| 夕陽向カフノ尾根.愛宕山から8号鉄にでて.石積沢両岸尾根の9号.10号鉄塔へと奥多摩線を綴り.丹三郎山北尾根の11号鉄塔からも最後の巡視路へ 吉野街道に降り.万世橋からjr古里駅と古里変電所 海澤の発電所から城山西尾根の510m圏 標高559m点から霊園を経て城山北尾根 大楢峠から松ノ木尾根の末端にでて夕陽向尾根.愛宕山 寸庭川右岸尾根から石積沢両岸尾根と丹三郎尾根・・jr古里駅と変電所 送電線奥多摩線.巡視路図 奥多摩線7号~11号鉄塔後半の概念図.石積沢平尾根 尾根末端から夕陽向ヒノ尾根を綴る ⑬夕陽向ヒノ尾根で最初の標柱 尾根伝いに植林帯に入り.寸庭林道との分岐にでる。ここからは下草藪は綺麗に刈り取られていた。 間を開けず現れた標柱. 寸庭林道の起点から右に鉄五郎新道入口を通過すると140mほど先に左に寒暖は取り付けられている。先50mにも階段あり. 尾根の末端へトラバースするよう進むが崩壊気味で.途中で直登している。苦労したが末端付近では明瞭な道に合わさった。・・2016年に登ったた方から. 一昨年の話では寸庭林道から巡視路に回り込むのがベストだとあり.昔の参道だったのかと。良い方に目は向けられていた。 ただ一昔前は藪を抜け植林帯に入ったと思ったらマダニが結構付いて驚いている。石積沢尾根から中ノ棒山に掛けても.早い時期にも注意を要す。 奥多摩線8号鉄塔 夕陽向ヒノ尾根470m圏.13:388号鉄塔の基部を潜り.9号鉄塔へ。 日向の明るい植林帯 ⑭山道から巡視路へ 500m圏の巡視路標柱「8号.9号に至る」とあり.夕陽向フノ尾根から.多摩川沿いの北側山腹道に入る。 尾根の名称 尾根筋を登り詰めれば石積沢ノ頭にでる。尾根通しの「夕陽向フノ尾根」はこの頂で終り.尾根上の先は「丹三郎平ノ尾根」に変わっている。 又多摩川から突き上げる支尾根は石積沢ノ頭までは.尾根の二又の石積沢左岸の尾根を「石積沢左岸尾根」と呼んでいをり.9号鉄塔が乗る。 その東側に並行して延びる尾根は南側の林道のコブから繋がる「石積沢右岸尾根」で.10号鉄塔が乗る。 本来は更に石積沢ノ頭へと登り詰め.梅沢寸庭林道にでて丹三郎山まで進み.戻り巡視路巡りをする予定だったが. 今までのロスが多く諦めている。石積沢ノ頭に立たずして.直接各支尾根の山腹を回り込む鉄塔巡視路に始終することにした。 奥多摩川線巡視路はここから石積沢ノ頭北面の多摩川沿いの山腹をほぼ水平にトラバースし.石積沢左岸尾根に乗る。乗った所には9号鉄塔が建つ。 赤杭山南面の採石場 窪高山杉ノ殿尾根の末端と赤杭尾根の峰戸山南尾根に挟まれた流域で出合は古里附。 奥多摩線9号鉄塔 最初は夕陽向フノ尾根を更に登り石積沢ノ頭から梅沢寸庭林道にでて丹三郎山を往復する積りでいた。 それでもゆとりある行動であった筈が.改めて巡視路山行に専念することになる。 基部から鉄塔の先端を仰ぐ石積沢ノ頭520m圏は又石積沢左岸尾根と右岸尾根が合わさるコブで.山頂は南側の林道を越える所になる。 この頂から続くのが石積沢の右岸尾根と呼ばれ.10号に至る巡視路の分岐は左岸尾根を少し下ってからになる。 次の10号鉄塔には基部から石積沢左岸尾根を約30mほど下ると巡視路の分岐に合わさる。 ⑮10号鉄塔への分岐 下り470m圏で「9号.10号に至る」の標柱分岐にでる。 石積沢の左岸道へ ⑯石積沢を横切る ⑰石積沢の右岸に渡り.右岸尾根へ ここから尾根伝いに高度にして30mほど下り.10号鉄塔から登り返す。 本仁田山 奥多摩線10号鉄塔 石積沢右岸尾根430m圏に立つ. ⑱460m圏に戻る 後沢左岸道 中木林の間伐材が放置された左岸道沿いに続くが沢自体は特に変貌もない沢沿いになる。 ⑲後沢 後沢右岸道 渡った右岸道は少し高みの上段を横切っていた。それも先を見ず.足元だけの楽さで沢底に下りている。そこからには当然踏み跡はない.見上げる場所。 山腹を斜上するには多かった倒木を利用し.綴るように巡視路の山腹道に戻っている。距離は短いと気にもしていなかったが悲鳴を上げることに。 「まーいいや!」の気持ちの代償は後沢右岸の巡視路に戻るのに馬力と飽きれるほどの労力を必要とした。 情けないが自分の決めたこと。並行の道を下り登りしている。ただため息を付き歩くしかしかなかった。もう大丈夫と気を抜く落とし穴が待っていた。 左岸道の経路自体はそれほど変わらぬものの.倒木は山腹に散乱し.経路を外すと.とんでもない程の悪いトラバースになる。 藪と倒木の絡みが少し強かった。迷いは直ぐ分かったが.不精にして直さず進んだことがあやとなった。 確りした山道が直ぐ上に通っているが分かるも直登せず.斜めのトラバースがまたきつかった。巡視路に漸く辿り着きホッとした。 以外と長かったのは上部に巡視路があるのを知りながら.後沢の沢底からの右岸斜面を迂回してしまった自分。 丹三郎山北尾根 北尾根を下る 最後の奥多摩線11号鉄塔 茬ノ久保山672m? 10号と9号鉄塔を振り返る 鉄塔の大小 奥多摩線を繋いでいる山域は低山の割には起伏があり.地形も変化に富み.前半は尾根上の人工的な障害物も多い。 それに合わせ鉄塔の大きさが異なる形で続いていた。その鉄塔の異なる支えだけでも知る価値はある。 最後はjr青梅線の36号鉄塔の巡視路でひめくくっている。 北脇350m圏の巡視路分岐点 尾根伝いに下った方が楽でjr古里駅にも近かったが.標柱を見た以上は足を運べねば。 11号鉄塔の巡視路標柱は北尾根の直ぐ脇に建つ。ただ次に繋がるjr古里線35号分岐鉄塔(旧奥多摩線12号鉄塔)へと 送電線は多摩川を隔てた直線状に繋がっている。それならば地上を這う巡視路は如何なる形になるのだろか? 予定では11号鉄塔の基部に立ってからは北尾根を下り.万世橋寄りの林道にでる積りだった。 あえて最後の巡視路標柱に「36号に至る」を見て.何処に降りるか確認のコースに変更した。とんでもない方向に.「36号に至る」と記されていた。 「36号に至る。」と同じ表示がされていた。「36号」の意味が知りたいのだが? 36号へと鉄塔巡視路を下る 巡視路としての古里線36号鉄塔へは北尾根東側のベロッとした急斜面に桃色のテープが点々と導かれ下っている。 ただ踏み跡はあるようでない。倒木と深い枯葉崩れの斜面がルート。 巡視路に定めた斜面に踏み跡もなく.山腹に多い倒木なり突き出す根元を利用しズリ落ちる。距離的には短いがやはり最後は疲れた。 向かいに明るみが見下ろされると吉野街道にでる。 集落手前に立つ林班界標板 林班界標板があるだけで何時も安心感を持たしていた。 丹三郎の集落 ⑳丹三郎の掲示板と塵箱入 降りて突き当たる吉野街道には巡視路標柱は見られなかった。真上に送電線が走っているのは確か。 川越えの向かいに古里線の43号分岐鉄塔と繋がっているのも確か。見上げて確認できる。ただ最後の標柱は見当たらず。 最後の標柱は11号鉄塔の北側肩で終えていた。 最短だが意味のないとも云えるのか.云えぬのは個人的な判断になるのかも。繋がる向かいの古里線が変電所に降りる南尾根を歩んだことがある。 ここから徒歩ならは赤杭尾根末端の南尾根が大きく張り出し.囲む多摩川の上流側の万世橋を渡り.国道にでて右折し. 古里八雲神社から旧古里中学校の裏山に登ると43号分岐鉄塔にでる。 万世橋は北尾根を降りた末端近くにあり.標柱の36号は古里変電所と繋がる最後の鉄塔でもある。 それを考慮すると「36号に至る」の表示は標柱の腕木が北尾根に至るでなければいけないのでは。 ・・5年前の35号分岐鉄塔.赤杭尾根の峰と山から御伊勢山へ横断した折に通過した古里線35号分岐鉄塔へ・ jr古里線の35号鉄塔と右側は東電の奥多摩線が繋がる34号分岐鉄塔 吉野街道に下りた地点からほぼ11号鉄塔とjr34号鉄塔との直線距離上から撮っている。 間に跨るのは都道の吉野街道.多摩川.国道41号線.jr青梅線を越え.送電線はjr古里変電所と接続し終えている。 向かいは赤杭尾根下端のズマド山から南尾根で.558m点肩からの二又尾根の南側に延びる枝尾根になる。 末端手前には御伊勢山が聳え.足元にはjr変電所が見下ろされている。 城山北尾根と花折戸尾根. 多摩川の右岸(南岸)沿いの大塚山の支尾根の各枝尾根を繋ぎ.送電線.奥多摩線はjr古里変電所に送電されている。 追伸・・下山した後に 丹三郎山北尾根の取付から少し登ると巡視路標柱が立てられていた。「↓.奥多摩線11号に至る。→古古里線36号に至る」とある。 取り付きから近過ぎるに係わらず全く同じ表示がされ.巡視路まで作られていた。2万5千分の1地形図にも記されているとか。 何も云う言葉が見つからずにいる。標柱を過ぎると稲荷神社があり.石祠から確りした石階段で林道に降りている。後は万世橋から変電所へ。 丹三郎ノ平尾根 石積沢ノ頭と石積沢の両岸尾根 jr古里変電所 sarumaruhidekiさんのHP「奥多摩線とjr古里線」によると25年位前まではjr古里線は奥多摩線と呼ばれていたようだ。 お伊勢山から下って行くと奥多摩線第12-3号の鉄塔がある。右下には古里の町が見える。左に下り、12-2号を左に見て.12-1号と12号は並んで立っている。 古里中学校の脇を通り、神社がある。「八雲神社」の舞台及び石崖棧敷」の記載がある。下って青梅街道。 奥多摩線は分岐鉄塔の先まで。最終の鉄塔は11号。その続き番号は12号だからJR古里線35号は旧奥多摩線12号か。現在の鉄塔と対照してみると 奥多摩線12号 JR古里線35号 奥多摩線12-1号 JR古里線36号 奥多摩線12-2号 JR古里線37号 奥多摩線12-3号 JR古里線38号 ということになるが.どうも上記の記述は左右が逆のような今一つ分からない。ちなみに『山と無線を楽しむ奥多摩』は奥多摩のすべての尾根筋を歩く記録。 今回の奥多摩行きでは地図に載っていないルートを確認出来.とても参考になっている。このことで.今だよく分からないのは私だけだろうか? 丹三郎山北尾根 左奥は中ノ棒山.中央は丹三郎尾根.右は石積沢右岸尾根 10号鉄塔の巡視路を回り込み.丹三郎尾根の415m圏に乗り.下って370m圏に11号鉄塔が建つ。 本来は尾根筋を下る積りが「43号に至る」の標柱に目が留まり.最後まで巡視路を下ることにした。基部脇の写真左の斜面を街道に向かい降りている。 変化の乏しい膝を壊しそうな斜面を。街道に出ても最後の巡視路標柱はなかった。ただ天空を仰ぐと多摩川を渡る直線上に送電線が走り.34号鉄塔を見る。 棚澤城山 北尾根の窪地の部分に例の奥多摩線5号鉄塔が建つ。朝方は西尾根の霊園から逆方向で眺めていた。 手前は夕陽向フノ尾根アップ 城山松ノ木尾根の中間に乗る6号鉄塔がはっきり眺められている。手前尾根が夕陽向フノ尾根と末端の愛宕山。 そして背の尾根.鉄五郎新道に乗る琴平尾根の430m圏にに乗る奥多摩線7号鉄塔。 逆側の御伊勢山方面 右上の小尾根に建つはjr古里線. 拝島の車内で今日初めての単独女子と出会い.山中では2人のハイカーと出会っている。 今回は松ノ木尾根の下りで単独行者と擦れ違い.林道に降りる手前で再び単独行者と会う。 この2方のみで.それも私にとっては初めての単独の白人ハイカー。大柄な方と少しスマートな彼。2人だけで後発に出会った彼に尋ねたところ. 友達ではないと。そんなこともあるものですねと.ゆうちょな日本語で語りかけてきた。「気を付けて!」と言葉を掛け別れている。 初めて外国人パーティに出会ったのは2007年8月の奥穂からの下りだったと思ふ。その後.大勢の方と出会い.一時共にしたこともあった。 手元が35号とjr古里変電所に入る36号鉄塔 jr古里16:15=16:45青梅.快速:46=18:19新宿=大江戸線.日没16:57.青梅線の羽村 今年は猛烈な暑さの後の急な冷え込みで体のバランスが崩れたのか.体全体に痒みが移動し.まだ掻く我慢はできるものの落ち付かず。 皮膚アレルギーはこの数年治まっていたが.再起せぬことを願っている。日記を書き終え足先は又山へ。 全行程の概念図 ![]() 東電.奥多摩線は棚澤のグリット奥多摩変電所からjr古里変電所へ送電。 jr白丸から氷川発電所にでて棚澤城山西尾根.北尾根.松ノ木尾根から越沢.寸庭から夕陽向ヒノ尾根.石積沢両岸尾根.丹三郎尾根からjr古里変電所. 登山道明細図奥多摩.東編.巡視路図・・シリオブーツ.24.259歩 茶500cc.テルモス紅茶400cc.妻のカツ.タマゴサンドイッチ.バナナ.オレンジ.饅頭.短羊羹・・ストック. 全国の熊騒動 今年は異例までもの猛暑が続き.此のところ日本全国に熊が里に下りる回数が増えている。特に北海道.東北5県は猛暑の影響か. 山でのナラなどの不作に.イノシシの増加は栗やドングリを食べつくしているらしい。国有林のスギ.ヒノキの造林も実のない樹林に変えている。 私は9月に入り.旧経路を綴るため東京近郊の陣馬山に本宮山東尾根から単独で登っていた。尾根末端から旧醍醐への峠路を越え. 30分ほどの処で月ノ輪熊1頭と大鹿3頭に出偶した。大きく尻を振る大熊を確認し.間を開けずして大鹿が続けて尾根上に飛び出した。 何度か熊と出偶し.嫌な思いはしているものの.高尾山の裏. こんな都心から近い小山で.出会ったのは鹿を含め初めてだった。 猟友会によると昨年1年間にクマを計約9100頭.今年に入り5000頭を捕獲した。シカやイノシシも年間に100万頭以上仕留めている。 又ハンターは銃を使う度に2回以上の射撃訓練を実施して.身の安全を確保したうえで狩猟に望んでいるという。 親子連れの熊が里に出没し.人身被害に過去最多の12人が死亡している。9/1日にクマ.イノシシの緊急銃猟を決定し.11/0日には自衛隊が背後応援に参加。 警察はライフル銃を持たせると云うも熊に対処する知識のない警官は大丈夫なのだろうか? 11/04日. 東京で木枯らし1号.浅間山.白砂山.仙ノ倉で初冠雪. 河口湖では幻想的な風景「けあらし」あり. 海澤の発電所から城山西尾根の510m圏 標高559m点から霊園を経て城山北尾根 大楢峠から松ノ木尾根の末端にでて夕陽向尾根.愛宕山 寸庭川右岸尾根から石積沢両岸尾根と丹三郎尾根・・吉野街道とjr古里変電所 |