晩秋の南大菩薩連嶺の長峰と深城湖々畔からの.国道139号線のアプローチ.松姫鉱泉を抜ける

   牛ノ寝通りを左に分け.米代の笹藪絡めの紅葉に溢れる長峰を下る。士室川拓道橋からは国道に沿いに葛野川線を下る
     下山は深城川.シオジの森ふかしろ湖.深城ダム.竹の向.上和田.中湯(松姫鉱泉).そして最後は夜道は矢坪でヒッチハイクで拾われた。

    小屋平から石丸峠牛ノ寝通り.米代
    長峰から深城ダム・・松姫鉱泉.更に矢坪・ヒッチハイク=jr猿橋

   紅葉のカーテンを透けての楢ノ木尾根北面
   スズタケの激斜面を抜け
    長峰に入り.細い落葉松林の開けたた間から葛野川を隔て黒岳楢ノ木尾根が望まれる。大峰〜大樺ノ頭.雁ケ腹摺山から右下が大峠へ

   米代長峰
     牛ノ寝.米代10:30一11:20作業道に合わさる一11:40作業道分岐一12:00(1.290m末端地点.大):35一12:45木にロープ絡む地点
     一13:00白草ノ頭一13:15ロープ.手前ピーク一地点一13:25「深城へ1時間」標識一13:35カネッケノ頭:45一14:157本山ノ神
     一14:30手前ピーク一14:40(3等三角点)一15:20士室川拓道橋ゲート.

    尾根中半は艶やかに透過光が溢れる
   日が当たりの淡く鮮やかな樹葉.11:20

    勘違い
     何を勘違いしたのか予定通りの時間で動いているにも関わらず.先の行程を考えると焦り始めていた。
   1時間半ほど進めば尾根もなだらかになり距離を稼げる筈だった。その計算がふと途切れてしまっている。

     後30分で正午になる。もう食事をしても好い時間だった。コンロを出せば又40分程時間を費やすだろう。
   残りの長い尾根径を計算すると下山は大分遅くなる。その場の距離の計算では日没近くにならざる得なかった。
   半ばから稼げる平坦な距離があることを忘れていた。

   艶やかと云うより雑木の美林

     笹藪の急斜面を下ると傾斜も落ち緩やかな踏み跡になった。右後方からはっきりした作業道が分け込み.
   「県道新30」の標抗にでる。スズタケの笹藪から逃れ.違った雰囲気の世界が開けたよう思え.雑木の色鮮やさが目立つ尾根になる。

     秋色に染まる眩いばかりの色どりが枝々に色ぞえを添え.明るく煌めく光の妖精が踊り回っている。
   足取りも軽やかに伸び伸び下る。この先1540m付近でも後方から再び作業道を分け入れていた。

    空が仰がれ落葉松林
   落葉松林を透し大峰と大樺ノ頭・雁ケ腹摺山

     地形図で確かめ地形を見る。平坦になると驚くほど距離が稼げた。そう思うとその先は時間を考えず気侭に楽しみ歩めばよかった。
   現金なもので焦る気がなくなると今度は早く下るのが欲しくなる。立ち停まることも多くなる。

     枝藪は少なくなり尾根の中程からは.時たま樹間の隙間を透し.牛ノ寝尾根や楢ノ木尾根の連なる山並が望まれた。
   写真としては堰間に閉ざされた眺望。ガレ場のない尾根.望める視界は乏しく.仰ぐ空も狭まっている。
   その狭い空間から見上げる空は蒼く濃い。

   日の抜ける昼近くの落葉松林

     時には笹藪に被われ,荒れた枝切りや間伐帯を踏み,再び落葉積もる踏み跡になる。落葉を蹴り下る径,
   そして尾根の両側が落ち狭まればルートに迷うことなく安心感をもたらし地図を見る。そして居場所を確認し先を読み歩きだす。

     踏み跡から分からなくなる所も多い。その時はちょっと丁寧に周りを観察して先を決めればよかった。
   自分の決めたルートである。自分に自信を持てば何処でも歩むことができた。

    黄葉が目立ち始める
   1370m圏峰の手前のコブ

     尾根は中程になると自然林の紅葉は一層色鮮やかな色彩を放っている。陽光が大きな白雲の塊を抜け.
   柔らかい陽射しを木々を透し照り付けている。樹葉はこの陽光と混合し透し合うが如く優しい色合いを跳ね返していた。
   それぞれ違った色合いが重なり合う雑木の色彩が樹林に深みを与え.私に与えてくれていた。雑木の茂る森.そこに踏み跡が綴られている。

   右下に下る作業道との分岐.11:40

     1370m圏峰は右側を巻きV字の作業道分岐にでる。右前方の作業道の間に「県道新baP」の標抗が足元に小さくある。
   左に上がり切れ気味の所を更に左へ巻いて.尾根上の繋がりにでる。その先は緩やかな起伏の下り径が続いていた。

     その先は落葉松林に囲まれ気持ちよい落葉径に
   南東に延びる平頂の下り肩.1290m圏の細長い台地の東端に昼食によい小平地を見いだした。

     昼食タイム
    幅広い尾根の1.290m末端地点.12:00〜:35

     取付きが10時20分.もう昼食にしてもよい時間だが.あえて1時間下り作業道を2本抜けた。そして昼食を摂ったのが1370m圏の末端地点。
   定番のチキン野菜ラーメンを作る。具は何時もの生卵と餅..野菜は食器半分ほどの量と多目に取りラー油も持参した。

    禁煙
     今日は食後の一服がない。煙草の値上がりを切っ掛けに先月から禁煙している。禁煙して今回で3回目の山行になる。
   ただ一人旅は初めての山行。何時もなら食後の一服を大地が乾いていれば寝転び.大空を仰ぎながら吸うのが常だった。
   そして紫煙の昇る様を見詰めていたものである。寒く動きたくない時は膝に腕を乗せ.やはりじっと真近な紫煙の流れを見詰めていた。

     単独行ではこの時が一番心の安まる時だった。風に飛び散る紫煙もあれば.ゆっくり昇る煙もある。
   ただ気は使っている。吸う時は大地に乗る落葉を払いのけ.簡易灰皿を片手にもつ姿になる。多過ぎる落葉と風ある時は諦めるしかなかった。

     山に入ると楽しい食事の1つの行程の中に組み込まれている。食事を摂った後.喫煙者には出発までの隙間がよい。
   煙草は旨いし何も考えず煙が樹間を擦り抜けて行く様を見る。藪の中揺れ動く紫煙を眺めるこの贅沢な時間が失われていた。
   他に何か変えられる代物はないだろうか?

    白草ノ頭?
   尾根は何処も自然林の木漏れに恵まれる

     下り切るとこの尾根では顕著な1256m点鞍部にでる。尾根はやや左手に寄り.尾根巾が広がりる1300m圏峰は笹原帯に被われた。
   昔あったと云うウインチ小屋は跡形もなく分からなかった。腰位のスズタケに右は落葉松林.茂みから「ジージー」とコゲラの啼き声を暫し聞く。

     白草ノ頭1326mの1つ手前1300m圏のコブ西鞍部1256mからは北側の尾根伝いに土室川軌道の終点に下りらえる。
   カヤノオ沢とマガリ沢を分ける茅ノ尾.踏み跡径.又山名は小金沢の悪場シラクサからきているようだった。
   腹も満腹.歩む居心地はよい。距離も稼げる尾根になる。

     右に巻き込んだ茂む白草ノ頭1326mは前コブより忠実に尾根上を歩むが白草ノ頭の三角点は見過ごして通過してしまっていた。
   地形図「七久保」は白草ノ頭を1326m三等三角点峰はその前後する総称と位置ずけ.広義の白草ノ頭は1300m圏コブも域内に含めている。
   白草ノ頭から北に延びる吉兵衛尾根(コガツラ沢右岸尾根)は一直線に土室川下る厳しい踏み跡があったらしい。

   立木にワイヤーロープが絡む2番目の地点

   「深城へ1時間」 如何にか読める道標.13:25

   地味な秋色が漂い始める

    
    雑木に包まれた尾根                             何か証はあるが読み取れぬ道標

   
    カネッケノ頭1268m.13:35


 
    送水路
     カネッケノ頭手前の鞍部からは南に延びるお茶ノ水尾根が厳しい踏み跡から葛野川の発電所西脇に下りている。
   白草ノ頭から20分ほどでアケビの多いカネッケノ頭に着く。

     「甲斐國志」によると白草ノ頭の東方平坦地に上屋敷,下屋敷.カネツケ水の地名が残っているが位置を確定するのは難しいようだ。
   道はその北側,尾根筋を下って七本木山ノ神1000mに達している。
   HP「ヴァリエーションウオーキング」氏によると「上屋敷」はカネッケノ頭と1143m圏コブの間に.「下屋敷」は七本木山ノ神の西側付近としている。

     カネッケノ頭1268mから250mほど下った所で急に傾斜を増す付近の大地の下には.揚水式葛野川地下発電所からの送水管が潜ってをり
   そして松姫湖へ落された水は再び上池,大菩薩湖に戻される。導水管や発電所.送水管と全ての施設が大地下に埋められていた。
   これらは今朝歩んできた大菩薩湖.小屋平からの山越えをした地下に納められている。

     下山口の深城湖.ここも葛野川発電所からの送水管が地下に通されている。
   自然保護の為にも目には見えぬ自然そのままの姿で.巨大な造形物が埋められている。地形図を見ると埋められた水管が記されいた。

     長い距離である。人間の英知と優れた技術に感服させられる。それと比べるべきものではないが.その尾根上には伐採後の残骸だろう。
   昔のロープ類が尾根上に何ケ所をも放置されていた。

   ナラの立木を背負う木祠は尾根の末端の集落に向いている.

     小さな二重山稜的なカネッケノ頭から七本木山ノ神を過ぎると顕著に尾根筋の左側を巻くようになる。少し複雑な地形になっていた。
   踏み跡は右肩上がりで左側に.緩やかな斜面の幅広い尾根になる。忠実に尾根上を綴ると南尾根へ入り込む恐れがある。

     左へ迂回しやや登れば1143m峰の大分手前から巻くような形で抜けられた。
   又七本木山ノ神は北東側の葛野川ダム下に下れる山腹道の踏み跡があるらしい。ただし崩壊ケ所の拡大で通行止
   尾根通しの径.共に右回りに谷底に入ると土室川.小金沢の合流点近い尾根の末端で林道にでている。

   枝落ちした間々の深い枝荒れ地

     山ノ神を離れ970m圏峰へ登り返す。間伐に枝落ちされた細かい倒木が幅広い尾根に散乱し.足元を塞ぎ歩き難いルートを造っている。
   薄暗い黄昏のような植林帯.ルートはあるようでない。先を見て歩き易い所を選び歩む。抜けると尾根巾は更に広がり.日が頭上から漏れだしてる。

     右手の葛野川本流側の沢音が高くなく響き.赤テープも多く見られるようなった。
   足絡む台地.歩き易い場所を探し探し.小平地の最端のコブ.八丁坂3等三角点標石969.6mにでる。

    長峰末端の平コブ
   939.6mの小平地.三角標が手前左にある.14:40

    尾根末端へ
     最後の三角標石.頂を離れる。三角標石の少し先で北東と南東の2つの尾根に分かれている。右手が古い踏み跡径
   左前方の急激に落ち込む広葉樹の広い尾根を末端へ下る。落葉被るのっぺらぼうな斜面を疎らな立木を支えにテープに導かれ下り.
   ずり落ちる足元の先が分からない崖縁をテープを探しつつ下った。

     750m付近で一旦勾配は緩むが再び岩ぽい痩せ尾根に自然と導かされていた。尾根の両側は切れ落ちている。
   下山の疲れもでて雨が降れば四つん這いになる所だろう。

     720m付近で崖縁のはっきりした踏み跡は旧登山道に突き当たる。左は行き止まり.白滝が目の前に被さるよう落ちていた。
   右に戻ってトラバース気味に折り返し.下れば無線施設脇で葛野川林道にでる。脇に「水源涵養保安林」の標板があった。

      国道139号.葛野川線
    2008年12月. 師走の大菩薩峠牛ノ寝通り―猛暑の百蔵山・・松姫峠=深城ダム下=松姫鉱泉h=県道.桂川猿橋。百蔵山越えでjr猿橋へ
    2010年11月. 小屋平からススタケを求めススタケの米代長峰・・士室川拓道橋から国道139号に入り.深城ダム下流側から松姫鉱泉.更に矢坪でヒッチハイク
    2014年06月. 大峰北尾根から瀬戸境を尾根末端まで南下・・上和田bsから市道新深城線を経て深城ダム展望台・小金沢公園.北尾根取付き
    2015年03月. 西奥山から土沢右岸尾根前半と葛籠峠越え・・日影.最奥から日陰bsにでて神宮橋bsまで=jr大月

    米代長峰末端
   国道から見た士室川拓道橋

    国道139号.葛野川線
      15:20士室川拓道橋.ゲート一16:05竹の向一16:35上和田一16:45中風呂.松姫旅館一17:05矢坪.ヒッチハイク=7:20jr猿橋.

    国道139号線を歩む
     長峰の末端はシオジふかしろ湖(深城湖)の北端の辺り.下山口右岸の旧登山道は今も残っされているが直ぐ先で湖水に没している。
   開かれているゲートを抜けて.直ぐ士室川に架かる拓道橋(林道橋)を渡れば新たな閉ざされたゲートがあり.向かいはT字路の国道に突き当たる。

     上流の葛野川ダムと直ぐ下流にある深城ダムとの間にある林道に下りた。長峰の末端はここで没し終っている。
   並行して延びる牛寝通りに続き.士室川を挟んだ長峰も下ったことになる。右折し国道に入り.左岸沿いの奈良倉橋を渡り深城隧道を抜けている。

     隧道を潜ると右手に深城(シオジの森・深城湖)の湖畔が広がりだし.葛野川が流れ込む対岸の飛び出た北岬には小金沢公園が造られていた。
   葛野川の本流出合にでる。公園入口は真木小金沢林道の終点でゲートがあり.ここからは葛野川を遡りれば林道は楢ノ木尾根の大峠越えをして
   甲州街道に至る下真木まで延びている。

     その隧道口にもゲートがあった。この隧道は大峰北尾根の取付きになり尾根末端を潜っている。
   潜ると直ぐ500m程先に葛野川地下発電所への地下道分岐ができている。発電関係者以外は大峠まで常時通行止。
   地形図に合わせると発電所と下部調整池として建設されたダムの名称は「葛野川」となっているが正確には支流の土室川に建設されている。

     公園南脇の隧道口から葛野川右岸沿いに市道新深城線に入れば竹の向集落の下流側で国道139号に合わさり上和田にでる。
   今回は公園から国道に戻り.深城ダムを対面に見て.最後まで葛野川沿いに国道を綴っていた。

   県営真木小金沢林道は大月市七保町大字瀬戸=大月町大字真木間.26.859km.幅3.6〜4.0m.完全舗装.
   冬期は深城=桑西間通行止.大峠まで15.7km.

    大峰北尾根と泣坂ノ頭の北尾根(押沸ノ沢ノ尾) 
   小金沢公園から楢ノ木尾根
    葛野川を隔てる林道真木小金沢線終点は国道139号のT字路口

    湖畔道
     ダム湖畔縁を右手に見つつ国道を下ると湖水を遮るよう大きな深城ダムが近づき.湖面との目線が近いせいか.
   海原のよう一面に広がりを見せていた。何時もなら縁深い貯水湖を見下ろす形で見ていた。

     そのヘチを歩み斜陽した自分の長い陰を踏みながら国道を歩む。湖面からダム堤が思いの外.低く感じられていた。
   揚水発電所の下池のもう1つ下にある2つ目の深城湖のためだろうか?

    県界尾根の佐野山1238m点峰と深城ダム
   深城湖の湖畔から望む.15:38

     葛野川は笹子川と同じ一級河川の支流。渓流釣りは上流にダムがあるため水量の流水が安定してをり.
   深城ダムの直ぐ下からルアー・フライが楽しめる。下流なら宮古橋から桂川出合まで.上流は駒宮の当りがねらいめ。

     下流では8月頃から本流.桂川の尺ヤマメが遡上することもある。ダムより上流は直ぐ源流の渓相になりイワナが狙える。
   ・・桂川魚協.解禁期間は3/1〜9/30

    奈良倉山
   ダムサイトを東面から見上げ

     前方頭上には西陽を浴び黄葉煌めく奈良倉山を望むようになった。斜陽した日差しが緩やかな山稜のカーブをオレンジ色に染めている。
   昨年の今頃だろう。裏側の長作観音堂から奈良倉山東尾根を登っていた。下りは佐野山の古道を歩んでいる。
   尾根上に出て強い南の烈風を受けるも暖かった憶えがある。ここ国道は陰に入ると陽が恋しく肌寒い。ウインドブレーカーを重ねて着た。

   ダムを右手に見て葛野川本流を覗き込む.15:46

     ダム建設の協力施設だろうか? この山奥でも里への道は立派な2車線の舗装道路が松姫峠からできている。
   今は松姫バイパスの松姫隧道を掘削中で甲州街道の不慮時のための脇道の補強工事との繋がりもあるようだ。とか。
   前回.牛ノ寝尾根を下った折は松姫峠から迎い車で松姫鉱泉に宿っていた。

    深城ダム下流側
   ダムの対岸を回り込み.国道139号線深入橋先より

     ダムの背奥には楢ノ木尾根の大峰北尾根が横たわり.尾根先端は小金沢公園の岬でシオジの森ふかしろ湖に飛び出ている。
   手前は大沢右俣左岸尾根.1200m付近から北東に延び.ふかしろ湖に没する枝尾根。

    深城ダム
     葛野川.その源は北関東山地の小金沢山,黒岳に発し.土室川と合流し.南下して桂川に流れ込む一級河川。
   河川の勾配は急峻で河道の流化能力も低い為洪水調整と併せ.大月市.上野原市の上水道を確保する為の多目的ダム。
   葛野川の治水基準地点は田無瀬にある。

     重力式コンクリートダム.堤高87.0m.堤頂長164.0m.堤頂幅5.0m.最大有効落差43.35m.最大出力340KW.事業者山梨県企画局
   ダムの堰堤は左より艇庫.選択取水設備.エレベーター.常用落水吐きゲート.管理事務所。
   放水は減勢工に当たり.勢いを抑えて本流に放流されている。左下の建物が利水放流バルブ室.その左に発電所がある。

    深城ダムを回り込む
     深城ダムは大峰からの北東尾根と奈良倉山の南西尾根との両末端に挟まれた嶮谷にダムが築かれていた。
   ダム本流の葛野川は直線距離で250mも離れていない所を急激にUターンし.全体的な流れとしては南東へ下っていた。

     ダムサイドは北東に向きを変え深城湖の水を落とし.南南西に流れを変えてダムの真向かいの支流奈良倉沢と合わさる。
   深く落ちる渓谷のダム下の沢底を見下ろしながら.その流域の高台を国道は右回りに大きく高巻くよう下っていた。

     膨らんだカーブは180度を超え.ダムサイドを遠回きに囲むよう巻き込んでいる。深い谷間に対等して望めるダムサイド山嶮に入る。
   晩秋の陽差しは黄昏だしていた。深入橋.釜入橋を渡り.深城橋で本流右岸に渡ると.竹ノ向の集落にでた。
   2年前には師走に.この国道を松姫鉱泉の迎い車で降りていた。

     まだ真新しく1999年に完成したばかりの補助多目的ダム。それ以前は湖面の下に深城集落(31戸.今は大月市内団地に移転)。
   又この地に将門か.あるいは将門の後裔・相馬氏が構えた城(砦)があったと云われている。対岸.深城ダム上流側の展望台より,2014.06

    夕日を浴びる三の森北峰鋸尾根の北面
   陽の落ちた中風呂の集落より

    里の道へ
     深城湖へ下り立ったのが3時20分.大月からのバス路線で最も奥のバス停.竹の向までは少なくとも1時間は歩かねばならなかった。
   竹の向の集落には4時15分に着く。路線バスが到着するまで1時間はある。上和田の集落まで下ることを考える。

    タクシー料金
     タクシー料金は小金沢公園から猿橋まで¥4750.上和田からは¥4400で.ここでの距離率の効率は悪い。
   1時間程歩くもそれ程変わらぬ料金。走り易い2車線道路に.地域による計算の基準の違いか変な計算をもたらしている。
   乗車すれば徳.歩けば損か? その一区画だけを考えると頓知のような話になった。これは大月地区のメーター方法とは違いが顕著だった。

   中風呂の道端にあった石塔

     以前にお世話になった松姫鉱泉.中風呂まで歩き,バスを持つことにした。深城から1時間強で中風呂へ。
   まだ30分の余裕はあるが.風呂に入るには短すぎ.コーヒーを沸かそうと思うも.耳にするカラオケのボリームは外に居ても凄ましい。
   前回訪れた時は松姫峠トンネル工事の関係者が休日前後に集まり忙しいと言っていた。それにしても外では騒々しい音にしか聞こえなかった。

     バスはまだ登って来なかった。酒屋を探しながら竹の向からも歩いている。
   雑貨屋があり煙草もあるが店先で尋ねるも,アルコール類を販売している店はなかった。

     国道を歩き始めて1時間40分.丁度5時に大月からのバスと擦れ違う。晩秋の山蔭の里.黄昏は早い。そして帳を迎えた。
   往来する車はフォグランプからヘッドランプに照らされ.街路灯もない街道を偶々車が擦れ違い.車のテールランプだけが流されてゆく。
   矢坪の集落を過ぎると周りの暗闇は目の慣れだけになっていた。バス停を見付け.戻って来るバスを待つしかなかった。

      17:05矢坪.ヒッチハイク=7:20jr猿橋¥1.450 :27=18:08高尾:14=19:32神田.
    ヒッチハイク
     その時私の脇に1台のボックスカーが停まった。私がヒッチハイクしたのではない。私よりやや若い地元の人が一言.「乗るように!」と。
   場所は鹿山の集落少し手前の闇の中だった。ヒッチハイクは最近諦めるようなった1つでもある。何十年振りだろうか。
   咄嗟には昔のことは思いだせなかった。昔はヒッチハイクするのが当たり前のようにお願いしていた。タクシーを捕まえたこともある。

     拾われた所はもうエレキがなければ歩けない闇に中になっている。運転手の彼も健康の為山に登ると云う。
   喜びとと共に彼は甲州街道から少し横切るjr猿橋の駅舎前までわざわざ入って頂いた。感謝し頭を下げるのみ。

     そして運は続くものでホームでは3分待ちで入線した上り列車に私1人が乗車した。そして高尾駅では快速がホームに入線し待っている。
   帰宅は遅くて9時半を予定していた。それが神田まで座り続け.通勤電車に乗り継いでいる。

     山は晩秋を彩る華やかな紅葉に紺碧の空があり.湧き上がる白雲と明るい陽射しが見え隠れさせていた。最初は長峰に入り少し焦りを感じるも.
   落ち着くと本来の1人旅の良さを味わっている。擦れ違う人もいず.藪山のよさばかり感じ取った山行になった。

    後記・・市道新深城線
     長峰の下山口から国道139号線を下ったが「ふかしろ湖」南岸に市道新深城線が延びている。終点は竹ノ向集落の唐沢橋手前にでる。
   小金沢公園の左側.左に新小金沢橋が架かり.ゲートを抜けて大峰橋を渡ると休憩所があり.脇に基準点が埋められている。

     展望台から見るダム本体の背は奈良倉山。100台の階段を下ると再びダムの展望が開け.葛野川隧道を潜れば国道にでて唐沢橋を見る。
   4年後の6月.大峰北尾根に入った折.上和田からこの市道を歩んでいる。

   長峰のポイントは米代からの1.310m圏峰まで.久し振りスズタケの密度ある藪を漕いでいた。
   三森北峰からの長峰写真
   楢ノ木尾根.唐松立からの長峰写真2012.01・・地形図「大菩薩峠」「七保」.山と高原08「大菩薩嶺」

     深城ダム下流の入山.下山アプローチ
     小屋平から石丸峠牛ノ寝通り.米代
     長峰から深城ダム・・松姫鉱泉.更に矢坪・ヒッチハイク=jr猿橋