道志山域.今倉山稜からの北尾根群 ・・道志山塊Top 道志一部と丹沢山塊略図

      2016年11月. 日陰舟北東尾根から岩戸ノ峰―ブドウ岩ノ頭から菜畑山.水喰ノ頭,御座入山長スラ尾根を下降.大旅沢より県道.馬場入口
      2012年12月. ハガケ山大沢右岸尾根から北上し.文台山から尾崎山を越える・・富士急東桂

      2011年07月. 今倉山稜1410m峰の北尾根右支尾根から今倉山北尾根を下り.猿焼山に立つ。「芭蕉待ち湯」から周遊
      2017年06月. 今倉山稜1410m峰の北尾根左支尾根から道志二十六夜山西尾根を下り.引野田から富士急赤坂駅

      2017年04月. 釣場bsから御牧戸山北尾根から大タギレを経て金波美峠―阿夫利山から金剛山北東尾根を経て富岡.奥牧野bs
      2013年03月. 棚ノ入山北尾根から秋山二十六夜山―寺下峠から727m圏コブ北尾根・・jr梁川
      2016年11月. 日陰舟北東尾根から岩戸ノ峰―ブドウ岩ノ頭から菜畑山.水喰ノ頭,御座入山長スラ尾根を下降.大旅沢より県道.馬場入口

       今倉山稜の2つの北支尾根・・1410m峰北尾根と御座入山北尾根

   今倉山稜の1410m峰北尾根右支尾根を詰め.入道P1コブを経て今倉山稜に立ち.今倉山西峰の北尾根から猿焼山へ北上する。
                      城ケ丸西肩からは戸沢川に戻り.「芭蕉月待ちの湯」に漬かる。 2011年07月09日.単独

    1410m峰の北尾根右支尾根から今倉山西峰・・長い林道菅野盛里線を横断
    今倉山西峰北尾根から猿焼山を越え.「芭蕉の湯」

     先月の中頃に河口湖湖畔に没する御坂黒岳を南北に横断している。その折は松浦隆康著「静かない尾根歩き」を参考にさせて頂いた。
   今回偶然にもその前ページに載る道志「今倉山北尾根から二十六夜山」の紀行文を読み.「芭蕉月待ちの湯」を起点とし1410m峰の北尾根を尋ねる。
   「芭蕉月待ちの湯」から1410m峰の北尾根右支尾根を経て今倉山稜に乗り.御座入山北尾根から猿焼山に立ち周回した。

     2008年12月に御正体山に登った折.道坂峠の北側に聳える2つの今倉山西峰と東峰を樹間越えを振り返る形で初めて見上げていた。
   その茂みから見詰められた山容の感想と云えば全く好奇心も湧かず.気の惹き付けられぬ山波とは思えなかった。

     当時は前道志から更に北方の桂川沿いに広がる背稜に初めて入り.道坂峠に立ち山伏峠から山中湖を経て三国峠を繋ぐことばかり考え.
   その余裕がなかったのだろう。それが松浦本を読み.道坂峠から望んだ今倉山の裏側からの山容と思い注ぐようになる。

     「芭蕉月待ちの湯」をベースに今倉山の北面に連なる幾つもの北支尾根を見付けだている。
   そしてその中から2つの北支尾根を結び周回することを思い付く。

    今倉山の北面の尾根と谷
   倉岳山々頂より.2012.03.04/13:29

    4つの北尾根
     今倉山稜を主とする山々の北面には4つの北尾根が戸沢川沿いに延び没している。
   道志峠から今倉山に登り二十六夜山へ下る頂稜には登山道が綴られ.その東側の矢多沢に並行するが如く落ちるのが赤岩の西隣りにある1410m峰北尾根。

     又西沢を挟んだ東沢との間には笹ケ原を頭とする北尾根がダイレクトに落ちている。更なる左隣には今倉山西峰の北尾根が猿焼山へとコブを連ねていた。
   手前の西ケ原ノ台からは南東に支尾根を派生させている。何処も頂稜を含めた付近は.ミズナラ.ブナの巨木林が多く.心豊かなる尾根を創りだしている。

     1410m峰北尾根は矢多沢と西沢とが分水嶺を成し.松山(赤岩)の西方の峰から戸沢へほぼ真北に延びる尾根。
   尾根の中程には管野盛里林道が横切り.又直ぐ横では林道の延伸工事が進められていた。林道の両側から進められているが開通はまだ大分先のようだ。
   戸沢川に没する末端にはツツジ公園があり.向かいには都留市の温泉「芭蕉月待ちの湯」がある。

   ツツジ公園を抜け入山

     この湯館を起点に最短のルートで松山北尾根から御座入山に立ち.大旅沢と戸沢川東沢との分水嶺を成す今倉山北尾根を北側に下り.
   猿焼山西尾根から「芭蕉月待ちの湯」に戻るルート。今倉山北面の2つの尾根を周回する形を取ることにした。

     今日は一日中曇天の予想がでていた。青空が見えれば例年より2周間早い梅雨明けを迎えると。
   その通り午後には層雲が切れ.それどころか雄大積雲が湧き上がる。蒼空が広がりだすと共に雷鳴を轟かさせていた。

     7月9日(sut)曇後晴.後に雷雨
      jr御徒町.始発4:36=神田4:41=5:43豊田.大月行:48=6:38富士急大月¥370. :53
      =7:05赤坂.県道戸沢谷村線.タクシー¥2330=7:14「芭蕉月待ちの湯」.
    杉の植林帯と作業道
    
    作業道と離れ.7:30                       探せば何処もが薄い踏み跡に思える泥濘そうな斜面.7:46

     1410m峰北尾根
       7:14芭蕉月待ちの湯一8:20松山北尾根.枝尾根一8:40支尾根一8:50入道P1一9:10ミズナラの木:20一10:30山稜1410m峰:35
       一11:20松山赤岩:30一11:35今倉山西峰:45.

    谷村発電所と送電線都留線
     予約したタクシーで赤坂の街並を過ぎ.菅野川左岸沿いに入ると直ぐ.高いところに送電線都留線が架かりそして戸沢川沿いを一直線に進んでいる。
   谷村水力発電所(やむら)は都留市の街並の東端に位置し.最大14.700KW.水圧鉄管3本で大正09年に完成。
   隣に大規模な谷村変電所があり.各方面に送電線を分岐させている。

     都留線は新山梨変電所から谷村変電所を経て朝日川を遡り.橋本変電所を結ぶ154KV送電線。
   265基.鉄塔約25〜30mで大正14年に建設された。又現在の66KV谷村線は谷村変電所から駒場水力発電所に結ばれていた。

     旧谷村線は大正02年に桂川電力が鹿留発電所から東京の目白変電所85km.及び分岐して六郷変電所95km間に建設された送電線。
   谷村から九鬼山の北側を越え一直線に鳥沢へ下り.桂川右岸沿いにルートを取っていた我が国初の77KV送電線になる。
   だが今は全線撤去されている。ただ九鬼山北側の尾根や高尾南山稜には今でも幾つもの鉄塔跡を尾根筋に見ることができる。

     タクシーの乗車時間9分で料金は¥2330を取られ憤慨する。帰路の料金も含まれているそうだ。
   最近では御正体山の入山に道志峠まで,鹿留山北尾根のアプローチとしては鹿留林道ゲートまで.タクシーを利用した方が効率は少しよいが高過ぎた。
   単独のタクシー代は何処で出掛けても.贅沢過ぎる山行になってしまうが。

    1410m峰北尾根
     気持を改め「芭蕉月待ちの湯」からの松山北尾根に取付く。ただ末端の取付きが分からず周辺を探し回る。湯館の正面はツツジ公園になっていた。
   上流側に林道らしき道を見付けるも途中で途絶ている。戻り公園を突っ切り登り詰めると杉林の中に仕事道を見付けている。

     14,5分で右にカーブする確りした作業道と分かれ.踏み跡伝いに直進すると真新しい赤テープのマーキングを見い出していた。
   最初は目立つ数だが次第に間隔が離れ.枝打ちされた間々の大地に踏み跡が綴られていた。
   広い沢底の植林帯。途中でマーキングが途切れ.ルートを失う。窪地沿いの1つ右寄りの植林区分を登っているようだった。

   枝尾根を登り.8:20 

     緩やかにカーブする斜面に広がる植林帯。傾斜が増しだすとルートと云うより.湿った土壌の踏み跡はバラバラに途切れた.ややぬかるみ気味の勾配になる。
   何処もがルートとに思え.やや尖っ起状の斜面を腕力にものを言わせ攀じ登る。途中から足元の土壌が硬さをまし.踏ん張りが利き助かっている。
   小さな枝尾根の足場はやや不安定。傾斜は更に増し仰ぐ枝木を掴み.起伏の起きた枝尾根を強引に詰めていた。

     雑に右手に迫った枝尾根を登っている。岩混ざりの起伏が起きる枝尾根を見付け.詰めることにした。
   左手がやや谷筋を示し右斜面は植林帯.その林層の境を攻める。テープ類はなく.ルートでであるようでルートでない。それでいて間々踏み跡を見付けていた。

   右支尾根に乗る.8:40

     喘ぎ登った枝尾根は突然.藪が切れる。入道P1と751m圏地点とを繋ぐ右の支尾根にでている。尾根らしくなりホッとした。
   右尾根上は薄い踏み跡が時折見られるが以外と踏み跡らしくはなかった。ここは通う人が少ないようだ。

     入道P1コブ
    中央左の立木に小さく「入道」とある.8:50

     西側の支尾根に入り10分ほど詰めると初めて小広い所が尾根の二又で「入道P1」にでる。
   北尾根最初で最後の小さな印があり.ここで左支尾根と合わさる分岐にでる。私は右手から右支尾根を詰めてきた。
   小広い平坦なコブは左手が落葉松林.右手はコナラ.ブナ.モミの雑木林.その林相の境のコブにでる。

      1050m地点のミズナラの巨樹.9:12

     尾根巾が広がると尾根伝いは自然林が領分を広げるようなった。ミズナラの巨木樹が目立ちだし.更にモミの大木も現れる。
   ただ尾根末端から林層は変わるも深い樹林に覆われ.それに輪を掛けた忍び込む濃霧が先への視界を閉ざさしている。汗は留めなく流れ落ちた。
   ただ今は陽射しがないのが幸いしている。時折気侭に風らしからぬ風が吹き抜ける。触れる霧粒の湿った感触が冷たく快い。

    ダイナマイト
     登ってきた尾根の左麓からダイナマイトのような破裂音を続けて聞いている。やや遠いいが山越えは朝日川沿いだろうか。
   遠いい鈍い爆破音だった。時計の針は9時を指していた。それともリニヤモーターカーの工事現場だろうか?
   最近長野県下の駅を除いら南アルプスを横断するルートも決まり.完成へと急ピッチに工事が進められていた。

    蝉の合唱
     夏の終わる頃に鳴きだす.煩く暑苦しい蝉の鳴き声とは異にした春蝉がまだ留まっているような2種類? 混
   ざるような小蝉の一大合唱が始まっている。澄んだ鳴き声だ。それでも小鳥のさえずりは消される勢いをもっていた。

     この支尾根のこの部分だけに集中して蝉の世界を創っている。後に下山した今倉山北尾根でもこのような場所はなかった。
   否や蝉の声を遠くから聞くほどの春蝉の薄い北尾根だった。

    草付きの急な擁壁
   尾根を切り裂いた林道菅野盛里線南面.9:30

    林道菅野盛里線
     左手,西沢寄りからの電動鋸の響きが次第に大きくなってきた。以外と近くで作業が行われているようだ。
   そう思いながらコブを下ると突然考えもしなかった林道が現れる。入道P1を越えた鞍部に真新しく舗装された林道が横切っている。

     下調べ不足で入山前日に林道菅野盛里線が道志隧道近くから二六夜山と中ノ沢ノ頭の鞍部を越えているのを知り,ルートを地図に加えたばかりだった。
   この林道は道志村の県道24号と都留市の県道35号を結ぶ広域基幹林道で.雛鶴隧道都留市側のリニヤモーターカーの車両基地から
   道坂隧道都留市側の出口付近に至る中央部を繋ぐ建設中の林道。現在は両脇から開削工事が行われている。

     最近買ったばかりの国土地理院1/2.5万地形図「都留」(h06年修正測量)には隧道の南側には林道細野鹿留線のゲートがあり.
   都留側へ300m下った所には林道菅野盛里線が峠下まで綴られていた。ゲートから程なく赤岩ルートの登山口がある。
   又大旅沢市ノ沢出合の長スラ尾根末端付近までは道志側に黒1本線の林道が記されている。

     又私の山と高原地図「高尾・陣馬」8年度版には表示されていないが11年版には日陰舟の南側を横切る林道が表示されている。
   開削工事は昭和62年以降から続けられていた。入山ルートの1410m峰北尾根はスナップ写真の如く.既に舗装を終えた林道を横断させていた。

     先の西ケ原北尾根に絡む先で延伸工事が今行われていると思われる。それでいて今倉山北尾根は下ったものの工事の気配は全く見られなかった。
   林道の予定ルートは北側の各尾根を横断しながら長スラ尾根を絡め大旅沢へ下る予定で進められていた。総延長20km
   林道に乗ると直ぐ傍で延伸工事が行われているような機械音を聞いている。開通後の補修場所だろうかは分からないが煩い間近な騒音だった。

     又進むべき林道越えの側壁は芝生の草壁の下草が生い茂る急斜面になっている。中央に踏み跡の爪先だけの溝が付けられ.
   草付きの束を掴み掴み攀じ登る。土壌は気休めの溝で足場は悪い。ひと雨降れば雨が流れ嫌な登りになるだろう。
   ・・2016年11月. 支尾根を横切る広域基幹林道・・大旅沢流域の盛里線と菅野盛里線

    南面の表道志の山々
   少し左へ入り林道からの眺望・・北東方面.9:29

     左端の枝陰に隠れる大桑山と高畑山.大きな倉岳山から矢平山へ。中央に霞み重なるのがサイマル山から高取山の肩に延びている。
   手前は尾根末端が生出山へ連なる猿焼山西尾根.天神峠付近。

    北西方向
   霞む都留市内赤坂方面・・朝方下車した富士急行沿線.9:30

     林道越えに望めた風景・・北面の左右で右上は九鬼山中腹。
   北北西面は都留市内を前景に望めた九鬼山. 北東面には表道志の山々が連なる.1212.03

    ミズナラの木
     9:32

    足の古傷
     巨樹.老樹の雑木林が続く。その周りは落葉松林。歩む距離の割にブナやミズナラ茂る大地に入り込むのも早かった。
   枝木や下草が絡み.ブヨに前回刺された刺し傷の上に改めて襲われた。血のでる傷口にブヨがまとわりつき.何度も叩いては圧死させている。
   それでも短パンで行動している。両足の腿は火照り赤く腫れあがり.痛々しい姿になり始めていた。

   巨木の老樹が多い.9:50

     1270m圏峰に立つも樹林に被われ展望は望めず。重くなってきた足。それでもゆっくりではあるが一歩一歩.足はでている。
   最近馬力がなくなってきた。ただ白内障手術後の数回の山行が少しずつ足を慣らせ.ゆっくりではあるが歩む足幅は広がっている。

    今倉山稜
   縦走路にでる.10:29

     突然頂稜を綴る登山道にでる。頂稜にでる最短尾根とは言え.自分で思っていた時間より大分早かった。
   それ故突然現れた登山道に当惑さえさせられいる。改めて地図に磁石を合わせ.現地点を確認する。
   体力と計算し登ってきたと云うものの.よい誤算で理解するには少し時間を要するほど呆気なかった。

     背稜の1410m峰の小コブは顕著さに乏しいいが素晴らしいミズナラ.ブナの原生林に覆われ.縦走路が綴れていた。
   天空は深いガスに覆われていた。背稜は細い起伏はあるものの心休まる緩やかに波打つ山道が付く。
   湿気を十分に留めた老樹被う背稜の縦走路にでて「二十六夜山へ」の道標を見ている。

   松山(赤岩)から見えた範囲の北面の山並群
 

     赤岩には方位盤もあり360度の好展望が見られる筈だった。雄大な富士山を始め南アルプス.八ッ岳に奥秩父の山々は雲の中。・・11:07
   手前の鹿留山や三ッ峠山も殆どがガスに閉ざされている。ここからは新宿の超高層ビル群から相模湾・伊豆三原山まで見渡せるという。

     左上は今倉山西峰(御座入山)と御正体山の間の道志峠. 2008年12月に,この市界尾根を詰め御正体山越えし山中湖へ下りている。
   先の背稜は霞むのは甲相尾根. 狐釣山の右に続く国境尾根の先に箱根の山々も見える筈だった。

    桂川菅野川流域
   赤岩から足元を見下ろす.11:02
    上の横溝は都留道志線.手前が林道菅野盛り里線

     狭い岩稜混ざりの頂.赤岩にでる。雲が切れると青空と共に薄日が射しだし.岩場から南面.菅野川沿いの谷間が見下ろされる。
   谷間には道志峠に通じる都留道志線がうねり下る姿が一線を描き覗き込められる。そして手前には林道菅野盛里線が山腹を横切っている。
   谷底の地形が細かく描かきだされ.気持雲が切れると足元の山々も次第に明るく開けだしている。

     陽の明るさとガスの塊が縄張りを争い.霞む山々がその輪郭を描きだしている。それではと1本取る。
   改めてザックからバナナを取りだし.大岩に腰を降ろす。そしてガスの争う仕草を探る。揺れ動くガスとの駆け引きが続いていた。
   薄日が射しだし今日初めての眺望に期待を持つが地名盤と見比べるまでには至らなかった。

    西ケ原分岐
   向かい側がバラジマ沢から道坂峠への登山道.11:20

     5分程ほど下ると雰囲気を全く異にした樹林に埋まる二重山稜的な鞍部にでている。西ケ原.先程の道標に続き今日初めて幾つもの分岐道標を見る。
   登り詰めた松山北尾根は取付きから縦走路まで道標どころが山名標も見当たらぬ.素朴な主尾根だった。

     この西ケ原の十字路から延びる北尾根は戸沢川上流の西沢と東沢との間から突き上げている北尾根の頭で踏み跡が付けられている。
   反対側の手前は道志峠からの登山道に合わさり.頭上は巨木林に被われていた。ここでは薄日が漏れるも.日差しは木蔭に埋まり途切れに途切れていた。

     1410m峰の北尾根右支尾根から今倉山西峰・・林道菅野盛里線を横断
     西峰北尾根から猿焼山を越え「芭蕉の湯」