日光への歩き旅.その2・・例幣使街道から杉並木.中禅寺湖へ
                                    日光への歩き旅1.元浅草→東武楡木
                                    日光への歩き旅2.楡木→中禅寺湖
                                        第六回.日光歩き旅.楡木一鹿沼一下今市
                                        第七回.日光歩き旅.下今市一神橋一輪王寺.東照宮.薬師堂一細尾
                                        第八回.日光歩き旅.細尾一イロハ坂一華厳ノ滝一中善寺温泉

                                        日光への歩き旅3.中禅寺湖→前白根山
    第六回.日光歩き旅
   鹿沼の町並・・鹿沼宿
    s61年(1986年)06月22日.晴. 楡木―下今市.妻.隆史.博史

      三筋6:00.タ=東武伊勢崎線.浅草6:39.急行=8:35新栃木.日光線9:47=楡木10:05一11:20昼13:40
      一17:30東武下今市:58=20:01浅草.タ=20:13三筋.

   東武楡木駅に列車で出るには不便な所だった。朝方6時に自宅を出て.楡木駅に着くまで4時間を費やす。
     乗り換えの上.下りの連絡が悪く.楡木の駅に着くまで飽きに飽きる道中になる。

   前回は壬生道を抜けた。高崎方面からの朝廷の使い道.例幣使街道.R293号に入る。
     ここ楡木より北上し鹿沼を過ぎると待望の杉並木が綴られていた。そして今市より再び杉並木を抜け日光神橋へ。
     当日私に急用が起き.変わって妻が先を導いている。

    例幣使街道
   幾度も見る鹿沼土の山

   思川支流黒川.御成橋を越え杉並木へ

   鹿沼の市街地に入ると石橋町十字路(鹿沼日光線)で,右手からR121号が入り.例幣使街道はR253号からR121号に移る。
     国道121号は山形県米沢市から栃木県日光市を経て同県益子町に至る一般国道。

   街を離れ思川の支流黒川を御成橋で左岸に渡ると一直線に続く街道は信号も稀にしか見られなくなった。
     今市市に入り.暫らくして信号の交差点にでた。この間6kmに及ぶ。

   途中で街道は国鉄日光線を右側に並行して走らせ.並木寄進碑を見て.文挟駅舎を右手に望んでいる。
     そして板橋バイパスに入れば有料道路.日光宇都宮道路を跨ぎ.森友十字路にでる。日光本街道.R119号にここで合流する。
     後は左折して.再び日光杉並木を綴れば東武下今市にでた。

    例弊使街道杉並木
   今市市小倉から杉並木が始まる

   人通りもなく蜘蛛の巣が張る歩道.余りにも酷く途中より車道を歩む。
     博史が水筒を忘れ水分の補給が難しくなる。自動販売機は時にあるものの並ぶ商品は缶類のみ。

   一度開けると全部飲まなければならなかった。妻に言わせると水筒は絶対忘れてはならぬ物だった。
     途中で飲食店を見付け.麦茶を注文.砂糖が付いてきた。

   杉並木で蛇と博史
    中央の黒い筒のような姿が蛇の胴

      日光杉並木街道
   右に平行して走るJR日光線と離れると.板橋を過ぎ待望の杉並木が現れる。
     歩道はあるものの歩き難き道。通う人もなく.蜘蛛の巣が張っている。

   1時間に5分の休憩でペースを崩さずに歩む。
     杉並木は長く.8割位は脇に立派な歩道があり楽だったが.ない所は車の往来が激しく.危ないので大変だった。
     とにかく歩け歩けと励ます。

   途中でカマキリの卵を見つけ.次に蛇が金網を這っているのを見てビックリ。
     杉並木街道の中で.線香工場を見つけるも.急いでいるので見学せず臭いだけ嗅ぐ。


   杉並木.鹿沼街道車道を・・文挟宿

  例弊使街道を含め日光の杉並木は.300年以上前.松平正綱が20年以上かけ植えたものである。
  例弊使街道の杉並木.小倉〜今市間.13.9k

   東武日光線を跨ぐと杉並木の街道は狭まり.車道を進むようなる。 
     宇都宮からの日光本街道とY字路で合流し,東武下今市駅を見た時は感激した。 
     14時50分.電話あり今市まで11k. 妻と ・・全部で50.300歩

     費用. 浅草=楡木(¥890+¥450)×2
          昼食.    牛丼¥550.卵丼¥500.チャーハン¥400
          1時休憩.   ジュース3本.¥300
          野球帽¥198. 麦藁帽子¥380
          3時休憩.   アイスコーヒー¥350.麦茶¥100×2
          下今市=浅草(¥1000+¥500)×2
    杉並木街道
   後が宇都宮へ続く日光街道本街道.2004.10・・今市の追分

   今市の追分,Y字の交差点を右に折れれば宇都宮へ続く日光街道.斜め左に回り込めば今市宿にでる。
     車で日光縦断.出始めた杉並木から
        宇都宮=杉並木街道=日塩もみじライン=会津西街道=川俣=奥鬼怒林道=戦場ケ原=湯ノ湖=金精峠
        =沼田街道=沼田.大間々線=渡良瀬川下降=伊勢崎. 妻.ペコと523k


     第七回.日光歩き旅
              下今市へ.浅草駅構内で
    s61年07月13日小雨午後曇. 東武下今市―細尾入口(足尾.中善寺湖二股)
                                          父.真佐子.隆史.博史
     三筋6:06一東武日光線.浅草6:39=下今市9:20一10:22石の鐘一11:34東武日光駅一12:18東照宮.各参拝14:30
     一15:54細尾入口.東武バ\420=東武日光16:51.\1000=浅草一19:13三筋.


   東武下今市駅下車

   「日光8km.鹿沼19km」
   左龍尾神社と下今市の街並・・駅脇より鹿沼の道と別れ.会津西街道とも合わさる。
   2004.10.会津西街道から川俣を経て戦場ヶ原へ

      例弊使街道
   今日は最後の杉並木街道を歩む。国道121号.例弊使街道は下今市に入りR119号.日光街道に吸収された。
     小山で宇都宮に分かれた日光街道本街道はここで再び合流したことになる。

   ここからは日光市までは右側沿いに東武日光線,左側は国鉄日光線が走り.挟むように国道119が並行して綴られていた。
     東武下今市駅前から小倉交差点で右折し.例弊使街道に入ると800mほどに歩道橋が現れる。
     龍尾神社角からは国道沿いの右手に入ると杉並木の公園を抜ける。

   公園の中の道.例弊使街道.日光本街道は土道になり.巨樹の並木を築き綴られていた。
     杉並木の巨木林が東武日光線とR119号を挟むよう垣根を造り.全く気の付かぬ雰囲気をかもちだしていた。その距離は意外と長く心地よい。

    再び杉並木
   下今市滝尾神社〜日光市野口間
    下今市からの杉並木.樹令320年以上の巨木林

      杉並木街道
   再び下今市駅脇より素晴らしい並木の街道が続く。
     小倉から今市までの街道は国道沿いで.歩道があっても通う人はいず.車の往来が激しかった。

   ここから日光に向かう野口までの3.5kmの区間は国道から離れ.土道で全く異にした街道になる。
     ジャリ土で埋まり,霧雨が一層ひっそりした並木林を造っている。陽が射しても漏れ込めぬ太い大杉で被われていた。
     こここそゆっくり焦る事なく歩む方が価値がある。杉並木は国鉄日光駅手前まで続いていた。

   鹿沼の杉並木街道.車道を擦るり抜け進むのとは.まるきり違っている。
     道中.車5台と自転車2台の擦れ違いだけで.見えぬ国道脇を並行して走っていた。

       杉並木.石の梵鐘を祭った社

   杉並木の途中にある石の梵鐘を祭ったで龍蔵寺跡社.龍蔵寺跡で.最初の休み1本を取る。
     過って村人が石の梵鐘を奉納しようとしたところ,重さで竜頭が破壊し.以来ここに放置されているとのこと。
     しっとりした湿りけが.深い森を思わせ気を安らめている。

   国道.東武線が並行しているとは思えぬ杉並木の道が続く

   この長い並木に人の往来もなく.初めてバラバラに気侭に歩む。
     被さるよう覆う杉並木はアゴがでる程高く.陽を遠ざけ,走る訳でもなく.心地よい雰囲気をかもちだしていた。

     日光杉並木
   日光杉並木は神橋を起点として約20万本植えられたと伝えられている。
     日光街道(日光〜今市)8.5km.例幣使街道(今市〜小倉)13.9km.御成街道(今市〜大沢)10.7km.会津西街道(今市〜大桑)3.9km

    国鉄日光駅
  JR日光駅.その先に日光東武駅が並ぶ

   旧道杉並木を抜けると国道119号は国鉄日光線の終着駅に続いていた。国鉄日光駅に並ぶ東武日光駅も終着駅.裏側は大谷川になる。
     東武日光駅構内で昼食の買出しをする。

   大谷川が町の中を流れ.国道沿いは街並みが続き商店街に入り込む。そこを過ぎれば神橋へ。
     もう距離はない.例幣使街道の終わりが近ずいていた。
東武日光駅構内.駅弁確保    ,,
      飲食費
   交通費.拝観料以外.飲食は子供に任しているが.ここに来て少し考え方が変わってきた。
     昼食用の駅弁は少なめに異なる弁当を買い.残りを間食に費やしている。

   菓子.パン類はスーパーを見付け.アルキメンデスなど細かく買うようなる。
     それ故.酒.ビールの交渉が一層大変になる。・・1人1.000円の予算
     1994年03月.大谷川.渓流釣り

   午前中のまだ閑散とした街並

    神橋
   日光橋より神橋

   買い出して再びR119に入る。そして大谷川に突き当たる。神橋を渡った左岸が神橋T字路.その奥が東照宮の参道になる。
     直ぐ上流に並び架かるのが朱色の二荒山神橋.ここで例幣使街道は終わった。

   神橋は勅使.将軍.入峰行者以外渡ることは許されなかった。今でも一般者は通行止.
     二荒山神社所有の「はね橋」形式の古橋.・・2008年師走には大月市猿橋町の名勝桂川猿橋の「はね橋」を見聞している。

    日光山二社一寺を拝観
   逍遥園

   寄進碑脇の階段を上がり.右に曲ると「輪王寺・三仏堂」。庭園では大きなアメンボーを見付ける。
     来年夏からは子供達の日光林間学校が続き.再び訪れる。

   東照宮参参道

   頭がよくなると伝えると素直に動く子供達

   東照宮陽明門

   薬師堂(鳴龍)拝観を終え

    日光東照宮
   神仏混淆時代の創建となる日光東照宮. 五重塔に仁王門.神廐舎の三猿から鉄灯籠を左に見て陽明門の彫刻を観賞する。
     そして江戸時代の工芸の粋を集めた東照宮を参拝。奥社参道入り口の坂下門で「眠り猫」も見学した。
     陽明門をでて右側の薬師堂では拍手で「鳴き竜」に響きを仰ぎ.子供三人もちゃんと耳を傾けていた。

   日光廟大獣院

   霧雨の境内.日光廟大獣院前で昼食

   表参道少し左奥の人少ない静かな日光大獣院前で昼食を摂る。3つの別々の弁当を4人で分け合った。
     東京から日光までの徒歩旅行は終わった。これからはイロハ坂を越え中禅寺湖の道が待っている。
     東照宮見学後.午後はバイパス経由で細尾へでる。

      1ケ月後の8月16日.再び祖父母と家族全員でと日光神橋で合流                        
    ,

俊雄.東照宮で    ,
,,
      8月16日. 妻と俊雄5歳,
         妻.俊雄5歳. 三筋9:00一浅草.東武10:00=日光一神橋,東観荘15:00.⇔東照宮

   東武日光駅から東観荘まで徒歩。荷物を置いて直ぐ東照宮を見学。
     見ざる.言わざる.聞かざる.眠りに猫を見て.奥の院へ行く。

   鳴き竜では他の人と4人で手を打って.ちゃんと鳴いたのを耳にする。
     奥の院でメロンソーダを飲んだ。拝観料は3ヶ所で¥710.


   16日は父.真佐子.隆史,博史は早朝東武浅草を発ち細尾から中禅寺湖までイロハ坂を登り.下って神橋.東観荘で合流。第八回.日光歩き旅へ
     妻と俊雄はゆっくり浅草を発ち.東観荘より東照宮見学
     祖父母は東武北越谷=春日部=日光=東観荘で合流

     17日は祖父母と家族全員で中禅寺湖.立見観音見学.全員が同一行動

        7月13日午後.東照宮―細尾
国道120.細尾まで真近  , 
      7月13日午後. 東照宮からイロハ坂へ
   正味2時間の東照宮見学が足を止めさせていた。蒸す暑さも手伝い距離が伸びず全員がバテる。
     神橋手前T字路が国道はR119号.R120号.122号の起点でR120号へ移り.大谷川左岸沿いを歩み.その一歩が再び始まった。

   R120号は中禅寺湖.湯ノ湖から関東最高標の峠.金精峠を越え群馬県沼田市に至る一般国道。神橋交差点=細尾大谷橋交差点はR122号と重複。
     又「日本ロマンチック街道」の一部に指定されている。

   「日本ロマンチック街道」は長野県上田市から軽井沢町を過ぎ群馬県草津町.沼田市を経て.栃木県日光市までの全長約320kmの街道。
     上信越高原国立公園と尾瀬国立公園.日光国立公園を結ぶ溶断道路で.近世の城下町,温泉町,宿場町.門前町を経由している。
     ここから神橋から新たに湯ノ湖に至り白根山登山口まで歩むことになる。

   暑さが増してきた。蒸す暑さに清々しさはない。垂れ落ちる汗に裏見ノ滝見学を考えるも,子供の反応は薄かった。
     荒沢川を渡り清滝で有料日光宇都宮道路終点に合わさり.バイパスに入る。再び大谷川左岸沿いを遡る。
     その為.更にバス停も遠のき.急に足は重みを増していた。

   国道最後の道.120号を踏んでいる。重く垂れ込んむ蒸す曇空. だるさだけが益々増している。
     漸く細尾入口の十字路にでる。右手は旧道で日光市内に戻り.左手はR122号.白足隧道を潜れば足尾へ。真っ直ぐ進めば馬返しからイロハ坂に至る。
     ここは今は往来が少ない交差点だが地下道があった。そこを潜りバス停.細尾入口でバスの人になる。40.300歩.


   今日の旅を終え足尾との分岐.細野入口バス停

     白根山へ
   目的地.日光まで東京.御徒町から歩き抜いた。バテているが全員元気。
     子供達もイロハ坂は知っている。そこを越えれば華厳ノ滝があり.中善寺湖がある。

   歩こう。うなずく子供の返事を私は知っていた。中禅寺湖からは裸道となる。
     湖畔の遊歩道を遡り戦場ヶ原を抜け.日光で一番高い場所へ。即ち山の上.白根の頂へと。計画は更に白根山へと伸びていた。


     費用、浅草=下今市.¥1000大.計¥2500
         菓子¥60.アルキメンデス¥200×2.サンドイッチ¥350.ワンカップ¥220.駅弁¥600×2
         東照宮拝観¥1580.お参り¥10×4.フイルム¥620
         パン¥520.ビール.ジュース¥420
         細尾入口=日光¥1050.日光=浅草¥2500. 真佐子記


      第八回.日光歩き旅 









湯ノ湖
                                                細尾入口一中禅寺湖 イロハ坂ウォッ地形図
     s61年08月16日.曇.細尾入口―中善寺温泉 父.真佐子.隆史.博史.

       三筋6:12一東武浅草.日光線=9:13日光.¥420=細尾入口9:45一馬返一10:30イロハ坂一12:55明智平13:30一白雲トンネル.2ヶ所
       一中善寺温泉⇔華厳ノ滝. 一中善寺温泉15:20.¥800=神橋.16:30東観荘h.

   馬返.イロハ坂入口で野猿に出会う.まだ店は何処も閉まっている。

     家族全員が神橋に集合
   今回の日光歩き旅は歩き始めて8回目になる。神橋の宿で俊雄を含め家族全員と祖父母が集合する1泊の計画が立てられた。
     前日の16日にはイロハ坂を歩くため.4名は元浅草を6時12分に発つ。妻と俊雄は9時に出発する。そして祖父母は北越谷を6時半にでた。

   各自が自由行動で日光市内を見学.夕方に神橋「東観荘」で落ち合う。徒歩隊はイロハ坂を登る。
     そして17日には全員が中禅寺湖々畔で遊ぶこととした。


        日光イロハ坂
               第1.第イロハ坂.共にR120号
                      イロハ49からイロハ坂は48のカーブがあることから名付けられる
      ラッシュのイロハ坂
   第二イロハ坂を歩き始めて直ぐ野猿に出会う。
     イロハ坂.初めてのカーブで向かいに現れた。ガードレールの抗に座り.こちらを見詰めている。若い猿のようだ。

   歩道がなく車道を歩む。先へ越して行った車は詰りだし.停まり気味になる。歩いていても車を追い越すようなった。
     留まる事なく続く車の列.酷い渋滞が列をなし繋がっている。その車達の間を縫い先へ進む。休みはガードレールの外へでた。

   強い日照りで汗ばむも.高度を上げるにつれ霞み強まり霧の中へ。
     途中明智平手前でノロノロ走る車の運転手に.天気予報を尋ねると答えは雨になるらしい。


   イロハ坂登り.途中の休憩はガードレールの外で
渋滞の続く登り第2イロハ坂    ,
   夕方のような霞む黒髪平

   黒髪平付近からガスが濃く掛かり,雲の中に。
     時折.濃霧が入り込み一寸先も分からなくなる。山径との分岐.泥径とイロハ坂の舗装道路.どちらを選ぶか悩む。
     小径に入りペースが崩れる事を恐れ.茶ノ木平への登山道を諦める。凄い車の渋滞の中.イロハ坂を最後まで詰める事にした。


   明智平.濃霧のロープウェイ屋上で昼食
      明智平.濃霧
   ガスが湧き上がるよう舞き上げられいる。
     広い駐車場は満杯近い車が駐車している。シートを広げる所がない。駐車場の真中に張る訳にもいかずロープウェイ駅.屋上で昼食にした。

   ここまで歩いて来たせいかロープウェイに乗りたいと云う子供はいなかった。皆小さいながら自覚と自尊心を持っている。
     細かい霧の粒子が体を濡らし.少し肌寒くなり天気は崩れ始めていた。


   白雲第一トンネルを抜け.この先に長い明智トンネルがある。

     トンネル2ヶ所
   トンネル内に入ると排気ガスが酷くタオルでマスクにした。
     おどけた子供がマスクをする姿は漫画の主人公のようだった。

   マスクの上から手を押さえる。視界が薄れ排気ガスが酷く臭い。霞む空気が排気ガスの濃さを示している。
     トンネルを抜けるとその後にも.また次の長いトンネルがあった。

    華厳の滝
   終えたイロハ坂案内板前で

         

   休憩を兼ね滝を見学.
     華厳の滝
   薄暗い霧雨が舞う中禅寺湖々畔に登り着く。崩れ始めた湖畔に長くいる必要はなかった。華厳ノ滝を見学,
     渇水で湖畔の水位が下がり土曜.日曜日と盆の時だけ.放流しているようだ。

   エレベターで沢底に降りる。
     渇水とは思えぬ迫力で.中禅寺湖から落ちる滝雫が展望台に落ちている。見学する所のヘチまで飛流の水粒が舞い飛んできた。
     落下する怒号の轟きに混ざる風圧が迫力満点の自然の驚異を子供たちに伝えていた。

   第八回最終地点.中禅寺湖々畔
   8月16日15時

     神橋の宿
   乗合バスで第1イロハ坂を下り神橋前の東観荘に宿る。組合料金¥7000×8,
     夕方.祖父母と妻.俊雄と落ち会った。各々が東照宮を見学.それぞれのコースからここ神橋の宿に集う。

   湯に浸かり.ゆったりした気持ちで家族8人が囲む夕膳は賑やかだった。
     真佐子が祖父母にイロハ坂の苦労を.1から話しだし,話題を弾ましている。マイペースの隆史は黙々食べている。
     博史は華厳ノ滝の凄さを手いっぱいに広げ.俊雄に語っていた。

   私はそれらの手を交え.体で語らう子供達をみ.冷たいビールに酔いしれていた。
     明日は全員で中禅寺湖を散策する。・・22.400歩


    8月17日.曇午後雨. 中禅寺湖周辺観光
    
   17日10時半.再び湖畔に立つ                
遊覧船で立見観音往復

     遊覧船上

   滝を見たいと駄々をごねる俊雄

   父母と家族全員.総勢8名で中禅寺湖.立見観音を見学.遊覧船で廻る。
     昨日歩いたばかりのイロハ坂を.バスに揺られ中禅寺湖々畔にでた。

   満員の乗客を乗せたバスは急カーブにウナリを上げ.幾つも難所を乗り越えて行く。
     隆史はジッと車窓から.その流れる景色を見詰めていた。

   博史は相変わらず.妻に歩いた自慢を誇らしげに語らい.真佐子も祖父母に語っている。
     イロハ坂を歩いている人はいなかった。それだけでも子供達3人には自慢なったのだろう。

   華厳ノ滝は霧濃く見えず。俊雄は見たいと駄々をこねるが.この天気では如何しようもない。
     前日.宿での会話が尾を引いている。俊雄の滝を見たい願望は分かるが,谷は濃霧で一寸先も分らなかった。
     放送では「下に降りても滝は見えません!」を何度も繰り返している。

   イロハ坂は盆で2.3時間多く掛かると云われ昼食後.早めに日光へ下りる。

      宿.東観荘9:00.¥800=中善寺温泉10:30.船¥700⇔立木観音
      華厳ノ滝(濃霧で滝見えず)13:45.¥850=東武日光ロマンスカー¥2000=18:22浅草.タ=18:40三筋

      愛犬「サム」
   何時も帰路は夜道となる。今回は家族全員が1泊で出掛け,留守番はサム1匹にだった。
     我が家のサムは中型ポインターの雑種,我々には忠実な犬でもある。自宅に近ずき大声でサムを呼ぶ子供達。
     間を空けずサムは7階のベランダから顔を出した。待ちに待った家族の帰宅に.きっと尾を命一杯振るっているのだろう。

     8月21〜23日.博史, 上野消防少年団で日光キャンプ,
     8月23〜24日.私.真佐子.隆史は
八ヶ岳赤岳県界尾根横断の旅へ
     日光への歩き旅1.元浅草一東武楡木
     日光への歩き旅2.楡木一中禅寺湖
     日光への歩き旅3.中禅寺湖一前白根山