| 三ッドッケ横篶尾根.長沢脊稜.七蹴山と秩父大平山・大ドッケ・・秩父浦山流域Top 天目山横篶尾根から長沢脊稜を綴り.七蹴山を経て秩父へ。天目山林道大クビレを横切り大平山・大ドッケ 大ドッケ峠ノ尾根から末端の地蔵峠を経て浦山川川俣へ。秩父.峠ノ尾根からの展望・・仙元尾根の鉄塔群と新秩父線61号鉄塔 東日原から横焉尾根を詰め長沢脊稜を七蹴山へ 天目山林道から秩父へ。大平山の大クビレ―峠ノ尾根を下り.再び天目山林道にでて起点.川俣・・バス停のノビルとラッシュの街道 七蹴山・大平山の大ドッケ峠ノ尾根 有間山稜.滝入ノ頭手前より・・2020.11.26/10:28奥武蔵・鳥首峠から蕨山金毘羅尾根を縦走し下り名栗湖に下山した折に撮る。今回は峠ノ尾根の右支尾根を下山 七蹴山山頂(大麦スダレノ峰) 長沢脊稜のブナの老樹.11:50 境界石標と括れた標柱.1651m.11:58本番は大平山と峠ノ尾根ルート 11:50七蹴山一12:20天目山林道.大クビレ:40一12:54大平山一13:00分岐一13:12大ドモ尾根分岐一13:45二重山稜 一13:57独標一14:07大ドッケ峠ノ尾根一14:31東端鹿棚一15:00(61号鉄塔)一15:15地蔵峠一15:30天目山林道口川俣bs. 脊稜で一度.巻き道の縦走路と合わさり.七蹴山手前の鞍部から再び脊稜を歩む。そして七蹴山(犬剥簾ノ峰)の頂に立つ。 七蹴山の縦走路は南側の巻道を通っている。それ故踏み跡は確りしているものの.山頂の雰囲気は少し荒れていた。 奇形のミズナラの太樹が頂の前衛に構え.少し離れた木立には赤く錆びれた古い目出標と手製の山名標があった。 その手前には三角標石と朽れ読めぬ標柱が折れ.大地の北を向き置かれている。頂と云うより見た目は細長い平頂の手前肩になる。 写真で見る高みの脊稜を右に巻き込めば秩父に入り.休まず天目林道にでて.大キビレで1本取る積りでいた。 脊稜から離れ穏やかなコブを2つ回り込み下ると大クビレが現れ.又南に延びる七蹴尾根を下れば1時間10分ほどで大麦林道にでられる。 左.酉谷山(黒ドッケ)への脊稜 七蹴山西側の肩より見上げた眺望.12:03右は日向山ノ頭に重なる坊主山石楠花尾根 秩父大平山 脊稜から離れ2つ目の小コブより.12:14天平山との間には天目山林道の峠道が広がる,大クビレがある。 七蹴山から東北東に延びる尾根を丁寧に回り込み.落葉と共に崩れ落ちると林道大クビレの広い大地にでた。 林道天目山線大クビレ 林道を見て赤棒に向かい降りている.12:19左先が峠越えの大久保谷へ.正面が大平山の登山口 大クビレ 明るく開放的な野球のできそうな広場から天空を仰ぐ。ここ大クビレからは一段高くに天目山の頂に聳え.3つコブが2つに重なり望まれた。 大クビレの南寄りの林道脇の木陰で大休止する。今日も時間を有効に使うためテルモスを持参し.オニオンスープにカツサンド.野菜サンドを摂っている。 手際よく食欲を味わいう間もなく食後の一服とコーヒーの香りも味わっていた。 天目山林道(細久保川林道)は広河原逆川林道の支線で.現在はダートを含むピストン林道。 終点の川俣橋から細久保谷沿いの先2.6kmはジーコ平. 細久保橋にゲートがある。そこから更に0.6km先に起点の標識がある。 ここから更に支線を分け.仙元林道は仙元峠と云うよりも天目山方向側に回り込んでいた。 本線は七蹴山と大平山の鞍部. 大クビレを越え大久保谷の源流を巻き込むよう下れば矢岳1357mの南裾まで延びているようだった。 誰も居ない大地に子供のよう大の字になり.一人でいられるのがいるの嬉しかった。満足感か? 真っ青な紺碧の天空が目の上を覆っている。 藪山だけのどうと云うこともない山だが比べて見るものでのななかった。ここは素朴な里の裏山のような気持ちを起こさせている。 偶に野鳥の囀りを聞くも.静か過ぎる場所。何処からも他に発する音色は聞こえず。何故か? 自分でうなずき体を起こしている。 ここからが本番だった。長いアプローチも初めてのコース。巻道を通らず天目山の頂を通し.眺望をも楽しんできた。 長沢脊稜は尾根筋を歩んでいる。その間を綴る縦走路では2人の単独行者と擦れ違ってもいた。 蕎麦粒山と天目山(三ッドッケ北峰シャクナン尾根と中央峰) 大クビレより.12:20細久保谷を遡る天目山林道が横切っている。二峰の間に頭を現したのが川苔山. 野草が漸く大地から顔だし大クビレの端で.寝転び煙草を吸っていると単独行者が大平山から下りてきた。ビニール袋を片手に持っている。 人と遇うとは全く思っていなかった。驚き何処から来たか尋ねると大平山の頂に立つことを目的に.林道をピストンして来たと云う。 山の登り方には色々あり.私とは全く違った思考で同じ頂に登っている。ただ登りたい感性は私と同じだと思う。 のんびり林道を戻って行く彼。別れてから私もパッキングを済ませ.改めてザックから地図と磁石をだし軍手を持つ。 寂峰の大平山 新・旧重ね吊られた山名標1903.0m.12:54大平山 大平山稜に入る。大クビレを横切ると確りした踏み跡が大平山まで続いていた。一気に登り頂に着く。 小さな小平地.木の枝に木片に書かれた山名標が結ばれていたる。 頂の周りは灌木絡み.眺望は樹林絡む枝越えの網越のように酉谷山の稜が望まれている。 1469m地点 12:59 小持山.大持山方面.3:00大平山から待望の秩父へ山々へ下る踏み跡に入り込む。北側の一段低い細長い平辺から尾根伝いに北東へとルートを取っている。 色あせ淡紫色に変わった目出標に石抗が時折あり.境界尾根であることを示していた。 まだ周りは裸木の自然林に覆われ.ブナが多く足元の踏み跡も確りしていた。幅広い尾根を右に回り込むと東方へ回り込む緩斜面にでる。 背丈よりやや低いススタケが尾根全体に絡み.踏み跡は綺麗に刈り払われ歩き易い。 ブナの幹には目出標が付けられ.古き赤ペンキの跡も幹に所々残されていた。 旧細久保林道 大平山から下り緩やかな傾斜から東側が平坦になった所。1469m点の手前で.右手(東)の谷間に下りる踏み跡が綴られていた。 旧細久保林道の本線は源流の南側へ巻き気味に下り.谷筋と1306m地点ルートと分かれている。福寿草の咲く谷間はここだろう。 又旧細久保林道は一度細久保谷に下り.ジーコ平(管ノ平)南面からは複雑に絡み仙元谷を遡っている。 上部は源流を西側から巻き込むよう絡み.仙元尾根の峠と大樽のほぼ中間の尾根上にでて.尾根道と結ばれていた。 1469m地点には黄色いテープと石抗の古い赤ペンキが塗られていた。その直ぐ先で尾根は向きを変え.2つの尾根を派生されている。 南東には熊取尾根を延ばし.末端の手前で右に回り込めば林道に架かる熊取橋にでている。はっきりした踏み跡がある。 ただ分岐の目印はなく.檜の植林との林層の違いで判断している。私が歩む綴る踏み跡は北東へと綴られていた。 大ネド尾根分岐地点 右後方が大ネド尾根.13:12綺麗に刈り払われた径が北側に延びている。踏み跡は確りし幅広い。綺麗に刈り取られ.藪径とは異質の径が造られていた。 直ぐ先で尾根は再び北側と西南西側に尾根を派生させていた。その分岐は左側のブナの立木に赤テープのマーキングが付けられている。 ここから大ドネ尾根が派生し.西方へ長く延びている。この尾根も綺麗に刈り払われていた。 尾根は半ば過ぎまでは枯れ笹のため明瞭な踏み跡が続き.935m圏の広いコブからが不明瞭になり細久保橋にでている。 又登りの取付きは水道施設裏側の長い階段から入ると高度も稼げ便利のようだ。私は北側にルートを取っていた。 綺麗に刈られ過ぎた山径 中113捕15の捕標石.13:16 地図にない小コブ.14:05尾根筋はずっと自然林に覆われ.小コブを越え北上している。 下調べでは1469m地点までは確りした踏み跡があると云われていたが.その先もススタケは綺麗に刈り払われている。 1410m大ドネ尾根分岐を過ぎても.藪漕ぎの不安は全く無くなっていた。片手に地図を持ちながら.現地点を確認するだけで済んでいる。 1469m地点を過ぎると1450m圏から南東に派生する熊取尾根は末端で南西に切り返し.細久保谷熊取橋に下りている。 刈り払われた藪径 福寿草 谷間に下るポイントは大ドネ尾根との分岐地点付近を東側のカラ沢へ10分も下れば.広がりある沢の源頭になり.「福寿草」の群生地にでる。 大ネド尾根北側の谷間上部にミズナラなど太樹の倒木に苔覆う大地.その谷間を埋め尽くすと云う。 この場所は花新田(はなにた)と呼ぶらしく.カラ沢二俣の反対側は自生することなく群生は見られないそうだ。 谷間から入る場合は細久保の廃屋から杉林の伐採地林道を抜け.浅い踏み跡の崖縁から山葵田跡を見て遡っている。 石垣跡もある。3時間ほどで源流の群生地に着く。カラ沢右俣上流か? と云うことはカラ沢の上流.中流は下れることになる。 初めての山域で崩壊している所も多く.地図で読めぬ難所は私とって未知数だった。・・3月中〜4月中 二重山稜状の尾根 南北に延びる幅広い尾根.13:45大ネド尾根分岐から急斜面を下れば緩斜面の広い尾根に導かれた。 平坦になり右手に小ブナに覆われた二重山稜状の地形が現れ.踏み跡は左側の突起状の尾根を下っている。 ややススタケは背丈高くなり密に茂っていた。一度ススタケのジャングルに絡まれるも.強引に抜ければ再び踏み跡が現れる。 独峰1315m小コブ 小高い南北に細長い小さな頂.13:58急斜面を下り小コブを越えると1315mの独標に立つ。普通の尾根径の緩やかな登り.平らなその先に頂があった。 ここが何故.独標と呼ばれているかは判らない。地図だけではなく.現地に立ち周りを探るも見付からず.合点ゆく言葉は得られなかった。 その上.直ぐ北側の小コブをわざわざ大ドッケと呼ばせてをり.尚更判らない。小コブを大事にする故にできた独標か? 主尾根の合流点.即ちこの小コブの1260mから派生する2つの尾根を考えてのことだろうか? 又大ドッケは時により丸山尾根と合流する1260m小コブを名指すものと1315mの独標を指すものがあるそうだ。 「大平山方面・川俣毛附」と頭から想像すると読める木片の古い道標が先を示し.立木に掲げられていた。赤.白の布.テープ類も多い。 二重山稜から15分ほどの距離.ブナの小木帯で踏み跡だけはここも確り刈り払われていた。 大ドッケ1260m 小さなコブだが名は大きなコブ.14:06ただの小突起・・大ドッケ(カラ沢ノ頭) 緩やかに下ると直ぐ小さな鞍部を越え.正面に小さな突起のようなコブが見上げられた。 この鞍部から左前方の踏み跡が前方のコブを巻き込むよう合わさっている。ここのススタケも同じく刈り払われている。 栗山へと北上する丸山尾根の踏み跡の分岐のようだ。 山と高原「奥武蔵秩父」2000年版では手前の1315m小コブを「大ドッケ」として記されている。 1260m小コブに平成24年07月に「日付入り新プレート」が設置されたことを受け.その後1315mを「大ドッケ」として改版されている。 大ドッケの小さい頂 背は大久保谷を隔て酉谷山から矢岳の稜.14:07西側から巻き北側の丸山尾根に乗る立木の印 先の小コブは大ドッケ(カラ沢ノ頭)1260m。 地図には現れない小コブを南側から登る返しすと小コブは見た目とは似つかわしくないほどの立派な山名を持っていた。 マーキングだけが多い小コブの頂はススタケと灌木に覆われるも.以外と見通しは利いている。樹間透しに長沢脊稜が久しく望まれた。 東側の枝木に何本もの白や赤布.テープなどマーキングがあった。この踏み跡は尾根とは思えぬ急斜面で東側に抉り落ちている。 やや北側に引き込まれると丸山尾根へのルートになり.ここだけは注意が必要だった。東の切り開きを進めば問題はない。 大ドッケ峠ノ尾根 ほんの少しの高度差が若葉を呼び始めている.14:16峠の尾根が延びて.自然とその尾根に乗る。一気に高度を下げ.傾斜が落ちるとススタケも背丈を低くし.緑生える世界に変わってきた。 1050mの細長い平坦地に入る。踏み跡は尾根の南縁沿いを綴り.漸く春を告げる若草色の茂みが目立ち始めていた。 灌木の緑が目立ちだし.高度的な境界線を越えだしたようだ。 若葉が冴える 新鮮な色合いの青葉が目を癒す.14:25高度200m程の差が周りの世界を急激に変えていた。 驚くことに裸林.裸土の常緑樹だけの目立たぬ冬木の世界から.次の季節の扉が開かれた。緑溢れる若葉の森が姿を現わしだす。 時として歩いて20分も離れていない距離だった。その高度の違いが地形と合わせ.大地の表情を変えさせていた。 都県界尾根・・秩父の山並 開かれた伐採地跡.14:32滝入ノ峰〜蕎麦粒山 奥が仁田山から滝入ノ峰へ連なる尾根. 仁田山とタタラノ頭の間には広河原逆川林道が横切り越えている。 間の上部が蕎麦粒山北尾根.(遠く見えるが54.53号鉄塔がある)。手前は浦山大日堂へ下る仙元尾根(末端60〜57号鉄塔)と大ネド尾根。 ススタケの藪が消えだし.急坂から1030m圏のなだらかな薄暗い植林帯を抜けると尾根筋は明るいアケビの森が開かれる。 北側に延びるコカゲ山の尾根と東へ細久保の集落を囲む尾根との分岐点。 アケビの緑が広がり.東尾根の南側は鹿棚に囲われている。北の尾根に引き込まれないよう.鹿棚側を歩めばそのまま峠ノ尾根に乗る。 鹿棚越えの眺望が開かれた。今回のルートでの眺望は天目山.ハナド岩の突起と天目山林道.大クビレから仰いだ蒼い空。 そしてここで秩父の広大な大地を望む。一昨年下った仙元尾根が視界一杯に大きく横たわっり眺められている。 その尾根上には新秩父線の巨大鉄塔群が幾つも建ち.その尾根を縫い下って来た。 この送電線は御岳から高水三山.真名井北稜を登り.都県界尾根を越え.仙元尾根を下っている。 この数年この新秩父線の鉄塔巡視路尾根を歩んできた。 今回はこの尾根末端にある61号鉄塔を渡り.更に浦山川左岸沿いに秩父へと小鹿野の新秩父開閉所と結ばれている。 細久保の旧道 峠尾根の950mから旧道は右に分かれ.南東へ派生する尾根の884m地点を越え.尾根伝いに下る。 690m付近から細久保の集落へ真北にトラバースする。所謂北側の緩やかな幅広い尾根上に.山上の集落があった。 集落から地蔵峠にでるか.天目山林道に降りられる。この細久保谷対岸が仙元尾根末端だった。 新秩父線60号と61号・62号鉄塔 中景の下部アップ・・細久保沢出合付近仙元峠仙元尾根の末端に建つ60号鉄塔。巡視路を手前に下れば浦山大日堂にでる。 大平山峠尾根に建つの61号鉄塔. その間に挟まれるのが細久保谷。手前の谷間.広河原谷との出合が川俣。渡った林道の起点にバス停がある。 ・・奥武蔵・鳥首峠から蕨山金毘羅尾根に出掛けた折.トップと同じ所から足元を撮影 谷間は緑の森に ![]() 鉄塔上に現れた巡視路分岐を現わす黄色いL字鋼標柱 61号鉄塔.14:59 新秩父線61号鉄塔上部の尾根上に「新秩父線62号に至る. 61号に至る」の黄色いL字鋼の巡視路標柱が立つ。 62号鉄塔は先程通過したこの尾根上部の鹿棚が始まる地点になり.北東側のコカゲ山に延びる尾根上に巡視路が延びていたのには驚かされた。 それも末端近くにある。この尾根を隔てる沢ノ入ヤツも厳しい谷間のようだった。 何処かに巡視路があり結ばれているようだが.そこを指す先の確りした踏み跡は分からなかった。 当然浦山川左岸沿いから尾根に登る巡視路もあろう。地形図を読んでも.変わらぬ地形上の巡視路標柱になっている。 後日.北側の尾根810mの広い草地に62号鉄塔基部が建ち.直ぐ下に黄色い標柱があることを知る。 巡視路は直ぐ尾根と離れ.右手をジグザグに下れば毛附集落に入る林道にでられる。 鉄塔仙元尾根 仙元尾根・・61号鉄塔基部から60〜57号鉄塔.15:00背はタタラノ頭に仁田山と離れて日向沢ノ峰 巡視路標柱 61号鉄塔は確かにこの直ぐ真下にあった。「61号に至る」の標柱に導かれ下ればよい。 大ドッケ峠ノ尾根末端に新秩父線61号鉄塔があり.偶然の下山だったが仙元尾根末端にある60号鉄塔から繋がる鉄塔の基部にでる。 この送電電は朝方奥多摩線の車窓から見た見上げた新秩父線の鉄塔。 先ほどアケビが被い茂っていた所と比べると.見上げる鉄塔群は真近で見られるようなる。それにしても大きな500KVの巨大鉄塔だ。 この基部からは仙元尾根の先に.更に日向沢ノ峰から有間山.大持山.小持山の山々が望まれた。 遠くの山々は午後の陽差しを浴び.霞む季節にもなっていた。 地蔵峠 ![]() 峠のご神木と石祠 二十三夜塔とご地蔵さん.15:16 峠の尾根末端 基部の下部は短いながらススタケの密生地帯.刈り取られた基部からはほんの少し離れるとススタケの藪に囲まれた。 刈り払われているような所が何本もあるが,先は閉ざされている。下降地点が判らず.一度基部まで戻り登り直す。 そして北尾根を改めて確認してから.再び東側へ下りている。 杉の植林帯は薄暗い.枝打ちされた間々の木々が残され,荒れた作業道を抜けると尾根径らしくなる。 2ケ所で右後方下から細久保の集落へ綴る径が合わさり.その1つには「大平山」へとボロボロに朽さらたプレートが倒れ置かれていた。 無視して尾根筋を下る。そして15分程で地蔵峠にでる。 地蔵峠 586m地点が地蔵峠. 離れた所からでも最初に目に入るのは神木と思われる楢の太樹。 巨木の老樹には藤が巻き付き.藤の花が咲く頃には細久保の集落の人々が集い.ここで花見を楽しんでいたらしい。 楢の根元には山の神を祀る石祠があり.切り通しの向かいには二十三夜塔(勢至菩薩を本尊として).ご地蔵さん(地蔵菩薩)が祀られていた。 二十三夜の講は18世紀後半から昭和の初期まで行われていたらしい。 この峠は街道にある峠道とは異にし.細久保集落の護神体として.集落に危害を与える様々なものを阻止する峠として護らせている。 木洩れ日も薄く全く陽光を閉ざす小さな峠道。左に折れれば遥か下方に毛附の集落が見下ろされ.右手に下れば細久保谷へ入り里にでる。 その下り口に「新秩父線60.61号に至る」の黄色い標柱があり.脇には又「細久保地蔵峠ハイキングコース.細久保部落20分」とボロボロの道標があった。 昭和40年頃のものであろうか大分古い。丁度10年後には毛附の集落から地蔵峠を見上げてもいた。 毛附への集落 地蔵峠の左は下流側の集落になる.峠ノ尾根を右に折れて地蔵峠と離れ.下り始めると小径が何度か交差し.行く方向が定まらず。元は細久保の集落とを結ぶ踏み跡径。 今は巡視路を兼ねている。遠巻きでも間違いないと太目の小径を探り探り下る。地図にない小径が幾つも交差した。 太い小径は上流側に大きく巻き込むが我慢して綴ると小さな枝沢にでている。 樹林の覆い被さる薄暗い所だった。ここで下山前に備え洗顔し喉を潤す。 ここからはやや広い簡易舗装の道に変り.道伝いにUターンして谷沿いに下ると.細久保谷沢沿いに延びる天目山林道に合わさった。 脇に巡視路の標柱が立てられている。直ぐ出合の浦山川を渡れば峠から15分程でT字路に交わる県道広河源逆川線にでた。林道の起点. 巡視路と天目山林道 上流左岸650m付近に旧細久保の集落がある.15:28秩父浦山へは2度目の下山になる。前回は鳥屋戸尾根から仙元尾根を経て下っている。 この尾根の最後の鉄塔が60号鉄塔。当時もバスの時間を気にしながら.上のコブの基部からジグザグに巡視路を駆け下りている。 今回は60号と61号鉄塔との間.細久保谷を隔てた61号鉄塔基部を抜け.大日堂の少し下流のこの河原.久保に下山した。 時間的には余裕を持っていた。藪竹に悩まされ続けると思い下るも.山行前の考えとは異なる確りした踏み跡だった。 それ故.ポイント.ポイントで地図で確認するだけで下山している。刈払いがなく藪が絡んでいれば下るルートでもあり.大分苦労しただろう。 今はスクールバス混乗型市営バス「ぬくもり号」の最終バスに充分間に合っている。30分前に里から前回降りた60号鉄塔を見上げていた。 当時は再び来訪したとしても広河原谷源流の蕎麦粒山北尾根の入山.下山しか考えていなかった。 その折は54号鉄塔基部を抜けることになる。その後大平山を知り.入山することになった。ここは対岸が天目山林道の起点になっている。 仙元尾根末端670mコブ 60号鉄塔 15:29仙元尾根の末端に建つ60号鉄塔。基部からは左肩の急坂をジグザグに大日堂へ下っている。浦山川に架かる川俣橋の手前が県道. 浦山川俣 林道にでた所に「61号に至る」の巡視路標柱があり.20mも下ると浦山川川俣橋にでる。渡った所がT字路の県道 突き当たりに天目山林道終点の標柱が立てられていた。 左手に折れると直ぐ.県道から川俣の集落に入る。車1台が通れる細道を右手から分け入れていた。 その道路脇で中年と老齢の婦人が2人.山菜狩りをしている。 バス停を尋ねるとこの細道を通るので何処でも手を上げれば乗れるそうだ。16時発までまだ30分ある。 1人残された私は空地にザックを置き.先に習うようをノビル採る。地表が堅く.根を付け抜くには要領がいた。 乱暴に引っ張ると茎から切れ.肝心の根にある球根が採れない。茎の太めを見付け.根元一杯に指を添え.揺さぶるよう採る。 帰宅して食べた味.ラッキョにニンニクのような味.味噌和えにすると以外に肴になる。 川俣の上方集落口 県道から右手の細道角で市営マイクロバスを待つ.15:3915:30天目山林道口bs¥300 16:40=17:30西武秩父鈍行\750. 18:00=18:50飯能快速:59=18:54jr池袋. 川俣 4時を回り巡回バスはまだ現れない。先程の女将さんが道路が混み.遅れているが必ず迎えに来ると.わざわざ伝えに来て下さった。 高ワラビ尾根から大持山西尾根を越えてきたハイカー2名が1つ手前の大日堂バス停.4時10分発のバスが来ないと歩き私の所に訪ねてきた。 女将さんの言葉をその間々伝え.共に待つことにした。彼等はタクシーを頼まなくて済みホッとしていた。 次いで昼頃.林道大クビルでお会いしたハイカーが加わった。彼は林道経由で大平山をピストンしている。 西武秩父からタクシーで林道ゲートまで¥5400を払い.又下山してからタクシー代を払わなばとぼやいていた。 ホッとする顔が目に見えている。彼の話によると林道歩きは往復7時間の旅だった。 1時間が過ぎ.女将さんが調べてくれたのだろう。県道でバスが動かなくなっていると再び伝えに来て下さった。 感謝して待つこと70分.4時40分にバスは現れる。今回も前回と同様.貯金箱のような小さな料金箱に300円を入れ走りだしている。 100円硬貨3つはお釣り銭がないよう昨夜用意した。 西武秩父駅までが又大変だった。県道を通る距離は短いが.連休で街道は停まりに.停まる大渋滞に巻き込まれる。 5時半西武秩父駅に着く。満員の乗客13人を乗せ.車内はザック類があるせいか狭い。 膝にザックを乗せ身動きさえできなかった。その上蒸す暑さ。それからも漸く解放される。 西武秩父駅 前回乗車した快速急行に乗り遅れること1時間半。その後の列車は6時発飯能行鈍行から30分毎に特急.鈍行と組まれている。 そして特急列車の指定券はすべて売り切れていた。鈍行で新宿まで2時間.飯能で池袋行快速に乗り換える。 また又飯能からも立席になり.下山してから疲労が積もるきつい山行になった。 地形図「武蔵日原」「奥多摩湖」.山と高」07「奥多摩」・・33.236歩 大平山から大ドッケ,峠ノ尾根―川俣集落地形図 東日原から天目山横焉尾根を詰め長沢脊稜.七蹴山へ 天目山林道から秩父へ。大平山の大クビレ―峠ノ尾根を下り.再び天目山林道にでて起点.川俣・・バス停のノビルとラッシュの街道 ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2012年05月18〜20日 TMF男子177位. トータル37:17:28・・・トレイルランナー記録 |