西原古道から再び笹尾根の1150m圏コブを越え.南沢中間尾根から再び檜原街道の南沢に戻る
   六藤からアッチ沢右岸尾根末端に残る旧部落跡を抜け.笹尾根1150m圏コブ―南沢中間尾根は日没との競争し.「数馬の湯」山道から檜原街道.にでる。

    森沢橋から森沢700m圏出合から右岸尾根を詰め丸山
    丸山南の植林尾根を末端に下り.西原古道の葦原.中尾にでる
    西原古道の集落を西進し.県道18号線の六藤
    アッチ沢右岸尾根から笹尾根を越え.南沢中間尾根から数馬の湯・・廃部落と農道南沢線

   アッチ沢右岸尾根
   藤尾・・アッチ沢橋手前の里道より見上げる.13:05

    初戸川流域
     アッチ沢橋で右岸に渡り.アッチ沢右岸尾根の末端へと初戸川沿いの里道を県号線.上野原丹波山線に出ることにした。
   県道を右折する初戸川の上流側は数馬峠に繋がる上平.和田へと峠上の.標高点618mまで集落が続く。下って偏盃を過ぎると
   西原峠への西原の東端.阿寺沢入口バス停にでる。そして再び鶴川沿いの県道を遡る。下城.郷原.原.一宮神社から八田へと。

     左折する下りは藤尾から寺久保山(ふんどし山)に西側縁を回り込み初戸(はど)にでる。初戸川と鶴川の出合でもあり.
   腰掛林道の起点。中群丘陵を挟んだ南側にを流れるのは鶴川の本流で腰掛林道が綴られ.北側の初戸川には県道が綴られている。
   更に玄房尾根から雨降山へ登る登山道.北尾根がある。

    右岸沿いに残る旧集落
   集落からアッチ沢右岸尾根を見上げる.13:07軽食:15
   車道沿いにアッチ橋を渡ったアッチ沢右岸道側は県道にでる前の旧集落で.背の右岸尾根に重なる左奥に廃集落が残されていた。

    笹尾根への支尾根取付き
     初戸川沿いの県道18号線を見下ろしてから道路を登り返す。中央の赤い屋根の民家の手前の細道が右岸(上平)尾根の取付。
   そこを見定めてから軽い昼食を摂った。カツサンドにオレンジ・ドライマンゴ.紅茶のポットは初めて開けている。

     日没が4時23分と早く.それまでに笹尾根を乗り越し檜原村側の南地区に下りらなければ.ここで入山を諦めるしかなかった。
   遅くとも日没前に南沢林道へ降りなければならなかった。2度目の登り返しは規則正しく休みを取り.老齢にムチを打ち進むしかない。

     右岸尾根に乗ると下端に廃部落の痕跡が幾つも残されていた。又この尾根筋の中程には登山道が綴られている。
   それをフルに利用することにした。下山は山陰になり.風当りも強いだろう。初めてのルート.時間に余裕がなければ暗くなり.
   見定めるものが分かららなくなる。そして下るのが困難に。まずは南沢中間尾根の取付きを目指した。

    アッチ沢右岸尾根
   搾りかけの椿を見て一枚写真を撮る.13:21

      アッチ沢右岸尾根と南沢中間尾根・・六藤13:15―15:19笹尾根1150m圏コブ―16:30「数馬ノ湯」.
    山上の廃部落
     取付きの石階段からコンクリートの小径を綴る。舗装されていると言葉はよいが.藪に覆われている。小道は濡れた苔が付き.滑ること滑こと。
   溜まった疲労が更に足を重くしていた。細長い尾根の開かれた
所に乗ると旧部落の跡と思われる数軒の廃屋跡が突然点々と姿を現した。
   原形を留めることなく.崩れ落ちている廃屋。廃材があり.又あっちこっちに生活用品の痕跡が残され.様々たる日常品が散乱していた。

     ここでは当時の生活していた人たちの姿が伺えられた。この細い尾根筋にある廃部落の痕跡を見て.更に土手下直ぐ.
   アッチ沢右岸沿いの山側一片に.現在新たに形成されている集落の軒を並べている姿を見ると何か不思議な深みのある感情が湧いていた。
   この異質とも云うべき短い距離に段違いに並行してある状況は.尾根伝いの住民たち先祖が移住したかのようにも思われる。


   廃屋後から山道に変わる.13:22

     これらの潰された敷地跡をたどり.更に高みへと笹尾根を目指す。そこそこ大きな建物があった家屋の残骸を通過. こ
   の先から山道に変わっている。4.5分歩むと615m付近に水道施設らしきタンク跡がある。

     ここには左手から登ってきた山道と合わさり.更に先に進むと小平地に出くわし.横断しているかも?
   道と交わってもいた。藪絡みだが先の山道は確り踏み固められていた。


   807m圏.平坦な尾根に.13:57

     先の660m圏に石祠あるのは気が付かなかった。黙々と足元を見詰め,着実に高度を稼いで行く。
   そして藪からも逃れ.この尾根伝いは傾斜も平均的に緩く.登るには気持ち助かっている。

     力が落ちれば自分にハッパを掛けた。まだ体は動いている。傾斜が一度落ち.気持ちも落ち着くと.
   とんでもない奇麗な直線の山道が現れた。上平橋からの登山道と合流したようだ。道幅はも広がりがしていた。

   764mで登山道の分岐にでる。「行き止り」は谷間へ?14:06

     尾根は下部とこの先で少し雑木になるが尾根筋は植林が全体的に覆っている。そこを高度計と睨めっこしながら一歩一歩着実に高みへ。
   思う気持ちより歩調は遅いが着実に高度を稼いでいる。800m台を過ぎると900m台へと高度計のデジタルは増し続けた。

   921m圏.尾根を左に巻き一本取り振り返る.14:25

    風を読んだコース
     風を避け.尾根の風下に入り木洩れ日で小休止・・紅茶にバナナ1本を食べる。
   その先は943m点の標高点. 大らかな落葉被る尾根道が続く。今日は冷風が当たらなければ暖かい陽差を浴びていた。

     朝方の西風は笹尾根が背になり.昼頃は北風に変わるも笹尾根の風下に回り.長閑な古道歩きを味わっている。
   午後を回ると北東風が吹きつけた。遮るものがなくなった支尾根は冷たい北東風をもろに受けている。
   早い黄昏を気にしながら襟を立て頑張る。再び笹尾根を越えなくてば下山はできないと黙々と歩んだ。

    笹尾根1150m圏
   頂稜の登山道に合わさる.15:09

     再び尾根筋に乗り1030m圏で赤帽黒杭を見ている。登山道に出てから時たま現れた境界杭。
   それから間を開けず林班界標板と赤テープを再び見ている。数馬峠への登山道を右に分け.笹尾根へ尾根伝いに直登した。

     少し急斜面を詰めると頂稜は何処もが穏やかな起伏の台地になり.枯葉に枝打ちされた小枝が散らばる冬木の世界に変わっている。
   薄日が差すも斜め後方から吹き付ける北東の風は見た目以上に冷たさを誘っていた。赤帽黒杭の境界標柱が頭を出している。


    頂稜・・笹尾根
   数馬峠方面だろう? 15:09

   北側の山腹道.15:19
    1150m圏から西側に頂稜を取り.鞍部から主尾根の北側にある巻道に入る。

   左下の赤テープの立木から北側斜面を見下ろす.15:17

     笹尾根1157m点コブの北側を巻き.少し西寄りに進んだ立木に古い赤テープが巻かれているのを見る。
   ここが南沢尾根の取付きだろう。冬木に変わるも展望は得られるが同じ一線を引く斜面の景色が続いている。
   激斜面の勾配になるも.少し下れば尾根に乗ったことを確信した。

    南沢中間尾根
   一線を引き下る斜面.15:20

     笹尾根の田和峠から400mほど東側に入った1157m点の大らかな平頂が天辺。そして北方に延びる南沢の中間尾根。
   南沢の右俣は南谷沢.左俣は塩地窪.二俣から農道を下ると南沢の集落にでる。抜ける檜原街道が仲ノ平。

     踏み跡はあるようでない。あっても関係ない広い斜面が続いている。尾根幅が広すぎる所では尾根全体に目を配り.
   気持ち東側の縁を頭に思いながら下っている。後は適当に歩き易い処を下ればよかった。
   見た目以上に細かい枝木が足元を失掛けてもいる。

   左.南谷沢側から檜の植林帯が押し上がる.15:24

   そして逆林相の境を下る.15:28

   大らかな尾根は更に続く.15:32

   945m点.小さな赤プラのあった尾根の二又.15:38

     左右同じような斜面の丸い落葉に敷き占められた所にでると丘にいる感じを抱く大地にでた。
   共に目の前には植林が立ち.塞がれ右尾根に入る。

   900m圏付近.14:45

     小木林の中.立木2ケ所に透明なテープが巻き付けられた所を抜けている。目前が抉り落ちるような激斜面の谷間を見ると
   尾根伝いに緩く右に回り込んでいた。そこには青テープが巻き付けられていた。ただその下は激坂になる。
   ストックを手で束ねては立木・根曲りを支えにズリ落ちた。

   900m圏付近.14:51

     尾根筋が右に段違いに落ちる抉れた斜面にでる。共にストンと落ちるも尾根幅は見ため広い。
   如何にかなりそうだがそれ以上に怖い傾斜。同じ要領で下り.短いが気の休まぬ所だった。

   尾根下端にでる.16:00

     尾根の末端を思わす林道のガードレールが弧を描き尾根を囲むよう巻いているのが見下ろされた。下端の尾根の起き上がりは右手に
   細く短い稜をなしている。その足元右下は見下ろせぬ.とんでもなく深い塩地窪。数mだが危険な場所だった。

   農道南沢線の終点が枝越しに見下ろせた.16:04

   農道終点から振り返る.16:05

    南沢尾根
     農道南沢線終点へは右上の斜面を下ってきた。裏側は塩地窪の抉り落ちる劇斜面。南沢尾根は南沢の右俣.南谷沢と
   左俣の塩地窪を分け.植林にどっぷり覆われた中間尾根で展望は得られない。登りは高みを目指せばよいが.
   下りは945m点付近の尾根二又が注意を要し.又下端は短いながら気を付けた方がよい。林道には直ぐ降りられる。

    農道南沢線の起点
   槙寄山への登山道分岐.16:12

     過ってはここから林道工事が行われ.農道は掘り起こされ重機が活躍していた。
   今は広い林道にガードレールが備えられ.完成された形で延長は963m.L字の道標は右角にあったと思う。
   棚田のような急斜面の南地区を抜け.大平分岐から槙寄山への登山道を綴ると分岐にでる。

   数馬峠北尾根と南沢
 







     上平峠から派生する948m点尾根と南沢
  南沢の仮橋
   農道から集落に入り.丁度日没を迎えようとしていた。周りを見渡すと10年近い月日が経ち.
 南沢右岸沿いの斜面は丸坊主に伐採され.周りは下りも大変貌をなしていた。
 以前とは考えられぬ木1本ない風景に変わり.見える全ての斜面が綺麗に何かを失わせている。

   当時購入した1/2.5万地形図「猪丸」の南沢には948m点尾根下端に破線路が記されをり.
 そこには木橋は架かっていなかった。それが今は南沢に架かるのは作業道用か?
 車が通行できる大きな鉄板橋が架けられ見下ろされている。

   当時は仲ノ平まで戻り948m点尾根の踏み跡を綴っている。第二次登山ブームの名残コースか?
 街道の道標は外されていた。南秋川対岸の道標の「山道」は旧街道に示され.
 「南部落」の腕木も生き返っただろう。今は新たに「数馬ノ湯」への道標が立てられたと言う。

   住民によると南沢地区では数馬峠を上平峠と呼ばれていた。
 私が数馬峠と呼んでも地元の中年夫婦には咄嗟にでてこぬ言葉だった。

 南沢に架かる簡易橋.16:15

    仲ノ平
   上秋川.南沢橋より.16:19

    日没
     右手に「数馬ノ湯」への源泉を見ると南沢橋にでて.橋上から鶴川の対岸に仲ノ平が見下ろされた。丁度日没を迎えている。
   朧になりつつある街道の路面. 路線バスは既に14分前にでていた。未知の藪尾根を最後焦ってはと。
   これ以上.時間を短縮することはできなかった。谷間は後数分で闇の世界に入る。灯を求め.檜原街道「数馬ノ湯」へ出向く。

     路線バスの出車5分前に街道向かいのバス停小屋に入る。その中は周りを含めて真っ暗闇. 小さな小屋の隅に私と同じ年配位の旅人がいた。
   暗闇に動くものがありびっくりさせられたが裸電球の1つもない小屋。雨を思えばありがたいがここは観光地。街道もひっそり静まり.
   街灯もない所。そこに現れたのが五日市行の路線バス。突然の煌めくライトの明るさに乗客はいなかった。彼と私.二人が乗り込む。

     16:30「数馬ノ湯」17:26=18:15jr武蔵五日市:24=19:00立川19:10=19:44新宿=大江戸線.

   12/20. 入笠山に新雪20cm
   12/23. 気象庁は日本の年平均気温が0.92度上回り.1898年の統計開始以来最も高温となる見通し.地球温暖化が影響.

   今回の地形図・・関連山行・三頭山笹尾根〜高尾山
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     森沢橋から森沢700m圏出合から右岸尾根を詰め丸山
     丸山南の植林尾根を末端へ下り.西原古道の葦原.中尾
     西原古道をの集落を西進し県道18号線の六藤
     アッチ沢右岸尾根から笹尾根を越え.南沢尾根から数馬の湯・・廃部落と農道南沢線