背に御坂山地を隔て.jr笹子駅の北面に横たわる大菩薩連嶺 ・・笹子御殿からお坊山南東尾根を綴り4号鉄塔の枝尾根を経て笹子川.吉久保
      笹子雁ケ腹摺山・米沢山から伐採地の展望を楽しみ.枯葉の積もるお坊山東峰南東尾根から怒涛の落葉崩しの4号鉄塔尾根

    jr隧道右脇から小路沢ノ頭北尾根を詰め笹子雁ケ腹摺山
    米沢山からお坊山南東尾根と公団笹子線4号鉄塔尾根・・怒涛の枯葉落しと山火事跡地

    振り返る笹子雁ケ腹摺山
   米沢山(矢平山)から南方を望む.11:37

     手前から笹子雁ケ腹摺山と右肩奥が小路沢ノ頭
   背が笹子峠越え御坂の山. 大洞山と笹子雁ケ腹摺山の頭を越えカヤノキピタノ頭とヤナギ平.左上がボッコノ頭.左奥は黒駒釈迦ケ岳。

    改めて望むこれから綴る笹子川北岸の稜
   10:49

         笹子川左岸尾根・・お坊山・東峰南東尾根
     11:35米沢山.大12:20一12:45トクモリ一13:00お坊山一13:15お坊山東峰:25一13:55棚洞山14:00一14:30入道山
     一14:45南4号鉄塔尾根赤杭一15:00公団笹子線4号鉄塔一15:20中央道.大月27ガード一R20甲州街道.笹子電話交換局一15:44jr笹子駅.

     お坊山へは米沢山の山頂直下の笹原の入り口から右にほぼ直角に折れる。丘のような展望の笹原を抜けて.次の小コブを越えるとトクモリにでた。
   又頂を真っ直ぐ横切れば米沢山北尾根に入り.西群馬幹線207号基部を経て.鉄塔巡視路から米沢沢に下りjr甲斐大和駅へ下りられる。

    お坊山東峰とトクモリ
   米沢山から.11:41

     食後初めての1本だが鞍部からトクモリの登りで既にバテている。足が急に重くなる。意識して足を上げれば大股で足はでるものの
   喘ぎも中途半端な動き。惰性だけの登りは力が尽きそうだった。緊張感が丸でなく長く休み過ぎた感がある。
   昔は単独行となると緊張し.気の引き締まる思いをしたものだが.今は全く失われていた。

     ぎりぎりの厳しい山行とも異なり.下るルートは幾つもコースは考えられる。その甘い考えが悪いのか? 勿論途中下山する気持はないが。
   ただ山に入る前の下調べを終えると.山を終えてしまった気持を持ち.緊張感が最近丸っきりなくなっている。

     行くところの資料がなく調べる内,面白さが過剰になると兎も角.何もかも調べたくなる。それが往けないようだ。調べ過ぎると山は面白くない。
   書籍なりPHで前知識を多く持ち過ぎると先への冒険心が薄れ.好奇心もなくなり.惰性で綴るだけの山行になる。すると山での面白みが失われる。

    日川上流流域の西群馬幹線の鉄塔群
   北側の崩壊地より.12:23

    眺望
     左奥に霞むのは奥秩父甲武信ケ岳と破風山. 中央奥は唐松尾山. その手前右上がりで鶏冠山.更に頂点が大菩薩嶺。
   左手前の集落が竜門地区. 上の山腹を横断するのが嵯峨塩深沢林道. 奥が牛奥で右巻きに日川が遡っている。

     牛奥を抱くよう包む山並が日川尾根からの源次郎岳。左に折れ岳を登り返すと恩若ノ峯の稜へでる。2010.05
   左中央が古部山で山腹に大志戸林道が横切っている。2011.03 手前は大鹿峠から田野へ下る笛駒線鉄塔尾根。2012.06 

    送電鉄塔群
     日川左岸沿いの南大菩薩連嶺の西裾の各支尾根に建つのは西群馬幹線の鉄塔群
   手前から大谷ケ丸西尾根に建つ205号鉄塔. 大谷ケ丸西別尾根に建つ204号鉄塔
   203号鉄塔.紅白の202号鉄塔.201号鉄塔は大蔵高丸南西尾根の上に建てられている。2011.10

     200号鉄塔は日川を渡り対岸の日川尾根東裾になり.横断して奥秩父西面へと北上していた。
   ・・反対の北面(大蔵高丸南西尾根)から望んだ209〜203号鉄塔群
   右奥に目立つ紅白の鉄塔が202号鉄塔・・201号鉄塔は日川対岸.日川尾根へ.2010.05.

     手前の小さな鉄塔群は初鹿野から綴られた送電線笛駒線で.右陰の大鹿峠を越え.南大菩薩連嶺を笹子川へ降りている。
   この先は分岐から北東に巻き込み.南東へ派生している尾根にも鉄塔群が認め

    日川下流流域
   お坊山手前より日川下流を望む.12:58

    眺望
     手前が米沢山北尾根でコブの間が207号鉄塔. 重なる先が笹子雁ケ腹摺山北尾根. 笹子沢川を隔てているのは御坂山地の京戸山。
   右中が日川尾根末端の徳並沢ノ頭から折れて続く勝沼尾根。裏側に重なるのが甲州高尾山から柏尾山へ下る尾根。
   880m圏コブから裏側の北西に延びる藪尾根からjr勝沼ぶどう郷へ下山している。2011.03

     霞む尾根正面に横たわるのが源次郎岳から続く恩若峰南西尾根.2010.05 重なる幾つもの尾根は奥秩父から延びている南尾根。
   右上から下る尾根は奥秩父奥千丈ケ岳から南に延びる尾根で乗っている遠望は八ケ岳連峰。
   左手遠方が南アルプス連山.白い北岳.鳳凰山と重なる千丈岳.甲斐駒ケ岳と北部の山並が広がり.麓には広大な塩山盆地から広がる甲府盆地がある。

    八ケ岳と偽八から塩山盆地
   アップ・・笛吹川と日川合流流域.11:39

     正面の山並みは奥秩父連峰から南に延びる笛吹川右岸尾根。右手前が勝沼尾根。山腹を綴るマッチ棒のような鉄塔群は笛駒線。
   奥は宮宕山から延び甲州高尾山を経て.柏尾山から末端の日川.柏尾に至る尾根。
   左から延びる尾根は手前が米沢山北尾根.笹子沢を隔てた先が日陰雁ケ腹摺山からの尾根が延びている。

    甲府盆地
   更にアップ・・盆地に流れる日川下流流域.11:39

     左側は御坂山地の北面に当たり.右側は大菩薩山塊の南面に当る。抜けた所が甲府盆地.勝沼地区。
   河川沿いをの街並は手前の上流側から渡瀬地区.中央が共和地区.先が柏尾地区。

     日川の右岸沿いに走るのが中央高速道,左岸沿いはR20号線.甲州街道になる。
   jr中央東線は更に右の山腹を潜り.一度渡瀬で顔をだし新深沢トンネル.新大日影トンネルと潜り.甲府盆地に出た所に勝沼ぶどう郷駅がある。

     短い登りで助かった。バテることなく1412mトクモリに立つ。昔から名のある頂だが山名標らしき印は周りを探すも見当たらなかった。
   丸山の高台のようなトクモリの頂から下る周りを見渡すも.笹子トンネル口付近に落ちる筈のトクモリ南尾根の取付きは分からなかった。
   赤布やテープのマーキングを探すも分からない。尾根を少し下って横腹から望むと平均的に斜面は落ち.部分的に小さな起伏が認められた。

     田野方面から仰ぐこの山稜は.高く堂々としてをりトクモリと呼ばれている。又お坊山はこの周辺の頂のの称でもある。
   山稜は四峰からなり.加藤秀夫氏によれば田野側から見える三峰「現在呼ばれているお坊山と両側の峰)をトクモリ
   笹子川から最も高く見える東峰をお坊山と区別するべきだと色々な説がある。

    トクモリ
     トクモリとは山梨周辺で残る数少ない古代語。この辺では他に権現山西の三ッ森や滝子山の別名.ミツモリがある。2011.01.
   お坊山周辺の三山を総称でトクモリと言われていた。昔は1412m峰をトクモリと呼び.お坊山は現在の東峰の名称だった。
   元々は1412mと1400m圏峰(現在のお坊山)をトクモリと呼んでいた。

     現在は山なのにモリでは可笑しいと1420m(現東峰)をお坊山の主役に譲り.1412mが旧来の名称と同じトクモリになっている。
   1412m峰の別名は門井沢ノ頭.ヨネ沢ノ頭.お坊山西峰. 1430mはトクモリ→お坊山.1421mはお坊山→東峰になる。

     国土地理院地形図では周辺の山を含めて山名の記述はされていない。
   笹子雁ケ腹摺山のみで.昔私の学生時代の地形図にはこの山も記載されていなかった。

    素朴な名のお坊山.1430m
     背は大谷ケ丸方面.13:00

    お坊山
     トクモリより少し登り返した後.最高点の立木に掛かる山名標に「お坊山」とある頂に立つ。
   トクモリの幅広い尾根上の頂に比べるとやや狭く.灌木類の迫った感じの頂だった。山の概念しか判らぬがこちらの方が枝越の眺望はよい。

     大菩薩周辺には同名の山が多くある。牛寝通り.松姫峠の東にある奈良倉山は優しい山容と山名の響きに相応しい「お坊さん」の山だった。
   七保側の人々からは「御坊主山」(おぼうさん)とも云われていた。
   昨年秋この東尾根を登り.佐野と笹子と2つの「お坊山」があることを知る。

    笹子沢西岸の山並・・御坂山地西南部
   お坊山から南アルプス遠望.13:00
    手前米沢山と左笹子雁ケ腹摺山. 中央がカヤンキビヤノ頭からの京戸山と2本木山. 雲に隠れそうな赤石岳から甲斐駒ケ岳

     お坊山に登り切って振り返ると笹子雁ケ腹摺山の頂からの眺めた風景と全く同じ同方向に眺められていた。
   後から撮った写真を見ると方角が殆ど同じだったことを示している。ここから望むに甲斐駒の新雪は認められず。山陰に隠れているのだろう。
   周囲の方が雪白さは多いように思えた。仙丈は鳳凰に隠れて分からないが左隣りの北岳を見れば真っ白の姿の筈だろう。

     白峰三山と広河内岳はここからでも眩い白さが放されている。
   南側へ少し離れた塩見岳・赤石岳方面は独立峰の如く顕著に雪白き峰を遠望された。荒川三山は半ば前衛の山々に隠れている。

    お坊山東南尾根の径
   お坊山から三方境.大鹿峠への分岐の尾根径.13:03

    湯ノ沢峠から南下した南大菩薩連嶺末端への稜
   大鹿峠への分岐より.13:09

     大鹿峠への分岐から大鹿川沿いが開かれ,南大菩薩連嶺の山々が姿を現した。左端の鉄塔は大蔵高丸南西尾根上の西群馬幹線202号鉄塔.
   ハマイバ丸から続く稜中央が大谷ケ丸.コンドウ丸の頭が重なるよう望められ.鞍部から一段と高く聳える三角錐が滝子山。
   滝子山から右が南尾根.写真正面に折立尾根が下りている。

     笹子川沿いからは列車の車窓から右端の滝子山が独立峰の如き望まれる。
   私にとっては湯ノ沢峠から南は未知の領域だった。大蔵高丸が草原状だと聞き訪れたくなる。

                              棚洞山
    
    お坊山東峰.13:16                  東峰より鶴ケ鳥屋山方面.13:20

     ヤスモリからお坊山,大鹿峠への分岐.お坊山東峰までは近い。南面の明るい陽射しに恵まれた東峰にでている。
   冬木の枝々を透し薄い陽差しが枯葉に照り付け.明るさが心を和ます。そして休めばやはり肌寒い。古い朽ちるベンチで1本取った。
   東峰は頂とは思えぬ台地状の平頂で.その真中には裸木で囲まれた以外と広い空間が天に広がるよう空地を創っている。

     ここには真新しい立派な山名標が立てられていた。静かな尾根径の末端の頂に独りただずんだ。
   笹子御殿で出会ったハイカー2人も同じ気持ちで入山しているのだろう? 他人に干渉されず自分の我儘に合わせ山と遊んでいる。

    お坊山東南尾根
     お坊山東峰からの南東尾根は棚洞山.入道山を擁し,笹子川と大鹿川出合に没している。
   尾根の南面は全て赤松帯で.北側は雑木。ここから幅広い斜面を持つ深い落葉に埋もれる尾根道が綴られていた。

     歩き始めたツメは幅広く,よく見定めねば分からぬジグザグ径が横切るが落葉に埋まり分かりずらい。ここは急な
   下りではあるが直進するに限る。落葉に足元が埋まり.枯葉蹴る贅沢な落葉道。時折立木を掴んでスピードを凝らし下る踏み跡になる。

     真っ直ぐ下ると暫くは落葉崩しを起こし続けていた。
   ザワザワと足元から崩れる落葉. 尾根幅が更に広がりをだすも,迷う尾根ではなさそうだ。
   笹子川北側を綴る尾根.南面に沿い谷間が広がり灌木林が薄いせいか.やや右手の方が明く.時折尾根筋に恩賜石標を見る。

    鶴ケ鳥屋山北尾根
   お坊山東峰より笹子川を隔て.14:07
    尾根に乗る28号鉄塔と左奥が高川山

    陽溜りの東峰南東尾根のツメ斜面
   深い落葉の絨毯と贅沢な陽溜り.13:33

     深い落葉尾根と聞くと昨年4月に裏妙義で.大遠見峠から女道を下った時の落葉道を想いだす。
   靴が完全に潜る落葉深いの尾根だった。そこは尾根の緩やかに弛んだ窪みの中に登山道が綴られ歩んでいる。
   今回は到る所で深い落葉の落とし穴に被われていた。明るい大地だが分からぬ長い踏み跡が続いている。

    一時.明るい痩せ尾根を下る
   左が滝子山南稜.13:47

     笹子川を右に意識して下ると自然と痩せ尾根に導かれた。岩ゴロの小さなコブを越す。
   鞍部にでると左後方からの道と合わさり.最初は確りした小道で林道と思っていたが巻き道のようだ。

     南東尾根は南側は赤松林が続き.北側は雑木が残されている。
   ここでも落葉が多く.何となく踏み跡らしき道が途切れ続いていた。急斜面の頂を避け.巻く道が再び左前方から現れた。

    見上げる棚洞山
   廃道化し駆逐した登山道跡が伺える.13:48

    真新しい道標
     1201m.三角点標石のある棚洞山.ここも真新しい立派な道標が立てられていた。東峰と云い難路としては可笑し過ぎるほど手が入れられている。
   昔はこの尾根上には立派な登山道が開かれていた筈で.要所.要所に古く形だけの崩れ掛かったベンチが残されている。

     新たに登山道として再開されるのだろうか? 道標は山名しか記されていず。コース的な印は示されていなかった。
   この尾根は滑って怪我をする危険は少ないが下る場合迷い紛らわしいコースになる。先で北側の枝尾根に逃れば大鹿林道に下りられた。

     落葉の重なり合う深みが多く.地形的にも留まる枯葉が多く残されている。
   広い尾根幅と扇状の分岐.遠望は余り望めない。ポイントとしては3.4ケ所だが.踏み跡は枯葉に埋まってしまっているだろう。

     30分程.落葉被う下り坂を歩む。落葉の下には硬い小石が詰る地表にでた。その上の落葉は乗ると滑ることこの上もない。
   ファファした柔らかい感触は得られず.叩くと硬い靴音が返ってくる。ここは風がでれば枯葉も吹き飛ばされるような所だった。

     落葉が薄くなるも地肌は見定められず。東峰を下り始めた時.霜柱を見ている。まだ氷付いているのだろうか?
   定かではないが落葉被る滑り易い尾根になってきた。ただ登山靴の底.ビブラムはツルツルで張り替える時期を迎えていた。

    笹子沢川右岸南面の山々
   左岸入道山南面の山火事跡地.14:30

    入道山
     入道山にでる。後1時間強のルート.山頂の南斜面には今も山火事の跡の凄さを無残に示していた。
   2005年12月17日に発生した火災から5年経ち.枯れた立木を含め.広い範囲で今も落莫とした爪痕を残している。
   まだ墨残る立木群に枝木も付けられず.枯れ立ちの間々の姿のドグドグしい立木を現わしていた。

     目には見えぬが大鹿川沿いの谷間から林道工事の機械音らしき音が響いてきた。大鹿林道の工事現場か?
   里が近ずいてきた。ここ南東尾根は南風が吹く場合.常に中央高速道の車のスパイク音を聞くようになる。

   気にせねば済む筈が時には単調な下りとなると聞き.耳触りになる。中央道が尾根の山腹沿いを走り.それだけがこの尾根の欠点になっていた。

    原の大きな集落
   見下ろす笹子川沿いの吉久保地区.14:31

    4号鉄塔尾根
     ここまで順調に下ってきた。落葉被う尾根筋がずっと続いている。
   入道山992mを200m程過ぎ.950m地点が北尾根と東尾根.東南尾根との合流地点にでる。
   先が二重山稜の如く広がりを見せ.判りずらい地点で地図と磁石をだしている。今回の下りでは4回目だった。

     何処をどう間違えたのか私が見た限り.下るルートは東南を指していた。それが間違いの元だった。
   北側に入りがちになり右側の主尾根を下るところ,正統派の主尾根を下っているにも拘らず.重ねて南東方向に入ってしまっている。
   主尾根のルートは740m地点から南面をジグザグに切り.末端の「桜公園」から吉久保の原集落へ下る予定でいた。

    入道山の東隣りの公団4号鉄塔尾根を下る
    
    横切る送電線.14:52                         下から見上げる道路公団笹子線4号鉄塔.14:59

     北側のすみ沢ママゴノ沢出合に落ちる北尾根を確認せず,先を見て2つに分かれる尾根があり.下るべき尾根が判らず磁石を出している。
   もうここまで来れば正統派ルートを下るより.直接里へ下った方が私には合っているのかも。

     立木を支えに探し探し掴みながら下る。踏み跡らしきものもなくなった。下る尾根の正面斜面には溝状に窪みだしている。
   赤杭を見付け1本取った。杭があると云うことは何かがある。

     注意深く周りと云うより下流を見渡し.人工的なものを探しだす。右手に足元から確りした小尾根が起きだしてもいた。
   見下ろす先に樹冠から飛び出すよう鉄塔の穂先が望まれる。それほどの急斜面.道路公団笹子線の送電線鉄塔のようだ。

   尾根と谷に向く「4号.3号に至る」の白い標柱.15:01
    巡視路は落葉で埋まり.容易に見定められず

     鉄塔があれば巡視路がある。一気に枯葉に埋まる巡視路の4号鉄塔尾根を下る。一番心配なのは最後のガレ場だった。
   約束どうり「4号と3号に至る」の白杭標柱を見付けている。中央高速道が足元を横切り.西側が入道沢.道標は反対側の東の唐沢を指していた。

     ここで巡視路沿いに谷間へ下りたいものの.深い落葉に山靴がスッポリと潜り込み.コースの先が定められず。
   巡視路はその役目を果たしていなかった。落葉が余りにも深く.そのまま4号鉄塔尾根をの窪地を下ることにした。

    4号鉄塔尾根末端と整備された中央道のガレ場
   笹子川と甲州街道.jr中央東線.15:04

     甲州街道のカーブ地点が吉久保口バス停.
   左脇下は整備された大ガレ場. 笹子川の河原沿いにはjr中央本線に街道.見えぬ足元には中央高速道が横切っている。

     尾根末端の足元.200m直下には高速道が横切り走っている。ここはガレ防止の為コンクリートで一角面が固められたガラ場だった。
   鉄塔から80mほど尾根伝いに下り.中央高速道の大崖場の上にでる。足元には車が何台も唸りを上げ往来は激しい。

   中央道大月27ガード

     大きく柵で塞がれていた東側(左)の縁寄りを下っている。ここは先程休んだ時.小尾根を失い溝化した沢の下流に当たっていた。
   突き当りから金網沿いに左側を斜下している。そして中央道脇にでて.雨水を流す谷溝のを坑道を潜る。
   立って潜れる大きさの坑道。小さな排水路がその中に備えられたガードを抜けている。

     潜ってからは少し中央高速道沿いの側道を更に下流へ進み.jr中央東線へ下る右の道路を見付け.中央東線の線路を横切った。
   吉久保の集落の笹子駅寄りの高台.7.8軒が軒を並べる地区を抜けるとその軒下から国道R20.甲州街道が見下ろされた。

    公団の4号鉄塔尾根末端擁壁
   滝子山南稜を下り国道東側から見た4号尾根・・20128.10/
    中央を横切るガードレールは高速道.15:29

     吉久保の集落から見た尾根末端のガレ場
   中央斜め上に微かに白く見えるのが尾根に乗る送電線4号鉄塔. 谷間は入道沢.左側が入道山南尾根
   中段のコンクリートの壁帯びは中央高速道.手前の敷石はjr中央東線

     大月電話交換局の裏側の横道から街道に降りている。右手に中央高速道とjr中央東線が並行して走り.左側は笹子川.
   その間には甲州街道が並行して走り.街道を上流に向かい歩みだす。

     右岸に渡ると笹一酒造前を通る。通年開業とある広場に人影は見られず。広い売店も食堂も開店しているものの,客は1人もいなかった。
   広場には酒遊館「世界平和太鼓」と度気を抜く大きな太鼓が陳列されていた。私独りで酒を呑むにも忍びず.そこを後にした。

   甲州街道より
    朝から綴ってきた笹子川の山々を眺めながら笹子駅に戻る

    jr笹子駅舎
   朝方裏側から登った巨大鉄塔209号が右上に針のよう立つ.15:42

    15:44jr笹子駅\1890 :57=16:10大月:26=17:22立川:27=18:16お茶ノ水.

     48年振りに笹子駅を訪れる。昔国鉄時代に.ここから2度の夜行で三ッ峠山に登っている。昔の面影は周りを探るも何処も見当たらなかった。
   国道から少し離れていた駅舎は憶えていたが何処もが改修され.全く違う忘れられた新駅舎に変わっている。
   駅前広場も.駅としての構造も変わり.ストーブにコークスを足しメザシを焼いた待合室も.記憶の糸口も見付けることはできなかった。

     それから大分経ち国鉄の赤字軽減策として中央本線の合理化が進められ.昭和59年05月に初めて梁川と笹子が無人駅に変わっている。
   無人の駅.駅舎前で女高生が1人電話を掛けていたが.駅構内は人一人もいず。先月の「猿橋」駅と同様.ホームに独り立ち,列車の入線を待つ。

     大月駅ホームでは乗り換えを利用し.ビールを買い求め喉を潤す。
   駅ホームから真近な岩殿山を見上げ.猿橋の車窓からは百蔵山・扇山へと中央東線北側の山々を望み.黄昏の進む岳とも別れた。

    笹子付近の送電線群
     山行中,送電線類は笹子峠や新東山梨変電所が近くにあることもあり,幾つもの送電線が集まり交わっていた。
   jr甲斐大和駅から入山し.登り詰めた小路沢ノ頭北尾根の1つ南側の小路川左岸尾根にはjr大-勝線の送電線鉄塔群を見ている。

     又前半の山中では西群馬幹線を先月の長峰に続き望み.又その鉄塔基部にも立っていた。
   主尾根に入ってからは西群馬幹線と並行して縦走し.お坊山付近北側の伐採地からは幹線の下を潜る笛駒線が大鹿峠を越えるのを見下ろした。
   そして下山にあたっては笛駒線からの分線の道路公団笹子線の鉄塔基部も通り.jr笹子駅にでてい。

    jr大勝線
     日陰沢出合付近で笹子川右岸に渡ったjr大勝線は48号鉄塔からは笹子駅脇の変電所に分線し受電させている。
   そして新田沢左岸尾根末端から対岸に渡った鉄塔尾根は笹子駅からの笹子雁ケ腹摺山への登山道とも兼ねていた。

     尾根からは笹子峠の直ぐ北側を抜け.小路川左岸尾根の鉄塔尾根を下り.大和の日川左岸(南側)沿いに勝沼へ抜けている。
   鉄塔尾根とも呼ばれていた。大月変電所から勝沼変電所間の66KVの送電線.
   2012年03月.jr鉄塔尾根(小路沢左岸尾根)を下山.

    笛駒線
     笛吹―大月.駒橋水力発電所間.鉄塔131基.66KV2回線.
   甲州高尾山から延びる尾根の末端.柏尾山の43号鉄塔を通り.送電線笛駒線は大鹿峠を越え笹子沢川沿いに入り駒橋発電所に送電されている。
   又途中で4つの送電線.大和側道路公団線と道路公団笹子線.jr大月線.深城線に分線させていた。

   翌年10月には南大菩薩嶺を南下し.滝子山折立尾根から笛駒線76号鉄塔の基部に下り公団笹子線を潜っている。
   2012年06月.天狗尾根(笛駒線鉄塔尾根)を下山しjr甲斐大和へ。
   2014年01月.初鹿野発電所から古部山南西支稜を下り.柏尾発電所に下山し勝沼ぶどう郷駅にでている。

     道路公団笹子線は大鹿川沿いの笛駒線号鉄塔から分岐され,中央高速道トンネルの動力源に。又向かいの大和側でも受けている。
   大岩殿山腹にある笛駒線120号鉄塔からは深城線へ分岐し.やはり66KV.2回線の送電線で葛野川ダム上流の発電所と結ばれている。
   120号鉄塔側が送電側で発電所が受電側として.普通とは逆の形の構造になっている。

     笛駒線が平地に下りた121号鉄塔からはjr大月線をjr大月変電所に分線している。電力の不足を補充する関係にあるらしい。
   鉄塔1基のみでjr大月変電所に入線している。

     笛駒線が平地に下りた121号鉄塔からはjr大月線をjr大月変電所に分線している。電力の不足を補充する関係にあるらしい。
   鉄塔1基のみでjr大月変電所に入線している。

     駒橋発電所は今では珍しいレンガ構造物で東京電力初の水力発電所。明治40年完成.
   落合水路橋・・発電用水を送るため3つと4つのアーチが続く煉瓦造り.優雅な水路橋がある。
   jr笹子駅と大月駅の間にあり.中央線の下り列車.左車窓から見上げると一瞬臨められる。付近の甲州街道沿いは美しい桜並木.

     そして東京の早稲田変電所まで長距離送電され.本格化する水力発電方距離送電の草分けになっている。
   排水は14kmに及ぶ導水管(重要文化財)で大野調整池から四方津.八ッ沢発電所を経由していた。
   中央本線の北側の車窓からjr上野原駅から本町に抜けると北側の車窓から望まれた。

    道路公団笹子線
     大鹿川支流のオソ沢中流を横断している送電線笛駒線から受電され.笹子川左岸沿いのお坊山南東尾根の山腹を巻きながら
   17号鉄塔で発電施設と繋げられている。その施設は真下に中央高速道.笹子トンネルに潜る電力源を担っている。
   その公団笹子線4号鉄塔から今回下山した。

    電圧と送電線と鉄塔
     身近な街の電柱から纏めてみると6.6KV(6600KV.契約電力50KW以上)の街に溢れる電柱から始まっている。
   電柱のトランスを通し.100V.200Vの低配電線に変電され.末端の零細工場及び家庭に送電されている。
   3.3KVの電柱も間々あるがそれ以上は鉄塔になる。

     11KV以下は発電所の送電用が多い。22KV.33KVは昔の配電用,変電所への電力配線用が多し。

     66KV(200KW以上)は明治末期.鬼怒川.桂川.酒匂川早川等の水力発電所に多く起用していた。上記の笛駒線が例になる。
   現在は配電用変電所の電力搬送に用いられている。
   JRの場合は154KV系統を受電した給電所(交流変電所)から各運転変電所(電車や駅舎用)の連絡線,

     154KV(2.000KW以上).大正時代の水力発電所の送電に用いられているのが多い。鉄塔25〜60m.電線1〜2回線.2導体
   jr東日本の場合は信濃川送電線(信濃川〜新鶴見)以外は東電の変電所からの連絡線になっている。

     275KV(5.000KW以上」鉄塔40〜80m.2〜6導体.昭和の水力発電所の基本をなしている。
   新幹線の場合は275KV系統の電源用

     500KV.70〜110m.4〜6回線.2〜6導体.昭和20年代の大型水力発電及び30年代の火力発電。又首都圏沿線の電力搬送用に。
   jr東海ではリニア中央新幹線の動力源には膨大な電力の使用が検討され.葛野川発電所のから送電線を含め確保されている。

     1000KV.鉄塔110m以上.8導体.原子力発電の電力搬送に。
   電力の中途半端な数値は超距離を搬送すると電圧が下降するので.送り出し側で1割程度高めに送電している。
   その結果が変則的な値になっている。

   デジタルスチールカメラ.SONY-DSC-HX5V.総素画素数約1060万画素.GPS活用.場所は緯度経度.GPS活用.方位及び遠方目標あり。
     撮影時間.パノラマ機能あり.ただし屋内使用不可.色合いは今までのフジフイルム系から変わり自然系に。@25.000.
     地形図「笹子」・・小路沢ノ頭北尾根〜お坊山東南尾根ルート図

     jr隧道右脇から小路沢ノ頭北尾根を詰め笹子雁ケ腹摺山
     米沢山からお坊山南東尾根と入道山の東.公団笹子線4号鉄塔尾根・・怒涛の枯葉落しと山火事跡地