿岳は別名「小鏑山」と言われ山形県,.宮城県の境界あり.東面は岸壁状でその急峻な山容から地元鬼首では「リトル谷川岳」と
     いう呼び方もされている山である。山名の禿からは分かるように山頂付近が森林限界になっている。

   東面に広がるカルデラの草原にベースを設け.禿岳(かむろ)1262mに全員で登る。中峰コース.高原から突き上げる岳は結構きつい。
     草原を抜けると六合目までブナの森が続き.高度差約800mのきつい登りを詰めた。

   一本取って稜線にでると..二年先輩達が残雪を使い粉末ジュースを振舞っていた。暑さで心地よい。
     一気に登った頂は東面の伸び伸びした高原の広がりとは異にし.北西面は兎って変わり刻まれた深い山波を築いている。

   帰路の中央コースはよく整備されていず.花立峠を経由する。
     峠は小広く気持のよい草地だった。又天気もよく14時過ぎまでトカゲを楽しむ。

   中峰コースは以前の昭和53年(1978年)6月宮城県沖地震で禿岳の岩場などが崩れたため閉鎖されている。
     ひとつ北側の尾根に新中峰コースが造られた。旧コースも改修され.花立峠は現在林道が抜けている。2004年

      夕立
   前日の満点の空と変わり.凄い夕立に見舞われる。
     大粒の雫はバケツを逆さまにしたよう降り注ぎ.雷鳴と共に周りを闇の世界に導き.降雨は益々強くなる。

   対岸に昼下がり造ったキャンプファイヤーも増水し.テントに留まる以外なかった。
     差し入れがドンドン運ばれ.久し振りに会う同期との会話が.又楽しかった。

   闇に雨が上がる。涼しさと共に外から先輩の怒鳴るような歌声が聞こえてきた。
     そして明日は解散になる。・・鳴子町.観光課からビール.西瓜の差入・NHK仙台支局.取材
     翌日も.大地は強い太平洋Hに被われ.眩い陽差しを浴び.蒼空には積乱雲が湧き立ち.まさに真夏の空になる。

    8月10日晴. 禿高原bc15一支所前=田野原.鬼首ロッジ(全員で温泉に漬かる).宮交大崎バス(市営バス)¥120=鳴子駅解散
            鳴子.陸羽東線\750学.急¥300=小牛田,東北本線.
       11日. =上野

      コンロ消費量調査
   夏合宿中.山中6人分の17日間のラジウスの灯油消費量を計量するも.山行後にその調査の検討は行われなかった。
     消費量を各パーティが検量し.統計を取る筈だった。

   全てが無駄になる。執行部から2年生に。2年から私に伝えられ担当させられた合宿だった。
     気象の観点望気を含め.云う言葉も失った。私だけでなく下級生の課題目標は見捨てられている。無駄な時間を過ごしたことになった。

     1/50.000地図・・雫石.八幡平.沼宮内.盛岡.黒沢尻.川尻.焼石山.若柳.岩ヶ崎.鳴子

   2025年07月29日. 鳴子ダムの貯水率「ゼロ」を記録。管理事務所では下流の江合川流域の水田を守るため「超法規的処置も検討中.
      「ダムの規則上.砂がたまってしまう水位より下は水を使うことができない。今回は超法規的にその水を使うことで調整中。

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     旧hp.PhotoHighway.東北.夏合宿T
     山の経歴.経過Top