| 魚野川沿いスキーツァーTop . 越後.中越十二峠ツァー 田舎にあるごく普通の峠路 峠への雪径 . |
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| 素朴な峠.十二峠ツァー s45年(1970年)03月21〜22日. L松村進(43卒)m沼津久美子(4) 越中十二峠は越後大丸山の頂稜を北に進んだ所にあり.栄太郎峠と同じく清津川に抜ける石打からの動脈になっている。 悲惨だった1月の栄太郎峠ツァーを挽回に再度対岸の飯士山に挑んだが風雪に遭い.今度は五里霧中の山になった。 下山するもルートが定められず.それ故今年になり三度,越後湯沢へ出向くことになる。 素朴な名の峠.十二峠と飯士山の山容を知る為に。好天の恵まれるが.今回もの雪質は猛暑の重い湿雪になった。 3月21日.上野18:12=21:04石打h 22日.宿9:30一花岡スキー場一10:30上野鉱泉:50⇔12:45十二峠13:50一15:20鉱泉:40一16:石打17:47=21:40上野 朝 早朝から舞い注いでいた小雪は薄日が射しだすにつれ,大気に吸い込まれるよう消えている。 昨夜は宿への途中では闇に埋もれた月明かりに照らされ,飯士山は冷たく不気味な陰影を投げ掛けていたが今は朝モヤに覆われている。 そしてモヤは次第にその姿を消し.暑い陽差しを現わしだし暑い一日になりそうだった。 魚野川対岸に広がるTBS.後楽園の各スキー場はまだ山陰になり.スポットライトトを浴びた昨夜の斜面を幻じみた青白い輝きに変えている。 先月は岩原から飯士山を越え石打国際スキー場に下りている。風雪強く分かりずらいルートだった。 今日はその西山腹を外せばどの斜面も春の暖かい陽射しに煌いている。 沼津嬢と共にゆっくり石打の宿を発ち.花岡スキー場の裏から十二峠の径(国道)へと回り込む。 花岡スキー場は駅から近い利点がある反面.狭く初心者用練習場になっていた。 以外な程多い積雪は山とは限らず.里でも沢沿いを埋め尽くし,街並をも雪白く埋め尽くしている。 駅前の広場を過ぎると軒まで届きそうな積雪の塊が家々を取り囲み.軒下どころか家屋そのものに積雪に埋められている。 この十二峠への里道の入口は両側が狭まり雪多く雪壁のトンネルのようだった。 上野部落から小黒川沿いの十二峠への道に3軒の鉱泉がある。僕等はちょうど川下から2つ目の中程.手前に滑り込んでいる。 スキー場裏の林をジグザグに切り抜け.足元にゴーゴーと音を立てる枝沢を恐る々渡ると雪壁に挟まれた青天井のトンネル道にでた。 中里村への峠道に入る。シールはよく利いている。まだ踏み込まれていない浅いラッセルに程よい汗を掻き心地よい。 右手の擁壁に茂みから突然メスの雉が羽根をばがつかせ.私の前を道を横切った。立ち停まり共に驚くき飛び立つ羽音が妙に響いた。 鉱泉 還りがけ覗き込んだ手前の宿は近代的装いを凝らし.僕には入り難く思われた。 次とその奥の館は古いいにしえを誇るよさが道端からも見受けられる宿だった。 木造の広い玄関.長い廊下と縁側.そして部屋とを仕切る障子戸が通りから見え.僕の心をくすぐっている。 駅前の宿より寒かろうが炬燵に身を丸め,熱湯に浸かるのも良いものである。 昨日列車内で知り会った隣客の世話で駅前に泊ってしまったものの,今になって欲しい気がした。 宿の主人が国道と称していた峠への径も最後の宿を過ぎるとその先は雪のトンネルも終わり,明るい雪径の上にでる。 地元の人が二人.峠から降りてきた。僕等はシールを付け彼等が付けたワッパ跡を辿る。 裾野径 峠への分岐.橋を渡ると大丸山からの本流と合わさり.右岸には原っぱが広がるようなる。 暖かくなり融雪が進めば最も奥の水田に変ってしまうのかも知れない。 雪原を突っ切り夏径とは別れ,その間々右岸を遡る。 左岸に掛かる小橋も小径も深い積雪に閉ざされ.見る形さえ望めなかった。 小さな林を抜けると前方は更に開け.ワッパの跡が着実に峠へと向かっていた。この踏み跡は峠越えしてきたようだ。 そして急になってきた斜面に雪は重く.シールが歯車のよう雪面と絡み合い.汗が滴る直登が続く。 もうかなり高度を稼いだ。登ってきた方向に目を向けるなら先程のスキー場は小陣まりとまとまり.スキーヤーも小人以上に小さくなっていた。 一本取り.峠へのトレースに腰を下した。 眩い雪粒の煌めきに紺碧の空.飯士山は完全に雲を払いのけ.周りを威圧するかのよう聳え立っている。 先月.濃霧に撒かれた飯士山ツァー。闇の登降が今.はっきりしたルートとして尾根の起伏が望まれた。 飯士山 先日.濃いガスの中.登った飯士山は下降したと思われる西北西の全容の姿を現していた。 下降したと思われる斜面はここからは雪壁として望まれ.偵察したコブは頂直下の西側に確かに見止められた。 飯士沢右岸の尾根がツァーコースだろう。僕らは本流を滑っている。共に麓にでて魚野川右岸沿いの石打国際スキー場にでていた。 下山後は机上の理論で満足していたが改めて目の前でルートを確認するとすっきりした満足感に浸ることができた。 いくら眺めていても飽きることのない山越えは満足感に満ちている。 同年02月.岩原〜飯士山〜石打,スキーツァー 重い湿雪 重い雪質は陽に照らされて表面が重いベタ状になっただけでななく.上越特有の湿雪に。 一週間降り続いた春先の雪が.輪を掻くよう積み重なり.重い雪質に変えていた。 穏やかな窪溝が雪原を走り.雪に埋め尽くされた沢が幾らか右に巻き気味にゆっくり蛇行して登っている。 そしてワッパ跡は右肩を縫うように直上していた。ここでもシールがよく利いた。彼女のテンポもよい。 難しいと思われる急登でも深く膝を深く曲げ.ストックを充分に活用すればシールは雪面によく馴染む。 十二峠の黒木が頭を出し始めると登るにつれ峠の全容が現れる。 最後の急登. 沢のツメをジグザクに切れば十二峠に立つ。 |
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十二峠.真近 |
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| 雪の峰々 振り返ると峠への沢が眼下を走り.その先に魚野川の広い雪原が広がっている。バックには飯士山.無黒山.大源の山々が。 その奥には米子ノ頭.柄沢山と坦々とコブが続き.一段白く輝くジャンクションのコブは遠く朝日岳の雪稜へと連なっている。 背稜をなす巻機山から谷川岳に掛けての雪稜が繋がり.巻機山の頂に突き上げる米子.割引の沢も望められた。 広大な頂からスキーを満喫し.風切り滑るのも面白い。2年前になるがクラブの執行部になり.後輩達を連れて巻機山に登っている。 あの時は親父さんが熊を捕らえ.結わいだと延々と熊鍋の御馳走になっている。凄く強い悪で食べてニンニクと同じだと知る。 千曲川へは朝早めに石打を発てば峠越えも可能のようだ。 積雪に閉ざされた孤高の集落,倉下.土倉に立ち寄り.中津川から長い十日町まで下るのもよい。ただ豪雪地帯で間々ならぬだろう。 十二峠 十二峠は半ば樹林に被われ.陽射しは疎らに透す所もあるが閉ざされがちだった。 峠中央には太い幹の立木がそそり立ち.向かいに地元の信仰心を注る山の神の小さな祠が拝られている。 そして集荷所のような大きな小屋がある。ワッパ跡はなだらかな樹林帯を縫うよう,倉下へと下りていた。 炭小屋 小屋の戸を引き開けると中は薄暗く索漠としていた。一瞬真暗闇に見えた小屋に目が慣れると全体像が分かるようなる。 倉下の集落から荷上げたと思われる炭俵が3つ入口の向かいに置かれ.少し離れた所に.別の大きな炭俵がある。 そして小屋の中央には吹雪の峠越えで休む村人の為に.焚火の跡が何度もされた形で残されていた。 西寄りの板塀には吹き込んだ雪がうず高く積り.そこだけは白く寒さを注っていた。 サブザックから新聞紙を取り出し.火を投げると湿気を帯びた燃え掛けの薪はよく燃えた。 小さな焚火に暖かみを生み.昇る煙が激しく小屋内を充満させてだした。 明かり取る為.ちょっと開けると戸口で.忍び込む風と気流を乱し.じゃれあって渦となり消えて行く。 過って単独行を誇った加藤文太郎が吹雪の中で.新しいエンジンのノズルを見出していおる。その本の綴りを想いだしていた。 滑降 小屋で暖かみを取り腹を満たし峠口に戻っている。沢口を正面に向かいに聳える巻機の山々は既に霞が掛かり薄く消え掛かっている。 それに比べ峠の森から下る雪斜面は陽射しをまともに受け.雪面を鏡のよう反射させ白銀を散りばめていた。 眩しい輝きはサングラスを掛けれも強い。その陽光が体をも温めている。小屋の中とは別世界にいるようだった。 シールを除くと真新しいヒッコリー板の初滑降が始まった。充分にワックスを塗ったテールはよく滑り.又よく雪面を刺した。 滑降ならぬ滑行 眩い斜面が窪地へスキー板を誘い込み.トップを雪面深く潜らす。そしてその後にくる転倒は体を雪の中にバラ撒き散らかした。 袖口と云わず口も耳も雪に被われ.吐く息も雪の粒が舞う。 それでもトラバースするが如く斜滑降を描く転倒は.体を谷側に一回転させている。 空中を飛んだスキーは谷側に落ち.旨く着地すれば又滑りだす。それ故転んだ気を起こさせず。 そして再び.それから斜滑降の絵を描きだす。 後を続く沼津も同じよう苦戦している。特に重い雪の場合で眩いばかりの雪面が広がっている場所は谷底へ真直ぐ滑る方がよい。 度胸はいるが目の前にしか現れない雪の起伏も見事飛び越えられる。 そして窪地も重い雪の時は躊躇せずジャンプで越せばよい。雪のバライテーな変化にスピードが伴い快い。 タイミングさえ合えば.素晴らしい滑行となるが時として派手にどんじることもある。 雪里 左岸,林を抜ける手前で僕の滑行に気が付いてキジが雪割れの笹目から跳び出した。 朝方の同じ所から飛び上がったところを看ると,キジの巣があるようだ。 朝にはなかった雪原を切る沢の瀬々らぎ.そして対岸に出ると朝方の雪のトンネルにでる。 雑貨屋 朝方は分からなかったが道路沿いにぽつんと雑貨屋が店を開いていた。何もない所に一軒の雑貨屋が目に付く。 登りの途中では分からなかった場所だった。この下先に上野の鉱泉がある。 峠越えし一休むにはよい場所だった。茶をすすり上野の集落へ用達する前の休み場ともなっている。 棚に質素な食料品が並んでいた。午後のどんより霞始めた空の下.サイダーを手に取る。 ここは積雪多く車の通れぬ道だった。無雪期には峠越し中里村へ結ばれているのだろう。 ワッパの跡はあるものの通う人も居ず.スキーを道脇に立て喉を潤す。食道を抜けていく冷たさが快い。もう直ぐ街にでる。 何処にでもある普通の峠径,地元の人の苦労をよそに.雪に覆われただけで私には長閑な風情に見えた。 歩むのみの峠道。足で稼ぐだけの峠越えだからこそ魅了させられている。 今日一日の満足感を頂き雪国のよさを改めて知らされる。 彼女も,その一部でも味わってもらえただどうか? 後は上越本線のガードまで雪径を頼りに滑り込めばよかった。 霞みだした上野の集落.雑貨屋前で沼津嬢
荒天で登行するも地形が呑み込めず下山。再び確認を含め十二峠へ。 その後の十二峠 十二峠(新潟県塩沢町=中里村)への道は現在,国道に昇格した。塩沢から中里村に抜けられる国道353号に。 峠の南側にはスノージェットと十二峠トンネルが造られ,角間から清津川沿いに津南,信濃川へ出られ.裏苗場.鳥甲山には超便利になる。 冬期は通行止め.小千谷六日町線への迂回が推奨されている。 1975年(s50年)04月01日.一般国道353号(群馬県渋川市〜新潟県柏崎市) 1993年04月01日.一般国道353号(群馬県桐生市〜新潟県柏崎市) 重複区間.国道17号(渋川市17号交点=子持村17号交点).(湯沢町17号交点=南魚沼市17号交点) |