上越国境周辺魚野川上流流域・・新潟県中越国境地区

   s40年(1965年)12月.西黒尾根から蓬峠越え 
   s41年(1966年)06月.矢場ノ尾根から白毛門へヴァテケー踏破
   s41年(1966年)06月.霧雨の平標山より谷川岳天神尾根
   s42年(1967年)06月.氷水の仙ノ倉谷トレーニング
   s45年(1970年)05月.吾策新道より赤谷川本谷下降
   s45年(1970年)05月.霧雨の万太郎谷挫折

   s46年(1971年)07月.湯檜曽川七ッ小屋沢から蓬峠越え
 技術山行Top 谷川岳〜平標山概略図.山行表



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 上越国境周辺スキーツァーTop 
 上州赤谷川流域Top 
谷川岳仙ノ倉谷


沢登り技術山行
登山靴を履き浮く証明

        イイ沢出合付近
        技術山行・・氷水の仙ノ倉谷.s42年(1967年)06月22〜24日
          L松村進(3).m竹永靖正(4).西沢隆雄.斎藤吉男.中川保.大塚栄.新崎啓一.満尾.林幹夫.島田純江.古田和佳子(1)

      技術山行
   本年度の年間目標「我がクラブにおける特殊技術」の一環として.雪上訓練.ザイル作法による一般技術を修得すべく
     3日間を費やし仙ノ倉谷に入渓した。

     6月22日. 野=
     6月23日.晴.午後一時小雨.土樽5:15一8:45河原9:35⇔9:10西ゼン出合.テ
             幕営技術   12:00〜
             懸垂      14:00〜16:00
             渡渉      16:10〜18:10
             消燈      24:00

     仙ノ倉谷概念図
    上越国境周辺全体地形図

      仙ノ倉谷
   土樽から2本取って河原づたいに進み.20m程藪を漕ぎ.右岸の立派な平標新道にでる。
     雪は殆どなさそうだ。谷筋にある事を祈り仙ノ倉谷に入った。

   雪は全くなし。尾根取付き地点で.一年男子全員を連れ空身で西ゼンノ沢出合まで偵察する。案の定.雪は例年となく少ない。
     西ゼン出合で見止められた雪のブロックも化石化し.訓練する程大きくなかった。
     舐め落ちる西ゼンの第一ゴルジュ帯. 見える限りナメが続き.皿上に流れるような水流が如何にも涼しげに落ちていた。

      設営
   雪上訓練は取り止め.最も基礎的な技術からやり直す。時間を区切りテント設営技術を学ばせた。

   一年生自ら幕営地を選び,整地し,幕営,釜造りを一時間半で完成しろと命ずるのみだった。
     一年全員がナタ.ノコ.スコップに天幕を持ち動きだした。僕の助言は「沢での幕営を考えろ!」と言うだけに留める。



              ダイコン・オロシ沢出合(平標沢とイイ沢の間)            
      懸垂
   午後.沢登りも考えたが渡渉を十二分にしたい関係からイイ沢出合.左岸で懸垂訓練をする。
     高度10m強.傾斜65度内外.ピンは縦.横各1本を使用。ゼルベストと結んだ補助ザイルは確保用とし.縦のハーケン1本を使用した。

   緩斜面でも初めての懸垂に一年生は緊張感が漂っている。それも懸垂を繰り返している内.余裕が現れ.馴染みだしている。
     仕舞いには見ているだけで良いと言った女子まで.うずうきだし.島田がとうとう参加した。

      渡渉訓練
    
    ,

ザイルブリッジ .  . 
   その後.渡渉訓練をする。
     場所は少し下った所.水深は膝から胸に至る地点を選ぶ。枝使用の場合.ザイルによる渡渉.チロリアンなどフルに2時間行う。
     そして最後に靴を履いた間々.浮く事も確認させた。登山着その間々の格好で。

      焚火
   まだ冷たい6月の水に勇ましい下級生ははしゃぎ.まるで寒中水泳をしているようだった。
     渡渉で腰まで漬かっている。浮いてみろと伝えると一人.二人と泳ぎだす。
     そして勢い尽きて振える体.とうとう焚火に恋しさを考えだす。

   寒さで体が震え.皆真剣に火起こしと向き合っていた。
     生木も持ち込む者が多い。枯木を集めるよう進言するが新聞紙半枚からの火は燃え移らなかった。
     彼等には.まだ小枝を切り集める知恵はなかった。

   勢いよく燃えだした炎は暖かみを彼等に与えただけでなく.皆の心を解し一体感を示し始めていた。
     共の経験が連帯感を生み.6月の雪解け水に浸かった馬鹿らしい経験が.後に凄い経験になる。

   焚火するのに30分も掛かった。雪山ではと生木での焚火を教え.キャンプの素晴らしさを教える。
     キャンプが山の基本であり.初めての経験に自信を持てと。
     目の前で改めて焚火の仕方を教える。皆の瞳は輝いていた。これで雨に降られていても焚火には自信を持つ筈である。

   炊事はカマドを造り2年生の入山を待ったが.とうとう現れなかった。
     食事を終えたのは9時半過ぎ.10時より約1時間ミーテングを行う。消燈12時.

    8月24日.晴後雨 起床6:30

     Ts⇔群馬大小屋.昨夜2年生と出会わず.満尾.斎藤と迎えに行くも来ず.
     Ts.9:20一11:00河原一土樽=土合一12:30東黒沢.河原.16:10一土合=20:47上野.

   必ず2年生は入山すると待つも.とうとう会う事ができず.時間だけが過ぎていた。
     遅い朝食で出発は9時を回ってしまった。カンカンの日照りを受け.魚野川の鉄橋に着いたのが11時
     谷川東面に雪を求める時間が.ないかも知れない。

      谷川岳東面へ
   11時31分発の列車で土合に途中下車する。
     土合山荘の話によると.2週間.マチガ沢はS状上部から.一ノ沢は下部まで雪渓に被われていたとのこと。
     東面は雪多いと云うものの.往復するだけで雪上訓練する時間は欠けていた。今日中に上野へ帰らねばならない。

   仕方なく東黒沢の河原までザックを担ぎ昼食をした。
     サンドイッチにゼザート.今日の食事は軽いが実が詰っていた。美味い。

   雨が降りだした。傘を差しながら川を隔て歌合戦が始まる。
     何時もとは違い雨の降り続く中.快くガナる後輩達を見て.列車の時刻が迫るまで留まることにした。4時

      今回の山行
   このような総合的研究習得山行を行ったのはクラブでは初めてだが.煮詰めれば素晴らしい山行になろう。
     今回雪上訓練はできず残念だが.夏合宿と初冬には間違いなく.共に行いたいと思っている。
     メンバーは研究班全員とし.又自由参加も募ったので.参加者が増え合宿に準じ行われた。

   追試の2年生は遂いに現れなかった。結果的には2年生に振り回された形になる。
     今から思えば連絡方法をはっきりさせておけば良かった。
     例えば土樽駅に頼むなり.出来たはずの事が出来なかった。

   最終的には中途半端な技術山行になったが.最悪でも2年生に再追試がない事を願う。

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