第2弾.旧秋山村からの中道志.月待ち信仰の山に登る. 秋山二十六夜山・・道志山地Top

    続々.塩瀬から前道志を脚台に越え中道志を往復する・・穴路峠からは寺下峠越えをして三日月峠から道志山地の秋山二十六夜山。
      無生野から穴路峠を越え中道志に入り棚ノ入山北尾根から秋山二十六夜山―帰路は東尾根から寺下峠越えのコゴマ沢右岸尾根
                                           小篠から塩瀬へ周回 2013年03月16日.単独
     小篠から穴路峠を越て棚ノ入山北尾根へ・・前道志の裏側越え
     中道志.三日月峠から二十六夜山.同東尾根から下尾崎
     寺下峠越えの前道志.727m圏コブの北尾根右又から峠越の登山道へ

    秋山二十六夜山
     昨年3月に矢平山北尾根から倉岳山北東尾根を綴り.10日前には鈴ケ尾山北西尾根から大桑山北尾根を綴り.前道志の藪深い山懐に入っている。
   そしてその時の下山がjr鳥沢駅。今回の山行は継続するような形で.鳥沢駅から梁川駅へと駅伝いに抜けて.前道志を越え中道志へと穴路峠を越える。

     交通の便のよい前道志に比べ,山越えの裏に当たる秋山山稜に連なる山並の交通の便は極悪い。
   道志川沿いの午後の路線バスは1本.それも早く非常に不便と云う発想ばかり持ち.道志主稜は裏丹沢を含め.今だ足の遠いい山域になっている。

     そこでまず一歩先を進む思いで.前道志とを隔てる1つ奥山.秋山山稜に踏入れることにした。
   甲州街道の古道を辿り.前道志の穴路峠越えをし秋山街道に下り.しして秋山川流域に聳える秋山二十六夜山に立つ。

     小篠地区から穴路峠越えをして棚ノ入山北尾根の末端へと綴り.秋山二十六夜山に立ち.二十六夜山東尾根を下り.
   下尾崎から前道志の寺下峠を登り返す。この峠越えは昨年.初めて前道志を縦走した折.寺下峠から立野峠へ抜けている。
   丁度今頃だった。前道志矢平山の主尾根を歩み.立野峠手前の伐採地から雄大に雪被る二十六夜山を含む.秋山の山々を初めて望む。

     今回は秋山二十六夜山をメーンに取付きを棚ノ入山北尾根に求め.下山は前道志727m圏コブ北尾根を選んでいる。
   峠越えは穴路峠.三日月峠.寺下峠を抜ける。下山は前道志中央に延びる新たな北尾根を選んでみた。その組み合わせからこのようなコースになった。
   ただ最後で北尾根では2分する樹林帯の支尾根を.早めに右手へルートを選んだ為.登山道に出てしまっている。大休止は山中で3度取る。

     jr上野原から路線バスの利用すると交通の便は悪く.始発8時28分発の無生野行バスの到着は9時17分。
   それでいて復路は土休日の午後便は14時20分発のバスは1本のみ。平日は9時26分発の1本。如何考えても行動する時間に余裕がなさ過ぎる。
   路線バスを諦め.JRの中央東線沿いの駅から往復.峠越えすることにした。

    3月16(土)快晴
      jr御徒町4:36=4:39神田:41=5:43豊田.大月行:48=6:31鳥沢.

     今朝の列車は立川辺りで白みだし.八王子付近で夜明けを迎えている。又小仏トンネルを潜った先の藤野では.濃い朝モヤに覆われた。
   先を閉ざす朝霧が前道志の沿線を綴る電車の車窓から常にアップで望まれていた。それも鳥沢駅に下車し.歩きだす頃には.漸く朝陽が大地まで照り付けるようなった。

    高畑山と大桑山北尾根を正面に
    jr中央東線の鳥沢駅前広場で.6:32

    jr鳥沢駅
     前回は大桑山北尾根を下り.津成から太田.鳥沢集落へと夕日を浴びながらjr鳥沢駅へ降りてきた。今回はその時の鳥沢駅を起点として
   更に前道志を越えた奥側の中道志にある秋山二十六夜山に立つ。.朝の陽光を体一杯に受けている。鳥沢駅は無人でまだ誰もいず駅舎に独り下車した。

     振り返って改めて眺める広場と鳥沢駅の駅舎。この時はまだ知らなかったが鳥沢駅舎は後数年で取り壊される運命になっていた。
   4年後にjr梁川駅の北側に横たわる2つの御前山を縦走し鳥沢駅に降りた時は新駅舎に建て替えられていた。
   素朴さも何もなくなった小さな小さな白いビルの駅舎に建て替えられていた。本線には通い続けていたものの.今回はそれも知らず駅を出る。

     穴路峠越えと棚ノ入山
       jr鳥沢駅6:31一6:49虹吹橋一7:05林道ゲート一7:43石仏分岐一7:5642本松一8:30穴路峠:40
       一9:09赤倉岳バス停一9:23棚ノ入山北尾根取付き.

     鳥沢駅に降りたのは今日も私一人だった。10日前に大桑山北尾根を下り.甲州街道を猿橋方面から茜色の夕日を背に受けながら
   鳥沢駅に向かっていた。今日は右手に折れ.梁川方面へ.眩い朝陽を真向かいに受け.甲州街道を上野原方面へ歩む。

     昇る朝陽を真向かいに浴び.街道の両側に軒を並べる古い家屋や.通り過ぎる車も.山肌と云わず全てをオレンジ色に染めら照らされている。
   又街道では車が擦れ違う毎に.巻き上がる渦風を真面に受けていた。その都度一陣の風が巻き上がり.
   身振るを起こさせ.寒さを感じさせていた。今の気温は2℃.それでも昼過ぎには無生野に入れば17℃を超すと云う。

    前道志連山の山並の奥.九鬼山
   11日前にも.ここから綴った山々.6:40
    低い中央本線のガードを潜り.桂川(相模川)虹吹橋南詰にでる.

    昨年の今頃歩んだ倉岳山北東尾根.手前は北尾根
   北西尾根と末端の580m圏峰と下畑の集落

    アプローチ
     鳥沢は甲州街道22番目の宿場町.街道角に「下鳥沢宿」・「高畑山.倉岳山」の道標を見て.
   昔ながらの黒板塀のある脇道へと右に折れる。線路を潜って道伝いに進むと先の踏切からの道と合わさっていた。

     街道から一段下る桂川への道筋には住宅がめっぽう増え.住宅地を抜け.山へと気持ちが乗のるのは桂川虹吹橋を渡ってからになる。
   沢沿いへ下る橋正面には前回綴った鈴ケ尾山の連山が朝モヤに浮き上がり.朝の陽光に照らされ薄く赤味を残していた。

     川底から見上げているせいか低山の割に山々は高く.地形図との高度差以上に目の錯覚を感じさせていた。
   左手の桂川下流側に聳える倉岳山から派生する幾つもの支尾根が逆光の朝モヤに煙り.霞み眺められた。
   その末端の南麓に軒を寄り添っているが下畑の集落。

    桂川南岸の小篠地区と旧道の右手は「イトヒバ」
   手前は旧道で川沿いに県道.梁川猿橋線が通る.7:00

     強い朝焼けの大桑山北尾根の下端の428m圏峰と津成地区越えの太田山548m。遠方の三角錐は以外と九鬼山かも?
   大木の「イトヒバ」から見られる畦道が左手に横切っている。そこが高畑山北尾根の下端の取付きになるのだろう。

     取付きに大杉が見届られた。右端奥には滝子山と大谷ケ丸. 正面奥のの津成の集落は前回下山した大桑山北尾根ルート.
   桂川の上流に架かる新桂川橋梁下の曙橋から鳥沢駅にでられる。

     紅吹橋を渡り.右手に迂回する車道を登り返すと小篠の高台集落に入る。振り返ると桂川沿いの河原越に.
   これ又前回も背を見つつ登った百蔵山.扇山がどっしりした山容を構え見上げられている。小篠の集落に入り.突き当ったT字路が
   県道の梁川猿橋線の旧道で.左に「高畑山.倉岳山」への道標に導かれると左上から集落を抜けている。

   左下は「←穴路峠・鳥沢駅→」の道標と高畑山分岐の石仏.7:19

     小篠の集落の上部の山ノ神神社を左に見て.鉄網のゲートを抜け.小篠貯水池の堤の下を過ぎると小篠沢の小鉄橋にでる。
   渡ってから左手から作業道が合わさりる。ここが倉岳山北西尾根の取付になり.作業道に入れば20m先で山道に取付ける。

   石仏.穴路峠からの登山道の分岐.7:43
    直進する左の穴路峠と右後方はヘソ水経由の高畑山北尾根の中腹にに乗る分岐。分岐の石仏は恐らく馬頭観音か

     夫婦杉.8:00
    小篠沢の下流を望む

     この峠路は古くからの「穴路峠みち」だった。道志へはもちろん前道志.倉岳山への登路としての馴染みは深い山道。
   かっては高畑倉山.或いは檜山と呼ばれていた高畑山は穴路峠からの繋ぎの山」として.峠から往復しているに過ぎない山だったらしい。
   それが近頃は異なり.「倉岳山」の言葉が合言葉になり.この穴路路からの縦走も目立つようなっている。

    小篠沢(おしろさわ)
     沢沿いの坂状にある小篠の集落の家並みを抜けている。庭先には白梅が満開の花を咲かせていた。
   この時期まだ咲く花は少なく.香りが漂ってきそうな勢いの梅の木が各庭先に幾つも見られる。

     集落の最奥の民家にも庭先があり.過ぎると林道ゲート兼獣害用棚が横たわり.棚扉を開閉して登り詰めれば直ぐ小篠貯水池にでる。
   小篠沢は倉岳山北西尾根と高畑山北尾根に挟まれた渓谷で穴路峠に突き上げ.古道が峠越えをしている。この峠路を綴って行く。

     右岸沿いに辿り.ここ貯水池から土道になり.H鋼の小橋を渡れば山道に入いる。小篠沢の狭い谷間を遡ると山陰は樹陰と重なり合い.
   薄暗くなった。今までと比べ仄かに薄暗さを増し.夜明け前の灰色じみた寂しい風景に変わっていた。

     左岸沿いの山腹を辿り.山中では珍しい竹林を見るようなると先で小さな石仏に出会い.右手に高畑山北尾根を横切る径を分けている。
   その直ぐ先ではお地蔵さんにも見守られていた。ここで倉岳山の北西尾根のヘソ水にダイレクトに登る小径を分けている。
   小篠沢を飛び石伝いに渡ると明瞭な道が刻まれていた。私はその間々浅い谷底を綴る小径を直上した。

    天神山と高畑山
   小篠沢対岸ツメの天神山と重なる高畑山.8:24

     1/2万5千地形図「上野原」の図画を見る限り.最後の峠へのツメは東側から張りだした尾根の南側を巻く破線で記されている。
   ただ実線はその手前の尾根から大きく入り込み.登山道はU字状の切り通しを迎え峠にでていた。
   高畑山を樹間から正面に見上げるようなると明るい穴路峠にでる。

    前道志穴路峠
   高くなった朝陽と共に峠を境に北面にも陽光が差しだす.8:30

    穴路峠
     梁川駅から穴路峠まで2時間ほど.左は高畑山.右倉岳山方面の鞍部に位置し.見た目は小さな峠。
   古道の大切な交易の峠路にでる。甲州街道鳥沢の宿場と秋山街道無生野の集落とを繋ぐ古くからの峠。
   道中には石仏に地蔵像があり.今は峠上に「峠道文化の森」と山梨県林務部の大きな「案内板」が立てられていた。

   峠の解説板
    左図の赤点線コースでなく.今日は穴路峠から寺下峠路を歩んでいる。

     内容は地域特有の文化を育んだ里山の峠道と現代的な意味での交通について考える端緒となることを謳っている。
   穴路峠,立野峠と無生野と繋がりの絵図に.大樹のアカマツ.スギやヒノキは昭和41年植栽造林木とある。
   そして地形図と異なる登山道付近を含め.「峠道文化の森」に指定されていた。

     「広辞苑」には「アナジ」は冬に北西から吹く風とあり.「甲斐の山山」にも「アジ」或いは「アナシ」は北東の風のことだと述べている。
   無生野の人達が鳥沢宿に炭を運ぶのは冬期で.この峠を登る時は常に冷たい北西の風が吹き付けていのだろう。
   それで穴路峠と呼ばれるようなったらしい。

   中道志.秋山山稜と二十六夜山
 

     矢平山北西尾根から倉岳山北東尾根と歩んだ折.細野山手前の伐採地から望んだ秋山・奥道志の山々・・2012.03.14/12:30
   穴路峠を下り返し棚ノ入山北尾根から三日月峠を経て.秋山二十六夜山に立つ。又二十六夜山東尾根を綴り.
   再び秋山川の下尾崎に降りている。その全風景を望んでいる。下尾崎からの帰路は前道志.寺下峠を選んでいた。

    無生野越えのサンショウ平
   乾き切った土壌の穴路峠から南面を望む

     峠越えの南斜面を境にして.秋山川側は早春の朝陽に満々と溢れ.サンサンと浴び大地は前途太平の雰囲気を漂わしている。
   山陰に隠れた北側の斜面は登るには都合がよかった。ただ薄く暗く休めば肌寒い。それを跳ね飛ばす勢いを持つサンショウ平。
   上写真の右上中央の頂になる。

     裏表の温度差を激しく感じ.朝方から霞も強い。峠から望められたサンショウ平はこれ又逆光で霞む遠望になっている。
   無生野の集落へと穴路沢を下り.再び棚ノ入山北尾根を登ると昼頃に前方に聳える秋山二十六夜山に立てられた。

   峠越えし無生野への径で.8:54
    穴路右岸の登山道に放置された台車の残骸

     天神山南東尾根.いわゆる穴路沢右岸尾根を登りに使う場合は秋谷街道の雛鶴神社で右に迂回し.
   迂回路がUターンする手前の電柱(西幹右)脇から木の土留めの山道を辿る。灌木と竹藪で道形を失うが再び現れ.
   780mで左に巻かず.尾根筋を辿れば天神山の右寄りにでる。登り50分.

     先はどの位い掛るかるかが分からず.穴路峠から樹陰の暗い穴路沢を下っている。
   穴路沢右岸沿いを下る途中に繋引用の古い三輪車が放置されていた。昔の峠路は幅広かったことが伺える。

    両側は小さな穀物用に積まれた石垣群
   穴路沢出合付近.9:00

     峠路が沢口近くになると両岸に石垣が何ケ所も組まれている。開墾された小さな畑の用地ように思われる。
   急斜面に囲まれた狭い土地柄.少しでも畑を確保したかったのだろう。ただ今の時期.出合付近では殆ど沢の流心を見られなかった。

    中道志(秋山山稜)
      穴路峠口から前道志を越え秋山街道に下り.秋山川と支流の玉ノ入川を隔てる分水嶺の秋山山稜に入る。
   棚ノ入山北尾根を詰め展望を楽みながら三日月峠から二十六夜山―復路は東尾根から下尾崎にでて再び前道志.寺下峠へ。

    斜め対岸はタンノイリ沢出合.赤倉岳
   穴路沢出合からの県道35号・秋山街道・旧鎌倉裏街道.9:04

     穴路沢出合にあたるのは無生野から続く上流側。正面は三日月峠付近から946m圏コブ.767m圏コブに繋がる尾根。
   右側の尾根末端は大ダビ山秋山川沿いの秋山街道を右に折れれば雛鶴神社があり.雛鶴峠にでる。
   隧道を潜れば大旅川側の雛鶴神社を過ぎ朝日川沿いに桂川上流の富士急赤坂へ至る。

     左に街道を下れば二十六夜山の北側を回り込み.下山予定の東尾根を下れば下長崎にでて.秋山川を縫い.
   jr上野原駅前の甲州街道に至る。秋山川の出合は桂川の遥か下流の相模湖の入り江に流れ込んでいる。

     石垣が現れると直ぐ「至穴路峠」の道標があり.左手の踏む跡をただると「穴路沢の大ナラ」があると後で知る。
   裸土の林道にでて道標のある舗装に変わり.弥名橋(やな)を渡ると500m先で.秋山街道.県道35号線にぶち当たった。
   ここはやや高台で.タンノイリ沢出合の集落が見下ろされている。

     歩む間もなく街道にでて.右手に折れ更に奈良山林道に入れば中間尾根から雛鶴峠に至る楢山峠にでられる。ここは峠までがポイント.
   街道を左折し.秋山川弥名橋を右岸し渡るとタンノイリ沢沿いに入る。二俣でタンノイリ沢林道に入っている。

     タンノイリ沢本流出合は無生野側に流れ込んでいるが林道はバス停1つ手前の西側にある赤倉岳バス停前。
   路線バスの終点は上野原行.都留市行.共に無生野からだった。上野原行は午後の最終便は14時20分発.

   赤倉岳にある確りした祠に安置された石仏さま達.9:08

    二十六夜山と棚ノ入山北尾根末端
   左岸沿いに入る。タンノイリ沢林道より.9:11
    棚ノ入山北尾根
      9:23北尾根取付き一9:49(730.6m三角点コブ一11:08棚ノ入山

    タンノイリ沢二俣.北尾根末端
   二俣,右俣の西タンノイリ沢を渡ると尾根取付きに.9:23

    左俣はタンノイリ沢の二俣
     秋山街道から始まるタンノイリ沢林道は左岸沿いの台地から見上げる送電線都留線を潜り.出合の二俣にでたのが15分ほど。
   右手に水道設備を見て.右俣の角に入ると西タンノイリ沢沿いに続く林道は延伸工事が行われていた。左俣右岸角に入ると
   先は河原が明るく開かれ開放的になり.手摺のない短い永久橋を渡ればそこは棚ノ入山北尾根の末端になっていた。

    厳しい棚ノ入山北尾根末端
   猛烈に枝打ちされた急斜面の取付き.9:42

     末端の右奥には林業関係の赤テープが幾つも付けられている。ただ取付きとしてのテープ類のマーキングは認められなかった。
   ルートとして末端のここから登ることだけを考えていた。東タンノイリ沢を小滝まで遡行し北尾根の東面から入り込むルートは無視し.直登する。

     漠然と少し遠巻きしてから取付き地点を探し見渡すも.登るべき切っ掛けとなる所が見付かられなかった。
   9時20分.永久橋を渡った地点からそのまま末端の膨らみ状の所から取付く。

     軍手をはめ.初めから突進するが如く杉林の急斜面を這い上がる。枝打ちされた枝木が煩く.足元は確り踏むと云うより
   棄て枝に乗り移りながら.浮いた枝木を掴み.立木の根元にバランスを求めてハイペースで登り詰めている。

    730.6m三角点コブ
   あるかないかの浅い踏み跡を辿る.9:50

     手を離せば落ちる急斜面. 取付きの林道の路面の白みも小さくなり.分からなくなると.やや右手に回り込む内.
   杉の植林帯の右端にでる。小さな起伏が起きるのを感じ.掴み上がる登りは25分ほど続いていただろうか?
   ここからは黄プラスチック抗.測量抗が点々と続き.過ぎると急に傾斜は落ち.730.6m三角点標石にでた。

     もう手でバランスを取る三点確保の必要はなくなった。藪漕ぎがなくなれば.今度は距離を稼ぐ。
   少し細かな露岩が現れだし.一ケ所尾根筋を塞く大岩が現れる。右を巻いている。

    藪上の倉岳山
   東タンノイリ沢寄りから山の南面を望む.10:08
    中道志側からの倉岳山

    日向舟
   西タンノイリ沢を隔てた対岸.10:09

     それから10分ほどでスズタケが姿を現れだした。尾根の両側は急峻をなし落ち.踏み跡はあるかないか.それほど薄くなる。
   南西に向きを変える辺りから間伐され.笹藪も途切れながらも続いている。そして踏み跡らしくなり分かるようなった。

     自然林が覆い.北側に倉岳山が頭をもたげだし.頭上にも陽光が差し漏れるようなる。笹藪は腰程度.
   尾根筋に被る自然林はやや密度を薄められると西側の山稜は登るにつれ次第に眺望が眺められるようなった。
   大きな山容は日向舟だろう。正面にはサンショウ平らしきコブも現れだしている。

     痩せ尾根に入り
   明瞭になりだした踏み跡.10:24

     笹藪が消えたのは850m付近.踏み跡も明瞭になり.冬木の枝々を縫い木洩れ日を頭からも浴びている。
   痩せ尾根に絡む灌木帯. 左手に三日月峠からの尾根が延びてきた。そして次第に高度を上げるに伴いその距離は狭まっている。
   振り返ると冬木のジャングル越に高畑山.倉岳山の山稜の輪郭が樹間越しに広がり.麓には無生野の集落が見下ろされるようなった。

    途中で見付けた2つの不思議なポイント
     11:06

     ここで足元にチョッとした不思議な岩角を見付けている。岩肌に埋め込まれたのは何か? 分からぬ人工的なもの? を見る.11:00
   又数分先で立木の根元に絡む苔の丸い茂みと云うか.落葉舞う大地の立木下にただ1ケ所.緑々したボール.やはり苔坊主を見ている。
   種は鳥の糞が落ちたものか? 共に何故ここに存在するのか.理由は分からないでいる。

    サンショ平.棚ノ入山
   頂1117m.稜に出た正面.朝日山の左肩にでる

   折れ崩れた熊笹に掛かる人名入りの道標.11:08

     もう先は見えている。最後のツメ.キツイ斜面を踏ん張り.競り上がる左尾根と肩を並べ合わさった。草木を分け.恩賜石標を見ると
   小さな平地と云うか.縦走路.登山道の片隅にぶちに突き当たる。灌木が茂り.正面の登山道の向かいはガレ落ち何もない。

     末端から1時間半ほどで棚ノ入山1117mにでた。頂に立つと云うより.高みの尾根筋に登った感じるを受ける頂。
   向かいは大ノ入川の崖っぷち.横に細長い痩せた平頂だった。

    左前方が中道志の秋山二十六夜山山域
  
   前道志の背陵細野山東より手前の小コブ前から中・奥道志を眺める。・・2012.03.14/12:30

     右手前上の穴路峠を越えて秋山川の谷間沿いに降りている。日向向に挟まれたタンノイリ沢を遡り.二俣尾根を詰めると棚ノ入山に立つ。
   北丹沢山塊の大室山手前が秋山二十六夜山。越えて主尾根を下れば.秋山川の下尾崎にでる。越えて寺下峠.

    左斜面の擦れた突起が朝日山(赤鞍ケ岳)
   棚ノ入山から西方.棚ノ入(サンショウ平)を望む

     棚ノ入山北尾根ではテープ類は全く見当たらなかった。あると如何しても目はそちらに向き.地形よりマーキングを探してしまう。
   以前は数多くあったと聞いたことがあるが取り除かれていた。道中はすっきりした尾根になっている。

     ただ向かいでた頂の棚ノ入山は北側の尾根から登り詰め.すっきりした感じを受けると思っていただけに,何故かゴゼゴゼしている。
   登山道横に出たような錯覚を持ち又.雑伐とした平坦な所だった。尾根筋は植林帯を抜けるとまだ冬木の絡む所が多い。
   それでいて高度を上げても.日当たりがよい台地の為か緑々した所も多い。

    同山の異なる山名
     山と高原08「高尾.陣馬」エリアの山名.その他ではこの1117m台地を棚ノ山と記し.この右手先の分岐をサンショ平(棚ノ入)とある。
   又折れ倒れた古い道標は消え掛かった中.「棚 山.二 夜山」と如何にか読める。この道標には「棚ノ入山と秋山二十六夜山」を指していた。
   現地の表記と異なり混乱し.それぞれの判断に任せられていた。

     又その頂点の1299m峰は1/2万5千地形図「大室山」では赤鞍ケ岳とし.山と高原では朝日山.補足として(赤鞍ケ岳)と記している。
   そして主稜の東側の1257.0mを赤鞍ケ岳(ワラビタタキ)として記載されていた。
   統一されぬ間々.注訳もなく.まして初めて足を踏み込んだ私には何が何だか分からぬ山名なり.地点だった。

      表道志細野山東側の伐採地から北尾根を望む・・2012.03

     小篠から穴路峠越えの棚ノ入山北尾根へ・・前道志の裏側越え
     三日月峠から秋山二十六夜山.同東尾根を越え下尾崎
     寺下峠から表道志727m圏コブの北尾根右又から峠越の登山道へ