1970年02月.岩原から飯士山―飯士沢下降
   1970年05月.飯士山で雪上訓練後.見越沢下降 
      越後中越スキーツァーTop

濃霧に雪降る飯士山ツァースキー

地図を忘れた山
エッジで新雪のナイフリッジを切る

               岩原から石打国際スキー場へ . .
             越後飯士山.濃霧に包まれ視界を失ったスキーツァー
                     岩原から石打へ.s45年(1970年)02月. L松村進m見城寿雄

   先月の栄太郎峠越えのツァーはバッケンが壊れる不祥事を起こし悲惨なツァーで終えている。それでも魚野川の対岸に聳える飯士山を眺め,
     その悠然なる雪白らびかな独峰に.強い印象を抱いていた。今まではただの通過点でしかなかった山が雪を被ることで立派な姿に衣替えしていた。
     六日町の金城山のようなイメージを抱く岳に変えている。この山こそスキーツァーのために変化に富む岳のようだ。アプローチもよい。

   前回の挽回にと早速バッケンを修理し.冬型か崩れるという予報を聞き.見城先輩と再び越後の山に入る。
     飯士山は七ッ小屋沢山から大源太山に続く頂稜の北側末端にあり.独峰の如く聳え立つ山。
     岩原のゲレンデから飯士山越え.石打のゲレンデへとスキーツァーにルートを求めた。

      初めての夜行ツァー
   会社を引けた週末の国鉄上野駅は夜遅くまで僕と同じように雪を恋する人々でホームは溢れている。
     広場と云う広場はスキーヤーで埋め尽くされ.待合地下広場には定期夜行列車か? その後の臨時を待つ長い列を連なっていた。

   夜行ツァー初めての体験が登山と違い.何にかそらぞらしい。
     臨時の臨時列車に乗車する。スチームがよく利く列車は僕等を雪国へと運び導いて行く。

   予報は外れた上越周辺は隧道を潜ると分厚い雪雲に包まれた。冬型の気圧配置は崩れず.雪がトントンと降り続いている。
     列車は路肩の雪積みが視界を閉ざす高さまで積り.魚野川沿いに入り北上した。
     それ雪壁が切れると冬のシーズン中だけに設けられた臨時停車所.岩原の駅ホームに列車は滑り込む。

   ホームに立つと飯士山南裾の緩斜面はゲレンデ化し.夜間照明が闇の世界を冥一杯広げ明るく浮き出させていた。
     広いゲレンデは舞台のようアップライトを浴び.スキーヤーの群がる姿をを掻き立てている。
     不思議な素敵な世界だった。ライトの光だけが雪の台地を照らし.大舞台のよう浮き上がらさせている。

   岩原駅から雪原化した畑を15分ほど横切ると岩原山麓に至る。大源太川を渡って615mの登山リフトが岩原ロッジ下まで運んでくれる。
     シンシンと降り注ぐ雪粒がどんどん僕の肩に足元に積み上げられてゆく。

   岩原ロッジで明るくなるのを待った。視界を遮る雪粒は留まることなく降り注いでいる。
     雪の激しくなる中.風がでてくる。まだリフトは動いている。待つも居たためられず.早めに飯士山の裏側の石打へ抜けることにした。

   地図を列車に置き忘れ.尾根も谷の分からない。それに概念と云えば大まかな想像しかなく.磁石を頼りに進むしか方法はなかった。
     他人さまから看たら無謀一言に尽きるかも知れない。何より僕も見城さんも.この地に足を踏み込むのは初めてだった。


   ツァールート図と三角点飯士山図根点
     飯士山の頂には三等三角点標石あり.標高1111.52m.基準点「飯士山」.360度展望が開かれる筈がガス濃く.遠望は0。
     岩原スキー場の脇にも四等三角点標石がある。標高は687.36m.基準点は「野尻平」.2回目の山行で.飯士山を越えた折.通過している。
     又山頂に向かう尾根上の標高799mには飯士山・図根点がある。マンホールの内部に標石あり。

    
    頂直下より北西の飯士沢を滑降                  「スキーツァー案内」山と渓谷社より
   45年度.越後湯沢周辺.ツァールート図
 

   先月の栄太郎峠ツァー惨敗から再起し飯士山に挑む
左下から中央ルート. 1月.栄太郎峠ツァー?
右下から中央ルート. 2月,飯士山越え
左上.       3月.素朴な十二峠ツァー
右寄り.      5月.雪上訓練後.見越沢川下降



      登行
   第2リフト700m.第3370mと乗り付いて岩原スキー場の最高点に着く。リフトでゲレンデを抜けるが雪風は留まることなく降り続いている。
     視界は悪い。瞼に塞がるよう雪が渦を巻き舞っている。
     シールを付け.飯士山から真すぐ降りてくるゲレンデ縁の尾根に向かって登りだす。

   痩せ気味の上.急な斜面に初めからぶち当り.左右に切れ味のよい尾根が続いている。
     どうも初めからコースが外れているようだ。風が出てきた。リフトの音だけが耳につく。

   左下から延びてくる立柄山732mからの低い尾根と合わさり尾根らしくなる。
     だが複雑な地形は続き雪は更にナイフエッジ.雪庇.深雪と不思議な程.品を変え.僕の興味を掻き立てる。

   東方に延びる尾根は左前方へ急激に尾根を落し.右には広い沢が雪原のように広がる。
     雑木林が斑のせいかも知れない。雪面を押さえ込む微妙な掛け引きが続く。谷側のスキーが出しずらくなった。

      ナイフエッジ
   そしてそれこそ鋸の歯のようなスノーリッジが綴られ肝を冷された。
     スキー板2枚がリッジ上の尾根に乗れず,右へ左へと板先から小さな雪崩を造っている。音もなく小さな新雪が繰り返し.繰り返し落ちて行く。
     「ショッパイな!」.「ルートじゃないぞ!」.「ジックリ行こう!」と見城さんと短い会話が交され.目はスキーのトップから離れない。

   それにしてもリフトの擦る音色がやけに聞こえ流れ込んでいる。風の戯れだろう。霧がでてきた。
     ガスは濃さを増し周りを包むようなった。降雪は相変わらず止むことも知らず.風も唸り始めていた。
     フードを被り.右手に張りだした雪庇に気を配る。

    

   丸太のような立木に錆びた針金が巻かれていた。何だろうとよく見るが分からない。
     ガスは更に濃くなる。2m先の雪庇が分からなくなった。ツメは扇状のゲレンデが詰った地点で.尾根らしくなり急なコフの上゙にでる。
     穏やかに丸みの斜面にでて空腹感を感じ1本取る。二人で仲良くサンドイッチを分け合い.飴をしゃぶる。


   西尾根との突き当り合流地点
    西側の尾根が緩むとと共に沢筋も穏やかになる。

      頂稜
   西と北北西.それと僕等が登ってきた南東からの尾根がここで交わっている。飯士山の頂だろう。時折ガスが風に乗り切れだした。
     穏やかな尾根にでる。ただ地図を列車に忘れ.考えるにも山の概念が分からない。視界なく頂すら何処だかはっきり分からなかった。
     飯士山の裏側の尾根に入るのだろか? 頼りは磁石のみ北北西に進路を取る。

      支稜
   下り気味の尾根は左に枝尾根を構え.大きな雪庇が行く手を遮る。右にツメを巻きツボ足で回り込んでみるが.雪深く膝までボクボク潜る。
     腰を越す落とし穴. 足元から新雪がドンドン流れ込み.枝尾根を回り込んだが馬力のみを費やしていた。
     ガスが視界を閉ざし藪との絡みが酷くなる。

    ルンゼをシールの間々.下降
   南面と異なり傾斜は急激に落ちる

    北西の沢筋を滑降
   落ちると凄い.体が何処にあるか分からずダルマとなる

      ルンゼ
   仕方なく下れそうな対面の飯士沢の源頭ルンゼをシールを付けた間々下ることにした。
     面白いように落ちる雪塊り.下層の湿った雪に足を暫し取られた。深雪で更に雪質が悪い。
     スキーで下ればスノーボールならぬスノーシャワーができて行く。

   スキー板を谷間に平行させ膝を深く折りエッジを立てる。水平に落ちるスキーと体.もう停まることはなくズリ落ちる。。
     大きく雪崩れる気配はないが体重の乗った足元のテールから雪塊をドンドン落して行く。
     腿が吊ってきたのも我慢.時たまクラストした所では飛ばされ落下するよう下っている。

      シールでの滑降
   狭いツメのルンゼにスキー板の幅分の広いの溝ができていた。そして傾斜が落ちるとスキーのトップを谷先に向けるられるようなる。
     豪快なスキーの滑降が始まる。シールを着けた間々.トップを浮かし後ろに重体を乗せれば谷に直進し.滑ると云う言葉でなく体ごと落ちて行く。

   スキーが停まった地点でシールを外した。ガスの切れた谷間に板はスピードを増し狭い渓谷をジェットコースターの如く滑る。
     転ぶと凄い反動で頭から雪を被り.体は回転し如何転んだか定かでではなく分からなかった。

     飯士沢

    沢幅がカール状に広がり北西へ向かい下る

    下流左手の裾がが石打国際スキー場

      谷幅広く
   幾つかのルンゼが合わさって幅広い沢になる。
     傾斜も鈍くなってきたとはいえ.シールの間々大きく斜滑降を取った。滑る楽しさを満喫する。

      滑降
   シールを取ると山回りも思うようこなすことができた。大きなギャップを越え.時は深雪に体もろとも飛ばされた。
     淡雪がクッションとなり体を埋め尽くす。そして這い上がり口から雪泡を吐くも.互い笑い顔に溢れている。
     余裕が備わったところで左岸の森陰で1本取り.残りのサンド・林檎・チョコを放ばる。

   谷間は明るくなり霧も薄れ,スキーは思うよう滑る。
     右へ左へと谷沿いを直滑降で滑り.2つのシュプールが面白いように交差しては離れ.雪に芸術を刻んで行く。
     もう息も揚々たるもので歓喜を上げ.それとばかり下った。

   谷幅が4〜5mと狭って雪質が悪くなってきた。
     重い湿雪はダンゴとなり滑りが悪い。それでも自然の障害物を抜う楽しさは忘れられない。

   硬いデブリに乗り上げればトラバースを強い入られ.枯木を潜り.
     2つのシュプールは激しく交わっては大きく弧を描き綴って行く。

      石打スキー場
   やがて傾斜が緩み再び.あまり沢幅が狭まったため左手の台地に上がったら.眼下に石打のスキー場が現れた。
     TBSの穏やかな斜面に大勢のスキーヤーがよく見定められている。

   8時から6時間半の五里霧中のツァーの旅は如何にか石打へ抜けられた。スロープの終わりが姥島部落で全てが季節旅館になっていた。
     姥島から歩いて35分で上越線石打駅にでる。ツァーならぬ登山の領域と山スキーの領域を持った天然のスキー場がそこにあった。
     昼寝こそ出来なかったが笑いの止まらぬ.楽しいツァースキーを味わっている。

      ツァー後記
   1月の榮太郎峠ツァーで対岸に聳える飯士沢を知り.2月にはこの霧中の山を越えた。
     そして地形の確認を含め.翌3月には対岸の十二峠に出向いている。

   更に深い湿雪に喘ぎ.魚野川の対岸より.飯士山の概念を掴もうと自分で歩むルートをも見い出している。
     又飯士沢には5月の連休にRHC・男子二年強化合宿の備え.雪上訓練の指導にあたり.独り見越沢川を下降し塩沢に下りている。


    飯士山
   苗場山より南西側
    中央の右の稜がルート
    2007.07.和田小屋より入山のをり魚野川を隔て谷川連峰北端に飯士山を望む。

   s49(1976).04.旭原川より朝日を浴びる飯士山の南東側
    左の稜がルート

      延びるスキー場
   飯士山を囲むスキー場の開発は凄い。
     湯沢の町に落ち込む西面は丘陵の傾斜が激しく開発されずにいるが.南面岩原スキー場はリフト.ゴンドラを山頂東肩まで延びている。

   そこを頂点に東面は東の尾根を被うように.奥添地にリフトが何本も延び.北側の舞子のゴンドラへと扇状に広がっていた。
     それ故,見越沢川の右岸は全てスキー場で塞がれたような状況になっている。
     前回滑降した北西の斜面は後楽園周辺だけがそれ程開発されていない地形で留まっていた。2003年.

      後調べ
   後日と云っても大分後になっての調べでは傾斜の落ちた地点は南峰らしい。西へ綴られている尾根は鋸尾根.標尾ノ頭経由で南に延びている。
     南峰(ジャンクション)から北側に向きを変えるとボコボコ潜っていた。北峰の鞍部まで下るにも馬力がいた。距離でなく.スキー板を外せなくなる。

   深い潜りに身が動けなくなり.途中の急なこぶが飯士山・・本来の北北西に位置する1111.5mが飯士山.その西のコブが西峰。
     頂を諦めていたと思われていたが如何にか目的の沢筋を下れたようだ。ガス濃く.正直な話.磁石のみが頼りだった。
     飯士山をめざし飯士山を踏みながら地図を見るまで.気が付かったことになる。

   当時のツァーコースは岩原スキー場のリフト終点より飯士山の北側を巻き.奥添地側から途中で飯士沢へ入り.石打国際スキー場に抜けている。
     「スキーツァー案内」s38年03月初版・山と渓谷社.「山と渓谷」2013年3月号・・はるかなる「裏山」飯士山より