檜原村.八王子市の境界に挟まれた北秋川流域から浅間尾根を横断し.南秋川から更に醍醐川流域へ・・浅間尾根Top

    本宿.払沢ノ峰北東尾根を詰め松生山南東尾根に乗り.出野沢左岸尾根を下り.北秋川の舗装街道に下り.猛暑の照り返しを受けダウン寸前に。
  柏木野バス停の待合室で.昼食を摂り大休止。バスで笹平まで繋ぎ.水分の補給を頂き.再び市道山嫁取り坂から旧醍醐峠へと登り返し.醍醐から関場へ。
                                                  2019年09月06日.松村
     瀬戸川から払沢ノ滝にでて.払沢ノ峰北東尾根を詰める・・小屋跡の残骸
     淺間尾根.出野沢左岸尾根から檜原街道にでて柏木野バス停.
     小坂志林道から市道山嫁取坂から旧醍醐峠越え.のニニク沢
     ニニク沢・醍醐林道.醍醐道から陣馬街道.関場

     過って醍醐から峰見通りの2つの南支尾根を周回してから2年3ケ月振りに.浅間尾根の払沢ノ峰から猛暑の檜原街道を抜けて醍醐へ。
   嫁入坂から旧醍醐峠を越えている。一昨年は春先の残雪を踏みながら藤倉から浅間尾根を縦走し.初めて浅間尾根からの展望を楽しみつつ.
   松生山の東方.北面の支尾根を幾つか偵察していた。そしてバケモン山に回り込んでいる。

     バケモン山は採石のため.見るも無残な裸の姿に削り取られていた。それは山名の如く「バケモン」の異名を持つ山になる。
   その主尾根たる松生山南東尾根を今回は横切り.払沢ノ峰北東尾根からは出野沢左岸尾根の作業道を綴り.造林小屋跡を2ケ所訪れている。
   第一の目的は旧醍醐峠越えの旧道。檜原街道に降りてから猛暑の戸倉山域に移り.古道を綴りながら旧峠にでて醍醐の里に下ることにした。

    入山尾根と今熊山
   終点手前の左前方の車窓から遠望.美山町の芳村砕石所
    今熊山の裏側が入山峠になり.右肩奥がが刈寄山.

    車窓からの1枚の写真
     jr五日市線の車窓から終点.武蔵五日市駅手前で左前方を望むと中央に入山尾根645m点コブが望められる。
   その背下に山腹を削り取る巨大な採石場が眺められた。3年前の晩秋に盆堀林道から石津窪山大萱尾根をピストンし入山尾根を綴り.
   背の芳村砕石所と刻まれた採石場に入り.美山町に下りている。

     入山尾根の中央の尖がった頂から砕石場に直接下り.超大型のトラックを停め.採石場の入口を聞いてもいた。
   驚いたのは私より運転手.車体が大き過ぎ人は殆ど見えないとのこと。小尾根の踏み跡には「通行止」の看板もない。恐らく古くなくなったのだろう。
   採石場にでて,直ぐ迎い車に拾われ.美山バス停まで送って頂いた。

     写真の城山と今熊山の間に採石場が見え.その真下の紅白鉄塔の裏側の谷間に新多摩変電所がある。右手の鉄塔群が建つ背が今熊山505m。
   山越の鉄塔群は東電の新多摩変電所からは新所沢線・新秩父線が奥多摩地区を抜け.新飯能変電所と新秩父開閉所と結ばれている。

    旧戸倉村の山並・・今熊山・市道山・臼杵山
   右景・・jr武蔵五日市駅手前にて.6:46
    駅前まで来ると芳村砕石所は山と重なり見えず

     左方の見えぬ尾根に城山330.7mの小コブがあり.右に今熊山505mが聳える。その間の奥に入山尾根が横たわり.
   端角のコブに>芳村砕石所がある。今熊山右肩には刈寄山. 奥の頂稜が市道山・臼杵山. 手前の三角峰はグミ尾根のグミ御前.
   手前の尾根末端には小コブがもう一つの城山434.1mが構えている。

     鉄塔群が山を下りた辺りが檜原街道の十里木付近になる。右奥に馬頭刈尾根末端の長尾尾根に泉沢尾根が重なり望まれた。
   右端に金比羅尾根末端.十里木から秋川沿いに更に上流へ.右俣の北秋川に入れば目指す払沢ノ滝に至る。

   払沢ノ滝入口バス停で.高度計を280mに合わせる.7:14

    9月6日(金).快晴の猛暑・・日ノ出6:05,上弦月
      jr御徒町.¥618. 4:34=4:50東京:58=5:55立川6:02=6:47武蔵五日市,:49=7:11払沢ノ滝入口bs
      払沢ノ峰北東尾根・・払沢ノ滝入口bs280m―7:34払沢ノ滝―8:31(514m圏コブ)―9:46払沢ノ峰.

     払沢ノ滝入口バス停に降りたハイカーは私独り.天高く秋空に恵まれる。
   バス停前の広場を挟んだ通りの向い側に「檜原とうふ・ちとせ屋」があり.その左脇奥から瀬戸沢の橋手前で左手に折れれば払沢ノ滝散策路に入る。
   直進すれば林道浅間線の起点にでて.時坂沢沿いに至る。橋を渡るとPがあり.時坂古道へと続く道だった。

     時坂峠から瀬戸沢の馬宿・浅間嶺・数馬を経て丹波へ抜ける道筋は甲斐と武蔵を結ぶ戦国時代の主要道の1つであり.その「押さえ」として
   時坂に檜原城が築かれていた。この城の裏口を意味する「背戸」が転じて「瀬戸」になり.その沢を瀬戸沢と呼ばれるようなった。

     林道を分け瀬戸沢沿いとの間の山道を繋げば旧キャンプ地にでる。ワクギ沢と瀬戸沢の出合に没するのがワクギ沢右岸尾根。
   昨年2月にバケモン山を登っている。払沢ノ峰の北側に聳える840m圏の小コブから北に延びる支尾根で.この尾根の上部を偵察していた。
   今回はその東隣りの北東に延びる払沢ノ峰北東尾根を詰めることにした。決めた理由は尾根末端の取付きに払沢ノ滝があり.見分してから直接詰めている。

   左岸の遊歩道から瀬戸川を渡る水道坑.7:27

     瀬戸川右岸の散策路は細かなチップで硬く固められ.工事に手間を掛けているだけ歩き易い遊歩道だった。
   途中には忠助淵と呼ばれる薄暗い峡谷を見下ろし.左岸に移ると飲食店の軒下を綴る左岸道になる。
   対岸には沢沿いに並行して水道坑が設けられ.瀬戸沢に架かる水路には丁寧に屋根まで設けられていた。

   堰堤貯水池.7:29
    その直ぐ上流に水道水の堰堤貯水池がある。写真を撮る足元の左には余水吐の塔が沢に突き出て立ち.勢いよく余水を放水していた。

    払沢ノ滝
     7:34

     払沢ノ滝(ほっさわ)の由来板によると払沢ノ滝は「日本の滝百選」に選ばれた檜原村最大の観光名所」と自ら唱っている。
   滝は4段からなり一段目の滝は落差26m.全体の高さを合わせ60m. 都内で唯一百選に選ばれる。

     古くは「払子ノ滝」と呼ばれ.滝の流れ落ちるさまが相侶の払子を垂らしたように見えたので名が付けられた。
   深い滝壺には主(大蛇)が棲んでいるとの伝説がある。水量は少ないが舞い上げる霧粒に起きる風が心地よい。

    払沢ノ峰北東尾根末端
   石碑の奥から尾根に取付く.7:37

     払沢ノ滝の滝壺の左側には滝の由来の解説板と石碑が立てられていた。檜原村村長の言葉が添えられている。
   この石碑の右裏が北東尾根の取付きになる。身支度を整え.最初と云えど馬鹿にならぬ急登から始まった。

     靴紐を締め.バランスにとストックを1本持ち.這い上がり腕力のみで突進する。踏み跡は見当たらず,藪絡みの急斜面。
   ややぬかるむ土壌がが却って足場を安定させている。出だしで山椒の木に触れたのか否に匂が手に点く.嫌いではなかった。

   捩り登りながら詰め.払沢ノ滝を眺める.7:52
    選べる登りだが如何してか滝壺の縁の尖っ突きを選び登っている。気を抜くと抉り落ちる足元が取られがちで怖い。注意せねば。

   20分ほどで支尾根に乗る.7:58

    目指す霞む払沢ノ峰と東尾根
   払沢に隔てられた払沢ノ峰.8:09
    だとすると北東尾根と云うより逆「く」の字に回り込む尾根筋を詰めている,

    払沢ノ峰北東尾根
   1本の倒木だけに見られた茸群.8:16

     先月下旬に黒山逆川右岸尾根から都県界尾根に入り成木尾根へと歩んでいた。
   その折境界尾根の杉の中木林帯でただ1本.枯木ではなく.よく見ると小さな驚くべき茸が無数に生い茂り.
   茸が点々と面をなしているのを見ていた。何故この1本の立木だけに茸が密着しているのかが分からなかった。

     今回は雑木林の中で.幾らか疎らだが一面に茶色い小さな茸を付ける巨大な倒木を跨いでいる。
   周りに移ることもなく映る同じ姿は異常に思えた。この共通点は何なのだろう?

   初めの尾根上の緩斜面.8:26

     急傾斜の間には2度の緩斜面を登り返し尾根の分岐にでている。8時19分.地図にない小さな482m圏コブを越えている。
   はっきりした踏み跡が尾根筋の右肩に合わさり.傾斜が緩むと更に右後方から再び踏み跡が交わっていた。

    514m圏
   足場は歩き易く踏み跡らしくなる.8:31

    550m圏コブ
   円形の小コブに突き上げる.8:26
    ほぼ同円で描かれている等圧線で地形図でも目立つ小さなコブ

   コブの南側肩下にあった小屋跡の残骸.8:42

     550m圏コブから南面の尾根筋を下ると潰された小屋がそのまま崩壊した姿で残されていた。
   この辺では一番の平坦地.周りの斜面も緩んでいる。ただ小屋は体形どころか少ない残骸がそのまま残されていた。云う言葉を失っている。

   密る杉の樹林が大地を被う.8:44

     小屋跡の少し上部から見下ろしている。右奥の2本重なる辺りが小屋の跡。
   緩やかに広がりワンドする窪溝の頭になる付近の台地。小屋を建てるには誰が見ても丁度よいよい場所に選ばれていた。

   大斜面化した急勾配の尾根を登る.8:52

     小屋跡を過ぎると自然林と植林が微妙に混在した尾根筋から劇斜面に立ち向かうことになった。
   ここは尾根筋だが.斜上して山腹を登っているか.分からなくなる大斜面にぶつかった。直登は無理.荒れた林床に歩き易い所を求めジグザグに切る。
   ただ黙々と途切れぬ高木林を高みへとコツコツ登るのみ。

   踏み跡が現れては消えた.9:10
    小径が現れれば失われ,適当に高みを目指せば細い踏み跡にでて.又失われた。長く馬力のいる斜面が続いている。

   明るくなった支尾根のツメ付近.9:15
    猛暑と発汗は激しく.吸水タオルは汗で濡れる間もなく乾いてくる。そして深い樹林帯の斜面にも明らみが増すと傾斜は緩む。

    払沢ノ峰北尾根
   北東尾根721m圏・・北尾根と合わさり北尾根に乗る.9:19

     正面が北尾根で右手の斜面を詰めてきた。721m圏尾根はここで支尾根を北尾根と北東尾根に分けている。
   南西に向かい登り詰めてきた左後方からの北東尾根はここで正面の北主尾根と合わさり乗っている。
   ここで尾根筋は南方へ曲がりだしていた。尾根らしくなると共に尾根幅の大らかさも増している。

   763m圏・・尾根らしくなるが大らかな平坦斜面.9:28
    主尾根に乗ってからこの部分だけは背丈高いスズタケ帯を抜けている。傾斜は更に平坦に.

   再び尾根らしく.9:35
    801m圏・・営林署の白テープの帯マークが現れる.9:35

   初めて見る褪せて白く変色した古いプラ杭.9:38
    下草は乏しく.落葉・枝木の張り出しも少ない。歩き易い確りした作業道に変わっている

    払沢ノ峰の双耳峰
   右前方に払沢ノ峰が聳える.9:41
    左手の高みが850m圏コブの双耳峰. 払沢ノ峰北東尾根に乗り.東尾根を回り込めば払沢ノ峰の頂に立つ。

   東尾根から道標・標識.9:45

    払沢ノ峰
   馬道沢峰・道標「中45」裏側左手から頂に立つ.9:46
    松生山南東尾根に立ち高度計を840mから858mに直す.

     昨年2月に浅間嶺からバケモン山へ抜けた時は松生山方面から下りてきた。この辺が新雪の雪線となり閑散とした頂だった。
   又北面は一面積雪に覆われていた。透けて見えていた冬木の樹間からの視界は.この緑のジャングルの凄さとに変わり.全く失われている。
   その中.東方を被う杉の植林帯が顔を覗かしていたのを想いだしていた。

     瀬戸川から払沢ノ滝にでて.払沢ノ峰北東尾根を詰める・・小屋跡の残骸
     淺間尾根.出野沢左岸尾根から檜原街道にでて柏木野バス停.
     小坂志林道から市道山嫁取坂を詰め旧醍醐峠越え.のニニク沢
     ニニク沢・醍醐林道.醍醐道から陣馬街道.関場