越後スキーツァーTop                             .  
越後中越.栄太郎峠ツァー?

眩い陽差しを浴び.最後に一番星を見る

壊れたバッケン.辛いスキーツァー
            , 栄太郎峠の概念図   .
            魚沼丘陵・・栄太郎峠と重い雪の壊れたスキーツァー
                s45年(1970年)01月10〜12日. L松村進(43卒)m富山貞男(38卒).保坂洋(41卒)

           越後湯沢ケ―大峯―栄太郎峠―高津山―石打・・焼津の富山氏.保坂先輩と私の我儘な珍道中
     一冊のガイドからブック
   昭和38年3月発行の「スキーツァー案内」(山と渓谷社)に次のような記事がある。「岩原・石打・湯沢,上越沿線にあって石打スキー場
   越後湯沢スキー場は最も人気のあるスキー場だ。周辺には豊富な民宿もあり.手近なツァーが楽しめる。」とある。

     正月の餓鬼山行が切っ掛けになり,アルプスから戻り一週間足らずして.焼津の富山先輩から声が掛かり尻の暖まる暇もなく
   保坂先輩を誘い,今回はスキーを持ち新春早々の上越へと再び新雪を踏むことになる。
   ゲレンデスキーではなく.リフトで時間を稼ぎ,大峰の稜をツァーする。そして滑りだした直後.バッケンが飛び最悪の事態に巻き込まれた。

   s45年度.越後湯沢周辺ツァールート図
 
左下から中央ルート. 1月.栄太郎峠越えツァー?
右下から中央ルート. 2月.霧の飯士山越え
左上.         3月.素朴な越後十二峠ツァー
右寄り.        5月.雪上訓練後,見越沢川下降


  卒業後.初めて湯沢の地へ出向く。高津倉山の不測の事態から翌月はツァー挽回と対岸飯士山に挑んでいる。

      1月10日.上野=越後湯沢h
     午後8時急行で上野駅を発つ。行き先は未定,ただ上越沿線でスキーでツァーをしようと乗り込む。
   闇夜を走る列車はその闇にに吸い込まれるよう.みるみる板東平野を横切り,利根川源流へと遡って行く。
   水上では雪景色に変わり.東京を出て2時間たらずで上越国境の雪国に入る。

     越後
     清水トンネルを潜り懐かしい土樽の灯も車窓から離れ.松川トンネルを潜れば名の知れたスキー場が幾つも現れ上越沿線沿いを賑わし始めていた。
   山スキーしか知らぬ私にとって.数少ないスキー場しか知らぬ私は夜空に浮かぶナイター群に驚き眼を見張っている。

     越後に入り列車は初めて中里に停車した。駅前に広がるソフトな雪原の輝き.プラットホームに雪積る淡い膨らみが裸電球に照らされ,
   ホームを浮き出させていた。ここは岩原と共に冬期だけの停車場.

     結局.私達は越後湯沢で下車. ガイドブックのツァーコースを綴ることにした。温泉がホームまで引かれ.駅前には客引きが何人も待ち構えていた。
   その一人の案内で宿を決めている。

     駅前の道路は車が通れぬ程の積雪があり.又駅前広場も狭く,人のトレースしただけの踏み跡だけで築かれている。
   又駅前の店々の軒は分厚い雪の庇に被われ.道の両脇軒に連なる庇は積もる新雪で.今にも落ちそうだった。

     街路灯もなく店から漏れる灯が店前通りを幻のよう照らしてだしている。降り続ける雪粒は止みそうもなかった。
   宿までの間もシンシンと降り続き.灯に照らされて分かるものの薄暗い闇の中.トレースを外さぬよう歩む


      1月11日快晴後薄曇
           大峰から大丸山

   心地良い一本だが

     上越線の車窓左手に線路と並行して低く連なっているのが平標山から続く北の尾根で魚沼丘陵になる。
   芝原峠を越えると大峯.高津倉山と延びている。雪のない季節には気にも留めないが石打丸山のスキー場に滑り込み.
   ロープウェーと結むと日帰りツァーコースとして楽しめる。

     その間には響きのよい名の峠.栄太郎峠があり.峠名に惹かれ峠を縦断する形で.展望を楽しみながら滑り続ける積もりでいる。
   魚野川沿いのスキー場は何処も雪多く.更に交通の便は至極よい。

    湯沢高原一大峯一栄太郎峠一高津倉山一石打丸山
     ロープウェーで湯沢高原まで登りシールを付け.処女雪の雪面を一直線に刻み登りだす。
   眩い陽差しを受け.煌く雪面にテールを滑り込ませると雪の粒が輝きだしていた。久し振りのスキーラッセルに心は躍らしている。

     もうかなり高い所をもがき登っている。マッチ箱のように並ぶ湯沢の街並が谷間に見下ろされ.細長く並ぶ碁盤の目のようだ。
   そこを縫う鉄道や国道が白い帯となり蛇行する魚野川の河原を綴っている。素晴らしい晴天に恵まれた。
   ここにはもうスキーヤーも居なければシュプールもない。我々だけの領域を大きく示していた。

    飛ぶバッケン
     野鳥が囀り雑木林が増してきた。積雪はかなり多い。スキーのトップは少し上げ気味に雪面に乗せ.雪斜面を切る。
   汗ばむ体に時折通る風が快い。高度は見る見る稼いでいた。

     大峯1172mの下りでバッケンが飛ぶ。つぼ足はたちまち膝まで潜り.初っ端から悲惨な状態に陥った。
   越後特有の重い湿雪に体が潜る。スキー板修理の為大休止した。又枯れた枝木を折り腰を降ろし.昼食を兼ねて結飯を食う。
   宿の結び弁当は塩魚が入り.添えてある林檎も美味かった。

     バッケンが壊れ修理不能になった。登山靴をスキー板にぎっしり縛り.外れぬよう大峯を下っている。
   滑るのではなく.潜らぬよう登山靴を紐と云う紐を使い結び付けてみた。
   それでも林間を滑るのにスキー板は方向を見定めず.仕舞には藪枝を漕ぎ.黒木にぶち当たっている。

     バターンと転んだ。もうスキーと足は丁寧に結んだ積もりだがバラバラに離れば更に修理不能に。
   板を探し転んだあたりを手掘りする。積もる泡雪に漸く板のトップが現れた。それを繰り返す以外方法はないのだろうか?
   ゲレンデとは既に大分離れている。先のゲレンデも大分先になる。ラッセルすれば遅れるが転ぶ数よりやや早い。

   栄太郎峠へ

     栄太郎

     栄太郎峠994mは小さく窪んだ峠で,これ又小さな可愛らしい小屋がある。
   小人が住んで居そうな小さな屋根に.雪が40〜50cmも積もり庇を造っている。
   今にも小屋自体が雪の重みに埋もれてしまいそうだった。

     こんな低い所にある峠路は何処にも.幾つも在りそうだが,この小さな峠がよい。向いの通い道.峠路に惹かれるものがある。
   それは親しみやすい名称の為か.それとも兎の足跡を追い掛けて来た為だろうか? 人の踏み跡が残されていた。


          高津倉山1181m
                             今はスキー場に開発されている     , 
    高津倉山より大峰.鞍部が栄太郎
      峠一高津山一戸内平一大丸山一石打

     魚野川の展望は相変わらずよい.蟻のようなスキーヤーが遥か下のゲレンデにうごめき見下ろされたる。
   ただ清津峡側は湧きいずるガスに包まれ.苗場山は裾野さえ見えることはなかった。

    縄で結ぶ壊れたバッケン

     難渋するバッケン
     高津倉山は頂稜を左寄りから直登し.再び尾根に戻っている。雑木林を縫い.暫しバッケンに難渋.それでも登りの滑り止めはよく効いた。
   壺足で歩くわけにも往かず.ワッパ代わりにスキー板を付ける。シールの上に紐と云う紐を幾条にも又結んでいる。
   高原を思わす平らな頂は疎林の上.雪の吹き溜まりは雪を積らしている。ラッセルにシュプールを築き.気持はまだまだはしゃいでいた。

     喘ぎから落胆へ
     ダンヒルと思い下るが今日は滑るのが最大の難点になった。登りは如何にか誤魔化せるが.左スキーはシールを取っても滑らない。
   その上よく抜けた。常にラストから付いて行くようになる。もう何度転んだことだろうか。
   ぐっと疎らになった痩せた雪稜を雪庇に食い込まぬよう.ヨチヨチ歩きが続く。まるで初めてスキー板を履いたように。それ以上に悪い。

     大丸山が目の前に姿を現したのが4時.もうこうなればシールに任した方がよさそうだった。
   東北を思わす戸田平の樹氷.そしてのびのびした窪み.既に層雲に覆われていた。積雪は一層灰色じみた白味を増している。
   振り向くと重い雪雲を抜って一ヶ所の切れ込みから.薄い夕焼けが斜陽して差し込むのが望まれた。黄昏時を迎えている。

       里を望み大休止
             富山・保坂先輩
     帳とナイター・・17時.大丸山に立つ。
   雪庇を避け.急な斜面を抜けると眼下いっぱいにシスイを散りばめた夜景が広がり.ゲレンデには既に灯がともされていた。

     岩原.中里.TBS,後楽園.そして丸山のスキー場がナイターのスポットライトを浴び,夜空に描きだされている。
   初めて見る景色に驚く私。保坂さんが「一番星が見える!」と叫ぶ。

     楽と思ったスキー場も私にはどうしようもない敵地に思えた。1つ1つ丁寧に越えるしかあるまい。如何にか納まった右スキーも.もう一方が駄目だった。
   釘.紐.バンドと何んでも先輩のものまで集め.手当たりしだいに用いるが効果なく.増々駄目な作業に思えた。
   それでも繰り返すしかなかった。スキー板を捨てたい気になるも.脱げば膝上まで潜り転びに転んだ。

    1月12日.水上=上野
     何mか滑っては待ち続ける先輩達がいる。それを追う私。19時石打に到着し.スキー板があり雪があるが初滑りは,はかなく終わる。
   不運にも乗るべき列車にも乗り遅れていた。後は水上止まり。明日の仕事を考えると2人の先輩には何も言えなかった。

     待ちに待たされた。居場所もなく.最終列車を水上の寿楽ホテル.ロビーで待つことにした。
   凍りついた水上の町に寂れたネオンか輝き.寒々する空には冬の星座が広がっている。

     上野駅に着くのは夜行列車で.朝帰りになる。通勤に間に合うだろうか? 私はただ謝るしかなかった。
   不運にもバッケンは壊れ.代替えが利かぬ雪山。私一人.黙々と這い歩むしかなかった。それも転んで.結び付けねばならぬ繰り返し。
   焦り時間だけが過ぎてゆく。待つ身の先輩達は無言で一言も愚痴を云わず.待ち続けてくれていた。

     富山さんはここから又.焼津に戻らなければならない。保坂さんも同じ.ただ頭を下げるしかなかった。
   その後,富山さんとは45年に安達太良山.50年には裏尾瀬大杉岳へと出向き.保坂さんとは48年に燧ヶ岳から会津駒ヶ岳へツァーで抜けている。

    番外編・・コース
     2014年10月に再び湯沢高原に訪れている。当時のゲレンデを繋ぐ境界尾根上のツァールートは全てが繋がれたゲレンデ化されていた。
   当時のツァーコースをガイドブックに従い抜粋する。

     「真のスキーの楽しさはツァーにあると云っても過言ではあるまい。そして昔とは違い現在のツァーコースは殆どが登りはロープウェイやチェアーリフトが
   利用できるから便利だ。こおコースの途中,登り下りが2,3ケ所あり,上級者向きのコースであり技術は2級以上が望ましい。湯沢からロープウェイ(8分)
   で湯沢高原スキー場に向かう。このスキー場は海抜900m,上越沿線最高の高度を有し,冬季は殆ど日陰のスロープで常時粉雪であり,
   谷川連峰を始め越後三山,越後平野まで一望できる高原スキー場である。

     ここから布場スキー場までジグザグのコースがあるが急斜面でコースも広くなく熟練者むきである。1級程度の技術でも下まで3km.
   20分は要するだろう。この高原スキー場から約1時間ほど登ると海抜1170mの大峰頂上である。この頂上は広大で.苗場山を始め谷川連峰.
   その周辺の展望が非常によく.また霧氷の咲く原生林は素晴らしく美しい。

     この支道標に従い約1kmほど滑降するとここの稜線の鞍部栄太郎峠である。ここにはブロック建ての避難小屋があるが.
   冬季は屋根しか見えない。コースは広く開かれ.1本尾根だからここまでは心配がない。

     栄太郎峠から急な斜面を約1時間登ると.コースの中の最高1181m高津倉頂上である。この頂上は大峰と大体同じだが広い尾根が
   北にでていて間違いやすい。指導標に従い東側の小さな尾根を約1000m下ると.トナイの平と云って丁度摺鉢の底状になって視界の
   利かない所にでる。天候が悪く視界の利かないとコース中最大の難所になり.以前5.6パーティが遭難している。

     ここから大丸山までだらだらの坂を登ると石打丸山スキー場が足元から雄大なスロープを開いている。スキー場の最高点まで急斜面を
   800mほど下ると丸山第5リフトの上部に至る。延々4kmの変化に富んだスキー場は日本でも有数であり.上越沿線随一のスキー場である。
   スキー場近くの部落は殆どが季節旅館で150軒以上あり.5千人以上の収容力を持っている。スキー場から石打駅までは歩いて25分である。」
   ・・「スキーツァー案内」より.ここを最初の下り斜面から坪足状態のスキー板を付け歩んでいた。


    湯沢高原
      2014年10月12日に巻機山山塊の割引岳天狗尾根から巻機山井戸尾根を周回し.巻機山麓キャンプ場から帰路寄った湯沢高原。
   高原にでると地形は同じでもスキー今日は全く驚くほど変貌していた。その中.大峯・栄太郎峠・高津倉山の懐かしい地名を聞いている。


    大峰北東肩と栄太郎峠
   湯沢高原散策路より・・滝島先輩

    八木沢に至る栄太郎峠と高津山南面
   2014.10.12
    湯之沢川を隔てた高津山ガーラ湯沢ゲレンデ

      失われたツァーコース
     2002年(h14年)04月の測量によると.当時のツァーコースの尾根上を縦断するような道路ができている。
   開発された道路は南から北上し大峰より栄太郎峠.高津倉山へと綴り.ツァーと同じルートを丸山から石打へ抜けている。
   当時は林道として横断する道すら1本もなかった。

     大峰,高津倉山,丸山には山頂までリフトも延びた。未開発の西面に比べ恐ろしいほど開発を広げている。

   新幹線高速道路の影響は計り知れない富と.自然の崩壊をもたらしていた。

     昨日.2005年(h17年)11月08日.偶然にもNHKのドキメント番組,プロジェクトX「悲願の関越トンネル」を見る。
   新幹線と高速道路のトンネルが平行して貫かれ.上越に予想以上の経済効果をもたらしたと。

     大学を卒業し,初めて上越のスキー場に訪れた折は中里.湯沢.石打と幾つものスキー場が裾野や中腹に広がり.
   ナイターの素晴らしさに驚嘆し山を越えていた。そのコースが全てスキーリフトで繋がれ占領されている。
   何とも云えぬ驚きと不快感が残されていた。現在の栄太郎峠・・・ウォッ地図


     20011年02月,三頭山笹尾根を縦断した折.jr神田駅でGALAと示された幾枚ものポスターを見ている。
   20周年を迎え.石打丸山スキー場に3本のコースが復活し裾野に下るコースも新設された。12/10〜5/5


     2014年10月12日.巻機山に出向き,割引沢から割引岳天狗尾根を詰め巻機山井戸尾根を周回している。
   その帰路.湯沢高原に寄り.魚野川流域の展望とミニトレッキングコースを齧り歩んでいる。

     東面の山々が大きく開拓されスキー場に変わり,初めて真近から望まれた。
   特に大峰と栄太郎峠,盛夏に訪れ緑深い濃さは雪原とは全く異なる展望で望まれていた。
   昔は湯沢高原ロープウェイから上部にはリフトはなかった。それでも周り一番の高い展望台なり.高度を示していた。・・湯沢高原散索

     栄太郎峠.2001年
   平成13年7月中旬に歩いた「栄太郎峠」を横切るコースが.「新バリエイションハイキング)の平成28年初版に記載されていた。

     越後湯沢駅から苗場プリンス行.路線バスに乗り,国道17号線で芝原トンネルを潜り八木沢口バス停で下車。
   清津川上流の八木沢から鹿飛橋までの間には清津峡遊歩道が右岸に綴られている。道標には「トレッキング湯沢1」とある。1時間20分

     鹿飛橋から清津峡温泉までは尾根伝いに7時間。25分で分岐に戻る。峠には右岸から左岸に渡り600m.「大沢渡り」で右岸に戻り680m
   やがて美形のブナ林に巨樹805mがある。「麗人の森」に至ると920m.樹齢80〜90年のブナの二次林が広がり.東の林道から300mで峠にでる。

     栄太郎峠995mまでの登高450m.峠に関しては明るい峠としかしるされていなかった。1時間40分
   峠からは一楠場コースが湯沢高原のロングガーデンを経てアルプの里まで延びている。104km.高度差200mの緑深いコース。40分.山頂駅から10分