| 西丹沢.丹沢湖から中津川の源流を取り囲む尾根と峠路. 玄倉山神峠から雨山峠へ ・・丹沢山塊Top 玄倉から小菅沢を詰め.山神峠から中津川の源流の幾つもの支尾根を繋げ寄沢後沢を降りて中津川.宇津茂へ 秦野峠林道.玄倉経路.山神峠.檜山山稜.雨山峠.茅ノ木棚山稜.鍋割峠から鍋割山南山稜.後沢中間(左岸)尾根に回り込み寄沢林道を下る 2014年04月27日.単独 玄倉から秦野峠林道.玄倉径路を繋ぎ玄倉山ノ神峠・・新登山靴と肉離れ・巨樹の落木崩れ 檜岳山稜から茅ノ木棚山稜へと幾つもの峠路を越え鍋割峠 古い峠路.鍋割峠から鍋割山南山陵―後沢中間尾根からやどぎり森林遊歩道 鍋割山稜と茅ノ木棚山稜.檜岳山稜 箒杉沢のコルより.2008.11玄倉山神峠 玄倉林道は今だ崩壊が激しく閉鎖が続き.如何にか人だけは通行可能になっている。林道を横断してから既に1年の月日が経っている。 今回は小菅沢から旧玄倉径路を経て.山神峠に立つことを第一の目的でとし.中盤は玄倉川中流の左岸山稜を綴り.雨山峠越えし鍋割山南山陵を下る。 昨年は同角山稜からユーシンを経て南北に雨山峠を越えている。同じ時期を迎え.当時の雨山峠越えが私の脳裏に今まだ余韻として強く残されていた。 それ故後半は南山陵から後沢中間(左岸)尾根を下り.寄沢林道から宇津茂・寄bsにでることにした。 玄倉林道が完全開通する前に如何しても玄倉山神峠に立ちたく.もう懐かしくなった雨山峠と鍋割山稜を繋ぎ鍋割山にでるルートを考える。 それを踏まえ.玄倉から桧岳山稜を経て.雨山峠を横切り.茅ノ木棚山稜を詰めて.鍋割山南山稜から後沢乗越に回り込み.寄沢中間尾根を下る。 雨山峠を2つ目のポイントとし.周辺を取り巻く.4つの古道・旧峠路をも訪れてみることにした。少し欲張り過ぎたかも. 玄倉ノ野 玄倉集落と秦野峠林道.8:124月27日(日)快晴 jr御徒町¥170. 5:00=5:04神田:07=5:25小田急新宿.急行小田原行¥900. :31=6:51新松田.富士急湘南バス7:20 =8:05玄倉bs. 新松田駅発.西丹沢自然教室行のバスは増発された。5月の連休に先かげ.さすが丹沢だと思ったら30名もの団体さんが含まれている。 今回は丹沢湖東岸にある玄倉バス停に下車。快晴無風とまでは行かぬが予報では丹沢湖で正午に19℃になる。長閑な陽気の山行になろう。 不老山と富士山 小菅沢橋より丹沢湖東岸.8:26丹沢湖南岸を綴る小さな鉄塔は落合発電所と結ばれる落合線鉄塔群. 湖畔手前に建つのが18号鉄塔であり.玄倉の集落の中に建つ。 落合林道から山神峠への旧経路 玄倉bs8:05一8:36秦野峠林道ゲート一8:53(38号鉄塔)一9:18蕗平橋登山口一10:10大ガラ場一10:50玄倉山神峠. 落合林道(秦野峠林道.神縄神山線) 丹沢湖ビジターセンターの角から山北秦野線と分かれて.湖畔から右に折れ.道幅広い舗装された林道秦野峠線(落合林道)に入る。 玄倉集落手前縁から小菅沢左岸沿いの高台へ。枝沢の向沢橋を渡ると右脇に林道の標柱「起点から14km.終点1km」が立てられていた。 本流の鉄橋.小菅沢橋からは足元に玄倉集落が見下ろされている。丹沢湖の湖畔越しには世附権現山の姿が映し出されていた。 その先が西丹沢の西に当たる世附川流域になるのだろう。源頭を越えれば山中湖の湖畔にでる。 権現山の右肩には純白たる富嶽が鏡に反射したが如く眩しく望まれている。余りにものその山容の大きさにも驚かされている。 秦野峠林道ゲート.正面が富士.8:3624号鉄塔.後方に25号鉄塔が建つ 送電線落合線 右岸に移ると林道はジグザグを切り.右上高くに白いガードレールが横切るのを見て.このカーブを回り込み林道を省き.直登した。 出た所に閉ざされた林道のゲートがあった。その脇には落合線24号鉄塔が建ち.挟むよう25号鉄塔がある。 この送電線は丹沢湖.永歳橋付近の湖畔にある(新)落合発電所を起点とし.神奈川県企業局玄倉第二発電所を結ぶ66kV.1回線の送電線。 ビジターセンター裏に18号鉄塔が建ち.21号分岐鉄塔で第一発電所からの玄倉線と結ばれ.このゲート上を抜け山神峠の41号鉄塔に至り. 終番の45号鉄塔で玄倉川第二発電所と結ばれている。 送電線の名称は,古くは現在丹沢湖の湖水に沈む東電の旧落合発電所の送電線を利用しているためで.鉄塔番号も電流の流れに対し 逆番鉄塔になっている。そして湖底の発電所からはもう1本の送電線があり.秦野峠を越えていたと云われていた。今は撤去されている。 最近PCで玄倉川上流に更なる発電設備か? 増設する噂を聞く。林道の長い改良工事にはそれに係り合いがあるのだろうか? 玄倉第一.第二発電所で発電された電力は発電機からの出力6.6kVを変圧器で昇圧し.66kVで東電の落合送電線に送電されている。 保安林区域図 基部右下の看板.足柄上地区行政センター農林部林政課ブッシェ峠と日影山北東尾根 小菅沢右岸.塔ケ平手前より峠の左山腹の刻みは林道秦野峠線でブッシェ峠を越え.林道秦野峠にでている。 林道落合線・・秦野峠線 林道秦野峠線は丹沢湖東岸の玄倉を起点に小沢の右岸沿いに蕗平橋にでて.対岸の山腹に入り.ブッシェ峠越えをしている。 そこからヘイソ沢の北側山腹を詰めると林道秦野峠。杉ノ沢の左岸山腹を下れば寄沢にでて終点の寄大橋にでる。 村人と用心棒 ゲートを越え再び林道を登り始めると右手の対岸に日影山に連なる山波が横たわって見上げられた。 そして犬を連れた婦人と擦れ違い.更に地元の老人と出会う。 散歩だと云う老人は古いテントのアルミポールを1本持っている。聞くと熊に遭遇した時の用心に。 又杖として地面を叩く響きが熊に利くそうだ。最近この辺では2度熊が姿を遭わしたと云う。 鹿害を尋ねると5月になり霜が無くなると新芽が吹き.それを狙う鹿が姿を現わすらしい。この鹿害は集落に莫大な被害をもたらしていた。 耕作した畑は全滅し.茶畑も放棄する者が多くなっている。村人が再び山から下りてきた。彼も散歩で片手には護身用のポールを持っている。 左枝沢.イタドリ沢橋を渡る付近で彼と逢い戻ると云う。「峠を越えユーシンですか?」の言葉に。 「大倉か.寄に下ります!」。私の歩きに溜息をつき.「気を付けて!」と最後の言葉を頂き.村人2人と別れた。 旧径路の石積み跡 塔ノ平付近にて.8:57旧径路・・今は落合線の管理道路 林道の傾斜が緩み平坦になると塔ノ平にでる。北側には更に小平地が広がりを見せ.林道がそこをS字状に横切り登っている。 ここは31号鉄塔前の林道が右奥にカーブする所をを省き.直登すると檜の植林帯の森の中に入る。 林道と並行して古い旧道の石積みが植林帯の中に築かれていた。玄倉から山神峠.秦野峠を結ぶ旧径路の名残と思われる。 石垣を跨ぐと「ピー.ピー」と森の奥から先ほど噂した鹿の啼き声が響いてきた。 玄倉の集落の中を通り.玄倉ノ野の尾根の南側山腹の裾から小菅川右岸沿いに入る。山神峠を越えユーシンへと結ばれていた旧経路。 塔ノ平までの送電線落合線はほぼ真上を綴り巡視路としての役をも担っている。 そして更に南側には蕗平橋まで林道秦野峠線が並行し.左岸に渡ると日影山脇のブッシェ峠を越え.先は林道秦野峠に至り寄大橋に下りている。 小菅沢を蕗平橋で渡った所からは秦野峠への別の古道・旧巡視路の鉄塔管理道が綴れている。 伊勢沢ノ頭と1086m峰 右の窪んだ奥が秦野峠.9:06正面が小豆畑沢.右が大豆畑沢 小菅沢本流 蕗平橋より.9:11山神峠へは左側の右岸山腹を綴る.林道は蕗平橋を左岸に渡り.山腹に入るとブッシュ峠への登りになる 日溜まりの林道脇には小さな紫色のスミレにタンポポが顔をだし.河原が近づくと赤く装いされた蕗平橋(ふきだいら)にでる。 写真は蕗平橋から左俣の伊勢沢本流に重なり合う堰堤群風景。 林道は蕗平橋で左岸に渡るとと大きく右山腹を回り込み.田代沢を横切り日影山の東側鞍部を抜け.ヘイソ沢源流の林道秦野峠にでる。 その直ぐ北側が古道越えの秦野峠. 松田町側の杉ノ沢沿いに下ると寄大橋の起点にでる。そこはルートこそ異なるが今回の下山地点になっている。 ・・寄沢にある「秦野峠線」案内図 渡った蕗平橋下の河原 橋下を通る河原左岸にある治水工事用広場中央に下りる右上からの陰の支尾根は小豆畑右岸尾根になり.鉄塔管理道への作業道が綴られている。 又末端の丘陵を右に回り込み樹林帯を抜け二俣にでる作業道が造られていた。 陽当たりの左正面が本流の堰堤群. 旧玄倉径路は右岸沿いに山腹を巻き山神峠へ抜けている。 旧径路 ![]() 蕗平橋手前の登山口・・林道は左岸に渡り.ブッシェ峠から林道秦野峠へ.9:18 蕗平橋手前の左脇にある登山口 「山神峠経由ユーシン6.3km」の道標に.「山神峠からユーシン(玄倉林道第8隧道)の間で登山道が崩壊している為通行できない」との警告板が立つ。 これは以前からの看板で.新たに平成24年11月28日から当分の間.玄倉山神峠線の蕗平橋から山神峠間は県により入山禁止に変わっていた。 後から知るに2013年11月発行の「西丹沢登山明細図」には記載されず.2014年版山と高原「丹沢」では末梢されていた。 境隧道から山神峠までの玄倉径路は記されている。ただ分岐には後日の禁止看板はまだ立てられてなかった。 確りした道標はこの取付き地点と山神峠付近だけに.まとわり立てられていた。 ここから山径になり.河原に回り込むと右下の谷間には堰堤が並び.一度堰堤にでて.本流右岸の山腹沿いを綴っている。 小菅沢本流右岸の旧径路.9:41 荒れた踏み跡径になる 最初の桟橋.10:02 ミツバツツジ河原は新緑の若葉色が清々しい色合いを見せ始めていた。小さな木橋を渡り.白紫の花を持つミツバツツジを今年初めてご拝見した。 踏み跡は幾らか見ずらく薄くなる。本道は確りしているものの.河原との間には幾つもの踏み跡が残されていた。 まだ歩き始め.できるだけ上部を選び.確りした踏み跡を外さぬよう心掛ける。 大崩れしたガラ場 ガレ場中央より左岸.10:11左上に作業道が切れ落ちている 大きく崩落したガレ場にでる。対岸に切れ落ちた山道がはっきり認められた。大きく抉られた左岸の側壁に経路はスパッと切れ失われている。 落ちたばかりのような鋭い経路の切れ目は更に崩れ落ちるよう思えた。山神峠を目の前にしての白いガラ場。ここが通行止になった要因だろう。 ここは高巻きする以外なかった。ザレと白粒混ざりの土砂に注意を要した。三点確保で右岸の頭上に根元を探り.攀じるが足場は崩れ弱い。 アクシデント1・・肉離れ ガレ場の半ばでは横に走る縁の草付きの傾斜が増し.崖上がりに取り掛かろうとした時.踏ん張った左腿に痙攣の兆しがが起きる。 鎮まるまで待とうと思うが反対に治まるどころか.痙攣の輪は広がりをみせ筋が張りだし.その膨らみは徐々に肉離れを起こしている。 急斜面のガレ場.動くことができず.痛烈な痛みが左腿に襲ってきた。息も途切れ途切れに.ジッとバランスを取り.治まるのを待つしかなかった。 短いが間隔が長く感じられる。痛みの峠を越すと小刻みにゆっくり.痛みも引けてゆく。立ったまま一歩も動かず.治まるまで我慢するしかなかった。 足場の安定した所に移り.更に治まるのを待つ。痛かった割には痕に残らず.戻りる鎮静化するのも早かった。 歩き始めて2時間足らずして肉離れを起こしている。歳を取ったとはいえ余りにも早く.歩く前に筋トレの疲れか? 既に疲労をもたらしていた。 前回の上信国境.角間山は豊富な残雪がありながら.現地に入り降雨で中止になっている。6週間.山と離れている。それが原因だろうか? アクシデント2・・落木 無意味に片足に.力を入れると足元からズリ落ちる。 掴みどころのない場所にいた。崩れそうな土砂帯を避けようと見上げるが支える立木の根元は少ない。 その時.見上げる左斜め上前方から何か? 気に掛かる音を耳にするや.私の胴体ほどの倒木が頭上から根元を付け落木となり落ちてきた。 咄嗟に足を支えていた立木に抱き付き.顔は谷側に向けカバーした。抱きついた立木は落ちる倒木の大きさの半分もない。 轟音とも云えぬ重い響きが一瞬耳を切る。そして大地も揺れた。色としてはどす黒い圧する重みで.斜面を削るような音が連続した。 抱き抱えた立木にも枝々が触れ.爆風に絡む砂嵐が舞い.土砂の煙幕が周り全体を包み.被さるよう体に降り注ぐ。 下に落ちる倒木が目に入る。跳ねると云うより.そのまま転がり谷底に落ちてゆく。 落ちる瞬間は見ているも.目は谷底に向き.見続けることはできなかった。全てが治まり音だけでなく風塵も治まりホッとし.我に返っている。 ガラ場右岸を見る中央倒木上で大木の落石を受ける 土砂の煙幕 右足の登山靴の中にはザラザラの土砂が入り込んでいる。如何した形で入ったかは分からぬが結構な量だった。 又袖の下.両腕にも細かい切り傷が幾つもできたが気にするほどの大きさでもなく.大怪我にならずしてホッとした。 帰宅してから妻にシャツの背半分が色が変わっていると告げられた。汗にビッシリ土が付き.叩いても取れぬ状態になっていた。 一度の洗濯では取れなかった。肌着は揮発性の高い繊維のものを身に付けていた。1着¥3000は超す品物. それ故か.肌着の色周りは汗ばんだところだけが変わっていただけだった。 又風呂に浸かり頭を洗った時.水洗いは洗面器を茶色に染め.洗面器の中は確りした濃い土色に変えている。 頭からもろに土埃を被ったらしい。一瞬,¥0記憶が薄れるも確かなことだった。 もろに当らなくとも.何かに引っ掛かれば倒木と共に深い谷底に落ちただろう。自然現象に対する運の強さを改めて感じ取っていた。 周りは既に元の静けさに戻っている。命びろいし.気も落ち着いてきた。以前.落石に怯えたことはあったが倒木は初めてだった。 15mを超に超す倒木が私の脇を抜け.谷底に落ちた。乾いた石英混ざりの細かい土砂のガレ場で.落木した痕跡の色合いは変わらぬものの. 通った斜面の小さな立木は全て掻き落されている。 ![]() 小菅沢源流のツメ 右上は40号鉄塔.10:40 改めて丁寧に探り登る。そしてガレの左岸に渡り.樹林帯を攀じり下る。 取付き付近には沢底に降りるトラロープが付けられていると後で知る。下った方がやや気が紛れ安全のようだ。 ガレ場を高巻きした裏側の急斜面にロープが張られていた。 ここは支えとなる樹木は豊富で.一番大事なガラ場右岸にロープの備えがないのが残念だった。 多分以前はこのガラ場は容易にトラバースできたのだろう。又は設置されてものの既に失われたかも知れない。 そのロープ下には初めて道標「蕗平橋」がたてられていた。ここには「この先崩壊地です」と黒マジックで付け加えられていた。 ここからは浅く沢底を下り返すと右上に40号鉄塔が見上げられた。鉄塔基部からは木段が現れ.樹冠に天空が広がり.浅くなったツメの谷底に入る。 道中.時たま黄色いプラ抗を見るが.最後は赤帽白柱と白頭黒抗に黄色いプラがまとまり見られ.山神峠にでている。 玄倉山神峠 人と年輪に刻まれた峠.10:52山神峠は伊勢沢ノ頭北西尾根の957mコブ.大垣との鞍部にあり.鎮守の森にある。 祠の中には「山神様と水神様」が祀られている祠の屋根上が41号鉄塔基部 山神峠880m(さんじん)からの径路 山神峠は巨木と高木の樹林に囲まれた広い窪地の台地にある。西側の一段高い所に小さな木祠があり.山神様と水神様が祀られていた。 参道の短い石段があり.上空は巨木の御神木に守られ.更にその上の高台に41号鉄塔が突き上げるよう聳えている。 峠は木漏れ日も通さぬほど樹林が密る巨樹が茂り.薄暗さがよき雰囲気を漂わしていた。その森の下のベンチで1本取った。 山神峠には幾つもの径路が交差している。登ってきた西方は林道秦野峠線を経て玄倉へ。 南方は伊勢沢ノ頭西斜面から秦野峠に至る径路。このルートは峠直ぐ脇の崩壊が激しく通行不能で大きく高巻くが.この管理道は危険を伴う。 小菅沢左岸沿いの山腹を横切る径路に送電線落合線の管理道がある。一度この管理道を歩めば西面の地形を少しは把握できるだろう。 北方はこれから向かう尾根伝いに伊勢沢ノ頭にでれば檜岳山稜への縦走路にでる。尾根伝いの山径になる。 西北方には境隧道から山神峠に詰め.雨山橋に至る山神経路が続いている。 峠の北側にはユーシンへの分岐があり.樹林の隙間から丹沢主脈がちらっと望められた。 ただ登山口にあった警告文と同じ.「この先.ユーシン(玄倉林道第八隧道)の間で登山道が崩壊し通行できません」が立ち.通行止を示している。 この山神古道はユーシンへの道で裏側から覗き込むと.初めからずーとガレ場で崩壊し.この経路は廃道化が進んでいる。 どれもが踏み跡.或いはそれ以上のルートになる。過っては玄倉からの林道ができる前は「山神峠」を越え諸土平へ下る峠道が綴られていた。 丹沢山の山神峠 西丹沢には山神峠と名を残す峠がもう1つある。ここ玄倉の小菅沢源頭部の「玄倉山神峠」と世附川流域の古道にも同名の「世附山神峠」がある。 世附と水ノ木を結ぶ古道。他にも唐沢川沿いの山ノ神.柳島ノ山神など.何処も立派な祠や社が祀られていという。 2010年01月.玄倉林道の崩壊が激しく.改修工事の為全面通行止になった。そしてユーシンへの回避ルートとしてこの踏み跡が利用されていた。 2012年04月.歩行者のみ通行可能に。山と高原地図では赤破線図.1時間ほどで玄倉林道.境隧道に下りられる。 玄倉から秦野峠林道.玄倉径路を繋ぎ玄倉山ノ神峠・・新登山靴と肉離れ・巨樹の落木崩れ 檜岳山稜から茅ノ木棚山稜へと幾つもの峠路を越え鍋割峠 古い峠路.鍋割峠から鍋割山南山陵にでて.沢中間尾根からやどぎり森林遊歩道 |