奈良倉山から続く山上林道を歩み.佐野峠から佐野山.坪山への尾根の分岐を過ぎると阿寺沢川への林道を分けている。
     西原峠からは尾根筋の北側に回り込む林道を分け尾根伝いに入る。地図の破線では小寺山.大寺山付近まで北側に記されているようだった。

    小菅鶴峠から葛野川左岸尾根.奈良倉山と佐野峠
    佐野山.西原峠から小寺山.大寺山・・西原峠か林道を分け背稜へ
    大寺山からは閉ざされた登山道から三ノ森北峰へ
    鋸尾根を下り小姓の里

   三角点佐野山1234.7m
   コブの左脇を回り込む佐野山の道標.12:27

     佐野山からの林道は背稜伝いから南側のヘチを回り込みながら西原峠に出る。林道の幅は途切れることなく広く.周りは伐採地。
   山名不明(佐野峠近くの三等三角点峰)点名「竹の沢」.1234.56m

   12:28

   林道へ.12:29

    左の茂みの奥が小佐野峠
   坪山の分岐.12:33

   12:34

     尾根筋の樹林が育ち.南側の眺めはまるっきり失われている。以前は林道の右肩は季節にもよるだろうが.南側の葛野川流域の展望が素晴らしかった。
   特に足元は鹿網に遮られているものの葛野川の流れを真下に見下ろしてもいた。 ・・道志.富嶽を背に葛野川中流流域の展望

   林道の両脇は鹿網.12:39

    旧佐野峠
     左に坪山への分岐尾根を分けている。手前には1170m圏コブがあり.二又に分ける北尾根を派生させている。旧登山道であり.旧道.
   越えれば坪山.三等三角点標石.点名「坪谷」.標高1102.7mへと尾根が延びる尾根。

     上野原のバスターミナルで頂いた「うえのはらハイキングマップ」によると「坪山は西尾根がお勧めです。これからの季節.
   山頂までの登りはミツバツツジ.ヒカゲツヅジ.イワウチワ.イワカガミなど山の顔といえる花々の群生地が次々に登場。
   復路は豊かな広葉や不思議な形をした木々を愛いでながら・・」とある。

     後の企画では坪山を西尾根から東尾根へ下り.槙寄山南東尾根から笹尾根を横切り.南沢中間の北尾根を下るコースが未踏で残されている。
   残された未踏図は数多く残され過ぎ.消化し切れず.今の自分には不安を抱かすと諦める方が多い。技術的なものもあるが一番は時間の問題。
   体力面からの時間が短すぎている。最近.自分でも分る周りの方の手助けも多く感じるようなった。少なくとも後1年半は頑張られば。

     その数分先が共に地形図に記されている南側からの分岐点. 確りした道で.昔は背稜との角に旧登山道へ下る立派な道標が立てられていた。
   今は失われていた。又本林道を直進し南下すれば直ぐ西原峠にでられる。以前は西原峠までピストンし.佐野峠のハイキングコースの右又尾根を降っている。
   末端の鶴川は渡渉した。左又尾根には橋が架かっていたのを確認していた。

     旧佐野峠を過ぎると西原峠までの間は右手の葛野川左岸沿いから下流に掛けての展望は15年振りに訪れると全く見られなくなっていた。
   当時.右岸.左岸の山へと歩む続けていた国道で松姫峠を越えている。

   正面奥が北峰鋸尾根.1129m峰.
   今年造られた真新しい鹿棚.2009.11.15/113:32
    坪谷方面に入る小径前で.道標は更に下ると左に林道を分け.その角に細い旧登山口があった。

     食後直ぐ.10mも離れていない場所で踏み跡の取付きを見付けている。判ると判っていても,見付ければホッとするもの。
   気持ちを大らかな気分でいても.あるものがないと小さな不安が付きまとう。焦りが一番怖い。・・柵の右側が植林された上部の写真.
  
  桂川支流葛野川流域
  







中央奥に霞むのは道志九鬼山東尾根
その手前が馬立山田野倉尾根

霞む正面奥が九鬼山と桂川本流出合に広がる菊花山

葛野川出合が猿橋の街並で右の岩殿山.裏陰が大月市街地になる
  左が百蔵山西尾根.右手前がセイメイバン東尾根

中央末端の右から入る尾根が楢ノ木尾根.尾越山から南に延びる尾根
  流域は天平付近で対岸左は浅川峠からの浅川川が入り込んでいる

手前下の流域は上流側から七保.上和田.中風呂(松姫鉱泉)の集落
  2010年10月には大菩薩嶺長峰から矢坪先まで歩んでいる
  矢坪は中央右からの尾根.瀬戸境が左へ張り出した手前の集落。

左壁は鋸尾根末端で奥が百蔵山.対峙する小山が岩殿山と重なる花咲山
  この2つの小山の間にjr・富士急の大月駅がある。

左景アップ・・佐野峠より葛野川を眼下に望む ・・2009.11.15/12:19

   西原峠
   標高1040.0m.佐野峠.小佐野峠.12:47

     「甲斐の山山」小林経雄著によると西原峠は七保側の呼称.佐野峠は西原川の呼称. 飯尾辺りの男衆はこの峠を越えて.
   大月まで日帰りで用足しに出掛けたとのこと。

     先に進むに林道はここからは今日は禁物。駅まで歩むに時間にゆとりが無くなるのを恐れている。
   迷い道を失う恐れあり.少し我慢すれば分岐らしき所にでて.右に折れれば尾根道にでる。

   ここからは踏み跡の山歩きを楽しまなければ.私には時間が尊く.最初から敬遠している。
   ここまで時間を制約した分は後半の行程の為で.この先.里に下りても最終バスに間に合いだろう。林道を分け.道標裏の山道に入る。

     最初の計画では15時台のバスは到底無理になった為.猿橋まで歩む積りでいたものの諦めていたが
   その分.歩き疲れたら最終バスに拾って貰うほうへ軌道修正する。里道も出来るだけ歩きたい気持ちを持っている。

   権現山稜と三ッ森北峰
   笹尾根の大沢ノ頭からの展望・・2022.06.3/12:47

     当時.霞むも前回より展望は良かった。大沢ノ頭に立ち.左脇の樹間の切れ目から南面の展望.
   大寺山尾名手尾根と坪山東尾根. 遠方に朧すぎるのは道志の主稜と赤鞍ケ岳か? ただ富嶽は望めず。

     当時は鶴川の飯尾から南秋川の数馬へと三頭山笹尾根の東南に面した鉢指沢ノ頭東尾根に連ねる幾つもの尾根を綴る。
   大沢ノ頭大茅南尾根から鉢指沢ノ頭東尾根.井戸入右岸尾根から伐採地に入り.奥多摩周遊道から旧道へ降りている。
   この時の山行の第一ポイントは伐採地の山をを写した「一枚の写真」を見て.自分の目で見たいと登った山行だった。

   三ッ森北峰と鋸尾根
   西原峠の切り開きからの眺め.1.2:47

     北峰を越えての背は尾名手峠.古山名標が立つ峰.麻生山1267.5mと麻生山分岐(東峰?)で南西に延びる長尾根.駒止嶺から里は富岡へ降りている。
   左下は小寺山西尾根。左脇中段の枠外に大寺山が聳える。右へ大ダルミを越えての1200m点峰.痩せ尾根を詰め北峰へ。

   西原峠
   分岐より尾根上の山道に入る.12:48
   西原峠は七保側の呼称.佐野峠は西腹側の呼称。飯能あたりの男衆はこの峠を越え.大月まで日帰りで用足しに行ったとここと。「甲斐の山山」より.

     地形図の破線路が峠路を横断し.右手の尾根伝いには七保町瀬戸.中風呂へ下りている。過って宿った松姫鉱泉から翌日百蔵山を越えている。
   直ぐ左脇と云うより.直進する林道の右脇に西原峠の分岐があり.道標類が連なり目立つ所。林道を進めば藪絡みの所もあるが二又にでて.右上を選べば稜にでる。
   古寺山手前では背陵と林道? が合わさるようなり頂に立っている。私の空白地帯は西原峠から大寺山の間になり.以前尾名手尾根側へは降りている。

     逆側の左.北側の谷沿いを阿寺沢川沿いに林道を下ると阿寺沢集落に下りられる。
   又初戸からの腰掛林道とも繋がり.阿寺沢からは檜原街道のバス停「阿寺沢入口」があった。

   中風呂へ分ける破線路.12:49
   立木に「中風呂」の道標が付けられているが真横から撮っている。支えの杭は「鹿の骨」らしい。

   林道の道標.裏手から藪絡む山道へ.12::51
   左脇に延びる林道はここまでで分けている。藪絡みの踏み跡.作業道に入る。

   改めて尾根伝いの踏み跡へ
   取付きの藪ジャングルを抜ける.12::54

   作業道と現れた境界見出標.12:57

   枯葉は吹き飛ばされている.13:00

   明るい木洩れ日の背稜を進む.13:03

   切り開きは林道? 13:07

   西原山
   茂みの低山.西原山を通過.13:12
   西原峠から最初の小コブと云うより高みの広場.に。「西原山」と私製の山名標が掲げられていた。

   1120m圏の平尾根.13:13

   背稜を綴る林道らしからぬ道.13:15
   地形図では北山腹の980m圏の中腹を並行して林道が綴られているが?

   13:17

   左前方北側を綴る林道?
   林道は北側山腹を離れて並行.13:20
   小寺山へ続く北側の林道は樹林jに覆われ.見渡すことはなかった。

   小広い植林に被われた頂は小寺山1165m点
   林道と合わさる山頂.13:28

   午後.薄日が差すもおぼろで霞み気味の大寺山と三ッ森
   小寺山より南東方面.13:30

   小寺山1165m
   北尾根に続く小広い頂.13:31

   1150m圏.大寺山へ.13:32
   この辺で林道跡が合わさっている模様だが分らず。後は大寺山の手前で見かけたかも。確信は持てず過ぎ去っている。

   頂からは背稜を歩む.13:40

   1200圏小コブあたり
   小コブを通過.13:44

   1200m圏.大寺山真近.13:46

     小コブを越えた鞍部の北側から林道が現れる。この林道も以外と幅広く.起伏の少ない簡素な雰囲気。
   最初は見下ろしていたが.林道を綴ってみると大寺山の頂.平坦な北側脇を東側に回り込む形で失われていた。

   大寺山直下の倒木.3:49
   その南側の頂きに立つ。否や着いた感じで道標に着く。

   権現山から奈良倉山に至る葛野川左岸の背稜
   笹尾根.槇寄山の頂より・・2008.03.28/12:05

     重く霞む相模川水系の鶴川を足元に権現山稜の各々の北支尾根を眺める。
   遠くに霞む富岳の手前こコブは三ノ森北峰.逆の南側に鋸尾根を落としている。

   大寺山1226m
   展望はない.13:51

     右正面が大寺山尾名手尾根と右下は権現山北尾根を挟む尾名手沢。以前初戸から腰掛林道を綴り.尾名手沢を取り囲む尾根を綴り.
   阿寺沢地区へ降りている。バス停は「阿寺沢入口」にでて初めて乗車したが.大掛かりな県道の擁壁新設工事が行われていた。

     その後直ぐに尾名手峠へ左岸道を歩んでいる。藪絡みの茂みに苦戦し中退している。その時も「阿寺沢入口」にでていた。
   その時は通行する車両を通行止めに出来ない為.手前擁壁の手前にに更なる防禦壁を造っていた。
   それも工事が完了すれば防禦壁は排除される。壁だけでも大掛かりな工事になっていた。

     それから5年の月日が経ち.久し振りの豪雪の三頭山に立ち.郷原へ降りていた。その折.「阿寺沢入口」が気に掛り.
   まだ残雪に埋まる県道を歩んでいた。既に立派に完成した擁壁は阿寺沢地区と里道とが合わさる県道口に造られ..この辺では一番新しい。
   県道沿いには区画毎に造られた側壁が何基も連なり側壁として安全に通行できる街道として沸立っていた。

   大寺山
   南側に回り込み尾名手山126.0m.13:51

     今回のコースとしては西原峠からここ大寺山までが未踏の山道だった。もう十数年前だが荒れた名ばかりの林道が綴られていた。
   その後初めての入山. 昔から奈良倉山の林道はよく整備されていた。それが更に驚くほど.里の林道と変わらぬほど改修されている。
   道幅は更に広がり.路面の平坦さ.ジャリ道の保全もよく.管理の整った林道で入山すれば誰もが驚嘆するだろう。

     西原峠の先は山道とは別に尾根筋の北側を綴る林道と交差しされ.良い雰囲気を加持ち出している。
   山道は狭く荒れ.藪絡みを持つも.小寺山.大寺山では山頂近くで交差しているようだ。

    小菅鶴峠から葛野川左岸尾根.奈良倉山と佐野峠
    佐野山.西原峠から小寺山.大寺山・・西原峠からは林道を分け背稜へ
    大寺山からは閉ざされた登山道から三ノ森北峰へ
    鋸尾根を下り小姓の里