冬の谷川岳の国境稜線 新人として谷川岳西黒尾根〜蓬峠 感激溢れる雪稜 快晴.無風の別世界が冬型となり荒れ狂う 西黒尾根上より谷川岳 |
|||
| 天候急変した上越国境稜線 s40年(1965年)12月11〜12日. L田中正幸(3).m松村進.田沼栄一.三浦俊彦(1) 木曽御岳山で冬山の良さに惹かれた僕は月を改め再び上越国境の雪山.谷川岳に出向く。 次の週末には仲間3パーティが谷川岳周辺に入る。 既に初滑りを目論む谷川岳天神へは林さん等.女子パーティが入り,男子パーティは蓬峠に宿り,山ツァーに入っている。 それではと冬山初めての上越国境越えてで.蓬パーティとは谷川山の頂で出会う手筈になっていた。 西黒尾根―谷川岳―武能岳―蓬峠―土樽 土合 雨が降る東京を発った列車は土合駅ホームに入線すると星屑の散りばめられた夜空に迎ええられた。 谷間一杯に星群が扇状に広がり.ホームに立つと寝不足の体に冷たい山気が身を震い起こされていた。 ロープウェイの駅広場には,今だ動かぬロープウェイに長いスキーヤーの列が続き,気の早い者は人の間を縫い滑っている。 林先輩を探して見たものの余りの人の多さで分からなかった。 西黒尾根 |
|||
森林限界を越えた西黒尾根 . |
|||
トマに耳から西黒尾根を望み.遠方は赤城山 西黒尾根の雪稜にでて 湯檜曽川対岸より西黒尾根12月11日. 上野23:56= 12日. 土合一西黒尾根取付6:30一9:50谷川岳10:30一13:45武能岳一14:10蓬峠ヒュッテ15:00一17:40土樽 ・・蓬峠ヒュッテで蓬パーティと合流。 夜明け前 旧道を三折すると西黒尾根登山口にでる。何処も同じ急登の取付は以外と短く尾根上の国鉄鉄搭にでた。 明け始めた夜空は星屑を西方へ追いやり始めている。 そして乳白色のベールに包まれた夜明けの空間が闇空を押しだし始めていた。 夜と夜明けの同居する空間は次第に白み.明るさが勢力を持ち.樹間にうっそうと漂っていた闇間を消し始めている。 笠ヶ岳頂稜の一角に陽光が強く放された。そして一点の光線の漏れが太陽を導きだしている。 谷川岳西黒尾根 夜明け 1本取る。憬雪小屋跡.大空にピンクの朝焼けが生まれた。 真白い白銀は眩しさを増し,仰げば雪稜の上にソフトクリームのような耳が2つ突き出している。 そしてその谷川岳の上には雲1つない蒼空が広がりだしていた。 間を空けずピンクの山肌は薄れ.陽光の導きが雪に覆われた頂を照らしだした。目指す頂はもう煌き輝く雪稜として望まれる。 素晴らしい夜明けの先に雪の王国が横たわっていた。 気ははじゃぎ.視界の充分利く雪尾根は面白い程高度を上げていた。 雪稜 左手下.天神平のスキー場は蟻が群がっているよう見下ろされた。 こことは別世界を覗き込んでいるようだった。僕等は天界へと歩む。 谷川岳.肩で蓬パーティを待つ。 サブザックに腰を降ろし谷間を仰ぐ。じっとしても寒くはない。反って強い陽差しにポカポカさえ感じさせられた。 雪白さを更に眩く反射させ,白稜と紺碧の空とが境を築き.その境界線が僕の眼の前に飛び込んいる。 それはゴーグルを通しても眩みそうな強さを持っていた。 マタも僕もカメラを持って来なかったことを悔やんだ。 田中先輩も荒れると思っていたとカメラが欲しいと口を零していた。 頂稜 |
|||
山頂からオキノ耳との稜線 |
|||
| 国境稜線 時間はまだ早い.天気も抜群によく.途中で会うだろうと腰を上げる。 オキノ耳を過ぎると国境稜線は人気もなく.僕等だけの山を更に強めている。頂より一歩でるとトレースはなくなった。 雪稜に足を踏み込めば程良いラッセルに綺麗なトレースが煌き築かれて行く。 心を踊らせ湧く々する気を押さ押さえ頂稜を歩んでいる。 足元の右下に切れ落ちる崖の壁下は湯檜曽川まで落ち.魔の山と称する岩場を構成していた。 そして左側に広がる魚野川源流の緩い斜面が国境稜線を非対称的な山稜に変えている。 谷川岳から茂倉岳にかけ雪庇を避けて.万太郎側の雪潜る這松帯を歩む。 雪の被る這松帯は時には足を這松の空間に突っ込ませ,膝まで潜らせた。 そして腐りかけた雪質はもうダンゴになりがちとなる。時折ピッケルを振い落とした。 風の道 茂倉の頂付近には風の通り道がある。 無風に近い稜線はそこで急に茂倉谷から這い登る強風にあおられた。 息のない烈風は30mを越すだろうか? マタがピッケルを雪面に差し.ぴったり停まった。 真ともに受ける風は頬を打ち.袖をバタバタさしている。 風道にマタが何時までも立った間々でいた。 先輩が怒鳴り歩きだしものの,風道は巾10mたらずのものだった。 それにしても過ぎれば凪のようなる。狐に馬鹿されているようだった。 巾の広くなった笹平の稜線は尻餅をついても落ちる心配はないが,それより足元のダンゴに苦労する。 雲1つない西の空,遥か彼方.南面に積雲のような浮き雲を見出した。笹平である。 雪堤 武能岳でスキーのシュプールを見付ける。 雪庇すれすれを走っている。新津さんだ。仲間のシュプールに間違いない。 仲間と会うことを楽しみにした数分後. 驚く程の早さで雲の一線が築かれ.湧く雪雲に堤は我々に迫りつつある。 見る間に近ずく雪堰の迫力は凄い。 もう知らぬ間に碧空は失われ.雲の切れ目どころか視界は途切れ.厚い雲に被われた。 頬を撫ぜたと思われた風も強さを増し.一瞬にして荒れだしている。 それからは蓬峠まで天気との競争になった。ボンボン下る。そして雲堤はどんどん近ずいた。 崩れるのがこれ程早いとは。小屋前に立ち止まった時.周りは暗がり風と共に雪粒が降りだした。 それも叩くような吹雪に変わる。 蓬峠.蓬小屋 |
|||
疲労でゆがむ顔々,蓬小屋にて |
|||
| 蓬小屋 小屋には新津先輩を頭に中山さん.そしてコンロの傍に根岸さん.竹永さんがいた。 小屋の中まで.かなり雪が吹き込んでいた。 装備の散っている所は除雪されているが.それでも薄っすら雪が積もっている。 一昨日.初日に蓬峠まで登れなかったそうだ。22時峠直下でオカンをし.昨日峠に入ったと云う。 スキー技術の差が野宿を強いたとのこと。冷え込んできた体に熱いコンデンスの差し入れは美味かった。 蓬ヒュッテは収容20名.1泊2食¥700.米持参¥600.素泊¥350.(5上旬〜9月下旬) 吹雪く蓬峠を下る |
|||
下山前に中山.田中先輩と田沼.三浦 |
|||
| 下山.蓬沢 フードを被りオーバー手にオーバーズボン.アイゼンを改め外にでる。 暮れかかった空は吹雪に変わり.景色を淡い灰白色.一色に変えていた。 新津さんにシャッターを切ってもらい小屋をでる。 荒れ狂う吹雪は真ともに何も見えず。メガネを掛けている三浦にトップを変わってもらう。 彼はメガネに雪が付き幾度も幾度も眼鏡を擦っていた。 後で思うに三浦には悪いことをした。メガネを知らない僕はゴーグルの代わりになると思っていた。 裸眼の方が楽だったかも知れない。 時には膝まで潜る下り道.悪戦苦闘して蓬沢に下りる。 闇の掛かり始めた中.早く下ろうと気は焦るが以外と先は長かった。今度は帳との競争が始まった。 積雪が切れ 雪面は割れ.沢の瀬々らぎの音を響かせ,土が現れだす。 下山の喜びに浸っている内,とうとう1/5万ノ地図の蓬沢の「沢」付近の河原で.日はとっぷり暮れた。 もうエレキに頼らなくてばならない。 少なくなってきた残雪にアイゼンをザックにブル下げ,小さな土樽の駅に向う。 エレキに始まりエレキに終わった。長く楽しかった山行は変化に富み.十分僕等の心を満たさせた。 12月9日12時.10日6時の高層天気図 蓬峠パーティ.12月09〜13日.L中山.m.新津.根岸.竹永 前日11日.峠下でビバーク.蓬小屋に至る。h2.3.⇔茂倉岳.一土樽 天神平スキー.12月10〜13日.m長谷川.吉永.池田.林.松浦.松本. |
|||
西黒尾根〜蓬峠.白毛門より |
|||
冬期.湯檜曽川周辺 拡大地形図.山行表 上越国境周辺全体地形図
1965年12月. 谷川岳西黒尾根―蓬峠 1969年09月. 富士見峠―鳩待峠―尾瀬ヶ原―燧裏林道.会津へ・・同期田沼と 1969年12月. 土合⇔笠ヶ岳大倉尾根―白毛門 1972年09月. 赤倉沢出合⇔会津朝日岳肩・・只見線開通し同期大川と 山の経歴.経過Top |