| 大菩薩連嶺最南端の山.笹子雁ケ腹摺山(笹子御殿)・・桂川笹子川流域Top 甲斐大和駅ホームの端から眺められるjr笹子隧道口の右脇から小路沢ノ頭北尾根を詰め.笹子雁ケ腹摺山に立つ 米沢山.トクモリ山.お坊山東峰の南東尾根から笹子川左岸尾根を下り.道路公団4号鉄塔枝尾根から吉久保に降りjr笹子駅 2010年12月01日.単独 jr隧道右脇から小路沢ノ頭北尾根を詰め笹子雁ケ腹摺山・・熊か? 米沢山からお坊山東峰南東尾根・公団笹子線4号鉄塔尾根 地形図「笹子」 以前使用していた昭和34年編纂の1/5万地形図「笹子」には1963年12月と翌4月に歩んだ三つ峠の山道が赤線で書き加えられている。 それに先月.買い揃えた国土地理院の1/2.5万地形図「笹子」に.今まで歩んだ踏み跡の赤線を書き加えてみた。 新地図の1/2.5万地形図.拡大地図と比べると.高校時代に辿った赤線の踏み跡の殆どが地形図上から消え描けられなくなった。 地形図の右上肩に斜めに描かれた赤線は小金沢連嶺を南下し.湯ノ沢峠から初狩駅に下った幼い頃の一部分が描かれ. 中央下の部分には当時国鉄だった笹子駅から奥野沢川を遡って.清八峠から三ッ峠に登った時の赤線も加えられていた。 一度目はシンシンと降る深雪に出遭い.八丁山で退却させられ.雪解けを待って再び三つ峠山に挑んでいる。それ以外は全くの空白の地図になっていた。 今見て一番驚いたのは中学生時代に山に登り始めた2年目で.既に地形図を購入していたことだった。 第二次登山ブームに乗っている。ただガイドブックが一冊も残されていないことも不思議だった。ガイドブックは読んでいた筈. 道標だけを頼りに歩んでいたとは思えない。当時はまだPCもない時代. チロリアンハッツと登山バッチが流行していた時代である。 先月は石丸峠から米代長峰を下り.続いて南大菩連薩の末端をも歩んでいる。大菩薩の全体像を少しでも広く把握したいと思っていた。 藪山に適した季節がやってきた。路線バスは来春まで運休し.林道のゲートも閉ざされ始めている。 冬木を縫い歩む時期を迎える。まずはjr甲斐大和駅から入山し.御坂山地との境をなす中央東線沿線の北面の小路沢ノ頭北尾根へ入山した。 小路沢ノ頭北尾根と遠く南大菩薩連嶺・・破魔射場丸.大谷ケ丸 ![]() 右端は1066m圏峰と西群馬幹線209号鉄塔 中央下の山肌が削られているのが中央道.笹子隧道大和口と公団終番鉄塔.左下は古部と宮本の集落とjr甲斐大和駅 この山行の今朝入山時にはトクモリ南尾根の取付き地点が道路公団の変電所で.笹子線での電線を潜り入山している。 そして山を下り裾野に下った今.反対口側の公団の送電線を潜る。 ・・jr大−勝線の鉄塔尾根の末端の伐採飯場より撮影・・2012.03.29/15:03 少し離れ笹子雁ケ腹摺山を頭に笹子川左岸尾根の塊る岳を望む 甲州街道.柏尾発電所脇より・・2014.01.12/15:33日川柏尾より南東に望む。日川の上流側の笹子川北岸のお坊山と米沢山.笹子雁ケ腹摺山の塊りが満の如く高く聳える。。 右中央の左下を横切るのが小路沢ノ頭北尾根970m圏コブと1044m圏峰。 右下の山陰が小路沢左岸尾根.jr大-勝線鉄塔尾根.古部山南東尾根に勝沼尾根と綴り.下山してからの街道から撮影。 北面からの笹子川右岸尾根 古部の果樹園最上部から・・2011.03.06/7:37笹子雁ケ腹摺山北面の尾根を綴る送電線鉄塔群 笹子川左岸尾根・・お坊山からトクモリ.米沢山,右に離れ笹子雁ケ腹摺山(笹子御殿)。越えた先は笹子峠を境とする御坂山地へ。 左手から送電線群馬西幹線207号鉄塔のある米沢山北尾根. 南西に向かい笹子雁ケ腹摺山と同北尾根に重なる尾根には208号鉄塔が建つ。 右端は笹子沢川の東山梨変電所へ下る頂稜に建つのが209号鉄塔. その下の中央に落ちるのが.これから登る小路沢ノ頭北尾根。 笹子峠周辺 山梨県の国中地方(笛吹市)と郡内地方(都留市)を隔てるよう聳えるのが笹子雁ケ腹摺山.お坊山とそれに続く尾根。 笹子川の北岸をに連なる尾根は笹子峠を境に対岸の南岸の山々がが御坂山地で笹子川で隔てられている。 現在はこの笹子峠の下に甲州街道・JR・中央高速道と3つの幹線トンネルが潜っている。昔の笹子峠越えは難所が多い甲州街道だった。 その後鉄道が繋がり.スイッチバックによる笹子峠越えが可能になると蒸気機関車からデーゼル車.電化へと.国鉄からjRへ中央道も開通した。 これらが潜る山々は一部の植林帯を除けば広く広葉樹林に覆われている。低山だが何処も静寂に満ちたた山並が繋がりを見せている。 冬木を迎えれば尚更寂峰に満ちるだろう。この冬枯れの時期を狙い訪れてみる。・・中央本線笹子トンネルにおける近代化産業遺産 北面の尾根 笹子雁ケ腹摺山付近の北面には4本の北尾根が延びている。その内3本は送電線鉄塔尾根 所謂,尾根上には鉄塔巡視路が綴られている。笹子雁ケ腹摺山北尾根と米沢山北尾根には東山梨変電所へ入る西群馬幹線の各鉄塔が建つ。 又笹子峠寄りの小路沢左岸尾根にはjr大−勝線の鉄塔群が11本も北西に延び連ね,jr勝沼変電所と結ばれていた。 どれもが甲斐大和駅から取付けられる尾根だがそれらの鉄塔尾根を避け.小路沢ノ頭北尾根から水源巡視路を登ることにした。 笹子雁ケ腹摺山に立った先は米沢山・お坊山・東峰南東尾根と綴り.公団笹子線が横切る枝尾根からjr笹子駅に下りる積りでいる。 高校時代には国鉄笹子・初狩駅に何度か入山.下山で利用していた。駅舎構内に何か想い出すことが少しでもあればと思っている。 小路沢ノ頭北尾根末端 jr笹子トンネル甲斐大和口の手前に鉄橋あり.大谷ケ丸南東尾根から大鹿峠天狗尾根を下り.jr甲斐大和駅の跨線橋より撮影・・2012.06.23/16:16 郡内のjr笹子駅側を望む。中央の支尾根が今回の入山ルートで. ここから山道に入っている。870m圏コブと右上が1044m峰 jr隧道のある尾根は以前. 手前を横切る日川の上流側の尾根からは取付けられているが.右寄りの尾根は偵察したが抉り落ちる崖縁の鉄橋に閉ざされ通れず。 今回も蔓絡む藪で柵もあり抜けることはできなかった。それ故.諦め写真中央の尾根の末端を右側の小沢から入り込む。 左側から回り込む形で尾根に乗る。と云うことは改札口から右に折れ中学校方面には行かず.左側の国道を横断して下流側から遡り入山した。 jr甲斐大和駅構内,上り線ホーム端・・JRの隧道と手前の鉄橋は直結している。2010年の師走に上日川峠から日川尾根を下り.重川左岸尾根を末端まで回り込んだ折.甲斐大和駅. 右車窓からの眺め正面は小路沢ノ頭北尾根。下部二俣の中央の尾根から笹子雁ケ腹摺山の下を潜るjr新笹子トンネルの甲斐大和駅側の詰口になる。 小路沢ノ頭北尾根 スズタケの急登から始まる尾根の取付はjr笹子トンネルの西側口からになる。出た所に日川に架かる鉄橋の突っ付きが取付きに。 ポイントとしては目立ち過ぎる隧道の大きな建造物でありながら.付近から人の入り込める余地はなく.回り込み沢沿いからは尾根に取り付ける。 この尾根の地下には3本のトンネルが潜り.jr線(新笹子トンネル)と並行して南側に中央高速道(笹子トンネル)が潜り.笹子峠下を潜っている。 国道20号線甲州街道(新笹子隧道)はこの2本のトンネルの上の部分を重なるよう地下で交差していた。 小路沢ノ頭北尾根末端から登る積りで日川沿いに甲州街道を辿り.初鹿野発電所の対岸で北尾根を詰める予定でいた。 入山まで日毎に地図を見詰めていると距離的にはそれ程変わらぬ.西側の尾根に目が止まるようなった。 鉄橋脇からの取付き.見る毎に鉄橋から登ることに目が離れなくなっていた。幼い子供のようだがここから登りたくなる。 初めて発想した取付きだった。鉄橋まで行けなければ締めたもの。これだけ大きな建造物だ。取付きまでは如何にかなろう。 踏み跡が分からなければ笹藪をドンドン上へ上へと漕ぎ.枝尾根に立ちさえすれば.自ずと道は開かれそうだった。その上巡視路が綴られいないのがよい。 12月01日(wed)晴 jr御徒町始発\1890 4:36=神田5:00=6:15高尾.始発:16=7:12甲斐大和(旧初鹿野駅). jr御徒町駅には何時もより早めにホーム開場前に着く。何んとなくガードの脇壁を覗くと「東北本線34.切通橋ガード」と記してある。 今まで気が付かず山手線と思っていたが線路名から云えば東京駅発の東北本線の駅になる。 中央線も神田までは東北本線.代々木から新宿駅までが山手線になっている。中央線は正確には神田から代々木間.それと新宿駅以西になる。 中央線は1ケ月の違いが日の出を大分遅らせている。小仏トンネル付近で夜明け前の白みを見るようなった。 日の出は層雲に覆われた中だった。それでも西の空は澄んだ蒼みが広がり.今日の好天を約束させている。 北尾根取付き地点 jr笹子トンネル下り線の右脇の小沢から北尾根の左斜面に取付く.7:27中央の堰堤の左手前から支尾根を登る。 北尾根970m地点と1044m峰から北西に延びる枝尾根に挟まれた谷間出合 甲斐大和駅から米沢山 jr甲斐大和7:20一取付き7:45一7:50「国調筆界基準」の杭一8:20北尾根合流一8:30「国調筆界基準」の杭:40 一8:50(1044m地点)一9:50小路沢ノ頭一10:00西群馬幹線209号鉄塔一10:30笹子雁ケ腹摺山:40一11:10展望台 一11:35米沢山.大12:20. アプローチ 甲斐大和駅ホームに1人降りる。前回11月上旬に紅葉を求め.訪れた時のハイカーの賑わいとは泥雲の差。 駅前の広場にはバスもタクシーも乗客を待つ人の姿もなくなり.閑散とした風景になっている。 線路を跨ぐ駅舎前から左に折れ,勝沼側の甲州街道に入る。丁度車で出掛ける運転者に出偶わし.日川に架かる橋の位置を尋ねている。 西に進むと街道沿いに直ぐセブンイレブンがあった。その向かいの白い手摺りのある狭い急坂を下れば大和地区総合局脇にでて.下れば川久保橋。 日川を跨ぐ橋の先が又関所になった。道路を挟む両側の民家の庭先から番犬が3頭.一斉にけたましく吠えだした。 まだ人通りもなく静まり返っている。鎖に繋がれているのを確認するも.恐る恐る息を堪え忍ぶよう最初はゆっくりと速足で駆け抜けた。 日川尾根末端の山々 勝沼尾根と徳並沢ノ頭(右から2つ目のコブ).7:54初鹿野地区の古部・水野田・丸林の集落, 右中央下は送電線笛駒線鉄塔.66KV2回線・・30分程尾根を登り.日川対岸を望む 古部の集落を抜けて徳並沢ノ頭南尾根から甲州高尾山へ馬蹄形に辿っている。2011.03 その折,日川対岸の古部の集落上部から今私が立つ尾根を撮った写真・・北面の小路沢ノ頭北尾根 更に2014.01には古部山とその南西支稜.勝沼尾根をjr甲斐大和から初鹿野発電所.柏尾発電所を経てjr勝沼ぶどう郷に下っている。 尾根取付き 左岸沿いの道を少し辿るとjr笹子トンネル口.鉄橋の見える所にでる。道はそこまでで,先は猛烈なブッシュが尾根脇の窪地を塞いでいる。 手前の小沢さえ近づけず。970m地点と1044m峰から派生する北尾根の2つの支尾根の間.その小沢下の出合で行き止まっていた。 ここがトンネル口まで前進できた最後の地点になる。 トンネルを潜る尾根末端からの取付きは猛烈な藪絡みで到底無理。1つ手前の支尾根から登ることにした。 小さな堰の手前には生きている電線が無造作に2本横切っていた。その左脇に保安林の黄色いブレードがあり.確りした踏み跡が刻まれている。 15分程の登りで枝尾根に乗り,尾根巾が広がるも期待していたスズタケの茂みは全く見られなかった。硬い裸土の楽な登りになる。 樹間を透し足元に初鹿野の家並みが見下ろされ.高度を上げるにつれ,集落の丘陵が広く開けだしている。木々を透しマッチ箱のよう見下ろされた。 そして高度を上げるにつれ.日川本流を挟んだ日川尾根末端の山々が大きな輪郭を描くよう.はっつきりした姿を現わし始めていた。 列車の走る車輪の響きは通勤時間帯に入ったのだろう。暫し轟音を撒き散らだしていた。鉄橋を渡る音響がレールの振動に重なり.轟音を立て駆け抜けた。 それは高度を上げるにつれ.遠のく奏でるような調和した音色に変わっている。下山の時と違い.遠くで聞く響く心地さ。低くなった音色がよい。 明暗の境い点・・尾根にでて陽が昇る 970m地点.本尾根との合流点に乗る.8:23主尾根へ 自然と尾根が狭まった所で.足元に「国調周筆界基準」の杭を見る。この杭は尾根の頭まで時折見られ綴られていた。 取付いてから1時間弱の登り.小路沢ノ頭の北尾根.主尾根と合わさり乗っている。 970m地点で仰ぐと空が広く開け.朝陽が向かいの支尾根を越え.山陰から登り付いた私の足元にも照り付けた。 発光する光のよう点が雑木を透し放され.その陽光が広がり照り付ける。日陰の尾根から一気に陽溜りの尾根に変わった。 風はなく眩しい明るさになる。木洩れ日のゆったりした陽差しが尾根筋に留まっている。 枝尾根に乗ると何とも言えぬ朝方の温もりと長閑な陽差しをも受けていた。 全く熊笹のない冬木の尾根筋.8:25日川尾根末端 対岸の日川尾根末端の山々が同じ高さに競り上がると対岸の山の起伏がよく分かるようなった。 徳並山に大志戸山.古部山と特徴ある山容を現わした。日川尾根末端の山々が望められる。あの山並みは何時頃登ることになるのだろうか? その奥に構え大菩薩漣嶺へと連なるのが日川尾根. 上日川峠から源次郎岳を経て恩若ノ峰南西尾根に至る尾根は既に歩んでいる。2010.05. 嵯峨塩から日川尾根を南下して徳並沢ノ頭より西方へ折れ.勝沼尾根を末端まで下るのも,ここから見る限りよい山歩きになりそうだ。 立派な笹子雁ケ腹摺山と小路沢ノ頭北尾根 950m付近から.8:34過ってこの北尾根は笹藪を漕ぎ.四っん這いで登ったと聞いている。何年前のことだろうか? 殆どと云ってよいほどスズタケの群生は見られなくなっている。歩き易い踏み跡が頂線近くまで続くことになる。 970m地点を直角に折れると更に明るさを増した冬木の尾根になった。小枝の跳ね返しが酷く.両手で顔を庇い漕ぐようになる。 それは以外と長く1066m付近まで続いていた。まだまだ歩む人は少ないようだ。 初めて入る山懐は好奇心に溢れていた。その上初冬の柔らかな陽差しがよい。意気揚々と裸木の乱れる尾根を辿る。 笹子雁ケ腹摺山北尾根 8:35左後方の米沢山北尾根中腹に立つ207号鉄塔.奥が滝子山.8:37 左遠方はハマイバ丸 1044m峰には数本の檜が塊りが林を創っている。そこで今度は真南に足先を変えると距離が捗る緩やかな尾根筋に変わっていた。 伐採地には古いワイヤーロープが立木に幾重にも絡め.架線の基部を造りそのまま伐採地に放置されていた。 ここから望む送電線鉄塔は思いの外大きく巨大化して眺められていた。 右手は檜の植林帯だが左側は雑木林の林相を創り.やや垣間見る眺望に恵まれる。 時折樹間を透し,遠望される2つの大きなコブは米沢山北尾根と笹子御殿北尾根のコブ。 尾根を連ね山々がそれぞれに棚小屋沢へ支尾根(北尾根)を落とし.大き過ぎる巨大鉄塔はそれぞれの中間尾根を独占するよう聳えていた。 小路沢左岸尾根.(jr鉄塔尾根) 右前方の笹子峠の西面の山々.9:11右前方の小路沢ノ頭北尾根1050m付近より.笹子峠越えの御坂山地・・笹子沢川対岸のカセノキピラノ頭.京戸山.二本松山と続く。 手前が小路沢左岸尾根で.通称jr大-勝線の鉄塔尾根。 小路沢ノ頭が近ずき露岩が現れだす.9:37甲府盆地の東方・塩山盆地 小路沢ノ頭手前より塩山盆地を振り返る.9:52笛吹川.重川と日川の出合を迎える塩山盆地・・勝沼と日川尾根西側末端 手前が小路沢左岸尾根末端と裾野に広がる日川大和町 左側の尾根が京戸山からの北尾根で.側から挟むよう落ちるのは徳並山からの勝沼尾根。右上の窪みに菱山深沢林道がある。 勝沼尾根に重なるよう深沢川に隔てられ並行する尾根は大滝山から甲州高尾山へ綴る尾根。 ・・右肩上が直ぐ甲州高尾山。2011.03 その奥が勝沼の果樹園地帯になる。遠方は八ケ岳連峰.右奥が奥秩父金峰山. 朝日岳は切れ目部分に当たる。 左端奥の小さな起伏が茅ケ岳と金ケ岳だろう。 見え出した小路沢ノ頭 頭から右へ下れば笹子峠へ.9:53熊か.猪か? 小路沢ノ頭手前のコルの岩混ざりの笹藪帯.無風で枝木も揺れぬ静かな小路沢側の肩で,ガサガサと笹がざわめきだした。 登っている目先を向けると一塊の笹が揺れ動いている。咄嗟に獣と分かった。狐.狸などの中動物ではない。 普通よりやや高い声で私は自分の存在を知らせるよう「誰だ!」.「誰だ!」と3度言葉を吐く。 すると聞こえたのか揺れる笹藪の塊は一瞬動きを止め.音も殺された。獣はその中でジッと動かず留まっている。 黒か茶か.褐色の大きな尻が臨める。熊か.猪かが今度は隣の茂みに移り笹藪を揺らした。 笛を取りだし軽く長く吹くと更にゆっくり下の笹塊に移動した。離れると思い大きく呼吸し笛を命一杯吹く。 ざわめきは流れ落ちるよう谷へ下りて行く。獣の全体像は分からなかったが大きな尻は大人のツキノワグマのようだった。 昔北海道日高や東北那須山で熊と出偶わしている。日高では遠いい谷の動きとして親を追う小熊を見下ろしていた。 那須では同じ目線の尾根筋で鉢合わせした。その時は熊が谷へ横切っても暫く動けず.同期大川と塊り動けずにいたことを想いだした。 今日はやや斜め下の谷間を下る姿を見下ろしていた。 その違いかはっきり熊と分からなかったせいか.気を落ち付け見詰められていた。 昨年はやはり大菩薩嶺北尾根.初めて況して2度も私より二回りありそうな大きな猪に出遇わしていた。 大きな獣は如何にしても恐ろしい。 縦走路 1066m地点を過ぎ.暫くすると急登になり.露岩混ざりになる。もう小路沢ノ頭も見えだしていた。 頭からの眺望は見えるようで見えずして頂の登山道にでている。右に折れれば笹子峠へ.先は大菩薩連嶺を終え御坂山地へと結ばれている。 展望を求め休まず.左手の笹子雁ケ腹摺山へと向い.巨大鉄塔の基板から主尾根へ歩む。 富士と御坂山塊 御坂山と1591m峰.10:32左端.御坂線併用7号鉄塔・・大沢山からの富嶽の眺望 富嶽一二景 入山時,甲斐大和駅構内で「大月市秀麗富嶽一二景」のパンプレットを頂いた。4番山頂として滝子山と共に笹子雁ケ腹摺山が載せられている。 ここからはのびやかな裾野に映し出す広大な眺望は得られぬが.何処から見ても富士の秀麗さは変わらなかった。 誰もが何処でも富士と分かる優美な姿を抱いている。冠雪は4合目近くまで落ちていた。 パンプレットを綴っていると2番山頂.牛奥ノ雁ケ腹摺山と小金沢山. 5番目の山頂は奈良倉山. 7番山頂.百蔵山とあり, 若い時は高峰を目指し見向きもしなかった山々だが.この2.3年はよく見るだけではなく.東京近郊の山々として登り始めていた。 笹子峠南部の御坂の山々 笹子川南岸の山並.10:00鉄塔脇より左端が富士山. 三ッ峠山と御坂黒岳へ ボッコノ頭.大洞山.カヤノキビラノ頭.中尾根ノ頭.右奥が笹子峠 笹子川南岸.御坂山塊北部の山々 ![]() 西群馬幹線鉄塔基部から笹子川を隔て.鶴ケ鳥屋山と本社ケ丸. 基部内に富士を見る 鉄塔基部で 209号送電線鉄塔の大きな鉄柱の基部に立つ。北から南へ一直線に西群馬幹線が走り.縦走路と直角に交わっていた。 北側は樹林に被われ展望が閉ざされているのが残念だが南面は素晴らしい眺望に恵まれていた。初めて眺める山々が私を呼んでいる。 殆ど否や.漠然とした山名しか知らなかった山々が私の周りを囲んでいた。山並みを見詰め.尾根筋を綴っていると1人楽しめるようなる。 送電線210号.211号.212号鉄塔 210号鉄塔と中尾根211号鉄塔間は新田川.旧甲州街道幹線は笹子川を跨ぎ中尾根ノ頭中尾根と霞む奥の大沢山南東尾根を越え東山梨変電所に中継されている, 東山梨変電所には本線以外にも分岐した葛野川線.御坂線.都留線と幾つもの送電線幹線が集められていた。 ここで超高圧500KVの電圧を154KVに降圧された送電線が山梨県全域に送電されている。 西群馬幹線はこの変電所を経て更に本社ケ丸を越え.奥の三ッ峠から甲相尾根を跨ぎ.西丹沢の新富士変電所が終盤地点になる。 お坊山 陽溜りの笹子雁ケ腹摺山より.10:32左に頂から東へ延びる新田川左岸尾根が笹子へ下っている 主尾根 「208号.207号に至る」とL字鋼の標柱のある巡視路は登山道をも兼ねていた。東電の黒い強化プラスチックの階段などが付けられていた。 昼近くなり陽気も好く.鉄塔基部の周りは霞みだしていた。 昨日.病院で弱い白内障と初めて告げられ.様子を見るよう言われ困惑している。霞みが重なっていなければよいが。 笹子雁ケ腹摺山 大菩薩周辺には雁ケ腹摺山.牛奥ノ雁ケ腹摺山,笹子雁ケ腹摺山と同名の山が3つ付けられている。 その名のとうり渡り鳥の雁がすれすれに山越えをしたと云う由来だろうか? 近くにはそれぞれ大きな峠がある。 高校時代に同級生4人で膝のラッセルを漕ぎ.牛奥ノ雁ケ腹摺山を越えている。今回は冬枯れの笹子雁ケ腹摺山に独り立つ。 静かすぎる頂に乾き縮む落葉は枯葉を踏むとカサカサ響く。腰を降ろし1本取った。そして仰げば空は蒼く広がっている。 近頃は出掛ける都度晴天に恵まれていた。 南北に細長い山頂の北寄りに「笹子雁ケ腹摺山.山梨百名山」の山名標が立ち.脇に小さな道標が立木に掛けられていた。 今日初めて見る道標を前に私は柔らかい冬の陽溜りの中にいた。 この山名は笹子川では笹子雁ケ腹摺山と称し.田野側では御殿と呼ばれている。 過っては山で人工的な造形物に出偶わすと見嫌う感情を覚えていた。 それが再び東京近郊の藪山に登るようなると何処に送電されるか.今は鉄塔に好奇心を注ぐようなっている。 この頂の北尾根にも西群馬幹線の鉄塔があり.入山から見詰めつつ登ってきたのが207号鉄塔。 笹子から登ってきた単独行者と出逢う。彼は富士山をもっと近くで見たいと問う。私は河口湖を隔てて望む御坂山を薦めていた。 足元に河口湖が横たわり.富士の雄姿が視線一杯にアップで望める迫力は素敵だった。そこだけの格別なのものがあると今でも思っている。 頷く彼。後から登ってきた単独者とは会釈して擦れ違っている。尾根沿いは笹原が目立ち始めていた。 笹子川北面の稜 ![]() 笹子雁ケ腹摺山から北側に回り込んでの展望.10:49 1つコブ(1260m圏峰)を越えると2つのコブの先に米沢山北尾根が延び.右側には幾つもの尾根が山襞を重ね合わせ描かれている。 トクモリ南尾根の奥に重なるお坊山東峰南尾根. その後にお坊山南東尾根が重なるようある。 左奥は大菩薩嶺への稜. 右奥が前道志.中央線南部の山々で更に奥が丹沢山塊へと続く。 米沢山までの背稜の間にはこの下に朝方登りだした取付きのJRの鉄橋.トンネルを含め,3つの幹線トンネルが潜っている。 そして左手の日川の谷間には先程の送電線幹線が並行するかのよう綴り.支尾根を幾つも架けていた。 艶やかな黄葉に装われている山々は枯葉に変わり.今は冬枯れの山道を踏んでいる。 小路沢ノ頭から米沢山を越え大鹿峠への分岐まで登山道に導かれている。雑木林と枯葉に満たされた小道.居心地よい尾根道が続く。 南西へ向かう飛行機雲 振り返り笹子御殿の大きな頂を越え.11:07北側に延びる平坦な尾根を行く。直ぐ「道の駅甲斐大和」方面に下る北尾根の巡視路が現れた。米沢山は右手の道標に従っている。 鞍部まで緑の笹原が一面に広がり.久し振りホッとすると同時その広い茂みに驚かさせられていた。右山腹の急斜面を下る。 足元が笑うがゆったりした窪地を被う笹葉の緑が美しい。夏には藪笹で悩まさせられるが色の乏しい季節ならではのよさがある。 鞍部に下ってからは小さなコブを3つ越える尾根を行く。1250m圏コブを過ぎると右手に絡む手前に道標があり.南面に展望台があった。 ガラ場に突き出した1240m圏コブで笹子川の源流を望むことができ.素晴らしい展望台になっている。 笹子川の深い谷間を覗き込むと並行するよう足元に甲州街道が走り.疎らに広がる集落の絶景を見下ろしている。 後にお坊山南東尾根からその集落の1つに降りていた。まだ昼頃だが谷間は山陰になり陽は閉ざされだしていた。逆光の陽が落ち始めていた。 急な登下降が続き.根這う山道は落葉に埋められ.熊笹と岩混ざりの急斜面の下りでは幾つものトラロープが設けられている。 コブに登る都度.空は広がり笹葉の茂りが目立つす。すると勢いを増した笹原が私を緑の原に変え囲んでいた。 笹に覆われた米沢山 笹子御殿から来た山径と左がお坊山への登山道.11:40膝ほどの背丈に笹は伸び.ここから尾根はやや痩せ気味の露岩した尾根になる。 カラフルな落葉径とは異なる大地.又別の意味で里からも離れ.奥山の笹原にも興味が示されていた。 米沢山(よげさわ) 国中と郡内の国境尾根.笹藪の径を綴り詰めれば米沢山1357mの頂に立つ。 笹子川では米沢(滝ノ沢)のツメに当たり米沢山と称す。矢平峰は田野の称で.頂は雑木の疎林で木洩れ日が暖かい。 左手の北西側には棚小屋沢が深く谷間に落とし.見下ろす先にjr甲斐大和駅から続く日川上流側の集落が幾つも見下ろされた。 集落は暖かい陽射しに照らされている。頂を越え真っ直ぐ進めば米沢山北尾根を下り.そのまま集落に下りられる。 この巡視路からは最短距離で初鹿野へ下りられた。又頂からここを左手に分け.折れれば急坂の笹原を下り返してトクモリにでる。 「ヨケ」とは悪場や崩れを云い.異称山名としてはヤタイロ.ヤダイロ.矢平峰. 蒼空が広がる頂 11:40西側は疎らに灌木が被う 今回一番の笹藪帯を抜けると雑木の疎林に覆われた米沢山の頂に立つ。 小広い台地状の頂は中心だけに疎らな裸林が立ち.周りは広く笹で被われていた。夏場は樹林の茂りに囲まれ.思いの外.狭い頂だろう。 予想よりやや早く頂に立った。頂の奥肩に空の広く望める所があり昼食を摂ることにした。 昼食 尻の座り心地のよい這う根を探し腰を降ろす。乾いた大地にザックから食料を全部吐出しての炊事が始まった。 ザックの脇にはバナナにリンゴ.蜜柑に行動中の菓子類が漠然と並ぶ。リンゴは昨夜.福島の果樹園から送って頂いた大きなリンゴ。 甘菓子に小豆.チョコとちょっと2人分か? 少し持ち過ぎの感があり。 大きな食器に湯を沸かし.今回は味噌味の野菜雑炊にした。具は多く卵に餅もある。ただ思いの外.大失態をやらかした。 料理の手順を間違える。全部に火を通し.最後に出汁入り味噌を加えたのが悪かった。 最初に加えた米や野菜に味が付かず.淡泊過ぎる雑炊ができてしまっている。 美味いのはスープのみ。調味料の手順どころではなかった。今回は箸だけでなく.スプーンも持参したが少し残念さが残された。 jr隧道右脇から小路沢ノ頭北尾根を詰め笹子雁ケ腹摺山・・熊か? 米沢山からお坊山東峰南東尾根・公団笹子線4号鉄塔尾根 |