| 丹沢の山々Top 初めての神ノ川流域・・北丹沢主脈の東海自然歩道を歩む 神ノ川ヒュッテから風巻尾根を詰め.袖平山・姫次・黍殻山へと繋ぎ平丸へと下り.道志川「いやしの湯」へ. 2012年10月27日.息子夫婦と 遠く袖平山の尾根 阿夫利山を擁する安寺沢左岸尾根前道志を縦走中.細野山の東脇.伐採地から展望・・2012.03.14/12:40 左下は秋山川 前日の夕方.息子から息子夫婦と一緒に山へ行こうと誘いがきた。メールには「今週の土曜日に北丹沢方面に行きます。 車は神ノ川ヒュッテに停め.ヒュテ→姫次→平丸→いやしの湯と云う感じの行程です。私がいやしの湯から神ノ川ヒュッテまで車を回収に走ります。」とある。 11月27日(土)曇.山中ガス濃し 三筋8:30=竹橋IC=7:30相模湖藤野IC=R46.道志ダム=8:05神ノ川ヒュッテP:30. 息子夫婦の迎えを受け.5時半我が家からスタートする。首都高に入る頃夜が明けた。朝方から以外と車の往来は多い。 調布付近で既に車を詰まり始めていた。相模湖ICで下車.バス路線沿いに山北藤野線を南下し.やまなみ温泉経由で道志川沿いにでる。 そして道志ダムの堤頂を右岸に渡り.青根にでている。嬉しくて前日飲み過ぎたのか.車内はアルコールの臭いが充満していたらしい。 高台の車窓から道志ダムを見下ろした折,ふとこの一景が昔を想い出させていた。初めての街道と思っていたが昔通ったことがある。 1970年代の終わりごろの夏.松村家の親と兄弟家族全員が山中湖湖畔へ2泊の旅行に出掛けている。 私一人が仕事の都合が就かず.一日遅れで早朝着くよう夜半にこのルートを走り,山伏峠を越え山中湖へ向かっていた。 暗く闇に包まれた谷間はスポットライトを浴び.道志ダムは点々と照り付ける照明に浮き出されていた。そこを横断したのがこの道志ダムの堤頂だった。 山北藤野線 神奈川県足柄上郡山北町向原を起点として.終点の相模原市緑区(旧津久井郡藤野町)小渕まで結ぶ県道76号線。 途中神ノ川ヒュッテから犬越路隧道を潜り.西丹沢の白石沢用水沢出合まで(林道神ノ川線〜犬越路線間)は一般車通行止。 全線の通行ができないため.西側の山中湖か.東側の秦野市を迂回する必要があった。 又山北町は神奈川県の最西端に位置する地区で.昨年と今年.白石沢の西沢出合.丹沢自然教室から山北町に通っていた。 道志ダム 堤高32.8m.堤頂長740mの県営発電用.重力式コンクリートダム。ダム湖は奥相模湖.この湖から道志川の水を流域変更させ.早戸川河口の宮ケ瀬湖へ 導水水路で流入させ.神奈川県内の水道用水.農業用水.発電用に活用させている。 又道志第一発電所を経て秋山川にも放流(秋山導水)させている。・・相模導水 2008年10月には鍋割尾根から丹沢主脈.主稜.甲相尾根を縦走し室久保川を下りている。そして迎い車を得て.ダムの右岸を通り高尾に抜けた。 又相模導水を知ったのは2010年12月には宮ケ瀬湖から丹沢三峰.木間ノ頭を周回した形を取っていた。 ![]() 駐車場P代¥300.閉鎖し無料.8:20 国道413号線.(道志のみち)からは道志川とも離れ.その間々山北藤野線を最後まで詰めている。 神ノ川を右岸から左岸に渡り.行き止まる終点が神ノ川ヒュッテにでた。右手頭上高くには鐘撞山から大室山に続く尾根が延び.左手はこれから登る 風巻ノ頭から北側に派生する尾根。その挟まれた谷間を遡ってきた。日陰沢出合が神ノ川ヒュッテ.その手前には既に数台の車が駐車していた。 風巻ノ頭と袖平山 阿夫利山からピラミダルな山容を誇る・・2017.04.05/14:30袖平山1431.9mからの風巻ノ頭. 風巻尾根を派生させて末端は神ノ川.神ノ川ヒュッテpへ没している。手前に隔てるのが安寺沢右岸尾根. 神ノ川ヒュッテは冬季閉鎖P・・2016年11月に道志菜畑山から袖平山に至る風巻尾根の展望写真 黍殻山と袖平山 富岡の高みから・・2012.10.27/15:56道志,旧秋山村の山並低山・・県界尾根(上野原市・相模原市)の安寺沢川左岸尾根末端の高みからの南南東方面の展望。 554m峰と並ぶ中央が綱子峠。安寺沢対岸の右岸尾根(綱子沢左岸尾根)になり.源流は平野峠。 風巻尾根と神ノ川園地 右脇が神ノ川林道ゲート.8:34黄色い看板は車両通行止(指定車は除く)の襷看板間が神ノ川本流 神ノ川ヒュッテから平丸登山口 8:05神ノ川ヒュッテP:30一8:35神ノ川林道ゲート一8:45風巻尾根登山口一10:00風巻ノ頭:10一11:20袖平山 一11:30姫次.大13:10一黍殻山避難小屋一13:53平丸一平丸登山口一15:25いやしの湯18:30. 中央道の渋滞がやや出発を遅らせたが心地は軽やかに山に入る。昨夜隅田川ハゼ釣り大会の町会の会合があり. 朝方は車中酒臭かったらしい。その酒も抜けている。朝露で路面は濡れていた。 その舗装道路も切れ.日陰沢橋を渡り.本流沿いに進めば園地公園の立派なトイレがあり.ゲートで閉ざされた林道神ノ川線にでる。 正面が風巻尾根末端 神ノ川公園橋前の分岐風巻尾根 林道のゲートを潜り10分ほどで「←犬越路, 姫次→ 熊笹ノ峰.檜洞丸↓」の分岐.風巻尾根登山口。 右手の矢駄尾根は直接.熊笹ノ峰に登るルート。頂は広く熊笹茂る老樹が被い.鹿が遊ぶブ゙ナ森が広がっている。 林道を直進すれば檜洞丸を囲む支稜が幾つもあり.藪尾根を広河原に落としている。憧れのルートだが交通の便を考えると直ぐに入れる山域ではなかった。 今回は神ノ川を神ノ川公園橋で右岸に渡り東海自然歩道を歩む。今にも雨の雫が落ちてきそうな.重く垂れ込む雨雲に覆われていた。 秋の移動性高気圧の影響を受け.週末になると晴れるどころか周期的に天気は崩れ気味になっていた。 ここ北丹沢でもガスは濃く気温も低くなっている。明るくなり気温が少し上昇すればガスも薄らぐだろう。 風巻尾根に取付く。風巻ノ頭までは登り一方の尾根で.急坂の檜の植林帯を歩む。昨夜の酒のせいか汗は溢れるようでる。 留まることのない汗に急登の斜面も同じだった。彼女のペースに合わせ.私も足元を見て.一歩一歩辿れり高度はみるみる稼いでゆく。 急な登りがひと段落すると尾根に乗った。 風巻尾根 9:32風巻尾根とは案内板によると地形の関係で一年中.風が渦巻いて吹き付け.この名が付いたとここと。 今朝は風もなく霧モヤは動かず漂っていた。それも歩む先を追うようガスが舞い上がり.幻想的に樹木の造形を創り出してきた。 最初のコブ.風巻ノ頭1077mには東屋とベンチがあり.尾根中央の植林帯を切り開かれた小平地.東屋で1本取る。 ここまで高度差500mを稼いでいる。よい調子で登ってきた。休むと急に体温が失われ肌寒い。姫次まで後半分の時間を詰めている。 ここでトレイランナーとの違いを感じる。差しだした間食をここではひと摘みのチョコを口にしただけだった。 各々が適当な量をポケットに突っ込み.歩きながら食べるようだ。この繰り返しになる。 珍しい標柱 神企境界柱途中にあった初めて見る神企境界の標柱。調べ不足でまだ何も分からないでいる。 この神企境界柱はこの風巻尾根の1本南側の尾根.絵瀬尾根(伊勢沢左岸尾根)の中盤にも同じ標柱が立てられていた。 風巻ノ頭1077m ここだけは黄葉も進んでいる.10:40登りの峠を越し.緩やかな起伏になる。小コブを登り返し自然林に四方覆われると紅葉にはまだ早いがここだけは落葉樹が美しく染め始めている。 黄葉美に染まるのは後と2週間と云ったところ。風が流れ.ガスが薄くなると一層聡明感を現していた。 ![]() 山中は霧中のベールに包まれる彼女はやや遅いペースだが順調に休むことなく足を前に進めている。又今回は初めてストックを使わず頑張っている。 右手に開かれた場所にでる。ガスが切れれば檜洞丸から犬越路に掛けての稜が素晴らしい展望を約束してくれる場所だった。 左手先にガラ場が現れると袖平山も近い。 大室山と風巻ノ頭 袖平山のガレ場より.11:12ガラ場の上部から風巻ノ頭が霞み薄く望まれる。その背には形にならぬ霞む大室山が大きな輪郭を描いていた。 咄嗟に望む最初で最後の山になるかも知れないとカメラに収める。そして1枚の写真で再び風巻ノ頭はガスに包まれた。 東海自然歩道の通る稜線から仄かに外れたピークが袖平山。三等三角点があり.標高は1431.87m.基準点は「青根村3」. 丹沢主脈姫次 ![]() 姫次 姫次は蛭ケ岳から焼山の丹沢主脈の尾根上にあり.落葉松林を背にした開放的な広場でベンチが3つ設置されていた。 広く開かれた台地の東側の背は県内最大の落葉松林が開け.茂る下草は広く熊笹が森を覆っている。 間を開けてガスが薄まると手近な落葉松林が鮮明な色合いになり.落葉松林の深みを持つ美林が伺える。 蛭ケ岳から檜洞丸,熊笹ノ峰と丹沢主稜の山々が間近な展望として.ここから望めるられる筈だった。 神ノ川流域を取り囲む山々・・蛭ケ岳.檜洞丸.熊笹ノ峰.そして大室山とその間には甲相尾根が連ね.突き上げる富嶽の山容を大きく望む。 霞というより濃霧が仄かに流れる風に乗り.画像で云うなら少し薄暗い乳白色世界が満ちている。それが又一層寒さを感じさせていた。 ここの大きなベンチを利用し大休止した。休むと肌寒いと云うより森閑とし浸かる寒気が体を射してくる。 羽毛のチョッキにジャンバーを着て.雨具のズボンを履く。それでも感じる風は寒かった。 手は次第にかじかみ.軍手を付けるが細かい作業の都度.素手にならなければならなかった。 コンロは2台.1台は湯を沸かし.もう1台はラーメンを料理する。野菜を入れ.麺を入れ.スープを足し.生卵を落とす。焼き豚もある。 ラーメンの常道の順序。生卵に目を丸くする彼女達。息子はアルファー米のエビピラフを持参した。 彼女はマッシュポテトを水と塩を加え大好物のポテトを作っている。角肉がでれば何処から出て来たのか網でバンを焼く。 缶ビールにワインも持参してくれていた。広いベンチに料理が並ぶ。 各々が箸にスプーンを持ち.摘み食いの要領で.互いに批評しながら食べ比べをしていた。 姫次の由来は織田信長.徳川家康の連合軍に敗れた武田勢の旗本の娘.折花姫がここで自害したとされ. 又は崖から突き落とされたとされて.名が付けられたとされている。 道標に張られた警告書警告書 道標の中央のチラシには「ニホンジカの管理捕獲を実施中」のお知らせが張り付けられていた。本文は期日を平成24年6月29日〜25年3月21日. 場所は丹沢山地の稜線部の一部(丹沢山〜塔ケ岳間.大山〜ミズシノ頭間.黍殻山〜姫次間.檜岳〜秦野峠間.三国峠〜富士岬平間.)とある。 捕獲方法は銃および足くくり罠。 「登山道に向け発砲はありませんが安全確保のため.捕獲従事者による誘導させていただく場合があります。 〜。 足くくり罠が設置されてをり〜 登山道から外れないよう協力をお願いします。」とある。 余りにも酷い鹿害に状況は次第に最悪になったことを意味していた。 2週間前に奥多摩の雲取山石尾根を下った折は.下山口近くに「捕獲従事者が山に入っているので十分注意して下さい。」と立札があった。 そして頂をピストンして避難小屋の上でライフルの発砲する音を何度も聞き.逃げる鹿が私達が歩む縦走路の足元に飛び込む姿を見ている。 谷間だけでなく登山道がある尾根上も捕獲の対象地区の認可がだされている。 藪山では谷間にも入り.注意して山行を続けてきたが今回は尾根筋の登山道までもが範囲が広がっていた。 黍殻避難小屋 左は広い草付きが広がる.13:32姫次,直ぐ北側の小コブは東海自然歩道の最高地点1433mになる。右側に延びる枝尾根を下れば榛ノ木丸への尾根筋へ。 その先,早戸川の対岸には丹沢三峰が望める筈だったが.ガスは流れだすも途切れることはなかった。 ガス濃く.手前の尾根も先まで見下ろすことはできず。 尾根巾が広がる緩やかな小さな起伏を越える尾根が続いている。彼女の下るペースは見違えるほどよくなった。 八丁坂ノ頭分岐手前で左脇に森林整備用のモノレール起点が現れ.八丁坂の尾根を下れば上青野にでられている。 姫次から20分程で黍殻避難小屋に至り.右手に平屋の小屋を見ている。道標に「園地小屋」とあった。 道志川側へ釜立尾根を下れば上青野でて.八丁坂のコースと合わさり青野バス停に至る。鶴屋旅館は入浴可のようだ。 小屋の北東側が広く開かれ.草地の台地にはこれたま大きなベンチがポツンポツンと10ケ所あまり設けられていた。 好天なら長閑な風景が眺められるのであろう。今は誰一人居ない寂しい場所だった。 やはり先程の姫次の台地では4パーテイと多く擦れ違ったていた。その他はこの先で12.3人の大部隊と擦れ違う。 彼等は今の時刻なら袖平山経由で神ノ川ヒュッテに下るか? それとも交通の便を考え青根に下るのだろう。 何時もの笑い顔「園地小屋」を過ぎると右側が間伐帯になり.一時薄日になるも気休めになる程度。 間を開けずして黄昏が降りそうなほど薄暗さに舞い戻っていた。 黍殻山を越え.13:33頂にある雨量計は無線塔で城山ダムに伝える施設 黍殻山手前に大平分岐がある。黍殻山の860m点東尾根の南側を延々と巻く尾根で津久井鳥屋と結ばれてい。 林道奥野線と破線路を繋げれば林道早戸川線にもでられる。早戸川線と聞き方向感覚が少々狂いだしていた。 支線に入れば宮ケ瀬湖の園地にもでられるようだ。栂立尾根の末端取付き地点にでる。幾つもの支尾根と合わさる。そのに乗る登山道を分けていた。 落葉松林を綴る径は柔らかい土壌で.足に優しい踏み跡が続いている。歩き易く心癒される尾根道。 今日の気温はひと桁を保っている。もう少し時が経てば黄葉の枝々を潜る秋色美が味わえ.周りは飾りたてられるのだろう。 平丸分岐 平丸側より長閑な自然歩道歩きも姫次から40分程で平丸分岐にでられた。この辺が横山沢ノ頭にあたる。 早戸川沿いに霞みながらの展望を楽しんでから主尾根と分かれ.分岐から左手の横山沢右岸尾根で平丸地区に下りている。尾根の右手は湯口沢. 逆の東面を覗き込もうと熊笹を10m程分け.脇道から尾根に登ると樹林の枝々が絡む隙間から南面にガタクリノ峰へ繋がるの尾根が望まれた。 鳥屋分岐から柏原ノ頭へ延びる尾根も立派な尾根をなし眺められた。背景で望めぬが確りした2本の尾根がある。 この藪ルートには何時か.踏み込むようなるだろう。 地図だけでなく自分の目で漠然としでも見詰めていると.歩みたいと思うのは私だけだろうか? 東丹沢の山々から宮ケ瀬湖に掛けての広大な裾野の台地は霞み強く望められなかった。 平丸へ ツメは落葉松林と熊笹帯.13:56分岐より反対側.平丸への尾根に入り.焼山への主尾根を分ける。取付きは一面の熊笹の斜面に覆われた。 落葉松林の径.ジグザクに縫い下って行く。そして尾根は次第に狭まり.尾根が起き乗るようなった。 下り方の講習会.14:29時折小石の露岩混ざりの山径が現れ.尾根の丁度中程にでて.彼が露岩混じりの径の下り方を彼女に指導する。 走って下る場合.程良いスピードで.又ゆっくりの時の歩き方を。下る目線と膝の曲げ方が下るポイントになると云う。 息子は100マイルのトレイルランナーで.彼女もそれに習い走り出している。 滑ると云う発想が先にでて足元が疎かになっている。度胸と云う言葉もあるが真っ直ぐ前を向く姿勢が難しいようだ。 夫婦で語り.彼は何度も往復し見本を見せていた。7.8回は実践していた。私は傍でその様子を見守っていた。 彼は近頃.山岳トラストに凝っている。幼い頃は日光白根山まで東京から歩き.少しはキャンプ.山へと共に登っている。 それが走ることを覚え.長距離ランナーからマラソンへ。マラソンから山岳トラストへ目標を変えてきた。 今年6月には100マイルのウルトラトラスト富士山一周にも参加している。連れの彼女も同化し始めていたようだ。 舟山587mと平丸の集落 国道413号線から見下ろす東野の集落道志川はこの丘の下.左奥に東野.右奥の河原には「いやしの湯」ある 尾根筋の左側山腹を巻きながら下ると700m付近で橋津原への分岐を左に分けている。横山沢ノ頭654.2mの東肩にでて右の急斜面を下り. 北側に向きを変え谷沿いに下りていた。里にでた所が広場のような国道413号の二俣.平丸分岐登山口にでる。高低差800m 「道志のみち」に繋がれてをり.国道を右に200mほど進むと平丸(ひまる)のバス停にでた。 足元に平丸の集落が見下ろされる。 ![]() 「いやしの湯」 「いやしの湯」へ行くにはバス停から国道を左にUターンする形で集落に下り.続く短い平丸隧道と中沢隧道を潜っている。 その直ぐ右手に小さく「体力村遊技.いこいの湯」の道標があった。 近道の印を見て.右手の小径から細い痩せ尾根を綴り.左側の横山沢の谷間に入り込むと堰堤で谷底にでられる。 角々に「いやしの湯」の道標があり導かれている。出た広い場所が青根キャンプ場.津久井合唱館の隣奥が「いやしの湯」になる。 道志川沿いが正面で.平丸の登山口からは20分ほどの距離。 道志.綱子川右岸尾根・・天神峠・舟山辺り 道志川右岸を綴る国道から.15:08左端に平丸隧道があり.潜った右下の道志川の河原に「いやしの湯」がある。直ぐ上流は奥相模湖.道志ダム. 15:25いやしの湯18:30(17:10⇔神ノ川ヒュッテP) =相模湖IC=20:30神田IC=20:40三筋. いやしの湯着3時25分. 息子はここから神ノ川ヒュッテまで徒歩2時間40分のところ1時間で走り.車を回収に出掛けた。 戻ったのが5時10分.その間彼女と酒を交わしていた。生ビールにお燗1合ビン×6を呑む。明日は休みとのことで6時半まで「いやしの湯」に留まる。 回想 このところ眺望の利かぬ.恵まれぬ山々に登っている。それでも何処かでは楽しめたものの.今回は全くと云えるほど眺望は得られなかった。 ただ息子達と共に登った山.楽しい一時を過ごす。子供たちに感謝する山にもなっている。 先日は現役の学生達とも山行を共にしている。高齢の歳を拭い得ぬ侘しさがある中.同じ体験を共にする喜びを改めて感じ取っていた。 泉質はカルシュームナトリーム硫黄塩泉.源泉は35℃.沸かして40℃.3時間¥600.宿泊1泊2食¥7350より.休館は毎週火曜. 翌28日東京は一日中シンシンと小雨が降り注いでいた。10/20日は甲斐駒ケ岳初冠雪. 地形図「大室山」「青野原」.山と高原地図「丹沢」・・24.754歩 丹沢主脈.蛭ケ岳〜焼山間写真・・表道志鳥屋山西側の伐採地より |